
22日の徳仁天皇「即位の礼」について、新聞各紙は社説や「識者」インタビュー、連載などで論評しました。そこには重要な共通点があります。
朝日新聞は社説(23日付)で、「正殿の儀」の天皇の「おことば」を「憲法にのっとり、国民統合の象徴としての務めを果たすと誓うもので…適切といえよう」と評価しながら、「前例踏襲」の「政府の事の進め方には大きな疑問がある」としました。
毎日新聞の社説(23日付)も、「おことば」を「上皇さまのように『国民に寄り添いながら』象徴の役割を行動で果たそうとの思いがにじむ」と賛美する一方、儀式について「前例踏襲を決めたことには問題が残った」としました。
毎日新聞は23日付で、「天皇制のこれから」と題して3人の「専門家」のインタビューを載せました。
河西秀哉名古屋大准教授は、明仁天皇(当時)が「公的行為」を拡大してきたことについて、「大成功した。類まれな能力と見識を持った天皇だった」と絶賛する一方、「皇位継承問題の解決のためにも、女性・女系天皇についての議論は一刻も早く前に進めるべきだ」と求めました。
原武史放送大教授は、雅子皇后をとりあげ、「平成時代の象徴天皇制のスタイルが変化しつつある」とし、「新しい天皇は今後、私的な外出を増やし、一般国民やこれから増える外国人と自由に対話できれば良いと思う」と述べました。
菅孝行氏(評論家・劇作家)は、「天皇制を巡る近年の変化で特徴的なのは…批判的な言論がほぼ消えたことだ」「以前は天皇制に批判的だっただろう『識者』も、この数年、天皇個人どころか天皇制への支持まで公言しだしている」と指摘。一方、「上皇(明仁―引用者)本人は、心底、民主主義や平和主義を体現しようとしたのだろう」と述べ、「象徴天皇制は、曲がり角にきている」と述べました。
朝日新聞は27日から3回にわたって「令和の天皇 象徴の行方」と題した連載を掲載。1回目で「皇位継承問題」、2回目で「雅子皇后」、3回目で「公的行為問題」を取り上げました。
これらの論評に共通しているのは、明仁上皇を賛美するとともに、天皇制が存続しいっそう国民に浸透するにはどうすればいいか、という立場に立って発言・提言していることです(菅氏を除き)。
なぜ天皇制の必要性・存続そのものを根底から問い直さないのでしょうか。
「即位の礼」が政教分離・国民主権の憲法原則に抵触することを指摘しながら、天皇制の存続を主張するのは矛盾です。なぜなら、政教一致は天皇制の本質だからです。
例えば、「高御座」「三種の神器」のない「即位礼正殿の儀」を天皇(天皇制勢力)が受け入れるでしょうか。天皇と天照大神、「三種の神器」は切っても切れない関係です。
そもそも天皇制は人間を生まれながらに差別する身分制度であり、普遍的人権とは根本的に相いれません。
国の制度としての天皇制は廃止すべきです。憲法の天皇条項(第1条~8条、第88条)は削除すべきです。
いま必要なのはその根本的議論を始めることです。それを避けているのは、メディア、政党、「識者」、市民が「天皇タブー(菊タブー)」の虜になっているからです。タブーを排して、天皇制の必要性・存廃について議論を始めようではありませんか。







