即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

数値化ということの危うさ

2007年04月30日 16時09分36秒 | 将棋
虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ

日経BP社

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『成果主義』。

一時はどこの企業でももてはやされたものの、
諸悪の根源、という指摘が出てくると、時代のヒーローから、すっかり株価は下落しつつある。

いかにも日本ならでは。

皆ですごいすごい、これだこれだ、これでやればすべては解決だ、
などと持ち上げておいて、
いや、そうでもない、いろいろうまくいかないのでは、と誰かが言い出すと、
そうだそうだ、やっぱりよくないな、日本には合わないよ、ってなる。



この3冊、読みました。

一番印象に残っているのは、

A・B、2つのグループに、ゲームをさせる。
Aグループには、ゲームができたらご褒美をあげることにする。 
そうすると目的が変わってくる。
ご褒美が欲しいから、ゲームをやるってことになってくる。 
そうなると、ゲームの楽しさを忘れていく。
休み時間になると、Aグループは、(やってもご褒美がもらえないから)ゲームをやめるけど、Bグループは楽しいからやっている。

仕事は報酬のためだけにやるものではない。
報酬というものが、間に入ると、それが目的化され、
本来の仕事の楽しさ、というものが見失われる。



成果主義で、一番馴染めないこと。
何でもかんでも数値化する。数字ありき。
数字の結果がすべて。

ここに、人間とか、感情とか、モチベーションとか、という複雑でファジーなものは、介在できない。関係できない。

どうやって、評価システム、数字に置き換えることをやるのか。
誰が決めるのか。
それは妥当なのかどうか、どう検証するのか。

そんなことを感じた、
NHKBSの録画「緊迫の一手 人工知能VS渡辺竜王」、
やっと見ました。面白かったです。

これだけ将棋というものがクローズアップされ、将棋にあまり興味のない人まで、楽しめるような内容になっていました。

世間的には、コンピュータと人間の世紀の対決、
という注目のされ方ではあるが、
番組としてはやはり、当然ながら保木さんにスポットライトを当てています。

やはり、人間という部分を取り上げないと、ドラマにならないんですね。

当たり前だけど、将棋初心者の保木さんが、
なぜ、どういう風に、ボナンザを作るに至ったか。
どのように強いソフトに育て上げたのか。

そういう意味では、人間対人間だし、
コンピュータと言うのも、開発者の考え方次第、発想の仕方次第、です。

あー、そういう風にソフトが成り立っているのか、という部分。

ボナンザは、現状の局面を数字化している。
この手を指すと、プラス10点、とか、
ずっと先のことも考えて、可能性のある手にすべて点数をつける。
そして、最高点の手を選び、指す。

これはよくわかるのだけど、

それぞれの局面の点数をどうつけるのか、

これ、難しいですよね。

営業セクションの評価を数値化するのでも、いろんな要素があるから難しいのに、スタッフセクション、管理部門は、どうするのか。
目標管理でも、どうその目標を数値化するのか。

ある局面が、どれくらい有利なのか、敗勢なのか、それを誰がどう数値化するのか。
同じ局面でも、何人かのプロ棋士が採点したら、多分人によってかなり開きがあるはず。

終盤まで、ボナンザは圧倒的なプラス点と認識していた。
勝ちを信じて疑わなかった。
そして、105手目、2七馬でも、+394点の評価値だったのに、
次の107手目、3九銀で、ー496点に!

ここ、信じられなかった。

なんでたった一手で、こんなに評価が一変するんだろうか。

そんなこと事前に予測できなかったのだろうか。

単に時間が無いせいだったのか。

どちらにしても、敗因を分析、把握して、修正を重ねていけば、もっともっと強くなるはず。

保木さん、とても好感が持てました。

保木さんが、今後しっかりと、新たな発想や数値化の再検討など、更なる開発を進めていけば、もっと強い、もっと魅力的なボナンザができてくるであろう。
楽しいことをやっている、もっと楽しいことをしたい、という彼の発言、よかったです。

惜しくも敗れた保木さんが、
『人間の知性って素晴らしい』
と言っていることに、ちょっとほっとしました。
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行き着くところは同じこと

2007年04月30日 12時38分51秒 | 雑感
昨日の記事「パーソナリティ力と将棋」に、川島さんからのコメント、いただきました。
川島さんのような文章の達人から、『勉強になります。』なんてお言葉いただいて、うれしい限り、ありがとうございました。励みになります。

この記事、裏をばらしますと、本当は、

1.田坂さん新刊についての、前の記事で書き足りなかったことの補足。

2.片上五段のdaichan's opinionの最新記事「その後の世界」を展望してみるについて、

別々に書いてました。

そうしたら、なんか、これって、もしかして、同じことかもしれない、
なんて、思ったので、えーーい!ってドッキングしちゃいました。
だから、長くてごめんなさい。

結局はどこかでつながってくる、ってことありますよね。

いろんなことの現象、メカニズム、時代の流れ。

今まで書いたいろんなこと。

スポーツ番組ってこれでいいの?
レストランや鉄道やスポーツクラブのサービスってこれでいいの?
今のビジネス社会って、これでいいの?
車内のモラルってこれでいいの?
法規制や条例ってこれでいいの?
うちの会社ってこれでいいの?
環境対策ってこれでいいの?
そして、将棋ってこれでいいの?

所詮人間がやることなので、同じと言えば同じなのでしょうが、
ドッグイヤー、マウスイヤーになって、すっかり環境や背景が変わってきたので、すべてのことを見直さなければならない。
新たな時代の中で、新しい価値を再構築しないといけない。

それができてないと、これでいいの?このままじゃだめなんじゃない?
ってことになってしまう。

あと、やはり自分の立場からだけの視点になってしまっていて、
相手側、第三者の立場で、どう感じるものか、って想像力が大事。
それが不足気味の現代。

基本的には、一消費者、一市民、としての視点を大事にしないと、
っていつも思ってます。(自戒も込めて)

そういう立場に立ったら、

ちょっと違うんじゃないの?
もっとこうあるべきなんじゃないの?
こうしないとやばいんじゃないの?

