竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉雑記 色眼鏡 番外雑話 国家国民の謌

2020年08月29日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 番外雑話 国家国民の謌

 今は無い言葉に「滅私奉公」があります。また、「職に恋々とせず」と謂う言葉があります。この言葉のように、自らの責務を果たせないと判断した時、後の混乱を最小限に抑える手だてを為し身を引いた人がいます。一方、「万難を排して職務を全うする」と謂う言葉もありますし、己の美を優先して後は知らずとして「前のめりに死ぬべし」と謂う言葉もあります。漢の美ならば「前のめりに死ぬべし」かもしれませんが、国家国民に責務があるならば「滅私奉公」を下に後人に任し「職に恋々とせず」の選択が正しいのかと考えます。
 本来の自由民主主義を支えるのは人々の「滅私奉公」の精神と考えます。「私の都合」は人それぞれです。それを訴えるのも自由主義の一側面ですが、多くの「私の都合」を調整・統合するのは「譲り合い」と「滅私奉公」の精神ではないでしょうか。世界でも稀に国家の責任者が「滅私奉公」の精神で「何が最善か」の最終判断をなされたのに敬意を表します。

 飛鳥から奈良時代、この「滅私奉公」を法とした人々の歌が万葉集にあります。国家を統べる時の責務を真摯に鑑賞して見て下さい。国家を統べるのは自分や家族の為か、国民の為かが正しく為されていた時の謌です。国家は朕のものと公言するのは四代ほど後の人です。ただ、時代として人々は大王の下に集うとする姿がありますから、今であれば、大王を国民と読み替えて見て下さい。歌は「滅私奉公」の公を大王としていますが、今の世であれば国民です。重要なのは「私の都合を捨て、公に仕える」精神です。

和銅元年戊申
天皇御製謌
標訓 和銅元年(七〇八)戊申に、天皇の御(かた)りて製(つく)らせし謌
集歌七六 
原文 大夫之 鞆乃音為奈利 物部乃 大臣 楯立良思母
訓読 大夫(ますらを)し鞆(とも)の音(おと)すなり物部の大臣(おほまえつきみ)盾立つらしも
私訳 立派な武人の引く、弓の鞆を弦がはじく音がする。きっと、物部の大臣が日嗣の大盾を立てているでしょう。

御名部皇女奉和御謌
標訓 御名部皇女の和(こた)へ奉(たてまつ)れし御謌
集歌七七 
原文 吾大王 物莫御念 須賣神乃 嗣而賜流 吾莫勿久尓
試訓 吾(わ)ご大王(おほきみ)物(もの)な念(おも)ほし皇神(すめかみ)の嗣ぎに賜へる吾れ無けなくに
試訳 吾らの大王よ。御心配なされるな。貴女は皇祖から日嗣としての立場を賜られたのです。それに、貴女をお助けする吾らがいないわけではありませんから。
注意 この歌が詠われた段階では、元明天皇は即位していないために阿閇皇女と御名部皇女とは実の仲の良い姉妹関係として二人は了解していると解釈しています。

 この歌は今の時代に合わせて「大王」を「国民」に読み替えて鑑賞してください。

集歌八〇〇
原文 父母乎 美礼婆多布斗斯 妻子見礼婆 米具斯宇都久志 余能奈迦波 加久叙許等和理 母騰利乃 可可良波志母与 由久弊斯良祢婆 宇既具都遠 奴伎都流其等久 布美奴伎提 由久智布比等波 伊波紀欲利 奈利提志比等迦 奈何名能良佐祢 阿米弊由迦婆 奈何麻尓麻尓 都智奈良婆 大王伊摩周 許能提羅周 日月能斯多波 雨麻久毛能 牟迦夫周伎波美 多尓具久能 佐和多流伎波美 企許斯遠周 久尓能麻保良叙 可尓迦久尓 保志伎麻尓麻尓 斯可尓波阿羅慈迦
訓読 父母を 見れば貴(たふと)し 妻子(めこ)見れば めぐし愛(うつく)し 世間(よのなか)は 如(か)くぞ道理(ことはり) もち鳥(とり)の かからはしもよ 行方(ゆくへ)知らねば 穿沓(うげくつ)を 脱き棄(つ)るごとく 踏み脱きて 行くちふ人は 石木(いはき)より 生(な)り出し人か 汝(な)が名告(の)らさね 天(あめ)へ行かば 汝(な)がまにまに 地(つち)ならば 大王(おほきみ)います この照らす 日月(ひつき)の下は 天雲の 向伏(むかふ)す極(きは)み 谷蟆(たにくぐ)の さ渡る極(きは)み 聞(きこ)し食(め)す 国のまほらぞ かにかくに 欲(ほ)しきまにまに 然(しか)にはあらじか
私訳 父や母を見れば貴く、妻子を見ればかわいく愛しい。世の中は、これこそ道理ではないか。鳥もちに掛った鳥のように道理からは離れがたいことよ。目指すものを見失い、大夫の履く穿沓を脱ぎ棄てるように官位を捨て家族をも踏み捨て、僧門に入って行く人は岩や木から生まれた人なのか、名前を名乗りなさい。死んで天へ行ったならば思い通りにするがよい。この世に在るのなら大王がいらっしゃる。大王の御威光で天下を照らす日と月の下の天雲が棚引き大地に接する果て、ヒキガエルが這って行く地の底の果てまで、大王が統治なされる国の真に秀ひでたものですぞ。あれやこれやと自分のしたいようにしてはいけないのではないか。

