ぶらぶら人生

心の呟き

京都・二条城見学

2018-04-15 | 旅日記
4月11日

怪しげな空模様であった。
週間天気予報でも、
雨の確率が高かった。

雨が降り出せば、
その時に考えることにし、
二条城へと向かう。

二条城で、夜桜見物をしたのは、
いつの年であっただろうか?
(ブログにも投稿しているはずだが………)

昼も夜も出かける元気は、
もはやない。

二条城の内外を見学。

人の多さでは、二条城が一番であった。
外国からの観光客が、格別多い。
修学旅行生も。
世界文化遺産ということで、
関心の度合いが高いのだろう。

広大な庭園と平城。
歴史に思いを馳せながら、
見学する価値はある。
人の多いわけも、頷ける。

二条城









庭園散策















桜(里桜と枝垂れ桜)











京都・石清水八幡宮

2018-04-15 | 旅日記
4月10日

旅を思い立ったとき、
背割堤の桜並木を歩きたいと思っていた。
その場所を調べているとき、八幡市に行けば、
男山にある石清水八幡宮にも行けることを知った。

徒然草で、その名前を記憶しているお宮である。
背割堤のお桜見に合わせて、石清水八幡宮にも
行ってみたいものだと思っていた。

背割堤の桜が、とっくに咲き終わったことは、
出かける前に予想でき、諦めていた。
が、石清水八幡宮には、
ケーブルで簡単にお参りできることが分かっていたので、
旅の二日目、天候にも恵まれ、八幡市に向かった。

駅のすぐ側から出ている男山行きのケーブルで、
石清水八幡宮へ。
(片道200円)

『徒然草』の第五十二段は、

<仁和寺に、ある法師、年寄るまで、石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとり、徒歩(かち)よりまうでけり。極楽寺・高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。……(途中略)「………そも参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意(ほい)なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。
少しのことにも、先達(せんだち)はあらまほしき事なり。>


ある法師の失敗談として有名な逸話である。
山へ登る人こそ、石清水八幡宮を目指していたのである。
仁和寺の法師は、山麓の極楽寺や高良に参拝し、
それですべてと勘違いしたのである。
石清水八幡宮は、男山の山頂にあるのだ。
<少しのことにも、先達はあらまほしき事>というのが、
兼好法師の感想である。

面白い話だし、ほぼ諳んじている話を思い出しながら、
石清水八幡宮に、お参りした。
歩く辛さもなく、散歩を楽しんで……。
現代は、ケーブルを利用すれば、わけなく参拝できる。
しかし、昔の人は、すべて徒歩である。
片道、直線で20キロはあるという。
さぞ大変なことであったろう。

仁和寺の法師は、長年の思いを果たしたと満足したのだが、
事実を知る人から見れば、滑稽な話である。
『徒然草』では、この話に次ぐ第五十三、五十四段にも、
仁和寺の法師の失敗譚が書かれている。
(『徒然草』は、面白い。)

石清水八幡宮









大樹(榧の木)



ケーブルを降りて山道を登る。
男山には、歳月を経た大樹、古木が多く、
鳥の囀りもあり、
自然の奥深さを抱く山である。



男山展望台からの眺め
眼前に、木津川が流れ、
宇治川、桂川も流れている。









展望台にある谷崎潤一郎(1886〜1965)の文学碑
生誕100年を記念して、1986(S61)年に建立。
碑文には、小説『蘆刈』の一部が記されている。



碑の文字は、
昭和8年に自筆本として出版された本から採られたものという。
昭和8年生まれの私が、
昭和8年に谷崎潤一郎によって書かれた自筆の
碑文を読んだわけである。
数字の偶然を面白がりながら。

同じ時期に書かれた『春琴抄』は読んだが、
『蘆刈』は読んでいない。
(碑文を読んだだけで、小説を読んでみたくなり、
書棚から文学全集を取り出した。
余生は、なかなか忙しい。)

展望台を覆う樹木
(木陰でお弁当を広げる人たちもあった。)






下山して、明和元年創業のお菓子屋兼喫茶店で休憩する。






走井餅(はしりいもち)と桜餅&コーヒー


高浜虚子の句(短冊)

虚子もここで、<走井餅>を二つ召し上がったのだ。
お店の人に請われ、即興で書かれた句と思われる。

※八幡市で、谷崎潤一郎、高浜虚子のお二人にお会いできた。
これも、旅のご縁である。



八幡市駅前の枝垂れ桜(落花の後)

京都・仁和寺の花

2018-04-15 | 旅日記
4月9日

仁和寺の入場券の裏には、次のように書いてある。

<中門を入ると左手に、湧き上がる雲のような御室桜が目に飛び込んできます。御室桜の特徴は樹高が低く、根元より単弁の香りの高い白花を咲かせることです。開花は染井吉野より一週間から十日前後遅く、京都の春の終わりを飾ります。品種は大半が有明で、他には車返し、欝金など十種類の里桜があり、境内に二百余株植えられています。起源は古く、平安時代にまでさかのぼりますが、現在のものは江戸時代初期に植えられたもので、大正十三年に名勝に指定されています。>