って直感してしまう。

毎日の生活の中で、
不思議なこと、違うと思うこと、変だなあと思うこと。発見

それって、何でなんだろうか 疑問

ちょっと調べてみようかな、どうなってるのか。調査

ふーん、そういうことでこうなってるわけか・・・。
と、すると、これは、こういうことかな。考慮

そうか、これはこういうことが原因で、こうなってたわけね。
それならなんとなくわかるなあ。推測

むむ、じゃ、もしそうだとして、そのことの原因はどうなってるの?深化

前に書いたWHYを積み重ねること、です。

川島さんのお仕事、広告制作、でも同じですよね。

なんで、このコンセプト?
このコピーって言いたいことちゃんと伝わるの?
このデザイン、ターゲットにフィットしてる?
何でそう言えるの?
もっと他の切り口はないの?
これで本当に完璧?

最後はどれだけ自分を出せるか、自分の魂を注入できるか。
自分の信念の勝負です。

いつまでも、この

なぜなんだろう?
本当にそうなんだろうか?
これでいいんだろうか?

を、忘れないようにしていきたいと思っています。
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共感コメント

2007年04月30日 03時42分06秒 | 将棋
ここまでしつこくいろいろ言われたので、穏便にいくつかのひどいものは削除したようですね。

米長会長さわやか日記の発言です。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
24日
NHKの将棋番組に出演する者が、自分のHPで他人のコメントとトラックバックを活用して将棋界の誹謗中傷を繰り返している。表現の自由の方が優先されるのかどうか。出演者の選考について問い合わせをします。

25日
将棋連盟の内部の者のHPで、コメントや他人の書き込みという理由で放置しておくという手法が横行しています。
例えば、「米長会長自筆の免状を額に入れ部屋に飾ったら物笑いの種、ドブに金を捨てるような行為です」 このような書き込みを放置するような人物に対しては、やはり糾弾されて然るべきと考えます。

29日
ホームページの管理について専門家に聴く。
「中傷書き込み」を放置していた管理人が書類送検された。昨27日の大阪でのことです。
将棋界でも同クラスの放置はいくつかあります。
性格は直さなくても良いですが、ブログの方は直しておいた方がと心配しています。正会員は特にご注意下さい。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

もちろん誹謗中傷のひどい書き込みはありましたが、何でこういう場でコメントするのかわかりません。直接言えばいいと思います。

社員が社長の批判をしていたら、すぐに呼びつけて個別に言いますよね。
それを、社長のブログで、あの社員がこんなひどいことをしている、って書いたりするの、どう見ても変ですよね。

他の社員に対して、こういうけしからん社員がいる、おまえらも、そんなことしたらただではおかんぞ、と言おうとしてるんでしょうか。

いただいたこんたさんのコメント。
***************************************
「出演者の選考について問い合わせをします。」というのはどうなんでしょう。
HPの運営の仕方に問題があるのなら、その点について本人にただせばすむこと。NHKの将棋番組出演とは関係ないことでしょう。
将棋連盟会長の立場で「出演者の選考について問い合わせを」することは本人の意図はともかくとして、圧力にしかならないことは確かではないでしょうか。こういう形で結果として彼女の仕事に対してプレッシャーをかけることに悪意と強い不快感を覚えます。
****************************************

放置しておくと、法的処置を取るぞ。

NHKに掛け合って、出演を取り消すよう連盟として公式に申し入れるぞ。

と脅しているとしか、受け取れません。

「性格は直さなくても良いですが、」というのが、「親の顔が見たい」同様、
またどうしても一言チクリと言いたい性格が出ています。

さわやか日記に毎日のように、こんな悲しくなるようなこと、書かないで欲しいです。ファンがどう思うか、ファンの目にどう映るか、という視点が抜けています。

ファンになんかどう思われたっていい、俺は頭来たから、どうしても一言いってやりたいんだ、というのは、完全に個人的な思いです。
その立場で、すべきこと、すべきでないこと、あると思います。

何度も言ってますが、反会長、とか反理事会のキャンペーンを張ろうなんて、これっぽっちも思ってないです。
単に、不思議だなあ、何でなんだろう、違うんじゃないのかなあ、って思ってしまうだけです。(そして、悲しいなあ、って。)

会長、理事の方、連盟関係者の方、僕、なんか、おかしいこと言ってますでしょうか?

削除されなかったコメントの中に、とても印象に残るものがあるので紹介させてください。(かれこれ半世紀ほどのファン様、お許しください。)先ほど書いた記事ともリンクしています。
************************************
コップの嵐に盤上没我 (かれこれ半世紀ほどのファン)

石橋さん頑張ってください。私はあなたの本に感銘をうけた人間です。女流独立は天の時に感じます。

プロ棋士の商品は掲載される棋譜と信じられてきましたが、公開あるいは放映される対局姿、対局の陰にあるドラマの方に商品価値は移っています。「将棋界の一番長い日」という番組が良い例です。あれは、将棋を知らない多くの人間を魅了させる価値を持つコンテンツです。
世間知らずの男尊女卑を唱える化石生物がいくら男性プロ棋士を称えても、彼らの価値は棋譜の価値が今より高かった時代の名残であり、新聞メディアがスポンサーに限られた時代の古い考え方です。それに付き合ってくれている新聞社/学芸部に、連盟は足を向けて寝られないはずです。
百歩譲って全読者が棋譜を楽しみに新聞を買っているとしたところで、掲載される棋譜を生産できるプロ棋士が、いったい何人いますか? トッププロと才能溢れる若手以外に興味はありません。失礼ながら、目に触れることのない棋譜を生産しているだけの男性プロ棋士を養うために、我々ファンはその分だけ高い新聞購読料を払うつもりはありません。新聞社殿。
一方で、女性棋士の価値は、マルチメディア時代に適合して、むしろ後者にあります。お隣のスポーツの世界を観れば、誰でも女性プロ棋士の商品価値の高さが解ろうものなのに、組織運営や経営は10級の人たちには手が見えなかったのでしょう。
伝え聞く限り連盟を動かしている一握りのおかしな人のために、男性プロ棋士より商品価値が高い女性プロ棋士がスポイルされ、将棋を愛するがゆえに独立を決意すれば、商品価値に気づいて狼狽、独立の動きを分断しようと、悪あがきをしている図が見えます。何と恥知らずなことか。
私は、この事態を収拾するには、新聞社をはじめとするスポンサーが、自らのブランド毀損を深刻に受け止め、将棋と将棋を愛する読者を守るために、日本将棋連盟に対して、厳しくものを言うべきだと思います。敢えて言えば、貴方達が甘やかし続けて来た結果が、名人戦移管問題や今回の形で「病状」として出てきたということです。連盟は病んでいます。手術が必要です。
さらに(将棋ながら)傍目八目でモノを言わせてもらえば、将棋界には別の黒船が押し寄せています。今は、高みの見物でも残留でも独立でもなく、将来のプロ棋士とは何か、ビジネスとして今後も成り立つのか、そうしたことを外部の頭も交えて真剣に議論すべきだと思います。チェスと将棋とどれだけ違いますか? 将棋ソフトがトッププロと並び、超えるのは時間の問題です。その時に、人間が生産する棋譜にまだ商品価値が残っていますか? 
私の考えでは、対局姿や様子、勝負の結果、棋士のドラマは商品価値を保っても、棋譜は将棋ソフトでいくらでも解析できるようになりますから、少なくとも今と同じ価値を保てるとは思えません。将棋の指導も棋力判定も、将来は人間の仕事ではなくなります。そう思いませんか? (註 その位の危機感は持ってよい、という意味)
日本将棋連盟殿。どうぞ猫っ可愛がりの旦那衆(実は保身の力学も働いている)に甘えて、状況無理解、ファン不在で、盤上没我の戦いをお続けください。但しその棋譜は、間違いなく無価値なものだと断言します。
*************************************************
鋭い分析力、文章力、説得力もあり、とても肯ける素晴らしいコメントです。