 次の歌も今の時代に合わせて「大王」を「国民」に読み替えて鑑賞してください。

喩族謌一首并短謌
標訓 族(やから)に喩(さと)せる謌一首并せて短謌
集歌四四六五
原文 比左加多能 安麻能刀比良伎 多可知保乃 多氣尓阿毛理之 須賣呂伎能 可未能御代欲利 波自由美乎 多尓藝利母多之 麻可胡也乎 多婆左美蘇倍弖 於保久米能 麻須良多祁乎々 佐吉尓多弖 由伎登利於保世 山河乎 伊波祢左久美弖 布美等保利 久尓麻藝之都々 知波夜夫流 神乎許等牟氣 麻都呂倍奴 比等乎母夜波之 波吉伎欲米 都可倍麻都里弖 安吉豆之萬 夜萬登能久尓乃 可之[波]良能 宇祢備乃宮尓 美也[婆]之良 布刀之利多弖氏 安米能之多 之良志賣之祁流 須賣呂伎能 安麻能日継等 都藝弖久流 伎美能御代々々 加久左波奴 安加吉許己呂乎 須賣良弊尓 伎波米都久之弖 都加倍久流 於夜能都可佐等 許等太弖氏 佐豆氣多麻敝流 宇美乃古能 伊也都藝都岐尓 美流比等乃 可多里都藝弖氏 伎久比等能 可我見尓世武乎 安多良之伎 吉用伎曽乃名曽 於煩呂加尓 己許呂於母比弖 牟奈許等母 於夜乃名多都奈 大伴乃 宇治等名尓於敝流 麻須良乎能等母
訓読 久方の 天の門開き 高千穂の 岳(たけ)に天降りし 皇祖(すめろぎ)の 神の御代より 櫨弓(はじゆみ)を 手握り持たし 真鹿子矢(まかこや)を 手挟み添へて 大久米の ますら健男(たけを)を 先に立て 靫(ゆき)取り負ほせ 山川を 岩根さくみて 踏み通り 国(くに)覓(ま)ぎしつつ ちはやぶる 神を言向け まつろはぬ 人をも和(やは)し 掃き清め 仕へまつりて 蜻蛉島(あきつしま) 大和の国の 橿原の 畝傍の宮に 宮柱 太知り立てて 天の下 知らしめしける 天皇(すめろぎ)の 天の日継と 継ぎてくる 大王(きみ)の御代御代 隠さはぬ 明き心を 皇辺(すめらへ)に 極め尽して 仕へくる 祖(おや)の官(つかさ)と 辞(こと)立(た)てて 授けたまへる 子孫(うみのこ)の いや継ぎ継ぎに 見る人の 語り継ぎてて 聞く人の 鏡にせむを 惜しき 清きその名ぞ おぼろかに 心思ひて 虚言(むなこと)も 祖(おや)の名絶つな 大伴の 氏と名に負へる 大夫(ますらを)の伴
私訳 遥か彼方の天の戸を開き高千穂の岳に天降りした天皇の祖の神の御代から、櫨弓を手に握り持ち、真鹿児矢を脇にかかえて、大久米部の勇敢な男たちを先頭に立て、靫を取り背負い、山川を巖根を乗り越え踏み越えて、国土を求めて、神の岩戸を開けて現れた神を平定し、従わない人々も従え、国土を掃き清めて、天皇に奉仕して、秋津島の大和の国の橿原の畝傍の宮に、宮柱を立派に立てて、天下を統治なされた天皇の、その天皇の日嗣として継ぎて来た大王の御代御代に、隠すことのない赤心を、天皇のお側に極め尽くして、お仕えて来た祖先からの役目として、誓いを立てて、その役目をお授けになされる、われら子孫は、一層に継ぎ継ぎに、見る人が語り継ぎ、聴く人が手本にするはずのものを。惜しむべき清らかなその名であるぞ、おろそかに心に思って、かりそめにも祖先の名を絶つな。大伴の氏と名を背負う、立派な大夫たる男たちよ。


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