あるくみるきく_瀬戸内シーカヤック日記

瀬戸内を中心とした、『旅するシーカヤック』の記録

『芸予ブルー』_テーマカラー of 印象派_”瀬戸内シーカヤック日記”

瀬戸内シーカヤック日記: 京都、宝塚、大阪_関西満喫ドライブ旅行(2)

2010年06月28日 | 旅するシーカヤック
2010年6月27日(日) ドライブ旅行二日目。 ホテルで朝食を摂り、宝塚へと向かう。
8時半、宝塚大劇場に到着。 駐車場にクルマを停め、開演までたっぷり時間があるので付近を散策する事にした。
 
今回の旅行の目的の一つが、生まれて初めてとなる『宝塚大劇場での観劇』
昨年テレビを買い替えてからBS放送が見られるようになり、偶然、宝塚歌劇の番組を見てから気になっていたのだ。 坊主頭で真っ黒に日焼けした私には、宝塚歌劇の華やかでスマートな雰囲気はまったく似合わないのではあるが、溢れる好奇心は抑えられない。 まあ、例えハズレであったとしても、どんな経験でも自分の血となり肉となるのだ。
***
開演は11時なので、まだ2時間半ほどある。 どうしようかと歩いていると、大勢の人が劇場近くに並んでいた。 『何なんだこれは?』
 
興味津々、眺めていると、『入り待ち』のファンである事が判明。 出演者達は、一人で歩いて劇場に入って行くのだが、ファンの人たちはそれを待っているのである。
おそろいの服を着たグループ。 おそろいのスカーフを巻いたグループ。 リーダーがしっかり統率している大グループなどなど。
応援している出演者が来ると挨拶し、時には手紙を渡し、入口まで後ろを付いて歩いて、そこからは手を振って見送っている。 『うーん、恐るべし宝塚ファン』

これは朝から貴重な光景を見た。 早くから来て良かったなあ。 これも、現代版『あるくみるきく』
それにしても、出演者達には独特の雰囲気、空気感、オーラがある。 ひっそりと一人で歩道を歩いていても、その歩く姿と姿勢が、一般人とは異なっているので、すぐにそれと分かるのだ。
***
ファンの方達の行動をしばし観察した後は、近くの喫茶店に入り、しばし休憩。 いやあ、それにしてもいろいろな世界があるものだ。 面白いなあ!

開場が10時半なので、10時過ぎには店を出て大劇場へ。 宝塚観劇は、二人とも初めて。
今日の歌劇は『ロジェ』 ショーと休憩を合わせて、3時間の予定である。
 
***
『ロジェ』 最高であった!
今回は2階のS席、前から2列目だったのだが、舞台全体が見渡せ、初観劇にはちょうど良かった。 当然なのだが、歌も演技もとても上手く、生演奏の迫力と、集団でのダンス、一糸乱れぬ大道具のレイアウト変更などなど、プロ中のプロ達の仕事ぶりに酔いしれ、華やかでスマートな宝塚ワールドに引きずり込まれてしまった。

その素晴らしさには、妻も感激していたが、いやあ、これは本当に凄い! 来て良かった。 テレビで見るのとは全く迫力が違う。
またぜひ、ここ大劇場に来て観たいものだなあ。
***
宝塚を出ると、再び高速に乗り、大阪方面へ戻る。 今回の旅の最後の目的地は、『国立民族博物館』
そう、ここにはあの、サタワルから遠路沖縄まで漕いできた『チェチェメニ号』が展示してあるのだ! 一度、このチェチェメニ号の実物を、自分の目で見てみたかったのである。
 
受付で確認すると、『ええ、館内は撮影していただいていいですよ。 ただ、最後の企画展の所だけは、撮影禁止になっています』との事。 うーん、ありがたい。

オセアニアのコーナーに入ると、チェチェメニ号が見えてきた。 『あ、あ、あ。 あったあ。 チェ、チェ、チェチェメニ号や! 本物や』
 
このコーナーでは最大のカヌーであるが、近寄ってみるとその乗り込むスペースはとても狭い。 うーん、こんなカヌーで数千キロの旅をしたんだ! 感涙。

櫂も様々な地域で収集されている。 興味深い。

いつか、この国立民族博物館に、櫂伝馬も展示される日が来るのだろうか。 いや、やはり櫂伝馬があるべき場所は博物館などではない。 過去の遺物にならないように、いつまでも現役の競漕用の舟、そして『旅する舟』として、はたまた長い伝統が続く瀬戸内の海洋文化の一つとして、大崎上島に現存し、いつまでも漕ぎ続けるべきなのだ。
***
それにしてもこの国立民族博物館には、興味深い収集品が多く展示されている。
 
今日は時間が限られているので、オセアニアをじっくり見て、あとは駆け足であったが、1日居ても飽きることは無いだろう。
 
↑ 注射針のカバーで作られた育児用お守り。 ビーズのラブレター。 いやあ、面白いなあ!

