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ぱたの関心空間

関心空間と徒然なるままに。

売込隊ビーム「最前線にて待機」@新・ABCホール

2008-06-01 12:34:35 | 演劇レビュー
初 売込隊ビーム。

名前は昔からよー聞いていた。クロムモリブデンクラス<因みにこの劇団も未だに見ていない
同じバンドで「ゆーほにうむ」という楽器を吹いている男前の女史に誘われ、見に行く。


感想いきまーす。

「おもろかったー」

感想終わりっ。


終わるな!

#以下、お暇な方のみお付き合いください。m(__)m。

おおまかなストーリーとしては、
戦場にて最前線で孤立する部隊がある。ほんで、そこに救援に向かう部隊がある。劣勢に立たされている軍は、落ち込んだ兵士の士気を鼓舞すべく、孤立する部隊の隊長(兄)と、志願して救援部隊に参加したその妹を利用しようとカメラマンを送り込んでいた。「戦場での兄妹愛」という感動物語を作るべく。ところが、二つの部隊は出会えない。何故かバリケードを隔ててアッチとコッチ。お互いに自分のいるほうが味方の最前線(ジブンの陣地)だと信じて対峙してしまうのだ。
原因は後半に明らかになる、が状況がつかめない兵士たち。
混乱の中、本隊に戻るか最前線に踏みとどまるか、喧々囂々しているところに、本隊からの援軍。。。。ではなく、威勢ばかり良くって妖しげな通信部の(副)司令官?が降下。戦況を聞き出し自分たちがどうすべきか探り出そうとするがどうもスカッとした答えが返ってこない。次第に戦況は見方に圧倒的不利という事が分かってくる。そして、何故最初に2組の隊が出会えなかったか、そしてそのためにこの最前線がいかに重要か、さらには、自分たちが利用されるだけの存在でしかないという事実まで。

って、全然おおまかちゃうか。。。(汗)

まぁ良しとしよう♪

んと、なかなかに良くでけた脚本です。

上のあらすじだけ見たらね、これ、めちゃめちゃ暗い話ですよ。
ストーリーの最後に救いはありません。ストレートに話だけなぞったら後味の悪いこと悪いこと☝。<なら何故書いた?
でも見た後の満足感はストーリーの後味の悪さを上回った。

このお芝居の最大の山場は、最初のシーン。味方同士が、何故かバリケードのあっちゃとこっちゃにいて、それぞれがそれぞれで会話を繰り広げるというところ。
#最大の山場が最初にあるというのがいささか問題ですが、それをさっぴいてもこのお芝居を印象付けている強力なシーンだと思います、もちろん面白いのはそこだけ、というわけでも無いし。
それぞれが、全く関係ない話をしているのに、執拗にセリフの語尾や単語を重ねてくる。例えば、コチラが相撲を取っていて「ノコッタ、ノコッタ」って言っている、あちらでは物が「残った」話をしている、みたいな。凄い凄い、豊富な言葉遊び!楽しい!
見ている方も必死。前振りもなくいきなりこのシーンで始まるから、両方の話をそれぞれ追っかけて、なんとか状況を把握しようとする。おまけに廻り舞台で、コッチの陣地を見てたらあっちの陣地になって暫くしたら今度は両方が見られるポジションだったりと、見ている方の視点さえ定まらない。
これは否が応でも観客の集中力は高まる。っつーか、高めておかないと話についていけなくなりそうな切迫感。スリリングです。

あぁ、そうそう。舞台が円柱型で回るのだ、これが。 
そして客席が3方にある囲み舞台!
いいね、囲み舞台!テンション上がるッス。MOTHERの芝居を思い出します。

囲み舞台って、逃げ場が無いから役者さん大変やと思うねん。全ての方向のお客さんに気を使わなくちゃいけないし。死角を作るわけにもいかないし。緊張感が高まるのは役者も勿論だけど、客席だってね。
#それを逆手にとる事もあって面白いのだす

今回の舞台は掴みの部分でこの仕掛けをかなり有効に使っていたと思う。あとに続く部分でも生かせているし。どちらが陣地かさえも分からない、というシチュエーション、そして最後には敵に包囲されている、そして重要な戦略ポイントとしての回る時計というイメージも視覚的に分かりやすい、という効果もあったかもしれない。

