あるくみるきく_瀬戸内シーカヤック日記

瀬戸内を中心とした、『旅するシーカヤック』の記録

瀬戸内シーカヤック日記: カヤック事始め_初めての海外旅行/海外シーカヤックツアーはミクロネシア

2020年05月17日 | 旅するシーカヤック
1992年の冬に、中古のフォールディングカヤックを購入し、独りで海を漕ぎ始めた俺。

今でこそシーカヤックはTV番組にも登場するなど一般に知られるようになっているが、当時はまだ、せいぜいカヌーを川で漕ぐというイメージの時代。
カヤックやカヌー、シーカヤックに関する情報はとても限られていて、貴重なムック本や、一般的になったばかりのインターネットを使って海外の情報などを入手して、勉強していたことを思い出す。

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そんな俺が、初めての海外旅行、そして初めての海外シーカヤックツアーに参加したのは、2002年の2月であった。

当時、横浜単身赴任中に5年毎のリフレッシュ休暇のタイミングがやってきて、生まれて初めて海外旅行にいくことを思いついたのである。
そして、せっかくならシーカヤックも楽しめるツアーをということで、いろいろ探したところ、見つけたのがこのツアー。

『ミクロネシア ポンペイ島&チューク環礁 ロケハン・シーカヤッキング9日間』
2002年2月10日(日)に成田を出発し、コンチネンタル航空を使ってグアム経由でミクロネシアに行くという旅である。

いろいろな人と話してみても、初めての海外旅行がミクロネシアという人は、これまで聞いたことがないので、結構珍しいのではないだろうか。

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初めての海外旅行で緊張しつつも、どんな旅になるのかドキドキワクワクしながら、飛行機に乗り込んだ。
グアムでトランジットし、ここからは東進してポンペイ島に向かう。
深夜にポンペイに到着し、そのままホテルへ。

お世話になったホテルは、南国リゾート感覚溢れる、こんな施設。

海のそばにあり、高台からの眺めを楽しみながら飲むビールは最高である。

寝室はこんな感じ。


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朝、荷物をボロボロのピックアップトラックに積み込んで、急勾配の坂を下り、海岸へ。

日本のピックアップトラックというのは、本当に頑丈にできているんだなあ、と実感!

このツアーでは、モニターということで、フェザークラフトからインフレータブルシーカヤックを借りてきておられた。

カヤックを組み立て、伴奏船に積み込むと、ボートで移動。

移動の途中、スコールがやってきたら、ボートを操縦している現地の人は、シュノーケルセットで視界を確保しながら操縦していたのには笑った!

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途中からはカヤックに乗り換え、ナンマドール遺跡へ。

ここでは上陸し、現地人ガイドから遺跡の説明を伺った。

ランチはこんな感じ。
葉っぱに包まれたお昼ご飯が、南の国に来たことを実感させてくれる。

途中、筏から糸を投げて釣りをしている母子が。

いやあ、いいなあこの雰囲気とライフスタイル!

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ケブロイの滝にも立ち寄ってみる。

なかなかの迫力である。
周りには、南国を感じさせる植物や花が。

これはパイナップルかな?



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ホテルでの夕食は、こんな感じ。

マグロの刺身。
この近海で採れるマグロは、冷凍されていないからとても美味である。

鶏料理も、地鶏だからこれまた味が濃厚でしっかりと美味い。

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翌朝、ボートで移動し、途中からカヤックに乗り換えてソーケス島へ。

この島では、このコテージに泊まらせていただくことになる。


島では、のんびりまったり散策を楽しむ。

遠くからスコールが来るのを眺めたり、

釣りをしたり、

タイヤがはまった木を撮影したり、

旧日本軍の施設を見学したり。

戦車の残骸が残っていたり、タンクに銃撃の跡があったり、かつてここが戦場だったことを改めて認識した。

そして、この島には小さな商店があるのだが、そこのおじいさんが日本語が喋れるのには驚いた。
『ああこのおじいちゃんの日本語も、太平洋戦争の痕跡の一つなのだなあ』

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夕方からは、海辺で食事とビール。
俺は眠くなったので、一足先にコテージに戻ったのだが、外で音がする。

『カン、カン、カン、カン』

なんだろう、この音は? 一緒に来た仲間達が、ビールのカンでも潰しているだろうが、五月蝿いなあ、と思いながら眠りに落ちた。

翌日、『昨日の夜、ビールのカンを潰すような音がずっと聞こえていたんだけど』と聞いてみると、『いやあ、誰もそんなことしていないし、音も聞こえなかったぜ』との事。
『・・・』 一体あれは、なんの音だったのだろうか?

