あるくみるきく_瀬戸内シーカヤック日記

瀬戸内を中心とした、『旅するシーカヤック』の記録

『芸予ブルー』_テーマカラー of 印象派_”瀬戸内シーカヤック日記”

瀬戸内シーカヤック日記: 久方ぶりの島根半島で連泊SUPツーリング

2020年06月29日 | 旅するシーカヤック
この週末は、梅雨前線が南にあるため広島は雨模様だが、島根半島は晴れから曇りの予報。
『久し振りに、島根半島に足を伸ばしてみるか』

***

今日はのんびりまったりの旅なので、SUPを積んだマツダ6で下道をゆっくりと走り、北へと向かう。

中国山地を超えると少し寄り道し、少し早めのお昼ご飯は、お気に入りの店で出雲蕎麦。

俺の好きな、ざるそばの大盛りである。
『ご馳走様でした!』

***

出発から155km走行時点となる、途中までの燃費はなんと18.5km/L。

1.5トンを超える、2L-6ATのセダンで、遠出とはいえこの燃費なら十分満足である。

***

島根半島の、とある浜に到着。

狙い通り風も弱く、SUPを下ろして準備する。

ここは、普段あまり漕ぎ出さない浜なのだが、いつもお世話になっている浜が閉鎖になっていたり、お気に入りの出艇場所が駐車禁止になっていたりで、ここを選んだという訳である。
島根半島に来てみて、特に海遊びをするロケーションに関して、コロナの影響が瀬戸内よりも大きいことの現実を噛みしめる。

少し弱い西風があるものの、ちょうど良い慣らしパドリングになりそうだ。

瀬戸内とは違う、少しうねりの入った波を全身で感じながらのパドリング。

海の底を覗くと、さすがの島根半島ブルーである。









今日は、初めてとなる島根半島SUPで、1時間ほどのお散歩パドリングを楽しむことができた。



***

翌朝は、早朝に起き出して、6時頃から海へ漕ぎだすことに。

少し曇ってはいるが、まだ浜にひと気はなく、昨日とは違う浜で、静かに朝のお散歩を楽しむことができそうだ。

海の透明度は抜群である。

***














今日も、1時間ほどのパドリングを楽しんだ。

***

少し、景色の良い場所へドライブ。

この展望台からの眺めは素晴らしい。

早く状況が落ち着いて、様々な場所を漕ぐことができるといいなあ。


別の場所へ移動。

ここも、海が美しい。

***

スマホで貸切家族風呂を探し、潮抜きに。

ここは、小さいながらも貸切でゆっくり浸かれるので、安心して温泉を楽しむことができる。


***

スーパーで買出しし、少し遅めのお昼ご飯。

地元で水揚げされたマグロの刺身、トビウオの刺身、そして出雲の割子蕎麦。

昼からは、静かな田舎の部屋で独り、kindleで読書三昧!
なんとも贅沢な時間の流れである。

夕食も、独りで静かにいただいた。


***

久しぶりに訪れた島根半島で連泊し、瀬戸内とは異なる海況でのSUPパドリングを楽しんだ。

風の吹くまま気の向くまま、フラリ風来坊の生涯不良の旅するサラリーマン・シーカヤッカー。
さて、来週はどこ行こう?

瀬戸内シーカヤック日記: 久し振りに地元・奥の内湾でシーカヤックツーリング_情島、小情島、鈴鹿島、弁天島

2020年06月21日 | 旅するシーカヤック
2020年6月21日(日) 今日は、久し振りのシーカヤック散歩にお出かけ。
朝の7時には、音戸の大浦崎に到着し、マツダ6からシーカヤックを下ろす。

今年は、手軽なSUPで海に出ることが多かったのだが、やはり長距離/長時間を漕ぐにはシーカヤックが向いていることがよく分かり、この週末は島巡りをするべく、シーカヤックを引っ張り出したのである。

それにしても、このスライドバー式のキャリアの便利なことよ!

このキャリアなくして、セダンでのシーカヤックの積み下ろしは考えられないくらいである。

シーカヤックを降ろすと、クルマを駐車場に移動する。

***

それにしても、コロナ自粛によって大浦崎公園でキャンプする人が増え、驚くほどの人とテント。
静かな場所でのソロキャンプが好きな俺には、この状況でのキャンプは。。。

そういう訳で、独りになれる海へと静かに漕ぎだす。

晴れて風も弱い予報なのだが、結構な北東風があり、ざわついている芸予諸島の海。

日は昇り、少し雲が多いなかを、情島に向かって漕ぎ進む。

パドルは、いつものアークティックウインド。
廃盤になってかなり経つが、俺にとってはこれ以外は考えられないくらい手に馴染んだ相棒である。

***

左舷に波を受けながら、情島に向かってパドリング。

この風と波の状況であれば、俺にはSUPで情島を目指すだけのスキルはまだないので、やはりシーカヤックの安定性は海旅向きであることを再認識する。

情島は、いつものように静かな佇まい。

島外の人間として上陸は自粛し、小情島へと漕ぎ進む。


***

小情島も、俺のお気に入りのお散歩コース。

今日は西岸に沿って南下し、次なる目的地、鈴鹿島へ。

島かげに入ると、北東風が遮られ、しばし穏やかな海となる。

鈴鹿島を眺めながら漕ぎ進み、休憩場所となる浜へと向かう。


***

花崗岩の浜へ、シーカヤックを引き上げる。

水分補給をし、しばし休憩。

再び漕ぎだし、奥の内湾へと進んでいく。

北の空は、少し青空が覗いている。

如何にも水分の多そうな、梅雨時期らしい空と雲。


***

さらに奥へ。

洞窟を見学し、

花崗岩の岩を見上げ、

浅瀬で海底観察。


***

さらに漕ぎ進み、弁天島へ。

久し振りに訪れた、小さな無人島。

帽子を脱ぎ、サングラスを外し、手を合わせて、海旅の安全を祈願。

***

ここからは、出発した大浦崎へと戻るルート。
北東風が強く、久し振りの向かい風の中のパドリング。

こういう状況では、ナローブレードのアークティックウインドが、なんとも頼もしい。
牡蠣筏を波と風除けに使いながら、向かい風の中を漕ぎ戻る。

今日は、久々の3時間パドリングとなった。

『ああ、やっぱりシーカヤックはええなあ!』

***

風の吹くまま気の向くまま、フラリ風来坊の生涯不良の旅するサラリーマン・シーカヤッカー。
さて、来週はどこ行こう?

瀬戸内シーカヤック日記: 音戸の大浦崎でSUP & 白滝山へYB125SPでタンデム日帰りツーリング

2020年06月07日 | 旅するシーカヤック
2020年6月6日(土) 今日は朝から曇り空。
それでも、晴れる予報の明日は少し風が上がりそうなので、今日のうちに海に出ることに。

***

地元の大浦崎公園へ。
ここは最近、キャンプする人が多いようだ。
俺は、静かにソロキャンプを楽しみたいので、人が多い場所は苦手なのだが、自粛が長く続き、外遊びを安く気軽に楽しみたい人たちにはちょうど良い場所なのであろう。

SUPの良さは、軽くて手軽な事。
俺の思いポリ艇シーカヤックに比べると、本当に気軽に海の散歩に出かける事ができるのだ。

先週末にセットした、デッキバッグがとても具合が良い。

穏やかな芸予諸島の海を、独り占め。

水産試験場の方へ。

今日は、もう少し湾の奥に漕ぎ進んでみようかな。


***

SUPは視点が高いので、水中のこんな構造物もよく見える。

シーカヤックなら、乗り上げてしまいそうなトラップである。

神社の目の前までやってきた。

ここでSUPに座り、PFDに取り付けていたお茶を取り出して、しばし休憩。

***

週末の外出禁止が解除されてから、3回目となるSUP漕ぎ。

久しぶりとなった初回は、さすがに足がきつかったが、ようやく体も慣れてきた感じである。

穏やかの湾内を、独り静かにパドルを漕ぎ、ゆっくりと進む爽快さは、何ものにも変えがたいひと時である。

***








今日は、少し足を伸ばして、2時間弱の海のお散歩ツーリングを楽しんだ。

***

2020年6月7日(日) 晴れの今日は、久しぶりにYB125SPで、妻とのタンデムツーリング。
以前下見をして俺が気に入ったスポットに、妻を案内しようという企画である。

家を出ると、安全運転で忠海へ。
ここからは、クルマでは来たくない狭い山道を走り、目指す駐車場へ。

今日の目的地は、白滝山。

***

バイクを降りると、狭くて急な山道を、てくてくと歩いて頂上を目指す。

道の途中からも、芸予諸島の絶景がみおろせる。


***

途中で見つけたのは、この巨大なミミズ!

長さ40cmはあっただろうか?
ゆっくりと道を這って進んでいた。。。

以前の豪雨災害の爪痕。

それでも美しい瀬戸内海の景色。


***

到着したのは、龍泉寺さん。

今日は晴れて光に恵まれ、とても良い雰囲気である。

山門はこんな感じ。

静かなお庭。


***

ここから、白滝山の頂上へ。

新緑が、目にも鮮やかである。

さらに急峻な山道。

岩肌に掘られた仏像で有名である。

なかなか見応えがある。


***

頂上からの眺めは、俺が芸予諸島の絶景地の中でも、トップクラスのお気に入り。

360°の展望は、本当に素晴らしい!

妻も、ここは気に入ってくれたようだ。

以前下見して、そして今日は125ccバイクのタンデムツーリングで一緒にやってきて良かったなあ。


***

お昼ご飯は、途中の竹原の道の駅で買い込んできた、お弁当。

妻は弁当で、俺はあなご飯のおにぎりとコロッケを選んで買ってきた。
食後は、鐘をつかせていただいた。


***

しばし景色と気持ちの良い風を楽しで、下山する。

『ああ、ピクニック気分で気持ち良かったねえ。』

山門からの海の眺めが、

なんとも絶妙である。


***

下にある展望台へも足を伸ばす。

ひと気もなく、静かな山道。

振り返ると、先ほど登った山頂が。

小さく可憐な花。

人懐っこい蝶。


***

『さあ、そろそろ戻ろうか』

今日は久しぶりに、中国ヤマハ製原付2種バイクである、YB125SPでタンデムツーリングを楽しんだ。

やはり、バイクで風を切って走る楽しさは、他にはない独特の気持ち良さ。
今度はキャンプツーリングに行きたいなあ。

***

風の吹くまま気の向くまま、フラリ風来坊の生涯不良の旅するサラリーマン・シーカヤッカー。
さて、来週はどこ行こう?

瀬戸内シーカヤック日記: 一歩一歩_久し振りのキャンプ&SUPパドリング 、 SUPにデッキバッグ取り付け

2020年06月01日 | 旅するシーカヤック
この週末も、依然として平日のみ営業が続いている地元のキャンプ場へ。

週末の外出自粛が解除され、明日は天気が良さそうなので、久し振りにSUPをカートップしてきた。

テントを張り、コットを開き、キッチンをセットすると、準備完了。


***

お昼ご飯は、気分で選んだパックのお寿司。

昼間から、キャンプ場でビールを飲み、寿司をつまむ幸せ。
数週間前には、想像すらできなかった外遊び。

あまりにも幸福な時間に、『これは夢ではないよな?』

***

食事を終えると、ベンチに座って本を開く。

鳥のさえずりを聞きながら、本を読み、ビールをゴクリ。

『ああ、これ以上、何が要る?』

***

晩御飯は、スパゲッティとステーキ。

スパゲッティは、昔懐かしいソフト麺タイプ。

ウインナーと野菜を入れて調理すると、これがなんとも美味いのである。

夜はもちろん、焚き火を楽しむ。


***

翌朝は初夏とは言え少し肌寒く、定番のキムチ&玉子うどんで、体を温める。


キャンプ場を辞し、近くの浜へ。

風も弱く、本当に久し振りにSUPを漕ぐことができそうだ。


***

瀬戸内海や芸予諸島は、海岸線や出艇可能な浜の数に比べて、シーカヤックやSUPを楽しむ人の数が限られているので、浜で密になることがないのは、良いところ。
特に俺はソロツーリング派なので、人が多い浜や海は苦手であり、今の時期の遊び方には、元々ピッタリなのである。

久し振りのこの感触。

『ああ、やっぱり海を漕ぐのはええなあ』

穏やかな海を、パドルを使って朝のお散歩である。





SUPを漕いでいると、海の中がよく見える。

広島名物の、牡蠣養殖。





今日は地元の海で、結局1時間ちょっとの朝のお散歩パドリングを楽しんだ。

***

雨と風の昨日は、アウトドア用品を収納している収納スペースの整理整頓をし、すっきりとした気分。
昼からは、妻と一緒に家で映画を見る。

『日本沈没』

原作の小説は好きで、これまで何度も読み返しているが、映画は初めて。
とても印象的で良い映画であった。

映画を見終わると、SUPの改良。
気になっていたのは、デッキのバンジーコード。

荷物を固定できるのは良いのだが、なんだか見た目がよくないのである。
そこで、午前中の整理整頓で出てきた、使っていなかったシーカヤック用のデッキバッグを取り付けられるように改良してみた。

***

翌朝は、曇りで穏やかな天気。
気温も朝の時点で20℃ほどと暖かく、漕ぎ日和である。

近くの浜へ。

ひと気のない、静かな浜である。

これが、昨日改良したSUPのデッキバッグ。

スターボードのツーリング、12.6’*31”に、ピッタリである。

以前のバンジーでは、こんな感じの固定である。

今回取り付けたデッキバッグでは、サンダルとペリケースを収納すると、こんな感じ。

だいぶスマートに収納できるようになった!!!

