ぶらぶら人生

心の呟き

今日は今日の日暮れ

2022-07-01 | 身辺雑記
 7月1日 金曜日 雲のない夕焼け
    カラスと作業船


     19時21分
 



     19時26分
 


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『百歳日記』

2022-07-01 | 身辺雑記
       まど・みちお 著

        『百歳日記』



       


 難解な文章ばかりを読んでいると、時にひどく疲れる。
 気楽に読めて、しかも味わい深い本はないか? と、書棚を探して持参した本。
 それを再読した。

 100歳の詩人が、感じるままを語ったり、絵に書いたりしておられる。
 100歳にもなれば、万事衰えてはくるだろうけれど、苦痛ばかりではなさそうで、まど・みちおさんの場合は、なかなか楽しそうだ。
 自ら、楽しむように生きておられるのかもしれない。寿命があって長生きすれば、難儀なばかりと思いがちだが、半分ボケたような自分を、もう一人のボケた自分が眺めている光景も、また面白いかもしれないと、少々気分が楽になったりしてきた。
 しかし、そういう歳まで生きたら、かなり人様に迷惑をかけるのだろうけれど……。
 今はまだ、大丈夫な状況下で、『百歳日記』を楽しんで読む。

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7月 向日葵(ヒマワリ)咲いて

2022-07-01 | 身辺雑記
 今日も炎暑。
 日中の散歩は、控えた方がいいだろうと思い、9時過ぎ、施設の前へ降りてみた。
 毎日、4階の廊下から眺めているヒマワリを見に。
 小ぶりなタイプの花だが、丈高く咲いている。
 ヒマワリは、やはり夏の花だ。


  




  

    施設の前庭に咲くアベリア




  

  アベリアの花にやつてきた昆虫


 今朝の日の出。

 夕日と違って、朝陽の場合は、山の端に太陽の頭がのぞいたと思うと、見る間に全容を現す。脇見などしていられないスピードで昇ってくる。

 




 


 少し若い知己から、自らの書いた作品を読んでみてほしいと、電話があった。
 その際、森鴎外の『高瀬舟』の話になったのをきっかけに、机上に長らく置いている鴎外の本を取り出し、『高瀬舟』(1916年作)を読み返した。
 改めて、全く古びることのない傑作であることを実感。 


 午後、4回目のコロナワクチン接種を済ませた。
 3時間あまり経過したが、全く異常なし。腕の痛みさえ感じない。なんらかの異常は生じるだろうと身構えていたので、拍子抜けした感じ。明日のことは分からないけれど、ひとまず安堵している。

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6月終わる

2022-06-30 | 身辺雑記
 6月最後の日を無事に迎えた。
 89歳の日々は少々おぼつかないけれど、半年をなんとか終えられたことに安堵感を抱きつつ、落日を眺めた。

 6月は、太陽が一番美しいと聞いている。
 しかし、今年の6月は雲間に沈むことが多かった。その上、窓越しに撮る太陽は、肉眼で見るようには美しく撮れない。それが残念である。

 明日からは、一年の後半の日々。
 無理はしないで、今の私に可能なことを楽しみたい。


  

     19時17分




    

      19時27分



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『文章読本』

2022-06-30 | 身辺雑記
         三島由紀夫 著

        『文章読本』



       


 過日、21日帰宅のおり、4冊の本が届くように、あらかじめ amazon へ注文した。
 予定どおり、その日、文庫本4冊は届いていた。
 題名は、すべて『文章読本』。そして、それらは帰宅期間中に、少し勉強のつもりで、 読了する予定であった。
 が、実情は、突如訪れた猛暑に体が順応できず、一冊も読み終えることができなかった。

 最初に手にしたのが、三島由紀夫の『文章読本』であった。
 施設に持参。やっと今日読了した。

 内容紹介をかねて目次を掲げておく。

 第一章 この文章読本の目的
 第二章 文章のさまざま
      男文字と女文字・散文と韻文・文章美学の史的変遷・文章を味わう習慣
 第三章 小説の文章
      二種類のお手本・短編小説の文章・長編小説の文章
 第四章 戯曲の文章
 第五章 評論の文章
 第六章 翻訳の文章
 第七章 文章技巧
      人物描写ーー外貌・人物描写ーー服装
      自然描写・心理描写・行動描写・文法と文章技巧
 第八章 文章の実際ーー結語
  附  質疑応答

