即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

水分補給の功罪

2015年02月11日 16時28分47秒 | 雑感
新規案件も含め、どんどんいろんな仕事が舞い込んできて、嬉しい反面、かなりいっぱいいっぱいな毎日になっています。

《三連休なので仕事の話》という以前の記事にも書いたように、小さな仕事でも儲からない仕事でも、せっかく僕に声をかけてくれたことに感謝して、週末も祭日もなく、日々老体に鞭打って頑張っています。

祭日の今日も全くそんな意識のないまま、渡辺・羽生の棋王戦を時々チェックしつつも朝からPCに向かっているのだけど、ブログも将棋観戦も遠出も何もままならない状況でちょっとストレスが溜まっています。

それに加えて、毎年1月、2月には重ーくのしかかっているのが青色申告。
もう4回目なので、慣れてはきたのだけど、いつになっても好きになれないこの作業。
ちゃんと都度都度やっておけばいいというのも十分わかっているのだけど、ずっとほったらかしの定石通りに今年を迎えてしまい、いよいよケツに火が点いてきた最近、やっと着手した次第。
過去の青くなっている記事は下記。
青ざめて深刻な日々
青色吐息

今日のネタは、時々話題になっていてずっと気になっていたのだけど、
『この常識が180度ガラッと変わったのはいつ、どういうことだったのか?』というネタ。

昔は運動をした時、バテるから一切水を飲むな、って言われていましたよね。
皆、顔を洗うふりして飲んだり、こそこそ目を盗んで飲んだり、見つかって怒られたりした思い出があるはずです。

それがいつの時代から、水分補給が大事、しっかりこまめに飲め、となったのだろう?
その境目はいつごろなのか?
誰がいつこの常識に真っ向から異を唱えたのだろうか?
すっかり定着していたこの常識に対して、誰が勇気を持って覆すことができたのだろう?
どのような経緯で、この常識がコロッと正反対に変わったのだろうか?

まさにコペルニクス的転回。
天動説に懐疑的な見解を持っていて恐る恐る地動説を唱えたコペルニクス。
当時のキリスト教の教義に反することは、尋問にかけられたり、火あぶりにされたりしても不思議ではなかった時代。

どちらにしても常識に異を唱える、固定観念を打破するということは、どこの国でも大きな反発を受けることになると思うけど、一体いつ誰が言い出したのだろうか?
そもそも、昔の説はちゃんとした根拠とかデータがあったのだろうか?

単によくわかってない勢いだけの体育会系の人たちが、根性論とか、下級生を鍛えるための便利な方法論として利用していただけなのかどうか。
それが噂とか流行りで全国的に蔓延していただけかもしれない。
どちらにしてもあの頃はそれが一般常識だったし、ちょっとでも水を飲んだらあっという間に疲れが出て、飲んだ瞬間にヘトヘトになるように洗脳されていた気がする。

ということでかねてからの二大研究テーマの
1.線路内人立ち入りとは、どんな人が何の理由で立ち入るのだろうか?
2.毎日行なっている『拭く』という作業は、前からか、後ろからか、どちらから行っているのか?
に加えて、このテーマもこれから深く掘り下げていきたくなりました。

現在は、こまめに水分を取らないと熱中症になったり体によくないというのが常識になってます。
そういうことであるのなら、昔、どれだけ多くの人が水を飲めずに倒れたり、病気になったりしたのでしょうか?
昔の説を唱えた人は今頃反省してるのだろうか?
全く正反対、大間違いの説を唱え、多くの人たちに苦痛を与えた責任は一切問われないのだろうか?
傷害罪、殺人罪などの罪には問われないのだろうか?

ちょっと検索しただけでも、たくさんの情報があるようです。
水分を取るとバテるから飲むな!は誰がいつ頃言いだしたのでしょうか?
名古屋ランニングジャーナル: 「運動中は水飲むな!」時代の方が熱中症は少なかった!?
子供のころ、よく「運動中に水を飲むとバテる」と言われましたが、医学的に本当の所どうなのでしょうか?

さて、この件もライフワークとして徐々に解き明かしていきたいと思うので、情報その他、ご協力のほどよろしくお願いします。
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遊び心の神髄

2014年10月29日 12時42分32秒 | 雑感
ついこの前、高校時代の同級生が亡くなった記事を書いたばかりだったけど、今度は好きだった赤瀬川原平さんが亡くなりました。

赤瀬川原平さん死去 「老人力」「超芸術トマソン」
「千円札事件、法廷が展覧会」 前衛バカ、赤瀬川さんが拓いた地平

境治さんも赤瀬川さんに大きな影響を受けたようですごく共感する追悼文を書かれてますのでご紹介します。
トマソンを通じて教わったのはつまり、自由とは何かについてだった?赤瀬川原平さんを悼んで?