『プロ棋士の商品は掲載される棋譜と信じられてきましたが、公開あるいは放映される対局姿、対局の陰にあるドラマの方に商品価値は移っています。』

と、ありますが、先ほどの記事で言ったように、将棋の歴史や文化、そして、棋士の個性や人間性、などが絡み合って織り成すドラマだと言えるでしょう。

『このことを突き詰めていくと、女流=弱い=価値がない、という理論は崩れます。』と、先ほどの記事でも書きました。

売れる棋譜、とは、強さと正比例してはないのではないでしょうか。
(女流も男性の中に入って、奨励会を突破し、四段にならないと一人前でない。何も言ってはいけない。給料も少なくても当たり前。強くなきゃ人間じゃない、みないな理屈。)


対局や棋譜に、人間性や、個性のぶつかりや、ドラマが、感じられるのなら、C2であろうと、女流であろうと、価値があるのではないでしょうか。

これからもっと将棋ファンの裾野が広がっていけば、一流棋士の棋譜の一手一手の意味や技術論が持つ意味は以前よりも薄れてきます。

かれこれ半世紀ほどのファンさんや、WEB2.0(っていうんですか?)ITベンチャーの社長さんのおっしゃるように、もっと将棋を知らない多くの人間を魅了させられる価値を持つコンテンツにシフトしていくはずです。

それから、この一言も、同感です。
********************************************
新聞社をはじめとするスポンサーが、自らのブランド毀損を深刻に受け止め、将棋と将棋を愛する読者を守るために、日本将棋連盟に対して、厳しくものを言うべきだと思います。
*********************************************
この辺の意見は、過去、「違和感」という記事など、何度か書きました。

新聞社も含めて、なあなあ的同じ仲間内意識、タニマチ的感覚、今までのつながりの延長、ということでは、棋界の未来はありません。

お山の大将、裸の王様、でなく、外部の人の意見も取り入れて、いろんな階層のファンが望んでいること、求めていること、を実現できるよう、どうぞよろしくお願いします。
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パーソナリティ力と将棋

2007年04月29日 22時32分09秒 | 将棋
先日、田坂さん の新刊『プロフェッショナル進化論 「個人シンクタンク」の時代が始まる』について書きました

今日は、その話が、将棋の話と、つながっているのではという内容です。

この本の結論は、
「すべてのプロフェッショナルは、個人シンクタンクへと進化する。」

「個人シンクタンク」へと進化するための「7つのシンクタンク力」とは、
「インテリジェンス力」「コミュニティ力」「フォーサイト力」「ビジョン力」「コンセプト力」「メッセージ力」「ムーブメント力」
です。

では、いかにすれば、この「7つのシンクタンク力」を身につけ「個人シンクタンク」へと進化することができるのか、そのための6つの戦略。

1.「コンセプト・ベースの戦略」
インターネットを自分の「知的創造の場」とする。
2.「パーソナル・メディアの戦略」
良き影響力を持つ「自分だけのメディア」を育てる。
3.「プロフェッショナル・フィールドの戦略」
自分の「経験の智恵」を語れる専門分野を育てる。
4.「アドバイザリー・コミュニティの戦略」
人々の智恵が集まる「コミュニティ」を創り出す。
5.「ムーブメント・プロジェクトの戦略」
人々の行動を集めて「ムーブメント」を創り出す。
6.「パーソナリティ・メッセージの戦略」
自分の「パーソナリティ」を発信する。

この「6つの戦略」を貫く心得。

それは、自分というものが、他者から、組織から、社会から、
いかなる「信頼」を得ているかどうか。

そしてそれは、突き詰めていくと、
自分のこだわり。
自分の思想。
自分の内なる魂。

「自分らしさの発見」ということになる。

今、誰もが簡単に情報が手に入るようになり、自分と言うもの、自分のアイデンティティとか、パーソナリティというものが、ますます問われる時代になりました。
良かれ悪しかれ、その部分にスポットライトが当てられてしまい、多くの人の前に浮き彫りになってしまう時代です。

例えば、身近な例。
田坂さんの話の中にもあったことですが、

話のうまいへた。

同じことでも、Aさんが話すと、とても楽しい気分になり、生き生きと伝わってくるけど、その同じことをBさんが説明すると、つまらない、何を言ってるかよくわからない、みたいなこと。

あるいは、会社の会議のこと。

ほとんど発言せず、単に誰かが言ったことの鸚鵡返しとか、言い方変えただけとか、で存在感の無い人。
よくしゃべるし、どんどんしゃしゃりでてくるけど、あっち飛び、こっち飛び、で、結局あんたの意見はどうなの?って、何も見えない人。
ほとんどしゃべらないけど、ポツリと言ったことが、誰も気づかない重要なポイントを掴んでいる人。

