あるくみるきく_瀬戸内シーカヤック日記

瀬戸内を中心とした、『旅するシーカヤック』の記録

『芸予ブルー』_テーマカラー of 印象派_”瀬戸内シーカヤック日記”

瀬戸内シーカヤック日記: 小春日和の瀬戸内お散歩ツーリング

2010年02月28日 | 旅するシーカヤック
2010年2月28日(日) キャンプツーリング派の私だが、今年に入ってからは『旅する櫂伝馬プロジェクト』の準備などが土日に入る事があり、日帰りツーリングが多くなっている。
でも今年の First Priority は、なんと言っても『旅する櫂伝馬』 その準備の間を縫って、のんびりと海の散歩を楽しむ事にしよう。
***
今日は、いつもよりほんの少しだけ早く家を出た。 出艇予定地に行くと、思ったより風がある。 漕ぐのに全く問題ないレベルだが、海が少しザワつき、なんだか気分が乗らない。
私の場合は、シーカヤックで気持ち良く海を楽しむのが目的であり、決してトレーニングや鍛錬ではないので、天気が良くて、かつ気分が乗らないと海に漕ぎ出す気がしないのだ。

ここがこうなら、あそこは穏やかだろうと、これまでの経験から目的地を急遽変更。
行ってみると、目論見通りの穏やかな海。 早速準備をして出発だ。 
 
小春日和の快晴の海。 穏やかな瀬戸内海を、のたりのたりと漕ぎ進む。
 
お気に入りの浜に上陸し、流木を利用してベンチをしつらえ、浜に転がっている木箱をテーブルにして、ストームクッカーをセットする。
***
まずは、お湯を沸かしてコーヒーをいれる。
  
透明できれいな海を前に飲むコーヒーは、たとえそれがインスタントであろうとも、最高の気分である。
浜を散策したり、海を眺めたり、写真を撮ったり。 最高の快晴に恵まれた、一人きりのプライベートビーチで、のんびりまったり。

再びストームクッカーに火を入れ、お湯を沸かしてカップラーメンとおむすびのお昼ご飯。 『ごちそうさまでした!』
***
再び漕ぎ出し、透き通った海を堪能しながら、出発した浜に漕ぎ戻る。 それにしてもこの澄んだ海と白い浜。 本当に瀬戸内海なの? って感じである。
こんなきれいな海が地元にあるなんて、シーカヤッカーにとっては、とても幸せな事なのじゃないだろうか。

この週末も、旅する櫂伝馬の準備&日帰りツーリングと、なかなか充実した二日間であった。 これで、また明日から頑張るパワーが充電できたようだ。

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瀬戸内シーカヤック日記: 阿部真央&SAKURA

2010年02月28日 | Weblog
最近ハマっている、阿部真央とSAKURA。 ストライクゾーンど真ん中!
通勤のロードスターで、そして出艇地へと向かうアテンザワゴンで、超ヘビーローテーション。

以下、Youtubeへのリンク。

*** 阿部真央 ***

初めて彼女の歌を聴いた時に走った衝撃! 高校生の頃、佐野元春を初めて聞いたときの感動が蘇ってきた。 ほんと、鳥肌ものの歌も多い。
アルバムを聴くと分かるけれど、まだ二十歳だというのに、ほんとうに多くの引き出しを持った、才能溢れる歌い手。 凄いの一言である。

阿部真央_伝えたい事

阿部真央_少女A

阿部真央_貴方の恋人になりたいのです

阿部真央_ふりぃ

*** SAKURA ***

大人の雰囲気と味を持ち、声にパワーを感じる。 美しい瀬戸内の海を前に、独り静かにiPodで聴くと、なんとも言えない心地良い世界に引き込まれる。

SAKURA_コエヲキカセテ

Def Tec_いのり Feat. SAKURA In Memory of YONOSUKE SAKUMA
かつて瀬戸内カヤック横断隊に参加して数日間一緒に漕ぎ、そして一緒に語った、洋之介君に捧げられた歌。

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瀬戸内シーカヤック日記: 旅する櫂伝馬_阿賀の御漕船

2010年02月27日 | 旅するシーカヤック
2010年2月27日(土) 今日は、朝から地元の漁協へ、旅する櫂伝馬プロジェクトに関わる相談に行ってきた。
約束の時間に漁協の事務所を訪問し、組合長さんに挨拶させていただく。