赤瀬川原平さんについては、僕も少なからず影響を受け、かなり前だけどセミナーを聞きに行ったことなど、下記の二つの記事を書きました。

路上観察学会
第一感

路上観察会の発想、コンセプトには本当に目から鱗のような衝撃を受けました。

歩く、見る。
路上の観察から、
さまざまな考えが駆けめぐる。
そこで得られた知見は
思わぬ場所に飛び火する。


「路上観察学会とは、路上に隠れる建物(もしくはその一部)・看板・張り紙など、通常は景観とは見做されないものを採取・鑑賞する団体。
 学会という名前ではあるが実際には出版や講演を目的とした出版社(筑摩書房)による文化人のブッキング、マネジメントであり学会的な運営がされていたわけではない。」

「1986年、赤瀬川さん、藤森照信さん、南伸坊さん、林丈二さんらにより「路上観察学会」が結成されました。トマソン、古い洋館、ハリガミ、マンホールなど、それぞれの得意分野の観察で路上を流れていた方々が合流。さらにパワーアップされた視点で、日常からずれているモノたちを採集し始めました。」


こういうのって大好きです。
世の中に何の役にも立っていないこと。
無駄。意味がない。
ほとんどの人にはくだらないし、一生目をやらないで過ぎていくのだけど、
そこに何かしらの価値、意味を見つけて本気で面白がる姿勢。
変に目をギラギラさせて熱中するというよりも、普通に自然に日常の中で目を向けてハテナ光線を発射しつづける変なおじさんたち。

それぞれが、勝手に街を歩き、個々の基準で面白いと思ったものを写真に撮り、その晩旅館とかに集まって、皆で飲みながら品評会をする。
どんな視点をひけらかせて、どんな評価が下され、どんな真面目で変てこな会話が飛び交っているのか、実際に品評会に行ってみたいと常々思っていた。

ここで教えられたのは、真剣に、真面目に、遊ぶ姿勢。
遊びって本来楽しいものではあるけれど、子供の頃のように、集中して、熱中して、もっと楽しさを突き詰めていく中で、自分なりの遊びの魂を追及していくこと。
遊びを一段階昇華させていくこと。

レベルは違えど、そんなことに触発され、このブログでもライフワークとして取り上げている研究課題が下記。
線路内人立ち入り研究
世界前派後ろ派比較人類学研究
電車内生態研究
※特に線路内人立ち入りに関しては、先日も線路内に痴漢が逃げ込んだという事件があったようだけど、そういうことがあると僕のブログのアクセスが急上昇するということになっているくらい、影響力のある研究になっているようです。(笑)

とにかく、人が見たら一見冗談のようなことに、ごく真面目に熱中し、どんどん掘り下げて研究する姿勢。
言わば究極の遊び心。
仕事などはほどほどにしておいて、人生の意味を問い直すくらいにとことん遊びの真髄を極めたいと思っている今日この頃なわけです。

赤瀬川さん、本当にありがとうございました。ご冥福をお祈りします。
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名刺が作る縁

2014年10月12日 13時35分32秒 | 雑感
フリーランスになってから、自分でPCで名刺を作っている。
仕事用、個人用、その他勝手に簡単にできちゃうので、いろんな種類の名刺を作っている。

携帯とPCがあればかなりのことは済んでしまうような個人事業主なので、(屋号)、名前、住所、アドレスと携帯番号があれば基本はOK。
シンプルに名前を大きくしたバージョンもあるし、仕事の内容を入れてるものもある。
もちろんブログやfacebookを裏面に紹介してるバージョンもある。

相手により状況により、言ったもん勝ちなところもあるので、名刺でいろいろ遊んでるんですね。

先日、仕事のセレモニー的な集まりがあって、同じテーブルに座った初対面の方々と名刺交換した。
その中で一番偉くて風格のある常務の名刺を出したオジサンが、いきなり僕の名刺の裏面を見て考え込んでる。
そして、顔を上げてこっちを見て、質問してきた。
『あのー、この線路内なんとかっていう研究会はどういう会なんですか?』

おー、来たか、いきなり。
仕事内容とかよりもそこかあ。

初対面で名刺交換して最初の質問がそこというのは前代未聞、生まれて初めてです。

ニコニコしつつ、
『あのですね、線路内に人が立ち入ったので電車が遅れてます、とかよくありますよね?』
『はい、ほんとよくありますね。』
『あれって、どんな人が何の目的で立ち入ったのか、不思議じゃありません?』
『そうですね、いや、ほんとに何であんなに多いんだろうかといつも思ってました。』
どんどん会話が弾みそうで、同じテーブルの他の人たち、常務の部下の人たちも、何という話の展開なのかと、不思議そうな顔で見守っていた。
料理が出てきたり、お酌をしあったりしながらしばし線路内人立ち入りの会話が弾む。
『その研究会は会員はどれくらいいるんですか?』
『あれは痴漢のことなんですか?』
『結局どういう人が多いんですか?』
などなど、常務の興味、疑問はどんどん広がっていき、他の人との話やセレモニーの式次第などかなりないがしろになってしまうような盛り上がりとなった。

