ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

10/05/22 五月花形歌舞伎昼の部(1)若手の「寺子屋」に大満足

2010-05-25 23:59:36 | 観劇

歌舞伎座さよなら公演と2ヶ月続けてかぶらせる演目の第一が「寺子屋」。
御名残四月大歌舞伎「寺子屋」の記事はこちら
【菅原伝授手習鑑 寺子屋】
今回の配役は以下の通り。
松王丸=海老蔵 千代=勘太郎
武部源蔵=染五郎 戸浪=七之助
春藤玄蕃=市蔵 園生の前=松也
涎くり与太郎=猿弥 百姓吾作=寿猿

猿弥の涎くり与太郎は、いかにもチャリ場担当という感じで巧いのだけれど、あまり稚気がないのが意外。まぁこんなものか。
染五郎の源蔵と七之助の戸浪が実にバランスがいい。染五郎の線の細さが気にならない七之助との組合せ。勘三郎というよりも祖父の芝翫に教わったらしいが、綺麗な声で丁寧な台詞回しが好ましい。仁左衛門の次に八の字眉の似合う立役と思っている染五郎の苦悩の表情もいい。「せまじきものは宮仕えじゃなぁ」も染五郎は自分でしゃべる演じ方だったが、絞り出すような台詞回しが実にせつない。お主のために、わが子同然の寺子を身替りにしようと決意を固まる忠義の若夫婦の姿にぐっときた。

海老蔵の松王丸が白糸の刺繍の色も真新しい雪持ちの松の衣裳で登場。なかなかいいぞと思っていたら、作病の咳き込みが不自然。まるで仮病という感じの咳になってしまっていて、元気な海老蔵には咳き込みは難しいのかもと思ってしまう。

源蔵夫婦を追い込んで、菅秀才の首を打たせての首実検。ここが成田屋の刀を抜いての型になるわけだ。この型は2007年の古典芸能鑑賞会で團十郎の松王で観ているので、今回が2回目。松王は躊躇しまくってなかなか首をあらためようとしない。じれた玄蕃が首桶を開けて松王に突きつけるのだが、市蔵がこの型はタイミングが難しいと筋書にあった。確かに大変そうだったが見事に合い、詰め寄る源蔵に刀を抜いて突きつける松王の海老蔵は絵になって極まった。
確かに見栄えのよい型だと思うが、今回もやはり芝居としては不自然な型だと思えた。こんなに躊躇することで疑念を招くのではないかという気がして仕方がない。やはり普通の型で演じる方が私にはしっくりくる。どの團十郎がこの型を生み出したのだろうか?

次の見せ場は、小太郎の千代と源蔵とのやりとり。勘太郎の千代は玉三郎に教わったということだが、染五郎との息も合って、見ごたえあり。小太郎の文庫からいろいろ投げて源蔵の刀をかわすのだが、染五郎は全部を刀ではたき落としていた。これはどの役者でもこうなるのだっただろうか?とにかく、染五郎と勘太郎の動きの敏捷さとからみのよさと台詞の緊迫感に感心。

ここに松王が松の枝を投げ込んで割って入る。ここからの海老蔵は予想以上によかった。世間の人に自分だけが悪者と思われていても、菅丞相だけが自分の本心を見抜いてくれていて、その恩に報いるためにも我が子の身替りを決意し、妻にも得心させたというつらい告白に情感がこもっている。勘太郎、染五郎、七之助とのやりとりも皆がよく、二組の若い夫婦の忠義のために犠牲を払う悲嘆に耐える姿がしっかりと浮かび上がる。
小太郎の最後を源蔵に聞いての泣き笑い、わが子を褒めながら、先に切腹した弟の桜丸を不憫だと泣き、わが子と弟の死を重ねて悲しむ場面では、ボトボトと落涙してしまった。

若手による「寺子屋」、まずは及第点の舞台を見せてもらって、五月花形歌舞伎の第一の演目に大満足だった。

写真は、演舞場正面の入り口の上の壁に掲げられるようになった絵看板の「寺子屋」を携帯で撮影したもの。
「五月花形歌舞伎の演目を眺め渡す」記事はこちら


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