ドリンクも、今日は取り付けを工夫してみた。

『うん、これなら立ったまま取り外せてすぐに飲めるから、良いんじゃあないか!』

フィンの取り付けは、かなり以前にツール不要のシステムに改良している。

こうやって、一つ一つ、使いやすく自分の道具に変わっていく。

***

さあ、朝のお散歩パドリングに出かけるとしようか。

外出自粛中には、家の近くを1時間程度お散歩していたが、やはり海の上を漕ぐのは全く気分が違う。

自分の気分次第で、行きたい方向に進むことができる。

パドルで水をキャッチし、海のリズムに合わせながら漕ぎ進むと、何も考えることのない無心の境地に入ることができる。







***

休憩時には、PFDに取り付けるようにしたドリンクシステムが、大活躍。

少し日も差し、気持ちの良い朝の芸予諸島。

何も考えず、海のリズムと一体になって、無心でパドリングを楽しむ。

さあ、そろそろ上がろうか。


***

今朝も地元の海で、結局1時間ちょっとの朝のお散歩パドリングを楽しんだ。
これからも、普段の生活に向けて、急がず焦らず、できることから、一歩一歩。

瀬戸内シーカヤック日記: カヤック事始め_ストックホルムでシーカヤック・子離れ夫婦のスウェーデン旅

2020年05月26日 | 旅するシーカヤック
1992年の冬に、中古のフォールディングカヤックを購入し、独りで海を漕ぎ始めた俺。

今でこそシーカヤックはTV番組にも登場するなど一般に知られるようになっているが、当時はまだ、せいぜいカヌーを川で漕ぐというイメージの時代。
カヤックやカヌー、シーカヤックに関する情報はとても限られていて、貴重なムック本や、一般的になったばかりのインターネットを使って海外の情報などを入手して、勉強していたことを思い出す。

***

一連の騒動で外遊びを自粛し、この有り余る時間を活用して最近の休日は、シーカヤックとの出会いや、これまでの記憶に残る旅を、ブログという媒体を使わせていただいてデジタルアーカイブ化する活動を進めてきた。

非常事態宣言も、週末の外出自粛も解除され、地元のシーカヤックショップでもツアーが再開されているなど、これからようやく一歩一歩、以前に近い生活に戻っていけそうな今日この頃。

一旦、このデジタルアーカイブ化も一区切りとすることにしようか。

2002年に訪れた、初めての海外旅行先であるミクロネシアのシーカヤックツアーとは、ある意味対極にある、北欧のスウェーデンのストックホルムでのカヤックツアーも、忘れられない旅の一つであった。

***

2014年6月17日(火)~6月24日(火)まで、リフレッシュ休暇を利用して妻と二人でスウェーデンに行ってきた。
以前、同じ職場で働いていて仲の良かったトルコ人夫婦が転職してスウェーデンに住んでおり、遊びに来ないかと言われていたのである。

『6月20日が夏至祭ですから、この時期はどうですか?』 『うん。 今年はリフレッシュ休暇が取れるから、その時期に行くよ』

『せっかくだから、ちょっとでもカヤックを漕げないかな?』 『ええ、来られるというので、友人にどこで漕げるか聞いているところです』
『おー、それはありがとう。 楽しみだ!』

半年くらい前からチケットを手配し、待ちに待った北欧への旅。 妻も楽しみにしている!

***

6月17日の夜に広島空港を出発。

羽田空港で国際線へ。

羽田から深夜に出発するフランクフルト行きの飛行機に乗る。

約12時間の長旅である。

トランジットの長い待ち時間。

せっかくのフランクフルトという事で、セルフサービスのホットドッグにもチャレンジしてみた。


***

フランクフルトからストックホルムへは、約2時間。

北欧は、長い冬を終え、待ちに待った太陽の季節のようである。

俺たち夫婦にとっても、待ちに待った夏のスウェーデン。
どんな国なのだろうか? 楽しみだ!

***

空港まで迎えにきてくれた友人夫婦と無事再会。
『ありがとう。 本当にスウェーデンまで来たよ』 『そうですね。 ここで会えるなんて、私たちも嬉しいです』
『お昼ご飯はまだですか?』 『うん、まだ食べていないんだ』 『じゃあ、良いカフェがありますから、そこに行きましょう』

案内されたのがこのカフェ。

少し涼しいが、空は晴れて緑も美しく、素晴らしい眺め。

楽しい会話と美味しいランチ。 なんとも最高な旅のスタート。

***

友人夫婦の家に向かう途中、道で見かけるクルマの多くに、トレーラーを引っ張るヒッチが付いている事に気が付いた。

『あれ、多いねえ』 『そうなんです。 ボートやキャンピングトレーラーを引っ張るクルマもあるし、中には馬を載せてバカンスに行く人達も多いんですよ』
『へえ、それはスゴイねえ』

途中で買い物。

『ビールが好きだから、今日はいろいろなビールも準備していますから楽しんで下さい』

『いやあ、それはありがとう。 うれしいな』
『スウェーデンではお酒を制限していて、アルコール分が3.5%までのビールはスーパーや売店でも売っているんですが、それよりアルコール分が高いビールやお酒は、専門の販売店に行かないと売っていないんですよ』

『へえ、そんなシステムがあるんだね』

『じゃあ、晩ご飯を作りますから、ゆっくり飲んでいて下さい』 『ああ、ありがとう』

日本の事、会社の事、スウェーデンの事、広島でいろいろと一緒にドライブや旅行に行ったときの事などなど、楽しい会話とおいしい食事。

『いやあ、今日は楽しかった。 じゃあ寝るよ』 『はい。 おやすみなさい。 この時期は、真夜中まで明るいですから、ブラインドを下ろした方が良いですよ』

調べてみると、日が沈むのは夜の11時過ぎ。 日が昇るのは夜中の2時頃。 『へえ、これが白夜か』

***

翌日。 朝食を食べ、友人と一緒にストックホルムの街へ。

今日は昼から、俺だけ2時間のカヤックツーリングの予定なのだが、出発場所の確認のため俺たちだけ先に街に出たのである。
妻と彼の奥さんは後から彼と合流して、俺がカヤックツーリングを楽しんでいる間に街を散策することになっている。

結構激しく降る雨の中、昨夜グーグルマップであたりを付けていた場所へと向かう。
『あ、あそこがツーリングのスタート地点だな』

『そうですね』 『OK。 じゃあ、後は俺一人でスタート時間まで待っているから大丈夫』
『そうですか。 ではまた後で』 『うん。 2時半に、このカフェで待ち合わせしよう』

ツアー開始まで、まだ1時間半ほどあるので、しばし町を散策。

スウェーデンでは、雨が降っても傘をさす人は少ないと聞いていた。 実際に見てみると、傘をさしている人は居るが、確かに少数派である。
雨が激しくなってきたので、俺も傘をささずにパドリングジャケット&パドリングパンツ、そして靴は嵩張るパドリングブーツ代わりに持参してきた田植え靴『みのる君』に履き替え、完全防水の怪しい姿でストックホルムの町を歩く。

この格好で、そのままカヤックツアーに参加するつもり。

雨の中、傘をささずに街を歩くというのも、なかなか趣き深いものである。

ただ、つま先の割れた田植え靴『みのる君』が、俺の怪しさを倍増している。 通報されないだろうなあ!











晴れていればもっと美しいのだろうが、それでも自分の足で自由気ままに歩いてみると、この街の雰囲気がよく伝わってくる。

***

川沿いのカフェで独り、ランチを楽しみながらスタートの時間を待つ。

12時15分。 カヤックツーリングの受付に行く。
『ハイ! 今日の12時半からのツーリングを申し込んでいるんだけど、雨でキャンセルにはならないかな?』
『ええ、大丈夫。 もう少し時間があるから上で待っていて』 『OK。 良かった、楽しみにしていたんだ』

12時半少し前に、さっきの女性が上がってきた。 『じゃあ、準備しましょうか』
『今日は何人参加するの?』 『今日はあなただけよ』
『え、それはラッキーだな。 ツアーのHPには、人が少ないとキャンセルする事もあるって書いてあったよね』 『いいえ、大丈夫よ』

『着替えは?』 『これで漕ぐよ』
『カヤックは漕いだ事ある?』 『うん。 22年ほど日本で漕いでいる』 すると驚いたように、『じゃあ、私より経験が長いのね』

今日はガイドが一人、客が俺一人ということで、タンデム艇でツーリングである。
普段、タンデム艇なら俺が後ろを漕ぐのだが、今日はお客という事で久し振りのバウ側。
『スウェーデンでカヤックを漕ぐのを楽しみにしていたんだ。 今日はよろしく』

静かにストックホルムの運河に漕ぎ出す。 感激の瞬間!

大学生で、夏はカヤックガイドの仕事をしているという彼女。 漕ぎ進みながら、街の様子や建物についていろいろと教えてくれる。
もちろん全て英語である。

『ここのツアーには日本人は来る?』 『いいえ、前に一人来たくらい。 アメリカ人とドイツ人が多いの』
『なるほど。 ドイツはスウェーデンと一緒でバケーションが多いからなあ。 羨ましいよ』

『この辺りはモーターボートが多いね』 『ええ、ストックホルムではモーターボートを持つ人はとても多いの。 免許も要らないし、足代わりに使っているわ』

『この先に見えるのが、ヴァーサミュージアム。 沈没した船を引き揚げて展示してあるの』 『ああ、今日はこのツアーが終わったら、友人夫婦と一緒にそこに行く事にしているんだ』

『スウェーデンにはいつ来たの?』 『昨日。 妻と一緒に初めてのスウェーデン旅なんだよ』
『今日は奥さんは?』 『俺がこのツアーに参加している間は、友人夫婦と一緒にガムラスタンを観光している』
『今日はその近くも漕ぐから、奥さん達が見えると良いわね』

カヤックしか通れない様な狭い運河や橋を潜り、ストックホルムの街を水面から楽しむ。
『ここは、古い乾式ドック。 乾式ドックって知っている?』 『ああ、知ってるよ。 俺が住んでいる近くの島にも、古い乾式ドックがあるんだ』

『あれは、キリンの装飾をしたクレーンよ』 『この辺りは流れがあって波が高いけど、初心者の人はツアーで大丈夫?』
『この辺りには、初心者の人は連れてこないわ。 今日はあなたが漕げるし、スピードも早いから、この辺りを全て案内するフルメニューにしたの。 やっぱり、漕げる人とのツーリングはリズムも合うし快適ね』
『いやあ、ありがとう。 それはうれしいな』

『お、向こうからカヤックが来るぞ。 君の友人かな?』

近付いてみると、レーシングカヤックである。 お互い手を振り行き交う。

『知り合いじゃなかったわ』 『せっかくこの辺りを漕ぐんなら、景色を楽しめば良いのにね』 『ええ、ほんと』
『君はレースとかには出たりするの?』 『いいえ。 私はキャンプツーリングが好き。 あなたは?』
『俺もレースには興味が無いんだ。 キャンプツーリングが好きで、昔は子供達も一緒にタンデム艇2艇にテントや寝袋を積んで家族で川下りしたり、海を旅したりしていた。 今ではほとんど一人でキャンプツーリングだけどね』