ちなみにいろいろな名刺があるのだけど、その日に出した名刺には、裏面に小さく、下記のような魑魅魍魎たる
《5つの肩書き》が列挙されているバージョンだった。(こんなふざけたのでなく真面目なビジネス向けのものももちろんあります。)
線路内人立ち入り研究会会長
世界前派後ろ派比較人類学研究員
電車内生態研究員
外食問題調査学会会員
滅入る句会会員

このブログを昔から見てくれている人は《線路内人立ち入り》についてはご存じなのだと思うけど、これについては数々の突撃取材も含め、かなりの研究成果を収めている。(日本の第一人者を自認)
二つ目の《世界前派後ろ派比較人類学研究》についてはここのところ研究活動を怠っているのだけど、これはライフワークとして常に頭の中にある一大研究テーマである。
三つ目の《電車内生態研究》に関しては、以前の《携帯操作音》のフィールドワークから始まったものだけど、その後も路線別、時間帯別スマホ使用率実態調査、新聞雑誌の凋落問題、シルバーシート関連問題、居眠り状況・化粧状況・食事状況研究、ベビーカー関連問題、などなど、一概に生態と言ってもどんどん研究対象の幅が広がっていてまとめきれないでいるものの地道な事例収集活動は怠っていない。
四つ目の《日本外食問題調査学会》というのは、このブログでは表面的に取り上げてはいないものの、外食のカテゴリーで書いたことを含め、いろんな店、いろんな外食企業についての意見、提言(クレーム)を行っていくことで、健全な外食産業の発展を願うアカデミックな研究活動を目指している。
最後の《滅入る句会》についてはまだ誰にも話したり、取り上げたりはしてないのだけど、去年から始めた“MAIL”で投稿する句会のことです。まだ恥ずかしくて言えないのだけど、人知れず地道に俳句の勉強をしています。

どの肩書きのことにしても、聞かれたら目をキラキラさせて1時間でも2時間でも興奮してしゃべり続けられるようなワクワクするネタです。
これはこのブログのサブタイトルにもなっている
【毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。】ともリンクする僕の大事なアイデンティティなわけです。

この初対面の常務とはすっかり意気投合して、1週間後に会社に伺っていろいろお話をして、次回はゆっくり飲もうと約束もしました。
その場限りの出会いだったかもしれないのに、名刺を渡したことで素敵な出会いになりました。
面白いものです。

《線路内人立ち入り》にしても、《電車内生態観察》にしても、僕がのめり込んだそもそものきっかけは川島さんのブログの素朴な問題提起から始まりました。
きっかけを与えていただいた川島さんには改めて感謝する次第です。

さらにワクワクすること、話したくて仕方ないことを持てるように、広げていけるように、ゆるゆる頑張っていきたいと思います。
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OKライン・その2

2014年08月17日 14時20分33秒 | 雑感

メンタルトレーニングのセミナーに行ってOKラインという記事を昨日書きましたがその続編です。

セミナーの内容というよりも自分なりに咀嚼した内容を備忘録の意味で書いておきます。

とりあえず先日の記事の復習。
5つのポイントです。

1.自分の感情に気づけるようになる。
2.感情を評価しない。
3.緊張したまま行動する。
4.自分に何ができて何ができないかを正確に把握する。
5.自分が確実にできることにOKラインを設定する。


さて、誰にでもある、試合、プレゼン、試験、発表会、結婚式の挨拶、その他自分に取って大事な場面。

メンタルが弱い。本番に弱い。プレッシャーに押しつぶされる。
緊張して本来の力が出ない。

僕もそうだけど、誰しも緊張はするものです。
必死にしないように心掛けても無駄。

緊張を怖がらないこと。
プレッシャーをはねのけようとしないこと。

これはもう仕方ない。どうにもならない。
緊張やプレッシャーを無くしてしまうことは誰だってできやしない。
あきらめて、割り切って、開き直って、しっかり受け止めるしかない。
緊張してる自分を見つめて付き合うしかない。

病気、難病とも似ている。
昔、そう簡単には治らないと言われた病気になったことがある。
早く治そうと焦ってみてもどうにもならないので、一生付き合う気持ちで、病気と仲良くする。
友達になる。
うまく日々の様子を見ながら病気と会話をして、なんとかうまくやりくりして行けるようにしていく。

