ぶらぶら人生

心の呟き

探し物と処分

2009-01-31 | 身辺雑記

 先日来、探していたものがある。
 電気掃除機に取り付けるゴミ袋。
 ここに置いていたはずだと思う場所にない。かなり大型の掃除機なので、しばしば袋を取り替える必要はない。が、この前、掃除機を使ったとき、ゴミの吸い込みが非常に悪いことに気づいた。ゴミを吸うと点灯する赤いランプもつかない。開いてみると、ゴミ袋はパンパンになっていた。

 一昨日に続き、体調のよくない昨日だった。
 血圧の上限が、180前後から下がってくれない。
 29日は終日、180以上あったので、折角準備したお風呂にも入らずに体を休めた。それに比べれば、少しはマシなのだが、頭部の不愉快は初めてのことなので、なにしろ不安だった。
 じっとしていると、余計不快を意識し、精神的にもますますよくないので、病院の先生から言われた<安静に>を無視し、昨日は郵便局に出かけたり、ゴミ袋探しに本気で取り組んだりした。

 が、ゴミ袋は思った所にはない。となると、溜め込んだ袋類の(買い物や贈り物でいただいた)、その山の後ろにあるとしか考えられず、覚悟を決めて、袋類を処理することにした。
 詰め込めるだけ詰め込んだ大きな袋を廊下に出し、個々の袋を取り出した。たちまち、歩き場もないほど、狭い廊下が、紙袋で埋まってしまった。
 が、相変わらず、掃除機用のゴミ袋は見当たらない。いよいよ注文するしか仕方ないのかと思いつつ、ふと戸棚の下を見ると、目の前に探し物は存在していた。もう一つの、小さい掃除機用のゴミ袋も一緒にまとめてあるのだった。
 <やっぱりな>と、記憶の正しかったことに安堵し、<灯台下暗し>とは、まさにこのことだと苦笑した。

 その後が大変だった。
 パンパンのゴミ袋を掃除機から取り外すのにも苦労したし、次には、取り付けがうまくいかない。
 そんな時、すぐ人を頼りたくなる。ちらと、電気店に電話しようかと思ったが、こんなことでいちいちお世話になっていたら、迷惑千万! 先日も、エアコンの効きが悪いと、M 電気店に来てもらったところ、何の異常もなかった。私が勝手に、リモコン操作を誤っていたらしい。
 なんとか自力でと、朱色の袋に黒字で書かれた、見えにくい説明書きを読んだ。その指示に従うと、なんということはなく、収まるべき位置に袋を取り付けることができた。大仕事をしたように疲れた。

 続けて、廊下をふさいだ袋を片付ける元気はなかった。
 夕食の後に、自らを励まして、片付けにかかった。市の指定したゴミ袋に詰め込むと、3袋にもなった。よく溜め込んだものだ。
 どうしても捨てるに忍びないもの、役立ちそうなものだけ残して、あとはみな処分することにした。
 以前は、同じ箇所に、箱の山ができていた。それは意を決して、5年前に片付けた。そして今は、美しいお菓子箱など、未練があってもすぐ処分することにしている。同じことをこれからは、紙袋にも応用しなければならない。
 整理下手は、物惜しみする性質と無関係ではあるまい。
 <物を潔く捨てる>という今年の決意は、相変わらず実行できていない。
 昨日が、初めての実践日となった。

 袋を処分した後、夜ふけの廊下に掃除機をかけると、凄まじい音を立てて、ゴミを吸い込んでくれた。


 今日で、1月が終わる。
 早いひと月であった。
 今月は、色々な事がありすぎた。
 
 昨夜は、体調の不具合に加え、精神的にも疲れていた。
 ベッドへ、加島祥造の『求めない』を持ち込んで読んだ。
 大方が詩篇なので、たちまち読了した。
 2007年の師走、上京の際、旧大丸の書店で求めた本である。
 そのときも、この本については、ブログに書いた。
 精神修養の足りない私にとって、この本は、心が行き場を失ったとき、ささやかな道しるべとなってくれる。

 <人生には惨めさがなくなれば、小さな幸福がひらけるだろう。人生の中から惨めさを消すには、ひとに求めないことだ。ひとはかならずあなたの期待を裏切るからだ。
 また、自分にも求めないことだ。求められるほうの「自分」は、求めるほうの「自分」を裏切る。……略……人は他人にも自分にも求めなくなった時、「随所の主」となることができそうだ。>
 (「あとがき」より)