プロジェクトの背景や現在までの準備状況、今回訪問した目的である、お願いしたい事をお話しし、それを快諾いただいた後は『御漕船』の話を聞かせていただいた。
***
写真を見せていただきながら、組合長さんから地元の伝統的な船についての貴重なお話を伺う。

『押し舟だと言う事ですが、何丁櫓なんですか?』『ここの漕ぎ船は六丁櫓。 昔から宮島の管絃祭に出す船は、ここの漕船と、江波の櫂伝馬いうことに決まっとる』

『昔から管絃祭では、阿賀の漕船と江波の櫂伝馬が競漕して喧嘩するくらいの勢いで競いよった。 そら、ほんまに本気の競漕じゃったよ。 じゃが、もう何年も前からそがなことはやめて、スピードを合わせて漕ごうや、いう感じになっとる』

『江波の方は櫂伝馬の保存会が続けよるが、阿賀じゃあ漁協が続けよる。 今でも8割から9割は漁協関係者』 『昔は、阿賀の四つの地区が毎年交代で管絃祭に出しよったいうことじゃが、わしが知っとるころにはもう全部漁協関係者でやることになっとった。 じゃけえ、漁協で請け負うようになったんは、もうかなり昔じゃろう』

『幸いな事に、まだまだ若い人も入ってきよる。 今は、20代から60代くらいの人が管絃祭に参加しよるよ』

***

櫂伝馬プロジェクトに関わる相談については了解いただき、漕船についての貴重なお話も伺うことができたので、『この度はありがとうございました。 では、当日またよろしくお願いいたします』と挨拶して事務所を辞そうとしたら、『あんたあ、せっかくじゃけん、船を見て帰るか?』

『ありがとうございます。 ではぜひ』ということで、倉庫に案内していただき、管絃祭に出すという漕船を見せていただいた。

***

『あーこれですか。 まだ、比較的新しいですね』 『そう、これは確か平成10年頃に新造したんよ』 『まだ、この船が造れるところがあるんですか?』 『今じゃあ分からんけど、あの時は江田島で作ってもろうた』

『管絃祭には、この二艘を出すんよ』 『昔は漕いで行きよったらしいが、最近は船で引っ張って行く』
そうか! 当然の事なのだが、動力船がなかった昔は、阿賀から厳島まで櫓を押して行っていたんだ! うーん、これは。 ”旅する櫂伝馬”の意義を再確認。

『ここは、漕ぎ手がみんな漁師じゃし、何年も経験しとる漕ぎ手ばっかりじゃけえ、管絃祭の時も、特に練習なんかせんでも大丈夫なんよ』

『六丁櫓じゃけど、本番じゃあ一艘に二十人くらい乗って、交代で櫓を押す』 『櫓は、艢(とも)が一番大事じゃ。 艢の櫓が一番長くて大きゅうなっとる。 あれは、舵の役目もあるからの。 櫂伝馬じゃあ舵は大櫂が受け持つが、漕船じゃあ漕ぐのと舵が一緒じゃけん。 じゃけえ艢の漕ぎ手は、一番の経験者が押す事になっとる』

***

『この船は、新造する時に少し大きゅうしてもろうた』 『子供らがこの船の上で舞うんじゃが、安定性がないと危ない。 それに、御座船を引っ張る役目が有るが、ある程度重量があった方が、御座船を引っ張る時にスピードが乗るんよ』
『一艘だけで漕ぐ時には軽い船の方が速いが、他の船を引っ張る時には、重い方が船足がのる』 『なるほど!』

組合長さんから、地元の貴重な御漕船のお話を聞かせていただいた、とても興味深く、かつ至福の一時。
帰りには、事務の方から『阿賀の御漕船』に関する資料のコピーをいただいた。