つまり前提を変える。
緊張時(病気時)を平時にする。
緊張しててもこれくらいならできる。
病気でもこんな感じなら生活できる。
これくらいであればそれほど苦でもなく、平常心でできる。
これくらいならできた、なんとかなった、というラインを把握して、それを徐々に上積みしていく。
できたという自信をベースに自分のOKラインをマネージメントしていく。

こんな風であればできそうに思える。
意志の弱い、プレッシャーに弱い自分でも何とかできそうな気がする。

本番の試合の前の練習試合で、
本番の試験の前の模擬試験で、
大事なプレゼンの前の予行社内プレゼンで、

どのように自分の感情が動いて、どのようなパフォーマンスができるのか。

要はやはり1.の『自分の感情に気づけるようになる』ことが難しいと思うし、キーだと思う。

曖昧で抽象的で判別しにくい心の機微をどううまく把握して救い出して言語化できるのか。
感情を言語化する。
毎日どんな感情で暮らしているのか。

自分と対話する。
自分と付き合う。

こんな記事も参考になる。
やる気を出すための一番かんたんな方法(研究結果)

「お前ならできる!」あるいは、「あなたならできる!」

気持ちを奮い立たせたい時は、自分に対してそう声をかけよう。そのほうが、「私はできる!」よりも効果があるのだという。
何らかの行動を起こすときには、自分に「あなた」や「お前」と呼びかけ、アドバイスを与えたりやる気を出させようとしたりしたほうが、「私」や「自分」を使って言い聞かせるよりもパフォーマンスが向上することが、最新の研究から明らかになった。


つまり自分と向き合う時、自分は今どうなのか、自分の感情はどうなってるのか、と考えるよりも、お前はどうなのか、あなたの感情は今どうなってるのか、と問いかけた方が高いパフォーマンスになる、というお話。

確かにそうかもしれない。

自分との対話を、お前は元気なのか?あなたはちゃんとできるのか?と問いかけてみよう。

日々のメンタルを強くして、暑いけど楽しく夏を過ごして行きましょう!
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OKライン

2014年08月16日 15時39分29秒 | 雑感
最近興味を持っていろいろ研究中のコーチングについて、下記の記事を書いてきました。
コーチング
傾聴力
情熱と科学

【ビジネスコーチング】
一流のアスリートでもつけているコーチの手法であり、30年前にアメリカで誕生したノウハウ。
「コンサルティング」は課題を見つけて分析し解決策を提案するのが仕事ですが、「コーチング」というのは相手が課題も解決策も自分で見つけられるように手助けする手法です。
《答えはその人の中にある》という思想です。
単に人に指示をしたり動かしたりするのでなく、質問をすることで気付きを促したり考える力を引き出したりしながら成長や自己実現をサポートします。社員一人一人が深くものを考えられるような組織文化を創造、変革していくためのスキルです。
自分の思考パターンから抜けられないでいるエグゼクティブやマネージャーに対して、他人の視点を加えることで新たなアイディアや考え方が備わっていくので、未来が見えにくい今の時代に数々の成功実績を生んでいます。


歳とともに多少自信を持ってきたこともあるだろうし、若い人たちに少しは役に立とうと言う思いもあり、いろいろな場でどんどんしゃべりがちな最近の自分。
伝えたいこと、しゃべりたいことが益々多くなってることもあり、相手の話を聞くことよりもついつい熱を込めて話してしまうことが多くなってるのでマジに反省の日々です。

誰でも人それぞれの背景や視点がある。独自のやり方、考え方がある。
そこには自分にはない、自分が学べるものはたくさんあるはず。
しっかり犬のように目をキラキラさせつつ、傾聴し、質問をして相手のことを理解するべき。
相手の話から、刺激を受け、気づきをもらい、ありがたい気持ちで自分の成長、勉強につなげる。
リスペクトする気持ちでそこから学べるものを増やさないといけない。

最初は相手の話をじっと聞いていても、何かのはずみでその倍くらいしゃべり返してしまう。
しゃべりの倍返し。
この教え、頷けます。
『耳は二つ 口はひとつ。喋る倍だけ聞きなさい。』

今の調子だと耳がひとつで口が3つのお化けになっちまう。

そんな折、こんなセミナーがあり、コーチングともリンクすると思ったので行ってきました。

横峯さくら選手をスランプから救ったメンタルトレーナーがビジネスパーソンからも注目されるトレーニング法を大公開!「弱い自分」のまま強くなれる!
絶対的な自信をつくる方法---「OKライン」で、弱い自分のまま強くなる
クリエーター情報なし
ダイヤモンド社


講師は横峯さくらの夫のメンタルトレーナー、森川陽太郎さんです。

メンタルトレーニング。
現在はスポーツだけでなく、ビジネス、教育の分野にもかなり広がっているようです。
特に子供に関する悩み。
受験など、本番に弱い、緊張して力が出ない、などの悩みを抱える親が昨今すごく多いようです。

