tyakoの茶の湯往来

日常生活の中から茶道の事を中心に、花の事、旅の事、そして、本や写真の事など、気ままに書いて見ようと思ってます。

お稽古は「兎と亀」のように

2013-09-18 18:52:09 | 茶の湯
9月18日(水)

台風一過。
秋らしい日差しがたっぷりとふりそそいだ穏やかな一日でした。

朝の散歩を始めて何日になるか今日も行って来ました。
何となく肌寒かったので長袖を一枚羽織って出かけましたが、最期まで脱ぐ事はありませんでした。



小さな秋

散歩道途中の柿木が色づき始め、暑い暑いと言いながら季節は着実に秋に向っております。
住宅に囲まれるようにある小さな田んぼでも稲穂の朝露が、朝日に光輝いておりました。

午後から大学のお稽古ですので行って来ました。

今日は上級生が少なく一年生が多かったので、上級生に任せること無く見てきました。
合宿に参加した人、夏休み中のお稽古にも参加して来る人と、何らかの事情で参加できない人とでは、回数を追うごとに差が開いてしまいます。



シルエットの中で

お稽古は、回数を重ねるごとに上達しますから、こればかりはどうしようもありません。
皆さんが同じペースで上手になってくれるのが一番ですが、中々そうは行きませんので、そこがまた面白いところでもあります。

一回注意すると直ぐに出来る人と、何回も何回も同じ事を繰り返し出来ない人と様々ですが、ある一定の期間が来ると皆が皆同じように出来るようになります。

そう云う時は、「兎と亀」の話をして不安を感じないようにしますが、解かってくれているかどうかは分りません。
もしかしたら、そんな古い話は知らないかも知れません。

今日もそんな例がありました。
私の言った言葉を誰一人知らなかった・・・ショック!!







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2 コメント

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Unknown (SHIP)
2013-09-19 18:29:49
そーなんですよね、習い事というのは師匠についてこそが、いちばんの近道なのは、誰しも分かっているのですが、習い事には、古来「近道」は、100%あり得ない、自らの弱点を師匠に指摘されて、努力の目標ができる、しかし、だからといって、師匠に教えられた通りに、目指す習い事の目標が達成できるか、ということになると、その答えは、「神のみぞ知る」ことなんだろうとワシも習い事をしながら感じています。若い子が教えられたことをいとも簡単に自然に為してしまうことを目にするとワシにはやっぱり素質がないのかなぁ、と愕然とすることは多々あります。ワシの習い事への心構えは、「継続は力なり」これこそがこころの支えでもあります。競争ではない、自らへの納得なんだ、好きこそものの上手なれ、というではないか!と慰めています。ただ、一つでも、一回でも、ずーっと乗り超えられなかった壁をワシなりにある日自分も気づかないうちにできてびっくりすることがあるのも習い事の神秘たるゆえんでもあるなぁー、とこの頃は深まりゆく秋の夕暮れを見ながら、独り言(ご)ちています。
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Unknown (tyako555)
2013-09-19 22:00:32
SHIPさん

コメント有難うございます。
お稽古事には、器用不器用がありますから、早く見極めて伝え方を変えるようにしております。

でも、中々できない子は羨ましいようです。そんなときは「ウサギとカメ」の話をしてやります。

それでも出来ない日が続きますが、ある日突然できるようになるのです。自分でも分からないうちに。
お稽古事は難しいけれど楽しみもたくさんあります。

有難うございました。
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