即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

伝統に胡坐

2014年08月29日 16時22分35秒 | 日記とニュース
先日、銀座のI東屋に行ってボールペンの芯を買った。

カウンターのお姉さんに聞いて、このボールペンなら1番の引き出しです、と言われたので、よく使うペンなので芯を4本も買って帰った。

で、すぐに入れ替えようとしたらこれが合わない。
その場で合わせてみればよかったと反省したけどもう遅い。

仕方なく予定をやりくりして再び銀座に。

その旨説明すると、別に謝るわけでもなく、穏やかに
『返金の手続きを他部署の方でやるので10分ほどお待ちいただきます。』
とさらりと言う。
はっ?
10分待つの?
何だかあらぬクレームをつけて返品を強要する客になったみたいな対応だ。

素直で温厚なオジサンもこれにはさすがに切れた。

『そちらが言った1番の引き出しから買って帰ったら違ってたので、時間も交通費もかけてまたわざわざこのために来たんですよ。』
と、少し低い声で言う。

暗に「交通費も時間もどうしてくれんの?」
という意味も込めた冷めた視線もしっかり送る。

すると、すぐに対応が変わった。
お待ちください、と、レジに走って行ってあっという間に処理してくれた。

なんだよ、できるんじゃん。
じゃ、最初からやれよ。

10分お待ちください、なんて対応するかなあ。
返金手続きは他部署でしかできない、ってほんとにそうなの?
自分で間違えたのも含め、こういうケース、ずいぶんあるんじゃないのかなあ。

この店、人によるのだろうけど、以前から何となく上から目線が気になる部分もある。
銀座の一等地の老舗意識があるのだろうか。
よりお客様に喜ばれるようなサービスの改善とか、そんなイノベーションはうちには必要ないと、伝統に胡坐をかいているのだろうか。

知らないうちに行かなくなってるお客様がいるんじゃないですか?
大丈夫ですか?
また次にこういうことがあったら僕ももう行かないですよ。

100年以上の歴史を誇るこの文房具店。

≪変なオヤジの無理難題なクレーム一件≫
ということで無事に社内処理されたのでしょうか。
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素敵な一日・その2

2014年08月24日 14時30分21秒 | 日記とニュース
《素敵な一日》の続編です。

おとといの話。

珍しく朝から仕事で出かける。
朝の電車、冷房効かせすぎだ。
汗をかいた体に堪える。
カラダの芯が冷えて来てトイレに行きたくなってきた。
しかし運悪く特急に乗ったのでしばらくは停まらない。
結構やばくなってきてちょっとした危機。
行きたいのは大ということもあり、やばい状況に。
あといくつ駅を通過すれば着くのかを冷静を装って数える。
どうせ停まらないのだし、特急なんだからもっと速く走ったらいいのに、と空しく思う。
あと3駅か。
寒いのにまた汗が出る。
・・・
やっとのことで到着。
人を押しのけトイレまで走る。
安堵の時がすぐに訪れると思いきや、甘かった。

3つの個室は全部埋まってるだけでなく、3人も待っている。
あー。

一難去ってまた一難。
モゾモゾしつつ、駅の外に出ちゃおうか、と迷う。
出てもどこにトイレあるかわからないのでここで待った方が得策かと冷静に判断する。

一人出てきた。あと二人。
音がしないかと思えど静寂の時が進む。
事態はさらに深刻化する。
あー、まだまだ時間かかったらオレはどうなるんだ。
最悪の事態を想像する。
音がして一人。
また音がして続けてもう一人。

やっと自分の番が来た。
ふー。
やっとだ。
大事に至らず、危機的状況を必死で乗り越えて、胸を撫で下ろし個室に。

えっ?
和式だ。
なんだよー。

あと二つは洋式なのについてない。
出てくる順番がだめなんだよ。
この部屋のやつが一人前に出て来ていれば。。

などと思うけど個室の種類に固執してる場合じゃない。
とりあえず念願だった目的を一気に果たす。
慣れないからうまく拭けない。
手が回しにくい。
でもまあよしとしよう。