情報革命により、「言葉で表せる(専門的・最先端の)知識」の共有が進んだので、相対的な価値が下がった。

そして、「言葉で表せない智恵」が、重要な社会になった。

一人一人の力が、ガラス張りになった。

個人個人の「メッセージ力」が重要な時代になってきた。

個人のプロフェッショナルフィールドが問われる。
パーソナリティや人間性、人間力が問われる。

人間を磨くこと、人間力を身につけていくこと。

心の動く、共感の得られる、メッセージを紡げているか。

法人としての企業や経営者も、その人間性やパーソナリティが大事になった。

IRとか、コンプライアンスとかいうことも、その証。

そのような時代の中で、
我々は、上記の6つの戦略を実践して、社会の中に、信頼とか、ブランドを、築いていかねばならない。


片上五段のdaichan's opinion最新の記事「その後の世界」を展望してみる」、読みました。

田坂さんの話は、ビジネスのプロフェッショナルはどうすればいいのか?
片上五段は、プロ棋士は、どうすればいいのか?

違う部分もあるとは思いますが、共通している部分がかなりある。
そう確信しました。

**************************************
 前回書いたように、現在の僕は、近いうちに、少なくとも自分が現役でいるうちには、コンピュータに勝てなくなる日が来るだろうと考えている。そのとき将棋というものはどうなるか、プロの世界というのはどうなるのか。
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将来的に、コンピュータに勝てなくなった時、将棋の価値とは何か、と問いかけています。

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 意識しているかどうかに関わらず、現在のプロ将棋界は「最高峰の技術」を見せるという側面が強いように思う。受け手も最高峰の戦いだからこそ、それを楽しみに見る。そこから徐々に変質して、「この人の対局だから見に行く」「この人が指しているから棋譜を見る」というような「この棋士」を見せるようになるのではないかと、僕は考えている。まあ当たり前と言えば当たり前なのだが、そういうふうに変わっていかざるを得ないように思う。それが一部のトップ棋士だけでなく、棋士一人一人に課せられていくような気がする。
************************************* 

棋譜よりも、棋士に価値があると、言っています。

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 いますぐにでもできることの一つとして、例えばもうすこし棋士の盤外の活動(これは何も「普及」に限らない)を表に出す努力を、連盟が組織として行っていくべきではないだろうか。棋士の価値を高める、あるいは宣伝していく努力が、もっと必要ではないかと強く感じる。
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棋士の盤外の情報をもっと出すことで、棋譜の価値が高まる、と言ってます。

片上五段のところにTBしているWEB2.0(っていうんですか?)ITベンチャーの社長のブログにも共感する意見が書かれています。

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「例えば、ドラムを叩くなんていうのはシンセサイザーに任せれば間違いなく人間より上手なんです。当たり前ですがリズム感は完璧です。最近はただ譜面どおりに叩くだけではなく、そこに個性を持たせることもできるようになってきています。厳密に言えば、これはドラムだけではなく、全ての楽器について言えることです。そんな時代になったとき、プロのアーティストはなぜ存在するのか。そのあたりに、ソフトが人間を越えた時代のプロ棋士のあり方のヒントがあるんじゃないですか」
********************************************
音楽と将棋。
この捉え方、面白いです。
ほんと、その通りですね。

ジャズなんかはそのプレーヤーの個性がかなり出るのだと思いますが、クラシックは、マニアじゃないとわかりにくいですよね。
同じ、第九とか、運命、とか、って曲を聞いて、これはカラヤンだとか、ウィーンフィルだとか、って、どこまで指揮者やオーケストラの個性が出ているんでしょうか?
シンセサイザーで作った音と、ストラディバリで弾いた音。
もちろんどんどん近づいているんだと思います。
アーティストの存在意義がより問われていることに間違いないでしょうが、ステージでの演奏という視覚的に楽しめる要素も大きいので、将棋のほうがより根深い問題かと思います。


IT革命によって、将棋に関しても、情報や知識は誰でも簡単に手に入るようになった。
人間のやっていたことが、どんどん侵食されてきた。
羽生さんの高速道路論にも共通する話。)

人間はどうすればいいのか。
より高度なことを問われることになる。

田坂さんの言葉を借りると、下記のようになる。
*****************************************
「専門的な知識」ではなく「職業的な知恵」。
それはスキルやセンス、ノウハウやテクニック、さらにはマインドやスピリットといった「言葉で語れない知恵」だ。
別の言葉で表現するならば、例えば、「分析力」「直感力」「発想力」「企画力」「交渉力」「営業力」といった「何々力」と呼ばれる能力や知恵のことである。

「知的プロフェッショナル」と呼ばれる人材。その特徴は第1に「自立」、もう1つが「個性」だ。そして「豊かな経験」よりも「深い体験」が価値をもつようになる。
******************************************

単に物理的な勝つための技術。デジタル的な解。
高度だけど、物理的な無機質な意味の棋譜。

これはもう価値がないと思う。

技術書的な意味の棋譜は、価値がない。
例えば、どこかに対局者の名前がない棋譜があったとして、僕らの棋力では、それは、名人戦の棋譜なのか、C2クラスのものなのか、はたまたアマチュアのトップのものなのか、見分けが付かない。

そこに、羽生とか、森内とかの、人間が介在して、考え方や人生そのものが絡んで、そういう人間同士が生み出したものであるから、価値がある、と思う。
背景に長い将棋の歴史や、名人戦の歴史があるから、たくさんの棋士や人間が繰りひろげてきた世界があるから、その棋譜に価値がある。

「高速道路の先で、渋滞している、」という部分の解がここにあるかもしれない。

その対局者の個性や生き方、センス、マインド、スピリットといったものが関係しているからこそ面白い、と思う。
(このことを突き詰めていくと、女流=弱い=価値がない、という理論は崩れます。)

パーソナリティ力の勝負、ぶつかり合い。
人間力でどちらがどう勝っているか?

