ぶらぶら人生

心の呟き

近所の桜

2020-03-31 | 散歩道
 3月、最後の日となった。
 新型コロナウイルスの大流行で、この一月は、外歩きを控えて過ごした。
 動きの少ない生活を続けたせいか(原因はそれだけではないのだろうけれど)、急速に、心身の老いが深まる気配を自覚した。

 月替りのスタートは、雨になるという。
 せめて、近所の桜ぐらいは眺めて来ようと、勇を鼓して、散歩に出かけた。
 曇り日なので、<花の美>は半減? かもしれないと思いつつ。

 
  その1 廃校となった中学校の通学路に咲き始めた桜

 
  その2 支所前の八重桜? (高い梢に)

 
  その3 支所入り口の桜

 
  その4 小学校前の桜

 
  その5 民家前の桜(ヤマザクラ?)

 🌸 2000歩の散歩で出会った桜の全て。

   その他の花

  この時期、白の賑わいを見せて咲いている花は何?
 

 


  早くも、満開のツツジ
 
 

  水仙二種
 

 


 家に帰り着いたとき、上空に機影を見た。
 羽田空港を飛び立った飛行機が、地元空港に向かっているのだ。

 過日、県知事の会見があり、上京はなるべく控えるようにとの通達があった。

 しかし、3、4月は人の動きが激しい時期。
 高度を下げた飛行機は、移動せざるを得ない人たちを乗せているのだろう。

 人の往来が、ウイルスの運搬につながらないことを願うばかり!
 
 
  5時の機影

 
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ゼンマイほか

2020-03-30 | 小庭の四季
 世界中に蔓延する新型コロナウイルス。
 日本も例外ではなく、日毎に患者数、死者数が増えてゆく。
 情報社会に生きていると、田舎住まいの身にも、蔓延状況は詳しく届き、心に暗い影を落とし続ける。
 こういう状況の中で、平常心を保って生きるのは、なかなか難しい。

 日に数度、小庭に出て、新芽の伸び具合など、わずかな変化を眺めては、気分転換をはかっている。

  
   ゼンマイ

 
  チオノドクサ

 
  ジューンベリーの花芽

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大平桜

2020-03-28 | 身辺雑記
 テレビで、医光寺の枝垂れ桜が満開とのニュースを聞いた翌日には、大平桜が満開、と報じられた。
 いずれも見に行きたいが、コロナ騒ぎで、この春は外歩きが躊躇われる。
 昨夜のニュースで、山中伸弥先生が、新型コロナウイルスの話をされ、<桜は来年も必ず咲きます。お花見はまた来年ということにして、外出は控えるように>と、呼びかけをなさっていた。
 (老女には、コロナとは関係なく、来年の観桜が確実とは言いがたいけれど……。)
 素人判断でも(報道で聞くだけで)、かなり質(たち)の悪いウイルスらしいことは分かる。
 残生は少ないと自覚しつつも、コロナに苦しめられたくはない。
 当地には感染者は出ていないけれど、ウイルスがいないという保証はない。と思うと、とにかく外出は控えたくなる。

 昨日、Tさんが、大平桜の写真をメールで送ってくださった。
 樹齢660年とか!
 見事な咲きっぷりである。
 桜は、老いても美しく咲けるから立派である。

 小学1、2生ごろ覚えた「石見かるた」を、また思い出す。
 <ヘタカセンネン オオヒラザクラ>(経たか千年 大平桜)
 片仮名で書かれたカルタであった。(私の世代は、国語はカタカナから習い始めた。)
 <ヘタカ>の意味など分からぬままに、そして、漢詩・李白の「白髪三千丈」と同じく「千年」が誇張表現とも知らぬままに。

 私も、大平桜を見に行ったことは数度ある。しかし、近年は訪れていない。
 Tさんの写真で、今春のお花見をさせてもらった。



 
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久々の語らい

2020-03-27 | 草花舎の四季
 25日、草花舎でいただいたケーキとコーヒー。

 

 

         室内の花

  

  

 実に久しぶりに、YさんTちゃん、常連のお客さんたちと話す。
 会話は、人を元気にする。
 
 Tちゃんから、マスクの掛け方について、上下が逆さまだとの指摘を受ける。
 言ってもらえるのはありがたい。
 この前は、マスクの裏表を間違えていた。その際は、外した時に自分で気づいた。
 
 昔から、セーターを後ろ前に着たり、下着の表裏を間違えたり、ボタンを掛け違えたり、間の抜けたことを繰り返してきたので、格別驚くことでもないのだが、老女となった今は、気をつける方がいい。認知症と思われかねない。確かに、何かにつけ、抜かりが多くなってもいる!