安堵感、達成感、充実感に包まれた瞬間だ。

素晴らしい一日の始まりだ。
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素敵な一日

2014年08月24日 12時28分29秒 | 日記とニュース
まだまだ暑い毎日。
仕事も忙しいし、いろいろな飲み会も結構多いので、あわただしい日が続く。

そんな中、何と言ってもカラダが資本なので、スポーツクラブにはできるだけ時間を作って行くようにしています。
飲んだくれたりも含め体によくないことばかりの生活を是正するべく精一杯体を鍛えるように努力しています。

ということで今日は《悪魔の要塞》など、過去にたくさん書いているスポーツクラブネタ。

夫婦で一緒に行くことも多いので、帰りにはいつも今日こんなことがあった、という奥さんの報告が必ずと言っていいほどある。

スタジオ、お風呂、サウナなどでの場所取り、大声のおしゃべり、牢名主的威圧、裸でうろうろ、などなどおばさんの傍若無人の世界は枚挙に暇がないほど。
それに比べると男はそれほど嫌なことがないのでいつも聞くばかりです。

それがこの前は珍しく、いや、初めてと言っていいほど、すごくいいことがあったという話。

若い女性とロッカーが隣だったので、さっさと片付けて邪魔にならないようにして場所を空けてあげた。
たったそれだけのことなのに、お風呂を出てまた会った時に、

『先ほどはお気遣い、どうもありがとうございました。』と、頭を下げて言ったらしいです。

意外性もあるし不意を突かれて一瞬固まったようです。

こんなの初めて、とすっかり感激してました。

それだけのことで一日中かなり幸せな気分だって。

災害、事件、紛争、いろいろ嫌なことが多い毎日だけど、こういうちょっとしたことがあるだけで、人間って単純だし、素敵な一日になってしまう。

毎日の生活の中でのちょっとした一言、気遣い、大切だなあ、とつくづく思った出来事でした。
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OKライン・その2

2014年08月17日 14時20分33秒 | 雑感

メンタルトレーニングのセミナーに行ってOKラインという記事を昨日書きましたがその続編です。

セミナーの内容というよりも自分なりに咀嚼した内容を備忘録の意味で書いておきます。

とりあえず先日の記事の復習。
5つのポイントです。

1.自分の感情に気づけるようになる。
2.感情を評価しない。
3.緊張したまま行動する。
4.自分に何ができて何ができないかを正確に把握する。
5.自分が確実にできることにOKラインを設定する。


さて、誰にでもある、試合、プレゼン、試験、発表会、結婚式の挨拶、その他自分に取って大事な場面。

メンタルが弱い。本番に弱い。プレッシャーに押しつぶされる。
緊張して本来の力が出ない。

僕もそうだけど、誰しも緊張はするものです。
必死にしないように心掛けても無駄。

緊張を怖がらないこと。
プレッシャーをはねのけようとしないこと。

これはもう仕方ない。どうにもならない。
緊張やプレッシャーを無くしてしまうことは誰だってできやしない。
あきらめて、割り切って、開き直って、しっかり受け止めるしかない。
緊張してる自分を見つめて付き合うしかない。

病気、難病とも似ている。
昔、そう簡単には治らないと言われた病気になったことがある。
早く治そうと焦ってみてもどうにもならないので、一生付き合う気持ちで、病気と仲良くする。
友達になる。
うまく日々の様子を見ながら病気と会話をして、なんとかうまくやりくりして行けるようにしていく。

つまり前提を変える。
緊張時(病気時)を平時にする。
緊張しててもこれくらいならできる。
病気でもこんな感じなら生活できる。
これくらいであればそれほど苦でもなく、平常心でできる。
これくらいならできた、なんとかなった、というラインを把握して、それを徐々に上積みしていく。
できたという自信をベースに自分のOKラインをマネージメントしていく。