 <求めない――
  すると
  心が静かになる>

 <求めない――
  すると
  楽な呼吸になるよ>

 
そんな詩句を呪文のように唱えたが、やはりうまく寝つけず、深夜、薬の力を借りて就寝した。ところが、二時過ぎにはまた目が覚め、半錠の薬を飲み足さねばならなかった。
 精神を平静に保つことの、大変難しい時がある。


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戦時下育ちには懐かしい (種子島の蜜芋)

2009-01-31 | 身辺雑記

 先日、ダイレクトメールを見ていて、飛びついたものがある。
 種子島の蜜芋。(写真)
 甘さが格別だと紹介してあった。

 子どものとき、お芋は最高のおやつだった。
 幼少時は砂浜の広がる海辺に暮らし、特に薩摩芋がおいしかった。その味が懐かしい。しかし、その後、子どもの時に味わったものと、同じ味になかなか出会えない。
 もしかして、このお芋は、私の心を満たしてくれるかもしれない、そう思って注文したのだ。 蜜芋という表現に惹かれて。
 見かけの色はよくないけれど、小ぶりで食べやすい大きさだ。
 二つだけ、球形のお芋が入っていた。(写真の左側)
 これは原種であろうか?

 すでに、電子レンジで焼いて、食べてみた。
 おいしいけれど、子ども時代に食べた味には及ばない。
 戦争中の食生活の貧しさが、当時のお芋の味を、格別引き立てていたのかもしれない。
 それに、私の体調不良も、ものの味を不味くしているのかもしれない。

 健康はありがたいことだ。不具合が生じると、しみじみ思う。
 今日のカレンダーには、奇しくも、下記の英文が載っている。

 <Health is better than wealth.>


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嵐の中の臘梅

2009-01-31 | 身辺雑記

 今朝も、起きづらくて、ベッドでぐずぐずしていると、枕元に、ガラガラと転がる物の大げさな音がした。室内にいても、相当な嵐模様であることは、空をうなる風の音、地響きに似た轟音で想像していた矢先であった。
 すぐ、背戸に置いている3個の分別箱と、蓋が風にあおられたのだと分かった。
 昨日は高血圧が気になり、前夜(29日)、入浴も控えた状態だったので、ゆっくり体を休めようと意識してベッドに休んでいたところ、ヤクルト配達の若い女性に起された。9時であった。
 それに比べれば、今朝は早かった。時計を見ると、7時前。が、活動開始に早すぎる時間ではない。それを機に起き出し、背戸に回ってみた。ガラス容器の箱だけは、自らの重みで風に動じず、あるべき位置にあった。他の二個の容器と軽い蓋3枚は、ベッドの部屋の前まで吹き飛んでいた。

 幸い、雨は小降りだった。
 見ると、裏庭の蝋梅が、嵐の中、開花し始めている。まだ薄明の庭に、星の瞬きのようであった。健気に咲く花は、一瞬、元気を出せと、励ましてくれているように思った。(写真)

 高血圧症という病名をもらったのは、父の死の直後だったので、よく覚えている。平成6年10月末であった。以後、15年間、薬のお世話になっている。
 その血圧が、今週はずっと気になり続けた。一日だけ(27日)、快調な日があった。その日は、友人の訪問を受け、快く語らった日なので、気分がのどかだったのだろう。
 その他の日は、後頭部に不快感があったり、頭に亀裂が入った感じになったり、脈拍数が非常に多くなったりして、意識しまいと思っても、正常ではないと、感じ続けた。

 28日には、内科の定期検査を受け、先生にも相談した。
 薬はすでに2種類飲んでいる。それでも高くなったときは、どうすればいいか、先生に伺った。とにかく安静に…、というのが先生の指示であった。
 ところが、困ったことに、安静にしていると、頭部の不快感がいっそう気になるのだ。
 病院で計ってもらった血圧は、上が140で、<まあいいですね>と、先生はおっしゃった。 だが、その夕は、170と高めだった。
 実は、今、私の飲んでいる薬名が気になって、いただいている薬の説明書きをみると、<プロプレス錠4 4mg.>と<ノルバスクOD錠 5mg.>となっている。
 <薬の主な作用>を読むと、私の症状に効きそうなことが書いてある。信じて飲んで、心穏やかに過ごすことが大事なのだろう。
 兄の死後、2週間が過ぎたばかりで、心理的なストレスを拭いきれていないのかもしれない。

