ぶらぶら人生

心の呟き

描写の精密さ

2018-12-12 | 身辺雑記
            上田三四二著
             『花衣』

        2004年刊・講談社文芸文庫
        (底本は1982年講談社刊)
          

 上田三四二の短編集を読む。
 今回、家から持参した文庫本である。
 書棚にあるのを見つけたのだが、すぐには読んだ記憶が蘇らなかった。
 2004年刊の本であるし、平成の初めころから、上田三四二に関心を抱き始めたのだから、読んでいないはずはあるまいと思いつつ、短編集を読み返した。

   「茜」「日溜」「岬」「花衣」「敗荷」
   「橋姫」「月しろ」「影向(ようごう」の8編。

 内容的には、中年男女の恋物語で格別すばらしい小説というわけではないけれど、いつものことながら、上田三四二の精緻な表現力、語彙力に感心させられる。物語の筋は忘れていたが、読んだ証拠に、ところどころに印が入っていたし、この本で知ったのだ、と思い出す語彙も、いくつかあった。
 8編な中では、「敗荷」「花衣」の<桜>や<蓮>の描写のうまさに、言葉を失う。
 あの精巧さは、観察眼の違いからくるものであろうか。

 上田三四二の文学作品の中では、小説よりセッセイや短歌の方が好きである。
 ただ、表現力は、小説の場合も変わらない。それだけで、十分人を惹きつける力となる。


 今日は、施設の4階が、とても静かだった。
 デイサービスへ出かけられる人も多かったようだ。
 読書には、申し分のない静けさだった。
 おまけに今日も雨。散歩にも出かけられず、ひたすら活字を追った。

 今年を象徴する漢字は<災>に決定とのこと。
 確かに各地に自然被害が多かった。
 その災害で、運命を狂わされた人が多数あったに違いない。

 私自身、自らの不注意が生み出しと<災>に遭遇した。
 さらに年を重ねるのだから、要注意!




曇りのち雨

2018-12-11 | 身辺雑記
           12月11日7時3分の空
     山際だけが赤く染まって、大方の空は厚い雲であった。
          天気の崩れを予感させる朝の空。
        

        


           新聞を読みに南廊下へ行く。
             3時半の窓辺に立ち、
          雨の中、漁から帰る船を眺める。
        

資源ごみ出し

2018-12-08 | 身辺雑記
 今日は資源ごみを出す日である。
 今朝、数か月分の、たまった資源ごみをまとめた。
 (長い期間のごみが溜まったのは、生活の場が家と施設の二箇所になっており、帰宅とごみ出し日がうまく重ならなかったためである。)

 新聞を幾つもの山に分けて束ね、ダンボール類を二つに分けて括り、その他の冊子類を一まとめにし、袋にためているペットポトルをまとめ、空き瓶は色分けしてビニール袋に入れ、近くのゴミ置場に運んだ。
 転んだとき傷めた右膝に、屈するとまだ痛みがある。そこで、思いついたのが、立ったまま炬燵の上で作業することであった。
 私としては、実に要領よくできたと思った。
 持ち重りするものを抱えて、ゴミ置場まで、幾度か往復はしたけれど、裏口から出ると、ごく近いところに設置されていて、距離的には近辺の住宅の中では、二番目に近い。大騒ぎする距離ではない。

 それでも、種類分けして束ね、運び出すという作業が完了するまでに、一時間かかった。
 (作業能力のある人なら、15分で済むだろう。)
 私にとっては、かなりの重労働だったらしい。
 朝の一働きのあとは、一日中、ぐったりしていた。これが私の実態である。 


 頭が少し活性化し、物語を紡いだのは、夜になって警察から、<行くへ不明者の捜索に協力を>という突然の放送が入ったときであった。対象が、高齢者の家出であれば、<この寒い日に………>と思い、大丈夫だろうかと案ずる程度である。

 今夕の場合は、15歳の少年という。
 地区名はあえて、伏せられたのだろう。「どこで」が抜けていた。(私の聞き落としであったかもしれないけれど)
 午後1時ごろから自転車で出かけたこと、外出時の服装やリュックを持っていたことなどは伝えられたが、認知症の方のときに比べて詳細ではなかった。
 
