即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

良いお年を!

2010年12月31日 12時06分51秒 | 日記とニュース
例年このバタバタは変わらない。
どうしてもっと前からできないのだろうか。

夏休みの宿題を7月中に終わらせてしまう奴らと違って、いつも8月20日くらいになってからやっとのことで始めてた。
そんな性格はいくつになっても直らない。

昨日でやっと年賀状を書き終え、今日は掃除、片付け。
もっと前からやってないとやっつけでできるところだけしかできるわけない。

おまけについこの前からかなりひどいギックリ腰。
寒さのせいか、年のせいか。
ここ1週間は整骨院通い。

それじゃあ、片付けの役に立たないじゃない。
なんでこんな時期にギックリ腰になるわけ?
もしかして、大掃除、逃げたいんじゃないの?
と、厳しい声が聞こえてくる。

気持ちじゃなく、腰に言ってくれよ。
痛いんだもん、今回かなり。
こんなにひどいのは、あの激動の一週間以来。
あー、思い出すなあ、あの辛かった老老介護の日々。

ということで今年もいろんなことがありました。

ブログを通じても含め、仕事関連も将棋関連も含め、いろんな方々との素晴らしい出会いがありました。

辛いこと、やりきれないこともありました。

沖縄、岩手、などなど、いろんなところに行きました。

なんとか年を越せることに感謝です。
健康でいられることに感謝です。

今年一年、このブログに何度も遊びに来ていただき、ありがとうございました。
なんのおもてなしもできず、忙しさにまぎれゆっくりお話しすることもできず、失礼なこともあったかと思います。

皆様方に励まされたり、刺激を受けたり、温かいコメントをいただいたり、
たくさんの方々のお陰で、自分にとってのブログの位置づけがどんどん変わりつつあります。
さらに貴重なものになりつつあります。
来年も多分続けていきますので、どうぞ末永くよろしくお願いします。
では、皆様、良い年をお迎えください。
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柳家権太郎暮れの会

2010年12月28日 12時41分26秒 | 音楽と美術
昨年末も行きました。
笑って〆るという記事に書きましたが、年末のこの時期、世田谷の真福寺というお寺で柳家権太郎師匠の落語会があって、行ってきました。

お寺の本堂に高座を作って、100人あまりのファンの人たちが集まる本当にファミリアーな感じの会です。



実は高校時代の友人が昔から大の落語ファンで、すごいマニアなわけだけど、中でも権太郎師匠のファンでもう10年くらいこの会に通ってた。
それに刺激されて、去年から参加。

しかし、権太郎師匠、、実は先月、体調を崩されて入院してたんですね。
それでこの暮れの会もできるのかなあ、と心配されていた。
もう63歳だし、もともとパワフルで爆笑系の権太郎さんが体調すぐれないとなると、これはどうなるのか、もうあの息もつかせぬ噺は聞けないのか、と不安視されていたのだけど、元気な姿を見せてくれました。

開場の1時間半前でこの行列。整理券をもらうためです。


開場前、なんと師匠がお出迎え。元気になったよー、と笑顔で会釈。

こんな雰囲気の中での一席です。

最初から師匠が登場。
入院の件、心配かけましたとご挨拶。
そして、高座を休んでいた時の話。
趣味が落語しかないからどうしていいかわからない。
近所の商店街やスーパーを冷やかすのが面白くて仕方がなくなった話。
いろんなスーパーや八百屋でちょっとずつみかんを買って、味や甘さなどを比較しつつ食べる。こんな楽しみがあるとは思わなかった。
そして、近所のパン屋の塩パンがうまくて毎日食べてたんだけど、今日は皆さんにパンを買ってきたので中入りで食べて欲しいと。
元気そうで安心しました。

中入り。
師匠自ら塩パンを配ってます。
ファンの方々からの差し入れのお酒(久保田など)やつまみや大福やコーヒーなど、盛り上がってます。
昼から日本酒、結構まわりました。


ということで、
「唐茄子屋政談」、そして、「抜け雀」の二席を堪能しました。
会場中が笑いの渦。
相変わらずパワフルな噺し振りは見事でした。

つくづく落語っていいなあ、と。
会場内に、
「NO RAKUGO,NO LIFE.」
という文字も。
(「NO SHOGI,NO LIFE.」という言葉も頭をよぎりました。)

アフターは高校時代の友人4人がそれぞれ奥さん同伴ということで、8人で用賀の中華で大忘年会。
落語談義に花が咲いた後は、親の介護だとか、日本の政治だとか、身近な問題にも話は移りましたが、皆で笑って過ごした楽しい一日でした。

また来年もこうして腹を抱えて笑える時間が増えて欲しいです。
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今朝、山手線で線路内人立ち入り

2010年12月27日 15時40分59秒 | 「線路内人立ち入り」研究
今朝また起こった線路内人立ち入り
かなりの影響があったようです。

山手線で線路立ち入り、一時運転見合わせ 9万人に影響(朝日新聞) - goo ニュース
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 27日午前9時15分ごろ、JR山手線東京駅(東京都千代田区)で、内回りの線路上に男性がいるのをホームに進入してきた列車の運転士が発見し、緊急停車した。JR東日本東京支社によると、駅員が男性を救出した。列車とは接触しておらず、けがはないという。