*** 以下、その資料から抜粋 ***

厳島神社最大の祭『管絃祭』は、毎年旧暦の六月十七日に行われます。 美しく飾られた御座船が、雅楽を演奏しながら三隻の漕船にひかれていく華麗で豪快な海の祭典『管絃祭』は、日本の三大船祭りの一つにもなっています。
そして、その祭りの花形の漕船の二隻を受け持つのは、必ず阿賀の町の船と決まっているのです。
(中略)
三百年の間には大きな戦争が何度もありました。 阿賀の町に爆弾が落ちた事もあったのです。 祭りには多くの費用がかかるのに、その日の食べ物に困る時代もありました。 祭りの時は何日も仕事を休まなくてはいけません。 櫓が漕げる人が減ってきているという問題もあります。 しかし、阿賀の人々は、知恵を出し合い、力を合わせて、困難を乗り切り御漕船を出し続けてきたのです。

御漕船は長さ約10.3メートル。 昔ながらの和船です。 エンジンはありません。 約5.8メートルの櫓、六丁で漕ぎます。
(中略)
阿賀の漁師の家に育った女の人は、『子供が産まれたら采振をさせたい』と思うそうです。
采振をした子は、『十五、六才になったら、水夫になって櫓を漕ごう』と考えるそうです。
こうして御漕船の役目は代々受け継がれ、今では『阿賀の御漕船が来なければ管絃祭が始まらない』とまで言われるようになっているのです。
今年も再来年も、阿賀の町からは、宮島へ、二隻の御漕船がはなやかに出発していくことでしょう。

*** 引用終わり ****

まさにここに書いてある事こそが、海洋文化の伝承であり、次世代を担う若手の育成そのものではないだろうか!

初めて詳しいお話を伺うことができた地元阿賀の御漕船、そして縁あって関わる事になった大崎上島の旅する櫂伝馬プロジェクト。 なんだか今年はワクワクする事が多い。 ほんとうに楽しみだなあ!

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瀬戸内シーカヤック日記: 期間限定、雛祭り仕様の芋菓子『でんぷんあられ』買い出しキャンプツーリング

2010年02月22日 | 旅するシーカヤック
2010年2月21日(日) 月曜日に有給休暇が取れたので、日月で『しまなみ海道』にあるお気に入りのしま、生名島へキャンプツーリングに行く事にした。
今回の目的は、岩城島にある『タムラ食品』さんに以前買い出しに行った時に伺った、『雛祭り期間限定の芋菓子』の買い出しである。
***
買い出しがメインだから、ツーリングの本番はタムラ食品さんが稼働する月曜日。
と言う訳で、日曜日は昼から近場をのんびりとお散歩ツーリング。
 
お気に入りのキャンプ場の目の前の浜から漕ぎ出し、いつものコースを漕ぎ進む。
 
空は快晴で風も弱く、気温は高い。 今日は、化繊のアンダーウエアの上にフリースの長袖シャツを着て、その上にPFD。
スカノラックも手袋も不要である。 まるで春のツーリングの様な気楽さだ。
 
のんびりまったり、約1時間ほどのパドリングを楽しみ、浜へ戻ってきた。
 
カヤックを運び、着替えると、いつものようにお借りした自転車で立石港まで行き、フェリーで因島へ買い出しへ。

夜は、通い慣れたお気に入りのキャンプ場で、独り静かにビールを飲み、まったりとした時間を堪能。

*** 2010年2月22日(月) ***

朝起きると、少し雲はあるが、風はなく気温も高い。 今日は、予定通り買い出しに行けそうだ。
親子丼と味噌汁の朝ご飯を済ませ、コーヒーをゆっくりと楽しむと、着替えて8時半に生名島の浜を出発した。

生名島から岩城港までは、横断隊ペースで約1時間弱。 休憩無しで一気に漕ぎきるのにちょうど良い距離である。
 
今日は、期間限定の『雛祭り仕様芋菓子』を買ったらすぐに引き返すつもりだったので、PFDとスプレースカートを着用したままの姿でタムラ食品さんへ。

工場に入り、販売コーナーをチェックしたが、いつもの芋菓子しか見当たらない。。。
そこに居られた仕事中のおばちゃんに、『すみません。 雛祭りの期間限定の芋菓子があるって聞いてきたんですが』
すると、『あれはねえ、もう終わったんよ』

ガーン!!! えー、今日はこのためだけに岩城に漕いできたのに。。。 ショックである。 1月半ばに電話した時は、1月の最終週から作ろうと思っていると聞いていたのだが、本当に超短期間の限定生産なのだなあ。

