ぶらぶら人生

心の呟き

オシロイバナの咲く野

2018-10-15 | 散歩道
 転倒の後遺症(?)か、昨日より痛いところが多くなった。
 じっとしている限り、転んだことも忘れているのだが、朝の慣いで、ラジオ体操をしたところ、左腕が上がりにくかった。無理をすれば上がらないわけではないが、無理はしない。
 私自身は、多分打撲からくる痛みだろうくらいに思っている。肉体を板に叩きつけたのと同じだから、痛いところがあって当たり前。骨折などしなかったのが、不思議なくらいの迫力のある転倒だったのだから。

 昨日のブログを読んだ妹から、早速、大丈夫かとメールが入った。
 (大阪の妹からは、夜、電話あり。ブログの文章から、いずれも大したことではないと判断しつつのお見舞いであった。)

 しかし、転倒は、時に大事に至りかねない。
 この歳で、入院でもしたら、たちまち認知症まで発症するかもしれない。
 注意の上にも、注意しなくてはいけない。

 朝、施設の方が巡回されたとき、一応報告だけはしておいた。転倒した際、人の食器を壊したことも。
 昨日は、日曜日なので、厨房の方だけには、お断りを言っておいたのだが……。
 診察の必要はないかと尋ねられ、大丈夫です、と答える。

 午後、院長先生が、様子伺いにきてくださった。
 「痛みが続くようなら言ってください。腱が傷んでいることもあるので……」とおっしゃってくださる。
 腱の存在など、自覚もせずに生きてこられたのは、幸せなことである。そういえば、<アキレス腱>というのは、しばしば聞く言葉だ。

 夕方の巡回担当の方も、心配してくださった。小さな個人の動静も、施設の方全員が認識してくださっている。ありがたいことだと思う。

 痛みが引かなければ、診察していただくことにする。が、私の感じでは大丈夫そうだ。

 隣室のOさんが、好物のあわせ柿を持ってきてくださった。
 皮剥きは、私の仕事。
 一緒にいただいて、短い散歩に出かける。
 Oさんは、大塚神社にお賽銭を入れて拝んでおられた。神道の由。私などお賽銭入れのあることにさえ気づかなかった。

 一昨日出会った猫が、ほぼ同じ位置に座っていた。
 痩せて哀れげである。どこか病んでいるのかもしれない。

         道端に咲いていたオシロイバナ。
         紫紅色の花は萎んでいた。


       

       

転倒記念日!?

2018-10-14 | 身辺雑記
 急に寒くなったときから、冬用の突っ掛けに替えた。
 昨年、施設に入るとき求めらもので、履き心地はすこぶるよかった。ところが、最近履いてみると、履き心地は変わらないのに、妙に躓きそうになることがあり、さては足の上げ方が下手になったのかなと危惧はしていた。
 要は、歩行力の老化! それを疑っていたのだ。
 履物を買い換えた方がいいな、とも思っていた。

 今日、廊下で見事に転倒した。
 まだお会いしたことない新入居者が、廊下に台を置いて昼食膳を乗せておられたのをひっくり返すという大袈裟な転倒ぶりであった。

 平かな廊下でも転倒する!
 老化現象以外の何ものでもない。

 左の掌に小さな黒じみができた。それとメガネのフレームが少し歪んだくらい。
 不幸中の幸いに終わった。が、体の衰えは否めない。

 髪のカットを予約していたので、転倒のすぐあと、バスで駅前に出る。
 バス停に立って、最近知った<大道山>を確認する。

        
               写真中央の山

           バス停の上に広がる空と雲
        

 髪の手入れを終え、喫茶店(森谷)によって、ジュースをいただく。
           
               私の席より
       
        
              ミックスジュース

 駅前から、タクシーで<ゆめタウン>に行き、メガネのフレームを修理し(無料で直してくださった)、再び転倒しないように、廊下など室外に出るとき用に履きやすいズックを求め、またタクシーで施設に帰ってきた。

 意識する老化と、無意識のうちに忍び寄る老化があるようだ。
 気をつけて防げるものでもないような気がするけれど、怪我で体を損なわないよう、もう少し慎重に! と絶えず自分に言い聞かせたい。

早朝の表情

2018-10-14 | 身辺雑記
 私が施設にいる日、好天に恵まれれば、部屋の窓から、あるいは廊下からカメラに収める朝日夕陽の景など、人のとっては、全く興味のない風景であろう。
 しかし、私にとっては日々に同じ景などなく、カレンダーをめくるのと同じ思いで、今日は今日の、朝の表情を楽しむ。(あるいは夕景を)