 それだけに、私は勝手に想像を逞しくして、物語を作り上げた。妙に頭が活発になって。
 背後に潜む様々な状況を想定して、頭は素早く回転し、幾通りもの場面を考えていたが、意外にも早く事件は解決した。
 行くへ不明の少年は見つかったのだ。
 それでも、私は、しばらく続編の物語を紡ぎ続けた。


 今日の主な出来事は、以上の二件だけ。

 活字に接したのは、早朝、新聞を読んだときだけ。
 テレビでは、ラグビーの試合を少し見ただけ。(五郎丸さんのポーズと名前を懐かしんだ。)

歯科医院へ

2018-12-07 | 身辺雑記
 11月21日に、歯科の定期検診を受け、次回は来年の2月半ばということになっていたのだが、一昨日の夕方辺りから、上の歯の入れ歯1本に不具合が起こった。
 人工の歯だから、いわゆる歯痛はないのだが、柔らかい口腔のどこかに不快感があり、原因を調べてみると、少し動く様子だ。
 気をつけながら食事していたが、昨夕、ついに抜けてしまった。

 今日、予定外の治療を受ける。
 簡単に治しいただいた。

          カウンターに置かれたカニサボテン
           (久しぶりに、この花を見る)
        

 誰の生活にも、好不調はあるだろう。
 私は今、無気力周期に入っている。

 今日は、かなり気温が下がってきた。
 体調管理が難しい。「寒暖差疲労」かも? あるいは単なる怠け癖?
 

12月5日

2018-12-05 | 身辺雑記
 朝、ブログを開けると、いつものように右隅を見る。
 そこには、ブログ開設からの日数が、記されている。
 今日(12月5日)は、[4635日]とある。

 4000日に気づいたときが、<何年何月何日>であったか忘れたが、そのとき、5000に達するのは無理だろうな、と思った記憶がある。
 今朝、[4635]という数字の並びを見、一年分の[365]をプラスすれば[5000]になることに気づいた。
 ちょうど一年先、つまり、来年の今日がその日に当たるのだ。
 そこまで近づいたのか、と驚く。
 しかし、近そうで遠い日数である。

 若いときなら、わけなくたどり着けるだろう。
 が、85歳の私にとっては、楽々生きられる日数である。
 過ぎた一年は、瞬く間であったが、老境にあっての一年先はずいぶん遥かだし、どういう状況でその時を生きているのか、皆目見当がつかない。

 なるようにしかならないですね。
 考えて見ても仕方のないことですね。
(独り言)

         ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 昨日、庭をきれいしていただいたので、かえって落ち葉が気になり、箒を持って庭に立つ。すぐまた、はらはらと散る落ち葉ではああるけれど。

 ツワブキの陰で見えにくかった藪柑子の実が、覗き込まなくても見えるようになった。
         

 クロガネモチの実は、たくさん寄り集まって赤くなっていた。
 剪定の折、一部の花を残してもらったのに、その後、観察を怠っていた。
         

庭が喜んでいる

2018-12-04 | 身辺雑記
 シルバー人材センターから、いつもの3人の方が来てくださった。
 7時半過ぎから、早速、草取り・草刈り・溝掃除などの作業を開始。

 天気予報によれば、今日も雨の降る確率は高く、午前午後とも90%であった。
 が、朝は青空が広がり、すぐに降り出しそうな気配はなかった。
 3人は、手分けして能率よく作業してくださった。

 天候が怪しくなり始めたのは、昼過ぎからだった。
 降り出す前にと、昼食の時間も休まず作業を続けられた。
 1時半過ぎには突然強い雨になり、雷光雷鳴を伴った。
 危機一髪の状況だったが、なんとか大降りになる前に、作業を終えられた。
 ただ、昼食抜きの作業となり、申し訳ない思いであった。

 庭は、きれいになった。
 庭が喜んでいる。
 私も、鬱陶しさから解放され、さっぱりした。

        

        

        
               前庭(上3枚)

        
                 裏庭
          (掃除された庭に、早くも落ち葉。)


