かなり間があいてしまったが、9月の秀山祭夜の部の「沓手鳥孤城落月」と「石川五右衛門」について考えたことを簡単に書いておきたい。
【沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)】
「沓手鳥孤城落月」は坪内逍遥作の歌舞伎の演目で、「桐一葉(きりひとは)」(Wikipediaはこちら)の続編という。五世歌右衛門は「桐一葉」の初演以来、淀君が生涯の当たり役となり、淀君ものが連作されたらしい。それ以来の成駒屋の家の芸だ。五世六世と歌舞伎界に歌右衛門という名の立女形が歌舞伎界に君臨した歴史はいろいろな書物で把握済み(中川右介の『團十郎と歌右衛門』がわかりやすい)。
その歌右衛門を最大限に活かす淀君ものということで、当代芝翫も家の芸として度々演じているが、2010年3月歌舞伎座上演の折にも見ていない。この演目自体、今回が初見だ。
あらすじは「歌舞伎美人」のみどころを参照のこと。
今回の主な配役は以下の通り。
淀君=福助(初日のみ芝翫、病気休演で代役)
豊臣秀頼=歌昇改め又五郎 千姫=芝雀
大住与左衛門=錦之助 石川銀八=児太郎
大蔵の局=吉弥 正栄尼=東蔵
大野修理之亮=梅玉 氏家内膳=吉右衛門
当代芝翫を出演させる以上は、意向に沿った演目選びになるだろうし、高齢で身体がきかなくなっていても演じられるお役だし、襲名を祝う新又五郎にも秀頼といういいお役で組めるということでこの演目に極まったのだろう。
今年の大河ドラマは「江」で、主人公の長姉の淀君の宮沢りえを惚れ惚れしながら観ている。どうしてもそれと比べてしまうことになるのが不利になる上演時期になってしまったが、「沓手鳥孤城落月」の淀君は実に見苦しい。大阪城落城の際、千姫が城を落ち延びたことがわかって狂乱。正気と狂気の間を行ったりきたり、「日本四百余州はみずからが化粧箱も同然じゃ」というような台詞も歌い上げるからこそ芝居になるのだ。五世歌右衛門は台詞を歌い上げる芸が見事だったというし、六世の淀君もよかったらしいが、当代芝翫や代役の福助の台詞はそれほどの芸とは思えない。それなのに家の芸といって上演するというのはいかがなものだろうか?台詞なしで立ち回る裸武者の石川銀八がなんと児太郎。祖父の芝翫と一緒の舞台に立つためにしばらくぶりに舞台に立ってくれたのではないかと推測。
吉右衛門をはじめ周囲の役者衆の台詞にも酔わせるものがない。立女形が歌舞伎界に女帝のように君臨する時代は終わった。それにつれて「沓手鳥孤城落月」は上演されなくなっていく演目だろうし、それでいいと思う。
【増補双級巴 石川五右衛門】
市川染五郎宙乗りにてつづら抜け相勤め申し候
2006年5月に吉右衛門主演で観ている。筋書きの上演記録をみるとこの増補双級巴版の上演は初代吉右衛門以来の家の芸ということがわかる。「金門五山桐」は猿之助で観ているし、海老蔵の新作歌舞伎でも観ているが、五右衛門ものの名場面をコンパクトに見せてくれるのが「増補双級巴」ということらしい。
今回の主な配役は以下の通り。
石川五右衛門=染五郎 此下久吉=松緑
三好長慶=松江 三好国長=亀寿
左忠太=廣太郎 右平次=種之助
次左衛門=錦吾 呉羽中納言=桂三
冒頭の写真は演舞場のロビーにあった呉羽中納言に化けた五右衛門の初代吉右衛門の写真。今回の染五郎は、普通のお公家さんに見えてしまって盗賊が化けた胡散臭さが漂わなかった。同じような細面でも初代は顎が四角いが染五郎の顎は三角に尖っているので、台詞なしでいるだけの場面はどうしても華奢に見えてしまって不利。しかしながら台詞は太く発声する努力がわかってよかった。
2006年の吉右衛門の時の配役からガラっと若返り、花形歌舞伎的な舞台が楽しめた。松緑の此下久吉が予想以上の歌舞伎味の濃い存在感を見せ、二人で組む場面などはけっこう見応えがあり。
葛籠抜けの宙乗りも吉右衛門はヨッコラショッと飛び出てきて苦笑させられたが、染五郎は颯爽と飛び出て「葛籠背負ったがおかしいか!」と極まった・・・・・・ところが宙乗りの後半がいけなかった。余裕たっぷりに気持ちよさそうに空を歩んで欲しいのだが、染五郎、必死の表情になってしまっている。高所恐怖症なのか?腹筋の鍛錬が足りないのか??もう少し余裕で宙乗りできるようになってもらいたい。
極彩色の「山門」の場面に舞台転換するまでに少し間があいたが、待っていた甲斐があったというレベルにはまだなっていない。染五郎にもう少し貫録が出るといい。遍路姿の久吉の松緑と天地に極まっての幕切れはそれなりの満足感がある。
こちらの増補双級巴版の五右衛門ものは、第一に話の内容が現代でも十分に面白いと思うし、精進を重ねながら芸を継承していってくれる人材が若い世代にもけっこういそうだしということで、これからも上演を重ねていって欲しい演目だ。
ということで、タイトルに↓と↑のマークをつけたのが何故か、わかっていただけたと思う。
続けて少しずつ書いていく予定。
9/17 秀山祭夜の部①「車引」の感想はこちら