        
              6時2分
 この時刻は、まだ日の出の位置を定めるのが難しい。
 およその見当をつけることはできるけれど。

        
              6時18分

        
              6時26分
 やっと日の出の位置を確認。

        
              6時31分

 朝陽は、権現山に向かって移動中である。
 私の部屋に入る日差しは、ベッド横の壁の一部に差し込むだけとなった。

 朝のひと時、初めて暖房を入れる。

大塚散歩

2018-10-13 | 散歩道
その1) 黒い猫

 側まで行っても逃げない猫。

    

 「あなた、日向ぼっこなの? 陰ぼっこ(こんな言葉ないけれど)なの?」
 猫は、平然と座っていた。

その2) 野菜畑で見た植物

 葉はナスそっくりである。これは白ナス?
 実はトマトのような形をしている。が、トマトではない。
 (ナスの成長過程なのだろうか? 今から長くなる?)

      

その3) オランダ村と呼ばれる一画

 大塚の中にあって、大塚らしくない家並みの一画がある。
 外見が洋風である。花もまた。(カンナ)
 
      

その4) コスモスと昆虫(蛾?)

 花の周囲には、必ず昆虫がいる。
 静と動の、静謐な光景。

    

 <不思議>を眺めて、3900歩の散歩。
 暑くはないけれど、秋陽の強い、昼前のひと時であった。

平家山は雲の集合地?

2018-10-12 | 身辺雑記
 昼過ぎ、施設に戻ってきた。
 家では家の、施設では施設の異なる疲れがある。

 リポビタンを一本飲んだが、スカッとした気分になれない。
 珍しく、数分眠っていた。

 静寂な家の暮らしから、私語が絶えず聞こえる施設の生活に戻ってきた。
 唯一空いていた部屋に、人が入っておられた。女性であることは、配膳車の名札で分かったが、まだお会いしていない。室外を出歩かれるタイプではなさそうだ。
 (入室者のうち、二入は入院中。)

 アッ、平家山から、ほの紅い雲が湧き出ている、と立ち上がったところへ、隣室のOさんがノックされた。
 デーサービスからのお帰りだ。
 「 昨日、姪が作ってきてくれたの」
 と、小皿におはぎを載せ、真紅の楊子を品よく添えてくださった。
 Oさんのなさる所作は、すべて上品である。

 須臾の間に、平家山の雲は姿を崩していた。
 美しい瞬間は短い。
 それにしても、平家山は、よく雲を集める。
 雲の集合地だ。

        

 夕食前に、おはぎをいただいた。甘みを抑えた粒餡のおはぎは美味しかった。
 が、食前にいただいたので、たちまち夕食に影響した。もはや食欲はなく……。

急に寒くなり

2018-10-11 | 小庭の四季
 10月の上旬は、こんなに寒かったかしら?
 85歳の秋が巡りきて、余計寒さが応えるのかしら?
 暖房を入れ始める。

 庭に出てみると、あちらこちらにツワブキの茎が伸びている。
 蕾の先端に黄色がのぞき、そろそろ開花しますよ、と伝えている。
        

        

 山陰本線には、ツワブキが多い。
 中・高の6年間、列車通学をした。ツワブキの咲く頃には、毎年寒くなった記憶がある。日本海から吹き来る厳しい風にも耐えて咲く、強靭なイメージもある。

 花が咲くと、急に賑わう植物である。
 晩秋の花、初冬の花のイメージを持っているが、意外に早く咲き始める。
 季語としては、<冬>の部だろうなと、辞書を調べて確認した。
 石蕗(ツワブキ)は、款冬(カントウ)とも呼ばれることを知った。[<款>はたたく意 。冬に氷をたたき破って生えるのでいう。]と説明があった。

            ホトトギスの花、咲き増えて
        

             シコンノボタンの蕾
             小筆の穂先に似た形で
           (まだまだ咲き続ける気配)
        

             前庭花壇のタマスダレ
       (裏庭のものより、茎・葉・花のすべてが繊細)
        