ここにもぜひ、再び訪れてじっくりと楽しみたいものである。
***

午後5時の閉館前、ミュージアムショップへ。 研究報告のリストをめくり、4冊を出していただいた。
ざっと中身を確認し、4冊とも購入。 これが今回唯一となる、自分へのお土産である。

この4冊には、それぞれ下記の研究報告が載せられている。

『カヌーをめぐる社会関係_ミクロネシア、サタワル島の社会人類学的調査報告』
『サタワル島における伝統的航海術の研究_洋上における位置確認方法とエタックについて』
『航海術と海の生物_ミクロネシアの航海術におけるPwukofの知識』
『カヌーと航海にまつわる民話_ミクロネシアSatawal島の伝統的航海術の外延』

いやあ、楽しみだ。 この梅雨時期、漕ぎに出られない雨の週末には、じっくりと読む事にしよう。
***
神聖な場所である事を体で感じた下鴨神社、川床料理の雰囲気を感じた貴船と、本物の『おばんざい』との出会いに恵まれた京都。 感動の宝塚歌劇。 そして念願であった『国立民族博物館』 いやあ、またまた今回も良い旅であった。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

瀬戸内シーカヤック日記: 京都、宝塚、大阪_関西満喫ドライブ旅行(1)

2010年06月28日 | 旅するロードスター/アテンザ
2010年6月26日(土) この週末は、20歳と18歳の二人の息子達に留守を任せ、妻と二人で旅行へ。 今年に入ってから、萩&津和野、豊島に続き、3度目の一泊二日の旅となる。
***
土曜日の朝、3時前に家を出て、大雨の山陽自動車道を東へ走る。 兵庫辺りからは雨も小振りになり、8時過ぎに京都に到着。
ホテル近くの駐車場に車を泊め、仮チェックインをして、宿泊プランに入っているバスの1日乗車券を受け取る。 さあ、京都観光の始まりだ。

さっそくバスに乗り、叡山鉄道の出町柳駅へ。 今日最初の目的地は貴船。 叡山鉄道に乗るのだが、まだ予定時刻までたっぷり余裕がある。
『ちょっと近くを散歩してみようか。 どこか見るとこあるかなあ?』 駅を出て案内板を見ると、下鴨神社という世界遺産があるらしい。 『せっかくだから、行ってみよう』
***
雨の京都。 鴨川に架かる橋を渡り、下鴨神社の参道へ。 この参道がなんとも心地良い空間。
大きな木々に囲まれ、ひんやりと澄んだ空気の中、きれいな砂地の参道を、シャリリ、シャリリと音を立てて歩いて行く。 『うーん、この神社はちょっと違うぞ』
 
下鴨神社に参拝する。 雨のせいか、あるいはまだ朝早いからか、人影もまばらで静かな雰囲気。
 
参拝を済ませ、参道を戻る。 下鴨神社の杜を抜け、アスファルトの道路に出ると、いきなりモワーッとした湿度と温度の高い空気に包まれた。
あの参道とは、こんなに空気が違うんだ! いやあ、この神社はまさにパワースポット。 京都の旅、なかなか良い出だしじゃないか!
***
駅に戻り、叡山鉄道に乗り込む。
 
途中からは左右を木々に囲まれた中を進み、右手には清流も流れている。 うーん、これは錦川鉄道みたいだなあ。

貴船口駅で降り、迎えにきていたマイクロバスに乗り込んで、今日のお昼ご飯を食べるお店へ。 店に到着し、マイクロバスから降りるとき、出迎えの方が一言。
『申し訳ありません。 今日は雨なので、店内でお食事になります』 『えー、残念』と妻。

今回の旅にはいくつか目的があるのだが、その一つは貴船の『川床料理』 妻のリクエストであり、彼女はとても楽しみにしていたのだ。 今朝から降り続いている雨で、『まあ、今日はだめだろうなあ』と予想はしていたのだが、『もしかしたら屋根くらいあるかも』と淡い期待も寄せていた。
だが川床を見ると、屋根はなく日除けのスダレのみ。 これでは仕方ない。
***
食事までまだ時間があるので、近くの貴船神社へお参りに。

妻が、水占をやってみた。 水に浸けると字が浮き出してくるのだ。 旅行の項目を見ると、ついつい吹き出してしまった。
『雨ふれど吉』 顔を見合わせて苦笑い。 『今日の旅にピッタリじゃあないか。 川床はダメだったけど、きっと良いことがあるよ』
 
川床の並ぶ雰囲気の良い通りを歩いて登り、お店に戻る。
 
***
部屋に通され、席に着く。 うん、これはなかなか良い感じじゃないか。
 
まずはビールで乾杯。 雨の川床を眺めながら、ゆったりとした快適な空間で、予約していたコースの料理をゆっくりと楽しむ。
つき出し、刺身、焼き鮎、素麺、天婦羅、デザート。 満足、満足。 『ごちそうさまでした』
 
食事を終えると川床に降りてみた。 夏の夜、提灯の明かりに照らされ、川のせせらぎを聞きながら、この川床でビールをグビリと飲る情景を想像する。
うーん、いつかまた来たいものだ。

初めて訪れた京都の奥座敷、貴船の川床を、雰囲気だけだが味わうことができた。
***
叡山鉄道で京都市内に戻ると、空気が蒸し暑い。 こんなにも気温が違うんだ。
二年坂、産寧坂、八坂神社を回り、妻のリクエストであった『一澤帆布』へ。
 
妻はお気に入りのトートバッグを購入。
***
バスでホテルに戻り、シャワーを浴びて休憩すると、夕食の時間。
旅行に出る前に、ホテル近くの『おばんざい』のお店をネットで調べていたのだが、今朝、駐車場を探している時に偶然見つけたお店が気になり、急遽、ホテル近くにあるそのお店に行く事にした。

