ぶらぶら人生

心の呟き

<春隣>

2011-01-31 | 身辺雑記
 一昨日、<春隣>という季語のあることを知った。
 春の気配の、ほのかな温かみの感じられる、趣のある言葉だ。

 三度目の寒波がやってきた。
 県境は、雪景色となった。

 が、その風景にも、春の足音が感じられる。
 雪の輝きの中に、<春隣>の風情が潜んでいる。

     
     
     
     

     
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地上に春の兆し

2011-01-28 | 身辺雑記
 郵便局に行ったついでに、田んぼの道を歩いてきた。
 今年、初めての散歩。
 地面に張り付くようにして、春の花が咲き始めていた。
 戸外は今日も、厳しい寒さだったけれど。

      
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ヒューズとぶ

2011-01-27 | 身辺雑記
 今朝、起床して驚いた。
 寝室には電気がついていたし、洋間や座敷も大丈夫なのに、家の半分が停電していた。
 またしても、お湯が使えない。
 キッチンも居間も、暖房が使えず、テレビは見られず、不自由千万。

 午前中は定期の歯科検診、午後は美容院の予約をしていたので、電気屋に夕方来てもらうよう頼んで家を出た。
 帰宅は3時過ぎ。
 さっそく電気屋のMさんに見てもらったところ、電工さんでないと原因が分からないと、中電に電話してくださった。

 4時過ぎ、二人の電工さんがこられ、原因を調べてくださった。電柱のヒューズがとんでいるとのことだった。
 暫く電気を切って作業するからとのことで、全くの停電状態となった。
 その間、30分。
 家の中でコートを着、マフラーをして寒さを凌いだ。

 若い電工さんが、電柱に登られた。(写真)
 寒い空の下での作業を、私は、窓ガラス越しに眺めていた。

 使用可能だったヒューズも、取り替えておいたとのこと。
 20年以上前の製品で、古くなっていたらしい。
 漏電などの心配もないから、安心するようにと、二人の電工さんは親切であった。
 若い工員の爽やかな笑顔、年輩工員の、訛りのある柔らかな言葉遣いも、耳に快いものであった。
 電気が使えるようになって部屋が暖まったし、電工さんのやさしさに接して、私の心も、温まった。

 それにしても、思いがけぬことは、突如としてやってくる。
 突然の停電はともかく、このところ、鳥インフルエンザや各地の大雪、新燃岳の噴火など、人知の及ばぬ、予測し難いことが多すぎるように思える。  


         
  
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冬晴れの日

2011-01-23 | 身辺雑記
 昨日は、誕生日であった。
 78歳。
 よくぞまあ、だらだらと生きてきたものだ。
 妹や知己友人から、<おめでとう>を言われたが、内心そんなに嬉しくはない。
 余生が少なくなるばかり……。
 しかし、手足に不自由もなく、
 あるのは、成人病と失語症くらい。
 文句は言えない。

 ゆっくり歩もう。
 亀のごとく、牛のごとく。
 
 冬晴れの日も、雪の日も、
 あるがままを楽しんで。

 実は、誕生日の一日は、朝日新聞に出ていた<数独>を解くことに多くの時間を費やした。
 できないはずはない、と。
 完成はしたけれど、時間がかかりすぎた。
 集中力、根気力は、A級なり!
 ただし、計画性は、最低なり!

 裏庭の臘梅が、二つ三つほころんできた。

  
            空に夕月

        

        
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極寒日

2011-01-23 | 身辺雑記
 睦月は、とっぷりと寒さの中で過ごすことになった。
 庭が、二度も雪に覆われる冬は珍しい。
 近所の空き地に、土混じりの雪達磨が坐っていた。
 こんな光景を見るのも、幾年ぶりのことだろう?
 

          家の庭

              空き地の雪達磨


        県境の雪景色


        
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1月の庭 (寒冷の日)

2011-01-23 | 草花舎の四季
 この冬、二度目の寒波がやってきた。
 今朝は、海辺の里でも、-3℃。
 水道は凍らなかったが、お湯が出なかった。
 てっきり、ボイラーの故障だと思った。お湯が使えないのは難儀である。こんな寒い日に…と、ぼやく。不運にも、業者がお休みの日曜日である。点検や修理は、明日まで待たなくてはならない。

 (結局、翌朝、ひとりでにお湯が出始めた。ボイラーの配水管の凍結が原因と判明。一日の不便を凌ぐことで、問題は解決した。)

 お昼過ぎ、久々に草花舎に出かけた。
 母屋の水道菅が凍って、まだ水が出ない状況だとの話だった。
 来店のお客様からも、買い置きのペットポトルの水で歯磨きしたとのお話を聞いた。
 不便は、私だけではなかったようだ。
 私の場合は、水には不自由しなかっただけましである。
 雪国の厳しさに比べれば、文句も言えないが、栓をひねれば、水もお湯も自在に使える生活に慣れていると、急に原始に引き戻された感じだ。

