岡井隆編「集成・昭和の短歌」(小学館)
生方たつゑ(1905~2000)<大貫貞一選より>
http://www.city.numata.gunma.jp/introduction/bunko.html
戦前戦後を通じ、代表的な女流歌人であることは知っていたが、まとめて歌を鑑賞するのは、今回が初めてである。
私の持っている本には、著者の没年を記したものがなく、パソコンで調べたところ、2000年に逝去、長命の歌人であったことを知った。
「集成・昭和の短歌」所載の歌は、「山花集」と「「白い風の中で」の二歌集に限られている。生涯には、多数の歌集が出版されているようだが、今回は、主に、上記の歌集の中から、私の好みの歌を書き出すことにする。
ふりこめし二日の雨もはれぬれば斑雪(はだれ)流れて山肌すがし
痩せほそるこのししむらよ注射(はりさ)してなほ生(いき)の緒をつながむとすも
山の秋の陽脚短し手にふれし干物にいまだしめり残れり
薄氷うてば破れむ鉢のそこにわれば重たくうごく水あり
小夜更けを帰り給はぬ吾が夫(つま)に柚子湯わかして待ちてゐにけり
薄皮をぬぎてすがしく芽立ちたるサフランの鉢を日向にはこぶ
立ち並ぶ欅の細枝(ほそえ)むきむきに陽あみて空にひろごりにけり
齢(よはひ)更けし老母(おいはは)が家に安まりぬ薄きみ髪(ぐし)を梳きて参らす
朝土のつゆの蒸(あが)りにぬれにける韮の白花こぼるる幽(かそ)けさ
桐の実の雫に霑(ぬ)れて落つるありこのひとときのさびしさに堪ふ
(昭和10年、むらさき出版部刊「山花集」より)
謀られてゐるわたくしを意識して交はりゆけば夜の埃あり
あたたかきゆふべ秘密をもらすごと忍冬酒(にんどうしゅ)の甕の泡だてるおと
黒姫 妙高にならびて雲が照りてをり岡断(き)りて鳴る水も光りて
海石に貝を磨ぐ夜よかりかりとかなしき無機の摩擦音たてて
黄昏をよぶごとく吹く鳥笛よこだまは珪酸質のかるさをもてり
馬市に狡(ずる)き打算のこゑすれど仔をつれをれば馬は明るし
しろき帆布張りたるごとき雲起(た)てばわれに光りくる何の暗号
無機質に還へりし兄の壺抱けば貝よりさわやかに骨(こつ)が触れ合ふ
(昭和32年、白玉書房刊「白い風の中で」より)
その他の歌集から二首。(「日本名歌集成」より)
北を指すものらよなべてかなしきにわれは狂はぬ磁石をもてり
(第10歌集「北を指す」 昭和39年)
濁りたる川に花首揉まれゆくを見てをりしづかなる運命として
(第12歌集「春禱」 昭和43年)
いい歌、好みの歌が多く、その中から厳選して、上記した。
短詩系の文学では、作者の背景を知らないと、歌意を理解しがたいことも多い。が、この作者の場合は、肉親を詠った歌あり、風景や自然の営みを詠った歌あり、更には、作者の心象を詠った歌あり、歌材はいろいろだが、解釈に難渋する歌は少ない。
作者が誰かを知らずに読んだとしても、女流歌人であることだけは、言いあてられる。女性の心情の細やかさ、感覚の鋭敏さなどが、随所に見られる。
また、表現が美しい。古語も含めて、和語の美しさを感じる。
「海石の……」の歌にある<かりかりと>の例のように、擬声語、擬態語、畳語的な言い方が比較的多く、それが表現効果を高める言葉として、うまく生かされている。比喩表現の巧みさにも、感心した。