以下、セミナーの内容。

メンタルが弱い。自信がない、というのは、自分との対話が下手だと言うこと。
自分を見つめて、自分と対話して、自己肯定感をベースにして向上していくことが大事。

1.自分の感情に気づけるようになる。
日常の感情を確認して言葉で伝えられるようにする。

2.感情を評価しない。
心の自然な反応だからコントロールできない。
ありのままを理解して認める。

3.緊張したまま行動する。
緊張は悪いものではないので除去しようとせず、緊張を認識し、緊張したまま成功体験を積んでいけばいい。
自己否定感を持たないように。

4.自分に何ができて何ができないかを正確に把握する。
緊張してても確実にできることをやる。
無理せず、完璧を求めずに、等身大でできることを実行する。

5.自分が確実にできることにOKラインを設定する。
緊張すると知らないうちにOKラインを上げてしまう。
OKラインはできるだけ低く設定し、積み重ねていく方が効率がいい。

OKラインという言葉。
いろいろ使えそうです。
自分が真剣に何かをやろうとした時、OKラインをどの辺に設定するのか。

ただ、逆に難しいのは、1.のところ。
自分の感情というのはあまり意識していない。
今の自分は明るく楽しい気持ち。
辛くて重い気持ち。
ドキドキして冷静でない状態。
いちいち自分と向き合って、どんな気持ちなのかを見つめる習慣がない。
今の自分は、こういう状態なんだ、と分析して気づけることがあまりない。
自分との対話か。
それを言葉にすることもない。
感情ノートをつけることが大事という話もあった。
せっかくいい話を聞いたので、ちょっとやってみようと思ってます。
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命を繋げる、命を広げる

2014年07月10日 22時54分04秒 | 雑感
感動! ゴルゴ松本の「少年院での魂の授業」


少年院で「命」の講義!ゴルゴ松本の漢字の授業がタメになる

素直にすごい人だなあと思いました。
テレビとか派手な場所だけでなく、地道にこういうこともやってるんですね。

それはそうと、このコンテンツがすごい。
本気のメッセージ力がすごい。

わからないけどどこかで誰かのネタを仕入れてきたわけじゃないですよね?
ひとつひとつの漢字の解釈もすごいけど、全体の構成力も立派。

ちょっとかなり来ちゃったのでブログネタにします。
命の授業をご覧ください。

集団的自衛権とか、昨今の残忍な事件とか、命を軽んじる風潮が目立つ。
あらためてゴルゴ松本渾身の命の授業を味わってください。

動画見てもらった方が断然いいのだけど、文字にもなってるのでとりあえず貼っておきます。
-----------------------------------
ゴルゴの「漢字の授業」
辛いことがあった時、人はグチをこぼす。マイナスな言葉、弱音を吐く。
 「吐」という字は、口へんにプラスマイナス。
 嫌なことは吐き出していい。
 でも、そこから成功する人、夢を実現する人は少しずつ変化していく。
 弱音は吐かない。ボジティブなことだけを言うようにする。
 マイナスな事を取っていくと夢は「叶」う

自分の思っていた到達点に少し足りないと思ったら、
 軌道修正しながら、最終的な目標は変えない。
 紆余曲折しながら、遠回りしながら、ここまで行けばいい。
 これは危険だと思ったら回避する。
 危険だと思ったら、逃げていい。
 「逃」は、しんにょうに兆し。
 そして、また時間をおいて、
 しんにょうを手ヘンに変えて「挑」挑戦するんだ。

「幸」と「辛」
 幸せでも、何かが欠けたら辛くなる
 辛くても、何かが加われば幸いになる

「苦」「困」「災」に「難」を加えると「苦難」「困難」「災難」
 こういうことが起こると不幸だと考えてしまう。
 「難」が無い人生を「無難」という。
 無難な人生なんてありえない。
 だから、「難」が有る人生。「有」「難」と書いて「有難」し

「命」は、人を一叩き(ひとたたき)と書く。
 殴ったり蹴ったり、人を痛めつけることで命を感じる。これは大間違い。
 寝てる時、無意識の時、今も叩き続けている心臓。
 心臓の一叩きの連続が命。
 その命を命懸けで産んだのはお母さん。女性です。
 命の始まりは女なんです。
 「女」が土「台」となって「始」まりとなる。
 俺ら男は、女の人を粗末にしちゃ絶対ダメなんだ。
 君らを産んだお母さんは命懸けで君らを産んだんだ。それは間違いない。
 命懸けで産んだものが命なんだ。人間はそれを何度も繰り返してきた。
 ここからは、皆が命を繋げていく。
 ここから出たら、命を広げて行ってください。
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情熱と科学

2014年06月06日 12時31分16秒 | 雑感
いや、このところの忙しさは半端じゃなかったです。
人前で2時間しゃべらなきゃいけないこともあって、その原稿作りやらなんやらでいつになく真剣に過ごした日々。

