雪の降り続く時間が、相変わらず長い。そろそろ、雪がうらめしくなる。雪に対して、鬱陶しいなと思うことも出てくる。
雪の降り続く地域にも、程度の差というものがあって、今日はいい天気で、朝の気温はマイナスの10℃など、書かれたものを見ると、まだまだか、今日はもしかしたら、気温は、マイナスにならなかったし、と思う。寒さとか、凍りつくとか、簡単にこの言葉を使うが、高々マイナス3℃で、どうのこうのなど見ると、まだまだゆるいね、など思う方も多いのだと、想像する。
この書き込みをされている方は、日本中に、日本全国中におられるはずであるが、なぜか少しか偏っていて、ものすごく寒いと思われる、北海道のかたのものを見ることはなかなかない。逆に、暖かいのではと思う、この辺りに比べて、沖縄とか、四国の南部などを尋ねることも、少ないようである。この辺りは、個人の限界がある。よって相変わらず、そう相変わらず、寒くてかなわないと思っているんだけど。それも、あまりあからさまに書くと、お天気のかみさま、気を悪くする感じが、なぜかあって、そのことばかり書くことも出来ないと思うのである。雪には効能がある。
雪については、高い山までエネルギを運んでくれるという、ものすごく大きな仕事をやってくれているし、その雪が溶けた水は、あるものは水道水に変わり、あるものは地下にもぐって、何千年という旅をして、近くの平野の辺りの湧き水やら井戸水になるという。また、低温の魅力はかなり上げられる。一つだけ書くと、おいしいお酒を作ることを可能にしている。もう少し卑近なものではどうか。
寒い。暖かくしないといけない。それには、建物がその寒さに耐えるようになっていないといけない。それから、出来るだけ日が当たるような、冬の太陽を効率よく利用することが出来る、そうゆうことが思い浮かぶ。
カーテンを厚めのものにする。それから、今日やったことでいうと、
掃除などするときは、ちょっと冷たいが、窓を少し開けて、寒気に体を慣らすことも必要である。何事も、経験で、かつこの行為は新鮮でもある。冷たい水は、お肌を引き締める。これも、やはり体にはいい。少し体にガタが来るときで、また年齢にもよるが、やはり冬の運動は、雪かきに限る。出来るなら、うちの外に出て、道路の雪かきもやる。それを、用水に捨ててもいい。ただ、水の流れがあるところでやらないと。それから、田んぼにも、この雪を移動する。この雪が、有効であるようである。ときに、この雪の冷たさは、植物に、農作物にとってよくない、細菌などの増殖を抑えるという。
少し、体がホカホカする。きのうの疲労はまだ出ないが、一昨日のものがやって来る。しかし、ここはすこし、ゆっくりと冷えない程度に体を動かすと、その疲労もやがて、酸素が十分に送られることで薄くなり、細胞も元気を取り戻すようである。
ここで大休止だ。体のあるものは古くなって、壊されてゆく。しかし、同時にまた新しい細胞が、組織が作られ、少しその能力は増強されるようだ。こうして、寒くて冷たい時間少し体を動かし、汗を少しかき、大いに休憩する。また、あるときがくれば、そのときは、またやって来るはずだが、やはり体を動かし、雪をどける。無に等しい行為でありながら、体はちゃんとその働きを増している。しばらくすると、何となくだが、筋肉が付いたようになる。空を見る。雪が晴れて、青空が出る。こうなると、しめたもので、今度はコタツの中でちんまりしているのが、いやになってくる。こうして、雪の生活に適応した体は作られる。ちゃんと、春には、少し脂肪が減ってもいるはずであるが、
これが夢で終わらないよう、頑張りたいと、ホンの少し思うのである。
一面、雪か、あるいは道路の路面か、という世界で、光るものはこのサザンカだけのようである。雪をかぶり、雪と仲良くし、雪とともにある。
青空も、出る。かなりな頻度で、この青空は出る。これを見ないといけない気がする。雪の溶けた、小さなプールに映える青空もまた普段見ることのない色を見せてくれる。
複雑な気持ちになるときもあるが、このスイセンもやがて雪を撥ね退けるのではないか。確か、スイセンのあるものは多年生で、この程度のものになると、かなりな年月を過ごしているように思われる。