仁和寺には、今まで幾度か、出かけている。
ここに記されていることは、おおよそ知っていることであり、
旅の初日に、仁和寺を訪れたのも、
遅い桜に会えるかもしれないとの思いからであった。

しかし、大方の桜は、もちろん盛りを過ぎていた。
それでも、なお香りを放つ桜もあった。

以下、4月9日午後の、桜の風情。
散る桜、地面を染める花びらもいい。






御衣黄桜











躑躅の花













石楠花の花





楓の花



カリンの花



京都あれこれ

2018-04-15 | 旅日記
春の京都

ひと月前に、ホテルを予約したときには、
例年の桜開花を予想していた。
が、寒冷の冬が去ると、
急に高温の日が続き、
桜は、驚いたように開花してしまった。
当地の桜も、ずいぶん早く見頃を迎えた。

旅の目的は、桜だけではない。
最大の目的は、日常を離れること。
自在の場に、身を置くこと!
元来、<一所不住>が好きである。
旅を住処にできれば一番いいが、
そうもゆかない。
特に<老い>が、行動を規制する。

出発の深夜、地震があった。
スマホの警報で、目を覚ました。
が、揺れは、全く感じなかった。
その後、幾度も着信メールがあり、余震を伝えた。
が、気にも留めなかった。

8時にタクシーを呼んでいたので、
少し早めに起床した。
テレビをつけてみる。
大田地区を震源とした、
<震度5強>の地震があったことを知る。
心配したのは、義姉のことであった。
耳の遠い義姉に、電話しても要領を得ないと判断し、
東京に暮らす姪に、LINEメールを送った。

揺れを感じなかった私は、
全く危険など感じなかったが、
一部には被害があり、
交通の乱れなど、
間接的な影響のあることを知った。

テレビで、山陰本線や山口線の不通を知り、
対策を考えた。
旅を中止しようなどとは、つゆ思わなかった。
新山口駅まで送ってもらうように、
タクシー会社へ、行き先変更の電話をする。
予定の新幹線に乗車するのは無理だろう、
と思っていたが、十分間に合った。

少しお金は高くついたが、
これも、旅の一部と考える。
こうして、短期の旅は始まった。

桜の季節は過ぎたのに、
京都駅や観光地は、である。
日本の古都に、
世界各国の人々が集まっている。
ホテルのバイキング食堂にも、
同様の風景がある。
日本人より、諸外国の旅行客の方がはるかに多い感じだ。

田舎で生きるのは息苦しいけれど、
都会には、ひとときの開放感がある。
旅には、それを楽しめる喜びがある。



11日、京都駅前


9日、ホテルの部屋より、京都タワー






上3葉、グランヴィアのロビーに飾られた春らしい作品


12日、デパート4階の喫茶店より

のんびり旅

2018-04-13 | 旅日記
4月9日〜12日
京都、3泊の旅。

9日、仁和寺



10日、石清水八幡宮



11日、二条城



詳しくは後日。

晩秋の旅<東京 その2(二つの美術館)>

2017-11-30 | 旅日記
11月29日 水曜日

以前は、美術館に行くのが、一つの楽しみであった。
最近は、一所に大人数でいるのが、苦手になった。
多分に、精神的なものもあるのだろう。
息苦しくなって、名画に会う楽しみも失せてしまう。

混雑がなく、いい美術館として思い出したのが、
山種美術館根津美術館
いずれも、一度訪れて気に入っている。
あらかじめ催しものについて調べて見た。

山種美術館では、『川合玉堂展 ー 四季・人々・自然 ー』(没後60年記念)
根津美術館では、『鏨の華 (たがねのはな) ー 光村コレクションの刀装具 ー』

山種美術館の往路は、坂道になっていて、美術館に入る前に疲れた。
喫茶室で、まず休憩。
そのあと、展示会場を巡る。
10年前に行ったときには、美術館所有の名画にたくさん出会った。
今回は、川合玉堂の作品の数々。
なんの違和感もなく、ごく自然な形で心に寄り添ってくれる作品。
古風なようで、古びない風雅な趣を覚える。

根津美術館では、紅葉を眺めながら、軽い昼食をとることも考えていた。
美術館そのものが芸術的であり、広い庭の眺めもいい。
『鏨の華』には、あまり興味を感じなかったが、
展示物に接し、細工物に込められた、手を抜くことを拒否した技に感動した。
ゆったりとのぞき込んで眺めることができ、
細やかな技は、拡大鏡で見ることができるようになっていた。