話したことに対するいろんな人の意見も出るだろうと思い、しゃべりながらそれをメモする余裕もないと踏んだので、初めてICレコーダーを使いました。
そして、何とか無事に終わり、後日、その録音を聞きました。

必死で伝えようとする自分の声、言葉、しゃべり方、トーン、抑揚。

えーーーっ?
そうなのか。
オレって、こんなのか。
こんな風にしゃべってるの?
知らねーよ。
あー、いやだ。
恥ずかしい・・・・・・。

自分のことはわからないもんです。
人から見て自分はどう見えているのか、鏡で姿を見る以外に、自分のことを把握するのは結構難しいです。

ちょっと前に書いた記事、《コーチング》《傾聴力》でも触れたけど、自分を客観的に見ることができないことから世の中の問題の多くが起こっている。
自分一人で考えたりもがいたりしてるのでなく、人の意見を聞くこと、客観的な視点を加えることで、一人では絶対に気づかなかったことに気付くこともあるし、どうにもならなかった課題が解決できることもある。

これってひふみんアイにも通じることでしょうか。

それで、今日は何が言いたいのかって言えば、将棋の話ではなく、客観性、世間の評価、データ、分析などが大切だって話。

経営もそうだし、ザックジャパンもそうだと思うけど、
自分の誰にも負けない強い思いと、自分はどこまで行けてるのかの客観性のバランスが大事だっていうこと。

最近ほんとそう思います。

例えば、経営の話で言えば、こんな事業がしたい、こんな会社にしたい、こんな商品を必要な人に届けたい、など、経営者や社員の強い情熱がなければうまくいかない。
そして、そこには、市場背景とか、経営戦略とか、マーケティング理論とか、データ分析とか、効果的な戦術とか、きちんとした仕組みや科学がなければこれもうまくはいかない。

ザックジャパンのワールドカップの話も同じ。
絶対に優勝するんだ、という皆の強い情熱の部分と、相手チームの分析やチームに合った戦術などの効果的合理的な科学の部分。

精神論や根性論だけでもだめだし、客観性や数値化やセオリーだけでもだめ。
要はそのバランスだと思うんです。

『情熱と科学』

その両輪がうまく噛み合って回っていくことですべてはいい方向に進んでいく。

他人とは関係なく、主体的に自分がどう思うかってことと、一切自分には関係なく、客観的にどうなのか、どうできるのか、ってことの噛み合わせ。

ということで、自分のアホなしゃべり方を反省しつつ自戒の雑感でした。
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自分だけのフォーム

2014年03月28日 18時48分50秒 | 雑感
<コーチング><傾聴力><裸の王様>と続けてきましたが、そのあたりの記事の続編です。

エグゼクティブのための 正しいゴルフの習い方
クリエーター情報なし
ディスカヴァー・トゥエンティワン


コーチングというものは、ビジネスや教育分野で今活用されているようですが、もともとはスポーツにおけるアスリートのコーチというのがわかりやすいし一般的です。

この本は、ビジネスコーチングのプロが有名なプロゴルファー、ラリーネルソンからゴルフのコーチングを受ける話です。

二人のやりとりの中で、ゴルフのスキルをどう学ぶのがいいのか、というテーマの本なのですけど、いろいろ勉強になりました。
ポイントを列記します。
=====================
ターゲットに向かって打とうとしてはいけない。
それよりも『自分のスイングを開発する』ことだ。

自分でビジョンを描き、そこに向かう。
そこに正しく向かっているかどうかの判断基準も自分で作り、自分で評価する。
まさにビジネスと同じ。

いくら教えられても、言葉に対する解釈が違えば絶対にわからない。
人は言葉そのものに反応しているのでなく、言葉に対する自分なりの意味や解釈に反応する。

人はそれぞれ違う。

基本を積み重ねていくことで、自分のスイングを開発することができる。
習い方そのものを学習する。

単に正しいスイングでなく、自分だけの正しいスイング。

フィードバックとアドバイスの違い。

コーチ、上司や先輩からのアドバイスはわたしたちを長い混乱へと導く。
アドバイスは具体的な方法なので選択の余地がない。
アドバイスは脅威。

一方フィードバックは受け入れてもいいしほっておいてもいい。
選ぶのは常に自分。
さまざまなフィードバックにどれだけ気づいているか?
========================
一般的な正しいフォームやスイングを押し付けられ、自分がその型の中にはまっていくのでなく、自分で考えて自分だけの正しいフォーム、スイングを開発すること。
自分の正しいゴルフというものを突き詰めて考えて実践できるようにしていくこと。

