晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
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『ピアニスト』 85点

2011-02-10 17:05:44 | (欧州・アジア他) 2000~09

ピアニスト

2001年/フランス=オーストリア

大胆で繊細なM・ハネケの問題提起

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆85点

社会での抑圧や矛盾を背景に女性の性を取り上げたエルフリーデ・イェリネクの原作をオーストリアの鬼才・ミヒャエル・ハネケが大胆かつ繊細に映像化した問題作。カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品でもある。さらにE・イェリネクは’04のノーベル文学賞を受賞してこの作品が再注目されてもいる。
母(アニー・ジラルド)からピアニストになるため厳しく躾けられたエリカ(イザベル・ユペール)は中年になるまで恋人もいない。ウィーン国立音楽院のピアノ教師でありながら、服装から帰宅時間まで干渉する母に支配され服従している。
そこに現れたのは美しい容姿の青年ワルター(ブノワ・マジメル)。ピアノの才能に恵まれ理系の大学生でアイスホッケーもするスポーツマン。どう見ても不釣り合いな2人の愛の葛藤のドラマ。
そもそもE・イェリネクの作品は母親に指揮者としてスパルタ教育を受け、父親を精神病院で亡くす主人公エリカに似た境遇で育ち、自叙伝的小説と言われたが、あまりにも過激で<不愉快なポルノグラフィ>と批評したノーベル賞選考委員がいたほど。
ピアノ教師としてのエリカはシューベルトの演奏については誰にも負けない自信家で、生徒には厳しく、無感情で強圧的。反面処理済みのティッシュを口に当てながらの個室ビデオ観賞、ドライブイン・シアターでの覗きでの放尿など首を傾げるシークエンスが続く。「ファニーゲーム」でカンヌ審査員を何人も途中退場させたM・ハネケらしく観客を心理的に追い詰め不安に陥れる。恐らく歪められた性癖は母親に抑圧されたことによる痛ましい行為であり、男の快感の代替え行為でもあろう。そこにあまりにもノーマルな青年に求愛されたエリカの反応の仕方がとんでもないマゾヒスティックな行為。トイレでの視姦までは遊び感覚だったワルターも手紙で告白されたマゾ行為要請には困惑し嫌悪感が...。
支配するのが男で服従するのが女という社会を頭で理解していたエリカ。本当は愛する人の前で女になろうと思ったのかも。遊ぶなら同じルールでというプレイボーイのワルターと中年になって初めて恋をしったエリカの行く末は想像どおりといえるが、この作品は想像以上に刺激的な結末へ。
エリカを演じたE・ユペール、ワルターを演じたB・マジメル。2人ともカンヌの主演賞を受賞しているがとくにE・ユペールの演技は鬼気迫るものがある。前半は素ッピンで無表情のなかに孤独感を滲ませ、後半は異常さ・無邪気・哀しさときにはコミカルな姿で中年女を演じてみせた。
鍵盤を真俯瞰から写すピアノ演奏の映像は新鮮で、バッハのハ短調協奏曲やシューベルトのピアノソナタ20番イ長調が美しく流れるのとは対照的に、冬の旅の第17曲「村で」の伴奏が<完全な狂気に対する直前の自己喪失>を象徴するように不気味に流れるのが印象的だった。