棋界にも詳しい作家の団鬼六先生の話。
先生のことは以前近代将棋最終号と囲碁将棋ジャーナルという記事でも取り上げました。
話題のtwitterで昼間からドキッとするような意味深なことをつぶやいてます。
(twitterに関しては、1、2、3と書いてカテゴリー作りました。)
先生【BOT】の最近のつぶやきから。
棋士というものは作家と同じで、その専門的な部分を取り除けば万事すべて素人くさく、その世事にうといということが一つの魅力かもしれない。 #oni6
オリンピックについてあきれた“主張”をした某“首長”ももともと作家なので、
お“世辞”ではなく(?)“世事”にうといということは十分に頷けます。
そして某会長の言動とダブります。
わけのわからないことを言う。
自分本位なこと、言わなくてもいいこと、をどうしても言いたがる。
(ある意味)仕事ができる。力もあり、意欲もあり、頭もいいし人脈もあるし交渉力もある。
いいと思ったことは反対があっても強引に進める。
いろんな意味も含め、存在感はすごいです。
でも、
学習しない。
上から目線。
自分はできると思っている。
そして、いろんな発言がどれだけ大きな影響を及ぼすのかを、俯瞰的に見られていない。
あるいはイマジネーションできていない。
はい、なかなか他に代わる人はいないですし、だから全面的にだめということではないのでしょう。
そして、団先生によれば、そういうことも含め、作家や棋士は魅力的ということです。
確かに作家や棋士は、いい作品を書く、将棋が強い、ということが、世事に明るい事よりも優先される、あるいは求められる、というのもよくわかります。
でも、よく考えたら、上記の二人は、一人の作家とか現役棋士の立場ではなく、かなり責任の重い立場でもあり、その判断や発言、行動は本当に多くの人に影響を与えるわけなので、世事にうといなどと言ってる場合ではないですよね。
先生のことは以前近代将棋最終号と囲碁将棋ジャーナルという記事でも取り上げました。
話題のtwitterで昼間からドキッとするような意味深なことをつぶやいてます。
(twitterに関しては、1、2、3と書いてカテゴリー作りました。)
先生【BOT】の最近のつぶやきから。
棋士というものは作家と同じで、その専門的な部分を取り除けば万事すべて素人くさく、その世事にうといということが一つの魅力かもしれない。 #oni6
オリンピックについてあきれた“主張”をした某“首長”ももともと作家なので、
お“世辞”ではなく(?)“世事”にうといということは十分に頷けます。
そして某会長の言動とダブります。
わけのわからないことを言う。
自分本位なこと、言わなくてもいいこと、をどうしても言いたがる。
(ある意味)仕事ができる。力もあり、意欲もあり、頭もいいし人脈もあるし交渉力もある。
いいと思ったことは反対があっても強引に進める。
いろんな意味も含め、存在感はすごいです。
でも、
学習しない。
上から目線。
自分はできると思っている。
そして、いろんな発言がどれだけ大きな影響を及ぼすのかを、俯瞰的に見られていない。
あるいはイマジネーションできていない。
はい、なかなか他に代わる人はいないですし、だから全面的にだめということではないのでしょう。
そして、団先生によれば、そういうことも含め、作家や棋士は魅力的ということです。
確かに作家や棋士は、いい作品を書く、将棋が強い、ということが、世事に明るい事よりも優先される、あるいは求められる、というのもよくわかります。
でも、よく考えたら、上記の二人は、一人の作家とか現役棋士の立場ではなく、かなり責任の重い立場でもあり、その判断や発言、行動は本当に多くの人に影響を与えるわけなので、世事にうといなどと言ってる場合ではないですよね。