角館草履の『実演日記』

〓袖すり合うも多生の縁〓
草履実演での日々の出会いには、互いに何かしらの意味があるのでしょう。さて、今日の出会いは…。

どエライ出会い。

2013年05月25日 | 実演日記




今日の草履は、彩シリーズ23cm土踏まず付き〔四阡六百円〕
ベースにシーチング(無地)を使った配色をずいぶん編みました。おかげさまで桜まつりを中心に多くが売れ、今はもういくらも残っていません。これからの夏場に向けては、涼しげな紺ベースを少し編んでおこうかと考えています。

お歳の頃は40歳代始めくらいでしょうか。どこか気品を感じる出で立ちで、ひとりの女性がお立ち寄りです。草履素材のイ草を見つけると、『これはどこのイ草ですか?』。
イ草の産地を問うお客様の半数は、熊本県もしくは九州にお住まいというのがこれまでの経験です。確かに言葉のアクセントも九州のように感じました。

『熊本の八代です。お住まいは九州ですか?』と訊いてみると、『はい~、長崎県から車で来ちゃいました~』。
長く忙しい日々が続いていた女性は、念願のマイカーひとり旅の最中と言います。愛犬を連れての気ままな旅は、もう二十日間を過ぎたそうですよ。

お住まいが長崎県大村市であることを知った私は、角館町と大村市との「友好都市」をお教えしました。女性はそれを知らなかったようです。友好都市の経緯を説明するに「戊辰戦争」の言葉を出した途端です。『あのぅ、実は私、一橋慶喜の末裔なんですぅ』。
仮に私が北三陸の出身者なら、『じぇっ』が五つは並んだでしょう。

女性はカバンから小型船舶の免許証を取り出し、記載された「氏名」を私に提示しました。そして一橋家の一員でなければ知り得ないであろう、いくつものエピソードを紹介してくれました。
しかしまぁ、世が世ならとてもありえない出会いですよ。

しかし喜んでくれたのは逆に女性のほうで、『ここへ足を運ばせたのは縁だったんですねっ。角館でこんなお話が出来たことを、帰ったら父に報告しますぅ』。土産話のうえに、お母上には草履のお土産もお買い上げです。
西宮家から数分の常光院にある「官軍墓地」をお教えすると、『お参りして来ますぅ』と迷いもなく出掛けられました。

ご承知の通り、一橋慶喜は徳川家最後の将軍です。大政を奉還し、幕府も将軍もなくなったあと、新政府により多くの資産を没収されました。女性が西宮家の米蔵を眺め、『昔はお金持ちだったんでしょうねぇ』と呟くのを聞いて、ときの流れを感じる草履職人でありました。
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