ぶらぶら人生

心の呟き

桔梗と梔子

2020-06-30 | 小庭の四季

 毎日、狭い庭に出て、その日の花に対面する。

 今日、注目したのは、桔梗と梔子であった。


  桔梗の蕾(昼前)

 

         ↓

 

 桔梗の花弁が綻びかけて(午後4時)

 

  

   崖向きに開花した桔梗二つ

 

  梔子(八重)の蕾(緑から白へ)

       昼前の姿

 

         ↓

 

 外側の花弁開く(午後4時) 

 花弁の独特な白が美しく、芳香もよく。

         ↓

 

 中の花弁も開き始めて(19時15分)

 蕾は三つしかないので、貴重な一花。

 一日に三度も、老女に眺められて、花は喜んでいるのかしら?

 

  6月最後の日の紫陽花(盛りを過ぎて)

 


  梔子の花を見たあと、夕空を見上げて。

 

  夕雲

 

  前庭から眺めた夕月(10日の月)

 

 無事、6月最後の日を迎えた。

 おぼつかない日々ながら、慎重に、自愛の日々を過ごして。

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『生きてるかい?』

2020-06-29 | 身辺雑記

    南木佳士著 

   『生きてるかい?』

  

   カバー作品・木村繁之


 作家・南木佳士のエッセイ『生きてるかい?』を読んだ。

 最初に読んだエッセイ集は、近作の『根に帰る落ち葉は』。次いで、『からだのままに』。そして今回、三冊目は『生きてるかい?』。

 まず、表題の<生きてるかい?>とは、誰が誰に向かっていう言葉なのだろう? と思いつつ、本を開く。人が人に向かって安否を問うときは、<お元気ですか?>とか、<元気かい?>が普通かな? と思ったりしながら……。


 表題と同じく「生きてるかい?」と題したエッセイが、冒頭に載っている。

 <生きてるかい?>とは、中堅の女性医師が往診したときの体験談として語った話に出てくることばであった。(以下、その部分を引用)


 <家の奥の部屋に寝たきりで、家人にはほとんど言葉というものを語らない超高齢者の骨と皮だけの胸を丁寧に聴診し、血圧を測り、脈を診(み)終えたとき、その老婆はおもむろに、

 「生きてるかい?」

 と、目も開けずに問いかけてきた。

 「大丈夫、生きてますよお」

 と、女性医師は声を大にして応えた。>


 かなり異様な光景である。

 年老いて、長く病臥の日が続けば、心身衰弱して、生と死のどちら側にいるのやら、自分でも分からない状態に陥ることはあり得そうだ。しかし、医師に、自分が生きているかどうかを問いただすというのは、そうそうあることではないだろう。だから、作者(南木佳士さん)には、女医から聞いたその話が、格別印象に残ったに違いない。

 終わりの方に置かれたエッセイ「長い影」の中で、再び老婆から「生きてるかい?」と尋ねられた女医の話が綴られている。

 「長い影」には、グレン・グールドに魅せられ、モーツァルトのトルコ行進曲を聴く場面もあった。

 [モーツァルト没後200年]を記念して、平成のはじめころ、モーツァルトに関する話題が、テレビで頻繁に報じられた。私自身も、その当時、テレビでモーツァルトの曲を聴くだけでなく、多数のCDを求めた。

 遠い日の思い出を重ねながら、エッセイを読むのも愉しいことであった。

 『生きてるかい?』の諸作品は、現在を描きながら、過去の体験や記憶を綯交ぜる書き方によって、掌編小説を読んでいるような味わい深さを感じることができた。


 「松江の夕陽」と題したエッセイには、題名どおり、穴道湖の落日が描かれている。と当時に、当地で講演されたことも記されている。

 (当時、市の図書館で、講演会の催されることは知っていたが、私は参加しなかった。作品だけで十分という思いがあったし、集会で知人に会うのは、少々億劫でもあった。)


 このエッセイ集は、<冬から春> <春から夏> <夏から秋> <秋から冬>の4部門に分けられ、各部門ごとに、13篇のエッセイが納められている。

 季節の表情も、あわせて愉しめるエッセイであった。


     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 今朝、新聞のお悔やみ欄で、同級生Y子さんの訃報を知った。

 戦時下、国民学校の5、6年生のとき、一緒に学んだ人である。(当時は、女子だけのクラスであった)

