読書日記

いろいろな本のレビュー

But Beautiful ジェフ・ダイヤー  新潮社

2011-11-12 10:42:32 | Weblog
 But Beautiful はジャズナンバーとして有名だが、もともとビングクロスビー主演の映画「南米珍道中=Road to Rio」の劇中歌として1947年に作られた。作詩ジョニー・バーグ、作曲ジェイムズ・バン・ハウゼンの作品で、詩は「失恋もまた楽しからずや」という主題である。タイトルは「でもそれでいいのさ」と訳されている。「Beautiful=美しい」と思い込んでいる我われには訳しづらい言葉である。
 本書はレスター・ヤング、セロニアス・モンク、バド・パウエル、ベン・ウエブスター、チャールズ・ミンガス、チェット・ベイカー、アート・ペッパーという有名ジャズメンの伝記とも小説ともつかない不思議な小話で構成されている。しかしそのそれぞれが個人の人物像をくっきりと描き出しているところがすごい。酒や麻薬に溺れた破滅型の人間が多いが、時代の背景も的確に捉えられている。著者は各人の伝記のほかに複数の写真家の作品集を参考にしたと書いている通り、描写が映像的だ。
 例えば、チェット・ベイカーの冒頭「彼はベッドの端に腰かけている。顕微鏡をのぞき込む科学者みたいにトランペットの上にかがみ込み、それを優しく吹く。ショーツのほかには何も身につけていない。片足は古い屋敷の時計のようにゆっくりビートを叩いている。トランペットの先端は床に触れんばかりだ。女は彼の首に顔をつけ、両腕を肩に回し、その片手は彼の背骨の緩いカーブをなぞって降りていく。その指が彼の肌に描く模様によって、奏でる音が決定されているとでもいうように。彼とトランペットは、彼女の手によって奏でられる一体の楽器なのだといわんばかりに。彼女の指は今度は、背骨の膨らみをひとつひとつ辿って上がり、やがて首の後ろの髪の生え際に触れる。剃刀でカットされたぎざぎざの部分に。ーーー」どうです、チェットのけだるい雰囲気が見事に出ていると思いませんか。ヤクと女の日常が彷彿される。全編、象徴詩を読むような感覚に襲われるふしぎな文章である。訳者が村上春樹というのも泣かせる。彼は作家になる前、ジャズ喫茶を経営していたこともあるジャズ通である。訳しにくそうな原文を非常にわかりやすく訳しているところを見ると相当の英語力と思われる。でも訳してる暇があるのかな。
 装丁も黒地に白と赤と灰色の文字でタイトルと作者・訳者をシンプルに描いて秀逸。ジャズフアン必読の書である。

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