にゃー、そう考えると凄いね。うん。計算づくだ。

ほんでもって、バリケードが取り除かれた後も、アッチかコッチかの駆け引きというテーマをひっぱり続ける。「留まるか?」「本隊に戻るか?」という丁々発止の(くだらない、でも人間的に泥臭い)やり取り。必死なのに、見ているコッチは笑わずにはいられないどうしようもない可笑しさを引き出す。そのテンポの良さはにやられる。7人という人数でも態度を保留にする人がいるから決まらない、人間のエゴ、迷い、見栄。そして現れるスパイス、パラシュートの曲者!
しかし、彼だけが知っている、彼らに行くも戻るも選択肢が無い事を。だからこそはぐらかさざるをえないシリアスさがなんとも滑稽に映ってしまうという皮肉に観客は後から気づく。最後には彼自身も退路を絶たれるわけだが、そこらへんの絶望感という悲劇にはあまり深入りせず、「踊らずにはいられない」というある種極限的な表現で軽めに仕上げてみせる。

なんちゅーか、シリアスとナンセンスのさじ加減が微妙に巧い。

さらに、なんと言っても終演のその後、もう一度客入れをしておまけでやってくれる「300秒ショー」
日替わりで違うネタをやっていたらしいが、この日はその最後のシリアスなシーンを自らパロディー化。

センスが。。。。いいのか?悪いのか?
まじめな観客は怒るかもしれないけれど、このシリアスな事をやっておきながらシラーっと笑い飛ばせるバランス感覚というのはなかなかに気持ちのいいものなのです。
深刻な生真面目さも笑うしかないナンセンスさも、実はバリケード一つ隔てた隣同士。そんな事にも気づかせてくれる楽しさです。
うむ、奥が深い。。。

売込隊ビーム「最前線にて待機」@新・ABCホールの画像



ファントマ「幕末殉教伝『イエス斬り捨て』」@ABCホール

2008-05-11 12:58:26 | 演劇レビュー
知らなかった。
ファントマの役者陣が入れ替わっている。。。というか、抜けちゃったのねー。

ABCの新社屋完成に伴って開催された「中之島演劇祭」への参加作品。
中之島演劇祭では復活した転球劇場も見たかったのですが残念ながらチケットが取れず。
意外とファンが多いのにゃぁー。
#意外とか言うなー!(怒)

って、転球さんの話じゃないわ、ファントマ。

つーてな、先にも書いている通り、看板女優の美津濃さんとかメインを張っていた浅野さんとかが抜けてしまっている。中心人物で残っているのは盛井さんくらいなものではないか。ファントマの冠はついているけど、客演陣の比率からしてプロデュース物に近い感じがしてしまうな。
保村大和さんに久保田浩さん、牧野エミさんも久しぶりに見るよ(現代用語の基礎体力のDVDでは見たけど)。それに上瀧昇一郎さん。いい悪いは抜きにして、とりあえず役者人充実鉄壁の布陣ですよ!。
あ、あと猫ひろしさん!?
とりあえず、役者に対しての不安感は全くありません。

で、芝居の方はますますハードボイルドには磨きをかけるファントマ。でも儂は毎回ゆーてるけどギャグ派なのよね。

さて、お話は幕末。主人公は岡田以蔵、それを取り巻く新撰組に坂本竜馬、土佐勤皇党や岩崎弥太郎や薩摩の人斬り新兵衛などが登場人物。
武市半平太の下、京の町で人斬りを繰り返す以蔵、しかし次第に疎まれる存在となっていく。と同時に自分自身のあり方に葛藤していくが、久しぶりに逢う竜馬の誘いと、その時に聞いた西洋の教え。気持ちが動きそうになったその時、池田屋事件が重なる。池田屋には竜馬の神戸海軍を抜けた望月亀弥太がいる、聖書を手に剣を抜かぬ、と一度は誓った以蔵だが、幼馴染の亀弥太を助けてくれと懇願する弥太郎の言葉に池田屋に向かう。