 この影響で、山手線は内回り、外回りで約40分間運転を見合わせた。近くを走る京浜東北線も一時運転を見合わせるなどし、計約9万人に影響が出た。
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下記はほんの一部ですが、9万人とは言わないまでも、うん万人の人が、まいったよ、なんだよ、これ、ってtweetしてるようです。

このように大きな問題になると、ますます多くの人が関心を持つようになり、菅政権の行方なんぞよりもこっちの方が興味津々となるんじゃないですか?
2011年の流行語大賞は、《線路内人立ち入り》に決定!
なんちゃって。
皆様、こんなことでイライラせず(自分が迷惑蒙ってないからこんなこと言ってるよ。)、忙しい年末を有意義に過ごしましょうね。
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今朝の山手線ストップは線路内立ち入りが原因 あり得ない迷惑w
山手線で線路立ち入り、一時運転見合わせ 9万人に影響 これで相当やられた。30分も歩く羽目に!
目黒と恵比寿だけじゃなくて、早く全駅にガードレール(?)付ければいいのに…って、そんな簡単にはいかんのかな??
線路に「立ち入った」人を駅員が「救出した」という意味のよく分からない記事。言葉遊びで事実が見えなくなってる。
事故は男性の立ち入りで、人身事故ではなかったようです。念のため
人身事故って言ってたけど違うのかよ!何で線路立ち入り!?ムカツク!!
京浜東北線が来ない…。これか!
この立ち入った男はどーゆーつもりなんだろう、、、?
今朝の山手人身事故「線路上に男性が立ち入って…列車と接触はしておらず、けがはないという」。「発生しています」の進行形表現も理解。これも「人身事故」なんだな。
まただ。。。世界には、もっとつらい思いをしている人がいるのに。心を強く持てとは言わないけれど、誰かと話すといい。
夫から電話。予定していた飛行機に乗れなかったって。「山手線で人身事故、一時運転見合わせ 9万人に影響 」この9万人のひとりが夫。やっぱり、ほんとに、羽田は遠い!客先に着くのが遅れるので、「お泊りお仕事(=泊まり出張)」になるかもだって 雨つぶ
とりあえず無事助かったようですね JRにしてみたら大けがですが... 迷惑な話です
電車を停めたいときもあるのでしょう。リフトを停めたいときみたいにね!
9万人に影響………。しかも無傷……………。損害賠償発生したらえらいことになりそうだけどどうなんだろ?
人身事故で救出に時間がかかっているという話だったのでひどい想像をしていましたが、怪我はなかったそうで何より。
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このように大きな社会問題化するとなると、当線路内人立ち入り研究会としては、責任重大。
一刻でも早めに、この問題の早期解決に向け、日夜さらなる研究活動に没頭しないといけません。
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線路内人立ち入り痴漢隠語都市伝説・その3

2010年12月24日 23時17分58秒 | 「線路内人立ち入り」研究
また線路内人立ち入り研究会ネタです。

最近は、首都圏の電車だけでなく、新幹線でも線路内に人が立ち入ったり
高速道路に自転車が立ち入ったりとか、なにやら不可思議な事態が次々と起こっています。
あまりにも熱心に研究を重ねているので、いろんなとこにいろんなものを立ち入らせることで、本質から目をそらそうとでもしているのでしょうか

敵はそんなずるい手段に出てきたかあ。

ということは、こちらの追求の手がかなり核心に近づいてるということなのか。

このままでは絶対に漏れてはいけない重大な事実をyoutubeにでもアップされかねないとかなり追い込まれているに違いない。アップアップ状態になっているはずだ。

我々の目を、追及の手を、拡散させようとしているわけだな。
ジタバタしても無駄だぞ。

クリスマスだというのに、探偵気取りでテンション上がってる変なおじさんは置いといて、真面目な話です。

このブログが史上最高アクセスを記録した「アナウンスの線路に人が立ち入りましたはJRの陰語で痴漢が出たって意味らしい。」という噂。
「線路内人立ち入りは痴漢の隠語」都市伝説の記事で書きました。
そして、線路内人立ち入り痴漢隠語都市伝説・その2で書いたように、この件を素朴な疑問としてJR東日本にメールで質問させてもらいました。

前回の回答では、

「列車の遅れなどに関するお客さまへの情報提供につきましては、原因を含めまして正確な情報をより迅速にお伝えするよう努めている」、
と言っているのに、
「線路内へ人が立ち入った場合の詳しい情報については公表しない」
という不可解極まりないことになっています。

なんで「線路内人立ち入り」だけを特別扱いするのか?
これは何かがある、怪しい、と嗅覚鋭いエルキュールポワロの灰色の脳細胞が騒いでしまいました。

ということでしつこく再度質問した次第です。
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いつも利用させてもらっています。
最近、twitterなどで流れている噂、「アナウンスの線路に人が立ち入りましたはJRの陰語で痴漢が出たって意味らしい」について先日質問させていただき、すぐに返信いただきました。お忙しいのにありがとうございました。ただ、答えの内容について正反対な二つのことが書かれていたので、再度質問させていただきます。

1.線路内へ人が立ち入った場合の詳しい情報については特に公表しないこととしております。
2.列車の遅れなどに関するお客さまへの情報提供につきましては、原因を含めまして正確な情報をより迅速にお伝えするよう努めているところでございますので、何卒理解を賜りますようお願い申し上げます。

