ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

もの言わぬ株主

2013-06-26 10:25:10 | 日記・エッセイ・コラム

定年退職して、初めてまとまった金を手に入れた。

なにしろ、貧乏人である。

それで、念願の株式を買った。

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安く買って、高く売る。

高く売って、安く買い戻す。

などと、売買で儲けようとは思っていない。

会社の価値が一日やそこらで、大きく変わることはない。

あれば、それはインチキであり、しょせん博打である。

私は、気に入った会社の将来を買っているのである。

その会社が頑張って成長してくれればよい。

それが、私の儲けである。

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会社とは、その会社の生業を為そうとする意思そのものであり、

その意思を体現させようとする役職員こそ会社である。

株式を持ったところで、仕事のやり方に口出しする気はない。

口出しする能力もない。

気に入らなければ、売ったらいいのである。

また自分が経営したいなら、

自分で会社を作ればいいのである。

私は「もの言わぬ」株主である。

もの言わぬ、立派な株主である。

その持ち分は微々たるものではあるが。


会社は誰のものか

2013-06-24 11:04:26 | 日記・エッセイ・コラム

会社は株主のものである、

というのは詐欺である。

このことが改まらない限り、

資本主義、市場経済に未来はない。

・・・・・

私は誰のものか。

この問いに意味はない。

私を生んだ者のものか、育てた者のものか、

はたまた社会のものか。

私は私だ。

誰のものでもない。

しいて言えば、魂の発現者たる神のものである。

会社を会社たらしめているのは何か。

資本(金)か。

金は何も作らない、何も為さない。

土地や設備か。

それらは単なる「もの」であり、

あるだけでは、何も為さない。

会社は人(役職員)である。

その生業を為そうとする思い、

思いの集合体こそ会社である。

もちろん、金も設備も必要ではある。

・・・・・

会社とはその生業を為そうとする意思そのものである。

その生業を為そうとする人々こそ会社である。

誰かのもの、と言うべきものではない。

とは言うものの、

会社は神ではなく人が作ったものである。

だから、人のものと言えなくもない。

あえて言えば、

会社は会社に関わるすべての人のものであり、

広く社会のものである。

「会社は株主のものである」という発想は、

奴隷社会を根に持つ欧米の、

今に至ってもその根を捨てきれない、

愚かな発想である。


観念と現実

2013-06-18 09:30:31 | 日記・エッセイ・コラム

観念とは言葉遊びである。

現実から遊離し、頭の中で別の現実を作る所作である。

仮想現実あるいは妄想というべきか。

それが自分だけのことなら、あるいは単なるゲームや遊びなら問題はない。

人との関わりのなかで、

実際の現実と混同すれば困ったことになる。

でも、現実というのが厄介である。

何が実際の現実なのか。

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現実は現実である。

ありのままの世界である。

人が現実に対すれば、必ず思いが乗る。

思いが乗れば、

現実はその人の現実となる。

人の数だけ現実がある。

それが現実である。

自然界では、まさにそういう現実がある。

無数の生き物の無数の思いがあり、無数の現実がある。

が、彼らはそれを言葉にしない。

ゆえに、観念にならない。

無数の現実も一つの現実に収斂される。

一つの世界なのである。

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言葉はもともと中立である。

現実に対する思いが言葉に乗るといえども、

現実に添っている限り問題はない。

その為にも、

言葉は現実に添って使わなければならない。

そのことを徹底させよ。

それが教育の眼目である。

昨今のような観念論の押し付けは、

実に教育の本来に反する。

日本の歴史・伝統・文化は、

既にそのことを知っている。

言葉は最後は嘘になる、ということを。

日本を取り戻そう。


従軍慰安婦の不思議

2013-06-10 18:06:37 | 日記・エッセイ・コラム

これは真に奇妙なことである。

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戦前にはなかった言葉、従軍慰安婦。

言葉そのものが胡散臭いが、それは置いておく。

なぜ、韓国だけがそれを言う。

その言い分がほんとうなら、

台湾でも、中国や東南アジアにおいても同じ筈である。

でも、つとに聞かない。

わざわざ韓国人だけを利用したのか。

現地の人を利用したほうが手っ取り早いのに。

たしかに、その種の施設はあったのは事実だと思う。

命をかけて戦う兵士を慰める必要があったのだろう、

士気を高めるためにも必要だったのだろう。

それになにより、進出先で不埒を起こさせないためであったのだろう。

その種の生業は古来よりあるもので、

許可すればよろこんで営業するものがあったのは当然だ。

なにより、需要のある場所なのだから。

当然、軍は関与する。

スパイ対策、衛生対策、その他諸々のため。

実際、日本人女性が多数行っている。

その中に朝鮮半島出身の人もいただろう。

朝鮮半島出身といえども当時は日本人である。

いわゆる、日本人慰安婦はいても韓国人慰安婦などいない。

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さらに奇妙なのは、

そのことになぜアメリカが口を出す。

あまつさえ、国連が口を出す。

世界がどうもおかしい、狂っている。

何ともお粗末である。