 今、パソコンの部屋から、窓越しに南の風景を眺めている。小山の木々の揺らぎが少し穏やかになってきた。が、風の音は相変わらずだ。


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名残りの雪

2009-01-28 | 身辺雑記
 今日は内科の定期検診を受けた後、タクシーで街に出た。
 グラントワに寄って、「ポニー」で昼食をとった。
 廊下を歩いていると、中庭の屋根の下に、消え残っている雪が見え、もの珍しいものを見る思いがした。大屋根から雪崩れた雪らしい。
 25日の朝、妹が安否を尋ねて、電話をくれた。その時、街の方は、<ちょっとした雪景色だ>と話していた。が、平地に降る雪だから、知れたものだろうと思っていた。
 タクシーの運転手が、
 「先日は、久しぶりにツララを見ました」
 と話されるのも聞いた。
 それでもなお、この土日、街の雪が、かなり降り積んだ上に、寒冷の日だったらしいイメージが、容易に湧かなかった。

 グラントワの中庭に消え残る、名残りの雪を見て、初めて、両人から聞いた話が納得できたのだった。
 今朝は、珍しく大霜の朝だった。この冬、冷え込みの一番厳しい朝だった。
 が、日中は穏やかに晴れ、一片の雲もない青空であった。
 中庭の残雪は日差しを浴びて、昼過ぎという時刻、ゆるやかに溶けてゆく気配であった。



 下の写真は、わが家の庭に、24日の夕、降り積もった雪である。
 須臾にして消えてしまう、はかない雪であった。


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久しぶりの草花舎 (弔意の水仙)

2009-01-26 | 草花舎の四季
 前回、草花舎を訪れたのは、いつであったか。
 すぐには思い出せないほど、間遠になった。
 まだ、平坂常弘作品展が始まったばかりのころであった。会期中に再度訪れるつもりだったが、兄の死去のこともあり、機会を逸してしまった。

 11時過ぎに予約の電話を入れた。
 Y さんは、しばらく訪れない私の安否を気にしてくださっていた。ブログの投稿も怠りがちになっていたし……。
 兄の大病については、ブログにも書いたし、Yさんに話してもいたので知っておられた。ただ、兄が他界したことはご存じなかった。

 平素は、出かける曜日をほぼ決めているので、電話をしないことが多い。しかし、この度は、あまりにも永らく訪れることができなかったので、電話を入れ、1時過ぎの昼食を予約したのだった。その折、兄の死のことにも触れた。
 
 私が草花舎に出かけたときには、22日のブログも読んでくださっていた。食事を済ませ、他の客が帰られた後は、ストーブの傍で、Y さんと二人で話し込んだ。
 一人の人間が、この世からいなくなることに伴う、諸々の煩雑さ、人の心の複雑さ、この世の様々な人間模様などなどについて…。

 そのうち、22日のブログに載せた英会話の話になり、
 「最後の文はどういう意味ですか」
 と、Y さんに尋ねらた。
 私は一瞬、何を書いたか思い出せなかった。が、記憶を辿っているうちに、会話文が蘇ってきた。
 「ああ、<freezing cold>のについての会話ね」
 パソコンを開いて確かめようと、奥の部屋に入ろうとされるYさんの背に向かって言った。
 「<I just took the trash out.>のこと?」
 と、私は頼りなく発音した。
 <どうして今日が、震えるほど寒い日だと分かったの?>という問いに対し、上記の返事が返ってきたのだ。
 訳としては、<今ゴミを出して来たんだ。>とあった。

 それから、しばらく英会話の話になった。
 私が、
 「カマクラは、英語で言うと?」
 と尋ねると、Yさんは、ほぼ即座に、
 「snou house ?」
 と、答えられた。
 26日のカレンダーに、
 <Tt was really hard to build a big snow house yesterday.>
 と出ていたのだった。
 その朝、カレンダーを見たとき、なるほど、<カマクラ>は、<snow house>でいいのだと思いつつ、その前日に読んだ本『日本語が見えると英語も見える』(荒木博之著・中公新書)で知り得た知識を思い出した。
 英訳に当たって大切なことは、<中間日本語>(外国語に移行可能な程度に最小限度整理された日本語)をすばやく思い描く頭の働きが大事だということを…。
 <カマクラ>は、その具体例として、やや単純過ぎるきらいはあるが、いい例と言えそうだ。
 コチコチな頭で、カマクラ、カマクラと考えても仕方がない。
 Yさんのように、<雪で作られた家>という発想転換ができればいいらしい。
 私は、ひとしきり<中間日本語>理論について、Yさんに受け売りの説明をした。

 もう一つ、上記の英会話文の中の、<It was really hard ~ >は、応用可能な表現で、他の場面でも使えそうだと、二人で話した。
 (英会話つきカレンダーは、大いに役立ってくれそうだ。)

