呪術とは、
「信じて祈る」ことにより、
「心を定める」ものである、
と思っている。
では呪術にはどんなものがあるのか。
験担ぎや占いは典型的な呪術である。
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試合の前に豚カツを食べる。
靴は右足から履く。
要するに何でも良いのである。
そうすればうまくいく、と信じてやるのである。
それが心を定める。
そうしないよりも、当然効果はある。
占いも同様である。
占いは心が定まっている時は不要である。
そんな時は求めない。
迷いのある時、不安のある時に効果がある。
というか、むしろ必要ですらある。
そういう時、人は求める。
星占い、手相・観相、卜占などなど。
これらは大昔から求められてきた。
それは今も変わらない。
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宗教もよく似たものである。
ただ宗教には毒がある。
そこは注意しなければならない。
宗教とは教祖がいて教義・教典があり教団(組織)がある、
というのが定義である。
教義・教典は言葉である。
教祖が発した言葉は魂が乗っているから、
それは言霊であり霊力がある。
としても、
教祖から離れて言葉が一人歩きすれば、
言葉は干からびる。
勝手解釈や捻じ曲げにより霊力がなくなる。
魂が魂に感応するのではなく、
魂が魂の抜けた言葉に囚われる。
そして言葉の奴隷になる。
宗教にはそんな毒がある。
でも不思議である。
日本人は解毒剤を持っている。
実に不可思議である。