ぶらぶら人生

心の呟き

早くも、一月往ぬ!

2018-01-31 | 身辺雑記
誕生月が、怱々と過ぎ去った。

今日は、合銀の方(女性二人)が来宅。
コーヒーを飲みながら話すのは楽しかったが、ただそれだけ。

寒い夜、皆既月食が気になり、幾度か外に出てみた。
大方欠けたお月さまが、ぼんやり霞んで見えるだけであった。
(その後は外には出ず、テレビで放映される各地のお月様を見る。)



庭から見た月。
(どこにあるか分からないほど不鮮明。)


テレビ画面より。
皆既月食後の赤い月。
北海道北見市。

確定申告書の作成

2018-01-30 | 身辺雑記
1月30日

昨日帰宅してみると、
確定申告の書類が届いていた。
提出期限はまだ先なのに、
いずれしなくてはならないことは、
さっさと片付けないと気が済まない。
昔から、機械的にすむことは、
早々に処理したい方であった。
が、老いが深まるにつれ、
心急くことがひどくなった。

今朝は寝坊したので、
申告書の作成は、昼前になった。
必要書類を貼付したり、
数字の記入に神経を使ったり……。
昼食と休息を挟んで、完成したのは2時半となった。

3時過ぎのバスで税務署へ行き、
書類を提出。
大仕事を果たした思いである。







税務署に向かう道で、深紅色の梅の花に会う。



三つの出来事。


その1)
街に出るバスの乗客は、私一人であった。
(過疎地の現状。運転手に対し、申し訳ない気持ちであった。)

その2)
ショッピングセンターの前で、帰りのタクシーを呼んだ。
その運転手さんは、昨日の帰宅時、乗せていただいた人と同じであった。
さらに、河口の部屋からS眼科に行くときにも乗せていただいた。
こんなに連続して、同じ運転手さんとご縁があるのは珍しい。
指名したわけでもないのに。

その3)
ショッピングセンターを出ようとしたとき、杖にすがる老人に声をかけられた。
とっさに、私は誰なのか分からなかった。
名告られても、なお分からなかった。
よくよくみると、かつて同じ職場で一緒に働いた人だった。
89歳という。

老いとは、このようにやってくるのかと思った。
よく知る人だと分かると懐かしく、入口の椅子にかけてしばらく話した。
「好々爺」というのは、こんな人のことだろうと思った。
が、昔日の面影はなかった。

人ごとではない。
私も、昔の仲間に会えば、「まあ、お婆さんになって」と思わているのだろう。
お婆さんはお婆さんらしく、これからは、もう少し控えめに生きよう。
85歳は、どう考えても、老人なのだから。

ロウバイ、まだ開かず

2018-01-30 | 身辺雑記
1月29日

ロウバイが咲いているのを期待して帰宅。
しかし、蕾はまだ開花をためらっていた。
寒い日が続くためだろう。
わずかではあるが、
黄色の量が増えてはいる。

待つ私は、せっかちである。
が、ロウバイにはロウバイ独自の、
成長プロセスがあるのだろう。

ゆっくり待っていよう。






帰宅して程なく、クロネコのTさんが、
アマリリスの鉢を届けてくださった。
激しく吹雪の舞う中を。

久しぶりに、
アマリリスを育ててみることにしたのだ。
帰宅したときの楽しみに。
手のかからない植物なので、
私のような無精な人間には適している。


左・スプラッシュファイアー
右・スノーホワイト


箱から出して、
50ccの水やりをした。
芽や葉が出るまでは放置してよい。

さて、いつの日、緑がのぞくだろう?

苺とご飯

2018-01-28 | 身辺雑記
1月28日

今朝は、首に汗をびっしょりかいて目覚めた。
暖かい朝だったのだろうか。
左耳の後ろ側には、多少痛みがあるような?
いつものように、階段昇降運動も試みたが、
なんとなく気だるかった。

河口の部屋に6日連泊するのは初めてのことで、
少し疲れ気味なのだろうか?