        
                 横庭
      (春になると、横庭には地面から様々な植物が芽生える。)

 まだ葉をたくさんつけた木がある。ヤマボウシ、アンズ、アジサイなど。
 年末にかけて、全ては、落ち葉するだろう。その片づけくらいは私でもできる。


 NTTの方、二人が、午前中に来宅。「モデム」の取り替えをしてくださった。

       
 
 すると、PCは、たちまちインターネットにつながった。
 理屈はさっぱりわからないが、結果に安堵する。

 一か月間に溜まったメールは、500余通。一応は目を通して消去するので無駄な時間がかかる。ほとんどが不要メール。脅しのような内容のものもある。英文メールも多数。ハングル文字の一通もあった。
 対策はないものだろうか?
 ソコロシステムズに、また尋ねてみよう。

 大丸から家に送った小包も、今日届いた。
 気になっていた事柄は、全て解決。

 かくして、一日が終わった。
 大仕事を、自分がしたかのような疲れを覚えながら……。

ホウムシ騒ぎ

2018-12-03 | 身辺雑記
 ソコロシステムズのKさんが10時にきてくださることになったので、洋間のカーテンを開けて準備した。
 と、ぷーんと、ホウムシの悪臭が鼻をついた。
 これは大変! と、周囲を見渡すが、姿が見えない。

 ふと見上げると、天井の照明に黒い点がある。
 ホウムシである。

         

 椅子に上がって背伸びしても、紙テープにホウムシを貼り付けるのは無理である。
 ソコロシステムズのKさんが入って来られるや否や、
 「すみません、これであのホウムシ、捕らえてください」
 と、お願いする。
 Kさんの初仕事は、ホウムシ捕りであった。

 仕事をしてくださっている途中、カーテンに止まっているもう一匹のホウムシを発見。
 これも私の手の届かないところだったので、またKさんにお願いした。

 今年は、部屋に入ってくるホウムシの数が多い。
 その都度、私の心臓はパクパクと動悸をを打つ。
 ホウムシを見るのも、殺すのも嫌なのだ。
 本当は上手に外に出したいのだが、触れると悪臭を放って軽やかに飛び回るので、それは賢明な対応ではない。

 <ホウムシが多い年は雪の降る量が多い>とか。根拠があるのかどうか?

雨のち曇り

2018-12-03 | 身辺雑記
 予報どおり、雨の朝となった。
 シルバー人材センターから、8時過ぎに電話があった。
 草取りは、明日に延期すると。
 しかし、今週いっぱい晴れのマークは一つもない。後半には、冷え込みもひどくなるらしい。
 果たして、明日可能かどうか。

         

         
                 雨滴

 ソコロシステムズからKさんが来てくださった。
 初対面の方なので、初めは気を遣ったが、もの静かな落ち着いた方であった。
 コーヒーを飲みながら、順風満帆とはいかなかったご自分の経歴を語ってくださった。
 人の一生には、思いがけぬ蹉跌もあり、心身ともに大変なこともあるものだ。黙っておられても構わないことを包み隠しなく語ってくださった。不運なことが、人生には降りかかることもある。それを受け止めて、今を生きていらっしゃる姿に感動する。

 今日来ていただいたのは、PCの不具合を見ていただくことであった。
 PCがインターネットに繋がらない原因を丁寧に時間をかけて(午前と午後)、調べてくださった。
 瞬間的には繋がっても、なかなか正常に戻らない様子であった。
 NTTにも電話して、相談してくださった。
 結果的には、モデムに問題があるらしく、明日NTTの職員が、見にきてくださることになった。

 今日は、草取りもPCの不具合も不首尾に終わった。
 もう一つ、東京の大丸から、<12月1日着>で家に届くよう発送してもらった品物が、今日なお届かず、それも未解決。進展のないことばかりで、落ち着かない。

