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シェーンベルク 浄夜(弦楽六重奏版)/シェーンベルク弦楽四重奏団他

2007年04月09日 23時37分31秒 | マーラー+新ウィーン
 シェーンベルク弦楽四重奏団は、英国のマイナー・レーベル、シャンドスで新ウィーン楽派を中心にレコーディングしている1976年に結成されたオランダの弦楽四重奏団。グループ名にシェーンベルクの名を冠しているのは、おそらくシェーンベルクの関係団体から称号でももらったのかもしれないが、よくわからない。シャンドスはマイナー・レーベルとはいえっても、かなり有名どころではあるし、バンド名にシェーンベルクを冠しているからには、おそらくその筋のエキスパート達なのだろう。ここのアルバムはシェーンベルクの弦楽四重奏曲関連の曲を一挙に集めた5枚組のCDで、これはその中の1曲という訳である。

 演奏だが、とにかく耳障りなところがない、穏やかで滑らかな演奏で、「今の時代、「浄夜」はこう演奏するものなのか」と思うほど、これまで聴いた3種の演奏とは違う趣を持っている。「浄夜」といえは、昔からシェーンベルク唯一の有名曲として、BGM的な聴かれ方すらしてきた曲だし、今更古典化もなにもないだろうと思っていたのだが、マーラー同様、時代の変遷に伴ってその曲の演奏スタイルも確実に変化していたという訳である。ひとくちにいえば、この曲の随所にある「何もそこまで」的に容赦のない表現主義的に激しいところをオブラートにつつみ、ごくごくスタンダードなロマン派的音楽の流れの中で、それを自然に溶け込ませたような演奏とでもいったらいいだろうか。早い話、まるでチャイコの「弦楽セレナーデ」か演奏する時のように、既に完全に古典化した曲を当たり前に演奏する自然な感覚が感じられる演奏ということだ。ここには妙な気負いも分析も表向きはほとんど感じられらず、ごくごく自然に楚々と音楽が流れていく....うーむ、実に新鮮だ。

 また、この弦楽四重奏団、テクニック的にもなかなか凄いものがありそうなのだが、ちょっとくすんだような落ちついた音色やリズム感があるようで、この落ち着き払った雰囲気は、ひょっとすると曲の現代化、古典化もさることながら、このグループの個性に追うところが大きいのかもしれない。ともあれ、ここにはブーレーズのような激しさ、アサートンの生真面目さ、ラサールの鋭角的といった、尖った雰囲気まったくない。まるでニューエイジ・ミュージックとして使えそうなくらい角のない、穏やかな演奏なのである。先ほど聴いたラサールの演奏はずいぶん現代的だと思ったが、ひょっとするとあれも今では昔のスタイルということなのだろうか。 
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シェーンベルク 浄夜(弦楽六重奏版)/ラサール弦楽四重奏団他

2007年04月09日 22時21分01秒 | マーラー+新ウィーン
 これまで軽く聴き流したことはあったけれど、きちんと聴いたのは確か初めてだが、ほとんど文句のつけようのない演奏だ。もう少しがあすこがこうだったらとか、ここがああだったら....というような注文がほとんど思い浮かばない、まさに知情意揃った名演奏だと思う。この曲は標題楽的なストーリー性とブラームス的な精妙だとか、室内楽の枠を破るようなシンフォニックな響きと各メンバーの自発性を尊重した室内楽のもつスリリングさとか、割と相反する要素を合わせ持つのだけれど、まずはそのあたりを矛盾なく表現している点が素晴らしいし、非常にテクニカルで精密な演奏ではありながら、そこから世紀末の情緒もしっかり聴こえてくる点など、さすがはシェーンベルクを研究しつくしたラサール弦楽四重奏団としかいいようがない。

 第1部の冒頭は音量、テンポ、バランス等々全く違和感がない。例えば森の中を歩くふたりを描写したと思われるテーマで、主人公の女を現しているとおぼしき対旋律がヴァイオリン・ソロで聴こえるのだけれど、演奏によってはこの部分をとても大きく聴こえるように演奏したりする場合もあるが、ラサールはあまり大仰にならない程度で軽く流していている。このお涙頂戴式のセンチなヴァイオリン・ソロは、やや時代がかった陳腐さを感じさせるので、私の場合、あまり盛大に聴こえて欲しくないのだけれど、ラサールはこのあたりのバランスが絶妙で、開巻早々「そうそうこうでなくっちゃね」と思わせるてくれるのがいい。一方、第1部終盤近くの表現主義的に激しい部分では、ラサールの精緻なアンサンブルがフル稼働してスポーツ的な快感があるし、第2部へと移行していく様もスリリングだ。ちなみに第2部は女性的な叙情的表現はほどほどな分、ダイナミックな部分で翻弄される女性の切なさのようなものをそこはかとなく感じさせてくれる。

 後半の幕開けである第4部冒頭の壮麗さはこれまで聴いた2種類の演奏に比べると、多少スリムだが、こうした低カロリーさも悪くない。この曲の第2部は女性的で優美で弱々しく、第4部が男性的に骨太でという風にかなり対照的に表現したのがブーレーズだったとすると、こちらはいく分、表情がさっぱりしていて、どろどろした情念から遠ざかったさりげなさのようなものがあると思う。また、曲の随所にリズムのキレ味の良さがあるのもモダンな印象を与えていると思う。先日聴いたブーレーズの演奏は、そのドラマチックさに感心したものだけど、多少しつこくもたれる感じがしたので、今の私にはこちらの演奏の方がしっくりとくる。おそらくそ
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