            イヌホウズキの花から実へ
        茎丈が伸びるにつれて、花は咲き続けている。
            愛らしい花、その実も小さく。
        




楽しく歌って

2018-10-10 | 身辺雑記
 前々から、歌詞付き音譜付きの「歌の本」を探していた。
 ものを言う機会の少ない施設での生活に彩りをつけ、気分転換に歌を口ずさみたいと思っていたのだ。が、きちんと歌える歌が少ない。
 発声のためなら、齋藤孝さんの『声に出して読みたい日本語』で十分という気がし、今までに<1〜4>までを持参して読んだ。意図的に、音読をしてはみるが、ついつい黙読になってしまい、長続きしない。文章は黙読という習慣が身についてしまっているのだ。
 そこで、発声のためには、やはり歌う方がいいと思い、歌詞付き音符付きの本を求めていたわけである。

 私は、小学校入学が、昭和14年である。
 戦時下に育ち、<ドレミファソラシド>は敵性語だと排除され、代わりに、<ハニホヘトイロハ>で音階を習った時代である。
 女学校に入学した年の8月に終戦を迎え、過渡期の時代を生きた私は音楽らしい音楽を習わなかったし、自ら音楽を趣味とすることもなかった。

 幼少のころ、家では、母が蓄音機をかけてくれ、レコードで、たくさんの童謡や唱歌に親しんだ程度。
 戦後の中学校(女学校の併設中学校)での音楽の授業については、あまり思い出がない。音楽といえば、レコード鑑賞の時間が多かったように思う。その後、高校にかけては、音楽が必須教科ではなくなり、音楽と無縁になってしまった。そんな貧しい素養だが、音符程度は読めるし、音符を見ながら歌う方が歌いやすいと感じる。

 帰宅の日を定め、タブレットから注文した本が、家の方に届いていた。 

            
         『美しき日本のうた』は2010年の初版。
       入手した本は2018年の6月に出版された7刷目。

 早速あちらこちらをめくりながら、歌ってみる。
 懐かしい歌が並んでいる。例えば、

            
             「待ちぼうけ」のページ

 母がかけてくれる蓄音機で聞きながら、よく歌った歌である。
 今回、作詞が北原白秋、作曲が山田耕筰であること知る。

 「待ちぼうけ」の背景となった『守株』の故事(韓非子)について習ったのは、漢文の時間だった。
 「宋人有耕田者。」(宋人に田を耕す者有り。)で始まる文章を思い出す。

 一つの歌にも、様々な思い出がよぎる。

昨日今日の花

2018-10-09 | 小庭の四季
 帰宅してみると、夏の暑さにさんざん傷められたホトトギスが、蕾の表面に花色をのぞかせていた。
 そして、翌日の今日、開花した。

        

                 ⬇︎

        

 金木犀の花は,はやくも盛りを過ぎていた。が、微香をわずかに漂わせながら咲き残っていた。

 沿道で見かける金木犀は、丈高く堂々としたのが多い。
 が、家の庭は狭く、庭師Oさんが丈短く丸く刈り込んでくださる。
 そこで、花数はそう多くない。
 それでも、季節を伝えてくれるのが嬉しい。 


        
              キンモクセイ

        
              シュウメイギク

 シュウメイギクの白い花が増えてきた。
 最近の雨で土地が潤い、茎丈も伸び、葉の緑も美しくなってきた。

        
               ツワブキの蕾

 ツワブキも、俵のような蕾をたくさんつけ、開花の準備を始めている。

        
               桔梗の花のあと

 咲き終わった桔梗の花あとを眺める。
 美しく咲いたあとに、地味ながら愛らしい星型を残していた。

一日の始まりは

2018-10-08 | 身辺雑記
         一日の始まりは、幸せの予感に満ちて。

         

         

         
              上3枚は、6時18分

 太初から、こうした美は存在し続けてきたのであろう。
 が、今朝は、今朝だけの黎明。
 昨日とは違う今日の始まり。

 朝日の位置が、ずいぶん南よりに移動した。権現山の方向に。

         
                6時27分
 朝の雑用をしているうちに、太陽は、山の端に姿を半分現した。

              *******

 今、廊下では、老女と老女の語らいが延々と続いている。もう一時間以上。多分、昼食が運ばれるまで続くのだろう。あと、2時間余り! 13号室と16号室のお二人。93歳と87歳との語らい。

 100歳時代は、果たして、人間にとって幸せなことであろうか?と、考えてしまう。

 <老い>とは、幼な子にもどることらしい。が、幼子ほど無邪気でないのが厄介だ。
 特に認知症が入ると、傍若無人。

 自立とは、どういう状況をいうのだろう?
 自己制御ができ、他人の存在を考慮できることは、必要なことの一条件ではあるまいか。それのできない自立もあるのかどうか?