最後に、あまりたくさん雪は降りませんようにと、お祈りをする。
雪の降り続く地域にも、程度の差というものがあって、今日はいい天気で、朝の気温はマイナスの10℃など、書かれたものを見ると、まだまだか、今日はもしかしたら、気温は、マイナスにならなかったし、と思う。寒さとか、凍りつくとか、簡単にこの言葉を使うが、高々マイナス3℃で、どうのこうのなど見ると、まだまだゆるいね、など思う方も多いのだと、想像する。
この書き込みをされている方は、日本中に、日本全国中におられるはずであるが、なぜか少しか偏っていて、ものすごく寒いと思われる、北海道のかたのものを見ることはなかなかない。逆に、暖かいのではと思う、この辺りに比べて、沖縄とか、四国の南部などを尋ねることも、少ないようである。この辺りは、個人の限界がある。よって相変わらず、そう相変わらず、寒くてかなわないと思っているんだけど。それも、あまりあからさまに書くと、お天気のかみさま、気を悪くする感じが、なぜかあって、そのことばかり書くことも出来ないと思うのである。雪には効能がある。
雪については、高い山までエネルギを運んでくれるという、ものすごく大きな仕事をやってくれているし、その雪が溶けた水は、あるものは水道水に変わり、あるものは地下にもぐって、何千年という旅をして、近くの平野の辺りの湧き水やら井戸水になるという。また、低温の魅力はかなり上げられる。一つだけ書くと、おいしいお酒を作ることを可能にしている。もう少し卑近なものではどうか。
寒い。暖かくしないといけない。それには、建物がその寒さに耐えるようになっていないといけない。それから、出来るだけ日が当たるような、冬の太陽を効率よく利用することが出来る、そうゆうことが思い浮かぶ。
カーテンを厚めのものにする。それから、今日やったことでいうと、
掃除などするときは、ちょっと冷たいが、窓を少し開けて、寒気に体を慣らすことも必要である。何事も、経験で、かつこの行為は新鮮でもある。冷たい水は、お肌を引き締める。これも、やはり体にはいい。少し体にガタが来るときで、また年齢にもよるが、やはり冬の運動は、雪かきに限る。出来るなら、うちの外に出て、道路の雪かきもやる。それを、用水に捨ててもいい。ただ、水の流れがあるところでやらないと。それから、田んぼにも、この雪を移動する。この雪が、有効であるようである。ときに、この雪の冷たさは、植物に、農作物にとってよくない、細菌などの増殖を抑えるという。
少し、体がホカホカする。きのうの疲労はまだ出ないが、一昨日のものがやって来る。しかし、ここはすこし、ゆっくりと冷えない程度に体を動かすと、その疲労もやがて、酸素が十分に送られることで薄くなり、細胞も元気を取り戻すようである。
ここで大休止だ。体のあるものは古くなって、壊されてゆく。しかし、同時にまた新しい細胞が、組織が作られ、少しその能力は増強されるようだ。こうして、寒くて冷たい時間少し体を動かし、汗を少しかき、大いに休憩する。また、あるときがくれば、そのときは、またやって来るはずだが、やはり体を動かし、雪をどける。無に等しい行為でありながら、体はちゃんとその働きを増している。しばらくすると、何となくだが、筋肉が付いたようになる。空を見る。雪が晴れて、青空が出る。こうなると、しめたもので、今度はコタツの中でちんまりしているのが、いやになってくる。こうして、雪の生活に適応した体は作られる。ちゃんと、春には、少し脂肪が減ってもいるはずであるが、
これが夢で終わらないよう、頑張りたいと、ホンの少し思うのである。
一面、雪か、あるいは道路の路面か、という世界で、光るものはこのサザンカだけのようである。雪をかぶり、雪と仲良くし、雪とともにある。
青空も、出る。かなりな頻度で、この青空は出る。これを見ないといけない気がする。雪の溶けた、小さなプールに映える青空もまた普段見ることのない色を見せてくれる。
複雑な気持ちになるときもあるが、このスイセンもやがて雪を撥ね退けるのではないか。確か、スイセンのあるものは多年生で、この程度のものになると、かなりな年月を過ごしているように思われる。
最後に、あまりたくさん雪は降りませんようにと、お祈りをする。