この1.と2.は、どうみても矛盾しているように思えます。
列車の遅れの情報提供は原因を含め正確な情報提供をします、というのと、線路内人立ち入りの情報は公表しない、という姿勢。線路内人立ち入りだけは特殊で公表しないけど、それ以外はできるだけ正確に情報提供します、という意味でしょうか?揚げ足取るように思われたら困るのですが、ここの部分だけ可能な範囲でお答えいただけますでしょうか?よろしくお願いします。
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いつもですが、すぐに返事が来ました。その対応には感心します。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
いつもJR東日本ならびにJR東日本ホームページをご利用いただきましてありがとうございます。
このたびのご意見につきまして、以下のとおり回答させていただきます。
再度ご投稿いただくお手間をおかけし、また、誤解を招く表現をいたしまして申し訳ございません。
列車の遅れなどに関するお客さまへの情報提供につきましては、
自然災害や設備故障などの原因やその後の運転再開見込み等、
把握できた情報を正確、迅速にお伝えするよう努めているところでございます。
線路内人立入につきましても、他の原因の際と同様、その後の運転再開見込み等
お客さまに必要な情報を可能な限り正確、迅速にお伝えすることとしております。

このたびは、貴重なご意見ありがとうございました。
今後も、みなさまに愛され、親しまれるJR東日本をめざしてまいりますので、引き続きご愛顧賜りますようよろしくお願い申し上げます。
東日本旅客鉄道株式会社
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
あー、すみません。
わかってくれればいいんですよ。お手数かけました。
ついつい揚げ足取るみたいなメールしちゃって・・・。
僕はクレーマーではないし、善良な一市民。温厚で優しい一利用者ですから。
(何をもぞもぞ言い訳してるんだよ。弱気な奴だなあ。。)

あまりにもわかりがよくて拍子抜けしたので、思い切って「JR東日本ご意見承りセンター」に電話もしちゃいました。
(多分メール対応のセクションと情報共有してないだろうな、と勝手に判断して。)
なんでこうしつこいんだろうね。
この性格やパワーをもっと違うところに使えばいいのにね、ほんと。

電話に出たのは、それほど若くはない感じのしっかりしてそうな女性です。
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na「あの、電車が遅れる時に、線路内に人が立ち入るっていうのよくありますよね。」
JR「はい、いつもご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
na「それで、ちょっと前のことなんですけど、twitterとかネットで、「線路に人が立ち入りましたというアナウンスはJRの陰語で痴漢が出たって意味らしい。」という噂が立っていたんです。ずいぶん広まっていたんですけど、ご存知ですか?」
JR「そうなんですか。知りませんでした。ちょっとお待ちいただけますか?確認しますので・・・。」
(しばしの時間)
JR「大変お待たせしました。その情報は入ってないようで聞いてないとのことです。」
na「そうですか。ま、いいんですけど、線路に人が立ち入ったのは痴漢だというようなことはあるんでしょうか?」
JR「いえ、そのようなことはございません。線路に人が立ち入るというのはいろいろなケースがありまして・・。」
na「例えばどういうケースが多いんですか?」
JR「踏切じゃないところで線路を横切るとか・・・、田舎の方ではそういうケースが多いようですし。」
na「牛とか熊とかもあるんですかね?」
JR「あー、そうですね。動物が入ってというのもあると思います。」
na「それも人が立ち入ったということになるんですか?」
JR「あー、そうですね。あと、ホームからお客様が降りてしまったりとか。」
na「あー、何かを落として取りに降りちゃったりとかですかね。」

この後、こんな感じのやりとり(雑談)が続く。

na「あんまり多いのでいつも不思議に思ってるんですよ。どんな人がなんで立ち入ったのかっていうのがよくわからなくて。」
JR「はい。」
na「線路内に人が立ち入りました、っていうニュアンスが、事件とか、CIAとか、スパイとか、なんかそんな風に想像できちゃって、ただごとでない、みたいな。」
JR「(笑)」
na「すぐには原因はわからないんでしょうけど、なんでもかんでも「線路内に人が立ち入った」ってことにしてしまうので、あれは痴漢のことじゃないか、って邪推されるんじゃないかと思うんですけどね。」
JR「わかりました。これは貴重なご意見として承っておきます。ありがとうございます。」
na「ほんとつまらないことで電話してしまって恐縮なんですが、twitterやネットでかなりの騒ぎになっていたもんで、ちょっと聞いてみようと思いまして。」
JR「そうですか、早速こちらでもいろいろ調べてみます。貴重な情報ありがとうございました。そのような情報がありましたら、またお知らせいただけましたらありがたいと思います。」
na「はい、わかりました。どうもありがとうございました。」
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ということで電話でもメールでもサービス体制はさすがにちゃんとしてます。
お騒がせしました。
この痴漢伝説の話も落ち着いたみたいだし、また地道な研究活動を続けて行こうと思ってますので、皆様、線路内人立ち入りに関しては、いろいろと情報をいただけるように、今後とも何卒よろしくお願いします。
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竜王戦を振り返って

2010年12月23日 18時05分47秒 | 将棋
竜王戦のまとめについては前回の記事でも書きましたが、今日は今回の竜王戦を振り返って感じたことをつらつらと。

将棋ブログ界の巨匠、shogitygooさん今回の羽生が最後までどこかおかしくてちくはぐだった印象を与えたのも事実だと書かれてますが、誰もが感じた「今回の羽生名人はどこか変調だった。」という印象について、少し掘り下げてみたいと思います。