『そうですか』と肩を落としていると、『もしかしたら、ターミナルの売店か、JAのスーパーには残っとるかもしれんよ』と教えて下さったので、行ってみることとした。
カヤックに戻り、PFDとスプレースカートを脱ぐと、急いで港へ。
***
スーパーはまだ空いていない。 ターミナルの売店に行ってみたが、やはりお目当ての品は見当たらない。
地元の岩城島でも人気だと聞いていたので、やはり売り切れか。。。

仕方ないなあと思って、カヤックに戻ろうと歩きながら、ふとスーパーのブラインドの隙間から店内の芋菓子販売コーナーを覗いてみると、

『あー、ここに有ったあ。 これや、これこれ!』
***
近くに居られた方に、開店時間を聞くと10時だとのこと。 まだ20分ほどあるが、これを買わないと、今回漕ぎに来た意味がない。

ターミナルに戻り、売店で温かい紅茶と『レモンケーキ』のカットを購入して、休憩しながら開店を待った。
***
10時になると、すぐにスーパーへ。 一目散に芋菓子コーナーへ行くと、残りはわずか数袋。 あー、良かった!
岩城島に残る最後のロット、4袋を購入。
 
帰路は、空も晴れて気温も上がり、快適なパドリングを楽しんだ。
 
雛祭り期間限定芋菓子、『でんぷんあられ』買い出しキャンプツーリング。 一時はどうなることかと思ったが、なんとか今回のミッションを無事終了。 ホッ。

*** 帰りには ***

帰りには、少し遅いお昼ご飯になるが、太華園でラーメンを食べて帰ろうと竹原へ。
太華園へと向かう交差点を右折したとき、ふとブログに頂いたコメントを思い出した。 たしか、太華園のすぐ近くにあるお好み焼き屋さんがおススメだとか。 せっかくだから寄ってみようと、御幸さんへ。
 
メニューを見ると、日本一の火力で焼くのが特徴だとか。 今回は、これまた期間限定のカキ入りを注文し、おいしいお好み焼きを堪能した。 ごちそうさまでした。 次回は、純米吟醸たけはら焼きも食べてみたいものである。
三原マンさん。 情報いただき、ありがとうございました。

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瀬戸内シーカヤック日記: カヤックが結ぶ縁_食事会&壮行会

2010年02月20日 | 旅するシーカヤック
2010年2月20日(土) 今日は、夏のシーカヤック教室でお世話になっている施設から、『食事会&壮行会』にお招きいただいた。
ゲストの名目は『シーカヤック講師』 サラリーマンカヤッカーなのに、なんだか少し恥ずかしい。
***
久し振りの訪問。 寮長先生や職員の方々、シーカヤック教室に来てくれた子供達に挨拶を交わし、食事会がスタート。
 
今回のイベント用に作られた掲示板には、シーカヤック教室の写真も張り出されていた。 うれしいな!
***
いくつかの班に分かれ、子供達と一緒になって食事を作る。 タマネギの皮を剥いたり、卵を割ったり、ネギを刻んだり。
最高の天候の下、ワイワイガヤガヤ楽しい一時。
 
私はチャーハン担当。 二人の子供達と一緒にバーベキューコンロにおいた大きな鉄板の上でひたすらチャーハンを炒める。
 
炭火の煙に涙を流しながら3回に分けて炒め続け、なんとか大量のチャーハンが無事に完成した。
試食した子供達には、『これヤバい。 すっげえうまい』と大好評!
***
他の班も完成し、お茶やジュースで乾杯して食事が始まった。
チャーハン、スープスパゲッティ、サラダ、焼そば、豚汁、桜餅、桜色オムレット、チーズハンバーグなどなど、色とりどり、多種多様なメニューを少しずついただく。 うーん、どれもおいしいな。
地域の方や職員の方々、子供達と会話を楽しみながらの食事は、ほんとうに楽しい一時。 ごちそうさまでした。
***
食事の後は、お茶会。 子供達がお菓子とお茶を運んで来てくれる。 久し振りの薄茶。 おいしいさも倍増。
 
お茶会が終わると、記念撮影、そして『壮行会』
壮行会は、今年高校を卒業し、この施設を巣立って行く3人を送る会である。 このうちの一人は、夏のシーカヤック教室にも来てくれたので、感慨深い。