『菜旬処』 狭い路地に面した小さなお店である。 その雰囲気と立地は、どうみても観光客向けではないが、私の嗅覚が、そして直感が、この店に決めろと告げている。

ガラリと開けて、『こんにちは。 二人ですが、いいですか?』 すると奥からおばちゃんが出てきて、『ええ、どこでもどうぞ』

店内を見回して驚いた。 外見は食事処なのだが、中は普通の民家のままである。 『うーん、これはこれは。 なかなか、なかなか』

奥の座敷でも良いとの事だったので、座布団の上に陣取り、出していただいた扇風機の風を感じながら、手書きのメニューを眺める。

『ビール、もらえますか』 まずは乾杯。 『あー、今日は暑かったなあ』 グビリ、グビグビ 『うーん、美味い』

『あのう、外にセットって書いてあったんですけど、ありますか』 『ええ、ありますよ。 二品選んでもらって、ご飯とお味噌汁が付きます』
『じゃあ、それ二つと、煮込みハンバーグもらえますか』
 
運ばれてきた『おばんざい』を食べながらビールを飲み、ご飯を食べる。 これは良い雰囲気じゃあないか。

京都旅行に行く前に晩ご飯を相談していたとき、妻が『おばんざいはどう?』って言ったのだが、実は『おばんざい』ってどんな料理なのか知らなかった。

菜旬処で食事をしながら、iphone3GSで調べてみると、
『おばんざいとは京都の常の日のお惣菜のこと。 旬の素材、手近な食材を、手間をかけずに使い切る献立の数々。 日持ちがしない料理は、食べ残しの出ない分量だけ作り、あともの足りない分は作り置きの出来る常備菜でまかなう。 無駄なお金も時間も労力もかけんと、ゴミも少ししか出さない、超合理的な伝統の家庭料理 (http://www.kyo-kurashi.com/obanzai/collabo01/obanzai.html)』

気取らない、ごくごく普通の民家の座敷で『おばんざい』をいただきながらこの文章を見た瞬間、俺は『おばんざい』の本質に触れた様な気がした。
そう、京都の常の日のお惣菜なのである。 旬の食材、手近な食材を、手間をかけずに使い切る献立なのである。
このお店で『おばんざい』を食べていると、京都の親戚の家を訪ねて、そこで晩ご飯をいただいている気分になる。 和むなあ。

いやあ、このお店に来て良かった! ここでおばんざいをいただいたのは、これまた『偶然を装った必然』であったのだ。
***
食事をしていると、他のお客さんも来られたようだ。 『こんにちは』 『あ、いらっしゃい。 いつもありがとう』という声が聞こえてきた。

ビールの大瓶を2本、おばんざいセットを二つ、そして追加の煮込みハンバーグをいただき、大満足で食事を終えた。
『ごちそうさまでした。 いくらですか?』 『はい、2100円です』 妻と顔を見合わせてぶっ飛んだ。 これだけ満足して、ビール2本も飲んで、二人で2100円!
貴船の川床料理のお店なら、ビール2本だけでほぼ2000円である。 まいった、参りました。 これが、観光客向けでない、京都の本当の『おばんざい』

『あそこに書いてありましたが、このお店は2周年なんですか?』 『ええ、主人が定年退職してからどうしてもやりたいって言うもんで始めたんです。 今日は主人は用事で居ないんですが、いつもは私が料理を作って、主人がこの店に出てるんですよ』
『ここは、観光客向けじゃないですよねえ』 『そう。 地元の方がほとんどですね。 さっきの方も、時々来て下さるんです』

『いやあ、今日はほんと、おいしかったです。 おばんざいって、こういう料理なんですね。 良く分かりました』 『そんなに言ってもらえると嬉しいです。 ぜひ主人にも伝えます』

『今日はどちらから?』 『はい、広島からです』 『雨で残念でしたねえ』 『ええ、貴船の川床料理も予約してたんですが、残念ながら雨で室内での食事になりました』

『また京都に来たら、ぜったい食べにきますよ』 『それまで続いていればいいですけどねえ』と、おばちゃんは笑う。
『いやあ、ぜひ続けていて下さい。 楽しみにしています』 『ありがとうございました。 では、気をつけて』

偶然見つけた『おばんざい』の店、『菜旬処』 きれいで整ったお店じゃないと駄目な人には奨められないが、俺にとっては最高の穴場を発見した。 大満足!

『雨ふれど吉』 まさにその通りになったなあ。 さあ、明日はどんな旅の1日が待っているのだろうか。 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

瀬戸内シーカヤック日記: しまなみ海道_生名島&弓削島、キャンプツーリング

2010年06月20日 | 旅するシーカヤック
瀬戸内地方も梅雨入りし、ツーリングプランが立てにくい季節がやってきた。 この時期は、前線の動き一つで雨が降ったり晴れたりするので、週間天気予報はあてにならない。
この週末も、直前まで諦めていたのだが、金曜日の昼に確認すると、生名島のある愛媛県の上島町は土日は曇りの予報。 『うん、これならなんとか行けそうだ!』

いつもお世話になっているキャンプ場の管理人さんに連絡。 『こんにちは。 明日、雨が降らなければ伺いますので、よろしくお願いします』
***
2010年6月19日(土) 朝起きると予報通り曇りだが、空を見ると晴れ間も覗きそうな気配を見せている。 昨日の夜のうちにシーカヤックはカートップしていたので、朝ご飯を食べるとすぐに出発だ。

雨マークって何? って感じのツーリング日和。 安全装備を積み込み、出発準備完了。

さて、今日はどこへ行こう? いつも岩城島ばかりなので、久し振りに弓削に行ってみようか。 そうだ、このまえ豊島の宿の方に教えていただいた島のカフェで昼ご飯を食べる事にしよう! と言う訳で、今日の目的地は弓削のカフェに決定。