『あ、あそこに鳥達が居るわ』

『子供達を驚かさないように、ゆっくり行きましょう。 あまり近付きすぎないで』 『OK』
『この辺りは冬になると凍ってスケートリンクになるのよ』 『へえ、それは凄いね。 君はスケートは?』
すると彼女は笑いながら、『私はほぼカヤックだけ。 あなたは?』 俺も笑いながら、『俺も趣味はカヤックだけ。 たまに自転車にも乗るけど、メインはシーカヤックだし、それもキャンプツーリングが一番好きなんだ』

『君はアーキペラーゴのツーリングガイドはやらないの?』 『ええ、手伝いにいく事はあるけど、実は料理が下手なのであのツアーのガイドはやっていないのよ』
『あなたは日本でカヤックガイドをやっているの?』 『いいや。 俺はサラリーマンだからね。 それに俺も料理は上手くないのでガイドは出来ないんだ。 カヤックキャンプのときも、一人だから簡単な料理で済ませる。 そして、ビールがあればOK』

『ビールが好きなの?』 『ああ、大好物だ。 君は?』 『私もビール派。 でもスウェーデンではビールが高いから、それほど多くは飲まないの』
『どんなビールが好きなの?』 『知っているかな? 日本にはエビスビールというブランドがある。 俺はそれが一番好き』
『知ってる! 前に2週間ほど東京に行ったことがあるんだけど、エビスビールを飲んだ記憶がある』

話していると、彼女は本当にアウトドアが、中でもシーカヤックとキャンプツーリングが大好きな事が伝わってくる。
『なんだか、俺たち似ているね』 『ほんと、そうね』と笑い合う。 楽しいツーリングである。

『ここは橋が低いから、頭をぶつけないように気をつけて』 『うん。 俺の頭は髪の毛のクッションが無いからねー。 特に気をつけるよ!』 『ハハハ!』

『ここが、ヴァーサ号が沈んだところ』

『もっと先まで行ってみましょう』

『この帆船はレストランになっているの。 でも料金は少し高いわね』

『あそこに見えるのは、ノーベル賞を取った人が授賞式に来た時に泊まるホテル。 そこはとても高いわ』
『いろいろ聞いていると、ストックホルムの物価がよく分かってきたよ。 少し高い、高い、とても高い。 その3つしかないんだね』と笑う。
すると彼女も笑いながら、『本当にそうね』

『でも、あなたが頑張ってノーベル賞を取ったら、あのホテルに泊まれるわよ』 『俺はもう歳で時間がないけど、君はたっぷり時間があるから狙ったらどう?』
『ハハハ。 そうね。 でもフィジカルセラピーでは受賞できないわ』

『ここは、桟橋がオフィスになっているところ』

『君の写真を1枚撮っても良いかな?』 『ええ、もちろん』

『もうすぐゴールだわ』 『いやあ、今日はいろいろと案内してくれて、そしていろいろと話を聞かせてくれて、本当に楽しかったよ。 Good Job!』
『私も楽しかったわ。 あなたは今まででベストのお客さんよ!』

約2時間のガイドツアー。 ストックホルムの街を運河からフルメニューで眺め、会話を楽しみ、ストックホルムでの暮らしについていろいろな話を聞くことができた。
最高の旅の思い出である。

***

カヤックツアーが終わるとカフェで妻&友人夫婦と合流。
先ほど運河から眺めた、ヴァーサミュージアムへ。

このミュージアムは素晴らしい!

引き揚げられた古い沈没船やそれにまつわる様々な品々が展示されている。

なんといっても、その船が大迫力。

スウェーデンに住んでいる友人夫婦も、初めて来たという事だが、ここは好いと大好評。

***

家に戻る途中、公園では夏至祭/ミッドサマーフェスティバルの準備が始まっていた。

家に戻ると、庭でビール!

『いやあ。 今日のカヤックツーリングは最高だったし、ミュージアムも大迫力だったし、ほんと良い旅だなあ』


真夜中に目が覚めると、少しだけ外が暗くなっていた。


***

翌日は半日フリータイム。 俺の事を良く知っている友人が、自分達で好きなように歩き回れるように自由な時間もプランしてくれているのである。
うれしいな!

妻は昨日訪れたが、俺はカヤックツーリングのため行けなかったガムラスタン地区へ向かう。

駅に近い、古い教会。
地図を頼りにガムラスタンへ。 ここはストックホルムの観光の中心である。

妻と二人で街を散策。

歴史のある建物。

ノーベル賞博物館。

本当に素晴らしい。

少し足を延ばしてシティーホールへと向かう。

雨だった昨日とは打って変わって青空がのぞくストックホルム。

そして、シティーホール。


***

家に戻ると、友人夫婦と一緒に、公園で行われている夏至祭へ。

このタワーが夏至祭のシンボル。

公園には多くの人が集まり、夏の到来を楽しんでいる。

子供達のゲームがあったり、屋台が出ていたり、移動遊園地が営業していたり。


***

翌日は、夕方までフリータイム。

今日は、船で近くの島を訪れる予定。

朝の気持ち良い街を歩いて桟橋へ。

だいぶ土地勘もついてきた。

今日は晴れて絶好の観光日和。

北欧の青空が鮮やかである。


そして朝のガイドツアー。

船に乗り込み、島へと向かう。

30分ほどで到着したのは小さな島。 ストックホルムから一番近いアーキペラーゴという事だ。

最初はガイドについて島を散策。

このガイドの方は、俺の見立てではスウェーデン人ではない感じ。

昨日のカヤックガイドの女性の英語は分かり易くほぼ会話に支障がなかったが、今日のガイドは英語の訛りがあり、彼女の説明は残念ながら3割程度しか理解できなかった。

まだまだ修行が足りんなあ!







案内が終わると、1時間半ほどのフリータイム。
まずはカフェで朝食。

食後は島をのんびりと散策。











この島は自然豊かで、景色も素晴らしい。

***

島から戻ると、昨日とは別の地区を散策する。





『あ、カヤックツーリングだ』









係留されている船の一つ一つに、ポストが準備されている。

ここが、ノーベル賞受賞者が泊まる高級ホテル。

少し遅い昼食は、カフェで。

外の席をお願いし、ビールでランチ。


夜は、友人達とバーベキューを楽しんだ。

***

翌日は、郊外にドライブ。
まずはガソリンスタンドへ。

セブンイレブンが経営しているようだ。 洗車の費用を聞いてみると、機械洗車なのだが3,000円ほど掛かるのだとか。
やっぱりスウェーデンは物価が高い!

アウトドア好きなスウェーデンらしく、ガソリンスタンドで薪やバーベキューセットも売っている。

道路に出ると、馬を載せたトレーラーを牽引するクルマも。

彼がおススメだという郊外の小さな街へ。







お城を見学。



町を散策。




***

再びクルマで移動。







彼らがキャンプを楽しんだことがあるという、素晴らしい自然の中へ。










ここで、家から持参したサンドイッチでランチ。 いやあ、楽しいな。

俺は、彼がクーラーボックスに入れて持ってきてくれたビールも堪能。 『あー、美味い!』






***

最終日は、朝食をゆっくりといただき、家を辞した。
『いやあ、本当にお世話になったなあ。 おかげで最高の想い出ができたよ。 妻も本当に喜んでいる』
『またぜひ来て下さい。 次回はバルト海の船旅もいいし、クリスマス時期のスウェーデンも綺麗ですよ。 そして、トルコに行くのもいいですね』


列車で街へ。 最後に自分達への土産を買い、空港へ。

妻はキーホルダー。

俺はサーミのブレスレット。

ストックホルムから飛行機でミュンヘンへ。

ミュンヘン空港ではビールを堪能。

ここから羽田まで、約11時間の旅。

無事に日本に戻ってきた。

***

俺たち夫婦にとって初めてとなるヨーロッパへの旅は、スウェーデン訪問となった。
ストックホルムの美しい町並みを、妻と二人、片寄せ合いながら歩いているとき、『ほんとにこれって夢のようだね』と語り合った。
子離れ夫婦、50歳記念になる最高のリフレッシュ休暇である。

友人夫婦達の素晴らしいホスピタリティによって、楽しく充実した旅を堪能することができた。 本当に感謝!

***

こうやって想い出しても、本当に楽しく充実した様々な旅を楽しんで来られたんだなあ、と改めて実感している。

さて、ウィルス騒動で一変してしまったこの世界で、これからどんな旅を楽しむことができるであろうか?

瀬戸内シーカヤック日記: 一歩一歩

2020年05月23日 | 旅するシーカヤック
非常事態宣言が解除され、平日のみ営業が再開された静かなスポット。

午前中の仕事を無事に終え、久しぶりにここにやってきた。

空は晴れ、初夏を感じさせる風も心地よい。


***

人がほとんどいないこのスポット。
まずはテーブルでお昼ご飯を食べ、ビールを飲み、本を開いてのんびりと過ごす。

自然の中で、静かに独りで過ごすこんな時間は、本当に久しぶりである。

こんな幸せな時間が過ごせるなんて、これは夢ではなかろうか?

***

夕方になると、米を研いで、炊飯の準備。

時間だけは、たっぷりとある。

メスティンで、ご飯を炊いてみた。

『うん、なかなかいい感じじゃあないか』
今日はカレーがメイン。

せっかくだから、ビールのつまみにウインナーも焼いてみようか。


***


日が暮れると、待ちに待った時間で。

そう、キャンプの楽しみの一つが『焚き火』


【ゆらゆらと揺らめく焚き火】(←焚き火の動画はここをクリック)は、永遠に眺めている事ができる、最高のビールのおつまみである。

***

夢のような幸せな時間を久しぶりに楽しみ、朝起きると外は晴れ。
少し涼しいが、快適な季節である。

まずは、小さな薬缶でお湯を沸かす。

これが、コーヒーを淹れるのにちょうど良い道具なのである。


***

朝食は、俺のキャンプの朝ごはんの定番である、うどん。

今日は贅沢に、玉子+ガンス+キムチうどんにしてみた。

『いただきます』
ああ、これは最高においしいなあ!

***

食事を終えると、再びコーヒーをゆっくりと楽しむ。

しばらく休憩し、コットに寝転がって、本を開く。

まさに至福の一時。
『これ以上、何が要る?』

***

最新ニュースによると、ようやく、週末の外出自粛も解除された。
まさにこれから、一歩一歩、歩みを進めていく時期がやってきたようだ。

焦らず。 無理せず。 一歩、そしてまた一歩。

瀬戸内シーカヤック日記: カヤック事始め_初めての海外旅行/海外シーカヤックツアーはミクロネシア

2020年05月17日 | 旅するシーカヤック
1992年の冬に、中古のフォールディングカヤックを購入し、独りで海を漕ぎ始めた俺。

今でこそシーカヤックはTV番組にも登場するなど一般に知られるようになっているが、当時はまだ、せいぜいカヌーを川で漕ぐというイメージの時代。
カヤックやカヌー、シーカヤックに関する情報はとても限られていて、貴重なムック本や、一般的になったばかりのインターネットを使って海外の情報などを入手して、勉強していたことを思い出す。

***

そんな俺が、初めての海外旅行、そして初めての海外シーカヤックツアーに参加したのは、2002年の2月であった。

当時、横浜単身赴任中に5年毎のリフレッシュ休暇のタイミングがやってきて、生まれて初めて海外旅行にいくことを思いついたのである。
そして、せっかくならシーカヤックも楽しめるツアーをということで、いろいろ探したところ、見つけたのがこのツアー。

『ミクロネシア ポンペイ島&チューク環礁 ロケハン・シーカヤッキング9日間』
2002年2月10日(日)に成田を出発し、コンチネンタル航空を使ってグアム経由でミクロネシアに行くという旅である。

いろいろな人と話してみても、初めての海外旅行がミクロネシアという人は、これまで聞いたことがないので、結構珍しいのではないだろうか。

***

初めての海外旅行で緊張しつつも、どんな旅になるのかドキドキワクワクしながら、飛行機に乗り込んだ。
グアムでトランジットし、ここからは東進してポンペイ島に向かう。
深夜にポンペイに到着し、そのままホテルへ。

お世話になったホテルは、南国リゾート感覚溢れる、こんな施設。

海のそばにあり、高台からの眺めを楽しみながら飲むビールは最高である。

寝室はこんな感じ。


***

朝、荷物をボロボロのピックアップトラックに積み込んで、急勾配の坂を下り、海岸へ。

日本のピックアップトラックというのは、本当に頑丈にできているんだなあ、と実感!