これはゴルフに限ったことではなく、ビジネスもそうだし、すべてのことについて言えるのではと思います。

自分はどうするのか。
自分だからどうするのか。

より自分のことを理解し、自分のスキルややる気を客観的に分析して、自分がやるための戦略やステップを作っていく。

コーチングの前提は
「問題の答えは、その人の中にこそ存在する」という発想。

佐藤可士和さんも、同じようなことをよく言われてますよね。

”答えはいつも自分でなく、相手の中にある。”

表面的な 言葉だけでなく、相手の意識の部分まで踏み込んで、とにかくすべての情報を集める。
クライアントの求めるものを正しく汲み取り、それに寄り添う形で自らの才能を投入することにより、その仕事のあるべき姿が実現する。そしてそこにあるべき成果が生まれる。

とことん傾聴して、突き詰めていきつつ整理していくことで新たなものが生まれる。

よくわかります。

前にも書いたけど、どうしてもすぐに意見を言ったり、アドバイスしたくなっちゃうんですね。
相手の意識まで踏み込んで、相手にできるだけ寄り添う形で自分のすべてを投入するって、言葉ではわかるけど、なかなかできないことだと思います。

ますますコーチングの奥深さに興味津々で今後も勉強していこうと思っています。
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裸の王様

2014年03月23日 12時42分16秒 | 雑感
最近、<コーチング><傾聴力>と続けてそのあたりの記事を書いてきました。

そんな中で、最近とみに思うこと。

自分と違う意見を言ってくれる人がまわりにいることはとても貴重だしありがたいということ。

誰でもいいというわけではないし、いろんな人からバンバンあなたの意見は違ってますよ、と言われちゃっても対処に困る。

基本は信頼関係が築けている人でしっかりした自分のポジション、意見があって、なおかつ僕のことを理解してくれていて、そりゃ違います、とか、こうした方がいいのでは、とか、遠慮なしにずけずけ言ってくれて、気づかせてくれるような人。
視点の異なる見方をぶつけてくれて、議論して、一緒に対等に客観的に考えていけるような人。

仕事でいろんな経営者や偉い立場の人たちとよく会うのだけれど、ほんとに裸の王様が多いです。いっぱいいます。

そう思いませんか?

今の世の中、スピードが大事だし、リーダーシップが以前よりも重要になってきている。

きちんと未来予想図を描き、舵取りをしっかりして船を前にぐんぐん進める。
そして、部下に信頼され、一つの方向に一丸となって推進していける力。

過去の成功体験をそのまま推し進めていけばうまく行くような時代ではない。

そうなると知見も推進力もあるリーダーが、どんどん船を前に進めていくしかない。
周りや後ろを見たりじっくり考えたりする暇もなく、馬車馬のごとく突っ走っていく。

自分のやり方を信じて責任もって一生懸命前に進もうとしている人に、『ちょっと違いますよ』、『現場はうまく回ってないです』、『そっち行くとやばいかもしれないですよ』、などと言うのは結構大変です。
自分の言うことが間違ってるかもしれませんし、言いにくいのが当然です。

リーダーにとって耳の痛い話、耳に入れたくないような話は絶対に上げない。
報告するにしても、オブラートに包んで、いや、かなり改ざんした形で報告する。

こんなこと言ったらめちゃくちゃ怒られると思うと、尻込みして報告を先送りする。

『とんでもない、そんなこと言ったら大変ですよ。
機嫌をそこねたらえらいことになります。
お願いですから代わりに言ってください。
いいアイディアもあるのだけど、
そんなこと考えてる暇あったらちゃんとやれ!
と怒られちゃうので近づけないですよ。』

誰が猫の首に鈴をつけるのか。

結局偏った情報をもとに、誤った判断をせざるを得なくなる。

順調に航海しているようでいても、そのうち後悔することになるはず。

気づいた時にはもう取り返しがつかない。

瞑想していても迷走状態に陥る。

そんな時代だし、『そっちに行くとこんな可能性もあります』、『こんな危険性もあるので前もって対処しておいた方いいのでは?』、『こう考えたらうまくいくと思うのですけど』と言うような意見に耳を傾けるのはほんとに重要なことだと思います。

自分は他の人よりも優れているし、人一倍がんばっている。
この難局を乗り切ることは自分にしかできない。
しかし、完璧でオールマイティなわけではないし、当然部下の方が優れている部分だってある。
社外の人を頼りにした方がいい局面だってある。

そのあたりをきちんと気づいて、いろんな意見や可能性を検証したり、確認したりすること、
なかなかできないみたいですね。

自分はオールマイティなわけではない、もしかしたら裸かもしれない、と、自分ではわからないことを何とか気づいてもらうこと。
現場のことも含めいろんな視点も勘案した上で総合的に大局的にバランスのいい経営判断をしていくこと。