浜を漕ぎ出し、生名島と因島との間の瀬戸を超えて、因島の南岸に渡る。

途中、生名大橋完成に向けて整備が進んでいる桟橋を通過。 年に何度も訪れて定点観測しているので、進捗状況が良く分かる。
***
因島の南岸に沿って漕ぎ進む。 この辺りは造船所。 見ると、『そうや』と書かれた海上保安庁の船がドック入りしていた。

確かこの『そうや』は、北の海で働いており、砕氷船としての機能も持っているはずだ。 近付いてみると、その船底は厚い氷と格闘した痕跡が!
***
因島から弓削島に渡り、浜にカヤックを引き揚げる。 さあ、カフェに行ってみようか。

11時過ぎ。 静かなカフェに入り、ランチを注文した。 ランチは、『レモン豚のソテー』をセレクト。

おいしいランチをいただき、食後のコーヒーをゆっくりと楽しむ。 『ごちそうさまでした』 次回は、『レモン豚丼』を頼んでみよう!
***
食事を終え、カヤックを揚げた浜まで歩いている途中、『しまなみ交流館』に立ち寄ると、あるポスターが貼られていた。

『宮本常一がみた芸予の海とその暮らし』 2010年6月1日~6月30日、せとうち交流館 とある。
その下を見ると、『講演 宮本常一と内海離島』 日付は、6月19日(土) ??? えー、6月19日って今日じゃん。
大崎上島の方から、この瀬戸内巡回展の事は聞いており、森本孝さんが講演される三原の講演会に行くつもりにはしていたが、弓削島での講演会の事は全く失念していた。

偶然漕いできた弓削島で、今日の午後に宮本常一に関わる講演会が行われる。 うーん、これってやはり『偶然を装った必然』か! これは行くしかない。

講演会は午後2時から4時まで。 このまま参加して、終わった後に夕食を買い出ししてカヤックで帰ってもいいが、それだと遅くなる。 今は? 12時半。
ダッシュで生名まで戻れば、たしか2時前の高速艇があったはず。 なんとか間に合うだろう。

急いでカヤックに戻り、逆潮の中、猛ダッシュで生名島へ漕ぎ戻る。 13時10分、浜へ到着。 なんとか間に合いそうだ。
カヤックを引き揚げ、道具を片付け、シャワーを浴びて着替える。 車で生名港へ。 なんとか13時55分の船に乗ることができた。
***
今日の講師は、日本離島センターの大谷内さん。 会場はほぼ満席で盛況である。

瀬戸内・中四国県構想、島と島とのネットワークの重要性、などなど、離島を良く知る大谷内さんの講演は、これまで聞いた宮本常一関連の講演とは一味違うものであった。

うーん、またまた偶然を装った必然で、この講演会に参加させていただくことができた。 宮本常一氏のように、全国を、そして世界をあるくことはできないが、芸予諸島のことなら誰よりも知っていると言われるようになることを目標に、シーカヤックで島々を訪問し、私なりのスタイルで、そして海からの視点で、『あるくみるきく』をこれからも実践しこうという決意を新たにした。

8月29日は三原で、そして11月13日は大崎上島で、それぞれ関連の講演会が行われる。 これはぜひ行かねばなるまい!
***
弓削のスーパーで買い出しを済ませ、生名島経由の『青丸』で戻る。

生名大橋が完成すると、この青丸も廃止になるんだなあ。 架橋による利便性の向上と航路の廃止。 先ほど講演を聴いたばかりで、なんだか複雑な気持ちである。
***
キャンプ場に戻ると5時過ぎ。 まだ蒸し暑い。 海パンに着替え、海へ。
今年初の海水浴。 もう水温は高く、まったく冷たさは感じない。 海に浸かっていると、最高に気持ち良い。

海から上がり、シャワーを浴びて着替える。

岩城島の積善山に沈む夕日を眺めながら、缶ビールを『プシュ』っと開け、独り静かに乾杯した。
***
2010年6月20日(日) 朝、いつものように5時に起床。 今日は、朝食の前に一漕ぎするつもり。
空は曇り。 風もなく、さすがに朝はひんやりとして快適だ。 海には薄い靄がかかっている。
準備をしていると、いつも出会う因島から『みかん』を出作に来ておられるおっちゃんに出会った。
『おはようございます』 『おお、おはよう』
『今日は早いじゃないですか! 昨日も蒸し暑かったけど、今日は雲もあってこの時間なら涼しいですね』 『ほうじゃのう』
『ところで今年はみかんはどうですか?』 『いやあ、だめだめ。 今の時期は、梅でももう実がなりよらんといけんが、今年はどうや、ぜんぜん実がなったらんじゃろう』 『なるほど、ほうですね』
『今年は春の花の時期に、気温が低うてなかなか花が落ちんかった。 じゃけえ、みかんも、梅もあまりようないよのう』 『ほうですか。 やっぱり、ゴールデンウイーク頃までの涼しかった悪天候が響いとるんですね』
『じゃが、それなら今年の冬はみかんが高うなるかも知れませんね。 そしたら儲かるんじゃないですか?』 『なあにが。 高うなったら、他の安い所から買われるだけで、もうかりゃあせんよ』 『そんなもんですかね』
『ほいじゃあ、ちょっとだけ漕いできます』 『おお、気をつけての』

静かに浜を漕ぎ出し、半時間ほどの朝のお散歩ツーリングを堪能。
***
浜に戻り、シーカヤックを片付けていると、カヤックをカートップした車が駐車場に入ってきた。 こんな朝早くから、しかもマイナーな生名島にカヤッカーが来るなんて珍しいな。
車を降りてこられた方としばしお話ししていると、『もしかして、ブログやっておられますか?』
『ええ、瀬戸内シーカヤック日記っていうんです』 『以前、コメントしたことがあるんですよ』 伺ってみると、telemarkstyleさんであった。
『私もブログ、拝見していますよ。 日本中いろいろ行かれてスゴいですね』