このツアーでは、モニターということで、フェザークラフトからインフレータブルシーカヤックを借りてきておられた。

カヤックを組み立て、伴奏船に積み込むと、ボートで移動。

移動の途中、スコールがやってきたら、ボートを操縦している現地の人は、シュノーケルセットで視界を確保しながら操縦していたのには笑った!

***


途中からはカヤックに乗り換え、ナンマドール遺跡へ。

ここでは上陸し、現地人ガイドから遺跡の説明を伺った。

ランチはこんな感じ。
葉っぱに包まれたお昼ご飯が、南の国に来たことを実感させてくれる。

途中、筏から糸を投げて釣りをしている母子が。

いやあ、いいなあこの雰囲気とライフスタイル!

***

ケブロイの滝にも立ち寄ってみる。

なかなかの迫力である。
周りには、南国を感じさせる植物や花が。

これはパイナップルかな?



***

ホテルでの夕食は、こんな感じ。

マグロの刺身。
この近海で採れるマグロは、冷凍されていないからとても美味である。

鶏料理も、地鶏だからこれまた味が濃厚でしっかりと美味い。

***

翌朝、ボートで移動し、途中からカヤックに乗り換えてソーケス島へ。

この島では、このコテージに泊まらせていただくことになる。


島では、のんびりまったり散策を楽しむ。

遠くからスコールが来るのを眺めたり、

釣りをしたり、

タイヤがはまった木を撮影したり、

旧日本軍の施設を見学したり。

戦車の残骸が残っていたり、タンクに銃撃の跡があったり、かつてここが戦場だったことを改めて認識した。

そして、この島には小さな商店があるのだが、そこのおじいさんが日本語が喋れるのには驚いた。
『ああこのおじいちゃんの日本語も、太平洋戦争の痕跡の一つなのだなあ』

***

夕方からは、海辺で食事とビール。
俺は眠くなったので、一足先にコテージに戻ったのだが、外で音がする。

『カン、カン、カン、カン』

なんだろう、この音は? 一緒に来た仲間達が、ビールのカンでも潰しているだろうが、五月蝿いなあ、と思いながら眠りに落ちた。

翌日、『昨日の夜、ビールのカンを潰すような音がずっと聞こえていたんだけど』と聞いてみると、『いやあ、誰もそんなことしていないし、音も聞こえなかったぜ』との事。
『・・・』 一体あれは、なんの音だったのだろうか?

***

翌朝、強風の中、コロニアまで戻る。

これは結構ハードな島渡りであった。

***

旅の後半は、ポンペイ島からチューク(トラック諸島)へ飛行機で移動。

島の空港は、のんびりした雰囲気である。

ポンペイからチュークは、ほんの一っ飛び。

この手書きの、ゆる〜い案内板が南の島である。

***

太平洋戦争の激戦地の一つとして有名な、トラック諸島。
ここも、日本の中古車だらけ。

ナンバープレートには、『Driver's Heaven』とある。


空港近くの学校では、校庭に多くの人が集まっている。

空港にも多くの暇そうな大人が集まっていたが、どうやらみんな相当時間を持て余している模様。

***

後から現地の日本人ガイドの方から伺った話であるが、戦争前からここに来た日本人は、地域のインフラや施設を整備し、教育も施していたので反日感情は特になく、基本的に親日なのだとか。
そして、日本から持ち込んだ『運動会』という文化が今でも残っているのだそうだ。

この日、学校で行われていたのは島の運動会なのだそうだ。
運動会の競争で上位に入るとお金や商品がもらえるという事で、運動会の1ヶ月ほど前になると、普段はプラプラしている島の若者が練習のために張り切って走り始めるのだという話には、笑い転げた!

また、借金を返すという観念が薄く、ここで日本人が商売をしていくのには、商習慣としての格差が大きくなかなか難しいのだとか。

そして、何より驚いたのが、ミクロネシアでの就業率が5%程度という事。
5%というのは失業率ではなく、就業率なのである!

確かにここ数日の観察からしても、手を伸ばせばパンの木もパイナップルもヤシの実も手に入る。
海で糸や網を投げれば魚が採れる。
そしてここでは、日本では愛玩動物である○○も食べる。

そんなに必死に働かなくても、豊かな自然の中ではなんとか食べていけるようである。

***

チュークのホテルからの夕焼け。

ここチュークは、周りの島にとっては中心地らしく、夕方になると多くの小さなボートが走り、地元の島に戻っていく。
これが、チュークで働いている人たちによる帰宅時の通勤ラッシュらしい。
『いやあ、南国だなあ!』

***


ボートにカヤックを乗せて、フォノムー島へ。

空は晴れて、これぞ南国の青い海と蒼い空。

フォノムー島は、こんな小さな無人島である。

島に到着すると、シュノーケリングを楽しむ。



ここでは、1mないくらいのホワイトチップシャークを多く見る事ができた。

最初は怖かったが、無害である事がわかってからは、安心してサンゴを観察するシュノーケリングを楽しむ。

***

現地ガイドが、高いヤシの木に登り、

ヤシの実を割って、ジュースを飲ませてくれる。

夕方には、焚き火を起こして夕食を食べ、ビールを飲む。

『まさに至福の一時。 これ以上、何が要る?』

***

初めての海外旅行は、ミクロネシアでのシーカヤックツアーであった。
企画した旅行社にとっても、これが初めてのロケハンツアーという事で手探りの部分も多く、とても楽しく充実した旅であった。

その前にお気に入りになった沖縄でも、沖縄時間というのがあり時間の流れがゆったりしていたが、ミクロネシアはその10倍は時間の流れがゆったりしていたように思う。
就業率が5%でも、豊かな自然に囲まれてのんびりゆったり生活している島の人達。
そんなにお金はないのだが、季節になると自分たちが所有する島に渡り、休暇を過ごしながら海に潜って観光土産用の貝を採集したりしながらのんびり島暮らしを楽しむという、豊かなライフスタイル。

これまで知らなかった世界を知る事ができ、俺にとってはとても想い出深く、かつ貴重な経験となった初海外旅であった。
また、訪問してみたいものである。

瀬戸内シーカヤック日記: カヤック事始め_芸予諸島でフィールドワーク あるくみるきく・家船の島

2020年05月14日 | 旅するシーカヤック
1992年の冬に、中古のフォールディングカヤックを購入し、独りで海を漕ぎ始めた俺。

今でこそシーカヤックはTV番組にも登場するなど一般に知られるようになっているが、当時はまだ、せいぜいカヌーを川で漕ぐというイメージの時代。
カヤックやカヌー、シーカヤックに関する情報はとても限られていて、貴重なムック本や、一般的になったばかりのインターネットを使って海外の情報などを入手して、勉強していたことを思い出す。

沖縄の離島でのシーカヤック旅やアイランドホッピング旅の楽しさを知り、また横浜単身赴任時代の三浦半島や伊豆、外房でのシーカヤック漕ぎを体験した後、地元に戻ってから改めてその多島美と島ごとに異なる海洋文化の奥深さを再認識した瀬戸内海/芸予諸島の海の楽しさ。
そんなお気に入りの地元の海で、『あるくみるきく』のフィールドワークを実践した時の想い出は、今も忘れることができない最高の旅の記録である。

***

ブログは旅の記録。 時折読み返すと、その時の旅の光景や出来事、人との会話が、ありありと浮かんでくる。
そんな自分の旅の記録の中で、一番のお気に入りが、『家船の島、豊島』を訪問した時の記録。

*** 以下、以前綴っていたブログから引用 ***

『明治初年以来これほど発達した漁浦はない。しかもこの地の漁民はどこまでも出かけてゆく。漁船は船の側面に番号がいれてあるが、その頭に府県の記号がかいてある。広島県はHである。そのHとあるものを対馬でも平戸でも五島でも、また天草でも見かけて、きいてみるとみんな豊島からきたという。(私の日本地図_瀬戸内海/芸予の海、宮本常一)』

25

***

『マリちゃん』を出た後は、湊を歩いて挨拶してみても、はなしかけてみても、なかなか話が続かず、結局家船の漁師さんから詳しい話を伺う事ができなかった。

『沖からかえってきた若者達は退屈である。話しかけたらけんかを吹っかけてきた(私の日本地図)』 あの宮本常一でさえこう綴っている。 これも仕方なかろう。

***

それなら、豊島の銭湯『豊島温泉』にでも入って、汗を流し、何時間も島の集落を歩いた疲れを癒して帰ろう。 でも、銭湯が開くまでもう少し時間が有るので、日向ぼっこでもしようと、海沿いの公園へと向った。
広くて静かな公園の中を歩いていると、ベンチに腰掛けていたおばあさんに声を掛けられた。

***

『どっから来たん』 『こんにちは。 呉から来たんですよ。 今日は良い天気で気持ち好いですねえ』 しばらく四方山話を交わし、自然とおばあさんの隣に腰を掛けさせていただく。

ペリケースを開け、本を取り出し、『実はこの本を読んで家船に興味を持って、豊島に来てみたんですよ』 『えー、この本。 うんうん、家船ね』 『ここに写真が出てるでしょう』
『あらあら、ここに写っとる人は知っとるよお』

39

***

70歳だというこのおばあさんは、数年ほど前まで(!)4つ年上だと言うご主人と一緒に家船で漁をしておられたそうだ! これも縁であろう。 エビス様、ありがとうございます。

『十八でじいさんと結婚して、それから50年近く漁に出よったんよ』 『豊後水道の方へ行って、太刀魚を釣りよった』

『午前中に聞いた話だと、和歌山の方にも出漁していた人が居られたそうですが』 『うん、そう。 私らも、35歳の頃には和歌山の方に行きよったねえ』

***

なぜこの豊島で家船文化が生まれ、これまで続いてきたのか?
今回の豊島訪問にあたり、家船の本を読み、Webで資料を探し、これまでの経験を加味して、私なりの仮説を立てて来ていた。

その仮説を検証するため、偶然出会ったこのおばあさんに、一つの質問をしてみた。 『なんで、遠くまで漁に行くようになったんですか?』

『十八で結婚した頃はねえ、そりゃあ貧しい暮らしじゃったよ。 小さい島で、兄弟も多くて。 島の廻りで鯛やタコやなんやら釣って、麦や芋や食べよったけどねえ』 『やっぱりお金を儲けるには、魚が多い所へ出て行かんとと思うて。 一生懸命働いて、船を造って、おとうちゃん、稼ぎにいこうやゆうて、それから遠くに行くようになったんよ』

『なあ、兄ちゃん。 人間言うたら十人十色じゃろう。 借金しとうない、遠くの知らん所へ行くのは嫌じゃ言うて、島の廻りで漁をする人も居るし。 大勢の人間が、この島の廻りの漁で食べていく事はできんけえ、地で漁をしたい言う人にはそこで漁をしてもらって、なにがあるかわからんけど、遠くに行って儲けちゃろう思うとるモンは遠出するようになったんよ』

『船造るいうても、エンジンとレーダーやらGPSやら、無線やらいうて付けよったら、3000万とか4000万とかかかるけねえ。 そりゃ太いけど。 かというて、安いもん付けよったら魚も獲れんよー』

24

***

『そりゃあ、豊島は女の人が強いわい。 男の3倍は働くよね。 男の人は、漁が済んで、風呂入って、ご飯食べて酒飲んだら寝させるけど、女はそうはいかん。 片付けやら、洗濯やら、なんやかんやいそがしいじゃろ』

『洗濯させてもらうにしても、水をもらうにしても、寄留させてもらう所を見つけて、交渉して、やりとりするんは私らじゃけん。 水をもらうにしても電話を掛けさせてもらうにしても、お金を出してもダメじゃ言う人も居るし、お金なんかいらんいうて親切に分けてくれる人もおる。 人それそれじゃ。 親切にしてくれる人には、魚も分けるし、肉や野菜や灯油なんかもたくさん置いて、何倍にもして返すし』

斜め向いに座った私の膝を叩きながら、『なあ、兄ちゃん。 人は十人十色じゃ。 堅い生活しかでけん人も居るし、もうけちゃろう思うて外に賭ける人も居る。 十八でじいさんと結婚したが、この人なら間違いない。 ぜったいに私を養うてくれる思うて結婚したんよ。 ピョンピョン飛ぶほど元気じゃったし、いつもキョロキョロといろんなもんを観察しよったし。 この人なら間違いない思うたん。 人を見る目はあるんよ。 なあ、兄ちゃん』
と、またまたわたしの膝をポンポンと叩く。