こんな風であればできそうに思える。
意志の弱い、プレッシャーに弱い自分でも何とかできそうな気がする。

本番の試合の前の練習試合で、
本番の試験の前の模擬試験で、
大事なプレゼンの前の予行社内プレゼンで、

どのように自分の感情が動いて、どのようなパフォーマンスができるのか。

要はやはり1.の『自分の感情に気づけるようになる』ことが難しいと思うし、キーだと思う。

曖昧で抽象的で判別しにくい心の機微をどううまく把握して救い出して言語化できるのか。
感情を言語化する。
毎日どんな感情で暮らしているのか。

自分と対話する。
自分と付き合う。

こんな記事も参考になる。
やる気を出すための一番かんたんな方法(研究結果)

「お前ならできる!」あるいは、「あなたならできる!」

気持ちを奮い立たせたい時は、自分に対してそう声をかけよう。そのほうが、「私はできる!」よりも効果があるのだという。
何らかの行動を起こすときには、自分に「あなた」や「お前」と呼びかけ、アドバイスを与えたりやる気を出させようとしたりしたほうが、「私」や「自分」を使って言い聞かせるよりもパフォーマンスが向上することが、最新の研究から明らかになった。


つまり自分と向き合う時、自分は今どうなのか、自分の感情はどうなってるのか、と考えるよりも、お前はどうなのか、あなたの感情は今どうなってるのか、と問いかけた方が高いパフォーマンスになる、というお話。

確かにそうかもしれない。

自分との対話を、お前は元気なのか?あなたはちゃんとできるのか?と問いかけてみよう。

日々のメンタルを強くして、暑いけど楽しく夏を過ごして行きましょう!
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OKライン

2014年08月16日 15時39分29秒 | 雑感
最近興味を持っていろいろ研究中のコーチングについて、下記の記事を書いてきました。
コーチング
傾聴力
情熱と科学

【ビジネスコーチング】
一流のアスリートでもつけているコーチの手法であり、30年前にアメリカで誕生したノウハウ。
「コンサルティング」は課題を見つけて分析し解決策を提案するのが仕事ですが、「コーチング」というのは相手が課題も解決策も自分で見つけられるように手助けする手法です。
《答えはその人の中にある》という思想です。
単に人に指示をしたり動かしたりするのでなく、質問をすることで気付きを促したり考える力を引き出したりしながら成長や自己実現をサポートします。社員一人一人が深くものを考えられるような組織文化を創造、変革していくためのスキルです。
自分の思考パターンから抜けられないでいるエグゼクティブやマネージャーに対して、他人の視点を加えることで新たなアイディアや考え方が備わっていくので、未来が見えにくい今の時代に数々の成功実績を生んでいます。


歳とともに多少自信を持ってきたこともあるだろうし、若い人たちに少しは役に立とうと言う思いもあり、いろいろな場でどんどんしゃべりがちな最近の自分。
伝えたいこと、しゃべりたいことが益々多くなってることもあり、相手の話を聞くことよりもついつい熱を込めて話してしまうことが多くなってるのでマジに反省の日々です。

誰でも人それぞれの背景や視点がある。独自のやり方、考え方がある。
そこには自分にはない、自分が学べるものはたくさんあるはず。
しっかり犬のように目をキラキラさせつつ、傾聴し、質問をして相手のことを理解するべき。
相手の話から、刺激を受け、気づきをもらい、ありがたい気持ちで自分の成長、勉強につなげる。
リスペクトする気持ちでそこから学べるものを増やさないといけない。

最初は相手の話をじっと聞いていても、何かのはずみでその倍くらいしゃべり返してしまう。
しゃべりの倍返し。
この教え、頷けます。
『耳は二つ 口はひとつ。喋る倍だけ聞きなさい。』

