明治開国以降70年余りで、
大戦争の罠に嵌まったが、
それまでは実に奇跡の成長であった。
あの世界の状況を鑑みればまさに。
ときに恐慌での停滞はあったが。
それがあの戦争で頓挫してしまった。
そして時代は様変わり、
その相が変わった。
次は終戦以降70年余りだが、
これもまた奇跡の成長であった。
あの町々の壊滅的状況を鑑みれば。
これもバブル崩壊で停滞したが、
曰く未だ停滞中?のようだが。
それがここにきて、
時代は変わった。
その相が明らかに変わった。
そう想うのです。
そして今、令和の時代。
・・・・・
何が変わったのか。
一番変わったのは言葉である。
もとより言葉の生き物・人間である。
言葉に捉われて生きている。
それが神話を生み、
宗教をおこし、哲学をたて、科学がなった。
すべては言葉である。
現下は科学の時代である。
宗教はその基をくるわせ、
哲学は言葉遊びを免れず、
そして科学の時代となる。
もとより、
すべては言葉で出来てるのだが、
そのことに対する思い入れが無さすぎる。
余りに当り前過ぎて気付かないのか、
目先の現実に惑わされるからか、
それが大きな落し穴となる。
だからむしろ、
それに気付けば大転換の時代となるのに。
思えば、
当初の70年余りは、
科学が目に見える時代であった。
前の時代から見れば驚異的であっても、
それが目に見えていた。
次の70年余りは、
科学が目に見えにくくなってきた。
軽薄短小とか言って。
でもやはり目には見えていた。
それを変えたのは、
コンピュータの出現である。
当初はそれほどでもなかったが、
ここに来てもはや魑魅魍魎のごとし。
何度も言ってるが、
コンピュータは半導体と電気で出来ている、
のではないと。
それらは只の物とエネルギーである。
たしかにそれらはそのものではある。
でも本体ではない。
本体は「言葉」である。
言葉に始まり言葉に終わる。
それがコンピュータである。
それを知ろう。
今まさに情報化時代と言われるが、
言い得て妙というか、
そのまんまというか。
冒頭で、
一番変わったのは言葉だと言ったが、
それはまさにこのことで、
裏に隠れていた言葉が表に出て来た、
とも言えるが、
人と共にあった言葉が、
人から離れてしまった、
とも言えると。
危うい時代である。
・・・・・
これは余談だが、
昨今歴史が玩具にされているのは、
国家という存在を消したいからか。
それが目的の自虐史観への誘導か。
現に日本がそうだが、
それは日本だけではない、
先進諸国はなべてそうである。
違うのは、
日本のそれはほぼ嘘で出来ており、
他は大方事実だということである。
余談はさておき、
この先は目に見えない時代である。
光や電子などを扱う量子の時代。
最早まったくもって見えない。
そこはもっぱら言葉の世界。
だから知っておこう。
言葉は現実をなぞるだけ、
現実は越えられない。
触るのが関の山。
うん!
大戦争の罠に嵌まったが、
それまでは実に奇跡の成長であった。
あの世界の状況を鑑みればまさに。
ときに恐慌での停滞はあったが。
それがあの戦争で頓挫してしまった。
そして時代は様変わり、
その相が変わった。
次は終戦以降70年余りだが、
これもまた奇跡の成長であった。
あの町々の壊滅的状況を鑑みれば。
これもバブル崩壊で停滞したが、
曰く未だ停滞中?のようだが。
それがここにきて、
時代は変わった。
その相が明らかに変わった。
そう想うのです。
そして今、令和の時代。
・・・・・
何が変わったのか。
一番変わったのは言葉である。
もとより言葉の生き物・人間である。
言葉に捉われて生きている。
それが神話を生み、
宗教をおこし、哲学をたて、科学がなった。
すべては言葉である。
現下は科学の時代である。
宗教はその基をくるわせ、
哲学は言葉遊びを免れず、
そして科学の時代となる。
もとより、
すべては言葉で出来てるのだが、
そのことに対する思い入れが無さすぎる。
余りに当り前過ぎて気付かないのか、
目先の現実に惑わされるからか、
それが大きな落し穴となる。
だからむしろ、
それに気付けば大転換の時代となるのに。
思えば、
当初の70年余りは、
科学が目に見える時代であった。
前の時代から見れば驚異的であっても、
それが目に見えていた。
次の70年余りは、
科学が目に見えにくくなってきた。
軽薄短小とか言って。
でもやはり目には見えていた。
それを変えたのは、
コンピュータの出現である。
当初はそれほどでもなかったが、
ここに来てもはや魑魅魍魎のごとし。
何度も言ってるが、
コンピュータは半導体と電気で出来ている、
のではないと。
それらは只の物とエネルギーである。
たしかにそれらはそのものではある。
でも本体ではない。
本体は「言葉」である。
言葉に始まり言葉に終わる。
それがコンピュータである。
それを知ろう。
今まさに情報化時代と言われるが、
言い得て妙というか、
そのまんまというか。
冒頭で、
一番変わったのは言葉だと言ったが、
それはまさにこのことで、
裏に隠れていた言葉が表に出て来た、
とも言えるが、
人と共にあった言葉が、
人から離れてしまった、
とも言えると。
危うい時代である。
・・・・・
これは余談だが、
昨今歴史が玩具にされているのは、
国家という存在を消したいからか。
それが目的の自虐史観への誘導か。
現に日本がそうだが、
それは日本だけではない、
先進諸国はなべてそうである。
違うのは、
日本のそれはほぼ嘘で出来ており、
他は大方事実だということである。
余談はさておき、
この先は目に見えない時代である。
光や電子などを扱う量子の時代。
最早まったくもって見えない。
そこはもっぱら言葉の世界。
だから知っておこう。
言葉は現実をなぞるだけ、
現実は越えられない。
触るのが関の山。
うん!
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