まず、英さん渡辺竜王7連覇 ~その強さの独善的解析~という記事の中で、こう分析されています。

③渡辺将棋と羽生将棋の相性
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 「相性」という言葉に逃げたくはないのですが……。
 以前にも述べたことがあるかもしれないが、読みのリズムが合わないのではないか。
 羽生名人は一局の将棋は読みの積み重ねで出来上がると考えている。定跡や研究の道筋をたどっていけばスイスイ進めるところでも、立ち止まって周りを見渡し樹木の後ろや看板の陰などを覗きたい。ところが、渡辺竜王はそういったものは実戦では不要でなるべく方針を決めて想定した局面に進めたい。もちろん想定した局面やそこに至る道に落とし穴がないかを検証する作業は必要だ。
 羽生名人にしてはもう少し眺めていたい場面でも、竜王がずんずん進んでいってしまうので、ストレスに近いものを感じてしまうのではないだろうか。
 両者の違いは心理面だけでなく、物理面(ちょっとニュアンスが違うかも)でも少なからず違いがある。
 車に例えると、羽生名人は障害物を完璧なコーナリングでクリアしていく、きれいな弧を描きながら、しかも、紙一重で障害物をかわしていく。しかも、スピードを落とさず立ち上がりもフル加速で。
 過去の定跡や研究を踏まえながら、また、一局の流れも考慮しつつ、さらに、局面局面をそのつど新鮮な目で解析しなおして、読みの精度を上げ大局観も駆使して読み進めている。
 対する渡辺竜王は直線的なコーナリング。コーナー手前まで直線的に入り、そこで一気にターンをし、直線的にコーナーに突っ込んでいく。スキーの回転競技のように旗門の前でターンを終え肩から旗にぶつかっていくイメージだ。もちろん、強靭な足腰(タイヤのグリップ力)と基礎体力(エンジン)とボディの頑丈さが要求される。ただ、読みの省略がうまいので、細かいコーナリングはそれほど要さない。
 具体的に将棋について言及するとしたら、先ほど述べたように定跡や研究を基に、対局前や開始直後に目指す局面を想定しそこを目指す。中盤以降は寄せ筋をある程度想定し、それを目指すための方針(受け切る、斬り合う、入玉含みに上部を厚くする)を決める。
 両者とも高いスペックが要求されるが、名人の方がエネルギー的にも物理的(制動力やタイヤやエンジン)にも消耗が激しいように思える。
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車を比喩にしての説明、とてもわかりやすいですね。

「羽生名人は、スイスイ進めるところでも、立ち止まって周りを見渡し、樹木の後ろや看板の陰などを覗きたい。」
これも面白いです。
羽生名人の方が、勝負というよりも将棋というものへの畏敬や探究心が限りなく大きいということですね。
将棋が好きで好きで、奥が深すぎて、面白くて、だからこそそこから派生して他の分野の一流の方々との交流がある。
社会や時代のいろいろな事象と将棋とのリンクを探求している。

将棋という文化、ゲームの奥底に、もっと複雑で難解な哲学が横たわっている。
将棋の指し手を進めるということは、その哲学を探求していくということ。
羽生さんと他の棋士との違いはここなんじゃないでしょうか。

竜王戦第三局第五局の記事でも書きましたが、今回の竜王戦は、記念扇子の揮毫そのままの展開だったように思えます。
 
渡辺竜王の「勢」と羽生名人の「意」。



渡辺竜王の、攻めでも守りでも、決して消極的にならず、終始勢いのある将棋を指したいという思い。

羽生名人の、一手一手に、あるいは一局一局に、意義があるように、後世に残るような意味のある棋譜を残せるように、という願い。

「意」と「勢」が盤上で火花を散らす。

今回の竜王戦について、羽生さんを良く知る某羽生応援サイト管理人さんはこう語ってます。
「それにしても泰然自若な羽生さんが異常なほどに意識している。
谷川さんが羽生さんに意識した構図が、なんと羽生さんに輪廻は回る糸車・・・
谷川さんがふと肩の力を抜いたとき羽生さんに勝てるようになったように、
羽生さんが渡辺竜王の呪縛をとりはらったときに自然に勝てるようになる
気はしますが果たして・・・」

羽生さんが「すっぽ抜けてた」という表現もされてました。

目の前の一局、盤上の一手、といつも泰然として言っている羽生さんが意識せざるを得なかったのは、何か、噛み合わない、空回りしがち、技がかかりにくいというイメージがあったからこそではないでしょうか。

けんか四つではないけれど、がっぷり四つには組めない。
勝負の呼吸が合わない。

この14年の世代の差と言うのは、特にネット文化というものが血液の中に入ってる濃度が違うはず。

ネットの時代に育った感性や思考形態。
山の頂上と言う目指すところは同じでも、その登り方は絶対的に違うはず。

そして、ここからは羽生さんだけが感じてることと思うけれど、
相手(渡辺竜王)は敵でもあるけど、いい棋譜を残すため、いい作品を作るための共同製作者なわけだから、気の合った共同作業をしていかないといけない。
お互いの良さをさらに引き出して、二人でしかできない最高の作品を作り上げたい。
しかし、二人の意気が以心伝心でぴったり合わないと、うまく回っていかない。
すっぽ抜けてしまう。空回りしてしまう。
なんか噛み合わないので、急遽共同作業から単独作業に切り替えてみたりもせざるを得ない。
そこに齟齬が生まれ、金属疲労が発生し、本来の力が出し切れない。

