ぶらぶら人生

心の呟き

初冬の庭

2015-11-29 | 小庭の四季
                 初冬の庭に残る秋の名残


              
                    ヤマボウシ

   
          山茶花                 ノボタン


              明日から、旅に出ることにする。
              主目的は墓参であり、多くのことを望まない。
              都会の風にあたり、見知らぬ人ばかりの、雑踏の中を歩き、
              非日常性が味わえたら、それで十分だと、思っている。 
       

吉村萬壱の二冊

2015-11-28 | 身辺雑記
  朝日新聞の記事(11月10日・文芸テラス)が、吉村萬壱 短編集『虚(うつ)ろまんてぃっく』を紹介していた。
 作者の写真入りで。
 その見出しには、<おざなりの言葉にモノ申す><心ざわつく展開の裏 「常識」への反発>とあった。
 なお、
 <作家の吉村萬壱さん(54)の「虚(うつ)ろまんてぃっく」(文芸春秋)は、登場人物の不道徳な振る舞い、どぎつい表現が、読む人の気持ちをざわつかせる短編集だ。しかし、読み進めるにつれ、言葉や人間存在への懐疑が浮かび上がる。>
 と、記されていた。

 新聞記事を見て、作品を読んでみたいと思った。
 PCで調べ、吉村萬壱さんは、129回目の芥川賞受賞作家(『ハリガネムシ』の作者)であることを知った。
 
 そこで、朝日新聞で紹介された本に加え、受賞作も、アマゾンに注文した。 
 2冊の本は、別々に届いた。(下の写真)

          
 
 『ハリガネムシ』 (文芸春秋・2003年刊)は、古書店から送られたので、少し時間がかかった。

 受賞当時は、新聞やテレビで紹介されたはずなのに、私の記憶にはない。

 (読む読まないは別にして、芥川賞作家や作品が全く思い出せないのは不可解だった。
  が、2003年の受賞と知って、思い出した。
  その年は、ゆっくりテレビを見たり、新聞を読んだりするゆとりのなかったことを。)

           
 『ハリガネムシ』から読んだ。
 一気に読ませる筆力がある。が、決して、私の好みの小説とはいえなかった。
 しかし、人間の追求には、様々な形があり、こうした小説があるのは面白い、と思う。

 <ハリガネムシ>とは、どんな虫なのだろう? と思い、早速、タブレットで調べてみた。
 極細の針金に似て、くねくねとしている。
 名前どおりの奇妙な虫である。
 <ハリガネムシ>は、カマキリのお腹に寄生して、水辺に運んでもらうのだとか。
 小動物たちの世界にも、様々なドラマがあるのだ。
 カマキリのお腹を絞れば、お尻からハリガネムシが出てくるという。

 そんな知識をタブレットで確かめているとき、スマホにメールが届いた。
 Tさんからであった。
 <北浜海岸の波打ち際に弱っている蟷螂がいたので、草原に移してやった>と記され、その蟷螂の写真が添付してあった。(写真 下)

             

 その偶然に驚いた。
 お腹が妙に膨らんで、ハリガネムシが入っていそうなカマキリの写真である。
 
 今、メールを確かめると、17日の受信である。
 ブログに書くのが遅くなったが、『ハリガネムシ』を読んだのも、17日ということになる。

 その後に、『虚(うつ)ろまんてぃっく』を読んだ。
 (掌編から中編に近いものまで)10の短編小説からなる一冊である。
 それらは、2005年から2015年2月までの間に発表された作品であり、初出誌は「文学界」が多い。

 風変わりな小説集である。
 『ハリガネムシ』以上に、作者の独自性が、存分発揮された作品ばかりである。

 私が下手な感想を書くより、この本に添えられた<あとがき>(作者の解説)を紹介する方が、ずっとよさそうだ。
 以下、<あとがき>より。

 ▼ 今、この短編集のゲラを読み終えたところであるが、これを書いた人間は少し頭がおかしいのでは
   ないかと思った。書いた本人がそう思うぐらいなので、読者はもっとそう思っているに違いない。

