DVDで、能の『隅田川』を観る。
中学生の頃でしたか、東京の能楽堂で観た覚えがありますが、
多聞にもれず、そのときは、ほとんど寝てゐた記憶だけがあります。
(それにしても、遙かに昔のこと、です)
けれど、40年近くのち、久しぶりに観た『隅田川』は、90分に及ぶ”狂女”の悲劇にまったくの圧倒的なインプレッションを覚えました。
人間国宝だったといふシテの姿、動きが素晴しく、
録画当時は70歳を越えてゐたといふことでしたが、その唐突した足運びが、
わが子をさらはれて、遠く、東国の果ての川にまで迷ひこんだ姿に見事に投影されてゐるやうでした。
また、念仏がながれるなかに、失ったわが子の声が幻想のやうにわずかにながれるところは、
まるで、バッハの『マタイ受難曲』の冒頭、引きずるやうな合唱の果てに、少年達のコラールが聞こへてくるところに似て、あらためて壮絶な美しさに目をみはりました。
いまさらながら考へるに、
本当に、能といふ芸術は、まったくに抽象的な芸術で、簡素な舞台、唯一幾つか許された道具立てで、その演目の本質だけを見せる。
いち時期、ワグナーの楽劇が、きはめて抽象的な舞台になったのも、あるひは、能の影響が色濃いのかもしれません。
(ちなみに、J・P・ポミエの演出は好きでした!)
隅田川のあらすじと舞台を見せたサイトがありました。
こちらです。