それでも、5号室のKさんからいただいた
見事な苺🍓は、
美味しく、おやつにいただいた。




夕食中に、ノックする人があった。
出てみると、17号室のYさんである。
お茶碗とお箸を持っておられる。
「ご飯が多いから、少し食べて」と。

私自身、ご飯は好きだが、100グラムで十分!
余分にいただくほど、食欲旺盛ではない。
それに、おやつには、
一度にいただくのはもったいないほど大粒の苺を
美味しさにかまけて、みんないただいてしまった。

Yさんの気分を損なわないよう気遣いしつつ、
よろよろなさるYさんに手を添えながら、
お茶碗をYさんの部屋に運ぶ。

お膳の上にご飯茶碗を載せ、
「食べられるだけ、召し上がって」
と、言いおいて、さよならした。

Kさんは、特別お若い。
が、他の大方は、私を含めて、かなりの高齢者である。
それぞれのお部屋で、24時間、何をなさっていらっしゃるのか分からない。

今のところ、私自身は、したいことがたくさんあり、
退屈を知らないのだが……。

この度の芥川賞『おらおらでひとりいぐも』(若竹千佐子著)は、
人生の晩年を描いた<玄冬小説>とか。
その言に従えば、
ここは、<超玄冬社会の世界>と言えそうだ。



数日前から、ブログの「簡易プレビュー」が廃止され、私にとっては不自由極まりない。投稿前に、掲載写真の確認もできないし……。

久々の青空

2018-01-27 | 身辺雑記
1月27日

完璧な青空ではないが、
久々に、青い空を眺めることができた。
しばしば、暖色に包まれた景を窓越しに眺める。
気持ちも、暖かく和んで。

ときおりベランダに出て、
深呼吸する。
冷たい空気が、新鮮で心地よい。


午前中の空。


遠い山並みも眺める。(午後)

午前中は、漢詩の勉強。
初めて、その名を聞いた<薩都刺(さつとら)という詩人の漢詩。

結句の「老鶴一声山月高」が気に入り、
フリクションの色鉛筆で書いてみる。
本の上に無造作に置いている鶴を添えて。
(老女の遊び)



午後のひととき、
階段の昇降運動。
寒さのため、外歩きができないので、
5日連続して昇降運動。

昨年は手すりを持って歩いていたが、
今年は、階段の中央を注意深く歩いている。
踊り場では呼吸を整え、屈伸運動などもして。

危険を恐れ、じっとしていて、
かえって不自由な体にならないように。
(転倒や転落には気をつけ、慎重に。)

踊り場の上にある長窓からの眺め。
(5階と2階より)
以前のブログにも載せたが、
今回は冬景色。







階段。

……………………………


筑摩書房刊、現代日本文学大系『志賀直哉集』で、「暗夜行路」を昨日から読み直している。
1921(大正10)年から1937(昭和12)年にかけて、断続的に発表された長編小説である。
今や古典的作品に分類されても不思議ではない。
しかし、むかし読んだときもそうであったが、いま読み返しても全く古さを感じない。

ただ、本は重いし、上下二段組の活字は小さいし、なかなか読み進まない。
主人公・時任謙作のまだ若い時代を読んでいる。

一言一句を味読して楽しみたい。

S眼科とドコモショップ

2018-01-26 | 身辺雑記
来る日も来る日も、同じスペースに閉じ込められた生活に、うんざりする。
寒冷の日が続くうえに、インフルエンザの患者数が増えているという。
散歩に出かけたいのだが、不要の外出は控えるべきなのだろう。

そうは思いつつ、外の空気に触れたくなり、この際、眼科の検査をを受けておこうと思い立つ。
外出の許可を得て、タクシーでS眼科へ行く。
白内障の手術を受けたのが平成26年。4年前のことになる。
見えすぎると思うほど細やかに見えていた視力が、術後のようにはゆかなくなった。
半年に一度は検診を受けるようにしていたつもりだったが、昨年は一度も受診しなかった。