 ▼ 「私の観察によれば、人間は、自分が良い、正しい、間違っていないと思っている時に最も酷いこ
   とをする。善人面した人間ほど、信用できない存在はない。」

 ▼ 「百回泣けるとか、そういう小説は他の優れた書き手が沢山いて、そっちの方面に私のような蛆虫
   作家の出る幕はないから、敢えて人間の負の部分に吸い付いて生き残ろうとしているわけだ。(略)」


 吉村萬壱さんは、異色の才人である。(装画も、ご本人のもの)
 社会や人間を見る目の軸に狂いがなく、躊躇いのない思い切りのよさが小気味好い。

 でも、この作家の作品を、さらに購読したいという気持ちは、今のところない。
 吉村さんの小説を完読するには、かなりのエネルギーを要するので…。 

『人生はもっとニャンとかなる!』

2015-11-26 | 身辺雑記
 今月、山口の書店で求めた本の一冊。
 以前、ブログで紹介した『人生はニャンとかなる!』 (文響社・2013年10月25日刊)の続編
    『人生はもっとニャンとかなる!』 (文響社・2015年10月1日刊)
               明日にもっと幸福をまねく
                     68の方法
                  水野敬也+長沼直樹   
(下の写真)

                

 68の個性的な猫が登場。
 その表情が面白いし、写真の裏のページでは、本の筆者が、偉人の言葉を紹介しながら、人生の知恵を語ってくれる。
 今回も、猫ちゃんたちの表情を楽しみ、賢人の言葉に耳を傾けた。
 読者の大方は、この本のページを繰れば、たとえ心が鬱していても、ひとりでに微笑むだろう。
 座右に置きたい本である。
 (猫嫌いの人には、だめかもしれないけれど…。)

         

 上の写真左は、表紙に使われているもの。
 添えられた言葉は、そばにいるという愛情  である。
 裏のページには、
 [ジョン・レノン] イギリスのミュージシャン | 1940‐1980
 の話が紹介され、「長い人生の中では、仕事よりも、大切な人のそばにいる時間を優先すべきときがあります。」と述べてある。
 さらに、<偉人たち(3人)の名言>が紹介されている。

 上の写真右には、 こまかいことには目をつぶろう とある。
 裏面には、
 [パブロ・ピカソ] スペインの芸術家 |  1881‐1973
 の逸話が紹介され、 「どんな分野においても、大成する人間は大きな器を持っているものです。」と記されている。
 <偉人達の名言>の中、特に深く頷いたのは、
 [マハトマ・ガンディー] インドの弁護士・社会運動家 | 1869‐1948 の言葉
  「弱いものほど相手を許すことができない。許すということは、強さの証だ。」  


            

 上の写真を見たときは、思わず笑ってしまった。
 無理矢理笑おう と、あえて言われなくても…。
 その裏には、
 [ピエール=オーギュスト・ルノワール] フランスの画家 | 1841‐1919
 の話が語られ、 「多少無理をしても喜びを見出そうとする姿勢が、希望と活力を呼び寄せます。」と添えてある。
 
 この写真を、暫くのあいだ、壁にかけることにした。
 

         (なお、太字の言葉には、英訳も添えてある。)


                × × × × × × × × 

 
                昨夜のお月さま 夜9時 

      

               夜11時 月の周囲に、朱色の輪が…
                  自然現象の不思議

      

庭の草取りほか

2015-11-25 | 身辺雑記
      <11月 24日>

 シルバー人材センターの方、3人が、庭をきれいにしてくださった。
 作業は、朝の7時半過ぎから、午後2時まで。

 雨を心配していたが、終日降ることはなかった。
 重い空模様のうえ、北風の吹く寒い一日だったけれど。

 申し訳ないほど、ていねいな作業をしてくださった。
 いずれ枯れてしまう植物の刈り取り、寒くなっても威勢のいいシダ植物のほか雑草など、みな抜き取っていただいた。
 家の周りの溝掃除も。

 不要物が取り払われ、すっきりした庭になった。
 面積が広くなった感じもする。
 土の部分が、あらわになって。


  

  
     ノボタンは、初冬の今も咲いている

  
                                     威勢のいい緑は、曼珠沙華

 草取りをしてもらった後、気になる植物があった。
 <アレは、どうなったかしら?>と。
 <アレ>には、固有の名前がついているのに、それが出てこない。
 <アレとアレは?>
 ひと時、沈思黙考する。