オーナー会社ではよくありがちなワンマンで一方的な経営体質。
従順に従うだけのイエスマンだらけの風土。

企業はその経営者の資質以上のものにはならない。

でも、トップに何度言っても通じないし、うちの会社は無理。
完全に閉塞状態。
時が止まったままで何も変わらない。

しかし、トップのことは自分のこと。

自分を振り返ってみて、周りのいろんな人の意見に真摯に耳を傾けているかどうか。
異なった意見でも、正反対の意見でも、しっかりと受け止めて共感しようとしているか。

まあ、軽重浮薄の時代ではないけど、傾聴すること、大事だなあ、と思っている今日この頃です。
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傾聴力

2014年03月16日 12時44分04秒 | 雑感
ちょっと前に<コーチング>という記事を書きましたが、ここのところコーチングというものにかなり関心を持っています。

つい先週のテレ朝『GET SPORTS』でも、宮里藍のメンタルコーチの特集をやってました。

アニカ・ソレンスタムなど多くのトッププロを指導している二人のメンタルコーチのトレーニング法について藍ちゃん自ら詳しく紹介していました。
『ゴルフやスポーツ以外にもビジネスや人生哲学としても応用可能なメンタルコントロール・メソッド』とのことだし、刺激一杯の内容でした。

そして、先日、コーチングのセミナーに行きました。
かなり興味深い内容でした。
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なかなか人の話を聞くことは難しいし、うまくできない人の方が圧倒的に多い。
飲み屋を見れば、ほとんどの人が皆しゃべってる。
しっかり人の話を聞いてる人は少ない。
人の話を聞く能力は後天的なもの。

まして上司だと部下の話を聞いてるようでいて、結局は自分がいかに優秀であるかを示すためのコミュニケーションに終始している。
上司は部下の話をちゃんと聞いていると思っているけど、部下からすると(話をする時間はたとえ多くても)自分の話ばかりして人の話をしっかり聞いてくれない、わかってくれない、と思われている。
リーダーの4人に1人はコミュニケーションの欠陥があるというデータがある。
伝える能力よりも聞く能力。傾聴力。

人の話を真摯に素直に聞いて、その意見や状況に共感を示すリスニング能力。
自分が喋るのでなく、相手にしゃべってもらう機会を与えられる力。
誰しも人の話を聞くと、すぐに意見や自分の思いつくことをついつい言ったりしがち。
そうか、君が言いたかったのはこういうことか、とあいずちを打って(自分の意見は置いといて)さらにしゃべってもらって理解して納得する力。

要は人間として聞くのではなく、犬として聞く。
キラキラした目で一生懸命に聞くこと。
ワン

今、先が見えない時代。
戦略が立てにくいし、失敗のリスクも大きい。
どんどん変化していかないといけない。

リーダーの影響力が昔よりもはるかに大きい時代。
従来は枠にはめていけばよかったのが、枠からどんどんはみ出していかないといけない時代。

自分への自信が高い人ほどコーチをつけることが必要。
良くない情報も受け取ることができる能力。
他人の視点で自分を見ることができる能力。
他人と視点を交換して、一緒に俯瞰で全体を見渡せる能力。

一般的にいいリーダーや経営者は、

“CUTEであり、人を笑わせて、また会いたくなる。”
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勉強になりました。
できてないですね。
すぐに意見を言っちゃいます。
話を聞くと片っ端からいろいろ思いついて止まらなくなるほどしゃべっちゃいます。
もちろん自分勝手に一方的に言ってるわけでなく、相手のためを思って、相手のためになればと思って意見を言ってるつもりです。
でも、そう言われるとほんとしっかり聞き尽くしてないですね。
そうか、犬になればいいのか。
何もしゃべらず目をキラキラさせてあいずち打ってうなずいて、ついでにペロペロなめちゃうか。

人の話を聞いたら、もっと深くわかろう、そう思う背景や理由があるはずなのだから、それも知りたい、って思わないといけない。
短絡的に、いや、それじゃだめだからこうしたほうがいい、とか、それいいけど、どうせならもっとこうしたら、とか、反応しちゃう。
黙っていよう。
自分の意見は横に静かに置いておこう。
もっと傾聴して、相手の立場に立って共感して、相手の視点を持って考えないといけない。

すぐに自分の手を指すのでなく、加藤九段のように相手の席の後ろ側に立って相手側から盤面を見渡すこと、相手の立場だったらどういう大局観でどういう作戦で行くのがいいのか。
耳を澄ませて、心を研ぎ澄まして、相手の心の奥底に入っていく作業。

話しは一気に違うけど、いつもうちの奥さんから、人の話を聞かない、聞いているようでちゃんと理解してない、もともと聞く気がない、上の空、などとの批判を浴びています。

ということで仕事のみならず、普段の生活も含め、ことの軽重に関わらず、しっかり傾聴することを心がけたいと強く思う今日この頃です。
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