 散歩を日課としていたころには、土田海岸まで歩き、海辺近くのY子さん宅に立ち寄って、日暮れの海を眺めながら話したこともあった。

 が、ここ5、6年は、会う機会もなかった。

 思い出す友達は、故人ばかりである。


 歩くことが少ないので、回覧板を隣家に届けたついでに、団地の奥に向かって歩いてみた。スマホで歩数を測りながら。わずか700歩の散歩であった。

 崖の上に咲いて花と合歓の木。


  

   (名前を知らない花)

 

  

   合歓の木(今、花の美しい季節)

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藪柑子の小さな花

2020-06-28 | 小庭の四季

 地上10センチのところに、うつむいて咲く藪柑子の小さな花。

 覗き込もうと、ずいぶん苦労したが、 苦労の甲斐なしであった。

 

 


  袋状の、桔梗の蕾も見つけた。


 


 藪柑子も桔梗も、年々、その数が減ってゆく。その理由はわからないままに。

 なんでも<減る>というのは、心もとなく、寂しいことだ。

 同時に、減らないでほしいものは増えてゆくばかり。

 年が増え、白髪も増え、皺にシミも増えて……。

 せめて、不平不満の量は減らして、心穏やかでありたいもの。

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沖縄スズメウリの花と実

2020-06-27 | 身辺雑記

 髪のカットをしてもらうため街へ出た。

 ついでに、他用も済ませる。

 漢方薬局に立ち寄ったり、イオンで買い物をしたり。

 タクシーで帰る途中、回り道をして妹宅にも立ち寄った。

 午前中、義弟の法要が、(コロナのため身内だけで)行われることを知っていたので、気持ちだけのお供えを渡すために。

 持ち重りするものを運ぶ体力がなく、漢方薬局で買ったものを自宅へ配送してほしいとお願いした。が、店主が、午後、車で持参するからとおっしゃってくださった。

 2時までには帰宅すると伝えておいた。

 午後、2時過ぎ、持ち重りする水物を届けてくださった。

 「これはうちの奥さんからです」と言って、二種類のほかほかパンまでお土産にくださった。「みやこ編物」の前にあるパン屋さんで作られたものだとも、教えてくださった。

 そのパンの美味しかったこと! 高知のパン以来……と、思った。

 もう10年くらい前になるのだろうか。四国を旅し、高知駅の近く(駅構内であったかもしれない?)の喫茶店で、実に美味しいパンにめぐりあった。その口福を今なお忘れられない。それに劣らぬ味であった。


 夕方、いつものように早い入浴をすませ、夜着でいるところへ、玄関のベルが鳴った。

 妹と甥と熊本から帰ってきた姪と、三人の来訪であった。わずかなお供えを届けて、かえって気を遣わせてしまった。が、雨の降り始めた玄関先でのひとときの語らいは嬉しかった。


 今日は、美容師さん(O型はコロナにかかりにくいというデータの話から、血液型が話題となった)、薬局の主人、妹、甥、姪などにも会って、会話のある となった。 

 

 


 妹から、LINEメールで届いた写真。

 沖縄スズメウリの花と実

 昨年、「沖縄スズメウリをグリーンカーテンに育ててみたら?」と提案したのは私だった。写真を見て、そんな話をしたことは覚えているのに、その小さなウリをどこでみたのかは全く思い出せない。(ブログにも書いたはずなのに……)

 頭の中から、簡単にするりと抜け落ちる事柄がある。これこそ老化現象!

 実の色は、やがて赤くなるはずである。

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ムラサキシキブ・ルリヤナギ

2020-06-26 | 身辺雑記

 シロシキブに少し遅れて、ムラサキシキブも開花した。

 白い花は白い実となり、紫色の花は紫の実となる、自然の理はおもしろい。


 

 

 


 NHKの地方ニュースで、小泉八雲記念館の庭に、ルリヤナギの花が咲いたと報道した。(下の写真 テレビ画面より)

 

  

 

  


 この花に初めて出合ったのは、昨年であった。

 喫茶店「うつわ」で、瑠璃色の花を見せられ、ルリヤナギだと教えてもらった。

 ひと月に一度は訪れていた喫茶店「うつわ」へも、コロナのために長く行っていない。

 お店のAさんに電話して、無音を詫び、「ルリヤナギは咲きましたか」と尋ねてみた。

 やっと開花の気配、とのことであった。

 「うつわ」へゆくときは、途中の公園に立ち寄って、栴檀の大樹を眺めるのも楽しみにしてきた。そして、大樹から不思議な力をもらってきた。が、その栴檀にも、ずいぶんご無沙汰している。もう花の季節はとっくに終わり、緑の葉を枝枝に茂らせていることあろう。