 帰途、足取りが鈍く、歩くことの少ない生活が、足を弱らせているように思った。
 私の前を小学生の女の子が二人歩いていた。少女との間隔が広がるのに気づき、歩く速度を意識的に上げて歩いたところ、かなりこたえた。さらに近道をし、坂を登って帰宅。と、予想外の息苦しさを覚えた。血圧は上がり、不整脈もおこって難儀した。
 つくづく老いの自覚を深めることになった。

 Yさんから、数学者・森田真生さんの本が面白いと教えてもらった。
 本の題名は、聞かなかった。
 インターネットで調べ、二冊の本を注文した。
 森田真生著『数学する身体』と森田真生編『数学する人生』(数学者・岡潔)。
 岡潔さんのエッセイは読んだことがある。が、この本は、森田真生さんの視点で構成された<岡潔>である。
 いくら時間があっても足りないぐらい、ぜひ読みたいと思う本が増えてゆく。
 
 森田真生さんは1985年生まれの若い数学者。他に『数学の贈り物』という著作もある。


  
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春の庭

2020-03-26 | 草花舎の四季
 昨日、久しぶりに草花舎へ出かけた。
 石楠花の鉢を、まずのぞいてみた。
 蕾がほどけかけていた。それを眺めつつ、ひとりでに私の心もほころびる。

 さて、後どれだけの時間をかけて開花するのだろうか。
 蕾は大小いろいろ。それぞれが時間差をもって、しばらく庭の彩となるのだろう。

 


 クリスマスローズは、慎ましく俯いて咲く。
 スマホを花の下に差し入れて、シャッターを押す。

  

 
 (こちらは、うまく撮れなかった。)

 スノーフレークも俯いて咲く。
 (家の庭隅にも一株あったのだが、数年前から、全く姿を見せなくなった。)

  

 ラッパスイセンの咲く庭。鮮やかな黄色で、存在を示して。

  

 二色のハナニラ。

 

 

 杏子の大木は、まだ花を残していた。

  

 ムスカリ。
 (名前が一瞬消えて、4文字の名前だったが、としばらく思案する。老いると厄介千万!)

 

 もう山吹が咲いていた。(八重山吹)

 

 やさしいピンク色のツツジ。
 桜の後に咲くイメージのあるツツジも咲いて。
 季節感が狂ってしまう。

  

 艶やかな葉(常緑樹)と小さな花。
 (Yさんに、木の名前を教えてもらったのに、今どうしても思い出せない…???
  かなり丹念に、植物図鑑を調べてみたが、見つからなかった。)

 

 久しぶりに、伸びやかな気分に浸る。
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『1945年8月6日』

2020-03-25 | 身辺雑記
 居間の炬燵台の上には、読みかけの本が幾冊も置いてある。
 その中の一冊、伊東壮著『1945年8月6日 ヒロシマは語りつづける』(岩波ジュニア新書6)を読了。

 この本は、1979年に出版され、翌年、第5刷として刊行されたものである。
 購入したのは、1980年ころだったのだろう。しかし、読み終えぬまま、書棚に並べていた本である。
 (最近は、努めて、書棚にある未読の本を読むことにしている。)

  

 紹介文によると、
 著者・伊東壮(1927〜2000)さんは、広島市生まれの社会学者。
 広島一中の3年生の時、学徒動員された出先の工場で被爆。
 社会科学者として活躍。
 原爆被害の実態を明らかにし、核の恐ろしさを訴えるともに、被爆者援護法制定にも努力された方、
 であるという。

 [1 ある日突然ーー天をさく閃光ーー]では、自らの体験や当時幼かった被曝体験者の証言などを綴ることで、8月6日を語り、
 [2 戦争のなかの暮らし]においては、平時の今とは全く異なる戦時中の暮らしについて書かれている。

 戦時下にあって、ただ耐えることが当たり前であった幼い日の日常を思い出した。
 当時は、置かれた状況以外の生き方があることなど、全く思いも及ばなかった。(さらに、自らの日常が、戦争のために歪んでゆくことなど、子どもには理解しようもなかったのだ。)

 <あとがき>の後に添えられた<年表>によると、1933年の出来事について、

    [政治・経済・社会の動き]
  (独)ヒトラー首相となる(一月)、ユダヤ人への迫害始まる。
  (日)日本、国際連盟脱退(三月)

    [原子爆弾の開発]
  (独)アインシュタイン、ドイツを去り、アメリカに移住

 と、書かれている。

 私の誕生した1933年(1月生まれ)の現実である。
 12歳で敗戦の日を迎える。
 田舎暮らしであったために、学童疎開の経験もせずに済んだし、原爆や戦火の悲惨にも遭遇することもなかったのだが………。
 
 [3〜5]の章では、多くのページを使って、原子爆弾の詳細、原子爆弾が投下されるまでの経緯、さらに敗戦の日に至るまでの過程についても、克明に記されている。
 新たに教えられることがたくさんあった。