今の調子だと耳がひとつで口が3つのお化けになっちまう。

そんな折、こんなセミナーがあり、コーチングともリンクすると思ったので行ってきました。

横峯さくら選手をスランプから救ったメンタルトレーナーがビジネスパーソンからも注目されるトレーニング法を大公開!「弱い自分」のまま強くなれる!
絶対的な自信をつくる方法---「OKライン」で、弱い自分のまま強くなる
クリエーター情報なし
ダイヤモンド社


講師は横峯さくらの夫のメンタルトレーナー、森川陽太郎さんです。

メンタルトレーニング。
現在はスポーツだけでなく、ビジネス、教育の分野にもかなり広がっているようです。
特に子供に関する悩み。
受験など、本番に弱い、緊張して力が出ない、などの悩みを抱える親が昨今すごく多いようです。

以下、セミナーの内容。

メンタルが弱い。自信がない、というのは、自分との対話が下手だと言うこと。
自分を見つめて、自分と対話して、自己肯定感をベースにして向上していくことが大事。

1.自分の感情に気づけるようになる。
日常の感情を確認して言葉で伝えられるようにする。

2.感情を評価しない。
心の自然な反応だからコントロールできない。
ありのままを理解して認める。

3.緊張したまま行動する。
緊張は悪いものではないので除去しようとせず、緊張を認識し、緊張したまま成功体験を積んでいけばいい。
自己否定感を持たないように。

4.自分に何ができて何ができないかを正確に把握する。
緊張してても確実にできることをやる。
無理せず、完璧を求めずに、等身大でできることを実行する。

5.自分が確実にできることにOKラインを設定する。
緊張すると知らないうちにOKラインを上げてしまう。
OKラインはできるだけ低く設定し、積み重ねていく方が効率がいい。

OKラインという言葉。
いろいろ使えそうです。
自分が真剣に何かをやろうとした時、OKラインをどの辺に設定するのか。

ただ、逆に難しいのは、1.のところ。
自分の感情というのはあまり意識していない。
今の自分は明るく楽しい気持ち。
辛くて重い気持ち。
ドキドキして冷静でない状態。
いちいち自分と向き合って、どんな気持ちなのかを見つめる習慣がない。
今の自分は、こういう状態なんだ、と分析して気づけることがあまりない。
自分との対話か。
それを言葉にすることもない。
感情ノートをつけることが大事という話もあった。
せっかくいい話を聞いたので、ちょっとやってみようと思ってます。
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2014年08月11日 12時47分00秒 | ブログ
先日東京に来られた風屋さんとかなり久しぶりに会いました。

風屋さんとの出会いを思い起こすと、早いものでもう7年にもなるんですね。
詳しくは2007年08月28日のこの記事に書かれています。

素敵な時間

一部引用して7年前の初めての出会いを振り返ります。
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もともとはDanchoさんのご紹介で、ブログで知り合って、ネット上で交流させていただいている花巻の風屋さん。
東京出張とのことで、お誘いを受け、先週銀座でお目にかかり、楽しく飲む機会を作っていただきました。

風屋さん、楽しいひとときを本当にありがとうございました。
初対面のオヤジが二人、ちょっと照れながら、
青春時代、学生時代、都会、夢、挫折、仕事、社会、政治、音楽、などなど、
休みなく、いっぱいいっぱい話をしました。
ブログを通じて、風屋さんの匂いは感じ取っていたので、全然違和感もなく、ゆったりした密度の濃い時間を過ごすことができました。
初対面なのに、違和感もなく、次から次へと自然に話せる、ってこと。
やはり、ブログってすごいもんだ、と、改めて感心しちゃいますね。
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ブログを通じての知り合い。
かなりネット上でやり取りした後に初めて二人で会って飲む。
最初は当然のように緊張してギクシャクする。
でもあっという間に打ち解けて楽しいおしゃべりが始まる。
終わるころには、昔からの付き合いのような感じもしてくるほど距離感が全くない。