どうやら昨日は四国で行われた、内田隊長もゲストとして招聘されたイベントに参加され、その帰りに生名島に寄られたのだとか。
『笠岡から西は漕いだ事がなかったんです。 前にブログに書かれていて気になっていたので、今日は来てみました』との事。 五月連休にも、私のブログを見て下さった方々が、ここ生名島のキャンプ場に来て下さったとの事だし、今回もtelemarkstyleさんが来て下さった。

『上島町のなんちゃって観光大使』を勝手に自認する私としては、嬉しい限りである。

『櫂伝馬、良かったですねえ』 『はい、ありがとうございます。 ほんと、あれは最高に良かったですよ』
『今日は日帰りですか? 私はシャワーを浴びて着替えて朝ご飯食べたら帰ります。 気をつけて、ゆっくり楽しんで来て下さい』 『ええ、これからも、あるくみるきくの精神で頑張って下さい』
『ありがとうございます。 ではまたどこかの海で!』
***
土曜日は、『宮本常一がみた芸予の海とその暮らし 瀬戸内巡回展』との偶然を装った必然の出会い。 そして今日は、ブログを見ていただいているという方との偶然の出会い。 2010年は、ほんとうに様々な出会いに恵まれているなあ。

今年の24&25漕ぎは『旅する櫂伝馬』 そしてこの週末は、お気に入りの『しまなみ海道 生名島&弓削島』で26&27漕ぎ。 6ヶ月で27漕ぎだから、良いペースである。 偶然の出会いに恵まれ、またまた充実した良い週末であった。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

瀬戸内シーカヤック日記: あるくみるきく_旅する櫂伝馬(2) 阿賀~宮島

2010年06月11日 | 旅するシーカヤック
2010年6月6日(日) 旅する櫂伝馬プロジェクト_厳島編、二日目の朝。 今日は、5時半起床、7時出発予定。

今日は雲が少し広がってはいるが、晴れて風もなく絶好の漕ぎ日和。 これなら、昨日ほど暑くなく、長距離を漕ぐには良さそうな感じである。
 
朝食を摂り、荷物を片付ける。 『さあ、今日も頑張ろう!』
早朝にも関わらず、十人近い地元の方々に見送られながら、予定通り7時少し前に阿賀を出発した。
 
交代で漕ぐので、私は今日の出発は伴走船だ。
『トーン トーン トーン』という太鼓の音に合わせ、船頭と水夫が『ヨイサ エイサ ヨイサ エイサ』と、声を掛け合いながら漕いで行く。

静かに阿賀港を漕ぎ出した二日目の櫂伝馬を伴走船から眺めていると、ここ1年の『旅する櫂伝馬』に関わる様々な出来事が浮かんでくる。

***

『旅する櫂伝馬プロジェクト』の初めての会合では、持参した海図を眺めながら、同じく島外協力者でプロの船乗りでもあるA君も一緒になって、地元の方々と、どこを目指すかを検討したのであった。
侃々諤々、楽しい議論の末、一泊二日で行けそうな距離である事、地元木江にも所縁のある厳島神社があることなどから、目的地は宮島に決定。

夏が過ぎ、櫂伝馬競漕のシーズンも終わった秋、『一度、トライアル航海してみないか?』と提案した。
宮島までは片道約70km。 一泊二日だと、1日あたり35kmほどになる。

シーカヤックなら、これまでの経験からなんとか漕げる距離だという事は体で分かっているのだが、今回は私にとっては経験の浅い櫂伝馬。
競漕で短時間なら、時速十数キロものスピードで漕ぐ事ができる実力はあるが、何時間も漕ぎ続ける長旅での巡航速度や、風や波、潮流の中での耐航海性などが分からないと、宮島までのプランニングはできない。
 
地図で調べてみると、大崎上島一周が、ちょうど三十数キロ。 『おお。 これは、トライアル航海にちょうど良いじゃないか!』
最初は、一泊二日で回ろうという話も出たのだが、『この距離を1日で漕げないと、今回の航海はできないよ』、ということで、実行したのである。

この時も最初は、『ほんまに、宮島までいくつもりか?』 『こんなしんどい思いをして、だれが行くんよ?』 『途中は、引っ張って行くんじゃろう?』 『無理よムリ。 大三島くらいにしとけや。 あそこなら昔は行きよったんじゃけん』、などと笑顔で、そして半分本気でからかわれながらも楽しく漕ぎ進み、無事、貴重なトライアルを終えることができた。 
そしてこの時はGPSを積んで行ったので、追い潮や逆潮など、様々な状況での巡航速度も確認できたし、瀬戸内カヤック横断隊の様に、1時間漕いで休憩というサイクルも可能である事が確認できた。 『よし、これでルートプランが作れるぞ!』

***

シーカヤックで海に出ない休日には、地図を眺めながらルートプランニング。 出発予定日の潮を確認し、猫瀬戸や音戸の瀬戸の潮流をチェック。
初日の難関である猫瀬戸の潮流状況から、木江の出発時刻を決定し、二日目は宮島到着予定時刻が決まっている事から、音戸の瀬戸の潮流も勘案して同じように出発予定時刻を設定する。