 老いは、判断力を鈍くする。自分中心になりがちである。
 私の住む施設には、15部屋(うち4部屋が夫婦部屋)がある。その数だけ、様々の老いの形や姿があり、日々考えさせられる。自分自身の老いにも戸惑いながら。



波荒く

2018-10-07 | 散歩道
 10月というのに、今日も暑い。
 夏物の長袖ブラウスなど、早々と家に持ち帰ったのは失敗だった。
 今日も室内温度26度以上。

 昼前、海辺まで散歩に出かけてみたが、外気も暑い。いわゆる夏の暑さではないけれど、秋の爽やかさがまるでない。

 海辺に出てみると、台風の余波であろう、海が荒れていた。白浪が立っている。風が強いわけではないのに。

        

        

        


        
           朝、平家山で戯れる雲の群れ

 なぜ、平家山の上だけに、雲が集まっているのだろう?
 ほかほかした柔らかそうな雲を乗せて、平家山だけが、ひときわ目立っていた。

気温が高く

2018-10-06 | 身辺雑記
 南風が強く、施設前の畑に植えられている無花果の木が、一斉に葉裏を見せて強風に煽られていた。
 が、暴風の被害はなく、台風25号は北へ去った。
 ただ、かなり気温が上がり、不愉快な一日となった。こんな日は、体調を整えるのが難しい。クーラーをつけると、冷たさが気になるし、衣類の調整を試みたが、気分は優れぬままの一日となった。
 温度湿度計は、偶然6並び。快適な状況ではない証拠に、顔マークは口を真一文字にして、不機嫌そうである。私はもっと不機嫌である。体調が悪いと、誰でもそうであろうが、気分は晴れない。意欲も削がれてしまう。

            

         
         カランコエの花を眺めて気分を紛らしたり………

            
          このたび持参した『ひろしま美術館』を開き、
          絵画を眺めたり、解説文を読んだり………、
       広島へ行き、ゆっくりと美術館巡りをしてみたいと思ったり。

            暴風警報の出ていた今朝の空
         
                6時7分

         
                7時3分

         
                8時25分

 ひと時として、空は同じ表情をしていない。
 ただ、今日の空は、やがて雲量が増え、私の気分に似た憂鬱な空になってしまった。

台風25号を避けて

2018-10-05 | 小庭の四季
 台風がまたやってくる。
 25号は、日本海を北上するらしい。
 雨より暴風に警戒しなくてはいけないようだ。

 家の中の整理整頓など、もっとこまめにしなくては…と思う。
 帰宅するたびに、もの探しばかりしている自分に嫌気がさす。
 が、今日はとりあえず、台風を避けて施設へ。

 タクシーを待ちつつ、次に帰宅したときの、庭の楽しみを探す。
 ホトトギスの開花が近いこと、金木犀の蕾が目立ち始めたこと。

        
             ホトトギスの蕾

        
             キンモクセイの蕾

        
             ムラサキゴテンの花
          咲いては枯れて、また咲く不思議

        
              シコンノボタン
               今日の花


蜂退治

2018-10-05 | 身辺雑記
 先日(3日)、帰宅して家周辺を一回りし、ふと見上げると、横木に蜂が整列している。
 時々、動くのがいるけれど、飛び立ったり喧嘩したりはせず、すこぶる静かである。

 8月、<明清ビル>会社が、窓拭きなどの清掃に入ってくださったときには、裏口用の電灯の傘の周りに、蜂がぐるりと整列しているのを見つけ、退治してくださった。
 今回は、少し奥まった横木に止まっている。
 よほど蜂にとって条件のいい場所なのだろう。

 「これは大変!」
 と、早速、<明清ビル>の社長に直々電話した。その結果、今朝、早朝にきてくださることになった。

 強力殺虫剤を吹きかけられてお陀仏した蜂は、 地面に掃き集められ、まだ多少動いているのもいた。
 作業してくださったMさんは、その群れの前で、これが女王蜂、あれは次期女王蜂、と指差して教えてくださったが、私には皆似たり寄ったりの蜂に見え、全く見分けがつかなかった。

 前回も、今回も、完成には至っていないし、いわゆる蜂の巣状のものができそうにも思えなかった。


        
              横木に並ぶ蜂たち     

PCの点検

2018-10-04 | 身辺雑記
 久しぶりに、ソコロシステムズのSさんが来てくださった。
 前回の来宅は、いつであったか?
 私が施設と家を行ったり来たりの生活を始め、一か月に一度来ていただくのは、日時の調整など気をつかうことが多く、今年の春ころから、双方にとって都合のいいときに、適宜来ていただくようにした。
 猛暑の8月、台風や雨の多かった9月も、お休みしたように思う。

