■ 久しぶりにイトウ君(カタカナ表記すると、匿名のような感じがするのはなぜだろう。前衛的な小説でも実在すると思われる登場人物の名前をカタカナで表記していることがある)とスタバでカフェトークした。
今までカフェミーティングとしていたけれど、どうもミーティングというと参加者が少なくとも4、5人いるような「会議」のイメージではないかと思い、カフェトークとすることにした。ミーティングを人と会って会話するという意味合いで、トークは例えばギャラリートークのように会話ではなく一方通行の話のようなイメージがあった。でも「徹子の部屋」はトーク番組と呼ばれている。トークの意味をネットで調べてみると話すこと、おしゃべりをすることという答えが見つかる。そう、カフェトークをカフェでおしゃべりをすることという意味で使いたい。過去の記事のカフェミーティングもカフェトークに書き換えた。
イトウ君は先日行われた高卒50周年の式典に参加しなかったので、参加者名簿を持参して式典、祝宴の様子を伝えた。その後、あれこれ話して、先日行われた島田雅彦の講演会についても話した。この話は式典の話と無関係ではないが、ここには書かないでおこうと思う。
島田雅彦は講演でも著書の『小説作法XYZ』でも日本が外圧の影響を強く受けたことが5回あって、それは、白村江の戦いでの敗戦、元寇、南蛮人の渡来(キリスト教と鉄砲の伝来)、明治維新(極端な西欧化)、太平洋戦争の敗戦による対米従属だということを取り上げている。このことを話すと俄然イトウ君が興味を示した。
彼は10年くらい前から(と言っていたような気がするが)日本の歴史についてあれこれ勉強しているので、当然の反応だったと思う。歴史に疎かったことを反省して勉強をしていると以前聞いている。この国の将来を考えるとき、やはり歴史に学ぶことは多いと。それから古代史と近現代史についてあれこれ語り出し、ぼくは聞き役にまわった。主に語ったのは壬申の乱と太平洋戦争前後の事情について。
歴史年表を覚えるだけのような勉強では歴史がモノクロにしか見えないが、歴史のものがたりを深く勉強することで歴史がカラーになって見えてくる。イトウ君が話を総括して語ったこのような趣意のことばに、なるほど上手いことを言うなぁとぼくは感心した。タイトルが思い出せなくて残念だが、昔観た映画でモノクロの劇場の観客席が次第にカラーに変化していくシーンがあったことを覚えているけれど、そんな視覚的イメージが浮かんだ。
ぼくは「もし」の歴史、「なぜ」の歴史を語れないとダメってことなんだな、と感想を伝えた。「そう、そういうこと」とイトウ君。
午前10時から始まったカフェトーク、終わったのは午後1時。次回は何の話題で話をしよう・・・。