***

『男は山を見て、海の底の形を知って、漁ができるようになるまで10年掛かる』

ペリケースを指しながら、『こんな平らな岩の上や、海の底には魚はおらんのよ。 この駆け上がりの所。 ここにおるんじゃけ。 下手に仕掛けを引っ張ったら、引っかかって仕掛けを取られて損するばあ。 じゃけえ、それを覚えるのに10年かかるんよね』

『豊後水道は波が高いけえ、昼間に料理するんは大変よ。 夜のうちによけいに作っとって、昼はそれを暖めるくらいかねえ。 煮しめとか、魚の汁とか。 それでも、波があるけえ、鍋を両手で押さえながら暖めたもんよ。 ほんまにすごい揺れてたいへんなん』

『太刀魚は、大きさによって分けて、5キロ毎に詰めていくん。 これを計るのが重とうてねえ。 一日に何回も何回も重たい魚を計るじゃろう。 肩が痛うて。 でも若い頃は、一晩寝たらなおりょおったねえ』

10

***

『子供をね、島において漁に出るじゃろ。 それが辛うてね。 子供が大きいなってこの仕事の事を理解してくれるようになってうれしかったけど、やっぱり子供と離れて仕事するのは辛いよね』

『そうよ。 お節料理は、男の人が作るんよ。 うちのじいさんは、一番にエビス神社に行きたいいうて、毎年12時5分になったら煮しめを作りよった』 『前の日? だめだめ、12時前に作ったら、前の年のものになるじゃろ。 それじゃあだめよ』 『それでね、煮しめができたらそれを持ってすぐに神社へ行きよったよ。 あー、今年は2番じゃった、マンが悪いいうて、そんな負けず嫌いな人じゃったねえ』

『ケンカ? けんかはほとんどしたことないね。 またねえ、けんかしちょったら、不思議と魚が釣れんのよ』

***

情が深くて豪快で、明るくて気さくなおばあさん。 時にはここに書けない愉快でおもしろおかしい話しがとびだし、二人で笑い転げた。 『いやあ、そりゃあそうですよねえ。 ワッハッハ! こりゃあ面白い!』

気が付くと、1時間以上が過ぎていた。

『おばあちゃん。 本当に興味深い楽しい話を聞かせてもらってありがとうございました。 ええ勉強になりましたよ。 また豊島に遊びに来て会えたら、また話を聞かせて下さいね』

『じゃあね。 にいちゃん。 またね』

***

ああ、これぞ『あるく みる きく』旅の至福の一時。

***

『旅の途中から私はこう考える事にした。宮本常一がかつて旅して会った人をがつがつと捜すことは可能だが、それはやめよう。ゆっくりとその土地を歩きながら、旅が会わせてくれる人、宮本常一が会わせてくれる人にだけ会っていこう。それが旅なのではないか。 (宮本常一を歩く、毛利甚八)』

家船の事を漁師さんに聞こうと気負っていたが、結局毛利さんが言う通りだということに気が付いた。 そう、『旅が会わせてくれる人』にしか話しを聞く事はできないのだ。

ようし、じゃあ『豊島温泉』に行くか!

*** あるくみるきく_家船の島を訪ねて、豊島訪問(その3) ***

豊島を訪問した時の、最初の記録は下記です。
『あるくみるきく_家船の島を訪ねて、豊島訪問(その1)』

やはりブログはいいなあ。 オワコンとも呼ばれているが、旅の記録を残すには、私にとって最高のメディアである!

瀬戸内シーカヤック日記: カヤック事始め_第1次瀬戸内カヤック横断隊

2020年05月07日 | 旅するシーカヤック
1992年の冬に、中古のフォールディングカヤックを購入し、独りで海を漕ぎ始めた俺。

今でこそシーカヤックはTV番組にも登場するなど一般に知られるようになっているが、当時はまだ、せいぜいカヌーを川で漕ぐというイメージの時代。
カヤックやカヌー、シーカヤックに関する情報はとても限られていて、貴重なムック本や、一般的になったばかりのインターネットを使って海外の情報などを入手して、勉強していたことを思い出す。

***

それまで瀬戸内海や島根半島をベースとしてシーカヤックを楽しみ、沖縄での海旅の楽しさも知った俺は、新たな仕事のため約1年7ヶ月の横浜単身赴任となった。
これまでとは異なる新たな領域へチャレンジする仕事もやりがいはあったが、何より人の多さ/ウネリのある海況/島の少ないエリアの特徴など瀬戸内海とは全く異なる、そして日本のシーカヤックのメッカである三浦半島や伊豆、外房などでのシーカヤックを経験でき、楽しい単身赴任時代であった。

その単身赴任から呉に戻り、尺取り虫方式での瀬戸内横断を再開したとともに、西伊豆でのシーカヤックアカデミーで知り合ったSさんを通じて、内田隊長が設立された『第1次瀬戸内カヤック横断隊』に参加させていただけることとなったことは、まさに大きな転機となったのである。
もし、あの伝説となった『第1次瀬戸内カヤック横断隊』に参加していなければ、今の俺のライフスタイルは違ったものになっていたことは間違いない。

そして、あの時の横浜単身赴任で三浦半島や伊豆、外房などの海を漕いでいなければ、地元である瀬戸内海の多島美の美しさや、アイランドホッピングしながら島によって異なる文化を感じる旅など、芸予諸島での海旅の楽しみとその深さを再認識することもなかったであろう。

***

<観光文化研究所と第1次瀬戸内カヤック横断隊(以前のブログより)>

先日、三原市で行われた森本孝さんの講演を聴いたときにふと感じたのが、宮本常一が所長をしていた『観光文化研究所(観文研)』と、内田正洋隊長がリーダーを勤められている『瀬戸内カヤック横断隊』との間には、共通するものがあるということ。

***

『観文研は、同じ志を持った人が集まる場であり、同じ志を持った人たちがつながった場である』
→ 第1次瀬戸内カヤック横断隊も、プロ/アマを問わず、シーカヤックの世界を極めたいという熱い志を持った個性豊かな面々が様々な縁で集まり、経験豊かな内田さんをリーダーとして隊が構成されていた。

『宮本常一は、観文研の研究員に対して、毎月一回講義を行っていた。 これを通じて、モノを見る力と視点を教えられ、研究員の育成にもなっていた。 この講義が、宮本常一が仲間を育成していくやりかたである。
そしてこの講義を受けてモノの見方を学んだ事が、観文研出身の研究者と、大学だけで学んだ研究者との最大の違い』
→ 第1次瀬戸内カヤック横断隊は、まさに実践版シーカヤックアカデミーとして企画され、初冬の厳しい瀬戸内の海を、キャンプ道具を積んだシーカヤックで実際に旅しながら、ひどく荒れた海と寒気の中、お互いに助け合い、経験や知識を教え合い学び合うという、とても貴重な実践の場であった。

『宮本常一は、古い文化を復興させ、それを地域の将来につなげていくことを考えていた』
→ これぞまさに、私が瀬戸内カヤック横断隊から学んだ、『瀬戸内海洋文化の復興、創造そして継承』そのものである。

私は、第1次から第6次まで、毎回数日間だけの部分参加をさせていただいていたのだが、その中で一番深く印象に残り、そして後のカヤックライフ/カヤックスタイルに大きな影響を受けたのが、『第1次瀬戸内カヤック横断隊』

2004年の秋にブログを書きはじめたのは、第2次横断隊の事を記録に残しておきたかった事がきっかけだったので、第1次横断隊の事はブログには書いていなかった。
もう7年も前の事なので記憶も定かではないが、せっかくなので、その時の事を想い出しながら、記録に残しておこうと思う。

***

2003年11月20日 親父のクルマにフェザークラフトK-1を積み込み、蒲刈の県民の浜へと送ってもらう。
偶然、先日知り合ったエルコヨーテさんから、この隊が企画されている事を教えていただき、隊長からメンバーに送られてきた『設立趣意書』に感動&共感して、参加させていただくこととなったのだ。
さて、これからの数日間、いったいどんな日々が待ち受けているのだろうか?

数日前に山口県を出発した、記念すべき『第1次瀬戸内カヤック横断隊』は、寒気と強風の中、小豆島を目指して東に漕ぎ進んでいる。
予定では、今日には蒲刈島へ到着するはずなのだが、厳しい風と波に難儀し、遅れているらしい。

県民の浜に到着し、ケータイ番号を教えてもらっていたハラダさんに連絡をとって合流する。
今回が、ハラダさんとの初対面。
隊の到着が遅れそうだということ、そして今日到着してもそのままここから出発せず、一泊する可能性が高いと言う事なので、『のんびり待ちますか』という事に。

まずは、フェザークラフトK-1を組み立てる。
普段の旅と違い、天候によってルートも日程もどうなるか分からないとの事なので、リジッド艇では合流や離隊後の回収が難しいと判断し、今回は、進退自由なフェザークラフトで参加してみる事にしたのである。

その後は、ハラダさん、カメラNさん達と、桟橋の岩ガキを採集してつまみの準備。

午後、ようやく隊は到着したが、連日の悪天候でみんな疲れ果てており、やはりここ蒲刈で一泊する事になった。

今でもいろいろとお世話になっている、地元のIさんの好意でB&Gの艇庫をお借りし、雨露を凌がせていただく。 ありがたいことだ。
内田さんとは、伊豆のアカデミーやジョンダウドと漕いだイベントなどで何度かお会いした事があったが、隊長以外の隊員達は、私にとっては、ほとんどが初対面のメンバー。
ビールを酌み交わしながら、ここ二日間の厳しい旅の状況を聞き、交流を深める。

今回は初日から荒れており、一日漕いだ隊員は疲れているのだが、二日目から合流したまだ元気な隊員がペースを上げて引っ張っていったのだとか。
初めてのこと故、ペース配分もよく分からず、お互い競争のようになってかなりハイペースになり、クルマでの陸上班伴走が始まってからは、みんな荷物を軽くしてなんとか付いて行こうと努力しているとの事。
うーん、そんなハイペースだと、スピードでは劣るフォールディングカヤックでついて行けるかなあ?

横断隊は5時起床&7時出発が基本とされたので、軽く飲んで、みんな早々にシュラフに潜り込んだ。

***

2003年11月21日 朝5時前に起床。 シュラフを片付け、コンロに火を点けて朝食の準備。
そそくさと食事を済ませ、荷物をパッキング。
Iさんが準備して下さっていた、『歓迎 第1次瀬戸内カヤック横断隊』の看板の前で記念撮影をして、7時に出発した。

今日も強い西風が吹いている。 岬に沿って漕ぎ進み、黒鼻を越えると。。。
そこは、瀬戸内とは思えない荒れた海が待っていた。
西から南西の強風で大きなうねりが入り、これまで経験した事がないような瀬戸内海の別の顔を見せつけられた。
それ以来、瀬戸内への見方が大きく変わった。

津軽海峡横断や、ジョンダウドと漕いだ西伊豆のイベント、沖縄でのツーリングなどでは、これよりも厳しい状況はあったが、まさか地元の瀬戸内でこんな状況に遭遇するとは。

斜め後ろから押し寄せてくるウネリと風浪に、時折ヒヤリとしながら豊島に向かって漕ぎ進む。
『おーい、ここから海峡横断だ。 みんな固まって漕げよ』と隊長からの激が飛ぶ。

***

上蒲刈から豊島へ、豊島から大崎下島へ。
大崎下島の南岸が厳しかった。
南西からの強風によるウネリ。
そのウネリと風浪が、岸壁にぶちあたり、その返し波と重なって複雑な三角波が押し寄せる。

荒れた海での安定性にすぐれた『フェザークラフトK-1』と、手に馴染んで強風に強い『アークティックウインド』との組み合わせなのだが、それでもまったく気が抜けないパドリング。
 
スケグ仕様のカヤックで参加していた経験豊富なメンバーが、こんな状況で漕ぐなら次回からはラダー付きにする、と言っていたのが印象的。

また、ラダーもスケグもないバイダルカは、保針に苦労しているのに加え、激しい波で浸水もあるようで、時折岸沿いに寄ってはビルジポンプで水出しをしている。
それを待つ間、沖縄で荒れた海を漕いだ時の経験から、岸壁から離れた場所で待機する。
近くに居た隊長が、『そう。 こんな時は、岸壁から離れた方が波が安定しているんだよな』

後で聞いた話では、バイダルカは潮流や風に応じて舟が行きたい方向があるのだそうだ。
それに従って漕ぎ進むには楽なのだが、今回の様に一団となって行動する場合には、必ずしも舟が行きたい方向と隊が進む方向が一致するとは限らず、操船にはかなり苦労したようである。

***

なんとか岡村島まで漕ぎ進み、観音崎を越えたあたり。
とつぜん目の前につむじ風が巻き起こり、海水のしぶきが空中に巻き上げられていく。
強風は隊員達をも襲い、風沈しそうになる。
『こりゃ、やべえ。 一旦上陸しよう』

小さな浜にシーカヤックを引き上げ、ほっと一息。
『観音崎に様子を見に行こう』ということになり、高台に登ってみると。。。
そこには一面真っ白な海が。
沖を行く大きな貨物船が向かい波に突っ込み、砕けた白波が高い船首を越えていくという恐ろしい光景。

皆一同に『こりゃあ絶対無理だな。今日は岡村島泊じゃないか』、『いやあ、これは漕ぎたくないですねえ。怖い怖い』とささやき合う。
でも隊長は、『ようし、じゃあ島の反対側を見に行ってみるか』
一部の隊員が同行し、小大下島との間の瀬戸をチェックしに行くことに。

歩きながら隊長は、『俺たちはダカールラリーに参加するトレーニングを受けていたんだ。 そこで教えられた事の一つが、どんな厳しい状況でも<後ろ向きの言葉は発しないこと>。 常に前向きに、どうやったらできるか考えるんだ』 なるほど!