史実とは物語がだいぶ前後しますがなかなかおもしろい仕上がり。
山南敬助と以蔵を飲み友達にしてみたり、芹沢鴨をジョン万次郎にしてみたり。
いちいち魅せる場面も多い。
客演陣の見せ場もある、猫ひろしさんの独壇場、いいむろなおきさんのマイム、きんたミーノさんの個性。それらをストーリーの中で浮いた存在にせずに、お客さんを楽しませる一つとしてうまい事取り入れている。
まじめな部分でも、
武市瑞山の切腹のシーンとか、竜馬が最後に杯を並べて死んで行った仲間達と一緒に酒を酌み交わすシーンとか。「おーい龍馬」の中でもこんなシーンがあったが、これは有名な話なのだろうか。かなりぐっとくる、涙がこみあげてくる。

今回の特効
一つは殺陣。
殺陣は難しいのよねー。これが上手なときは文句無くかっちょいい芝居となる、バロメータでもある。
実はちょっとずるいと思った。なぜなら群集での殺陣シーンが多かったから。群集での殺陣シーンだと一つ一つの動きを見るのではなく、全体の動きで見てしまうから、多少の粗は目立たなくてね、なんとなく美しく見えてしまう。実際、これカッコイイ。

もう一つはダイナマイトしゃかりきサ~カスときんたミーノさんによるゴスペルコーラス。
今までの幕末物では(少なくとも儂の知っている限りでは)無かった、キリスト教の救いというアイディア。それを取り入れた今回の芝居において要所要所を引き締める役割をになった。
カーテンコールでは出演者全員でのコーラス。ゾクゾクしますよ。ベタな笑いをちらちら出しながらも、最後まで会場内に芝居のセンスという緊張感を漲らせる演出やったと思います。

でも儂はギャグ派♪

まぁ、半ば強制的にスタンディングオベーションをさせる(「昨日はスタンディングオベーションでしたけど。あ、いや、やってくれと言っているわけではないですが。。。」)ところらへんは流石です。


ファントマ「幕末殉教伝『イエス斬り捨て』」@ABCホールの画像



柳川@精華小劇場

2008-03-16 00:47:23 | 演劇レビュー
精華演劇祭でお芝居を見るシリーズ、その3「柳川」である。

この劇団。やはり何も知らない。何もしらないけど変な名前だからちょっと気になる。
何も知らないけれど、普通のチケットが1,500円。限定の前売りチケットが60円。。。。え゛? だいぶ気になる。

とにかく直ぐわかったのがこの劇団、おそろしくいい加減である。

60円のチケットを買った時(精華演劇祭の前夜祭、儂が精華小劇場に付いた時、既にイベントは終わっていたので入り口でお願いしたら、団員さんがみんな出てきてチケットを売ってくれた)、100円玉しか持っていなかった儂は、申し訳なくなって「あ、いいですお釣りは」とおつりを辞退した。そしたら、「そんな、いいんですか? ありがとうございます、この事ブログに書きます!」と喜んで(?)くれた。でウチ帰ってネットで検索してみたが、HPもブログも一切ヒットしません。ないんかいっ!? めっちゃ探したっつーの!
#いや、どっかに密かにあるのかもしれないけど。。。

参加劇団6組の演劇祭の紹介で、唯一「タイトル未定」になっているのはこの劇団だけ。
チケットの種類によって甘いみかんがついたりつかなかったりする。意味がわからん(実際入場するときに「甘いみかんです」と一個渡された)
チラシには5人の出演者の名前があるが、実際に出演しているのは4人
チラシの挨拶の中で「とりあえず、今回でデタラメな柳川は、いったん終わりにしようと思います」と。自覚してるのか!っつーか、ホントか?ホントに終わりに出来るのか?  

ほんとに今回で「デタラメな柳川」が終わりだとしたら残念な事だ。
だって、このデタラメさ加減。ちょっと好き(ぽ)

さて、
お芝居のタイトルは「キラー・ナンセンス」
タイトルに意味が無いようであるようで。でもそれに触れることも無くすすむステージ。

物語のプロットは、芝居を始めるに当たって「非常口灯」をなんとか消そうとがんばる話。
フツー、芝居前の前説やアナウンスで「公演中、上演上の効果の関係で非常灯を消します」などと言ったりするわけだが、芝居が始まっても、それを出演者に言わせる脚本が書けない。ん?わかんない?つまり、今進行中の芝居の脚本を今書いているわけで、その芝居が始まる前の口上をまだ芝居中に書いている。
あぁ、もうこの時点でアレなわけですが、口上を述べる腹話術師(全然出来てない)おじいちゃんはいきなり死んでしまって、代わりに出てくる5歳児。必然性があるように見えて全く無い、そして噛み合わない会話と、唐突な展開、でもそれを受け入れて進むストーリー、巻き込まれる照明さんと音響さん、さらにムカつき度150%の女優。
くだらなさと理不尽さとシュールさが交錯し、気持ちの悪い空気感をこちとらはニヤニヤしてやりすごすしかない。

