The Last ward from Southen Cross to my future

目の前にある林檎は本当に林檎なんだろうか。その林檎は腐っているから林檎だって気づかないだけかもしれない。

朝鮮半島の慰安婦の存在に日本国だけが謝罪するのか

2015-05-05 08:14:54 | Weblog
朝鮮半島には日本国の国民として大戦に参加した朝鮮半島の人たち以外に、朝鮮戦争やベトナム戦争時にも慰安婦は存在した。そちらへの謝罪はしないでもいいのか、というのが自分の疑問だ。女性の権限が犯されたというのなら、本来、世界中に存在した売春婦にも謝罪はするべきではないのか。日本国がそっせんして謝罪するとすれば、「時の法律が合法だったが、それでも女性の性を商品として扱った点を謝罪する。」とするのが筋だろう。
ならば、これは赤線などの存在を含めたすべての売春行為への謝罪として、女性の性を商品として取り扱った点を詫びることになる。だが、この謝罪によって他国への影響となると、そうそう簡単には実現できないだろう、と予測する。売春とは、商取引上、もっとも古いビジネスだからだ。これを否定するような謝罪となると、事前にいろいろな人たちと話し合いをしていかないと難しいだろう。なにせ子供の労働だとか、売春ですら、何十年かかって国連やらが動き出したのかを考えればよくわかる。日本国が朝鮮半島にいた女性だけを売春婦として商取引した点への謝罪となると、どうすればいいのか。人道、女性の権利というのなら、昨今、売春を認めろと抗議行動を起こした女性たちはどうなるんだろうか。彼女たちには人道だとか女性の権利はなく、ただ自分たちが要求する売春行為を認めろを訴えている、となるのだろうか。

難民定義と同じで、政府や軍による強制売春というのも、なかなか定義が難しい。もし、該当する売春婦たちが金品を得ることなく、売春を強要されていたのなら、確かに人道的にも女性の権利にも訴える意味はある。しかし、実際には高額な報酬を受け取り、健康管理をきちんとされていて、戦争による襲撃などから避難までさせているとなると、果たして近隣諸国が訴えるような人道的かつ女性の権利を犯したとは言い切れないと自分は考える。
ただし、現在進行形で、アフリカのボコハラムやISのように15歳未満の少女を売春(金品を与えているのかは不明だが)や性の奴隷として扱っている。謝罪というよりは、こういった事件をどう防ぐのかが先ではないのか。しかし、世界どころか国連すら積極的に対応しようとしてはいない。ここから見えてくるのは、朝鮮半島だけが日本へ謝罪と賠償を要求している点だ。日本もどこかのお祈りのようにまとめて100回分の謝罪を含めた談話でも出し、賠償は過去に日本から借りた借金の未返済分で相殺するのではどうだろうか。キリスト教を信じる国としては不思議なぐらいに許すという行為がまったくわかってないような国を相手に悩む必要はない。日本がかつて米国の原爆投下に対して、許すという行為を訴えた人たちがいた点ですら、朝鮮半島や中国では知らないようだ。日本の平和教育は偏向されていると自分は感じる。平和とは何か、命をかけて戦争勃発を防ぎ、講和を実現した人たちのことを日本人は義務教育で学ばない。歴史に直視しない日本。確かに、日本人として知らなければいけないような内容を義務教育で教えない。近代史ですら戦争前、戦争中、戦争後の日本の動きを中立に教えることなく、教師は戦犯と呼ばれるような人たちを卑下する。戦争の責任者は彼らだけではなく、時のメディアのトップである新聞、学者、教授や教師まで本来は戦争責任を追及されて然るべきだと自分は考える。なにせ、戦争を扇動したメディアは謝罪も賠償も日本国民にせず、いまだに捏造記事で日本国および日本国民に被害を与え続けているからだ。こういった人たちが結束して、日本国および日本国民すべてに未来永劫、謝罪と賠償を朝鮮半島にしろ、という。戦争中の売春婦って、朝鮮半島だけにいた訳じゃないし、まして朝鮮半島は当時は日本国であり、朝鮮人は日本国民だったのは無視しての訴えという点が呆れてしまって笑うことすらできない。
だから謝罪するのなら、朝鮮半島に対しては、元日本国民として国への忠誠や奉公には感謝した上で謝罪するのが筋だろう。朝鮮半島の国民だとしても、日本人として誇りを持って戦争に参加し、亡くなった人もいる。しかし、彼の遺族は朝鮮半島で彼は強制され、兵士になって死んだと訴える。唯一、彼の手記を持つ子供は日本に帰化したため、親族の墓参りすら拒否されているそうだ。おかしな話だ。国がどうであれ、親族なのだ。それをたかが政治のために拒否するなんて、どちらが人間としてまともなのか。また、日本にいる朝鮮半島出身者で元慰安婦だった人もかなりいる。そういった人たちはまったく声を出さない。なにせ敗戦時の日本で大金を持っていたので、さっさとビジネスを起こし成功しているのだ。戦後の売春宿とかも同じだ。日本人よりも朝鮮半島出身者の経営者が多かったと聞く。