     解説 野口武彦

 と、なっている。

 優れた文章の例として、私自身が秀逸だと思っている森鴎外、志賀直哉などの作品の一部が紹介されているのを読むと、私の感性に狂いはなかったと、嬉しくなったりもした。
 実に丁寧に、数多くの文例を挙げながら解説した書である。日本の代表的な文学作品のみならず、諸外国の名作も、多く採り上げられている。
 それにしても、三島由紀夫が読破された書籍の多さに感心する。私など、足元にも及ばない。
 文学作品に関心のある方への、お勧めの一冊である。


 カバー図版 長谷川潔 <玻璃球のある静物>(横浜美術館蔵)


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今日という日

2022-06-29 | 身辺雑記
 施設に戻ってきて、早速、窓辺に立つ。
 山並みと空を眺める。
 夏の日差しが満遍なく注ぎ、陽気である。
 特に、雲の動きが楽しそうだ。


 



 河口の眺め。(廊下から)
 こちらも明るい。


 



 午後には、雲の群れが増えてきたけれど、風景は変わらず明るい。


 



 5時半近く、ふと視線を注いだ先に、空港へ向かう機影を見た。


 



 日の傾く時間、廊下に出てみた。
 今日は、落日以上に、雲の上方を彩る線状の輝きが美しかった。


 




  




 午後、物探しに時間をかけてしまった。
 日記帳に貼付したいものがあって、糊を探す。黄色いチュウブ入りとスティック状の2種類があったはずなのに……。
 不思議なことだが、結局、探し物は見つからないまま、引き出しの一つを掃除することになった。
 それはそれでよかったが、糊は、いったいどこに雲隠れしたのだろう? 不思議千万!
 
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クチナシの花 (二つ目)

2022-06-29 | 小庭の四季
 昨日、二つ目のクチナシが開き始めた。
 以下、開花のプロセスを留めておく。
 老いの日の、ささやかな楽しみとして。
 
 花には、ここ数日の猛暑が、こたえないものだろうか? と思ったりしながら。


 

    6月28日 15時16分



  

    6月28日 18時11分



  

    6月29日 7時39分


 美しく咲いた花を見ていると、不平をいうのはよそう! と、ひとときながら、心も美しくなる。


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レストラン「ジャルダン」のご馳走

2022-06-28 | 身辺雑記
 マジックで髪の手入れをしたあと、妹と「ジャルダンの」で、食事をした。

      今日のご馳走
   (以下、いただいた順番に)


 




 




 




 




 




    レストラン前の花々


     ルリマツリ?

 



 アジサイに似た、しかし、猛々しさのない葉を持つ花は、西洋アジサイだと妹に教えてもらう。


 




 




 




  




 


 心身に、豊かな栄養をいただいた一日。



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梅雨明けの空

2022-06-28 | 身辺雑記
 髪の手入れのため、「マジック」へ行く。
 10時過ぎ、バスを待ちつつ眺めた空が美しく、スマホで一枚の写真を撮り終え、もう一枚、向きを変えて空の写真を撮ろうとしたとき、バスが目の前に止まった。
 慌てて乗車すると、シャッターを切るために外した右手の手袋がない。慌てて、落としたまま乗車したらしい。
 誰かが拾い上げて、バス停のベンチへ置いてくれているかもしれない。が、帰りはタクシーで帰ったし、片方の手袋探しに出かける元気もない。
 美しい夏空を眺めた代償と思えば、諦めもつく。

 人は一生のうちに、幾つの手袋を失うものだろう?



    バス停から眺めた空


 




 美容室マジックで、ひと月に伸びた長さの髪をカットしてもらい、デトックスやシャンプーもしてもらった。さっぱりした気分でお店を出ると、街の空も美しかった。


 


 今日、中国地方も、梅雨明けとなった。

 (広辞苑によると、<つゆあけ>を<梅雨明け>と書くのは普通だが、<出梅>とも書くようだ。)

 当地も、34度の暑さとなった。

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『サヨナラだけが人生だ』

2022-06-27 | 身辺雑記
 安野光雅・高橋源一郎・高山文彦のエッセイ集。
 2002年発行の本。

 三人ともよく知る作家だが、どういう経緯で、この本を求めたのかは、全く覚えていない。
 内容も、すっかり忘れている。が、付箋を何箇所かにつけているので、一読したことは確かである。