棋は対話なり。

その対話が(同世代たちとのものより)いまいち弾まない、という思いを対局中にひとり感じてたのではないだろうか。
長年連れ添った相思相愛の夫婦のような安心感や信頼観が持てない不安。焦燥感。

いろんな人が指摘しているように、渡辺竜王は羽生名人が相手でもなんら意識も警戒もしない。(明らかにおととしとは違うはず。)
常に、ゴーイングマイウェイで、合理的、効率的に、ズバっと一刀両断していく。
動じないし、クレバーだし、歯切れがいい。

おまけに自信に満ちていて、いい意味の鈍さも持ち合わせ、思うがままにどんどんと局面を切り拓いていく。

この二人の将棋をおととしの竜王戦の時の記事で、
「渡辺は西洋医学、羽生は東洋医学。」
と書いたことがあります。

西洋医学というのは、敵を見つけて倒せ、という思想。

一方、東洋医学は、バランスを保て、という考え方。

曰く。西洋医学は、病気を治し、東洋医学は、病人を治す。

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西洋医学と東洋医学の位置づけ。

西洋医学
検査で病気の原因をまずさぐり、その原因を取り除くことによって病気を治すのが治療方法。
病気の原因を「悪」ととらえ、取り除くものと考えるが、人間の身体を一種の精密機械と考え、病気は部品(臓器や組織)が故障(異常や変調)した時に修理したり、交換したりして元に戻す、というのが考え方。

あらゆる科学的な検査をして、消去法に近い形で病気・炎症部分を特定していく。反面、病気の原因が究明できないと効果的な治療ができない。
検査漬けと薬漬けなどの面もあるが、先端的な技術で致命的な病気も治療できる。

東洋医学
原因を取り除くことよりも、元々備わっている健康状態のバランスを重要視する。

「自然と人間のバランスがとれている状態」を健康状態と定義する。
このバランスが崩れてしまうと「病気」になり、それを直すには、バランスをもとに戻し均衡を保てば良いということになる。

身体は一つの小宇宙で、病気は全身のバランス(自然治癒力や免疫力)に乱れがあった時に起こると考える。
宇宙の中で生かされている生命体の一つとして人間をとらえ、未病(まだ病気になっていない状態)学を発達させてきており、西洋医学とはまた違った優しさや真理がある。

どちらがいい、悪い、優劣というものではなく、歴史も背景も基本理念も違うものだけど、結局は人間を相手にするものだし病気を如何に治すかが課題である。

最近では、西洋医学も東洋医学を取り入れ、予防と自然治癒力を回復することに重点を置き始めていて、それぞれの利点を生かしながら、社会や自然、宇宙との調和に基づいてもっと全体的に健康を考えていこうという流れにあるようだ。
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西洋医学も東洋医学も、目的、頂上は、病気を治すことです。
その頂上に向かってどう登っていくかの考え方が全く違っています。
しかし、現在は両者はお互いの優れた部分を認めつつ、さらに効果的な登り方を極めようとしています。

こういう話になってくると、

渡辺=うまくアクセルを踏む
羽生=うまくブレーキを踏む

渡辺=正しい手
羽生=美しい手

渡辺=一意専心
羽生=一期一会

渡辺=知識・記憶の基づく読みの深さと集中力
羽生=適応力・見切り力・創造力

などと、二人の現在の将棋観、大局観の違いについてのイメージが広がっていく。

ずいぶん長くなってしまったので、
最後に、某羽生応援サイト管理人さんの印象的な一言で締めたいと思います。

「羽生さんがもし完璧な絶対王者だったら応援してなかっただろう。
危うさ、脆さ、儚さを秘めている羽生さんだからこそ応援したくなるのです。」


そんな二人が今この2010年と言う時代に、一期一会で死力を尽くした今回の竜王戦。

まだまだその余韻に包まれて、二人の戦いを振り返りつつ、
将棋の奥深さや無限の可能性に改めて胸を熱くしている冬の夜です。
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ポジティブ DE GO!

2010年12月22日 13時24分10秒 | 
怒らない技術 (フォレスト2545新書)
嶋津良智
フォレスト出版


ベストセラーになったこの本。
シンプルでクリアでとっても説得力ありました。
そうそう、そうだよ、その通り、と思わせる内容。

怒っても結果は同じ。
思ったとおりにいかないのは楽しいこと。
出来事よりも受け取り方の方が肝心。
悔しさは胸にしまったおく。口には出さない。
価値観の違いを受け入れてしまおう。
怒りはしょせん後悔で終わる。
イライラする環境に身を置かない。
迷ったら決断しない。
怒らないと決めてしまう。
落ち込まないと決めてしまう。
何でも人のせいには決してしない。
大事なことはどんどん忘れる。
背伸びせずに分相応に。
理想主義や完璧主義はやめる。

僕も基本的にはこういう考え方なのだけど、人間は感情があるから、なかなかすんなりと思うようにはいかない。反省することも多々ある。

でも、
できるだけ人にせいにはせず、
怒らないで事実として受け止めよう、
だって結局は自分が損するだけだもん、
怒ったって仕方ない、
落ち込んだって何にもならない、
そんなのやめていつもポジティブに楽観的に、
という考え方を実践しようとしている。

