読書日記

いろいろな本のレビュー

うほほいシネクラブ  文春文庫  内田 樹

2012-01-08 21:10:19 | Weblog
 評論家内田氏の187本の映画評論・コラム集。映画評でも相変わらずの健筆ぶりをみせる。洋画は最近のものが多く、邦画は小津安二郎監督のものが中心。中でも小津作品の分析が圧巻だ。俳優の感情表現ということについて次のように述べる、俳優が数十回のカメラテストの末に、内面の表出というような演技回路がぼろぼろになってしまって、あまりに繰り返し過ぎて自動化してしまった台詞をメカニカルに口にしたときに、小津はにこやかにOKを出したと言います。小津は「人間の内面の表出」というような機制を信じていませんでした。だから「一種類しか表情のない」菅原通済や「三種類しか表情のない」佐田啓二が重用されたのでしょう。(ちなみに佐田啓二の三種類とは、「うれしい顔」、「不機嫌な顔」、「何も考えていない顔」の三種類です。寒気がするほどリアリティがあるのは,「何も考えていない顔」です。これは『秋刀魚の味』で佐田啓二以外誰もできない壮絶なのを見ることができます。黒澤明だってそれはわかっていたはずです。後年の黒澤がとりわけクローズアップを嫌ったのは、表情によって内面を説明させることの本質的な虚妄に気付いていたからではないでしょうかと。佐田啓二の演技をこのようにまとめられるとは驚きだ。
 そして黒澤明の『乱』における仲代達也の演技を批判する。要するに喜怒哀楽の表出に至るプロセスに「ため」が入り、演技がリアルでなくなるというのだ。喜怒哀楽の感情は心の中から湧き上がって表情に達するのではなく、まず、喜怒哀楽の表情の模倣がなされ、感情は事後的に形成されるものだと述べている。確かに、ここは悲しい場面だから悲しい気持ちにならなくてはと思って表情を作れば、タイムラグが生じる。目から鱗の指摘である。それ故、内田氏は仲代の演技が嫌いだと言う。仲代の新劇的パフオーマンスは映画ではくさい演技になることは否定できない。鋭い分析である。その他、洋画でもこの鋭い分析が随所に披露されており、楽しめる。

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