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『からだのままに』

2020-06-25 | 身辺雑記

    南木佳士著

  『からだのままに』 

 

  

  カバー絵は、上田哲農(日本の洋画家・登山家)。


  この本には、20篇のエッセイが収められている。

 その20篇目のエッセイ「からだ」の中に、

 <みんな、きょう死ぬかもしれない朝にも、自分が死ぬとは思っていない。なぜなら、死のそのときまでは生きているのだから。>とあり、さらに

 <死ぬまでは必ず生きている「からだ」。その圧倒的な存在感のまえで色あせない世俗の価値を探すのはきわめて難しい。>とも記され、最後に、

 <かように書きながら悟りきれないわたしは風に吹かれるミノムシのごとく、からだのままに揺れている。>と、締め括られる。

 本の題名『からだのままに』は、アンダーラインを付したところから採られたのだろう。


  <初出紙誌>によると、2004〜2006年に書かれた作品である。作者は、1951年生まれだから、作品に投影されているのは、50歳代前半の生活であり、また心情なのであろう。あるいは、その年齢から振り返った過去であったり……。

 南木佳士さんの小説は、<私小説>的で、作品を通して作家の為人(ひととなり)やその経歴、人生体験などをおぼろに感じてはいた。が、エッセイを読むことで、いっそう作者の存在が身近に感じられ、20篇の作品をとおして、浅間山麓、信州佐久平での生活に羨望を感じつつ読んだり、作者の読書歴に触れたり、歌人の若山牧水の『新編みなかみ紀行』を知って読んでみたいと思ったり、大森荘蔵『流れとよどみ』は、早速Amazonへ注文したり……。

 エッセイをとおして、心を揺さぶられることが多い。

 作家・南木佳士について、この本の<あとがき>に、

 <医者になり、信州の田舎町に住み始めたのは二十五歳の春だった。他者の生と死に深くかかわらざるを得ない業の深い仕事に手をそめ、週末になると心身の疲労から扁桃腺を腫らして熱を出してばかりいた研修医は、その後、肺炎、パニック障害、うつ病、肺の手術などを経て五十五歳になり、まだなんとか生き延びている。>

 と、作者自身が書いておられる。

 一方、登山家並みの山登りをしたり、水泳、鮎釣りなどなど、私からすれば、体力的に絶対無理だと思える生き方もなさっている。そうした体験もエッセイの味わいを深めている。


 私はさらに、南木佳士著『生きのびるからだ』『生きてるかい?』『猫の領分 自選エッセイ集』も入手した。しばらく南木佳士のエッセイに、読み浸ることになりそうだ。


 その私の日々は、このところ、なかなか意のまま(こころのおもむくまま)とはゆかず、エッセイの題名同様、<からだのままに>にのらりくらりと生きざるを得ない状態である。

 日々の暮らしは、からだまかせ。からだの声に従って生きている。思うようにゆかないことは、全て歳のせいにして。

 

 

 

 読書の友は、大きめのカップにコーヒーをたっぷり入れて。

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紫陽花ほか

2020-06-24 | 草花舎の四季

 明日から、雨になるという。

 今日は天気の崩れる心配もなく、草花舎にゆく。 

 ひと時の憩いのと、散歩を兼ねて。


 

 

   


      日差しのある紫陽花の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

     スモークツリー(ケムリの木)

     ホファホファと煙を漂わせて。


 

 

     ナツメの花

 

 

    今日のコーヒーと抹茶ケーキ


 Tちゃんに、「今日は早く帰るね」と、あらかじめ公言しておく。

 草花舎へゆくと、ついつい長居をしがちなので。

 コーヒーとケーキをいただいたあと、庭をひと巡りして、豊かな緑と紫陽花を楽しんだ。


 [<ニラだれ>を作ったことをTちゃんに伝える。出来ばえを、写真で見ていただく。]

 

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三つの実

2020-06-24 | 身辺雑記

 花は、実となるものが多い。

 今日は、三つの実に気づいて、足を止めた。


 その1)

 なんの花だろう?  と、[6月3日のブログ<珍しい花>]で書いた花が、今日、草花舎の帰り、その傍を通ってみると、実となっていた。

 石榴の花に似ているとは思ったし、「ザクロの花では………」と、コメントしてくださった方もあった。

 今日見ると、花は間違いなく石榴の形に姿を変えていた。

 鳥が種を運んだのであろうか?