つまんないことで限られた自分の貴重な時間をつまんなくしたくないから。
一度きりの人生、楽しい方がいいじゃん。

いつも愚痴ばかり言ってる人、
誰かの文句ばかり言ってる人、
暗いことばかり言ってる人、
自分が一番悲劇の主人公だと思ってる人、

にはなりたくない。
そうしないように努めてる。

もちろん身近な人に悩みを聞いてもらったり、たまには甘えたりということは必要なのだろうけど、極力自分でコントロールできるようにする。

これに関連して、川島さんの最新記事、ポジティブな言葉で。
引用させてもらいます。
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仕事でお付き合いのあるITベンチャーの専務さんが、
ご自身のブログで、こんなことを書いています。

◆Hiroshi Yamano「国境を越えた働き方を目指す道」
2010/12/10「口癖」

(一部 引用)
> 普段出会う方がよく発する言葉、いわゆる口癖。
> 結構その方の人間性を表している様な気がします。
> 「忙しい」とか、「疲れた」
> など、ネガティブな表現をよく口にする人は、
> 何かしらマイナスな要因を引き寄せてしまう
> 傾向があるような気がします。」

わ、私のことではないですよねー!?

なんでもかんでも「ポジティブな言葉を使う」のは、
宗教がかっていますが(自分の大ミスで、関係各所に
迷惑をかけた場合でも「きっとこの経験は今後に生きる。
このミスも必然!」とかね。)
気持ちを「前向き」に持って行くことは重要です。

アンチ、忙しい。
ひとつひとつの言葉と行動を大切にしたい!と、改めて思いました。
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ネガティブな表現をよく口にする人は、何かしらマイナスな要因を引き寄せてしまう傾向があるような気がします。

自戒を込めて言うわけだけど、悔しいこと、辛いこと、イラつくことなど、ネガティブ系のことは、安易に周りにすぐ言ったりせず、できるだけ自分で受け止めて、胸にしまっておかなければと思った次第。

だって言ったって仕方ないもん、いいことないもんねえ。
周りにネガティブ因子を撒き散らすだけだから。

でも、ついつい言っちゃうんですよねえ。
脇が甘い。
甘えの構造。

だめだめ。まいった。ひどくてさあ。やってらんねえよ。
こんなのありかよ。ちょっとひどくねえ?
これまずいよね。打つ手がないよ。
調子悪い。しんどいし、眠いし、やる気ない。
あ~あ。ふ~。

過去記事でそんな風情一点張りのもあるような気がしてきた。
だめじゃん、オレ。

はい、些細な日常のことも、
川島さんのおっしゃるとおりに、

「ひとつひとつの言葉と行動を大切にしたい!」
に尽きますね。
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草津で九撮

2010年12月21日 11時18分24秒 | 
先日行った草津の風景。

草津よいとこで撮った9枚を。








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ブログとtwitter・その3・将棋編

2010年12月19日 18時54分00秒 | facebookとtwitter
ブログとtwitterその2と書いてきました。

今日は、境治さんのブログ、クリエイティブビジネス論!~焼け跡に光を灯そう~の最新記事、ソーシャルとは、ぼくとあなたの関係のことだよをご紹介します。
とても共感する部分多いので一部引用させてもらいます。(赤・黄字=nanapon)
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ソーシャルメディアについて、このところ、いろんな人がいろんなことを言っている。いろんなソーシャル論を展開している。

でもぼくにとって、ソーシャル論はシンプルだ。「ぼくとあなたが出会うこと」それがソーシャルということだ。それでおしまいだ。そしてそこが素晴らしいじゃないか。

ぼくにとってこの2010年が特別だったのは、ぼくがソーシャルメディアでの活動を通じて、いままで出会えなかった人と出会ったからだ。すごい数の人と出会った。

もちろん、ブログは何年も前から書いていた。だからほんとうは何年も前から、何百人もの人と出会っていたのだろう。実際、ブログを通じてリアルで会った人だっているし、その中のひとりである@m_kaneko氏からTwitterを勧められたのだった。

そうしてTwitterをはじめて、セルフブランディングに目覚めて実名をさらし、さらにTwitterとこのブログを連携させた。そうすることによってブログがすごくアクティブになった。Twitterも騒がしくなった。相乗効果で、ぼくはほんとうにたくさんの人たちと”出会った”のだ。ブログだけの時期の”出会い”はおぼろげであやふやで、なかなか自覚できなかった。でもTwitterとの連携で、”出会い”がくっきりと形を帯びてきた。やがて、実際にお会いしたり、リアルで会わなくてもTweetで考え方を交わしたりするようになった。

そのことが、この上なく素晴らしいと思う。ものすごく価値があると思う。

これまでだと出会えなかった人たちと、出会ったこと。これからも出会うであろうこと。ソーシャルとは、それ以上でもそれ以下でもないと思う。

そこから先は、それぞれの問題で、ソーシャルメディアの役割はそこまでだ。そこから先は、出会ったぼくとあなたが、一緒に何をどうするかだ。

もちろん、一緒にあれをこうしよう、と盛り上がったことを実行する時、またソーシャルメディアを活用するのかもしれない。そうしたらまた新たな出会いがあるのだろう。そうやってどんどんどんどん、出会いが増殖していくのだ。