***

小大下島との間の瀬戸と、島の北側は、少し荒れてはいるが、南側と比べると少しは波が低そうだ。
『どうだ、これならいけるんじゃないか』

再び漕ぎ出し、なんとか小大下島との間の瀬戸を抜け、大下島の北岸へ。
南側の海峡に比べると確かに少しはマシだが、それでも波は高い。
近くを海上保安庁の巡視艇が通る中、ヒヤヒヤしながらだが、なんとか無事に漕ぎ抜けた。

柏島を抜け、宗方の南岸まで進むと浜があり、奥には昔の学校の様な建物が。
少し早いが、今日も風と波に打ちのめされ、みなクタクタである。
シーカヤックを引き揚げ、キャンプできるかチェックする。

そう、初めてとなる第1次横断隊では、まだルートも確立しておらず、キャンプ地についての情報も不十分だったので、常に新たなルートとキャンプ地を開拓しながらの旅であったのだ。
正に、開拓者精神/パイオニアスピリッツで満ちあふれていたのである。

管理人さんに聞いてみると、ここは素泊まりもできる宿ということで、泊まらせていただく事になった。
 
着替えて濡れものを干し、風呂に入って体をほぐす。
夜はビールを飲みながら今日一日の旅を振り返る。

横断隊参加で初めて漕いだ日は、このように大変厳しい一日であったが、経験豊かで志も高く、個性的なメンバーと一緒に漕いだこの日を一生忘れる事はないだろう。
これぞ実践版シーカヤックアカデミー。

感謝、感激! そして 感動! こんな経験ができるなんて。
この日を境に、俺のシーカヤックに対する考え方や向き合い方が大きく変わった。 シーカヤッカー冥利に尽きるとは、まさにこの事である。

***

2003年11月22日 今朝も5時起床。
簡単な食事を済ませ、荷物をパッキングするとミーティング。 今日のルートを決めるのだ。

ルート案としては、大三島の南岸を漕ぎ抜け、鼻栗を抜けて生口島経由で因島に行くという案と、大三島の西岸を北上し、生口島の北岸経由で因島を目指すという案。

隊長が言う。 『みんな、自分の意見を言うんだ。 自分がどうしたいのか、なぜそうなのか。 話し合って結論を出そう』
メンバーは侃々諤々意見を述べるが、ここ数日痛めつけられてきた西風の恐怖がトラウマとなり、大三島の西岸北上案が大勢を占める。
『昨日の様な波は、もうたまりませんよ。 三原側に上がれば風も弱いかも』 『大三島の南側はエスケープできる場所もあまりなさそう。 北にいきませんか』

ほとんどのメンバーが北上ルートを主張し、その案で行く事に。
風が強い中、浜から出発して時計回り方向に漕ぎはじめた。
しばらく行くと、後ろから声が聞こえてきた。
『どうしたん?』 『一人、引き返す言うてます』

どうやら、あまりの風の強さに一人がリタイアを決めたらしい。
出発してまだ10分も経っていない。 いやはや。
浜までサポートする隊員を待ち、再び漕ぎ出した。

しばらく向い風の中を漕いでいる時、皆が気づきはじめた。
『え、今日は北西風じゃあないか!』 そう、風向きは日々変わるのだ。
宗方の南岸では、岬を回ってくる風で風向きが正しく判断できなかったのだが、北上ルートは向い風。

ここ数日の西風トラウマによって、より良い判断ができなかったのである。
今日は、大三島南岸ルートなら風裏だ。

でもこの時の『痛い経験』は、第2次横断隊以降のルート決定に活かされる事になった。

***

地図を見れば分かるように、大三島は大きな島である。
厳しい向い風の中を、一団となって時計回りに漕ぎ進む。

盛港を越え、生口島へ漕ぎ渡ろうとしたとき、斜め後方からの大きな波に、多くのメンバーのカヤックが翻弄された。
『隊長、ムリです。 戻りませんか』

一旦引き返し、盛港の中で一息いれる。
『みんな、怖かったら言えよ。 俺にはみんなが怖いと思っているかどうか、分からんからな』と隊長。
なるほど、様々な修羅場を漕ぎ抜けてきた隊長とメンバーでは、怖いと思うレベルが違うんだ。
自分が無理だ、怖いと思ったら、率直に伝える事も重要なんだなあ。

再び漕ぎ出し、井口港の方へ進む。
もし、井口港から三原行きのフェリーがあれば、それでエスケープしようという案も出たのだ。
港に近付くと、一隻の漁船が居た。
私は漁船に近付き、『こんにちは。 あの港から三原までフェリーは出ていますか?』 すると『いやあ、あそこからは高速艇しか出てないよ』との事。

『隊長。 残念ながら、あそこの港からはフェリーは出ていないそうです』 『そうか、じゃあ多々羅大橋の下を横切って生口島へ渡ろう』
『そして、漁師さんなどに話し掛けて、地元の情報を聞く事は大事だ。 これからも、そういうコミュニケーションをしっかりやって行こう』と一言。
『はい、わかりました』

***

多々羅大橋の下を漕ぎ渡り、再びバウを北に向けてサンセットビーチへ。
 
上陸して情報板を見ると、高根島との間の瀬戸は流れが厳しいらしい。
疲れきった隊は、完全に戦意を消失し、ここから因島まで、陸上班のクルマでエスケープすることになった。
ここのレストランでお昼ご飯を食べ、何回かに分けてカヤックと荷物、そして隊員を因島まで陸送。

***

11月の下旬である。 日没は早い。
全員がキャンプ地に揃ったのは、すでに暗くなってから。
 
テントを張り、食事の準備に取り掛かる。
数日間一緒に厳しい海を漕いできて、気心も知れた仲間である。
自然と役割分担をして、テキパキと調理を進めていく。

それを眺めながら隊長が、『ほんま、この隊のメンバーは最高やのう』とポツリと呟いた。
うん、俺も本当にそう思う。 なんて素晴らしい隊なんだ!

肉を炒めていると、『オリーブオイルは体に良いんだ』 『お、生姜を入れようぜ。 体が暖まるからのう』と隊長。
なるほど、寒い時には生姜が良いんだ。
こうして、一つ一つ知識が増えていく。 

酒を飲み、食事を摂り、今日一日を振り返りつつ、疲れた体を充電していく。
明日も5時起床である。

俺は、Oさんのテントの横にテントを張り、しばしバカ話を楽しんでからシュラフに潜り込んだ。

Oさんとは、この横断隊でお会いしたのが初めてなのだが、なんだか気が合うのである。
『おやすみなさい。 また明日5時に』

***

2003年11月23日 今日は快晴。
第1次横断隊で最高の好天となった。
 
気持ち良い朝。
もう既にルーチンワークとなった5時起床、簡単な朝食、荷物のパッキング、そして7時出発。
みんなの表情も明るい。
 
最高のコンディションの中、順調に漕ぎ進み、田島の近くを漕いでいたときの事、隊長のケータイに着信が。

それは、思いもかけず、隊長の友人の訃報であった。
このため、隊長は急遽予定を変更する事になり、この先で上陸されるとの事。
そのため今回の横断隊は、当初は小豆島を目指す予定であったのだが、残りのメンバーで白石島まで漕ぎ、そこをゴールとすることとなったのだ。

***

無事に漕ぎ進み、白石島に到着した。
私にとっては初めての白石島。

カヤックを引き揚げ、ゴールを祝ってビールで乾杯。
うーん、美味い!

夜は隊長も合流され、みんなで瀬戸内シーカヤックの歴史に新たな1ページを刻んだ画期的なこの旅を振り返りつつ、夜の宴は盛り上がった。

***

初めての試みで、ルートもキャンプ地も手探り状態だった第1次瀬戸内カヤック横断隊。
ショートカットや思いもかけぬ中断もあったが、出来るだけの事はやったという充実感の方が強かった。

経験豊富で志の高い隊員が集まり、初冬の厳しい瀬戸内の海を、助け合い、教え合いながら漕ぎ進んだ熱くて刺激的な日々。
それは、『共育』/『切磋琢磨』という言葉が正にピッタリと当てはまるような充実した旅であった。
そんなリアルな海旅の中、私は様々な局面で隊長が呟く一言を、まるで乾いたスポンジのように一滴残らず吸収し、咀嚼して、自分の心に刻み込んでいった。

『プロって言うのはなあ、お金をもらうからプロ、お金をもらわないからアマなんてもんじゃないんだよ。 シーカヤックを極めようと志し、それを通じて自分が目指すものを成し遂げようっていう意志を持って実行していくんなら、それはプロだ』

***

2003年の、あの最高の経験があったからこそ、シーカヤッカーとしての今の俺があると感じている。
そして昨年から、残念ながら諸般の事情により参加を見合わせているが、この画期的かつ純粋に実践版シーカヤックアカデミーとして企画&実行された第1次瀬戸内カヤック横断隊に様々な縁で参加させていただいた事、そして尊敬する隊長と個性的な隊員達との出会いには、今でも心底感謝している。

『全行程参加が基本』という横断隊では、サラリーマンカヤッカーという制約もあり、第1次から第6次までの参加がいずれも数日間という部分参加であった俺は出来の悪い落第生ではあったが、これからも初心を忘れず、実践版シーカヤックアカデミーで学んだ『瀬戸内海洋文化の復興、創造そして継承』を実践していきたいと、強く想っている。

瀬戸内シーカヤック日記: カヤック事始め_沖縄海旅編

2020年05月06日 | 旅するシーカヤック
1992年の冬に、中古のフォールディングカヤックを購入し、独りで海を漕ぎ始めた俺。

今でこそシーカヤックはTV番組にも登場するなど一般に知られるようになっているが、当時はまだ、せいぜいカヌーを川で漕ぐというイメージの時代。
カヤックやカヌー、シーカヤックに関する情報はとても限られていて、貴重なムック本や、一般的になったばかりのインターネットを使って海外の情報などを入手して、勉強していたことを思い出す。

***

芸予諸島の地元の海を、独学で、独りで漕ぎ始めていたのに加え、カヌーの里おおちのスクールやツアーへの参加により、江ノ川や錦川での川旅/リバーツーリング/キャンプツーリングの楽しさも知り、カヤック旅の幅と深さが徐々に広がりつつあった。

そんな時期、何かをきっかけに、沖縄でのシーカヤック旅に始めて参加することに。
確か、始めての沖縄シーカヤック旅は、当時のエコマリン沖縄が主催した、フェザークラフトで那覇から慶良間まで渡る、アイランドホッピングの旅だったと記憶している。

***

梅雨も明けた初夏の那覇。

この沖縄本島から、途中の無人島でキャンプしながら、慶良間まで漕ぎ渡るシーカヤックの旅。

俺にとっては始めての外洋ということもあり、ドキドキワクワクの旅の始まりである。

大昔のことなので、まだ防水フィルムカメラの時代であり、パソコンに入っているデジタル化した画像は僅かしかないのだが、その時の旅の楽しさは今でも良く覚えている(今回のこの旅の数枚の写真は、ツアーに参加されていたYさんからいただいたものばかり)。
フォールディングカヤックにキャンプ道具を載せ、自力で島伝いに目的地を目指すというアイランドホッピングの楽しさを知った、俺の旅のスタイルの原点。