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翌朝、強風の中、コロニアまで戻る。

これは結構ハードな島渡りであった。

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旅の後半は、ポンペイ島からチューク(トラック諸島)へ飛行機で移動。

島の空港は、のんびりした雰囲気である。

ポンペイからチュークは、ほんの一っ飛び。

この手書きの、ゆる〜い案内板が南の島である。

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太平洋戦争の激戦地の一つとして有名な、トラック諸島。
ここも、日本の中古車だらけ。

ナンバープレートには、『Driver's Heaven』とある。


空港近くの学校では、校庭に多くの人が集まっている。

空港にも多くの暇そうな大人が集まっていたが、どうやらみんな相当時間を持て余している模様。

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後から現地の日本人ガイドの方から伺った話であるが、戦争前からここに来た日本人は、地域のインフラや施設を整備し、教育も施していたので反日感情は特になく、基本的に親日なのだとか。
そして、日本から持ち込んだ『運動会』という文化が今でも残っているのだそうだ。

この日、学校で行われていたのは島の運動会なのだそうだ。
運動会の競争で上位に入るとお金や商品がもらえるという事で、運動会の1ヶ月ほど前になると、普段はプラプラしている島の若者が練習のために張り切って走り始めるのだという話には、笑い転げた!

また、借金を返すという観念が薄く、ここで日本人が商売をしていくのには、商習慣としての格差が大きくなかなか難しいのだとか。

そして、何より驚いたのが、ミクロネシアでの就業率が5%程度という事。
5%というのは失業率ではなく、就業率なのである!

確かにここ数日の観察からしても、手を伸ばせばパンの木もパイナップルもヤシの実も手に入る。
海で糸や網を投げれば魚が採れる。
そしてここでは、日本では愛玩動物である○○も食べる。

そんなに必死に働かなくても、豊かな自然の中ではなんとか食べていけるようである。

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チュークのホテルからの夕焼け。

ここチュークは、周りの島にとっては中心地らしく、夕方になると多くの小さなボートが走り、地元の島に戻っていく。
これが、チュークで働いている人たちによる帰宅時の通勤ラッシュらしい。
『いやあ、南国だなあ!』

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ボートにカヤックを乗せて、フォノムー島へ。

空は晴れて、これぞ南国の青い海と蒼い空。

フォノムー島は、こんな小さな無人島である。

島に到着すると、シュノーケリングを楽しむ。



ここでは、1mないくらいのホワイトチップシャークを多く見る事ができた。

最初は怖かったが、無害である事がわかってからは、安心してサンゴを観察するシュノーケリングを楽しむ。

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現地ガイドが、高いヤシの木に登り、

ヤシの実を割って、ジュースを飲ませてくれる。

夕方には、焚き火を起こして夕食を食べ、ビールを飲む。

『まさに至福の一時。 これ以上、何が要る?』

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初めての海外旅行は、ミクロネシアでのシーカヤックツアーであった。
企画した旅行社にとっても、これが初めてのロケハンツアーという事で手探りの部分も多く、とても楽しく充実した旅であった。

その前にお気に入りになった沖縄でも、沖縄時間というのがあり時間の流れがゆったりしていたが、ミクロネシアはその10倍は時間の流れがゆったりしていたように思う。
就業率が5%でも、豊かな自然に囲まれてのんびりゆったり生活している島の人達。
そんなにお金はないのだが、季節になると自分たちが所有する島に渡り、休暇を過ごしながら海に潜って観光土産用の貝を採集したりしながらのんびり島暮らしを楽しむという、豊かなライフスタイル。

これまで知らなかった世界を知る事ができ、俺にとってはとても想い出深く、かつ貴重な経験となった初海外旅であった。
また、訪問してみたいものである。
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