子供達からの贈る言葉。 巣立って行く3人からの挨拶。 職員の方々から語られる想い出。
時にしみじみと、時に笑いもあって楽しく、そしてなにより3人が頼もしく思えてとても良い壮行会であった。 お招きいただいて本当に良かった。

次世代を担う子供達こそ、なにより大切な宝物。 子供達が将来に希望を持って、元気に夢や目標に向かって挑戦していけるような社会でありたいものだ。
***
寮長さんには、『旅する櫂伝馬プロジェクト』の事をお話しして応援をお願いした。 また複数の職員の方からは、今年も『夏のシーカヤック教室』をやりましょう、と言っていただけた。 うれしいことである。
今年の夏も楽しみだなあ。

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瀬戸内シーカヤック日記: 『旅する櫂伝馬』の原点

2010年02月14日 | 旅するシーカヤック
大崎上島の『旅する櫂伝馬プロジェクト』の準備が、徐々にではあるが進みはじめた。

古来、櫂伝馬は、伝令船として瀬戸内の島々を結ぶ情報ネットワークの要となる、重要な役割を果たしていたはずである。
大崎上島は、日本に現存する櫂伝馬の半数近くを保有し、また地域の祭礼の神事として櫂伝馬競漕の行事を受け継いできた。 しかしながら近年、櫂伝馬行事を支える若手の不足による、伝統文化の後継者問題が顕在化している。 今回のプロジェクトは一回限りのものにするつもりはなく、この旅する櫂伝馬プロジェクトを通じて、櫂伝馬行事の担い手となる若者を支援するとともに結束を強め、また次世代の担い手となる子供達の目標となる様なプロジェクトに育てたいと考えている。
***
『瀬戸内海洋文化の復興、創造そして継承』を実践する、『旅する櫂伝馬』
この原点を思い返すと、『内田隊長(内田正洋さん)』、『ホクレア号』そして『沖縄』の、3つのキーワードが浮かんでくる。

***
2007年4月24日 ゴールデンウイークに引っ掛けて5年振りのリフレッシュ休暇を取り、約半月ほど沖縄を旅している途中、偶然にもホクレア号が糸満に到着したとの情報が入った。
すぐに内田隊長に電話したところ、『糸満のホテルに居るから、来ていいよ』との返事をいただき、クルマを飛ばして糸満へ。 その後数日間、内田隊長やホクレアクルー達と一緒に糸満で過ごしたのだが、その時に初めて『サバニ』の工房を見学し、またホクレア号歓迎イベントでサバニを漕がせていただいた。
瀬戸内 シーカヤック日記: 沖縄編-5日目(2)_はじめての『サバニ』


***
その時に内田さんから、『今、沖縄でサバニレースに関わってんだ』 『古式のサバニはもうほとんど残っていない。 このままいくと、サバニを造れる職人も居なくなってしまう』
『レースの参加者が増えて、サバニの注文が入るようになったら、職人も食べていけるようになるし、伝統的なフネと、それを作る技術が残る』 『シーカヤックもいいが、伝統的な舟の文化を残すのも、俺たちの役割だ』

この話を伺った時、瀬戸内の海洋文化について知識がなかった自分は、『いやあ、まさにその通りだ! 俺もそういう貢献がしたいなあ。 でも沖縄はサバニとハーリー、長崎にはペーロンがあるが、瀬戸内の伝統的な舟って何なんだろう?』と思っていた。
***
その後、ホクレア号が広島に寄港したとき、村上水軍商会も関わって復活させた『打瀬舟』が姿を現した。 『なるほど、こういう舟があったんだ』
ホクレア号と並んだその姿は美しく、威厳さえ感じさせたが、ホクレア号歓迎が最後の航海となった。 残念な事である。
瀬戸内 シーカヤック日記: ホクレア_Welcom to Hiroshima!


