Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

博多座『二月花形歌舞伎 夜の部』 C席/A席

2010年02月20日 | 歌舞伎
博多座『二月花形歌舞伎 夜の部』C席/A席

2/19(金) C席3階前方センター 『竜馬がゆく』『三社祭』のみ
2/20(土) A席1階前方上手寄り

博多に観劇遠征に行きました。博多座はお初でした。なかなか良い劇場でした。夜の部は2日続けて観ましたので感想は一つにまとめました。

『竜馬がゆく 立志篇』
歌舞伎版『竜馬がゆく』の第一弾「立志篇」の3年ぶりの再演です。2007年の初演を拝見しております。初演の時もなかなか良い芝居だなとは思っていたのですが、今回初演時に比べて芝居全体がかなり締まってかなり見応えのあるものになっていてビックリしました。脚本そのものは変わっていないし全体の流れは変わっていません。細かい部分での演出の手直しと役者の役のこなれ具合でこうも変わるものかと。再演することの大切さを思い知りました。

2007年から毎年、新作歌舞伎『竜馬がゆく』は「立志篇」、「風雲篇」、「最後の一日」と上演してきています。そして今回、「立志篇」の再演があったことで完全に新作歌舞伎として確立した演目になったと思います。エピソードを加え通し狂言としての上演も視野に入れているようですが、そう遠くない時期に上演できると確信できる芝居となっていました。この新作歌舞伎『竜馬がゆく』を毎年続けて拝見してきて本当に良かったと思いましたし、今回「立志篇」の再演を博多まで観にきて良かったとつくづく思いました。

幕開け、もうおなじみのテーマ曲、き乃はち氏の『宙へ』が流れます。流れてきた瞬間、昨年拝見したばかりの『竜馬がゆく 最後の一日』が思い出されてグッと胸が詰まってしまいました。どんだけ思い入れがあるんだと自分にツッコミが(笑)。初演時にはシンセサイザーを組み合わせた録音での曲を流していましたが今回、幕開けのみであとはすべて黒御簾からの生演奏でした。第二弾「風雲篇」からはずっと生演奏にしていますが、これで「立志篇」も生演奏での上演ということになりました。歌舞伎の舞台にはやはり生演奏のほうがしっくりくるような気がします。それにしても『竜馬がゆく』で流す曲は『宙へ』含めてとっても素敵ですねえ。

一幕目
坂本竜馬@染五郎さん、もうすっかり染五郎さんの竜馬というキャラクターが確立しています。完全に竜馬という役になじみ、そこにしっかり存在していました。初演時はどこか線の細さを感じさせましたが今回はその細さをまったく感じません。爽やかな真っ直ぐさや朗らかさといった魅力とともに、男らしい骨ぽさが加味されています。長州藩に間者として乗り込んでいっても気負いもてらいもなく、興味のあるものに真っ直ぐ飛び込んでいく。まだ自分の見据える先がわからないまま、楽しそうに目をキラキラさせている竜馬が印象的。闊達で素直な人柄で、桂小五郎を巻き込んでいく様が楽しい。

桂小五郎@獅童さん、初役です。真っ直ぐに思慮深い桂小五郎を演じてきています。初演時の歌昇さんが大人すぎたので、そういう部分で獅童さんだと竜馬と同年代として分かり合える気安さやライバル心が明快だったと思います。なので、竜馬と意気投合する部分に説得力がありました。ただ、歌昇さんの桂小五郎と比べると殺陣や説明台詞が弱めかな。でも違和感なく拝見できたので十分な出来かと思います。

二幕目
土佐藩の郷士への差別への悲哀がストレートに伝わってきて泣けてきました。初演時もこの場面は切なくて辛かったですが、今回のほうがより仲間たちの結束力や熱き想いそのなかでの悲哀が伝わってきていたような気がします。

中平忠一郎@壱太郎くん、まだ幼さが残る忠一郎です。一生懸命にぶつかって演じているという部分で役柄に重なり、哀れさがあります。

池田寅之進@種太郎くん、前回は忠一郎を演じた種太郎くんが今回、兄を演じます。骨太さのある種太郎くんですから、弟のために激情に駆られる様に迫力がありました。また、竜馬に「脱藩せい」と説得させられる場で一瞬、希望に満ちた顔をするので結局は切腹してしまうその姿に悲しさが増します。種太郎くんは身体の使い方が上手くなりましたねえ。殺陣もとても上手です。

ここの場での竜馬@染五郎さんは若者の中心にいる人物像としての存在感と華がありました。仲間を愛し、仲間のために泣く。友の悲哀をその身にすべて受け取り、そしてその先の覚悟をしたのだろう、とそういう竜馬でした。

三幕目
勝海舟との出会いの場です。ここは丁々発止の応酬に見応えがあります。今回の歌六さんと染五郎さんの応酬は、歌舞伎ならではの間合いで、真山青果『御浜御殿綱豊卿』並の台詞劇だなと思わず唸らされました。

勝海舟@歌六さん、この方は台詞の聞かせかたが本当に上手いです。べらんめいの江戸弁が心地よく勝海舟らしさを醸し出していく。また先のことが見えない若者に対する容赦無い厳しさとを見せるつつも、ふとした瞬間の軽妙さのなかに懐の深さをみせていく。そのメリハリを利かせた芝居で場を締めていきます。