 花に嵐のたとえもあるぞ(帯にあることば)の後に、
 サヨナラだけが人生だ(表題)が続く。

 井伏鱒二の漢詩訳として有名な詩句が表題となっている。
 中国唐代の詩人・干武陵の「勧酒」(五言絶句)の転句結句の部分、

   花発多風雨    
   人生足別離

 を、井伏鱒二が訳したものである。

 この本の内容と表題の関連が、今ひとつよく分からないが、追求するまでのこともあるまい、と思考することを諦める。

 三者三様のエッセイを面白く読んだ。
 

  



 就中、高山文彦の内容に、特に関心を覚えた。

 高山文彦は、『火花 北条民雄の生涯』の作者である。
 文中に、光岡良二著『いのちの火影』のことが出ていた。

 私も若き日、北条民雄の小説やその生涯に関心を抱いていた。

 私の書棚にも、同著(下掲の本)がある。 
 遠い昔、多摩全生園で、光岡良二さんにお会いしたとき、サイン入りで戴いた本である。

 

  



 6年前(83歳のとき)、日記や写真、書簡類を全て処理したので、光岡良二さんや全生園の写真も今はないが、広大な敷地内に全生園はあり、天を突くような柊の垣根に囲まれていたことを思い出す。

 北条民雄や光岡良二との関連もあって、いっそう高山文彦のエッセイに関心を抱いたのかもしれない。


 (『サヨナラだけが人生だ』を読了したのは、6月20日だったのに、ブログへの投稿が、ずいぶん遅れてしまった。しかも、まとまりの悪いまま……。)
 
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夏バテ ・ モッコクの花ほか

2022-06-26 | 小庭の四季
 6月なのに気温が高くなり、早速夏バテとなった。一昨年の夏同様に、しきりに不整脈が起こり、頭のてっぺんには重い鉄製の帽子でもかぶらされているかのような不快感があった。何をしても能率よくできない。食事だけには多少気を遣ったが、読書には気が乗らないし、ブログも書く気がしない。

 全て、夏のせい、暑さのせいにする。
 子どものときから、夏は苦手であった。老いて、耐える力が不足しがちで、ますます夏は嫌である。人間を廃業した感じの日々である。
 日が経てば、暑さに慣れるということもあるだろう。それを期待するしかない。

 気温が40度に達するところもあり、全国的に猛暑到来ということらしい。
 当地の気温は30度程度だが、しかし、心身難儀である。


 今日は、ブログを書いてみようという気になっただけ、ましらしい。



 モッコクの花が開き始めた。イヌツゲなどと同様、地味な花である。小さい花なので、ぼんやり眺めていれば、気づかずに見落とすこともあるだろう。
 今年は蕾に気づいていたから、開花はまだかと、幾度、樹下に立ったかしれない。

  



 シロシキブも、ほぼ満開。
   




  



 ムラサキシキブは、花がおとなしい。しかも、他の木の陰にあって、目立ちにくい。

  



 シロヤマブキの実が、浅緑色から濃紫色に変わりつつある。必ず4個が一つにまとまって。

  



 キキョウは、ロウバイの木の下に、窮屈そうに花をつけた。花数は期待できず、残念である。かつてはたくさん咲いてくれたのに、減少の原因がどこにあるのか分からない。いずれ絶えてしまいそうな気配である。


 キキョウの花。

  


 花の鉢を求めたいと妹に話したら、水やりが大変! とのこと。しばしば家を開ける私には無理らしい。


 お隣の裏庭に咲くノウゼンカズラの花。
 夏の到来を告げる花として、非常に目立つ。


     

    

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津田医院 ・ 期日前投票

2022-06-23 | 身辺雑記
 津田医院で、定期の診察を受ける。
 そのあと街へ出て妹に会い、一緒に参議院議員選挙の期日前投票を済ませる。
 選挙だけは、これまで一度も怠ることはしなかった。が、これが最後の選挙になるのかもしれないな、と思う。


 ちょうど昼食どき。市役所近くにある「ヨシタケ」の前で足を止め、メニューを確かめた。
 定食のお菜としてはイカ天を選び、今日の昼食とする。
 

 お店の前に置かれた鉢の花。
 Google lensを当てると、オランダカイウと出た。ピンク色の花は珍しい。

   