 帰るとき、Yさんから、水仙をいただいた。
 白い紙のラップには、濃紺のリボンがかけてあった。この花には、Yさんの弔意が込められているに違いない。
 「水仙の香は、心を癒してくれますから…」
 と、私の傷心をいたわっても下さった。

                               
  

 (写真は、いただいたときの水仙と、花瓶に挿した水仙。)

 草花舎には、平坂常弘さんの、初めて見る絵がかけてあった。
 先の作品展の後、旧作を改めて展示されたのだそうだ。
 大作から小品まで、惹き込まれる作品ばかり。また次回、ゆっくり鑑賞したい。
 今日は、いつも所持するカメラを忘れていて、庭の風景も撮れなかった。
 氷雨の静かに降る午後で、庭めぐりには、不向きな日でもあったのだが…。
 この冬は寒い日が多い!

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1月22日 (誕生日)

2009-01-22 | 身辺雑記

 今日は、76歳の誕生日である。
 <人生の余白がいよいよ残り少なくなった>というのが、今日の感想である。
 格別な決意もない。ただ来年のことなど考えず、一日一日、できるだけ充足を楽しんで生きたいと思う。

 17日の早朝、兄が他界した。享年80歳。
 長じてからは、生活を共にしていないのだが、特に父亡き後は、心の中で頼りにしていたので、今は支柱を失ってしまったような心もとなさ、寂しさを覚えている。
 兄は、昨年、心臓の手術を受け、無事退院の後、間をおかず脳に腫瘍が見つかり、重ねて手術を受けた。
 手術の翌日には、電話で成功を伝えたり、メールをよこしたりした。その恢復ぶりに驚いた。が、その後ははかばかしくなく、徐々に病状は悪化し、昨年末には命永らえるのが難しい状況となっていた。
 病床で命をつないでいるだけの、病臥の兄を想像するより、他界後は、かえって安らぎの中にあるのだ……と思え、気持ちの上では楽になった面もある。
 18日に通夜、19日に葬儀があり、思い出の中にしか存在しない兄となった。

 生きることは、係わりのある人との永訣を余儀なくさせられることでもある。
 私はこれまでに、心の中の、大切な存在を、たくさん失ってきた。
 寂しいことではあるが、私は、私の残生を生きていくしかない。

 大寒中の誕生日なのに、今日は寒さと無縁の日であった。
 過去二年の誕生日には、小さな旅に出た。が、今年は兄の病状を案じて、それができなかった。
 今日は家で過ごし、妹たちや友人からの祝福メールや電話を受けた。
 あまり穏やかな天気なので、昼前、土田の浜まで散歩に出かけた。
 気分転換を図りたい思いもあって…。
 (その際、目にした日本海や植物をカメラに収め、別稿に留めた。)

 昨日、友人から、<超かんたんな英会話>入りのカレンダーをいただいた。
 旺文社から出ているもので、私にとっては嬉しいカレンダーである。
 このところ、中国語より英語の方に関心が向いている。スーザンさんと、少しでも会話ができればいいと思っているので……。
 どれだけ英語力の向上に役立つか分からないけれど、毎日、簡単な英会話に接することは、頭の鈍くなっている私にも、何らかのプラスにはなるだろう。

 ちなみに、今日の会話は、以下のとおりである。

  A ; Wow, it's freezing cold today.
  B ;  How do you know ?
  A ;  I just took the trash out. 


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今日の海辺

2009-01-22 | 旅日記




 海辺は、春めいていた。
 のたりのたりの波が、磯にゆったりと打ち寄せていて……。
 波止場で、若布刈りをする女性の姿もあった。

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道の辺の植物

2009-01-22 | 散歩道
 山蔭のヤシャブシ
                     国道わきの水仙

 海辺のタンポポ

 道の辺のナズナ

 今年に入って、二度目の散歩に出かけた。
 大寒というのに、今日は寒さ知らず、その上、風もなく穏やかな天気であった。
 汗ばんできたので、途中からコートを脱いで、腕にかけて歩いた。

 今は、一番色彩の乏しい季節である。
 路傍の草木の大方は、まだ冬の眠りの中にあった。
 ヤシャブシは昨秋の実を枝に残し、新芽をのぞかせていた。
 地に這う黄のタンポポや、白い小さなナズナの花が目に留まったくらいである。
 季節の花、水仙も、まだ盛りには至っていない。

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柿の実に群がる小鳥たち

2009-01-16 | 身辺雑記


 昨日の午後、友人を送って外に出たとき、隣家の柿の木が一斉に騒がしくなった。たくさんの小鳥が実を食べにきていたのだ。危害を加えるわけでもないのに、足音に驚いて飛び立ったらしい。むしろ、私の方が驚いた。
 私の姿が消えると、また鳥たちはやってきた。雀だけでなく、カラスも一羽混じっていた。別に争う様子もなく、餌をあさっているのだった。

