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東南アジア、台湾などへの海外旅行記などを中心に投稿しています。

読売新聞「編集手帳」2023

2024-03-16 22:39:40 | 雑記

読売新聞朝刊1面コラム「編集手帳」から、気になったものを載せました。

2023.02.09
トルコはカフェ発祥の国として知られる。人々はコーヒーをたしなみ、客が来ればこれを振る舞ってもてなす◆<1杯のコーヒーが40年の思い出をつくる>という言葉もある。こ           とわざ事典に<40年とは長い年月の意。ちょっとした親切も忘れられないもの>とある。おもてなしが習俗になり、金持ちでなくても客用の寝室を備える家が見られるそうだ◆集合住宅などが倒壊し、がれきに埋もれた街で親切を旨とする人たちが助けを求めている。トルコ南部で大地震が起きた。日本を含めて約70か国が救援隊を送ったという◆「国を持たない最大の民」クルド人が多く住む南東部の街をはじめ、シリアでも大きな被害が出ている。こんなときは政治も民族も宗教もない。神ならぬ身で最も尊いのは助け合いの心に違いない。避難所の設置が追いつかず、気温が氷点下になる夜間、屋外で支援物資を待つ住民も多数に上るとみられている◆人が埋もれるがれきに雪が降りかかる映像を見た。恐ろしい記憶をよみがえらせた方は多かろう。思えば阪神と東日本、二つの大震災も、身も心も凍る寒さの中での救助活動だった。

2023.04.02
現代短歌の旗手といわれる山田航さんに、ナゾかけのような作品がある。<僕らには未だ見えざる五つ目の季節が窓の向うに揺れる>◆春夏秋冬のほかにどんな季節があるのか。歌人の穂村弘さんが自著に引いている。<「五つ目の季節」を見たことはない。でも、感じるのだ。いつか必ず、僕らのもとにやってくるだろう。それは未来という名の季節…>(『短歌のガチャポン』小学館)◆窓の向こうに目をやり、季節の風や植物が目に入らなかったことが確か筆者にもある。代わりに見えるのは、不安なり期待なりがおぼろげに重なり合う未来の自分だろう◆週が明ければ、新社会人が一歩を踏み出す。1990年代半ば以降に生まれたZ世代である。幼い頃からスマホを操り、社会の様々な課題への関心が高いとされる。ある民間会社の調査によれば、「ストレス耐性がある」と答えたZ世代は7割を超えたというから、頼もしい面もある◆若い人に世代論は食傷気味と思いつつ、つい書いてしまった。コロナ禍で当たり前の学生生活を送れなかった若者たちでもある。「五つ目の季節」へ、好調な滑り出しを。  

2023.04.03
高峰秀子の流儀』(ちくま文庫)は、映画「二十四の瞳」「浮雲」などで知られる大女優の生き方を養女の斎藤明美さんが描いた作品だ◆巻末にある解説文の題名が目を引く。<国語、算数、高峰秀子>。文章を寄せた経営学者の楠木建さんは、その生活哲学を「国民的な教養としての価値がある」と評し、「僕が大臣なら、義務教育に『高峰秀子』という学科を新設する」と推している◆文中で強調しているのは、高峰さんが映画人生の根底に「信用」を据え、一時的な「人気」と 峻別(しゅんべつ)していたというエピソードだ。楠木さんは「普通の女優は人気を求める。しかし、本当にものを言うのは、長い時間をかけて積み重ねた信用のほうだ」と論じる◆「民主主義の学校」と言われる地方自治の代表を目指す人たちにとっても大切な心構えだろう。統一地方選の前半戦は9日の投票日まで1週間を切った◆高峰さんは「観客が『アイツが出る映画なら大丈夫だ』という気持ちになってくれる。それが一つの信用でしょ」と斎藤さんに語ったという。候補者を「大丈夫だ」と思えるか、その訴えをしっかりと見極めたい。                                               
                                           
2023.05.04
永谷園の創業者・永谷嘉男は1979年、一人の男性社員を呼び、こう告げた。「出社は自由。経費は使い放題。報告書も不要だ」。任務は新商品のアイデアを考えること。永谷が発案した「ぶらぶら社員」である◆名刺に書いたかどうかは存じないが、正式な肩書だという。先月、64歳のベテランが44年ぶりに2代目ぶらぶら社員に任命された。自由な働き方を与えられ、うらやましく思う会社員は多いことだろう◆このごろは、人間のように受け答えする最先端の人工知能(AI)が、働き方を大きく変えると目されている。面倒な文書作りや経理にAIを活用すれば、たちまち効率がアップするのだとか◆その分、職場にゆとりが生じるなら歓迎すべきなのだろう。とはいえAIに頼りきりで、生身の人間が不要になる未来が待っているとしたら不安になる◆初代が残した最大の業績はロングセラーとなった「麻婆(まーぼー)春雨」とされる。偶然入った中華料理店でスープを飲んだ瞬間にひらめいたそうだ。春雨に麻婆味をつける創造力は、AIにまねできるものかどうか。2代目はぶらぶらして何を見つけるのだろう。