もう一回言うけど、ソーシャルメディアそれ自体に何か目標があるわけではないのだ。ソーシャルメディアは地球環境を維持するために生まれたわけではない。経済格差をなくすためのツールでもない。ただ、ぼくとあなたが出会うための装置なんだ。でも、いままでだと絶対に出会うことのなかった誰かと、出会える。そこがすごい。さらには、こうしてメッセージを発信していると、そのメッセージに反応してくれる。共感してくれる。”御意”とか言ってもらえる。そうすると、出会ったぼくとあなたとあの人やこの人は、非常に大まかなところでは意志共有できているんだ。近い問題意識を持っているんだ。

そんなゆるやかだけどでもつながっているコミュニティができている。そのことがありがたい。心強い。うれしい。

このブログを軸にできた、もやもやとしたコミュニティを、ぼくとあなたはどうしていこうか。それは、そうだな、正月休みの宿題にしようか。
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ブログとtwitterの連携。相乗効果。

「ブログだけの時期の”出会い”はおぼろげであやふやだったけどTwitterとの連携をするようになったら”出会い”がくっきりと形を帯びてきた。」

このことは僕もなんとなく感じていたことだ。
twitterの持つビビッドな瞬発力。
ブログの意味や価値を増幅させてくれたり、別の視点をもたらせてくれたりもする。

facebookやmixiやYoutubeも含め、このところソーシャルメディアの持つ意味についていろいろ考えさせられることが多い今日この頃。

その特徴的な具体例のひとつが将棋ファンのtwitterでの盛り上がり。
以前からブログを通じて知り合った人たちばかりでなく、新しい将棋ファンの人たち、特に若い人や女性などがすごい勢いでtweetしあっている。
もちろんファンばかりでなく、プロ棋士や記者や棋界関係者も一緒に入り乱れて交流しあっているところがゆるくてオープンなtwitterの特性をよく表している。

このtwitterにおける新たな将棋クラスターは、解説会やイベントにも誘い合ったり情報交換し合って一気に将棋をカジュアルで楽しいものにしている。
底辺拡大、新たなターゲット層の開拓ということではすごい効果を発揮していると言える。

僕もそうだったけど、最初に解説会やイベントや教室などに参加する時は誰しも度胸がいるものだ。
すごい強そうなおじさんしかいないのではないか、そんなところに行っても、自分なんかは場違いなのではないのか、と不安にかられる。
“棋力”もないから余計に行く“気力”もなくなる。

そんな時、「行こうかどうしようか迷ってて・・」、などとtweetすると、「
大丈夫だよ、自分も行くから一緒に行こうよ」、などと優しく誘ってくれる人がいる。
そんな背中を押してくれる場があることはいかに大きなことか。

最近twitter上で見かけたり交流したりした人とリアルで会うことが本当に多いのだけれど、twitterがなかったらこんなにイベントに参加したり、ここまで将棋にはまることもなかった、と言う人がとても多い。特に女性は。

他のスポーツとか趣味の世界などでも果たしてこんな風に盛り上がっているのだろうか?

最近の典型的なひとつの例。

mayumin816さんというつい2ヶ月前に将棋に興味をもった女性がいて、twitterで、「こんなブログ始めようかなあ、タイトルはこんな風にしようかと思ってるけど、誰か見てくれるのかなあ・・。」とtweetする。
さらに、「1番オススメなblogプロバイダを誰か教えて。」などと、tweetする。

そんなtwitter上での将棋仲間とのやりとりを経て、こんなブログが出来上がった。

開設、おめでとうございます

将棋女医の練習ノート
《「三月のライオン」を読み、突然将棋にハマった医者(女)の、将棋に関する記録です。》

twitter仲間たちは早速皆その出来立てほやほやのブログを見に行って感想を述べたり応援したりする。
mayumin816さんはあまりの反響の大きさにびっくりする。

こういうのを見てるとtwitterの威力ってすごい!って思っちゃいます。

こんな風にして将棋女子も含め、どんどん新規のファンが増えていくのでしょうし、将棋にとっては完全にフォローの風がさらに強くなることになるのでしょう。

(皆そうかもしれないけど)僕なんかブログ始めたての頃には2ヶ月くらいはほとんど誰も見に来てくれなかったですもの。

それからついこの前の「とくダネ!」に取り上げられたどうぶつしょうぎの件

番組の構成がしっかりしていたこともあるのでしょうけど、これもtwitterでの告知、情報展開によって、どんどんパワーを増し、さらに大きな反響になったようです。
(放映後、注文が殺到したようですね。素晴らしいです。

まだまだtwitterにはどこか乗り切れない部分があるのだけど、こういう事実を目の当たりにすると、こりゃすげー、と思わざるを得なくなってきています。

こんな流れに乗って、毎日行われている対局もさらに注目を浴びるでしょうし、各地で行われているイベントもどんどん参加者が増えるでしょう。
将棋関連のネットやモバイルもますます進化するでしょうし、どうぶつしょうぎもさらに売れて、底辺も広がっていくことでしょう。

そして、「将棋」という日本文化は、こういうソーシャルメディアの力も借りて、さらに光り輝いていくことになるのでしょうね。

僕らファンとしても、その片棒を担いで、いろんな形で協力しつつ、奥が深くてこんなにも素晴らしい「将棋」というものをもっともっと皆が楽しめるようにしていければと思っています。
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高速道路内自転車立ち入り