また、チラシの言葉に立ち戻るが、「子ども」なのかもしれない。
「子どもはすぐに泣きます。子どもはすぐに正論を言います。そしてウソを付きます。」
そうかこれ、子どものもっているデタラメさなのかもしれない。

大人から見れば子どもは直ぐウソをつくし適当なことを言う、ダダを捏ねたり、そして大人を振り回す。
でも、大人の常識を取っ払いさえすればそれは立派な創作の世界でもある。
創作の世界でなんの疑いもなくごっこ遊びができるのは子ども達の特権であり、その中ではウソの世界も子ども達にとって立派なリアルでありうる。彼らは儂らをそんな子どものワンダーランドに誘いこんでくれたのか。柳川はアリスのウサギか?

なーんて、深いことを全く考えてなさそうな感じがスバラシイ。

まぁ、正直言ってもう10日近くたって話のネタ的なものは全然覚えちゃいないのですが、覚えている必要も無いわけです。にゃはは。
そう、何も残らなくてもいい。なんか変だった、おかしかった、それだけできっといいのです。

まぁ、家に帰ってきてカバンをあけたら、甘いみかんだけが転がり出てきましたが。きっとそんな程度でいいのです。

次見るときにデタラメじゃない柳川だったらがっかりするかな?

男肉 du soleil@精華小劇場

2008-02-23 12:46:50 | 演劇レビュー
精華演劇祭でお芝居を見るその2ですの。
その1はベトナムでございますのよ。
若しくは以前京都大学にあった劇団ですのよ。(マニアック過ぎ?)

さて、そんなわけで今回は全く知らない劇団。
しかし、初めての劇団を見に行く一番のキッカケはインパクトである。
その意味ではこのグロい(グロくない?)劇団名は十分に見に行くに値する。

「おにくどそれいゆ」

名前だけで超くだらない感じのものを期待させるのだが。。。

期待しすぎたかも(笑)

もしくは儂の感性が幼すぎるのかも(汗)

さもなくば時代が彼らにおいついていないのかも(超)

観劇したのは「蜂蜜 肉肉~スイートハートメモリー~」という芝居。
#このタイトルからしてもうなんだか。。。(照)
もーひとつ別のステージもあったらしいけど、そっちはコントが中心という事でやっぱり芝居のほうを選んだ。
#寝坊したからそっちには間に合わなかったとか、内緒ですよ♪

男ばかりの劇団!
と、思っていたのに一番最初はなぜか女子高生チックな格好の女の子4人組が出てきて80年代アイドルもまっつぁおのお歌を披露。ステージ右DJブースには黒づくめの男が煙草をくゆらしながら座る。ブースの前には更にジャマイカの国旗。。。
見事にマッチしない。混ざり合うことも無く、異質性に触れることも無く、妙に取り澄ました空気が漂う。

で、なんの脈絡も無く始まるお芝居。
半裸の男と「クポー」しか言わない気ぐるみと微妙にセクシーさを醸し出す女装と。舞台はショーパブのような店なんだけどなんで乱闘みたいになって喜んでるの???
んで、繰り出されるダンス! コンドルズか!?

そう、ナンセンスとかとちゃうねん。
良い方に解釈するならば、儂らが今生活するこの地球とは違う価値規範が支配する異界、似ているようでどこか違うパラレルワールドを持ち込もうとしているのかも知れない。
うーん、見方によっては奇をてらっているだけと言えなくもない。。。

狙っているとしたら、その狙いにまとまりが無くてはしっくりこない。
ただ漫然と、こんな変なの面白いんちゃうん? ってやってみるのは、きっかけとしては全然OKだけど、それを形にして出す時には、なんかうまい事まとめないと、多くの人に分かってもらうものにはならない。
まぁ、それでもいいじゃないか、という人もいるだろうけど、見る側としてはね、満足したいからなぁ。