休日を利用して、江田島での休憩場所を探す下見に何度か通い、江田島から宮島に渡る大奈佐美瀬戸&宮島瀬戸では、実際にシーカヤックを漕いで渡って、海上交通の状況や、通過に必要な時間をチェックした。 また、昼休憩に利用させていただく桟橋の借用許可を三高漁協さんにお願いに行ったり、お昼ご飯のお弁当を配達していただける仕出し屋さんを見つけたり。
啓志君と一緒に宮島に挨拶に伺ったり、猫瀬戸から阿賀までのルートのチェック、そして今回最大の難関である音戸の瀬戸の下見へも行った。

音戸高校カヌー部への挨拶。 海上保安部への航海予定のお知らせ。

そして地元では、阿賀漁協への挨拶や、係留のお願い、地元阿賀の宿泊場所としての自治会館の借用依頼、自治会館での夕食の炊き出しのお願いなどなど。
今回の宮島までの旅のちょうど中間地点が、偶然、私の地元である阿賀であったことから、家族や両親、近所の方々の協力も得て、準備を順調に進めることができた事は、本当に幸運であった。
それに加えて、ここ阿賀は、宮島の管絃祭に『お漕ぎ船』を出している和船文化の残る港町でもあり、宮島を目指す『旅する櫂伝馬』の寄港地としては、まさにピッタリなのだ。 これらもまさに、『偶然を装った必然』の一つである。

***

大崎上島一周トライアル航海から本格化した準備活動。 代表である啓志君をはじめ、大崎上島の方々と協力しつつ、そして多くの方にお世話になりながら進めて来た。 途中、啓志君の怪我による想定外の入院をはじめ、『え、これでプロジェクトが続けていけるのだろうか』、というような苦しい状況にも何度か直面したが、『絶対にこれはやり遂げるんだ』という想いで乗り切ってきた。
そしてなにより、『瀬戸内海洋文化の復興、創造そして継承』を実現するため、自分の夢を実現するためなので、実に楽しく充実した準備活動であった。

『もう、思い付く事はすべてやりつくした。 後悔はない。 後は、当日の天気だけだ。 神様、なんとか晴れにして下さい!』


***

阿賀港を出て、音戸に向かって漕ぎ進む。 さすがに昨日の漕ぎ疲れか、あるいは飲み疲れか?、今日は休憩までの間隔が短くなっている。 雲が出て、カンカン照りではないのが救いである。
『あの岬を超えた辺りで、音戸高校カヌー部の人たちが待ってるはず。 競漕しようでえ』 早朝にも関わらず、せっかく近くまで来たのだからと、音戸高校の先生が、カヌー部の早朝練習をセッティングして、わざわざ合流して下さるのである。

レーシングカヌーとカヤック、そして先生の乗る伴走船が見えてきた。 『おはようございます。 先生、本当にありがとうございます』
 
櫂伝馬とレーシングカヌーとの競漕は、一本目はカヌーが勝ったが、それで闘争心に火のついた大崎衆はメンバーを入れ替え、本気になって二本目へ。 広島テレビのニュースで放映された通り、二本目はなんとか櫂伝馬が勝ったが、やはりレーシングカヌーは早いなあ。
『じゃあ、長旅でしょうからそろそろこの辺りで。 お気をつけて!』 『こちらこそありがとうございました。 楽しかったです!』
***
競漕の後は、私も櫂伝馬に乗り込み、今回の旅の最大の難関である『音戸の瀬戸』を無事漕ぎ抜け、江田島へ。
 
穏やかな海況の中、少し予定より遅れてはいるが、旅する櫂伝馬は順調に漕ぎ進む。 伴走船からも、応援の声を掛けたり、昨日の記事が掲載された中国新聞をチェックしたり、交代まで休憩したり。
 
屋形石を超え、舳先を西に向けると、遠くに宮島が見えてきた。 『おー、あれが宮島じゃあ。 とうとうここまで来たど!』

予定より15分遅れで三高漁港の桟橋へ。 桟橋まで配達してもらったお弁当を食べ、少し休憩時間を短くして再び出発。 ここからは、私も再び乗り込み水夫となる。
大奈佐美瀬戸、宮島瀬戸を超えれば、もうそこは宮島である。
***
『トーン トーン トーン』 『エイサ ホイサ エイサ ホイサ』 『みーやじま みーやじま みーやじま』
日曜日のお昼過ぎ。 多くの観光客に見守られ、声援を受けながら、大鳥居へと向かう。
『さあ、最後の一漕ぎじゃ。 頑張れ!』 『おー!』 『エイサ ホイサ エイサ ホイサ』
 
『エイサ ホイサ エイサ ホイサ』
 
夢にまで見た大鳥居を櫂伝馬でくぐり、鳥居の近くを3回まわる。 『やったどー』
***
桟橋に戻ると、午後2時過ぎ。 結局一度も曳航することなく、自分達の力で漕ぎ抜くことができた。 予定より30分遅れではあるが、手漕ぎ舟なので充分予定通りと言っても過言ではなかろう。

桟橋に上がると、盛大な歓迎式。 本当にやり遂げたんだという喜びと、無事に到着したという安堵感を深く味わう。
 
***
 
厳島神社での式を終え、宮島商工会青年部の方々との交流も楽しんだ。 『本当にありがとうございました』

***

構想2年、準備に半年、そして実行は二日間。 これ以上ないという最高の天候に恵まれ、代表の啓志君を始め、櫂伝馬をこよなく愛する、多くの熱き大崎衆と一緒に実行することができた『旅する櫂伝馬プロジェクト』 こんな素晴らしいプロジェクトに関わることができて、本当に良かった。 感慨無量。

大変お世話になった宮島や阿賀の方々、途中で応援していただいた多くの方々、様々な支援をいただいた大崎上島の方々。 そして伴走車や伴走船でサポートいただいたメンバーの方々。 本当にありがとうございました。