 <ユキノシタ>の名は、間もなく思い出したが、もう一つの<アレ>が出てこない。
 身動きもせず、じっと考える。
 真剣に言葉を思い出そうとするとき、全身は静止状態になるもののようだ。

 あッ、<シャガ>だった!
 思い出すと、大変な手柄を立てたような気分になる。

 二つの植物名は和語であるし、自家の庭にあるものだから、比較的思い出しやすかった。
 <アレ>のまま、思い出せないものはたくさんある。
 花の名前に限らず。

 老いの時間は、こうして実時間の内容が薄められる。
 創造的な思考ではなく、思い出すための時間ばかりが増えてゆく。

 それはともかく、シャガも、ユキノシタも、好きな花である。
 増えてくれるといいな、と思っているのだが、減るばかり。
 いずれも、根の浅い植物のせいだろう。

 2種の植物とも、わが庭のとっては、絶滅危惧種なのだ。 

   
           シャガ                        ユキノシタ


 ※ 昨日(24日)は、早くから作業員が来てくださるというので、私も早起きをした。
   すると、午前中がずいぶん長く感じられ、外で作業してくださる人に刺激されて、私自身も家の中でよく
   働いた。
   身体を動かしながら、「早起きは三文の徳」という言葉を実感した。
   おまけに、一日が、充実していた。

   ところが、今日はだめ。
   朝寝をしたうえに、のらりくらりの一日となった。
   疲れが残っているのだろうか? と、自問する。
   少々残念な気持ちだが、まあいいか、と諦めも早い。

11月の庭 (VAGRIE 2015 Collection)

2015-11-24 | 草花舎の四季
 現在、草花舎では、 VAGRIE 2015 Collection 』 が、開催されている。(~11月30日)

 郵便局からの帰りに立ち寄った。
 草花舎には、今、大小様々、見事なバッグが並んでいる。

 案内状に、<選び抜かれた素材、考え抜かれた機能性、軽さ、遊び心と実用性が絶妙にブレンドされたデザイン>と、記されているが、全くそのとおりだ。

 ヴァグリエのバッグは、見飽きることがない。

        

  

 内心では、今さら新しいバッグを求めてもと思いつつ、ついつい欲しくなる。
 歳を重ね、次第に、衝動買いは少なくなった。
 が、バッグは例外。
 老いゆえに、身体に似合ったものが欲しくなる。
 折り畳み杖を入れることができ、背負えるバッグなら…などと、条件を考える。
 両手を自由にしておく方が、老いの身には楽なのかもしれないと思う。

 このところ体調が安定しているし、師の墓参を兼ねて、旅に出てみようかと考えている。

 「これ、折り畳みの杖、入るかしら?」
 と、Yさんに相談する。
 結局、背負っても、提げてもいいバッグをいただいた。(上の写真の中にある)


 コーヒーとケーキをいただき、憩いのときを過ごす。

           

 Sさんが来店、久しぶりにお会いした。
 「自分へのおもてなし」の話となった。
 1日3回の食事準備が億劫だと話した私に、自分に対する<おもてなし>のつもりで、料理をしたら、と言ってくださったのが、Sさんである。
 そして、Sさん自らが、自分のために作られた料理を、スマホの写真で見せていただいた。
 あれは、去年のことだったろうか?

 Sさんは、単身赴任の男性である。
 立派なことだ! と、古い人間は思ってしまう。
 今の時代、男性だからといって、感心することでもないのだろう。
 料理の上手下手、好き嫌いは、男性・女性に関係のないことだから。

 私はその後、食事の準備が億劫になると、Sさんの言葉「自分へのおもてなし」を思い出す。
 相変わらず、いい加減なことしかできないけれど。

 「おもてなし、続いていますか」
 と、Sさんに尋ねてみた。
 「結構、外食してますけど…」
 と、言いつつ、朝食と昼食(スマホの写真)を、見せてくださった。

 <むかごご飯とお味噌汁>
 <Sさん特製のラーメン>

 そのレシピも、手が込んでいる。
 恐れ入りました、というほかない。
 少しは見習いたい。


 久しぶりに庭に出て、落葉樹の梢を見上げたり、花を眺めたりした。

         

         

  

  

         