右の視力が少し落ちていたが、眼鏡を作り変える必要はないとのこと。
読書やタブレットで、眼を使いすぎている感じだが、それを控えれば楽しみが減ってしまう。
眼の疲れに効く目薬があればありがたい、と思っての受診であった。

視力検査や診察の結果、「サンコバ点眼液0.02%」を処方していただいた。
少しでも、眼の疲れによる不快が緩和されればありがたい。

時間的な余裕があったので、S眼科からタクシーでドコモへ。
<通信のスピードアップ>の手続きについて相談した。
月の半ばをすぎると、極端に写真の処理能力が落ちたり、調べごとにも時間がかかりすぎたり、不満の募ることが多かった。

<来月から、容量を大きいものにしましょう>とのことだった。
<今月末までは辛抱して…>と、担当者は言われた。
しかし、理屈は分からないが、のろのろは、ただちに改善された。
今朝撮った写真をブログ用に加工してみると、たちまち完了。
そのスピードは、月初めの状態になっていた。
担当者の話とは異なるが、アイホン、アイパッドともに、スムーズに動いてくれるのはありがたい。

今日の風景。(毎度、同じカメラアングル)
相変わらず、雪の舞う一日。







S眼科医院からドコモショップ、ドコモショップから施設までも、みなタクシーを利用。
昼食前に、南廊下のテーブルへ、新聞を読みに行くゆとりさえあり、活動的な午前中を過ごした。

雪、おさまる?

2018-01-25 | 身辺雑記
1月25日

朝は、うっすらと雪を着た風景であった。
部屋から見える家並みも、
廊下から眺めた海辺の光景も。





午後には、日差しがのぞき、
たちまち見慣れた景色に変わった。





河口の部屋にいると、気温の変化がまるで分からない。
ただ、スマホの「天気アプリ」を開けると、
ここ幾日も、低温が続いていることが分かる。
昭和45年以来とか。
その当時を思い出しても、雪の記憶は蘇らない。
昭和38年の豪雪、さらに40年ころにかけては、
厳しい冬を体験した。
それでも、積雪の深さは一メートル程度であったろうか。
今では、懐かしい思いである。
その後、雪らしい雪に遭遇していない。


今、志賀直哉の『暗夜行路』を読み直している。
<昭和の小説の神様>と称された作家の文章には味がある。
言葉を吟味しながら、時間をかけて、ゆっくり読むつもりでいる。

今日、『暗夜行路』を読んでいて、85年の長きにわたって思い違いをしていた言葉に遭遇した。
しばしば使う言葉ではないので、失笑を買うこともなかったけれど……。
私だけの思い違いか、あるいは方言か、いずれ確かめてみたい。

『銀河鉄道の父』

2018-01-24 | 身辺雑記
1月24日

先日、書店で求めた本を読む。
作者については全く知らなかった。
小説の主人公が、宮話賢治の父であり、
関心は、それだけであった。

全くの偶然であろうが、今回の芥川賞・直木賞とも、
宮沢賢治と関連性がある。
芥川賞受賞者・若竹千佐子さん作品名『おらおらでいぐも』は、
宮沢賢治の有名な詩「永訣の朝」に出てくる言葉である。
死期迫る賢治の妹トシ子が、死の間際に喘ぎながら呟いた言葉である。

宮沢賢治の「永訣の朝」は、私にとって、とりわけ好きな詩なので、
幾度となく読み返してきた。
その詩中の言葉が、小説の題名となっている。
小説の内容との関わりはよく分からないが、
岩手の方言で書かれた小説と聞いただけで、読む気が失せた。

昔、<高村光太郎の山荘>へ行くため、タクシーに乗った。
運転手に、いろいろ尋ねたけれど、
返ってくる言葉を、全く解することができなかった経験がある。
(言葉の意味が分からなければ、感動も得られない。)