この時はタンデム艇だったので、Zakiさんという関西の方とペアを組むことになった。
人に運命を任せることが苦手な俺は、スターン側を漕がせていただくようにお願いし、受け入れていただいたことを覚えている。
後で知ったことだが、この方はベテランのシーカヤッカーさんだったので、他の人から『お前がバウ側を漕ぐなんてねえ』と言われたそうで、今でも申し訳なく思っている。

この方とは縁が続き、後に沖縄カヤックセンターが主催した、フェザークラフトで行く伊是名/伊平屋ツアーでもご一緒させていただくことになったのだ。

***

梅雨明けの沖縄は、陽が昇ると急速に気温が上昇することに加え、刺すような厳しい日差しを避けるため、早朝から昼前まで漕ぎ、早めに上陸した島でテントを張り、その後はシュノーケリングなど海遊びや酒を楽しむという旅である。
実際旅の途中では、テントの中で寝ていても、朝に陽が昇ってくるとテントの中がいきなり暑くなり、とてもじゃないが寝ていられなくなったことで、沖縄の夏の厳しさを体で感じたことを覚えている。

外洋の大きなウネリも、フェザークラフトK2の長くてしなやかな船体が、波のエネルギーを上手く吸収していなして行くのが体で感じられる。
時には強い潮の流れの中も漕ぎ、島から島へのアイランドホッピングの旅は続く。

ある無人島で夜テントに寝ていると、ある方に起こして頂き、呼ばれるままに付いて行ってみると、ウミガメの産卵。

生まれて初めての、貴重な体験であった。

何日間の旅であったかは、記憶が定かではないが、このアイランドホッピング旅は俺に強烈な印象を残し、これ以降、毎年のように沖縄に通うようになった時期がある。

まさに、罹患すると重症化する『沖縄病』

その後は、息子とふたりで沖縄でのシーカヤックツアーに参加したり、家族4人で沖縄旅を楽しんだりもしたが、初期の頃は、家族を残して沖縄での海旅を楽しんでいた、懐かしい30代の頃。

***

また、沖縄といえば忘れられないのが『ホクレア』との出会い。
その年が、たまたま5年毎に連続休暇が取得できるリフレッシュ休暇の年であったので、ホクレア号が沖縄に到着予定の時期とは外れていることは知りつつも、ゴールデンウイークとリフレッシュ休暇を連続させることで、半月以上沖縄にこもっていたのだ。

連続休暇の前半は、レンタカーを借りて浜比嘉島でキャンプをし、レンタルシーカヤックを借りて海遊びなどを楽しんでいた。
ある日の夕方、ラジオを聞いていると、『ホクレア号が糸満に到着した』とのニュースを偶然に聴き、内田隊長に電話をして、すぐに糸満に向かったことを覚えている。

糸満で、内田隊長に合流し、ナイノアトンプソン氏ともお話をさせていただいた。

また、糸満港での歓迎行事の一環として、始めてサバニを漕がせていただいたことも、良い想い出である。

貸していただいた、ミーカガンも懐かしい。


***

ホクレアの後は、漕店さんの慶良間ツーリング、そして沖縄カヤックセンターさんの伊是名/伊平屋ツーリングのダブルヘッダーを満喫。

特に、伊是名/伊平屋は、あまり観光地化しておらず、手付かずの沖縄の原風景が残っている感じで、今でもとても印象に残っている旅の一つ。

フェザークラフトでの旅は、俺の旅のスタイルの原点。

誰も居ない浜で、のんびりまったり、オリオンビールを飲みながら過ごす時間ほど、贅沢な時間はないのではないか。

みんなで貝を拾って食べたり、

その貝で炊き込み御飯が作られたり、

アバサ(ハリセンボン)を堪能したり、

キャンプ地からかなり歩いて、地元の商店で買出ししたり、

とても楽しい海旅の連続。

***













***

瀬戸内海と日本海、江ノ川と錦川しか知らなかった当時の俺にとって、沖縄でのシーカヤック旅という別世界を知ったことは、まさに目からウロコの出来事であった。
30代の頃は、毎年のように沖縄に通うことになったのだが、その後あるきっかけで、地元の瀬戸内の良さを見直すことになろうとは。

シーカヤックは、少なくとも俺にとっては、単に海でのパドリングを楽しむだけのスポーツではなく、その地域の特性や地理条件によって楽しみ方が大きく変わるものだと思っている。
そして、そうだからこそ、海旅の楽しさは奥が深いのだ。

***

昔のブログへのリンク:

沖縄旅・浜比嘉島

ホクレア号がやってきた

伊是名/伊平屋ツアー

瀬戸内シーカヤック日記: カヤック事始め(2)_リバーカヤック体験@カヌーの里おおち

2020年05月02日 | 旅するシーカヤック
1992年の冬に、中古のフォールディングカヤックを購入し、独りで海を漕ぎ始めた俺。

今でこそシーカヤックはTV番組にも登場するなど一般に知られるようになっているが、当時はまだ、せいぜいカヌーを川で漕ぐというイメージの時代。
カヤックやカヌー、シーカヤックに関する情報はとても限られていて、貴重なムック本や、一般的になったばかりのインターネットを使って海外の情報などを入手して、勉強していたことを思い出す。

そんなある時、カヤックを購入したお店の店長さんからいただいたアドバイス。
『海を漕ぐにも、リバーカヤックのテクニックを知っていれば役に立ちますよ』
『昨年、島根に”カヌーの里おおち”というのができてレッスンもやっているので、一度行ってみたらいいんじゃないかな』

と言う訳で、早速調べてカヌーの里おおちのレッスンに参加することにしたのである。

***

カヌーの里おおち。
俺のカヤックライフを振り返る中で、ここの存在は、とても大きな影響を受けた大切な学びの場であった。

これは古いパンフレット。
開設当初のものではないが、この中の写真の一つに、俺も写り込んでいる。

懐かしいなあ!

***

もう大昔なので、記憶は曖昧な所もあるが、初めて参加したレッスンは、確かローリーイネステイラーさんも講師として参加されていた、ダウンリバーのレッスンであったと思う。

この資料は昔、ある自動車メーカーのホームページにあった、ローリーイネステイラーさんの記事。
当時、彼はプロシードマービーというSUVのカタログに出ていたので、その関係でこんな記事が出されていたのであろう。

有り余るほどの時間がある今、このブログを書くのに昔の資料を探していて見つけた貴重な資料である。

***

カヌーの里おおちの下流にある、赤塚発電所の排水口付近の瀬を中心に実施された、川下りの練習。

家から持参したフジタカヌーSG-1でこのツアーに参加し、憧れのローリーさんを含むスタッフの方に、初めての川下りを教えていただけるというとても幸せな時間であった。

今思うと、それほど激しい瀬ではなかったと思うが、何せ初めてのダウンリバー。
江ノ川の本流に、左から合流してくる発電所からの排水が合流し、波が高くなっている瀬。
安定性が高いフォールディングカヤックとはいえ、今からそこに突入するのだと思うと、『ドキドキ、ワクワク』

本流に乗って下り、瀬では左舷を波に食われないように体重を右に掛けながら、必死にパドリングして漕ぎ抜け、右側のエディに入る。
エディを使って上流に戻り、再び瀬を下ることを、何度か繰り返した。

その何回目かに、気が緩んだのか左舷を波に食われ、いきなりの『沈!』
何が起こったのかも分からないまま、パドルを手離さないようにだけ気をつけてコックピットから抜け出し、カヤックに掴まって流される。
流れが弱くなったところまで来ると、スタッフの方にレスキューしていただき、河原へ。

カヤックの水を抜きながら、『人生初の沈です』
ローリーが、『これでカヤッカーとして一人前だね』
全身ズブ濡れではあったが、なんだか爽快な気分であったことを覚えている。

***

当時、カヌーの里おおちでは、冬から春の間に、1年間のスケジュールが郵送で送られてきた。

参加人数が限られていて、人気もあったので、予定を確認し、すぐに電話でいつくかのツアーやレッスンを申し込んでいたことを覚えている。

当時は、江ノ川の上流から河口までを、何回かに分けて漕ぎ下るという尺取虫方式の川旅企画があったり、ローリーイネステイラーさんや堀田貴之さんと下る川下り旅があったり、秋になると江ノ川を登ってくるサケ(鮭)を見に行くツーリングがあったりと、とても充実した企画が満載であった。
そして、江ノ川をサケが登ってくるというのを知ったのも、ここのツアーがあったからこそである。

***

次第に川下りも楽しくなり、ダンサープロラインを入手して、江ノ川のツアーに参加したり、錦川を下ったりもしていたあの頃。

江ノ川の河口を目指す旅など、下流でのキャンプツーリングでは、スペクトラムにキャンプ道具を積んで参加もしていたなあ。

河口に到着したら、暴風雨になり、タープの下に避難したことも、懐かしい思い出である。

この時のタープは、確かスタッフさんが持っていたタルサタイムのムササビウイングだった。
堀田さんが江ノ川に来られていた関係で、カヌーの里のコアなお客さん達の間では、ムササビウイングタープが定番であった。

うちにも、あまり使っていない当時のムササビウイングタープがあり、先日引っ張り出してみると、加水分解が始まっていたようなので手入れをしたところ。

この事態が収まったら、初期のムササビウイングタープを張って、のんびりまったりキャンプ旅を楽しみたいものである。

***







***

独学で始めた俺のカヤックライフに、川下りのテクニックやノウハウ/経験を加えることができたのは、カヌーの里おおちのおかげである。
また、ローリーイネステイラーさん、堀田貴之さんなど、当時の憧れのカヤッカー/カヌーイストの方々から様々な考え方を教えていただき、影響も受けた。

その後、瀬戸内や日本海での尺取虫方式の旅を行ったのも、ローリーさんの日本一周旅のお話を伺った影響が大きいようにも思う。

***

江ノ川では、のんびりと下るキャンプツーリングも楽しめるし、




大雨の後には、激流下りも体験できる。




***

有り余るほどの時間を使い、昔の資料を引っ張り出し、懐かしく思い出しながらそれらを眺め、自分のカヤックライフを振り返る。
たまにはこんな時間も、良いもんだ。

瀬戸内シーカヤック日記: カヤック事始め・1992年

2020年04月25日 | 旅するシーカヤック
時々、人に訊かれるのが、『カヤックを始めた切っ掛けは何なのですか?』という質問。

『もう20年以上も前なんで記憶は曖昧なんですけど、カヤックに乗ったこともないのに中古のカヤックを買って、いきなり乗り始めたんですよ』
『アウトドア雑誌か何かでカヤックの記事を読んで、これに乗ってみたいと思っていたんじゃあないですかね』

***

1992年の冬、まだそれほどもらっていなかったはずのボーナスが、様々な支払いをしても、なぜか10万円ほど余裕ができたのだ。
『ねえ、このお金でカヤックを買ってもいいかな?』と妻に相談し、快諾してもらったことを覚えている。

***

1992年の冬のある休日の朝。
当時はキャンプを中心としたアウトドアブームだったからか、なぜか呉市内にもアウトドアショプがあり、当時乗っていたスペクトロン(ボンゴワゴンのFordバッジ車)でそのお店を訪れた。
俺の記憶では、そのお店の名前は『30(サンマル)』

俺より少し年上の店長さんに相談すると、中古のフォールディングカヤックがあると言う。
広島のラジオ局のアナウンサーの方が使っていたという、フジタカヌーのSG-1。

木製パドルやパドルフロート、ビルジポンプ、ライフジャケットなどもセットで、どうやら予算に入ったので、『じゃあ、これにします』

***

組み立て方、漕ぎ方を教えてもらうことになり、まずは店の前のスペースで、組み立て方を教えていただいた。
その後、近くの河口に移動。
フォールディングカヤックを水に浮かべ、乗り込み方から教えてもらう。

『こうやってパドルのこちら側でカヤックを、そして反対側で岸を支え、重心を低くして乗り込んで下さい』

緊張の一瞬ではあったが、無事にコックピットに収まった。

『じゃあ、漕いでみましょう』ということで、店長さんはポリ艇で先行しつつ、パドル捌きを教えてくださる。
今でこそ言えることだが、カヤックの漕ぎ方なんて教えることはほとんどない。
夏のシーカヤック教室でも、子供達にはパドルの持ち方や動かし方を簡単に伝えた後は、海の上で実際に漕いでもらうことが何より上達してもらうコツ。