***
2008年8月 山口県の祝島で神舞が行われた。 この神舞では、2艘の櫂伝馬が出るのだが、最近は高齢化で漕ぎ手が足りないと言う事で瀬戸内カヤック横断隊メンバーにも声が掛かり、入船、出船の神事で漕がせていただくことができた。
『そうか、櫂伝馬という舟があったんだ』

この入船神事のとき、私は内田隊長の前を漕いでいたのだが、『内田さん、今は漁船で大分まで迎えに行きよりますが、昔は櫂伝馬で漕いでいったんでしょうねえ』 『そうやろうのう。 大分まで30キロちょっとか。 わしらシーカヤッカーが漕ぎ手じゃったら行けるじゃろうのお』 『ほうですねえ。 いやあ、いつかこれで漕いで行ってみたいもんですねえ』
という会話を交わした事を良く覚えている。

ただ祝島では、昔やっていたという競漕も今は行われておらず、またこの櫂伝馬は神様船であるため4年に一度の神舞の時にしか海に出す事はできないとのこと。
***
祝島の神舞で櫂伝馬を漕いだ事を綴ったブログにコメントをくれたのが、大崎上島出身の啓志君。
櫂伝馬をこよなく愛する啓志君は、『櫂伝馬に興味があるのなら、一度大崎上島に来てみませんか?』と、見ず知らずの私を誘ってくれたのである。 これが大きな転機となった。

櫂伝馬も、昔は瀬戸内の島々をつないでいたはず。 瀬戸内の島々を、手漕ぎのシーカヤックで旅している経験から、『旅する櫂伝馬プロジェクト』を提案すると、快く賛同してくれた。

その後何度か大崎上島を訪れ、交流会や打ち合わせを行った。 その過程で、ビジョンや志の共通するF親分とも話をさせていただくようになり、大崎上島一周、約32kmのトライアル航海も無事終えることができた。

***
こうやって振り返ってみると、ホクレア号が日本に到着した糸満でのサバニ体験と、内田隊長がサバニレースに関わる志について伺った事が、原点になっていることがわかる。

そしてその後の、祝島の神舞での櫂伝馬神事への参加、そしてそれをきっかけにした大崎上島の櫂伝馬との出会い。
まさに縁が縁を呼び、人と人とが繋がっていく、これまで何度も経験してきた『偶然を装った必然』を実感している。

『瀬戸内海洋文化の復興、創造そして継承』 まさに今年は実践の年。 艱難辛苦を乗り越えて、是非とも実現させたいと、強く思っている。

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瀬戸内シーカヤック日記: 『エビと魚と人間と』_鶴見良行さん手書き本(編集:森本孝)

2010年02月13日 | Weblog
『あるくみるきく(日本観光文化研究所/近畿日本ツーリスト)』の編集をされ、また『舟と港のある風景―日本の漁村・あるくみるきく』の著者でもある民俗学者、森本孝さんからメールが届いた。

漁村を中心にした『あるくみるきく』を実践された先駆者である森本さんとは、昨年秋に周防大島で行われた宮本常一写真講座でご挨拶させていただいて以来、手紙やメールで何度かやりとりさせていただいている。
***
『エビと魚と人間と_南スラウェシの海辺風景 ~鶴見良行の自筆遺稿とフィールドノート~』

森本さんが編集され、みずのわ出版から3月1日発行予定。

この本には写真が多数掲載されており、鶴見良行さんの記念誌のようなものだとか。
鶴見良行の人生に共感した森本さんは、どうしてもこの本を出したかったとの事。

鶴見良行さんについては、森本さんから教えていただいた『鶴見良行著作集_フィールドノート』を購入して読んで初めて知ったのだが、まさにフィールドワークの実践者。 縦横無尽にアジアを旅し、ビール好きな鶴見さんには、私も共感した。

『エビと魚と人間と_南スラウェシの海辺風景 ~鶴見良行の自筆遺稿とフィールドノート~』も、ぜひ購入して読んでみようと思っている。
興味のある方は、ぜひ、みずのわ出版のHPで確認/注文してみて下さい。

*上記写真は、森本さんのメールから転載したものです。

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瀬戸内シーカヤック日記: 生野島&阿波島_日帰りツーリング

2010年02月07日 | 旅するシーカヤック
2010年2月7日(日) 朝起きると、天気予報通りの穏やかな晴天。 昨日、ドライブから帰ってきた後、すぐにニヤックをカートップして、水や日帰りツーリングセットもアテンザワゴンに積んでおいた。
テルモスに熱い紅茶を詰め、ウエアを着ると、すぐに出発。
***
昨日に引き続き、今日も竹原へ。