『瀬戸内海洋文化の復興、創造そして継承(内田隊長)』 『終わりは始まり(佐野元春)』 『それは、感じた奴の責任よ!(内田隊長)』
このプロジェクトから、これから何が生まれて行くのだろうか。 そしてそれを経験した自分達が、何かを感じた自分達が、どう変わって行くのだろうか。 楽しみである。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

瀬戸内シーカヤック日記: あるくみるきく_旅する櫂伝馬(1) 木江~阿賀

2010年06月08日 | 旅するシーカヤック
2010年6月5日(土) 前日夜から大崎上島に入り、啓志君の家に泊めさせてもらった。 夜は何人かの関係者と啓志君の家で軽く飲み、静かに迎えた朝。 窓から外を見ると、ちょうど日の出の時間。 一人そっと玄関を出る。 『なんてきれいな日の出だろう』 太陽に手を合わせ、朝の新鮮な空気を深く吸い込んだ。

空には雲一つなく、無風で海はべた凪。 これ以上ない、最高のコンディションである。 『ああ、ようやくこの日がやって来たのだ』

***
2008年9月2日。 私のブログに一通のメッセージが入ってきた。

『はじめまして。 突然のメッセージ失礼します。 日記に櫂伝馬の事が何件か書いてあり、櫂伝馬に興味を持たれているということでメッセージを送らせてもらいました。 大崎上島には日本全体の櫂伝馬の三割以上が残っており櫂伝馬が一番盛んな場所です。 私自身小さい頃から櫂伝馬にずっと乗っており、今でも櫂伝馬の時期になると休みをもらい練習に出て本番まで参加しています。 なので櫂伝馬に興味を持ってくれていることをすごく嬉しく思います。 そこで、もしよろしかったら一緒に櫂伝馬に乗ってみませんか? もし興味がございましたらメールください。』

祝島の神舞で櫂伝馬を漕いだブログを見て、送っていただいたメッセージ。 これが全ての始まりであった。
当時は知る由もないが、今になって思い返すと、これまで何度も経験した、しかもその中でも極めつけの『偶然を装った必然』であったのだ。
***
朝食をいただき、着替えて足袋を履く。 『では、行ってきます』 瀬戸内の離島らしい、狭くて急な坂を下る。

待ちに待った日がとうとうやってきたという誇らしい想い。 これから二日間、櫂伝馬で初となる長旅が、どんな航海になるのだろうかという期待と高揚感。 その反面、安全に航海を成し遂げないといけないという責任感。 そしてなにより、こればかりは自力ではどうしようもなく、神頼みであった天候に、それも最高の晴天に恵まれた嬉しさ。 これらが入り交じった複雑な気持ちで天満港へと向かう。

6時半集合の少し前に到着すると、既にメンバーが集まりはじめていた。 『おはようございます』 『おはよう』
『いい天気ですねえ』 『ようやくこの日が来たねえ』 『楽しみだねえ』
 
***
メンバーが揃うと、準備を整え、海を漕いで厳島神社へと向かう。
そう、この旅は、『大崎上島の厳島神社』を出発し、『いつくしま』という櫂伝馬で一泊二日の旅をして、所縁のある『宮島の厳島神社』に向かうという、意味のある旅なのだ。 またかつては、小早川水軍の備中船手衆の中で『大崎衆』として名を馳せ、宮島沖合戦で毛利元就を助けたという歴史もあることから、この海旅の意義は、よりいっそう深いものになっている。

厳島神社では、大崎上島町長さんを始め、多くの地元の重鎮の方々が集まられ、厳かでかつ盛大な出発式が執り行われた。 様々な方のご挨拶から、『旅する櫂伝馬』の意義を再認識し、身が引き締まる思いがした。
また、特に印象的だったのは、『普段は競漕で敵となる各地区の若者が、同じ舟に乗り、力を合わせて目標達成に向けて力を合わせるということは、画期的な事である』、『このプロジェクトは、大崎上島の歴史としても快挙になるであろう』という言葉。 なんと素晴らしい事なのだろうか。
 

***
桟橋に戻り、再び準備をして、ほぼ予定通り8時過ぎに出発。 地元の方々に見送られながら、港を漕ぎ出した。

木江から潮に乗って南下し、中ノ鼻を回るとそこからは西へ。 沖浦の港で休憩して再び漕ぎ出す。 この辺りは私のツーリングエリアであり、庭の様な海ではあるが、櫂伝馬で漕ぐのはまた特別の感慨がある。

明石から岡村島に渡り、大崎下島、三角島、豊島、上蒲刈、下蒲刈へ。
 
瀬戸内横断隊の経験から、基本は50分漕いで10分休憩という事にしている。 そして、その休憩時間に水分を補給したり、漕ぎ手を交代しながら漕ぎ進んだ。

ほぼ予定通りの時間に猫瀬戸超え。 周囲をワッチしながら、力を合わせて弱い逆潮を漕ぎ上がる。

猫瀬戸の手前で、まず1艇のシーカヤックを見かけ、安芸灘大橋の下では、2艇のシーカヤックが待っていて下さった。 2艇のシーカヤックには声を掛け、しばし競漕を楽しんだ。 『お疲れさまでした。 そして、ありがとうございました』
櫂伝馬の巡航速度は10~12km/h程度なので、打ち込んで漕げばシーカヤックより早いのである。
***
お昼は仁方桟橋へ。 そこでは、瀬戸内カヤック横断隊でもいつもお世話になっていた”Iさん”が待って下さっていた。 ”Iさん”には、準備段階でお世話になった上、うれしい差し入れまでいただき、感謝感激。 本当にありがとうございました。
***
陸上班と合流してお昼ご飯を食べ、しばし休憩。 午後1時15分に再び漕ぎ出し、岸沿いに漕ぎ進む。 仁方から小須磨の間は、人家も多く、沿道を走るクルマもあって、様々な方が手を振って応援して下さった。 これはほんとうにうれしく、励みになる。

長浜を超え、広、そしてとうとう阿賀へ。 阿賀は私の地元。 本当に櫂伝馬で阿賀まで漕いできたんだ!
 
