「ビートルズのすべて」のラス前の12回目は、「アビイ・ロード(Abbey Road)」 ビートルズの音楽を集大成です。
アルバム『アビイ・ロード』にまつわるエピソードを中心に紹介していきたいと思います。
『アビイ・ロード』が発表されたのは、69年9月26日でした。『アビイ・ロード』はビートルズのアルバムの中でもその人気・評価も高く、最高傑作としてあげるファンも少なくありません。昨年、ビートルズのオリジナルアルバムがリマスタリングして発売され話題を呼びました。
レオ・モノラルのボックスセットともに、オリジナルアルバムは単体で発売されました。さる資料によれば、欧米で最も売れたアルバムは、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)」 でしたが、それに対して、日本では「アビイ・ロード(Abbey Road)」だったという結果を知り、とても興味深く思えました。というものそれは、日本におけるビートルズの親しまれ方・評価を物語るものではないかと思えたからです。
さて、『アビイ・ロード』ですが、前回お話したように、ビートルズにとって11枚目のオリジナルアルバムにあたります。実際には最後に発表されたアルバム、『レット・イット・ビー』。そこに収録された作品の元になったゲット・バック・セッションに次いで行われたセッションにおける作品を収録したものです。そして、ビートルズにとっては最後にレコーディングされたアルバムということになるわけです。
さまざまな資料によればこの『アビイ・ロード』のレコーディングが行われるようになったのは、69年の7月1日ということですが、収録された作品には、それ以前にレコーディングされたものもあるようです。
69年1月から映画の撮影と並行して行われ、後レコーディングだけに専念して行われたゲット・バック・セッションは収録作品を定め、完成しながら発表が見送りとなっていました。この「アビイ・ロード」は、それから漏れた作品も含め、新たなアルバムのプランのもと実施されることになったわけです。
ビートルズの原点に戻るということをテーマに始められたゲット・バック・セッションがそうであったように、『アビイ・ロード』のテーマもポールの提案によるものでした。それもゲット・バック・セッションに当初関わりながら最終的な仕上げ作業から離れていった、かつてのプロデューサーのジョージ・マーティンの復帰をポールが望み、それを説得、ジョージ・マーティンもそれを了解し、制作を務めることになります。
アルバム『アビイ・ロード』にまつわるエピソードを中心に紹介していきたいと思います。
『アビイ・ロード』が発表されたのは、69年9月26日でした。『アビイ・ロード』はビートルズのアルバムの中でもその人気・評価も高く、最高傑作としてあげるファンも少なくありません。昨年、ビートルズのオリジナルアルバムがリマスタリングして発売され話題を呼びました。
レオ・モノラルのボックスセットともに、オリジナルアルバムは単体で発売されました。さる資料によれば、欧米で最も売れたアルバムは、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)」 でしたが、それに対して、日本では「アビイ・ロード(Abbey Road)」だったという結果を知り、とても興味深く思えました。というものそれは、日本におけるビートルズの親しまれ方・評価を物語るものではないかと思えたからです。
さて、『アビイ・ロード』ですが、前回お話したように、ビートルズにとって11枚目のオリジナルアルバムにあたります。実際には最後に発表されたアルバム、『レット・イット・ビー』。そこに収録された作品の元になったゲット・バック・セッションに次いで行われたセッションにおける作品を収録したものです。そして、ビートルズにとっては最後にレコーディングされたアルバムということになるわけです。
さまざまな資料によればこの『アビイ・ロード』のレコーディングが行われるようになったのは、69年の7月1日ということですが、収録された作品には、それ以前にレコーディングされたものもあるようです。
69年1月から映画の撮影と並行して行われ、後レコーディングだけに専念して行われたゲット・バック・セッションは収録作品を定め、完成しながら発表が見送りとなっていました。この「アビイ・ロード」は、それから漏れた作品も含め、新たなアルバムのプランのもと実施されることになったわけです。
ビートルズの原点に戻るということをテーマに始められたゲット・バック・セッションがそうであったように、『アビイ・ロード』のテーマもポールの提案によるものでした。それもゲット・バック・セッションに当初関わりながら最終的な仕上げ作業から離れていった、かつてのプロデューサーのジョージ・マーティンの復帰をポールが望み、それを説得、ジョージ・マーティンもそれを了解し、制作を務めることになります。