私の場合、住んでいる場所がツーリングエリアに近くて恵まれていることもあり、日帰りツーリングの出艇地は、下道で片道1時間以内というのが基本である。 竹原は、家からちょうど1時間弱。
時間が限られた日帰りツーリングでシーカヤックを漕いでのんびり楽しむのに、クルマで何時間も走って出艇地に向かうというのは私には向いていない。 そんな遠くに行くのなら、それがテント泊でも車中泊でも、あるいは民宿泊でも、迷わず一泊二日のツーリングを選択する。

***
今日は風もなく、冬とは思えないほど穏やかな海。 絶好のツーリング日和である。
 
目指すは、お気に入りの『生野島』
この島へは、数えきれないくらい何度も渡り、キャンプツーリングを楽しんでいるが、今日は残念ながら日帰りだ。 
***
昨日のマッサージで体は軽く絶好調。 暖かい日差しを受けながら、気持ち良いパドリングでいつもの浜に到着した。 
 
カヤックを浜に引き揚げ、高台へ。 ここからの景色が好きなのだ!
『いやあ、本当に瀬戸内らしい素晴らしい眺め。 生野島のこの景色は、瀬戸内の宝だなあ』
***
しばし浜を散策していると、なんだか山の木々がザワザワしはじめ、風も冷たくなってきた。 遠くに見える煙突の煙も、海水浴場を出発するときは真っ直ぐ上に登っていたのだが、今は真横に流れ始めている。

『お昼ごはんは、阿波島まで漕ぎ戻ってからにするか』 私の場合、たいした技術やスキルは持ち合わせていないので、風や海の微妙な変化を感じ取ると、臆病なくらい安全サイドの判断をする。
ソロツーリングでの安全確保は、体に馴染んだ信頼できるフネとパドルと安全装備。 そしてなにより、自分の経験と、微妙な天候の変化を感じ取る嗅覚&直感が頼りである。

再びニヤックに乗り込み、向かい風となってすこしザワつく海を阿波島へと漕ぎ渡る。
***
阿波島の浜に到着すると、ちょうどお昼前。
ちょうど良い大きさの流木を運んでベンチにし、ストームクッカーでお湯を沸かしてカップラーメンとおむすびのお昼ごはん。
食後は海を眺めながら、テルモスの熱い紅茶でゆっくりとした時間を過ごす。

海はギラギラと輝きを増しており、風が上がってきているようだ。
 
紅茶の後は、いつものようにビーチコーミング。 今日の収穫は、細かい紋様の入った陶器のかけら、珍しく丸い穴が二つあいた石などなど。
***
のんびりまったりと浜での時間を堪能し、阿波島の岸沿いを漕ぎ上がって出発した浜に戻った。

今日は、休憩を含めて3時間半ほどの日帰りツーリング。 冬としては絶好の漕ぎ日和で、お気に入りの竹原~生野島エリアを堪能することができた。 さあて、次はどこへ漕ぎに行こうか?

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瀬戸内シーカヤック日記: ロードスターで冬のオープンドライブ to 竹原

2010年02月06日 | 旅するロードスター/アテンザ
2010年2月6日(土) BarBourのポーラーキルトショートジャケットを羽織り、ニット帽を被って、指先の出る手袋をはめる。 ロードスターのドアを開けて乗り込むと、いつものようにラッチを外して幌を下ろし、エンジンに火を入れる。

パーキングブレーキを解除し、クラッチを踏んでギアをLowに。 わずかにアクセルペダルを踏み込みながら、クラッチペダルを踏んでいる左足の力を緩め、かすかに伝わってくる振動と音の変化でクラッチのミートポイントを探りながら、やさしく静かに発進した。

走り出してもしばらくは、ヒーターのファンはOFFのまま。 エンジンが暖まり、水温が上がるまでは、ファンを回しても冷風が出てくるだけだ。

5分ほど走ると、水温計の針が徐々に動き始める。 そろそろヒーターを入れても良い頃。 晴れ渡った冬の朝。 風は強いが、温風がコックピットを満たすと、快適な冬のオープンドライブの始まりである!