ゴールが近付き、見学や出迎えに多くの方が来ておられるのを見ると、自然とピッチも上がってくる。 『エイサ エイサ エイサ エイサ』

到着! ほぼ予定通りの時間である。
阿賀漁港の前には、大勢の地元の方が出迎えに来ていただいていた。 予想外の盛り上がり。 本当にありがたいことである。
地元の人間としても、うれしい限り。 私にとっては凱旋だ!

舟を雁木に着け、陸に上がる。 一旦集合し、代表の啓志君が挨拶。
そして、櫂伝馬競漕の雰囲気を味わっていただこうと、再び乗り込んで今度は全力漕ぎ。 打ち込んで全力で漕ぐと、結構なスピードが出るので、観客の方々も驚いていたようだ。

その後は、地元の子供達の櫂伝馬体験。 これが結構盛り上がり、喜んでいただけたので良かった。

またここ阿賀には、四国のシーカヤック仲間であるMさんが、遠路遥々来て下さっていた。 挨拶を交わし、2回目の櫂伝馬体験には乗船していただいた。 その後、自治会館での炊き出しや夕食の準備まで手伝っていただき、これまた感謝感激。 日帰りで疲れているのに、本当にありがとうございました!

この旅は、本当に様々な方々にお世話になり、支えていただいていることを再認識。
 
***
一旦、自治会館に集合し、着替えてメンバーは銭湯に。 そして陸上班と伴走船メンバー、啓志君と私は音戸の瀬戸の下見へ。
事前に決めておいた陸上班のワッチポイントと留意事項を説明し、当日の連絡体制を決めて一段落。

最後のグループとして銭湯へ行き、1日の疲れを癒し、ビールを堪能した。 『お疲れ様でした!』 『グビリ、グビグビーッ』

夕食は、自治会館に集まって、うちの親戚を中心とした地元の方々に炊き出していただいた、おでんと唐揚げ、カレー。 そしてなにより美味いのはビール!ビール!ビール!

『乾杯!』 『お疲れさま!』 『ほんまに阿賀まで来たなあ!』 『阿賀でもあんなに人が集まってくれて、そして気さくな人たちばかりで嬉しかった! やって良かったなあ』などなど。 最高の盛り上がり。
***
最高の晴天&海況に恵まれ、はたまた地元の方々の温かい出迎えをいただき、これ以上ないという『旅する櫂伝馬プロジェクト』最高の初日であった。
さて、明日はどんな海旅が待っているのだろう。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

瀬戸内シーカヤック日記: あるくみるきく_旅する櫂伝馬、速報(3)_阿賀~宮島

2010年06月06日 | 旅するシーカヤック
2010年6月6日(日) 旅する櫂伝馬プロジェクト、二日目。 今日は、阿賀を出発し、今回の目的地である宮島/厳島を目指す旅。
 


***
 

 
***
 


***
 

 
***
 

 
***


阿賀漁港を予定通り7時前に出発し、宮島の桟橋に14時に無事到着した。 盛大な歓迎式典。 厳島神社での神事。 交流会。 最高の一時である。

構想2年、準備に半年。 風が強く雨の多い今年にしては、これ以上ないという最高の天候に恵まれ、様々な方々の支援をいただき、とうとうやり遂げることができた。
池本さん、正岡さん、音戸高校カヌー部の皆さん、そして阿賀と宮島で歓待いただいた多くの方々。 また、沿道や船から声援していただいた多くの方々。 本当にありがとうございました。

夢は見るものでも、願うものでもなく、自分達の力で実現するものなのだ、ということを改めて実感している。
『瀬戸内海洋文化の復興、創造そして継承』 最高の想い出、そして人生の宝が、また一つ増えた。 至福の二日間! まずはお礼かたがた、速報まで。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

瀬戸内シーカヤック日記: 『旅する櫂伝馬プロジェクト』速報(2)

2010年06月06日 | 旅するシーカヤック
『旅する櫂伝馬プロジェクト』_各メディアの記事&ニュース

 

中国新聞ニュース(1)

中国新聞ニュース(2)

***

NHKニュース(1)

NHKニュース(2)

NHKニュース(3)

***

大崎上島一周トライアル航海_2009


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

瀬戸内シーカヤック日記: あるくみるきく_旅する櫂伝馬、速報(1)_大崎上島~阿賀

2010年06月05日 | 旅するシーカヤック
2010年6月5日(土) 今日は、待ちに待った『旅する櫂伝馬』の初日である。 朝8時過ぎに大崎上島を漕ぎ出し、予定通り14時半には阿賀漁港へと辿り着いた。
長年の夢であった、『瀬戸内海洋文化の復興、創造そして継承』を実行する日。 最高の晴天に恵まれ、まるで夢の中に居る様な最高の一日であった。
***
まずは速報まで。
 
 
***
 
 
***
 

 
***
こんな幸せな日が、一生に何度あるのだろうか! 感無量!!!

明日は阿賀~宮島。 もう一日、安全第一で楽しんで来ます。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする