竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集 集歌804から集歌809まで

2020年08月07日 | 新訓 万葉集
哀世間難住謌一首并序
標訓 世間(よのなか)の住(とどま)り難(かた)きを哀(かな)しびたる謌一首并せて序
前置 易集難排、八大辛苦、難遂易盡、百年賞樂。古人所歎、今亦及之。所以因作一章之謌、以撥二毛之歎。其謌曰
序訓 集(つど)ひ易く排(はら)ひ難きは八大の辛苦にして、遂げ難く盡(つく)し易きは百年の賞樂なり。古人の歎きし所は、今亦これに及(し)けり。所以(かれ)、因りて一章の謌を作りて、二毛の歎きを撥(はら)ふ。其の謌に曰はく
序訳 人の身に集まり易く追い払い難いのは仏陀が唱える八つの辛苦であり、尽くし難くすぐに終わってしまうのは百年に一度のような盛大な快楽である。古人の嘆いたこのようなことは、今の世もまた同じである。この因縁に因って一章の歌を作って、黒髪から白髪への「時の流れの嘆き」を払い除ける。その歌に云うには。
集歌八〇四 
原文 世間能 周弊奈伎物能波 年月波 奈何流々其等斯 等利都々伎 意比久留母能波 毛々久佐尓 勢米余利伎多流 遠等咩良何 遠等咩佐備周等 可羅多麻乎 多母等尓麻可志 余知古良等 手多豆佐波利提 阿蘇比家武 等伎能佐迦利乎 等々尾迦祢 周具斯野利都礼 美奈乃和多 迦具漏伎可美尓 伊都乃麻可 斯毛乃布利家武 久礼奈為能 意母提乃宇倍尓 伊豆久由可 斯和何伎多利斯 麻周羅遠乃 遠刀古佐備周等 都流伎多智 許志尓刀利波枳 佐都由美乎 多尓伎利物知提 阿迦胡麻尓 志都久良宇知意伎 波比能利提 阿蘇比阿留伎斯 余乃奈迦野 都祢尓阿利家留 遠等咩良何 佐那周伊多斗乎 意斯比良伎 伊多度利与利提 麻多麻提乃 多麻提佐斯迦閇 佐祢斯欲能 伊久陀母阿羅祢婆 多都可豆恵 許志尓多何祢提 可由既婆 比等尓伊等波延 可久由既婆 比等尓邇久麻延 意余斯遠波 迦久能尾奈良志 多麻枳波流 伊能知遠志家騰 世武周弊母奈新
訓読 世間(よのなか)の 術(すべ)なきものは 年月(としつき)は 流るる如し 取り続き 追ひ来るものは 百種(ももたね)に 迫(せ)め寄り来る 娘子(をとめ)らが 娘子(をとめ)さびすと 唐玉(からたま)を 手本(たもと)に纏(ま)かし 同輩子(よちこ)らと 手携(たづさ)はりて 遊びけむ 時の盛りを 留(とど)みかね 過ぐし遣(や)りつれ 蜷(みな)の腸(わた) か黒(ぐろ)き髪に 何時(いつ)の間(ま)か 霜の降りけむ 紅(くれなゐ)の 面(おも)の上(うへ)に 何処(いづく)ゆか 皺(しは)が来(き)りし 大夫(ますらを)の 男子(をとこ)さびすと 剣太刀(つるぎたち) 腰に取り佩き 猟弓(さつゆみ)を 手握り持ちて 赤駒に 倭文(しつ)鞍うち置き 這(は)ひ乗りて 遊び歩きし 世間(よのなか)や 常にありける 娘子(をとめ)らが さ寝(ね)す板戸を 押し開き い辿(たど)り寄りて 真玉手(またまて)の 玉手さし交(か)へ さ寝(ね)し夜の 幾許(いくだ)もあらねば 手束杖(たつかつゑ) 腰にたがねて か行けば 人に厭(いと)はえ かく行けば 人に憎まえ 老男(およしを)は 如(か)くのみならし たまきはる 命惜しけど 為(せ)む術(すべ)も無し
私訳 人の世でどうしようもないことは、歳月が流れるごとくに、次々に追い来るものは、百のも苦しみの姿で攻め寄せてくる。娘女たちが娘女らしく舶来の唐玉を手に巻いて、同輩の仲間たちと手に手を取って風流を楽しんだ、その娘女時代の盛りを留めかね、時が過ぎて行ってしまうのにつれて、蜷の腸のように真っ黒な髪が、いつの間に霜が降りてしまい、紅の顔の上に、どこからか皺がやって来た。大夫が男子らしく剣や大刀を腰に帯びて、狩弓を手に握り持って、赤駒に倭文の鞍を置き、よじのぼって馬に乗り狩りをして行く、そんな人の世がいつまでもあるだろうか。娘女たちが寝る籠の板戸を押し開き、探り寄って、玉のような美しい腕を差し交わして寝た夜が、そんな夜など幾らもないのに、手束の杖を持って腰にあてがい、あちらに行っても人に嫌がられ、こちらに行っても人に憎まれて、年老いた男というのはこうしたものらしい。魂が宿るこの命は惜しいけれども、嫌がられ憎まれて、どうしようもない。
注意 標準解釈では歌は「老い」をテーマにしていると解釈します。一方、ここでは「留めることの出来ない時の流れ」を詠い、栄華も一瞬のことで、それを押し留めることは出来ないのだから、過去を振り返り、嘆いてはいけないと解釈しています。

反謌
集歌八〇五 
原文 等伎波奈周 迦久斯母何母等 意母閇騰母 余能許等奈礼婆 等登尾可祢都母
訓読 常磐(ときは)なすかくしもがもと思へども世の事なれば留(とど)みかねつも
私訳 「常盤のように変わることなく」と、そのようにありたいと思うのですが、人の世のことであるので、なに事もそのままに留め置くことは出来ません。
左注 神龜五年七月廿一日、於嘉摩郡撰定。筑前國守山上憶良
注訓 神亀五年七月廿一日、嘉摩郡にして撰定す。筑前國守山上憶良

(前置漢文 序)
前置 伏辱来書、具承芳旨。忽成隔漢之戀、復、傷抱梁之意。唯羨、去留無恙、遂待披雲耳。
序訓 伏して来書を辱(かたじけな)くし、具(つぶさ)に芳旨を承りぬ。忽ちに漢(あまのかは)の隔(へだ)つる戀を成し、復(また)、梁(はし)を抱く意(こころ)を傷ましむ。唯だ羨(ねが)はくは、去留(きょりゅう)に恙(つつみ)無く、遂に雲を披(ひら)くを待たまくのみ。
序訳 伏して御便りをかたじけなく存じます。つぶさに御趣旨を承りました。忽ち、天の川を隔てるような恋慕を抱き、また、待ち人を待ちわびて梁を抱いて死んだ尾生の故事のような待ちわびる気持ちを察します。ただ希望することは、離れ離れでありましても互いに差し障りがなく、その内に、お目にかかる日を待ち望むだけです。
謌詞兩首 大宰帥大伴卿
標訓 歌詞(かし)両首(にしゅ) 大宰帥大伴卿
集歌八〇六 
原文 多都能馬母 伊麻勿愛弖之可 阿遠尓与志 奈良乃美夜古尓 由吉帝己牟丹米
訓読 龍(たつ)の馬(ま)も今も得てしか青丹(あをに)よし奈良の都に行きて来むため
私訳 天空を駆ける龍の馬も今はほしいものです。青葉美しい奈良の都に戻って行って帰るために。

集歌八〇七 
原文 宇豆都仁波 安布余志勿奈子 奴婆多麻能 用流能伊昧仁越 都伎提美延許曽
訓読 現(うつつ)には逢ふよしも無しぬばたまの夜の夢にを継ぎて見えこそ
私訳 現実には逢う手段がありません。闇夜の夜の夢にでも絶えず希望を見せてほしいものです。

答謌二首
標訓 答へたる歌二首
集歌八〇八 
原文 多都乃麻乎 阿礼波毛等米牟 阿遠尓与志 奈良乃美夜古邇 許牟比等乃多仁
訓読 龍(たつ)の馬(ま)を吾(あ)れは求めむ青丹(あをに)よし奈良の都に来む人の為(たに)
私訳 天空を駆ける龍の馬を私は貴方のために探しましょう。青葉の美しい奈良の都に戻って来る人のために。

集歌八〇九 
原文 多陀尓阿波須 阿良久毛於保久 志岐多閇乃 麻久良佐良受提 伊米尓之美延牟
訓読 直(ただ)に逢はず在(あ)らくも多く敷栲の枕(まくら)離(さ)らずて夢にし見えむ
私訳 直接に逢うことが出来ずにいる日数は多いのですが、貴方が床に就く敷栲の枕元には絶えることなく逢う日が夢に見えるでしょう。

コメント
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