***

珍しく家に居る土曜日。 今日は、久し振りに妻とロードスターで日帰りドライブ。
県北の温泉を目指していたのだが、北上して西条が近付くにつれて雪が舞い出した。 チェーンを積んでいるとは言え、雪道ドライブはあまり気が乗らない。 急遽、目的地を竹原に変更した。

雪が舞う2号線を東へと走る。 見た目は寒そうなのだが、走っている間は空気の流れがきちんと制御されているので、ヒーターの効いた車室内は快適そのもの。
 
竹原の海水浴場。 風が強く寒い今日は釣り人も少なく、静かで快適である。
晴天の冬の瀬戸内の景色を堪能。
 
***
少し早いお昼ごはんは、お気に入りの『太華園』へ。
 
おいしいラーメンを堪能した後は、町並み保存地区を散策。
どうやら今日から、町のあちらこちらで雛人形の展示が始まっているらしい。 良い雰囲気の残る町並みをそぞろ歩き、雛人形を見せていただいた。
 
↑ ピントぴったり『キドスカープ』

再びロードスターに乗り込み、『かんぽの宿、竹原』へ。
最近疲れがたまっていたので、60分のマッサージを奮発。 頭と肩、首のマッサージの後は、全身マッサージ。 いやあ、最高に気持ち良い。 これぞまさに至福の一時!
その後は、温泉に浸かってゆったりと体を伸ばした。 『いやあ、ここのマッサージ、最高やったわ。 ほんまに体がリフレッシュした感じ。 来て良かったなあ』
***

↑ この写真は、おととしの冬に沖家室へドライブ旅行に行ったときの写真。

凛と引き締まった空気をリアルに感じながら、視界の一部に青空が写り込み、流れる景色と一体化して走るロードスター。
冬のオープンドライブは、最高に気持ち良いなあ。

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瀬戸内シーカヤック日記: 内田隊長&白石島『はらだ(原田)』

2010年02月01日 | 旅するシーカヤック
2010年1月30日(土) 今日は笠岡諸島にある白石島の民宿『はらだ(原田)』へ。
***
1月中旬に、瀬戸内カヤック横断隊の内田隊長(内田正洋さん)から、『今月末は白石島に居るよ』とのメールをいただいた。
昨年の横断隊には諸般の事情から参加していないので、久し振りに隊長にお会いしたいと、白石島行きを決めた。
また、せっかくなので横断隊仲間であるGoさんもお誘いしておいた。 横断隊仲間が集合。 これは楽しみだなあ!
***
 
一人で午前中から白石島入りした。 かなり早いが、せっかくなので白石島でゆっくりとした時間を過ごしたいし、久し振りにお会いする隊長ともじっくりお話をしたいと思っての、早めの島入り。
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民宿『はらだ』のいつもの居間で、初めてお会いする方も含めてのんびりまったりと会話を楽しみ、おいしいお昼ごはんをいただいた。
 
たっぷりと会話を楽しんだ後は、しばし浜に出て、原田さんのお孫さん達と一緒に日向ボッコを堪能。 最高の島時間!

娘さんとお孫さんが散歩に出ると、浜のベンチで隊長と差し向かい。
瀬戸内カヤック横断隊の事に始まり、『旅する櫂伝馬プロジェクト』や『瀬戸内海洋文化の継承について』
そして、シーカヤックに置ける瀬戸内の位置付け。 漁師さん&海洋民族のライフスタイルや価値観、そして歴史。
鉄炭団子の活動、漁業や農業の抱えている問題点。 日本の政治の課題、そして日本のビジョンなどなど。

静かな白石島の浜で、小春日和の日差しに包まれながら、リスペクトしている隊長と差し向かいでの小一時間ほどの深く充実した会話。 隊長のビジョンや思いをダイレクトに感じる最高の一時。 『ああ、やっぱり今日は来て良かった!』

『なんだか少し寒くなってきましたねえ』 『ほうじゃのう。 そろそろ戻って酒飲むか!』
『ええ、もう4時ですからね。 今日は地元の美味い日本酒を買ってきましたから、キュっと飲りましょう』
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夕方からは、Goさんやレ隊長さんも合流しての大宴会!
おいしいお酒が並び、気の置けない横断隊仲間が集まっての、楽しくて熱い最高の一時。

やっぱり、ビジョンや理念を共有できる横断隊仲間は好いものだ! 隊長、今回もありがとうございました。
白石島では、今年はシーカヤックアカデミーを開催するとの事。 また遊びに行きます。

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