 今回は、ちょうど帰宅中でもあり、久々にSさんにお会いできるのも楽しみで、今日、PCの点検などしていただいた。ウイルス対策の更新なども。
 さらに、スマホやタブレットの扱いについても、いろいろ教えていただいた。
 一番不自由していたのが、アマゾンへの注文である。
 タブレットから注文するには、どうすればよい分からなかった。Sさんは、早速メールアドレスや暗証番号を打ち込んでくださった。無知な私は、それぞれが共通の機能を持つことは知りつつ、注文などはPCを通してしかできないものと、勝手に思い込んでいた。
 そこで、注文日、受取日のことを考えると煩わしくなり、躊躇しているうちに、何を注文したいと思っていたのかを忘れてしまったり………。老いた頭は、本当に頼りなくなった。

 また、昨夜は、スマホの充電をしようとしたとき、「インストールしますか」と尋ねる画面が出た。就寝前だったので、判断に迷ってそのままにした。明日は、Sさんが来てくださるので………と、すぐ教えを請うことを考えてしまって。
 「インストールは是非しておいた方がいいです。ちょっと時間がかかるかもしれないけれど、始めましょう」と、勧められ、安心して作業にかかる。タブレットの方も、新情報をインストールした。

 30代の若いSさんが来られると、老いの愚痴を聞いていただいたりもする。人柄がいいので、<また、たわいない老人の愚痴か>などという表情は微塵もなさらない。聞き上手な方ということであろう。
 話せば、老いの不安が、解消される面もある。

 午前中は、たまった新聞を読みつつ昼過ぎまでベッドにいた。
 4時にSさんが来てくださってからは、充実した時間を過ごすことができた。

 しかし、話を聞いて驚いたことだが、Sさんの担当は今日までで、あとは別の人に引き継がれるという。突然のことであり、私にとっては残念至極なことだが、考えてみると、生徒や学生は、教師を選べない場合がかなり多い。それと同じである。
 元気でいれば、またお会いできる日もあるだろう。

 しかし、私のPC人生も、あとそう長くはない。
 70歳でPCを学び、15年間、飽きもせず利用し続けた。性に合っていたのだろう。
 その間、ソコロシステムズから派遣され、訪問してくださった方たちを思い出し、懐かしんだ。


         
         家横の庭で見つけたヘクソカズラ(蔓と葉と実)

これはダメだ!

2018-10-03 | 身辺雑記
 夕方、施設のIさんから電話があり、びっくり仰天‼️
 今朝、洗濯物を乾燥機に入れたまま、取り片付けずに帰ったらしい。

 私も、本格的な認知症の仲間入りかとガックリする。
 人間はだれでも、ときに思い違いや勘違いをするもの、特に年寄りは……と、思ってはみるものの情けない話である。

 今朝早めに洗濯を終え、7時15分に乾燥機に入れた。
 そうだ、洗濯物を取り出さなくてはと思い、洗濯室に行ったのは8時半前であった。
 と、隣室のOさんが、洗濯機の前に立っておられ、
 「どうしてでしょう? 洗濯が終わってるのに、蓋が開かないの」
 と言われた。
 私も試みてみたが、右側が持ち上がろうとしない。
 洗濯機は二つ置いてある。蓋が開かない洗濯機は、私の使ったことのない方である。開かない原因がわからない。
 「職員の方に聞いてみましょう」
 そう言って私は3階におり、事情を話した。
 
 すぐ見に来てくださったIさんは、100円(洗濯代)を入れ、
 「もう一度回してみましょう」
 と言われた。
 (結局、原因が何かはわからないまま)Oさんと私は、部屋へ戻った。

 夕方電話を受け、洗濯物を取りに行ったことは思い出せるが、取り出したことや畳んで片付けた記憶は全く蘇らない。このように、完全に記憶が抜け落ちることがあるのかと、愕然とする。
 蓋が開かないという出来事の方に気持ちが行ってしまい、洗濯室へ出向いた私の目的は、きれいさっぱり忘れてしまったらしい。見事な忘却! 大丈夫だろうかと不安になる。