人間味溢れる指し手。
人間と人間の気持ち、気合、精神力、理性、知性、魂などの戦い。
物語、ドラマ、アート。

棋譜に血が通っているか。
棋譜に魂が感じられるか。

扇子の音、とか、寒がり・暑がり、とか、対局場におけることだけでなく、
盤外の棋士の情報も、今までよりずっと大事になると思う。

「横歩の取れない男に負けるわけがない」みたいな、マスコミを使った盤外の駆け引きなどは、対局者の性格が出ていて面白い。

コンピュータがしないこと、できないことは何か。

人間しかしないこと、できないこと、
人間だからこそすること、できること、とは何か?
人間らしさ、とは何か?

難しいです。

Web2.0革命によって、ビジネスにしろ、将棋にしろ、音楽にしろ、全ての分野で、このことが問われてきます。

将棋ソフトがどんどん高速化・高度化することによって、将棋の質や価値が、進化・変化していかざるを得ないように、すべてのことが変質・変革を求められています。

棋士の方々の、メッセージ力パーソナリティ力
心から期待しています。

僕らファンにとって、もっともっと将棋を楽しいものだと、思わせるように、がんばってください。

もしボナンザの方が強くなったからと言っても、棋士の対局の魅力度はさらに高まっていくことを願っていますし、応援しています。
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信じる道

2007年04月28日 00時35分50秒 | 将棋
女流棋士

講談社

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この本、以前に読みました。

高校生くらいのやまとちゃんと、日本橋の東急だったかと思いますが、将棋祭りで、会ったこともあります。
細くて折れそうで、すごく可愛かったのを覚えています。
なんともうお母さんなんですね。早いものです。

高橋和さんのHP、久々に見ましたが、今の問題について、しっかりと自分の意見を述べてます。

今の二つに別れた状態はおかしい、と。

誰が悪いと言うのでなく、こうなったのは全員の責任だ、と。

ということは、自分にも責任があるわけなので、
自分でできることは、自分のできる限り、積極的に知恵も汗も出していく。

このように自分の意見を表明すること、大事だと思います。

誰が悪い、とか、あれはおかしい、とか、愚痴や批判ばかりになったらだめです。評論家ばかりになったら、何も動かないし、変わらないです。
ますます混乱します。

自分はどう考え、どう動くのか。

皆で考えて、議論して、動いてください。
自分の信じる道を目指して、進んでいってください。
絶対に協力者はいますし、理解は得られます。

方向、方法、など、今はいろいろ意見は違っても、女流棋士全員がこのような気持ちになれば、絶対にうまく行くと思います。がんばってほしいです。
とことん前向きに話し合って、全員で責任を果たしてください。

早く、皆が納得する形になってくれるよう、将棋ファン、女流棋士ファンは、いつも応援していますよ。
コメント

表現の自由

2007年04月27日 00時24分58秒 | 将棋
以前、運を育てるの記事、書きました。



今でも座右の銘としている、
『勝負の女神が微笑むのは、謙虚さと笑顔。』

この本に影響を受けたことは大きいし、今の僕があるのも、大げさに言えばこの本のお陰。
米長さんには心から感謝です。

と、今でも変わらず思っています。


下記、昨日のさわやか日記です。
**************************************
NHKの将棋番組に出演する者が、自分のHPで他人のコメントとトラックバックを活用して将棋界の誹謗中傷を繰り返している。表現の自由の方が優先されるのかどうか。出演者の選考について問い合わせをします。
*************************************
と書かれています。

活用というのは、自分で他人のふりをして、ってことなのかどうかはわかりませんが、プロ棋士の方々のブログに、コメントやTBさせていただいた者として、もしご迷惑がかかっているようでしたら、心からお詫びします。

以前から、名人戦問題その他、理事会や会長に対する意見などいろいろ書きました。

つい先日の記事に書いたことを繰り返します。
+++++++++++++++++++++++++++++++++
今まで、理事会や会長に対して、いろいろ批判めいたこと書きました。
でも、いろんなところで汚い言葉で書かれているような批判はしませんし、批判することは本意でないです。
そうしたところで、別に気が晴れるとか、影響力があるとか、そんなことは全然ないですもの。

単に将棋が好きだから、
将棋が発展してほしいから、
連盟も、理事会も、会長も、がんばってほしいから、
感じることを言っているだけです。

僕らファンをもっと楽しませてもらいたいからです。
もっと将棋を好きにさせてほしいからです。
もっとまわりに将棋好きな人を増やして欲しいからです。
将棋の素晴らしさを伝えて欲しいからです。

女流独立派は応援していますが、独立派がどうなろうと、
基本になる理事会や連盟がしっかり棋界をリードしていってくれないと、
将棋ファンの期待に応えていってくれないと、
皆が困ります。

すべては、心からの応援の意味で言ってます。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

というのが本心です。
いろいろ僕らにはわからない難しいこともあるのでしょうし、一方的に批判はできません。もちろん功績もあるし、いろいろ棋界の発展のために、ということで努力されているのは理解しています。

ここで、会長がご指摘、あるいはご立腹されているように、プロ棋士や連盟関係者のHP、ブログなどで、匿名で書いている心無いコメントはたくさんあります。
はっきり悪意に満ちたものもありますが、微妙なものもあります。
それらをいちいち管理人の義務として、検証して削除するのって、結構大変です。

すべてはブログを開設したものの責任ということになると、これだけ無責任な匿名の悪意に満ちた、あるいはマナーのない書き込みが横行している現状では、すべてのコメント、TBを閉鎖するしかありません。
(現にそういうアドバイスのコメントもあります。)

それは、メリットもあるけれど、大きなデメリットもあります。
前向きな意見交換や、情報交換ができなくなります。
ご本人の記事だけでなく、いろんな方のコメントやTBで、ずいぶんと参考になったり、気づきを得たり、させてもらいました。
気持ちのこもった応援コメントなど、心温まるものもたくさんあります。
忙しい一日の中で、ほっとする癒しのひとときです。