2023.06.17
1954年(昭和29年)はたいへんな年だった。3月、太平洋・ビキニ環礁の米国の水爆実験によって、マグロ漁船の第五福竜丸が「死の灰」を浴びた◆9月には青函連絡船洞爺丸が台風15号の荒天のなかで転覆し、1155人の死者・行方不明を出した。その年のプロ野球の日本シリーズは、中日ドラゴンズが西鉄を破り、優勝している◆エースは元祖フォークボールの杉下茂さん。「蝶(ちょう)のように不規則に揺れ、打者の前でストンと落ちるのが本物です」。当時テレビはほぼ普及していない。新聞やラジオで知る魔球は沈みがちな世相にどう響き渡ったか◆杉下さんが97歳で亡くなった。そして昨日はもう一人、大投手の訃報(ふほう)が伝わった。元広島カープの北別府学さんが白血病との闘病のすえ、65歳の若さで世を去った。抜群の制球力は「精密機械」と称された。もちろん全盛時はテレビが普及していた。捕手の構えるミットに次々吸い込まれる投球を思い出すファンは多いことだろう◆最近の野球中継は捕手の近くにマイクを据える。昨夜はあるナイターの試合を眺めつつ、パシンという白球の音に耳を澄ました。

2023.09.29
ジェトロ(日本貿易振興機構)の調査は細かい。海外のカップ麺の値段までわかる◆最新のデータによれば、「日清カップヌードル」が米ロサンゼルスで3.69ドルで売られ、「どん兵衛 特盛」という商品はニューヨークの小売りで5.99ドルの価格になるという。今週は円安が進み、ひととき1ドル150円に迫るほどになった。即席うどんが円換算で、1000円に近づいたわけである◆最近、商社に勤める方から海外に輸出されるカップ麺の“功績”を伝え聞いた。欧米からの観光客にラーメン店が人気なのは、まず即席麺で味を知り、「日本に行って本物を」という流れらしい◆日本のラーメン店には、「1000円の壁」があると言われる。それを超えてしまえば「客が寄りつかない」との考えから、必死に3桁の値を守る店が多い。さらに円安による小麦高騰などが追い打ちをかけ、材料費のコストが経営を苦しめている。民間の信用調査機関によると、この数か月でラーメン店の廃業・倒産が目立ってきたという◆為替相場に節度というものがあるのかどうか。手間ひまかけて作る本物の味には不条理だろう。

2023.10.04
♪砂まじりの茅ヶ崎 人も波も消えて…『勝手にシンドバッド』の歌い出しである。海岸の景色がぱっと頭に浮かぶ。川端康成「雪国」の「トンネルを抜けると…」に比べる人もいる◆桑田佳祐さんは歌の締めの部分、「胸さわぎの腰つき」について著書などで明かしている。スタッフから意味がわからないと言われ、「胸さわぎ残しつつ」または「胸さわぎのアカツキ」に変えろと提案された。これに逆らい、現在にいたっている◆桑田さんの曲は若者にも懐メロではない。世代を超え約7万人が4日間の茅ヶ崎ライブに訪れた。むろん、♪胸さわぎの…と合唱する場面もあったという◆サザンオールスターズはデビュー45周年になる。桑田さんが歌に織り込んだ湘南の風景としては、江の島や烏帽子(えぼし)岩が知られている。『夏をあきらめて』は叙景詩だ。♪波音が響けば雨雲が近づく…とはじまり、♪江の島が遠くにボンヤリ寝てる…と歌った。さみしい心のうちが海の景色とともに描かれている◆サザンが50周年を迎えれば、そのとき桑田さんは72歳。ステージで歌う「腰つき」が、いつまでも健在であることを。    

2023.10.13
小学校からの帰り道、頭のなかで詰将棋を解いていてドブに落ちた。風呂場のタイルを盤に見立てて対局を想像しているうち、湯船でのぼせたこともある◆将棋のことばかり考えていた子供は21歳になり、前人未到の快挙にたどりついた。王座戦に挑み、八大タイトルのすべてを獲得した藤井聡太さんである。 戴冠(たいかん)を決めた第4局は、長く語り継がれる名勝負になるだろう◆藤井さんは一度、負けを覚悟した。だが永瀬拓矢九段(31)は123手目、痛恨のミスをした。1分将棋となった最終盤の時の刻みが何かを狂わせ、大逆転を許した◆両棋士は普段から仲のよい研究仲間だという。永瀬さんの父は川崎市でラーメン店を営む。他の店に習おうと自分より若い料理人のもとで修業する姿を見た永瀬少年は、「努力のしかた」を父の背中に学んだ。藤井さんが14歳でプロ入りすると、「一緒に練習しませんか」と自ら声をかけ、ともに成長してきた◆八冠棋士にライバルなしとみるのは早計だろう。元の戴冠者が黙っているわけはなく、現に敗北寸前まで追い詰めた努力の才人もいる。将棋界はますます面白くなりそうだ。  

