GoToGoToと喧しいことです。
私は大いにやればいいと思っている。
質の悪い風邪には十分注意しながら。
むしろ大いに積極的に。
ともかく経済を回さなければ。
政治は人を仕切るものだが、
経済はその仕切りの中で、
人が実際に生活の糧を得るもので、
生きる原点とも言える。
もとより政治と経済は密接につながっている。
だが今は経済を前面に出さねば。
政治は為に意を注ぐべしと。
それでも安全保障は怠るなかれ。
それは当然ですが。
・・・・・
人が生きるためには糧が必要だ。
その主たるものは衣食住である。
それを得なければならない。
その為の活動を経済という。
自給自足がその初めだろうが、
どうも人類は相当昔から分業していたようだ。
集団生活を初めたからは、
特に言葉を持ってからは、
それは必然となったろう。
最初は小さい集団内で、後には集団相互間でも。
人類社会はその初めより、
分業社会であったと言っても過言ではない。
為には交換が必要である。
経済とはそも交換経済なのである。
その初めは物々交換だったろう。
でもそれでは円滑に動きにくい。
だから間をつなぐものが必要になる。
それが貨幣というものである。
為に最初はそれ自体に価値があるものを用いた。
宝石や貝殻それに布や農産物など。
後に金銀等の貴金属が主流になる。
俗にお金と言われる。
・・・・・
お金は経済の血液だと言われる。
実に的を射た例えである。
お金とはその字義の通り、金が語源に違いなかろう。
正式には貨幣と言うのだが、
それには硬貨と紙幣がある。
硬貨は金同様なにがしかの値打ちはありそうだ。
紙幣は紙切れであり、何の値打ちもなさそうだ。
どちらにしても、つまりは信用である。
それが価値あると皆が認める、
疑いもなく認める、
それが信用である。
その信用は何処から来るのか。
確かに金ならそれ自体が価値である。
現代でも信用の塊である。
でも考えてみれば、それでもそれは主体ではない。
主体は生活の糧である。
それがなければ、そも貨幣は無用である。
とりわけ紙幣(紙切れ)が中心の現今は。
その通貨に信用があるとは、
その通貨を発行している主体が、
生活の糧を大いに有している必要がある。
つまり交換に耐えうる財やサービスが必要なのだ。
為には人の働きこそ大事なのだ。
金があってもどうにもならない。
金自体は生活の糧ではないのだ。
糧と交換できなければ只の石と同じだ。
もう一度言う。
必要なのは金ではなく生活の糧である。
それがあってこそお金が活きるのです。
順序を違えてはいけない。
・・・・・
だから経済が大事なのです。
今は特に。
日本人はそも勤勉です。
その作り出す財やサービスは素晴らしい。
それを止めてはいけない。
それを守らねばならない。
こんな風邪などに負けてられない。
はやり病を恐れて自分の首を絞めるな。
頑張ってGoToGoTo、
どんどんGoToGoTo、
でいいのです。
注意は必要だが。
ハイ!
私は大いにやればいいと思っている。
質の悪い風邪には十分注意しながら。
むしろ大いに積極的に。
ともかく経済を回さなければ。
政治は人を仕切るものだが、
経済はその仕切りの中で、
人が実際に生活の糧を得るもので、
生きる原点とも言える。
もとより政治と経済は密接につながっている。
だが今は経済を前面に出さねば。
政治は為に意を注ぐべしと。
それでも安全保障は怠るなかれ。
それは当然ですが。
・・・・・
人が生きるためには糧が必要だ。
その主たるものは衣食住である。
それを得なければならない。
その為の活動を経済という。
自給自足がその初めだろうが、
どうも人類は相当昔から分業していたようだ。
集団生活を初めたからは、
特に言葉を持ってからは、
それは必然となったろう。
最初は小さい集団内で、後には集団相互間でも。
人類社会はその初めより、
分業社会であったと言っても過言ではない。
為には交換が必要である。
経済とはそも交換経済なのである。
その初めは物々交換だったろう。
でもそれでは円滑に動きにくい。
だから間をつなぐものが必要になる。
それが貨幣というものである。
為に最初はそれ自体に価値があるものを用いた。
宝石や貝殻それに布や農産物など。
後に金銀等の貴金属が主流になる。
俗にお金と言われる。
・・・・・
お金は経済の血液だと言われる。
実に的を射た例えである。
お金とはその字義の通り、金が語源に違いなかろう。
正式には貨幣と言うのだが、
それには硬貨と紙幣がある。
硬貨は金同様なにがしかの値打ちはありそうだ。
紙幣は紙切れであり、何の値打ちもなさそうだ。
どちらにしても、つまりは信用である。
それが価値あると皆が認める、
疑いもなく認める、
それが信用である。
その信用は何処から来るのか。
確かに金ならそれ自体が価値である。
現代でも信用の塊である。
でも考えてみれば、それでもそれは主体ではない。
主体は生活の糧である。
それがなければ、そも貨幣は無用である。
とりわけ紙幣(紙切れ)が中心の現今は。
その通貨に信用があるとは、
その通貨を発行している主体が、
生活の糧を大いに有している必要がある。
つまり交換に耐えうる財やサービスが必要なのだ。
為には人の働きこそ大事なのだ。
金があってもどうにもならない。
金自体は生活の糧ではないのだ。
糧と交換できなければ只の石と同じだ。
もう一度言う。
必要なのは金ではなく生活の糧である。
それがあってこそお金が活きるのです。
順序を違えてはいけない。
・・・・・
だから経済が大事なのです。
今は特に。
日本人はそも勤勉です。
その作り出す財やサービスは素晴らしい。
それを止めてはいけない。
それを守らねばならない。
こんな風邪などに負けてられない。
はやり病を恐れて自分の首を絞めるな。
頑張ってGoToGoTo、
どんどんGoToGoTo、
でいいのです。
注意は必要だが。
ハイ!