 お釜に入っているのは、二人分のお味噌汁。

  



 イカ天を中心とした御菜。

  


 食後には、コーヒーをいただく。
 
 「ヨシタケ」は、戦後初めて、当市の喫茶店として開業された。
 かつては駅前にお店があり、勤め帰りなどに、よく利用した。
 ゆったりしたソファで、コーヒーをいただきながら、いつも本を読んだ。もうひとり、読書に余念のない紳士が常連客として、勤め帰りに利用されていた。
 昭和30年代の、遠い昔の話である。
 そのあと「白鳥」という音楽喫茶ができ、そこもよく利用した。
 が、<純喫茶>と呼ばれた、昭和の風情を残すお店は、すっかりなくなった。
 「昭和も遠くなりにけり」である。

 市役所近くに移転されてからは、喫茶店というより軽食堂の趣に変わったようだ。


 今日は、帰宅後、漢方薬局から薬が届けられたり、贈り物の配達もあり、お隣からは回覧板も届けられて、よく<もの言う日>となった。(日によれば、一言も発語することなく過ごすこともあるのだが……)



 知己から届いた佃煮・お菓子・ハンカチ。
 早速、吟味されたお味の佃煮をいただく。


  




  



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梅雨晴れ

2022-06-22 | 身辺雑記
 施設で、やや緊張感を持ちながら、規律正しい生活を送るせいか、家に戻ると、どっと疲れが出る。
 午後、不在中に溜まった新聞を寝室に持参し、ベッドに横たわって読み始める。
 網戸から、微風が入ってくる。
 誰に憚ることなく、のんびり横臥して新聞を読める自由がありがたい。
 途中、睡魔に襲われる。頭がどうも冴えない。心身の疲れが否めない。が、昼寝の習慣はなく、うまく眠れるわけでもない。

 立ち上がって、網戸を払い、外を眺める。
 梅雨期とは思えない、晴れた青空。
 


  


 

   クチナシの花も見える。
   昨日帰宅した時より花弁が大きくなった。開ききったということであろう。


   




  


  庭に降りて、物差しを当ててみた。
  12センチあった。


        ギボウシの花

    (俯いているのを覗き込んで撮影)


   



 6日分の新聞を読み終えると、夕食の準備時間になっていた。
 家では、私の世話は私がしなくてはならない。当然のことを億劫がらずに楽しみとしたい。


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梔子(クチナシ)の花ほか

2022-06-21 | 小庭の四季
 帰宅した家の庭に、クチナシの花が咲いていた。
 三つあつた蕾の第一号。 
 花弁の先端に、薄緑色を留めている。

  


 
 ナンテンの花。ほぼ咲き満ちて。

  



 シロシキブの花。
 小さな花を拡大して撮影。


  



 ムラサキシキブの花。






 アジサイ。
 例年より、華やかさが乏しいように見える。

  



 一部を拡大してみる。

  



 ギボウシの花は、好き勝手に咲く。お行儀が悪い。丈が伸びすぎるせいだろうか?

  



 家のランタナは、黄一色。
 生命力が強く、猛烈な勢いで枝を広げ、花壇を覆う。枝切りに忙しい。

  



 期待していたモッコクの花は、見栄えのしない小さな花であった。

 今年の梅雨は、今のところ降水量が少ない。予報を裏切って、日差しの明るい日が続いている。
 昨日も今日も、雨音に耳を傾けるひとときもなく……。
 梅雨なら梅雨らしいひとときがほしい。
 洪水になるほどの大雨は望まないけれど。

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ナツツバキの花(沙羅の花)

2022-06-20 | 身辺雑記
 友達から、ナツツバキ花の写真が届いた。
 梅雨期の花だっとことを思い出す。

 一日花で、朝咲き夕べには落花する。
 どこかはかなげで、やさしさのある花。


   





  今日こそは、梅雨空になるだろうと思っていた。
  が、少々朝寝して、カーテンを開けると、朝陽は山の端を離れて、高い位置にあった。
  雲がうっすら広がっているせいだろう、輝きの乏しい朝陽であった。


   




    夕陽も、眩しさや力強さの乏しい眺めであった。
    気象状況との関連性に関する知識が乏しく、
    一様でないことを、ただ楽しんでいる。


   




   




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