                                  以上は、昨日のこと。 

戸外を歩くと…

2015-11-24 | 身辺雑記
           <11月 23日>
         戸外を歩くと、色々な出会いがある。


     
            飛行機雲のある空
            郵便局から草花舎へ
     

       
         モントブレチア(ヒメオウギスイセン)
          時期外れの花(「小雪」というのに)

        
            匂う花(銀木犀?)
          幾十年も歩いている路傍に

           
             よく見かける花
             匂う花のふもとに

届くはずのものが届いて

2015-11-23 | 身辺雑記
 私の番号(マイナンバー)が、昨日届いた。
 その可否については、様々な意見があるだろう。
 私も、番号などで、縛られたくはない。
 しかし、提出を迫られた書類に、マイナンバーを記すことになっている。

 <国が管理するための、あなたの名前です>と言われても、何の親しみも沸かないけれど、長生きすれば、何かにつけて、否応なく番号を求められることが多くなってゆくのかもしれない。
 現に、10月に送られてきた年金関係の申告書には、マイナンバーを記す欄がある。
 11月30日までの期限つき文書である。 

 このところ、気がせっかちになっている。
 (というより、なすべきことを放置していると、提出を忘れたり、置き場所を忘れたりして、人に迷惑をかけることになりそうだと心配なのだ。つまりは、自信喪失!)
 
 ただ今、記入すべき番号を、書き終えた。
 文書提出日も書いて、封をした。

 申告書の未提出で、年金が止められたりしたら、生活ができなくなる。
 マイナンバー制度は、そんな形で、<私は反対です>では済まされなくなってゆくのかもしれない。

 老化現象に悩んでいる私だが、<数字>は、好きらしい。
 (現在も、<数独>遊びを楽しんでいる。)
 12桁の数字の並びを愉しみつつ、頭脳に収めた。
 
   ●● ……と、数字を色に置き換えて。

 これまた、暇人の遊びである。  


 完成した申告書を、小春日和の今日、散歩がてら外出し、郵便局のポストに投函した。 


                                     
                                       昨夜の月(11夜のはず)

皇帝ダリアのもとへ

2015-11-22 | 散歩道
 皇帝ダリアの花が、目につき始めた。
 Hさん宅の皇帝ダリアも、うなだれて咲く気配を、国道から眺めることができる。

 今日は、穏やかな晴れの日である。
 皇帝ダリアを見て来ようと、近場の散歩を試みた。

 Hさん宅に近寄り、高々と咲く花を眺めた。
 
  


 散歩道に、水仙が、早くも咲いていた。
 往路復路の道の辺に。
 今年の見頃は、早くなるのだろうか。

   

 タンポポの白い冠毛は、かろうじて球形を保っていた。

         

 椿の花も、咲き始めて…。
 野に出ると、季節の確実な移ろいが見えてくる。

         


 帰宅して裏口を入ると、モミジの数葉が、見栄えよく赤を留めていた。

          -->

強風の置き土産

2015-11-20 | 身辺雑記
               (以下は、昨日の出来事)

 前夜、強風が吹き荒れた。
 ベッドに横たわって間もなく、枕元で、バシャッと、何かが崩れ落ちる音がした。
 強風のいたずら? と思いながら確かめることもせず、吹き止まぬ風の音を子守唄のように聞きつつ眠りに落ちた。

 朝食後、玄関や前庭周辺を眺め、落葉でひどく汚れているのに気づいた。
 強風の狼藉!
 T医院へ受診に出かける前に、落ち葉だけ掃いておくことにした。

 庭掃除をしながら、ふと前夜の奇妙な音を思い出し、何か痕跡はないかと、見渡した。
 一枚の窓ガラスに、穴が開いている!(写真)

              

 
 一体、これはどういうことなのだろう?
 急に気持がそわそわし始めた。
 強化ガラスを、風が壊す?
 風が、瓦礫を吹き飛ばしたのだろうか?
 強風なら、そんな予想外のことも、可能なのかどうか?