 草花舎の屋根や庭にも、昨夜の雪が消え残っていた。

     

          

 室内の空間に、鬼火が揺れていた。
 無造作なオブジェが面白い。
 入り口と、室内の奥にも、飾られていた。

          

          

 二日前、Tちゃんから、<日本語訳>に目を通してほしいと頼まれていた。
 カレーライスをいただき、食後のデザートやコーヒーもいただいた後、その訳文を読ませてもらった。
 原文は、スーザンさんの文章で、2月の東京公演の折、配布される原稿である。
 フランス語の原稿はすでに完成し、その日本語訳をTちゃんが引き受けておられたのだった。
 
 詩的表現で綴られた、スーザンさんの日本や神楽舞への思いを、壊さずに訳すのは容易ではない。原文を知らない私は、そこに記されたスーザンさんの表現意図の説明を受けながら、Tちゃんの訳文について、私の気持ちを伝えることぐらいしかできない。
 Tちゃんとあれこれ言葉を交わす作業を通して、スーザンさんの思いが奈辺にあるかを知り得たし、改めて訳文の難しさを思い知るひと時であった。

 <追記> 翌日、Tちゃんからファックスが届いた。
 もう一度、改稿に目を通してほしいと、訳文が記してあった。
 ちょうど、郵便局へ出かける用があったので、草花舎に立ち寄った。
 コーヒーをいただきながら、昨日に続いて、表現を吟味した。

 果たして、Tちゃんのお役に立てたのかどうか?
 自国語で書く文章も、このところままならぬ思いである。

 入り口の花瓶に、水仙が活けてあった。
 今年は、まだ<水仙の里>へも行っていない。
 咲き遅れていた水仙が、近ごろ道野辺に増えてきた。
 暖かくなったら、唐音に行ってみよう。 

          
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雪、霏霏と

2011-01-07 | 身辺雑記
 夜明けには間があるのに、枕元が白んでいた。
 起き上がって、外を見ると、雪が積もっていた。
 数センチに過ぎないけれど。
 未明の雪明りであった。

 一旦止んでいた雪が、8時すぎ、突然降り始めた。
 雪は霏霏と降り続いた。(写真 上)
 白い世界は、幽邃の境であった。
 眺めている私も、その世界に引き込まれそうであった。

 しかし、雪は長く続かなかった。
 晴れ間ものぞいて、雪の原はたちまち薄くなった。(写真 下)

 島根の東部は、未曾有の大雪らしい。大晦日から降り始め、2年越しの雪は、様々な被害を残しているようだ。
 全国的に荒れ模様である。
 雪が降ると、石見地区を襲った、昭和38年の豪雪を思い出す。
 一生に一度という体験も、遠く過ぎ去ってみれば、難儀だったことは記憶から薄れ、懐かしさだけが思い出として蘇る。

        

        

 今日は積雪の中、来訪者が多かった。
 朝はヤクルトの配達人。
 午前中には、ソコロのSさんが、パソコンの点検に来訪してくださった。
 昼過ぎ、佐川急便の配達の人が、アマゾンに注文した品を届け、浜田の方はもっと雪が多いと話してくださった。
 寝室にカーテンを取り付けたくなって、午後、N商店に来ていただき、カーテン生地を選んだ。
 人と接し、人と語らう時間を楽しむことができた。

 しかし、夕方、腰につけていた万歩計を外すと、わずか329歩。
 当然のことだが、心満たされていることと、歩数は全く関係ない。 
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冬の夕方

2011-01-06 | 身辺雑記
 2日から今日まで、パソコンを開くこともなく、過ごしてきた。
 書き留めないことは、決して空白ではなく。
 新年の日々は、心楽しく。


 今夕、賀状の返信を数通書いて、ポストまで歩いた。
 雲の後ろに夕日が隠れ、雲塊の周囲が残光を留めていた。
 一瞬ごとに変わる自然の眺め。
 デジカメを取りに家に引き返した間に、束の間の美しさは崩れていた。
 それでも、次々に新たな瞬間を演出する夕景をカメラに収めた。
 小寒の日の夕雲。
 

        

        
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新しい年

2011-01-01 | 身辺雑記
 2011年を迎えた。
 昨日とさして変わるわけでもないけれど、365日のスタートの今日は、少しばかり心改まった気分で迎えた。
 卯年だが、跳ねる余力はないので、気の向くままに牛歩のごとく、しかし、日々の暮らしを味わい深く生きたいと思っている。

 朝の晴れ間は、ひと時の気まぐれであった。(写真 上)
 凍てついた屋根の雪が、時折崩れ落ちたり、雪解けの音を届けたりした。(写真 下)


          

          
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