2023.10.22
近頃、学校の創立記念にまつわる記事をよく目にする。川崎市の小学生が150周年を祝って風船を空に飛ばしたところ、設立年が同じ栃木と埼玉の小学校の校庭などに舞い降りたという◆明治政府は1872年、国民に分け隔てなく教育を与える「学制」を公布し、以後、学校が次々生まれた。同時期の創立が多いとはいえ、歴史が結びつけたご縁だろう。三つの小学校の児童はオンラインで交流を始めた◆過去にいざなう一世紀と半分の催しもある。母校が長い歴史を歩んだと聞いて卒業生が集まり、友だちと埋めたタイムカプセルを掘り起こす記事も少なくない◆大阪の和泉市の小学校では、自分にあてて「看護婦(師)になる」と書いた手紙が掘り出された。30年後の今、夢をかなえた女性は「当時の純粋な気持ちを思い出した」と顔をほころばせた。長崎の島原市では古酒が見つかった。小学校の校庭に50年ほど前、カプセルと一緒に焼酎の瓶を埋めたお父さんがいて、息子さんが味わうという。父は、もうこの世にない◆<何年になるかとぽつり秋の暮>(宮川魚板)。紅葉 (もみじ)や銀杏(いちょう)以外にも色づく校庭がある。    

2023.10.27
ドラマの脚本は俳優などの都合で日の目を見ないことがあるらしい。山田太一さんほどの脚本家でも、休眠を余儀なくされた物語がある◆名作「男たちの旅路」や「ふぞろいの林檎(りんご)たち」の未発表シナリオが見つかった。山田さんは89歳。脳出血の後遺症の治療中という。ドラマ史を研究する文筆家の頭木弘樹さんが山田家の書庫で見つけ、出版に至った◆林檎たちの幻の続編は、大学生だった登場人物たちの40代を描く。主人公の「仲手川良雄」役、中井貴一さんは今62歳になる。新刊に収められた脚本を読むうち、若返った中井さんの姿が浮かんできた◆不器用で誠実だけが取りえの良雄にこんなセリフがあった。電車の中で死んだ母の幻を見て内心で語る。<お母ちゃんは時々、こんなふうに俺を見ている。それも俺が、あんまり、お母ちゃんに見られたくないことをする時にね>。中年になっても、ふんぎりのつかない人生を歩んでいた。ヒロイズムの反対側をいく太一作品の真骨頂だろう◆ドラマを見たかのような不思議な読後感にひたった。読書月間がはじまった。いい本の放つ魅力も、いろいろである。  

2023.12.16
太宰治と檀一雄の交遊に若気の至りがある。熱海の宿で代金が払えなくなり、太宰が東京に金を借りに帰り、檀が人質として残った◆ところが、何日たっても戻らない。檀が太宰を見つけたとき、井伏鱒二の家でのんきに将棋をさしていた。「何だ、君、あんまりじゃないか」。どなる檀にこう返した。「待つ身が辛(つら)いかね、待たせる身が辛いかね」◆戻らないメロスである。この3年半後、太宰は「走れメロス」を上梓(じょうし)する。執筆の合間によく訪れていた鉄橋(東京都三鷹市)が、老朽化から撤去されることになった。きのう渡り納めのイベントが行われた◆メロスの執筆中に、太宰は檀の怒り顔を浮かべたのだろうか。鉄橋の下には電車が行き交っている。晴れの日には富士山を眺めた。お気に入りのマントを着て欄干にもたれかかる写真は、太宰論の本によく使われている。どこがいいのか。そう考えさせるだけで、文庫本を手に取らせる作家の“史跡”が消える◆鉄橋の名称は「三鷹 跨線(こせん)人道橋」という。人は何をまたいで道を歩くのか。むかしのお堅い行政用語にしても、つい文学と関連づけてしまう。      

2023.12.28
イカとタコは昔から紛らわしい関係にあったらしい。正月の空に泳ぐ玩具を近畿では「イカ」と呼んでいたとか◆在野の言語研究者、牧村史陽さんの『大阪ことば事典』(講談社学術文庫)から引く。【イカ】いかのぼりの略、たこ(凧)。江戸時代の方言の字引「物類称呼」に出ているという。<畿内にて、いかといふ。関東にて、たこといふ>。さて当世、タコがイカになった街の話題を本紙オンラインで読んだ◆阪神間の下町で老夫婦が営むたこ焼き店に自筆の貼り紙が出た。<物価高につきイカを入れています。たこ焼ではなくイカ焼になっています。よろしく>◆記事に紹介された「店のおばちゃん」の話は少しも紛らわしくない。小麦粉、油、卵、そしてタコ…仕入れ値の高騰に値上げを考えたが、思いとどまった。「長年、同じ値段でつづけてきた意地」からだという。そこで割安のイカを使うことにした◆おばちゃんいわく「うちはちゃんと表の紙に記載しているから…。タコとイカの差額がきょうの晩ご飯のおかずになる。使いみちもはっきりしている」。イカサマのない“報告”がすがすがしい。