とかなんとか言いながら、この芝居、一通り筋の通ったストーリーはあるのよねー。めちゃめちゃ奇を衒っているように見えるのにちゃんとストーリーを考えているところがなんともまたしっくりこなかったりするのですが。

話はけっこう壮大ですよ。海賊をめぐる話なんだけど、なんと600年あまりに渡って受け継がれる海賊の血の話。まぁ、「そして200年の年月が流れた」みたいに時間の流れは唐突なんですが。舞台は宇宙人を巻き込み銀河を飛び出し・・・ますがまた地球に戻ってきて今度は地下深くマントルまで行って、モノノケと対峙する。
SFなんだかファンタジーなんだか冒険モノなんだか、わけがわからないです。

さらに繰り出されるコネタの数々。
儂がわかったのは映画ネタが多いけど、雰囲気的にもなんかいろいろマニアックなのが入っているっポイ感じがぷんぷんするのだ。
多分、演出してる人の趣味が出まくっているはず。

まぁでも最後の感動的な場面で褌一丁の人(団長さん?)が広瀬香美の「ロマンスの神様」を絶唱してみんなを救うシーンは素直に笑えました。

好きなようにやっているのだなぁーとは思います。
ネタも豊富に詰め込まれているし、キチンと作ろうという姿勢もみえるしね。ただ、どこと無くアンバランス。いろいろやりすぎてまとまりがない、と言う感じがしました。しかし、一歩間違えばクセになる要素は持っているかな。

で、プロフィール見たら、近畿大学出身の劇団かぁ。。。。ん?  京都ちゃうやん。

#公演記録を見たらアートコンプレックスで何度かやっているから京都に縁のってことなんざんしょか?

男肉 du soleil@精華小劇場の画像



ベトナムからの笑い声@精華小劇場

2008-02-08 12:59:24 | 演劇レビュー
今年初の観劇もベトナム。
あー、もう、儂、最近芝居っつったらベトナムしか見てないよー。
芝居好きの友達と話が合わないったら(苦笑)
チラシ見てたら今度大王の芝居があるー♪ ・・・・・・8500円て。。。いいお値段ですね(泣)

というわけで(<毎度の事ですが儂の使う「というわけで」には前との関連がないものが多いです、今更ながら注釈です、すいません)、
今回のベトナムは精華小学校の企画「精華演劇祭」の一環です。「いちげんさん」と名付けられた精華演劇祭。そのネーミングが匂わせるとおり京都の劇団が取り上げられていて、そのトップバッターとしてベトナム。「ベトナムイサン」というタイトルが付けられたベトナムのステージはいつもどおりオムニバスだけど、今回は全てリクエストをもとにした再演なのだな。儂は全部見ている(自慢か?)。

仕事上がりで精華小学校へ開演10分前着。結構客席埋まっていて一番端っこの席へ着座。
開演待ちでスクリーンには「演劇ドラフト会議」が上映中。この演劇ドラフト会議も過去の再演。。。じゃなくて再上映?。

現在のプロ野球と同じようにプロ演劇リーグ12劇団が作られ、ドラフト会議もあったら、という想定の野球界と演劇界をモチーフにしたパロディ。
初演の時、劇団員に、これめっちゃ好き、と言ったら「意外とそういう人が居なかったんですよ」と寂しそうに言われたのが記憶にある。まぁ確かに多少の間の悪さは認めるが、もじりと茶化しとパクリというベトナムのパロディーセンスがじっくり分かりやすく楽しめる秀作だと思う。その真骨頂は脚本家である黒川君の作家シリーズ(と勝手に命名)なんだけど、あちらは弾丸のように言葉が繰り出されるからゆっくり噛みしめるっつーわけにはいかないからね。
とは言っても今回見られたのはほんとに最後だけ、残念。