こういうのが全部閉鎖になったら寂しいです。
毎日の楽しみがなくなります。
やめるのは簡単です。でも敢えて大変でも続けることの勇気。

もちろん完全に、どう見ても、特定の個人の誹謗中傷にあたるようなことを、容認していいと言っているわけではないです。
書かれたほうはたまりません。

目には目を、歯に歯を。
一方的に言われているだけじゃ、立場が無い。
誤解を解くために、こちらも主張しないと。

黙っている方が損をする、という理屈もわかります。

どちらがいい、悪い、どちらが正しい、間違っている、というのはそれぞれあると思います。

やはり昨日のさわやか日記です。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
将棋連盟の内部の者のHPで、コメントや他人の書き込みという理由で放置しておくという手法が横行しています。
例えば、「米長会長自筆の免状を額に入れ部屋に飾ったら物笑いの種、ドブに金を捨てるような行為です」 このような書き込みを放置するような人物に対しては、やはり糾弾されて然るべきと考えます。
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これに関しては、特定できるのでしょうから、直接言えばいいのだと思いますし、こうやってまた皆が見ているところでこう書くと、いろいろ波紋が広がります。

何度も言いますが、僕ら一般将棋ファンにとっては、こういうトーンのバトルは、見ていて悲しいです。

特に権力のある立場の人の発言だと、
mtmtブログに、こんな風にも書かれていることもあり、言葉は悪いですが、脅し、弾圧、という怖いニュアンスも感じてしまいます。

女神が微笑んでくれるように、謙虚さと笑顔で、さらに将棋の発展に尽力していただきたいです。

そして早く、我々一般ファンを安心させてくださいね。
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親愛なるファニースペース様

2007年04月25日 01時05分38秒 | 将棋
遅くなりましたが、プロ棋士の方からのこんな反応、うれしいです。
過分な言葉をいただき、本当にありがとうございました。

お陰さまで、アクセス数も自己新記録になっちゃいました。

>おっしゃる通りそういう若手棋士はまだまだいます。大半はそうだと思う、ちょっと期待も込めて。もちろん若手に限らずそういう棋士は多いと思います。

そうですね。それは本当にそう思います。
どちらかと言うと、若手の方が、ネットに親しんでいることも含めて、将棋以外のことへの関心とか、好奇心、あるんじゃないかと思います。

>ただ、上の世代の棋士の方々とそういうお話をする機会がなかなか無いのが残念なところですね。

これ、残念です。
普通の会社とか、一般の組織よりも、ベテランと若手の距離感、大きいんですかね?
相撲の世界などもそうだろうけど、師匠、親方、兄弟子、みたいな、徒弟制度的社会に近いんですかね?
まだまだ力もないくせに、四段や五段の若者が、偉そうなこと言ったり、ブログなんてくだらないもので馬鹿なこと書いたりしてないで、もっと将棋の勉強せんかい、って、封建的な感じ、あるんですかね?
昔ならそうかもしれないけど、今の時代、そんなことないですよね?

ざっくばらんに、年齢や実力実績など関係なく、これからの将棋界はこうあるべき、こんなアイディアが実現できたら、みたいな、オープンな話し合い、してほしいです。
同じ目的のために、気兼ねなく、ざっくばらんに、議論を戦わせてほしいです。
当然意見は違うでしょうし、なかなかまとまらないでしょうけど、それって、大切だと思います。
若手の仲良しの世界だけで言っているのでなく、女流も含めて、記者や、関係者も含めて、もっともっと話し合いをしてほしいです。
そんな機会があったら、僕も含めて、一般の将棋ファンも参加したいと思います。
いろいろな形で、いろいろな立場で、意見交換、建設的な話し合い、したいです。
小規模な飲み会的なことでもいいし、大きくやるのなら、フォーラム、とか、パネルディスカッション、とか、ってこともあると思います。
「朝まで生テレビ」、で、『これからの将棋界・その方向と可能性』、やったりして・・・。
(NHKでも最近、団塊のこととか、福祉のこととか、いろいろディスカッション番組やってますよね。携帯で視聴者の意見も聞いて、すぐ集計して発表する番組。)

当然、米長会長、タイトル保持者、新聞社代表、中井委員長、棋界のベテラン・若手・女流、スポンサー代表、記者代表、ファン代表、が集まって、田原さんが、真っ赤な顔して、大体ねえ、あんたのような人が・・・・、なんて、声高に言ったりして、場内騒然、のような。(ネット上で匿名でたくさん出没してる方とかも呼びますか?
いやいや、別に乱闘を望んでいるのでなく、これからのサッカーや野球などのテーマについてもやっていたわけだし、現状の問題点を整理して、皆でオープンに議論するのって、肝心だと思う。
もちろんオープンにできない情報や難しい事情はあるとは思う。
でも、実現できるできないはあるけど、皆で議論して、夢を語ったり、進むべき方向について話し合うことは重要と思う。

>耳が痛い話ですが、こうした現実をきちんと見つめて進んでいかなければいけないと思います。ただ余りに大きな話なので私には持て余し気味なので、将棋界の中でもっときちんと議論を進めなければいけないと考えます。

「朝まで生テレビ」は極端ですが、一般棋士、外部の専門家・有識者などで、いろいろなプロジェクト、作ったらいいと思います。
将棋というものが、将来にわたってずっと安泰で発展が約束されているのならともかく、現状のような状況であれば、棋士と言えど、対局に専念している場合ではないと思います。
自分の仕事を、より楽しくできるために、より豊かな気持ちで対局に望めるように、それぞれの立場で、それぞれのできることをしないといけないのだと思います。

>まさにおっしゃる通り。全てがwin×winの関係になっていければ良いのです。

はい、皆で力を合わせれば、一丸となってやれば、絶対にできるはずです。

>一棋士として、将棋について書かれているブログを読むのは楽しいもの。勉強になる事も多く、これからも趣味と実益を兼ねて楽しく読んでいきます。

はい、これからも、いろいろ感じることを書いていきたいと思いますし、棋界の発展のために、できる限り応援したいと思います。

遠山四段も、棋士として、また人間として、さらなる進化・成長を続けていってください。
ますますのご活躍を祈っています。
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パーソナリティ力

2007年04月23日 22時26分00秒 | 
プロフェッショナル進化論 「個人シンクタンク」の時代が始まる

PHP研究所

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田坂広志さんの新刊。1週間前に発売でした。
その前日に紀伊国屋で、特別講演会があり、行って来ました。

前回2月の『これから何が起こるのか。』の続編という位置づけです。

「ウェブ2.0革命」で、これからどんどんいろんなことが変化していく。
では、そのように世の中が変化したら、我々はどうすればいいのか?
どのような心得が必要で、どのように進化していったらいいのか。

