人は何も持たずに生まれてきて、何も待たずに去る。
この世に絶対はないと言われる。
が、一つだけある。
生あるものは必ず滅す。
これは絶対である、逃れられない。
人生の結果は決まっている。
すなわち逝くのである。
結果が決まっているのに、
結果を求めるのは、
意味がない。
だから結果論が嫌いである。
就中、結果がすべてだという言い方は大嫌いである。
生きるとは結果ではなく経過である。
生き方、働き方などという言い方に込められているもの、
すなわち姿勢がすべてである。
背筋を伸ばして、前を向いて……
それでいい。
・・・・・
結果論にも意味がない訳ではない。
すべては経過であるといっても、
その途中に通過点を設定し、
思いをめぐらすことに意味はある。
それは茫漠とした経過の中で拠り所となるものである。
経過とは小さな結果の積み重ねでもある。
だから結果を求めることも必要である。
それがどんな結果でも、結果には常に意味がある。
それは次の結果への道標となる。
しかしである。
すべての結果はつまりは経過である。
そのことは肝に銘じよう。