ふんでもって開演
一発目「第六師団」
この「第六師団」と次の「夏恋」の初演は一緒の公演だったんだけど、その時はオムニバス形式とはいえ悪の秘密結社にまつわる話でまとめていたっけ。ちょっと小粋やんなぁ(違?)
再演で内容はほとんど変わらず。オチを付け足した感じ。
儂的には特殊美術家の旧劇団員、宮崎君がこの再演で参加しているというのがツボ。彼は美術だけでなく演技面でも個性的だったので、なんと言うか、奇策をくりだして敵を翻弄する特別遊撃隊みたいな、もしくは先陣をきる突撃隊のようなそんな感じ。もちろん美術科出身の彼が舞台上で繰り出す飛び道具に驚かされた事も一度や二度ではないし、ベトナムにとって彼を失ったのは痛手だったのではないか、と今でも思う。まぁ、社会人劇団ではままならない事情があるからね。
あと、テーブルがなんか高級そうになったよね。いいか、そんな事はどうでも。。。
初ベトナムの人にベトナムの方向性を知ってもらうには丁度いい題材だったかも。
画像には初演時のスチールを引っ張らせてもらいました。

二発目「夏恋 ~季節外れの林檎と夏蜜柑」
再演希望のリクエストで儂が票を入れた作品。
仮面ライダーの敵ショッカーの日常を描くというアイディアだけでもぐっとくるが、せりふが全部「キー!」。だから字幕、という時点で出オチネタになる。。。。。。ところを地名だけハッキリ言わせるというひねり技でナンセンスな笑いに持ち込み、あとは勢いで畳み掛けると言う意表を突いた先の壁まで通りぬけた作品。(褒め過ぎですか?)
今回は再演で、チラシとかの紹介で既にネタバレしていたのだ。それを読むたびに「あぁ、お願いだからはじめてみる人はここ読まんといてー!、読んでも想像せんといてー!」と切に願ったものである。果たして初めて見た人の感想を知りたい。

三発目「ロールプレイングゲーム」
これはもうひたすら分かりやすい。
映像と出演者が重なってちょっと見づらかったのが残念かなぁ。

四発目「天覧コント」
前回の公演のラインナップで、今回儂がもっとも心配(?)していた作品。
微妙な間と、微妙な問題を含む題材という、2大微妙要素を孕んでいたのだから。
が、意外と安心して見ていられる。なんだなんだ?前回見ていてどんな話か知っているからか、それとも大阪の水が合っているのか?
この話は担当者と打ち合わせをする前半と実際の天覧演芸会という後半の場面からなるのだけど、山場になる後半よりも前振りとなる前半の方がトピックスが多く話として面白い。後半は4人の同じ苦悩を淡々と(?)繰り返すので、お客さんを飽きさせることなく魅せるにはそれ相応の演技力とアイディアが必要になる、というところが、このホンの難しいところであろう。演技は多少なりとも良くなっているのかな。そのちょっとの差と大阪の空気が、このアクトを違和感のないものにしたかもしれない。
でも一方で、初演の時に感じたわかっていてやっているようなすっとぼけた狡さが感じられなかったのは、やっぱりこれも儂が既知だったからか?やはり初見の人に聞いてみたい所。
この芝居からそのすっとぼけた狡さを抜いてしまうと、本気のメッセージを持った芝居に成り下がってしまう危険性があるのだ。それはハッキリ言ってつまらん。それこそ骨抜きにされた大森ヘップバーンと同じ事になってしまう。勿論彼らは分かっていると思うけど。

まぁ、予想していた事とはいえ、改めて確認できたのは、ベトナムのネタ(ネタって言うな~!)に、アイディアが占める要素が高いという事。全て一度見ている儂にとって、1話~3話は初見の時感じたほど、面白い!という感動はなかった。いや、面白いのは面白いんだけどね、比較の話。それはやっぱり「悪の秘密結社でも人間くさいとこ出してみよう」とか、「RPGをリアルにやってみよう」とか、「言葉の壁を逆手に取ってみよう」といったアイディアにあっと言わされた部分が大きいのだ、という事。だから逆に、前回実はいまいちに感じた、アイディアに対して演技やストーリーの比重が高い4話がむしろ面白く感じられるという逆転現象が(儂の中で)起きていた気がしますな。

あー勿論、アイディアが悪いわけではなく(っていうか、その突拍子もなさ。。。いやオリジナル性の高さは他の追随を許していません)、それが突出しているのだという事。そのクオリティの高さに他の部分(演技とか。。。あ、あとお客さんも!)が近づいてくるととんでもない事になるのではないかと、そんな風に思うのですが如何なもんざんしょ?

ベトナムからの笑い声@精華小劇場の画像