 4月まで、斜交(はすか)いの部屋におられたYさんは、「私は認知症だから」と公言され、曜日を尋ねられることはよくあった。時々、(?)と思うこともありはしたが、さまざまな人生経験を通して語られる言葉から学ぶことは多かった。
 また、娘さんのおられる関東の施設に移られたNさんもそうだった。出身校が同じだったという親しみもあったのだが、話される語彙が豊富で、話し方に知性を感じることがしばしばあった。が、自分自身、認知症が入りつつあることは言われなかったし、その他、私からみて?と思う方でも、ご自分では、みな認知症の気があるとは思っておられない。むしろ賢い人間だと思っておられる方もあった。

 実は前夜、私は久しぶりに不調だった。さては低血圧になっているのだろうかと思い、血圧を測ってみたところ、上が90しかなく、しかも不整脈がひどい。しばらく出なかった症状が出てしまった。
 平素は、就寝時、睡眠薬のマイスリーを飲むだけなのだが、昨夜は、デパスも追加した。(デパスは、不調続きのとき、いただいた薬である。マイスリーと一緒に飲むと、私の場合、眠気が翌日に残るような気がして中止。飲み残しは、昨夜のような不調時だけ服用することにしている。)

 私は、自分でもかなり神経質だと思っている。
 前夜、夕食中にドアをノックされ、出てみると、Fさんだった。
 「あれが閉まらん、閉めて!」
 と、言われる。
 見ると、下りかけたブラインドが斜めになっている。
 「閉めておかんと朝日が入って眠れん」 
 と、Fさんは苛ついておられる。
 実は、廊下には、朝日は入らない。
 窓辺の空は、折しも、落日の余韻を残して、美しい夕焼けである。

 私より先にSさんを呼ばれたらしい。Sさんは忠実に、なんとかブラインドを下ろそうとしておられる。
 私は、一度閉め損なった経験があるので、それ以来、ブラインドには触らぬことにしている。施設の物を壊してはいけないという気持ちがあって。
 「私は前に失敗しているから………」
 と断って、試みることをしなかった。

 自宅の台所にも二枚のブラインドが付いているが、大きさがまるで違うし、扱いも慣れている。
 しかし、施設の大きなブラインドは、扱いが下手なため、斜めになったり、途中で止まったりする。

 Fさんは、配膳を終えられた担当者の姿に気づき、第三の助けを求め、<ちょっと来て>と大声で呼びかけられたが、もちろん聞こえなかったかのように、エレベーターに向かわれた。
 「あの方は、食事の担当者だから、明日、職員の方にお願いしましょう」
 と言って、私は自室に戻り、食事を続けた。FさんもSさんも、自室に戻られた。

 9月になって、急に4階が騒々しくなった。
 周囲がどういう状況であろうと、泰然として、自分の世界を生きられる私でありたいと思いながら、なかなか自分をコントロールできない。情けない思いをしながら、ここ20日ばかりを過ごした。
 それが私の体調に影響しているとは思いたくないのだが……。

 今朝は、超難問と付された「ナンプレ(数独)」をいつものように、二問解いた。数独に向かっている時が一番無心になれる。しかし、二問と決めている。
 そのあとは、丸谷才一の『初旅』という小説を読んだ。先日読んだ『横しぐれ』もそうだったが、丸谷才一の作品は、やや凝りすぎではないかと思うほど手が込んでいる。
 『初旅』は、記憶喪失者の話である。

 私は電話で、Iさんの話を受けて、しばらくは、自分の朝の行動が思い出せなかった。いよいよ認知症の進行かとうなだれたり、午前中に読んだ小説の主要人物同様に、記憶喪失という病的な状況になったのであろうかと考えたりした。
 が、あまり悩んでもどうにもならない。老人力がつきすぎないように心がけるしかない。
 施設の職員の方や乾燥機を使おうとなさった方(およそ想像できる)には、大変な迷惑をおかけしてしまったけれど、次回、施設に戻ったら、お断りするしか仕方がない。


              ***********
 
 帰宅し、庭をひと巡り。フジバカマを見つけて嬉しくなった。
 崖がコンクリートで覆われ、もう諦めていた<秋の七草>である。タネが庭に落ちてくれたらしい。

            
                フジバカマ

         
       ノボタン(正確には、シコンノボタンというらしい)

     .    
      雨が降ってイヌホウズキの丈が伸び、花がまた咲いていた

            
              一本のミズヒキソウ

 (ホトトギスは猛暑にやられ、全滅したと思っていたが、今日蕾数個を見つけて楽しみが増えた。シュウメイギクも丈が伸び、蕾が増えている。最近の雨は、植物にとっての慈雨だったようだ。)