これが、今回のテーマです。

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ビジネスパーソンが、自身の「腕を磨く」だけでは活躍できない時代が始まった。ウェブ2.0革命により、世の中のすべてが驚くべき速さで変化し続けているからだ。
では、そんな時代に活躍し続けるには、どうしたらいいのであろうか? 
その答えこそが、本書のテーマである「個人シンクタンク」への進化である。
本書はまず、「個人シンクタンクとは何か?」を説き、そしてプロフェッショナ
ルが「個人シンクタンク」になるために必要な「ビジョン力」「コンセプト力」
「メッセージ力」といった「7つのシンクタンク力」を紹介する。
そして、進化の追い風となるネット革命とウェブ2.0革命の「6つの革命」の本質
を解き明かし、自分だけのメディアを持つための「パーソナル・メディアの
戦略」や、人々を集めてムーブメントを創り出すための「ムーブメント・プロ
ジェクトの戦略」など、具体的な「進化のための6つの戦略」を語る。
**************************************
以上がこの本の要約です。

そして、田坂さんが熱く語った結論は、
「すべてのプロフェッショナルは、個人シンクタンクへと進化する。」

シンクタンク機能が、今、我々に求められている役割だと。

その中で重要なのは、メッセージ力

メッセージ力を磨くための優れた方法として、ブログ、個人サイト、メルマガなどのパーソナルメディアを持つことが挙げられている。

人の目に晒すこと、良き影響力を持つこと、人間性を伝えることの重要性。

メッセージに言霊が宿っているか。
魂や生命力が篭っているか。
それを聞いた時、人の心が動くか。
そういうメッセージを紡げているか。
知識を書いてないか、知恵を書いているか。

ひいては、パーソナリティ力

自分の拘り、自分ならでは思想。

今までブログについて、いろいろ感じることを書いてきたけれど、
そこで感じたことが、これからの時代に重要なことだと、再認識。

パーソナリティ力を磨くことが、信頼、ブランドにつながり、
「個人シンクタンク」ということに近づいていく。

相変わらず満席の会場。
一方的に熱く語っている、というのでなく、会場の受け止め方も含めて、参加者全体でその場の雰囲気を作っているという感触。

田坂さんの世界に、さらに引き込まれた一夜でした。
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悲しいことです

2007年04月22日 00時24分09秒 | 将棋
いつもお世話になっている『勝手に将棋トピックス』のコメント欄を見ました。

「指さない将棋ファン」さんの、冷静な考えさせられるコメント、全文引用させてもらいます。
この方の気遣い溢れる文章、とても真面目で優しい方なんだろう、と勝手に思ってしまいます。
どちらにしても、ちょっとショックな内容です。

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『以下はもずさんの記事への直接のコメントではないので、その点についてはあらかじめお詫び申し上げておきます。
4月19日の「大矢順正の記者ニュース」に、女流名人戦の就位式の模様が記されていますが、日本将棋連盟会長の席上の挨拶の内容を読み、私は、あらためて深い悲しみを覚えました。もし、大矢氏の記述が正確であるとして、たとえば渡辺竜王、片上五段、遠山四段といった方々は、これを一体どのようにお考えになるのでしょうか。以下、大矢氏のブログからの引用です。「・・・続いて米長将棋連盟会長の挨拶。『矢内女流名人は、最良の道を選択した。この後、藤森奈津子女流棋士会長が表彰状を渡すだろうが、これが最後の女流棋士会長の仕事になる。“情けは人の為ならず”という言葉がある。人に情けをかけておけば、いずれ良いことが帰ってくるということです。しかし“泣いて馬しょくを斬る”ということもある』会場には、新法人に参加する女流棋士の姿は藤森会長以外はなかった。」
将棋が職業として成立し得るのは、将棋を「楽しい」と感じ、将棋指しに敬意と憧れを抱くファンがあってこそです。今回の騒動に関し、表に出ていない部分を含め、一体何があったのかは、私たち一般のファンにはわかりません。しかし、将棋を職業とする方々には、たとえ何があったにせよ、そのことで長期にわたりファンを悲しませ、不快にするような態度をとってほしくはなかったと思います。私は、実は女流棋士の独立が将棋界にとって、あるいは女流棋士の方々にとってよいことなのかどうかについては、いささかの疑念を持っているのです。しかし、この問題をめぐる独立派と将棋連盟の一連の対応に注目し続けてきた者として、一つだけはっきりしていると思うのは、独立派の方々には、少なくとも、ファンを悲しませるような露骨な言動はなかったということです。長くなって申し訳ありませんでした。』
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『女流名人戦就位式での将棋連盟会長の挨拶について、上の私のコメントで引用した「大矢順正の記者ニュース」の記事とほぼ同じ内容が、4月19日の「せんすブログ」(「矢内女流名人の表彰式にて 」)にも記載されています。実際に挨拶を聞いた上で書かれた2つの記事の記述がほぼ一致していることから、内容はほぼ正確とみてよいと思われます。悲しいことです。』
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『もずさん。あまりにも悲しい気持ちになって、いささか冷静さを失い、もずさんがいずれ伝えて下さるであろう内容をフライング的に先取りしたコメントを書いてしまったことは、このような素晴らしいサイトを維持して下さっているもずさんに対して差し出がましく、礼を失してしまったのではないかと恐れております。どうかご容赦下さい。』
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これを読んで、ひどい人だ、とか、人間としてあるまじき発言だ、とか言うのは簡単です。
ここから勝手に想像すると、
『自分の顔に泥を塗って勝手に出て行った奴らは、けしからん、絶対に潰してやる、業界から抹殺してやる、』って思ってるだろうな、なんて。
mtmtさんのブログに載って削除された文書は、気に食わない奴らへの報復手段なのだろう、とも思ってしまいます。

今までも、理事会や会長に対して、いろいろ批判めいたこと書きました。
でも、いろんなところで汚い言葉で書かれているような批判はしませんし、批判することは本意でないです。
そうしたところで、別に気が晴れるとか、影響力があるとか、そんなことは全然ないですもの。

単に将棋が好きだから、
将棋が発展してほしいから、
連盟も、理事会も、会長も、がんばってほしいから、
感じることを言っているだけです。

僕らファンをもっと楽しませてもらいたいからです。
もっと将棋を好きにさせてほしいからです。
もっとまわりに将棋好きな人を増やして欲しいからです。
将棋の素晴らしさを伝えて欲しいからです。