対する竜馬@染五郎さんは一歩も負けていません。真っ直ぐに素直に勝海舟に向かっていき、自分のなかの惑いを晴らしていく様を表情豊かに演じてきます。『御浜御殿綱豊卿』で仁左衛門さん相手に助右衛門を演じてきた成果でしょうか、攻めと受けの硬軟を使い分けた台詞をしっかりと聞かせてきます。一歩踏み出した竜馬が一段を大きく見えました。ラスト、未来への希望を見出した若者の真っ直ぐに天を仰ぐ姿がとってもかっこよかったです。

千葉重太郎@高麗蔵さん、ちょっと融通のきかない、でも愛すべき重太郎を演じてきました。なんだか前回演じた時より可愛らしい感じで良かったです。

『三社祭』
染五郎さん、亀治郎さんコンビでの『三社祭』は2008年5月に拝見しております。前回はお互い競い合うような踊りでしたが今回はそれぞれの持ち味を活かしつつ決めるとこはピッタリと合わせるという前回より一回り大きくなった踊りでした。この二人の踊りは持ち味がまったく違うところに面白さがあります。それにしても、観ていてとっても楽しかったです。二人とも楽しそうに活き活きと踊られていたように思います。

悪玉@染五郎さん、踊りが大きいです。空間の捉え方が大きいので見ていてとても気持ちが良いです。勢いとキレのよさ、そして手足の長さを活かしたノビノビとした形のよさで見せてきます。力強さのなかに筋肉のしなやかを感じさせます。また決まり決まりが非常に美しいです。今回、腰の入りっぷりが見事でした。亀治郎さんより絶えず体勢を低く構えてピタリと動きません。また足の上げ方も高く、それでも軸がずれません。相当、踊りこんできたな、と思いました。かなり調子が良かったのではないでしょうか。また後見の錦一さんとのコンビネーションがカッコイイんですよね。お互い、どうかっこよく見せようかと精進してるんだろうなあ。その信頼関係がまた素敵。それにしても染五郎さんの踊り、本当に好きです。ここまで伸びやかに空間を大きく捉えてくる踊り手は若手のなかではなかなかいないと思います。

善玉@亀治郎さん、とってもしなやかな踊りです。特に手の動きがしなやかで柔らか味に溢れています。また軽やかさも持ち味でバネがきいているという感じです。ふんわりしたところが善玉にピッタリですよね。亀ちゃんの悪玉はイメージできません。個人的にはちょっと踊りが小さいなあと思ってしまう部分が無きにしも非ずですが、こればかりは観る側の好みになるのでしょう。

『瞼の母』
有名な演目ですが、私は初めてみます。こういうお話だったのですね。お涙頂戴ものではあるけど脚本がしっかりしててなかなか見応えがあります。

忠太郎@獅童さん、とっても似合う役でなかなか良かったです。周囲の好演にも助けられ、いい芝居をしていたと思います。私は今まで獅童さんの映像での芝居はわりと好きなんですが舞台だとどうも良いと思ったことが無いんです。でもこの役は獅童さんに非常によく似合っていて、ニンという部分できちんと見せてきたと思います。とはいえ台詞の弱さ(声はよく出ていますが感情を伝えるという部分がまだ未熟)とか決めの姿が決まりきらないといった部分、舞台役者としてはやはり弱い部分多々あります。けれど、この役は積み重ねればモノにしていけると思います。きちんと再演していって欲しい。獅童さんはもっと歌舞伎の舞台に立つ機会を増やし、色んな役者に稽古をつけてもらったほうがいいと思います。センスはあるけど技術がまだ追いついてない段階ですね。にしても殺陣についてはさすがにヘタすぎ…あれじゃ相手切れないよ…腰が決まってないのが一番の難点かなあ。もう少し舞踊をしっかり稽古してくださいまし。華はあるし、姿も顔も良いし、何より今回、忠太郎に関してはとても素直に芝居しているのが良いと思います。どうか頑張ってほしい。

水熊のおはま@英太郎さんが素敵でした。女形さんとして非常に美しい方ですね。また品格があるなあと思いました。新派の女形さんですが世話物でしたら歌舞伎でも十分にいけると思います。娘可愛さに忠太郎に冷たく当たる様にもどこか女の生き様の哀しさが底にあるおはまでした。この役、非常に難しいと思います。おはまの生き様が身体に滲み出ないと説得力がなくなる。今回の『瞼の母』 はこのおはまあってこそ、と思いました。

おむら@竹三郎さん、この芝居で「母」の象徴のような母を演じます。情が濃く、しっかりもので地に足が着いた肝っ玉母さん。竹三郎さんの女形は輪郭が太いですねえ。色んな部分が明快です。

おぬい@壱太郎くん、可愛らしいです。今のところ女形のほうがしっくりきますね。健気で兄思いのおぬいを好演。

金町の半次郎@亀治郎さん、こういう男ぽい役は珍しいですね。こういうお役をするとお父さんの段四郎さんにソックリですねえ。特に、声と台詞廻しが似ているのかしら。きちんと堅気に戻れそうな半次郎でした。

お登世@梅枝くん、母思いで素直に育った娘なんだろうなと思わせてくれました。梅枝くんの女形は不安定さがないのが凄いです。