かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

◇ 大統領の理髪師

2007-11-06 00:42:01 | 映画:アジア映画
 イム・チャンサン監督 ソン・ガンホ ソン・ムリ 2004年韓国

 1960年代の韓国といえば、第二次世界大戦後勃発した朝鮮戦争後続いた独裁政権李承晩大統領の退陣後の、朴正煕大統領による長期政権の時代である。しかし、南北問題や韓国軍のベトナム戦争出兵などもあり、まだまだ政局は不安定であった。
 そんな時代、大統領官邸のある町で理髪店を営む普通の男が、ふとしたきっかけで、大統領の専属理髪師になった。
 映画は、その男と一家の物語である。

 映画の初め、男の妻が妊娠する。出産を渋る妻に対して、男は四捨五入の論理で妻を説得する。男は、「4か月目はいいとしても、5か月目に入ったら何としても生まなければいけない」と言い張る。理由は、四捨五入で決まっているのだ、憲法でもそうだろうと、分かったような分からない理屈で妻を押し切る。
 そのことより、生まれた子供は、「四捨五入のナガン」と呼ばれるようになる。
 その息子ナガンの独白で映画は進む。
 主人公の理髪師、ソン・ガンホのほのぼのとした感じの亭主役がいい。その夫を支える妻のソン・ムリの勝ち気な下町の女房役といいコンビになっている。
 
 町には情報部員が、住民を見張っている。スパイ容疑にされたり、北朝鮮の思想に感染した例えとして下痢に罹ったと言って逮捕が続く。本当の下痢に罹った理髪師の息子のナガンが逮捕されるという時代を彷彿させる冤罪逮捕の比喩もあるが、その時代の痛々しさと登場人物のユーモラスな感じが上手くミックスされて、ある種の哀感すら漂わせる。
 アメリカ・ニクソン大統領と朴大統領の共同宣言(推測だが)の歴史的映像に、理髪師の男が居並ぶなど、アメリカ映画トム・ハンクスの「フォレスト・ガンプ/一期一会」を想起させる場面もある。韓国映画も懐が深くなったものだと感心させられる。
 60年代当時では決して映画化されなかっただろう映画である。しかし、政治を皮肉るばかりの映画ではなく、巧みにかつ温かく家族愛の映画に仕立てられている。
 
 中国では、60年代の文化革命下の人々の生活を描いた映画制作され始めた。粉飾のない毛沢東や周恩来の伝記も書かれている。
 やっと、戦後からの政治の混乱期を冷静に振り返ることができる時代になったのだ。
 日本でも、「ALWAYS」、「フラガール」や「佐賀のがばいばあちゃん」など、50年代、60年代を振り返る映画が脚光を浴びている。
 過去を懐古する余裕が出てきたのか、それとも現実に対する諦念であろうか。
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