以下は、私の撮った根津美術館の趣。












この風景を眺めながら、昼食。




美術館、それぞれの入場券。


ホテルから眺めた朝の光景。
日比谷公園と皇居のあたりを遠望しつつ。




ホテルのロビー。

晩秋の旅<東京 その1(墓参)>

2017-11-30 | 旅日記
11月28日 火曜日

午後、墓参。
谷中の秋も、深まっていた。

桜並木の落葉は、平年並み?
銀杏の大木が、枝を露わにし始めていた。

師との永訣は、12月5日だが、
近年は、時期を早めて墓参している。
昨年の墓参の折、来年は、無理だろうと思った。

が、一昨年や昨年に比べ、今年の後半は、体調が比較的いい。
かといって、来年も大丈夫、などとは思っていないけれど。

<では、また>という確信はないけれど、
<では、また>と、お別れする。

「次は、谷中の桜が満開のころにおいで」
と、師の声が聞こえた。
「では、桜のころに…」

数か月後の春、現状が維持されているという保証はないが、
とりあえず、来春の無事を願っていよう。
(以前は、春と初冬にお参りしていたのだが……。)

谷中の風景。







晩秋の旅<京都 その2>

2017-11-30 | 旅日記
11月27日 月曜日

まる一日、京都で過ごす。
幾度も訪れているけれど、
南禅寺の方へでも行ってみようと、
10時過ぎに出かけた。

途中、気まぐれに立ち寄り、東照宮の一角を見学。
この季節に限り、特別に見学できる場所のひとつとして、
金地院の方丈とお庭を案内してもらう。

小堀遠州作の<鶴亀の庭園>は、
説明を受け、浅薄な理解はしたが、
感動一入(ひとしお)とはゆかない。
(折から晩秋の日差しが降り注ぎ、
鶴亀をかたどった庭の風情を撮り得なかった。
鶴を表す松の枝は伸び、手入れは行き届いていない。)

創られた当時のままに、
その姿をとどめることは困難至極。
時を経た美しさを伝えうるものもあれば、
そのようにはゆかないものもあるものだ。

今まで、画集でしか見たことのなかった
「猿猴の襖絵」(長谷川等伯筆の原画が見られたのは、喜びの一つ。
その他では、やはり小堀遠州作の「八窓席」(茶室)に興味を持った程度。

折角の案内付きなのに、もう少しうまく説明ができないものか? と、思う。
丸暗記の機械的な解説では、おもしろくない。
(そう思う人は、私ばかりではあるまい。
しかし、批判は易しいけれど、
人の心を惹きつける話は、
決して容易なことではないと、分かりつつも……。)

庭内を歩いていて、出会った紅葉。






南禅寺へ向かって歩く。
いつものことながら、人が多い。
バスも車も、多すぎる。
ひっそりとした晩秋を味わうことなど難しい。

手摺のない階段の昇り降りが困難になったことに気づく。
齢(よわい)84歳の悲哀!

以下、南禅寺周辺の紅葉。
楓の紅葉は盛りを過ぎている。
今年は、晩秋の訪れが早かったのだろう。









調子に乗って歩き続けるのはまずいと思い、
昼食でひと休み。
ご馳走を存分食べたいと思わなくなったのも、悲哀?!
それでも、昼食に鰻をいただいた。
(と、夕食が全く欲しくない。これがかなしい。)

路地を入って、喫茶店<フランソワ>で憩う。
以前、訪れれたお店。
今どき珍しい、昔ながらの音楽喫茶店である。
座席は多いが、他人の気にならないところがいい。
有名店の一つなのだろう、お客の出入りは、頻繁である。

コーヒーとケーキをいただきながら、
昔さながらの雰囲気を懐かしむ。









好きな眺め。
(水路の落ち葉)


ホテルの部屋から。
(夕景)





晩秋の旅<京都 その1>

2017-11-30 | 旅日記
11月26日 日曜日

昼過ぎホテルに到着。
宿泊の手続きを済ませて昼食。

あてのない旅。
遠くへ行くのはやめ、近隣をぶらぶら。
伏見稲荷神社に行ってみる。
奈良線で二駅先。

人の多いこと。
外国人の比率が高そうだ。
中国語が耳に届く。
(看板の説明によると、日本で一番観光客の多い場所…とか。)









(千本鳥居の奥までは歩かず……。
無理はしない。
それでも、日頃歩いたこともない8500歩の散歩。

昨年に比べ、体調が良さそうだ。
ここ数年は、万一に備え、折りたたみ杖を持ち歩いたのに、
今年は初めから持参せず……。)


高層階に泊まり、目の前に京都タワーを眺める。



晩秋の旅<車窓の眺め>

2017-11-30 | 旅日記
11月26日から
11月30日

墓参を第一の目的とした
気ままな旅に出る。

欲張らない旅。
無理をしない旅。

日常の場を変え、
生活のスタイルを変えて。

《無事に帰宅し、
簡単に、メモを留める。》



26日、福山城。
(数度訪れた思い出を懐かしみながら……。)



26日、姫路城。
(福山城同様、思い出の多いお城。
来し方を思う。)




(上の写真を拡大。)

<帰途(30日)の車窓からも、福山城、姫路城を眺める。>


28日の伊吹山。
<帰途は、雲中にあって姿見えず。>



28日の富士山。
完璧ではない姿、またよし!





30日、帰途の富士山。
探し絵のように目を凝らし、その姿をやっと見つける。



旅の終わり、山口線の車窓には、
10日あまりかと思えるお月さまが、
見え隠れしながら供をしてくれた。