***

水の上に浮かび、しかもこんなに水面に近いという、初めての感覚。
パドルを水面に差し込み、引いてくると、『スーッ』と音もなく滑らかに進む気持ちの良さ。
センターラインも信号もない水の上を、俺が行きたい方向に思い通りに漕ぎ進める自由さと開放感。

『ああ、俺が求めていたのはこれだったんだ!』

これまで乗ったこともないのに、試乗すらせず10万円出して中古のカヤックをいきなり買ったのだが、これぞまさに『運命の出会い』を感じた瞬間であった。

***

小一時間程度のレッスンを終え、カヤックから降りると、中に水が入っていた。
『ああ、これは底に穴が開きましたねえ。 戻って修理しましょう』
川底の石の角で擦ったようである。

ショップに戻り、カヤックを裏返して穴の位置を確認し、リペアの方法を実地で教わった。
初期の段階で、フォールディングカヤックには穴が開くものだし、それを自分で修理しながら使うものだということも肌で感じることができたのは、良い原体験であったと思う。

カヤックを折り畳み、スペクトロンの荷室に収納して、家に戻った。

***

お昼ご飯を食べると、妻と3歳の長男を連れて、海水浴場へ。
『狩留賀海水浴場』
当時は今のように整備される前で、冬の海水浴場はひと気もなく、静かな芸予諸島の片隅である。

俺は車から下ろしたSG-1を組み立て、ビルジポンプとパドルフロートをセットし、ライフジャケットを着けて海へ。
買った初日から、ダブルヘッダーのシーカヤックツーリングである。

家族は浜で遊んでいてもらい、俺は初めての海の上で、これ以上ない自由な時間を堪能した。

『ああ、俺が求めていたのは、本当にこれだったんだ!』

この日以降、土曜日になると出艇できる浜を探し、家族は浜で遊んでいてもらって、俺は海の散歩を楽しむという日々が始まった。
そして土曜日にカヤックで海を漕ぐと、日曜日は疲れが出てゆっくりしていたという、今では考えられない状態でもあったのを、懐かしく思い出す。
そう、俺が29歳、長男が3歳の冬である。


時には、まだ小さかった長男を前に乗せて、漕ぎだすこともあったなあ。

***

あれから28年。
シーカヤック旅を通じて様々な出会いがあり、様々な経験をさせていただいた。
まさに、『人生に必要な事は、海旅が教えてくれた』と言っても過言ではなかろう。

有り余るほどの時間がある今、時々これまでのシーカヤックライフを振り返ってみようと思っている。

***


この写真は、そのようにして遊んでいた時、偶然海の上で出会ったシーカヤッカーさんが、持っておられたポラロイドカメラで撮影し、海の上でそのままいただいた、当時の貴重な写真。
当時はフリースはもちろん、パドリングウエアはそれほど普及しておらず、今では考えられないようなリスキーなウエアリングで冬の芸予諸島を漕いでいたことがわかる。

瀬戸内シーカヤック日記: 強風の週末は、YB125SPで『とびしま海道』展望台&農道堪能トレッキング・キャンプツーリング

2020年03月21日 | 旅するシーカヤック
2020年3月20日(金) この週末も、晴れではあるが風が強い予報。
ということで、すぐにシーカヤックやSUPは諦め、このような天気用に手に入れているYB125SPにキャンプ道具一式を積み込んで、家を出る。

今日のとびしま海道は、天気予報通りの強風。

それでも、キャンプ道具をパッキングした原付二種の中華バイク・YB125SPで、トコトコと風を受けながら、のんびりまったり走り抜ける。


***

まずは、豊島の展望台へ。

狭い農道を走るので、軽自動車かバイクでないと、なかなか行く気がしないロケーション。

それでも、ここには行く価値がある!

芸予諸島の絶景が、堪能できるスポットなのだ。


***

再び狭い農道を走り、海沿いへ。

今日のキャンプ地に到着。

まずは、ビールで独り乾杯!

今回は、かなり前に手に入れていたが使っていなかった、キャンプ用の割れないグラスを持ってきた。

お昼ご飯は、『呉の味噌ラーメン』

***

強風の岡村島。

今日は、とてもじゃないがシーカヤックは漕げないなあ。

大荒れの芸予諸島。

***

こんな日は、キャンプ地でのんびりまったり、本を読む。

まずは、夏目漱石の『二百十日』
懐かしいなあ!

シェラカップでつまみを温めながら、ビールをグビリ。

ビールを飲みながら、本をパラリ。

夜は、家から持参したオカズや食材で、簡単にすませる。

風は強いが、気持ちの良い景色を眺めながら、独り静かに楽しいひと時である。

***

夜中は風が落ちていたものの、日が出る頃から、再び風が強くなってきた。

これでは、連泊する気も失せ、農道トレッキング・ツーリングを楽しむことに。

まずは、岡村島の展望台。

ここも、お気に入りのスポットの一つ。

ただし、狭くて急峻な農道なので、大きな車では無理な場所。


***

今日は時間はたっぷりあるので、展望台と農道をめぐる旅を楽しむ。

御手洗へ。

風は強いが、晴れて眺めは楽しめる。

最近、TVのCMでも使われている場所である。


***

これまで行ったことがない場所にもトライ!
狭い農道を登っていくと、こんな絶景が。

直前に訪れた定番観光スポットでは、橋が一つしか見えないのだが、ここからは二つの橋を一望することができる絶景ポイント。

島の農道は、こんな風に山の中を空へ海へと縦横に走っており、中には行き止まりになる道もあるのだが、まさに探検気分で見ているだけでワクワクしてくる。

***

大崎下島の展望台。

ここも、狭くて曲がりくねった道が続くので、クルマでは来たくないスポット。


***

次の島を目指していると、途中でオドメーターが。。。

今回の旅で、ようやく1万キロを達成。
シーカヤックやSUPの旅がメインなので、バイクの出番は少ないのだが、とびしま海道やしまなみ海道で遊ぶには、小回りが効き、橋の通行料金も安い原付二種は最強の道具である。

農道を、トコトコと流す。

桜の季節。


***

蒲刈でも、初めての道にトライ。

『へえ、こんな場所があったんだ』 知らなかったなあ。

前から気になっていたスポットへも。

いやあ、とびしま海道の農道トレッキング・ツーリングは最高に楽しいな。
これからは時々、農道散策に出かけることにしようか。

***

風の吹くまま気の向くまま、フラリ風来坊の生涯不良の旅するサラリーマン・シーカヤッカー。
さて、来週はどこ行こう?

瀬戸内シーカヤック日記: YB125SPで『とびしま海道』野宿旅

2020年03月14日 | 旅するシーカヤック
2020年3月13日(金) 今日は、いつもより少し早めに仕事を切り上げ、夕方から、愛車であるヤマハバイクのYB125SPで家を出る。
明日からは雨や風の予報なので、せっかくの週末を、野宿旅で楽しもうという魂胆。

***

とびしま海道を、トコトコと125ccのバイクでのんびりまったりと走り、岡村島へ。

明日は風が強く、雨も降る予報だが、今日の夕方はまだ快適な旅日和。


***

世間は新型ウイルス騒ぎでなんだか心が浮き浮きしないのであるが、ソロでの野宿旅であれば、余計な心配もなく、心置きなく週末を楽しめるというものである。

早速、晩御飯の準備。
まずはビールで、独り乾杯!
『プシュッ』 『トクトクトク』 『シュワワワ、ワワワー』
『グビリ、ぐびぐび』 『プハーッ、美味い!!!』

ビールを飲まんとや産まれけむ。

***

まずは、家から持参した、パックのおでん。

その後は、牛すき風うどん。

これが、生卵を落として啜り込むと、なんとも美味いのである。


***

少し風はあるが、誰も居ない静かなとびしま海道。

海辺の野宿は、その景色が最高のおつまみとなる。


***

夜になると、持参した小型コンロに炭火を入れ、股火鉢状態で暖をとる。

そして焼酎をグビリ。






最高の週末の夜。 『これ以上、何が要る?』





***

翌朝は、テントの中で本を読んでいると、雨の降り出した音が。。。
『え、今日は朝から雨の予報だったっけ?』

いつもよりはゆっくりとテントの中で過ごし、起きだすと、床が濡れる前にテントやシュラフを片付けた。

雨雲レーダーの予報によると、9時頃までは雨が降るようだ。

『じゃあ』ということで、のんびりモードに切り替え、まずは朝ごはん。

今日の朝は、カップ麺の天ぷらそば。

食事を終えると、再びお湯を沸かしてコーヒーを楽しみつつ、本を読む。

今朝は、最近ハマっている『木枯らし紋次郎』を読み終え、次は森村誠一の『タクシー』

***

9時前には雨が小降りになり、荷物をパッキングしてお世話になった場所を離れる。

荷物満載の、野宿仕様のYB125SP。

この週末旅で、走行距離はようやく9,900km。

***

風の吹くまま気の向くまま、フラリ風来坊の生涯不良の旅するサラリーマン・シーカヤッカー。
さて、来週はどこ行こう?

瀬戸内シーカヤック日記: しまなみ海道_大三島でSUP漕ぎ&生口島一周自転車漕ぎの一泊旅 & 江田島絶景ドライブ

2020年03月07日 | 旅するシーカヤック
2020年3月6日(金) このところ週末になると雨が降ったり風が吹いたりと、なかなか外遊びができずにいたが、この金曜日は高気圧に覆われて快晴の予報。
木曜日までに仕事を片付け、金曜日は有給休暇をとって、しまなみ海道へ一泊二日のSUP&バイクの旅へ。

***


初日は、大三島でSUPを漕ぐため、いつもの浜にやってきた。

今日は、予報通り絶好の漕ぎ日和。

マツダ6からコットを取り出し、SUPを漕ぎだす準備に掛かる。


***

さすが3月。 気温も高くなり、漕ぎだす前にも心がウキウキとしてくるのを感じる。

誰もいない海に、独り静かに漕ぎだした。

海は澄んで、素晴らしい春の芸予諸島の眺め。

これまた久しぶりのSUPの漕ぎ味を楽しみながら、のんびりまったりパドリング。


***


浅瀬に来ると、海がキラキラとなんとも言えない光と影の演出。






***

今日は、1時間ほどのお散歩パドリングを楽しむことができた。
SUPとパドル、道具を、持参した水で潮抜きし、乾かしている間にお昼ご飯。

このアナゴ飯弁当が、500円で素晴らしいコストパフォーマンス。

快晴の浜と瀬戸内の景色を楽しみながら食べるお弁当は、最高のランチである。
これ以上何が要る?

***

大三島から生口島へ移動。

海沿いの絶景の中を、気持ちの良いドライブである。


***

今日お世話になる宿に入り、荷物を置くと買い出しへ。

地元の神社にお参りし、旅の安全と健康をお見守りいただくよう、お願いした。


夜は、部屋で買い出してきたお弁当とビール。

ウイルス騒ぎで、旅先で飲みに出かけるのを控えないといけない状況が、少し寂しくもある。

テレビを見ていると、瀬戸内特集の番組をやっており、生口島のレモンも紹介されていた!

***

翌朝は、自転車を漕ぐ。

カウンタークロックワイズで、生口島を一周することに。

少し風はあるものの、人も少なく快適なペダリング。

走っていると、道端に落っこちているレモン。。。

ふと海を見ると、波間に浮かぶミカン。。。

さすが、柑橘のしまなみ海道だなあ!

生口島一周、約23km。
ちょうど良い、朝のお散歩ペダリング。

***

日曜日は、妻とロードスターで展望台ドライブ。

江田島の、お気に入りのスポットへ向かう。

人混みを避け、芸予諸島の絶景が楽しめる展望台。

空は晴れて、気持ちの良い春の休日。


少し離れたスポットへも足を伸ばしてみる。

こちらは、テレビCMで有名になったとのことで、今日も何組かの家族やカップルが訪れていた。

最初の場所に戻り、芸予諸島の絶景を二人占め。

途中で買い込んできたお弁当でお昼ご飯。
今日もまた、絶景ランチを楽しむことができた。





***

今週末は、快晴の絶景のなか、久しぶりにSUPと自転車、そして絶景ドライブを楽しむことができた。
感染症騒動で、なかなか自由に身動きが取れない状態が続いているが、ソロでのキャンプ旅など、様々リスクヘッジしながら人生を楽しんでいきたいものである。

風の吹くまま気の向くまま、フラリ風来坊の生涯不良の旅するサラリーマン・シーカヤッカー。
さて、来週はどこ行こう?