風屋さんも僕との初の出会いの印象をブログに書いてくれました。
「思い出の東京」

これも一部引用させてもらいます。
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今回は東京で、ブログで知り合った2人の方とお会いした。
nanaponさんは歳上ながら
少年~青年時代の気持を持ち続けているような方だった。
ネクタイを締めた体制的なサラリーマンをどこか鼻で笑い
見知らぬ世界に飛び込んで行ったかつての若者たち。
私も確かそのひとりだったはずなのだが、
今でもその気概を持ち続けつつ、
きちんと仕事もこなしているnanaponさんの前で
スーツにネクタイ姿の私は、まさに日和ったオヤジだった。
nanaponさんから漂う懐かしい匂いに
ついつい夢中で一方的に喋っている私がそこにいた。
************************************


さらに続けてこんな風に当時の僕のブログにはその夜のことが記されています。
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そして、お互いの仕事の話もしました。

《「編集」って言葉がキーだと思うんですよ。》

《人事の仕事って、人の編集ですよね。
総務って仕事は、仕事の編集ですよね。》

うーん、そうだよなあ。

仕事も楽しむ。
仕事も遊ぶ。

そんなところがお互い共通の思いでもある。

仕事のからみもないわけではないので、今度うまくやって知恵を出し合って、仕事を発生させられたら、昼から会えるし、公然と時間取れますよね、なんて。

もちろんお互いそれなりの立場だから、会社を利用すると共に、会社にそれなりにメリットもつけて。

そして、花巻に行ったりとか、また飲めたりとか、ね。
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これが7年前の出来事。
こんな風に感じていたんだなあ、と改めて思い出します。

お互い、いい意味で会社を利用して仕事でも絡みたい、とか、花巻でまた飲めたらいい、とか書いてますね。
実は、ちゃんと両方とも実現できちゃいました。

飲んだ勢いで、こんなことできたら面白いね、そのうちやろうね、というのはよくある話しだけど、ほとんど9割方はその時だけで終わってることが多いはず。

お互いブログをやっていて、偶然ネット上で知り合ったというだけの関係。
それなのに、その後こんなに密度の濃い付き合いをさせてもらっている。

仕事関係のいろんな人を紹介し合い、実際に仕事もいくつか一緒にさせてもらった。
夫婦で花巻に旅行に行って、風屋さんご夫妻にいろんなところを案内してもらったりもした。

何とも不思議な縁です。

また東京に来られたら会うことになるだろうし、また花巻や盛岡にも行きたいと思っている。

縁は異なもの味なもの

合縁奇縁

縁とか、偶然とか、不思議、とかに思いを馳せると、秋元康さんのこの話を思い出します。

犬のふんを踏んで思う
==========================
若い頃アメリカに行った時の出来事。

空港を降りてタクシーに乗り、ホテルで降りたときに、そこに偶然犬の糞があり、踏んだ。

はるばる日本から来て、この時間にこの場所でタクシーを降りた。
それはどれだけの偶然の積み重なりなのか。

もし飛行機が一便違ってたら。
友人が迎えに来て、タクシーに乗らなかったら。
違うホテルを予約していたら。
タクシーが1m前に止まっていたら。

この糞を自分が踏むことになるのは、とてつもない偶然が幾重にも重なり合わないと、
この糞は踏めない。

自分はウンがいい。
ウンに恵まれてる。
==========================


風屋さんとの出会いと犬の糞。(笑)

喩えが変で申し訳ないけど、面白いですね。楽しいですね。

もしあの時ブログで絡まなかったら。
Danchoさんが紹介してくれなかったら。
もし風屋さんが東京に来る時に予定が合わなくて会えなかったら。
会ったとしても体調が悪くて盛り上がらなかったら。
お互いの仕事がリンクしてなかったら。

また花巻にも行きたいし、今後ともずーっとウンに恵まれた楽しいお付き合いをどうぞよろしくお願いします。
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棋界における機械の機会