自分は現首相に期待したいのは、戦争による被害者は日本人のみならず、関係国にはたくさんいた。特に民間人だ。子供も食べ物には不自由し、餓死した子供もたくさんいる。戦争による経済活動は制限され、会社も倒産し、食べるために売春婦になった女性も多い。まさに戦争の犠牲者だ。だが、日本が真珠湾を攻撃し、米国および連合軍と戦争になったために朝鮮半島だけが犠牲になった、というのは少々違う。何故なら、日本国民も当時日本国民だった台湾人も犠牲になったからだ。ほかにもシンガポール、タイ、フィリピンおよびインドネシアなどアジア諸国の多くの人々が戦争に巻き込まれた。日本が真珠湾を攻撃しないでも、すでにアジア諸国や中国では戦闘による死者や犠牲者はいた。だから謝罪というのなら、日本国民として、戦争に加担した責任をもって武力による問題解決をした点について、反省をする、としか言えない。広島の原爆記念に刻まれた言葉通りだ。
日本が謝罪するだけの価値も意味も日本が持たないからだ。大戦とは一国だけでどうにかできる状況ではない。特に日本は自国防衛という手段として真珠湾攻撃をしたのは事実。だが、戦争に勝てない、と訴えて反対した人たちも多かったのも事実。滅びの美学、と言われるようにまさにレミングスのように日本国民すべてが全滅する覚悟の決断だった。その大きな原因が石油。どうか、滅びではなく、繁栄の美学として、今後の日本がどう歩むのか、日本のトップリーダとしての決断を談話で発表してもらいたい。謝罪では何も生まないからだ。だが、どうしても謝罪とするのなら、武力で問題を解決しようとした姿勢への反省を強く打ち出してもらいたい。
そして、できるのなら過去の河野談話や村山談話、小泉元首相の慰安婦にあてた手紙をすべて国連5ヶ国語に翻訳して、日本が謝罪したエビデンスとして公開し、現在から未来にかけては広島原爆記念の言葉をはじめ、戦争への反省を残した言葉をすべてあつめ、翻訳して公開する。武力による解決を望まない日本という姿勢を打ち出す。ここが何よりも重要なのだ。見せ方のプロおよび各国言語もネイティブチェックをして、できるだけ平易な言葉による表現で訴えるのがよい。

原爆投下の日にいつのまにか永井隆博士「この子を残して」の言葉すら語られることがないメディアは、本当に核兵器廃絶を支持しているのかと疑いたい。元戦犯と呼ばれる人たちについても、1980年5月21日、昭和の殉難者としてバチカンでミサを開催してもらって遺骨を納めてもらった。宗教という理由で一般教育からこういった内容が歴史の事実から削除された。これもおかしな話だ。日本には八百万の神がいると言われる宗教観がある。
異国の宗教が日本の昭和の殉難という名目で元戦犯千人ほどの遺骨を弔ったのだ。反面、永井隆博士がいう、原爆への許しについても継承した。1980年5月21日は衝撃的だったので忘れない。なにせどうしてカトリックで弔いのか、という疑問が大きかったからだ。そういえば、信仰心というか、神を信じる国としては日本はかなり数値が高かったと新聞の記事で読んだ。確かに初詣、お宮参り、受験祈願、交通安全祈願とか、たくさんある。あと宗教施設もたくさんある。東京なんてキリスト教、イスラム教、寺や神社とたくさんある。超自然なんて本気で信じているとは思えないだが、それでも初詣とかは行くし、祟りを恐れる。自然災害のデパートな国だけあって、超自然を感じざる得ないのかもしれない。靖国もその一つ。竹島や尖閣という領土問題が大きく取り上げられるようになってから騒がれるだけで、本来は左翼団体の抗議、海外からの抗議者ぐらいしか騒ぎはない。
靖国神社も歴代の御霊を慰めるために、奉納音楽や舞があってもいいと思う。日本の神様のトップリーダが岩戸に隠れて、引き出すためにどんちゃん騒ぎしてストリップもやった国だ。御霊だって芸能は嫌いじゃないと思う。日本国民全体がこういった施設に出向いて、侵略戦争はしません、と願えばいい。左翼団体も騒音をばらまくのではなく、きちんと品位がある芸術で訴えればよい。

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