 今のところは、歩道を歩く人の邪魔にはならないが、木が大きくなれば、すぐ伐採されるだろう。せめて、実が熟すまでは、今の位置に止まっていて欲しい。

 

  

  左下の赤色は、小さな蕾。


 その2) 

 梅の木(だと信じていた木)には、不揃いの奇妙な実ができていた。

  

 

           ↑

   

   (3月19日のブログに載せた花。)

    これは、梅ではないのかしら?

     [追記 7月3日]

    Remさんから、木瓜の花だと教えていただいた。

    言われてみれば木瓜の花!

    木瓜の実は、お世辞にも、美しいとはいえない!?


 その3) 

 白椿の実(「かたし」)

 

 

 椿はみな実をつけるとは限らないようだ。淡紅色、濃紅色の花の咲く椿では、実に気づいたことがない。(ただし、家の木に限っての話。)

  


 草花舎からの帰り、途中から近道をする。

 国道をそれて校庭を斜めに横切り、写真の石段を登ると、三角形の底辺を歩く理屈で、確実な近道となる。

 しかし、この石段の足場はかなり悪く、しかも急坂である。

 老女の歩く道ではないと言われるが、今日も近道を選択して坂を登った。(体力テストも兼ねて。)

 最近は、上りきると、息が弾むようになった。


   


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ギボウシの花とシロシキブの花

2020-06-23 | 小庭の四季

 ギボウシの花が咲き始めた。

 梅雨期に咲く花である。

 地面を覆うようにして、まず大きな葉が目立ち、間もなく長い茎が伸びて花が咲き始める。細い茎が不安定で、花の開花が始まると、たちまち弓状に曲がってしまい、少々行儀が悪い。

 それでも、花が咲くと嬉しい。

 

  

 

  

  こちらは、斑入りの葉。(花は同じ。)

 

  

  花は俯き気味に咲く。無理して、花弁の中を覗き込んでみた。

  花芯は、真っ直ぐ伸びずに、一方に曲がっている。

  茎も花も、どこかか弱げである。

  

 シロシキブの小さな白い花も開花。

 (ムラサキシキブより一足早く……。)

 花の後には、白い実となってまた眼を楽しませてくれる。

 

 

 

 



       ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 今日は食料品の買い物に出かけ、ニラや唐辛子も買ってきた。そして、草花舎のTちゃんに教えてもらった<ニラだれ>を作ってみた。

 ニラ1束を小口切りするのは、少々根気のいる作業だった。

 メモに従って、材料を混ぜ合わせ、蓋つきの器に収めた。

 ニラを刻みながら、量が多すぎるのではと思ったが、和え終えると、小さな器に収まる程度の量(かさ)となった。

 冷奴とか、トマトや胡瓜、ソーメンなどに添えても、主体の味を引き立ててくれるし、体にも良いと教わった。

 さて、一晩寝かせて、草花舎で試食させてもらったようなお味になるのかどうか?

  

  

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庭の紫陽花

2020-06-22 | 身辺雑記

 晴れの日の、わが家の紫陽花。 

  

 


 過日、友人とたわいない人物談義をしていたところ、友人から、島根県東部の出雲人は紫陽花に、島根県西部の石見人は桜に例えられるのが一般的だ、と聞いた。私にとっては初耳であった。

 散り際がさっぱりしている桜と、枯れても落花せず枯死のまま姿を止める紫陽花と、そのいのちの収め方の違いを、地域の住民性の違いとして表したものらしい。

 その喩えが当てはまるほど、果たして、地域人の持ち味に違いがあるものかどうか。

 出雲弁と石見弁は、ずいぶん異なるけれど、性格や人間性の違いについては、さて、と考える。

 長い歳月を生きてきて、色々な地域の様々な人に接してきた。が、その地域との関わりで人柄の違いを考えたことはない。

 同じ環境で育った兄弟姉妹でも、性格も考え方も、ずいぶん異なる。そして、人はみな、それぞれ違いがあるからこそ面白い、とも思う。

 その違いの背景に地域性がないと断定はできないかもしれないけれど、より個の問題であるような気が私はする。

 紫陽花の盛りを眺めながら、ふと、過日の話題を思い出したのであった。


 また、縄文・弥生論でゆけば、紫陽花は縄文的、桜は弥生的ということになるのだろうな、と思いつつ、見上げた空は、一片の雲もない紺碧の空であった。

 

 

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