 友人を見送った後、カメラを持って、そっと近づいてみた。
 餌を啄ばむ小鳥たちをカメラに収めようと。
 しかし、失敗であった。
 小鳥たちの大方は飛び立ってしまった。わずかに、餌の誘惑に勝てなかったらしい鳥の数羽がカメラに納まっていた。鳥にも、本来図太さを備えたのがいるのだろうか。
 写真には、メジロの姿もある。(左下の方に)
 里に小鳥の下りてくる季節がやってきたのだ。
 やがて、鶯も、姿を見せるだろう。

 こういう形で、柿の実が姿を消すとは思わなかった。
 熟した実は、渋も抜けておいしいのだろう。格好の餌であるに違いない。
 中身を食べられた柿の実は、皮だけを残し、襤褸切れのようにぶら下がっていて哀れである。まだ形の残った実もあるけれど、食べ尽くされるまでに、そう日数はかからないだろう。

 同じ木を撮影した12月16日の写真を添付してみた。
 一ヵ月前の姿である。
 完熟した実は、落葉した枝々に形を留め、見事な美しさであった。

 

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雪の山口線 (日原駅ホーム)

2009-01-16 | 旅日記

 過日、13日、山口線の列車に乗った。
 前日から、大雪の注意報が出て、私の住む海辺の里にも、時おり雪が舞い、特に島根の東部には、かなりの雪が降り積もっている様子であった。
 雪が降ると、雪の中に身を置きたくなる。

 用を兼ねて、山口線に乗った。
 予想通り、横田を過ぎた辺りから、雪景色に変わった。
 県境は、小規模(?)な雪国。
 本格的な雪国とはいい難いが、一番身近に雪景色に出会える場所である。

 雪が好きなのは、大寒の生まれのせいか?
 寒いのが好きというわけではないが、雪はいい。
 雪の降らない冬は面白くない。

 昭和38年の記録的な豪雪を、津和野で体験した。
 下宿の二階の窓から、どっかりと見えるはずの青野山が、一階の屋根に降り積もった雪で遮られた。氷室の中での生活だったが、得がたい体験であった。部屋に置いた牛乳が凍ってしまうなど……。
 今ほど、防寒の設備は普及していなかった。電気炬燵と粗末な石油ストーブが、頼りだったように思う。
 今は失せてしまった若さが、寒冷に耐える一番の力だったのかもしれない。
 その後、数年は、雪の多い冬であった。吉賀の冬も忘れがたい。
 アパートの水道が凍てつき、幾日も水に不便したこともあった。
 雪は、詩的風情を与えてくれる一方で、生活に不便をもたらすこともある。
 それにも拘らず、冬は雪の降るのがいい。
 雪にまつわる思い出も、雪の風情の中でこそ、懐かしい。

 写真は、日原駅のホーム。
 安蔵寺山の標識も雪を着ている。
 その山のある辺りには、春まで消え残る雪が降り積もっているのかもしれない。

 今朝、NHKのニュースで、<しが(氷河)>という言葉を知った。
 画面には、川を流れる氷が映し出されていた。(残念ながら、川の名前は聞き落としてしまった。)
 初めて耳にした<しが>を、広辞苑で、すぐ確かめてみた。

 しが(方言) ①(東北地方で)氷、または、つらら。
         ②(福岡・山口県で)女の魚行商人。

 と出ていた。いずれの方言も知らなかった。
 ただ、アナウンサーが紹介していた<川を流れる氷>の意味は出ていなかった。
 歳時記に当たってみたが、季語としては定着していないらしい。
 ついでに、日本国語大辞典を調べてみた。さすがに、この辞書は詳しく、<しが>という方言について、以下のように、7種類を紹介していた。

 ①氷 ②水面の氷 ③川を流れる氷 ④垂れ下がった氷。つらら。
 ⑤霜柱 ⑥雪が気の物に触れて霜がおりたよになったもの。
 ⑦霧氷

 方言なので、どの地方の言い方であるかも取り上げてあったが、ここに記すのは省略した。
 今朝のニュースで伝えていた<しが>の意味も出ていた。(③の意味。<千葉県東葛飾郡>の方言である、と。)
 ただ、<しが>に、漢字の<氷河>を当てた説明はなかった。

 方言の謂れが分かるものは少ないけれど、地方によって様々な言い回しがあるのは、表現を豊かにして、面白い。


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