 昼過ぎから雨の止み間が多くなったので、郵便局へ出かけてきた。
 現金封筒の手紙を発送したり、予約している年賀状を受け取ったり……。

雑用あれこれ

2018-12-02 | 身辺雑記
 あっという間に、一日が終わった。
 たくさんのことをしたけれど、それはひっくるめれば雑用としか言いようのない内容のものばかりである。
 人間の日常とは、こんなものであろうか?
 なんとなく味気ないようでもあるが、しかしあれこれたくさんの雑用を片付けた一日ではあった。
 今日絶対にしなければならないことでもないのに、いずれしなくてはならないことをかなり能率よくやり遂げたという感じは、ささやかな満足感にも通じる。
 食事の手抜きもしなかった。質素なものではあるが具沢山のお味噌汁を作ったり、のどぐろの干物を焼いたりした。これが予想以上に美味しかった。
 歯の調子も、胃の調子も、ひとりでによくなりつつあるようだ。まだ義務のように食べているのだけれど、のどぐろの美味しさがわかったので、ホッとしている。

 PCの不具合が多く、今日は写真を保存しようとして、さらにおかしなことになった。
 (明日は、ソコロシステムズの方が来てくださる予定である。尋ねたいことがたくさん出てきた。)

 しかし、ワードは使えるので、若い従姉妹夫婦に手紙を書いた。初めて送る手紙である。

 今年は、年賀欠礼の葉書が20枚近く来ている。
 その中に、従姉妹夫婦からのものもあり、旦那の父君の訃報が記されていた。全く知らなかったので、お供えを送る用意をし、それに同封するお悔やみの手紙を書いたのだ。私の近況も書き添えて。
 他にも、便りをもらいながら、返信を怠っている知己への便りも書いた。

 私の世代は、LINEやメールより、手紙や葉書で近況を尋ねたり知らせたりする方が多いのだろう。
 私自身は、LINEやメールも使い、その便利さも理解はできるけれど、機器では味わえない充足感を、手紙や葉書をしたためた後には感じる。
 これは若い人には理解し難い、古い人間の感覚かもしれない。(?)

 家にいると、たちまち運動不足、歩行不足となる。
 夕方近く、裏庭に出てみた。
 杏の紅葉も、バカにしてはいけないな、と思いつつ眺める。
 意外と丸葉であることに気づいたり……。

          

『珈琲が呼ぶ』

2018-11-25 | 身辺雑記
 昨日の朝日新聞<読書>欄で、売れてる本として紹介された
         片岡義男著『珈琲が呼ぶ』

 昨日の午後、アマゾンへ注文した。
 昼前、郵便受けを確かめると、はやくも届いていた。
 よく読まれている証拠に、私に届いたのは5刷目の本である。

         

 注文した本が24時間以内に届く、このスピーディーさ!
 昔は、地方の本屋に注文すれば、二週間は待たなくてはならなかった。
 速いことが、それほどいいことかどうかは分からないけれど、せっかちな私にとっては、欲しいものが早く入手できれば、それに越したことはない。

 早速、本を開く。
 作者(1939年生まれ)は、作家であり、写真家、翻訳家でもある。
 挿入の写真も楽しい。
 長短のエッセイが45編。

 冒頭のエッセイは、「一杯のコーヒーが百円になるまで」。
 題からして、懐かしい。
 私自身が、喫茶店でコーヒーを飲み始めたころは、確か50円であった。

 コーヒーが好きだし、喫茶店が好きな私である。
 昔も今も。
 コーヒーの味は種類や入れ方で変わるが、時代とともに急変することはない。が、喫茶店の方は、時代を経るにつれ、雰囲気がひどく変わった。私の好みは、今風よりも、やや重厚感のある昭和調。好みの喫茶店が次第に影を潜めていくのは寂しいことだ。
 懐かしい昔は、どんどん遠ざかる。長く生きてきたのだと、しみじみ思う。


           **********
 
 先日来、PCの調子がおかしい。メールを開けようとすると、エラーと出る。
 ソコロシステムズに見ていただこうと思っているうちに、インターネットも開けられなくなった。私に可能な限りの点検を試みたが、どうにもならない。
 タブレットがあるおかげで、文章は書ける。
 しかし、私自身のブログの、データーの詳細を点検できないのが残念である。
 ハガキを書いて、印刷しようとしたが、それも不可。
 ソコロシステムズには、点検をお願いしているので、いずれ見ていただけるはずである。

 明日から、墓参の旅に出かける。