 為政者によって誤って導かれた戦争の不幸。
 回顧すれば、ずいぶん愚かしい時代に幼少期を生きたものだと思う。子どもは、何も分からないままに、銃後を守らなくてはならないと教えられるままに生き、耐えることや愚かしいことを本気に行っていたのだった。

 本のカバー絵・さし絵は、丸木俊さんの作品。

 この本は、<岩波ジュニア新書>の一冊として刊行されている。
 1979年の6月以来、今に至るまで、続刊されているようだ。
 読み手の対象はジュニアなのであろうが、老女の私にとっても、十分読み応えのある本であった。
 私の手元には、<岩波ジュニア新書>のもう一冊、<茨木のり子著『詩のこころを読む』>がある。茨木のり子さんは、私の好きな詩人なので、折々、繰り返し読んでいる。
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メール写真の春景色

2020-03-22 | 身辺雑記

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三つ目の椿

2020-03-22 | 小庭の四季
 木の丈70センチくらいの椿。
 庭師のOさんが、まるく刈り込んでくださるので、毎年、うつむくようにひっそりと咲く。
 身を屈めなくては見えない位置に、今年の椿が咲いているのを、今日気づいた。

 


 小さな庭で、ささやかな発見(!?)をしては、日々の喜びとしている。
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きざす(萌す)

2020-03-21 | 身辺雑記
 半円の小さな花壇には、一本のシモツケの小木が植わっている。
 春日和の庭に出て、今日も日課のように木々の萌しを観察する。そして、抜きやすい雑草を、その折々の気分で片手におさまる程度、引っこ抜く。草取りなどという大袈裟な作業はしようにもできない。
 
 シモツケの木陰に生えた雑草を抜いてみると、なかなか繊細な草である。
 苔の一種かしら? と思いつつ、一部をキッチンに持ち込んで、小皿に載せてみた。

 


 

 お皿の底にわずかな水を敷いて、眺めている。
 細い茎の赤紫色と頭頂の若緑が程よく調和している。
 これも、いのち! 

  

 大きめの花壇に、昨年末に植えた花キャベツの2本が、先日来、それぞれに花を開き始めている。
 私の植え方がまずかったのだろう。茎が伸びるに従って安定感を失い、傾いてしまった。
 赤紫色の方は、完全に地面に倒れたので、今日、根っこから抜き取り、頭頂部を切り取って花瓶に挿した。

  

 次回は、土を深く掘り、根が張りやすいように植えようと思った。
 が、老女には、次回があるか否か、その確実性のパーセントが下がる一方であるけれど。
 それでも、生きている今は、大方ののことに、<次回>を考えてしまう。
 花壇の大きさに似合うように、小ぶりの株を植えたことも、倒れやすい要因となったのだろう。

 幸田文さんの『季節のかたみ』を読んでいたら、「きざす」と題したエッセイの書き出しに、
 <三月は、ものの始まろうとする月、動き出そうとする月、つまり気鋭の月ともいえるだろうか。>と記され、さらに文末は、
 <三月は芽が現れ出る月、気鋭の月である。>と、締め括られている。

 日毎、桜の開花ニュースが報じられている。
 でも、例年とは様子が変わっている。世界で蔓延中の、未だ正体不明の病原菌のために。
 本来、この季節は、自然の木々の目覚めと同時に、人間も冬の寒さから解放され、心浮き立つ季節であるはずだ。
 が、この春のなんと心浮かぬ春であることか。
 老若男女を問わず、新型コロナウイルスにより、ひとりでに行動を規制すされている感はあるけれど、特に高齢の私など、いよいよ外出する気になれないでいる。

 借りている施設の部屋は、完全な個室ではあるけれど、廊下は共有の場であり、集団生活の一面を持つ。やはり家の方が安全だろうと考え、2月24日に帰宅して以来、買い物や病院、墓参などの他は、目に見えないウイルスを恐れ、蟄居生活である。

 一日も早く、鬱陶しいマスクを外し、老女でも、街や自然の中を自由に闊歩できる日が来ることを念ずるばかり。
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お墓参り

2020-03-20 | 身辺雑記
 彼岸の中日。
 甥の車に乗せてもらい、妹一家4人と一緒に墓参。
 無事に、お参りをすませた。

 昨日と違って、風の冷たい日であった。
 遠山では、鶯がか細い声で鳴いていた。

 墓参の後、昼食はレストラン<とみ>で。
 昨日来の強風のせいか、海原の沖の方まで白波が立っていた。
 三角波というのであろうか?
 波はざわめいていたが、窓外の眺めは穏やかであった。

 

 私は、お刺身定食をいただいた。

 

 夕方、J子さんからおはぎが届けられ、夕食のメインとする。
 二種類の手づくりおはぎ。
 久しぶりに、美味しいおはぎに舌鼓を打つ。

 墓参と食事のほかは、何にもせず、休息の日とする。
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