2014年08月03日 14時36分28秒 | 将棋
機械との競争
クリエーター情報なし
日経BP社


もう一年半前に出たので多少タイムリーではないかもしれないけど、アメリカでは大きな反響を呼んだ本がこれです。

なかなか景気がいまひとつ上向きにならない原因、雇用が回復しない要因は、技術の進歩が速すぎることで生じる現象、人間がコンピュータとの競争に負けているからだとしている。

いまやコンピュータの能力は、自動車の運転までこなせるようになっているが、それはまだ序盤戦であり、今後の技術の進化は計り知れないものになっているし、無限の可能性を秘めているようだ。
東大の試験に合格する東ロボ君の開発も進んでいるようだし、少し前までは思いもよらなかったこともコンピュータ化によってどんどん実現してしまっている現実が我々の目の前にある。

『人間固有と思われてきた領域にもどんどん侵食していき、結果として人間はごく一部の知的エリートと、肉体的労働に二極化されるーー。』と指摘されているこの難解な局面において、われわれ人間は、どういう大局観を持って、どう対処していけばいいのだろうか。

このことについては前回も取り上げましたが、風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観るというブログでも、《本当に人間に残る仕事は何だろう/アルゴリズムが全て呑み込む未来》《機械と人間の共生について突き詰めて考えるべき時が来ている》と、この問題についてしっかり考察されています。

さて、チェスが今どうなっているかのことも書かれているので、『機械との競争』の中から少し引用させてもらいます。
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その素晴らしい例をチェスに見ることができる。1997年、人間界最高のチェスの名手であるガルリ・カスパロフはディープブルーに敗れた。ディープブルーは、IBMが1000万ドルを投じて開発さしたスーパーコンピュータで、チェスのための専用プログラムが搭載されている。この大ニュースは全世界で報道されたが、その後の経過にも注目していたのは主にチェスマニアだけだった。そのため大方の人は知らないと思うが、現在世界最強のチェスプレーヤーは、実はコンピュータではないのである。人間でもない。では誰なのか-----コンピュータを使った人間のチームである。
いつもコンピュータが勝つようになって、人間対コンピュータの直接対決が面白くなくなったため、試合は「フリースタイル」が認められることになり、人間とコンピュータがどういう組み合わせで戦ってもよいことになった。近年のフリースタイル・トーナメントでの優勝者は、最高の人間でも最強のコンピュータでもない。カスパロフの説明を紹介しよう。
「優勝者は、アメリカ人のアマチュアプレーヤー二人と三台のコンピュータで編成されたチームだった。二人はコンピュータを操作して学習させる能力に長けており、これが決め手になったと考えられる。対戦相手にはチェスのグランドマスターもいたし、もっと強力なコンピュータを持つチームもいたが、すべて退けた。<中略>《弱い人間+マシン+よりよいプロセス》の組み合わせが、1台の強力なマシンに勝った。さらに驚いたことに、《強い人間+マシン+お粗末なプロセス》の組み合わせをも打ち負かしたのだ。」

このパターンは、チェスだけでなく、経済のどのシーンでも有効である。医療、法律、金融、小売り、製造、そして科学的発見においてさえ、競争に勝つカギはマシンを敵に回すことでなく、味方につけることなのだ。第二章でも述べたように、コンピュータは定型的な処理、反復的な計算、一貫性の維持と言った面では圧倒的に強い。さらに、複雑なコミュニケーションやパターンマッチングと言った面でも急速にレベルアップしている。だがコンピュータには直感も創造性も備わっていない。あらかじめ決められた領域から少しでもはみ出す仕事を命じたら、もうできないのである。幸いなことに、人間はまさにコンピュータが弱いところに強い。したがって、お互いに素晴らしいパートナーになる可能性は十分にある。