女流独立派は応援していますが、独立派がどうなろうと、
基本になる理事会や連盟がしっかり棋界をリードしていってくれないと、
将棋ファンの期待に応えていってくれないと、
皆が困ります。

すべては、心からの応援の意味で言ってます。

批判でなく、提案、提言、その前の自分の素朴な疑問として、今までいろいろ書いてきました。これからも書くとしたら、僕の気持ちはそれが基本です。

この、「指さない将棋ファン」さんのコメント読んでいると、ひどいこと言ってるなあ、あったまきたあ!、というよりは、ご本人も感じているように、悲しいことです、って思いがすべてです。

先週の週刊将棋、見ました。
中井委員長と、女流担当の西村専務理事のコメントがあり、どちらも今後は協力体制でやっていくとの意向が載っています。

中井委員長のコメントの中に、米長会長と会見の前に非公式で会って、いろいろ話しました、ってあります。
中井さんの言い方か、あるいは、週刊将棋の書き方がおかしいのかもしれないけれど、なんか不思議です。

会長は、女流のことは担当の西村理事に、全部まかせると言ってましたよね。
それであれば、まかせればいい。
そうでなければ、中井委員長と非公式で会っていろいろ話すべきではない。
非公式なのであれば、公表してはいけない。

理事会と、準備委員会の正式な協議の内容や感想を、コメントすべきです。
結局は、会長が全部決めていて、すべては会長の思うがままに動いていて、担当の理事には何も権限がないのかなあって思ってしまいます。

ちゃんと、公式の協議は行われたんでしょうか?
以前から、委員会が望んでいて、受け入れられませんでした。
そして、結局、残留派が多数派になるまで、延び延びにさせられていて、多数派が確定したところで、強気での協議ができる段階になって、やっと協議しようと言うことになったんじゃないのでしょうか?

なんだかなあ、って感じです。
勝手なやり方だなあ、って感じです。

ここに来て、いろいろなしこりになって残りそうなデータをお互い削除して、いわゆる大人の手打ちの状態になったような気がしていました。

米長会長のさわやか日記での発言も、以前と比べて、ずいぶんと、大人しく、棘のある余計なチクリ的なこともなく、来ていました。

そういう流れで、いろいろあったけど、水に流して、大人としての解決の方向で物事動いているんですよね?協力体制で、うまく行っているんですよね?
しこりを残さずに、残留派も独立派も、従来通り棋戦に参加できて、問題なく進んでいくわけですよね?

すべての基本は、相互信頼、ってことだと思います。

本当の意味のこれがないと、カタチ上はうまく行っているように見えても、だめです。

狭い村社会の中での、いがみ合い、憎しみ合い、村八分的なこと、嫌いです。

この、「指さない将棋ファン」さんのコメント、今夜はちょっと重いです。
信じられないことがあっても、なんとか信じたいと思うのが人情です。

もう一杯、飲んじゃおうかな。。。
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女流独立派の対局

2007年04月18日 01時22分10秒 | 将棋
まだいろいろなことが全然見えないですが、
とりあえず女流棋士は二手に別れることになりました。

そして、独立派は、写真を見る限り、かなり明るい表情で、自分たちの船出の発表をしています。
女流棋士新法人設立準備委員会ブログで、基本理念や今後の活動方針も公表しました。

先日の週刊将棋の記事の中で、西村九段は次のように語っています。
*************************************
女流担当として最初から関わってきた者として、また私自身が女流の弟子を3人持つ者として、今の事態は残念です。残留される女流には連盟は責任を持って対応しますし、独立される方にも、その自主性を尊重しつつ協力関係を持ちたいと考えています。
今後は、独立される方、残留される方ともに一人一人が対局や仕事に集中できるような環境を整えたいと思います
************************************

ということですが、詳細はよくわかりません。

連盟の、独立派・残留派に対する、それぞれの姿勢・処遇。

具体的には、
独立派は従来通りに対局はできるんでしょうか?
対局料は従来通りもらえるんでしょうか?
残留派と、何か区別されるんでしょうか?(例えば棋戦参加費を払うとか)

それとも、過去のことはすっかり水に流して、独立派とも協力して、残留派と同じ扱いで何も変わらずに行われるんでしょうか?

そして、残留派に対してはどうなんでしょう?

以前会長が、(女流に対して)場所代を取るとか、自分の金は自分で稼げ、
と言っていたことは、
どのようにするのでしょうか?
(残ってくれた可愛い奴らなので、前に言ったことはすっかりご破算ってことにするのでしょうか?)

スポンサーはどう言ってるんでしょうか?
従来通りの条件で、連盟と契約ということになるんでしょうか?

まあ、どうなるか全くわからないので、いろいろ心配してしまいます。

経済界の記事、見ました。
中井委員長、元気に前向きに笑顔で語っています。

心配なさそうですね。頼もしい限りです。


では、ここからは別の話で、女流独立派の現状について。

昨年暮れに、初手。
順調に、どんどん手が進んでいくと思われたが、序盤から予想外の苦戦。
寄付のことなどで、多少攻め急いだ感もあったか、
大駒まで取られて、かなりの駒損に。

序盤で一気に敗勢か、という見方もありましたが、
きちんと現局面を分析し、、
めげずに前向きに、しっかりと駒組みを進めているようです。

このまま作戦負けしないよう、
どう守りを固めて、
どこから仕掛けてどう攻めていくのか。
持久戦が予想されることもあり、
現局面では、大切なそれぞれの駒の特性を生かして、
遊び駒や浮き駒が出ないように、
すべての駒が生き生きと自分の役割をこなせるように、
駒組みを進めていって欲しいです。

ここ一番の勝負手や絶妙手で一気に挽回というのでなく、
強引な無理筋は避け、
自分の棋力を信じて、
中盤、終盤に至るまでの大局観、対局姿勢をしっかりと定めて、
自然に、恐れず、
最善手を求め続けてください。

何年後か、振り返ってみて、
あれは会心の一局だったなあ、って言えるように、
誰から見ても価値のある棋譜だと思えるように、
真剣に、気持ちのこもった一手一手を指していってください。

見守っています。そして、応援しています。
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