 窓下に何か凶器(?)が落ちていないかと、うろうろと探しまわったが、それらしいものは見つからない。
 人の仕業?
 しかし、その夜は、雨が降り、強風が吹き荒れていたのだ。
 そんな日を選んで、いたずらをする人はいないだろう。
 しかし、私にとっては、不思議で気味悪いことだった。

 とりあえず、修理を依頼しなくてはならない。
 いつもお世話になっている会社に電話し、事情を話して、午後来てもらうことにした。

 (強化ガラスが壊れたのは、初めてのことではない。
 それは、いずれも台所の窓ガラスであった。
 一度は、草刈り機が小石をはねたらしい、と想像できた。
 もう一度は、今回同様、原因を予想しにくかった。
 が、上の丘に保育園があった当時で、車の送り迎えが多く、その車のはねた小石が飛んできたのではないかと推測した。
 いずれも、全面に、細かいひびが入った。
 それは強化ガラスの特徴らしい。)


 今回は、壊れた窓が寝室で、車とは無縁の場所である。
 午後、業者が来て、窓ガラスを破壊した原因の物体はないか、みてくださった。
 窓下には、砂利が敷いてあり、その中から鋭利なものを探すのは、容易なことではない。

 この日は、普通のガラスで、応急措置をしてもらった。
 後日、強化ガラスを入れてもらうことにして。


 その後、思いつくことがあった。
 崖の草刈りのとき、礫が飛んできて、ひびが入ったのでは? と。
 そうだとすれば、11月2日以来、危険な状態が続いていたことになる。
 ひびの入ったまま、2週間以上、崩れることなく、ガラスは持ちこたえてくれるものかどうか?
 疑問は残るけれど、そういうことにしておこうと思う。
 
 ひょっとすると、強風が、<窓にひびが入っていますよ>と、教えてくれたのかもしれない。
 しばしば窓を開けることもしないし、家の周囲を歩いて、建物を点検する習慣もない。

 これからは、家の周りを二周することにしよう。
 草木を眺めながら一周。
 建物の点検をして、もう一周。
 老いの身には、ささやかな運動にもなるだろう。 


 予定通り、T医院で診察を受けた。
 出かける前から、神経が異常な興奮状態にあったので、血圧が上がっていることを覚悟していた。
 が、至極正常であった。

 この日は、草木の鉢は置かれていなかった。
 が、窓の外に、赤い実をたくさんつけた木があるのに気づいた。(写真)
 実がなるということは、花をつけている時期もあったのだろう。

 見ているようで、見落としているものは、実にたくさんあるのだろう。
     

       

『紅を汲む』

2015-11-18 | 身辺雑記
 常日頃、個人の歌集を求めることは、めったにしない。
 先日、『やさしい短歌のつくりかた』を読んだのがきっかけで、稲葉京子という歌人に関心をもった。
 私と同年だというよしみもあって。

 アマゾンへ注文した『紅を汲む』 (現代女流短歌全集49  短歌新聞社・平成11年3月20日刊)は、翌日には入手できた。(写真 下)

             

 美しい装幀は、朝倉摂さん。
 『紅を汲む』という歌集名もいい。
 あとがきに、

 題意は巻末の一首、
    大いなる椿の一樹野に老いて身の紅を汲みあかぬかも
 から「紅を汲む」としました。
 命ある限りこうありたいという私の願いが籠っているからです。


 と、記されている。

 巻末の歌以外にも、心惹かれる歌はたくさんある。
 が、その中から、五首を引用しておくことにする。

    覚めざればそのままにして死のやうに眠りに落ちてありしとおもふ
    白ければか小さければかしじみ蝶花だいこんの中にまぎれぬ
    夏ならし風の駅路に添ひて咲くひるがほ・ひめじおん・どくだみの花
    思ひ出づるひとつ記憶は言ひがたきふかき悲哀をひき連れて来る
    いづこにて降り敷きたらむ川の面にしろしろと照る花筏見ゆ




 稲葉京子さんについて、もっと知っていれば、一首にこめられた想いを、更に踏み込んで味わえるのではないだろうか、と思った。
 この本に、<略歌歴>は、添えてある。
 が、生活史については、記されていないのが残念だ。

 作者を全く知らなくても十分味わえる歌もあるけれど、生活背景を知ることで、いっそう鑑賞を深められる類の歌もあるような気がする。

 『紅を汲む』が上梓されてから、すでに16年が過ぎた。
 私同様80歳代の老いを生きつつ、どんな歌を読んでおられるのだろう? 
 老境の生み出す歌にも、興味を覚える。