このパートナーシップがうまく行けばコンピュータにいいところをすべてさらわれるという心配はあまりなくなるだろう。技術者は、マシンの高速化、小型化、エネルギー効率の改善、低価格化に目覚ましい成果を上げてきた。チェス盤の残り半分を進んでいっても、この傾向は続くに違いない。
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試合は「フリースタイル」が認められて、今一番強いのは、人間でも機械でもなく、人間と機械のチームなのだそうな。
へ~、チェスはそうなってるんですか。知らなかったです。

ルポ 電王戦―人間 vs. コンピュータの真実 (NHK出版新書 436)
クリエーター情報なし
NHK出版

この本の中には、
「チェスの分野では世界チャンピオンがコンピュータに敗れた後も、チェスは相変わらず人気があり、世界チャンピオンは尊敬されている。」と書かれています。

チェスと将棋では背景も文化も違うけれど、僕が一番気になるのは、一生の時間や魂を賭けてやってきたプロのプレーヤーに対するリスペクトの気持ちです。

チェスの世界チャンピオンはコンピュータに負けても、コンピュータよりも弱いことが明らかになっても、今でも当時と変わらないリスペクトの気持ちが持たれているとのことです。

この本の中に出てくる橋本八段の言葉。

『もし出るならば引退を賭けての勝負になる。

棋士としての存在意義を賭けての戦いのはず。

タイトルホルダーが出るのなら対局料は億。』


棋士としてはそこまでの覚悟を持ってやるべきだ、という意見です。
この言葉は重いものがあるし、そういう受け止め方をしている棋士の方も多いのだろうと推測します。

なぜ棋士がコンピュータと戦わなければならないのか?
棋士としての存在意義を賭けてまで戦う必要がなぜあるのか?

チェスだって将棋だって単なるゲームなのだから、強い方が勝つのは当たり前で、別に存在意義とか大げさなことを言わなくてもいいじゃん、という言い分もわかります。

ここまで棋士側がやられてるのだから、タイトル保持者でも出して、人間の強さを見せてほしい、見たい、という今の電王戦の流れもよくわかります。

将棋連盟始まって以来のピンチという渡辺二冠の言葉も含め、汚名挽回、棋士の意地を見せてくれ、という世間の期待も当然あるでしょう。

公衆の面前で逃げたなら、それは男らしくない、卑怯だ。
真っ向から受けて立つべき。
という無言のプレッシャー。

ここは連盟の総合的な判断に任せるしかないです。

開発者としては、強いプロ棋士に勝ちたいと言う気持ちはわからないではない。
でも、勝負に出てきてくれるプロ棋士側の心理とか、プレッシャーとか、に思いを馳せたら、相手をしてください、とか、気軽に胸を貸してください、なんてとてもじゃないけど言えないと思う。
ましてや、将棋の奥深さとかアナログの部分に興味関心があり、そこに流れる歴史や文化、そこに立ち向かう人間への畏敬の念をも含めたらプロ棋士をその場に引っ張り出すことには消極的になるのが普通ではないかと思う。

廃業に追い込まれるかもしれない、とまで棋士に思わせてしまうこと。

この『機械との競争』にも書かれていたように、人間対機械、という対決の図式ではなく、お互い、お互いの良さを引き出して、素晴らしいパートナーになれれば一番いいのだと思う。

こと棋界においても、電王戦を盛り上げて、機械との戦いという面ばかりを浮き立たせるのでなく、将棋という長年続いてきた日本の誇るべき伝統文化に対して、機械がどう貢献できるのかを考えていければいいのではないかと思います。

まさに、棋界における機械の機会

急速な機械の進化とともに棋界全体が着実に発展していくのをしっかりと応援していきたいと思います。



今年の電王戦関連記事はこちら。
<作戦間違い@電王戦>
<その2>
<その3>
<その4>
<その5>
<その6>
<その7>
<その8>
もしも羽生さんよりも数倍強いコンピュータソフトができたら
電王戦その後
羽生さんとコンピュータ将棋
人間に残されたもの
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