「永訣の朝」のように、詩中に方言が取り入れられるのは、効果的である。
が、小説全体が、方言で書かれているとなれば、尻込みする。

『銀河鉄道の父』は、題名からして、
宮沢賢治の、その<父>が、主人公であると分かる。
ただそれだけの理由で、読んでみる気になったのである。



門井慶喜著『銀河鉄道の
(カバー絵が、気に入った。)


父、政次郎(まさじろう)に焦点は当てられてはいるけれど、私の関心事は賢治であり、この作品も、賢治あっての小説である、と感じた。
正直に言って、格別感動を覚える小説ではなかった。
内心を( )でくくるとか、古めかしい漢語を比較的多用するとか、工夫はあるけれど、[うまいなあ!]と感動す場面は少なかった。

一箇所だけ立ち止まって、そのとおりだと、感慨深く向き合った表現がある。

命というのは、そこにあるのが当たり前ではないのである。

感想は以上。


今日も、雪の舞う一日となった。



『広辞苑 第七版』持参

2018-01-23 | 身辺雑記
1月23日

日本列島全体が、数年に一度という強烈な寒気に包まれるという。
当地も、例外ではないらしい。
しばらく、河口の部屋に蟄居することにした。
求めておいたIH適応鍋などのほか卵やイチゴなど持参。

例の『広辞苑』も。
サックから取り出し、いつでも使えるようにしておく。
特に、<付録>は、大いに楽しめそうだ。
辞書の方も、一日一ページは眺めて遊びたい。



分厚い本(広辞苑および付録)を置くために、
机上にあった幾冊かの本は、家に持ち帰ることにする。
(今までも、机上の本は、絶えず入れ替えを行なっているけれど。)

※※※※※

今朝は「資源ごみ」を出す日であった。
新聞や冊子類、ダンボール、ペットポトルなど。
(昨夜のうちに束ねて置いた。)

持ち運び可能な量を両手に抱え、
ゴミ出し置き場に4往復した。
まだ、自力でできることに満足しながら。

すでに、寒気に包まれた寒い朝であった。

85歳!

2018-01-22 | 身辺雑記
1月22日
85歳の誕生日。
四捨五入すれば、90。

よく生きたものだと感心する。
しかも、なんとか自立しているのだから
立派なこと!
と、自分で自分を褒めておく。
(明日のことは分からないけれど……。)

余生を、<かく生きたい>という夢など微塵もない。
長生きしたいという欲もない。

どういう末路が待っているのか?
無明である。
本を読みつつ、眠るように息絶えられたら本望だが、
そんな好都合などあり得まい。
命ある間は、自立していたいという願いはあるけれど、
その願いも、かなうものかどうか?
なにもかも、不明である。
意志(あるいは意志)で決められないのが末路なのだろう。
はっきりしていることは、
これからの幾年か、昏冥の途を辿るであろうということ。

河口の部屋に、一年を過ごして、
高齢者社会は、目まぐるしく移ろうものだと
つくづく感じる。
4階には15部屋あるが、
そのうち5部屋は、新しく入居された人である。
私より年齢の下の方は一人だったが、今や三人。

その日その日、風の吹くまま、気の向くままに生きてゆこう。
今日は、雨(時に雪)に始まり、冬日和となった。
午後3時ころ、庭に出てみた。


裏庭から見た青空と椿。


横庭の、雨滴を残したビオウヤナギの葉。


前庭の山茶花。

妹たちからは誕生祝いの電話。
甥や姪、高校生のAYAからは、LINEメールでのお祝いをもらう。

知己からは、手紙とスカーフ、チョコレート、
自作の絵手紙(A4の写真紙)など。
(わずかなご縁だったのに、思い出してもらえるのは幸せである。)





85歳、まずまずのスタートとなる。