2010年12月18日 17時58分50秒 | 「線路内人立ち入り」研究
先日、新幹線でも線路内人立ち入りと言う記事を書きました。

要は、新幹線の線路内に人が立ち入り、のぞみに接触して、列車が遅れた、というニュースです。
Danchoさんがこんな「他人行儀」な書き方でいいのかと疑問を抱き、業界通のくっち~さんはすかさずそれは自殺だと推定し、たまたま現場を通った風屋さんが自殺だと報告してくれたので真相解明できました。
さすが当ブログレギュラーコメンテーターの方々の力はすごいもんです。

こうやってわかったから理解でき、納得できたけれど、わからなかったらずっと気を揉むことになった。
気になって気になって、仕事も手につかない、竜王戦も上の空、食事も喉を通らないし、もちろん朝まで眠れない。
どうしてくれんだよー!?!と暴れてみても仕方ないけど、つくづく損な性格の僕。

何故こういうことが起こったのか、接触とはどういうことか、ってことを追加取材して知らせてくれないとねえ。
それが社会の木鐸たるジャーナリストの真髄なんじゃないの?

えっ、もっと大事な事件やニュースがあるから、そんなことやってらんない、知りたければおめーがやれだとぉ?
なんだよー、もっと大事な事件やニュースって。
海老蔵事件のこと?

ま、いいや。
それはともかく、こういう意味がわからない不親切なニュースはやめてほしいものです。
まだ判明してないけど、とりあえず第一報ということであれば仕方ないけど、それならば僕みたいに心配になってしまう人も全国にゴマンといるわけだから(いないかな?)、ちゃんとその後の経緯、詳細も流して欲しいと思います。

というか、お願いです。
(文句言ってたと思ったら急にトーンダウンしてお願いかい。)

閑話休題。

先日、うちのそばでこんな事故(ニュース)がありました。
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京葉道を男性が自転車走行、ひかれて死亡 千葉

毎日新聞 12月15日(水)12時50分配信

 15日午前2時5分ごろ、千葉市花見川区幕張本郷2の高速道路「京葉道路」上り線で、自転車に乗っていた男性が乗用車にはねられ、下り線に飛ばされた。男性はさらに、乗用車2台に次々にひかれ即死。乗用車の運転手らにけがはなかった。

 千葉県警高速隊によると、死亡した男性は同県船橋市の30代とみられ、身元を確認中。現場は幕張インターチェンジ(IC)と武石ICの間で、進入経路を調べている。京葉道路は一時、上下線ともに部分的に通行止めとなった。
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なんか、線路内人立ち入りと同じ匂いを感じたのは僕だけでしょうか?

(亡くなった方には申し訳ないけど)進入経路とかよりも、この人は何で高速道路内を走行していたのでしょうか?

単に自転車に乗った男性が車に轢かれた、通行止めになった、という事実を報道することに止まらず、もうちょっと、原因や動機などを掘り下げてほしいんだけど。

道を間違って入ってきたのか、何か意図があってわかって入ったのか。

どうしても大事な仕事に間に合うために急いでいたとか。
喧嘩した恋人の車を追っかけて行ったとか。
車より速く走って見せびらかしたかったとか。
料金所のおじさんを驚かせたかったとか。
車よりも自転車で走ることがいかに環境にいいかを訴えるためのデモンストレーションだったとか。

ま、人生いろいろあるでしょ。

こういうことが知りたいんだよな。どうしても知りたくなっちゃうんだよな。

わかってどうするって聞かれると困るんだけどさ。

なんでもかんでも線路内人立ち入りにつき、電車が遅れてます、と言えば通用するかと思ってる根性がだめ。

あー、ちょっとテンション上がってきた。

温厚で温和でシャイで真摯な僕としたことが、これはまずい。

それにしても、年末、いろんなことが起きるもんですねえ。
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竜王戦第六局

2010年12月16日 12時46分33秒 | 将棋
渡辺竜王、強かったですね。
おめでとうございます。

前人未踏の七連覇です。

大舞台で退けてきた相手が尋常じゃない。
羽生、佐藤、森内とこの三人を二回ずつも含めた七連覇というのは素晴らしいの一語に尽きる。

この棋戦だけなのが不思議だけど、なんでこんなに強いのだろうか。

どうして渡辺さんだけが羽生さんに対してこんなに強いんですか?

どうして渡辺さんは竜王戦だけがこんなに強いんですか?

どうして羽生さんは永世竜王位だけがこんなに獲れないんですか?

シリーズを通して振り返ってみると、やはり渡辺竜王の充実振りが目立ちます。

簡単には転ばない安定感と踏み込みの良さ。
機敏であり重厚、積極的で力強い指し回し。

羽生名人相手でも名前負けしないという自信に裏打ちされ、気負わずに自然に指せたことが今回の勝因だったのではないかと思います。

思い起こせばあのおととしの忘れもしない七番勝負。

木っ端微塵に粉砕されたパリから始まったあの三連敗。
完全に力の差をみせつけられたあの屈辱感と挫折感。

カド番、虎の子の竜王位失冠、無冠になる、という恐怖と不安の中で過ごした2ヶ月近くの日々。

これが渡辺明という棋士の精神力を一段強くした、自信をさらに揺るぎないものにしたというのは間違いない事実だろうと思う。

逞しさ、力強さ、奥深さ。
年齢的にも一番充実する時期でもあり、成長力のポテンシャルもまだまだ見込める。

この強さは他の棋戦にも波及しないのだろうか。
竜王戦はこの先どこまで防衛記録を伸ばし続けるのだろうか。
そして、この若き大棋士は自身の未来予想図をどのように描いているのだろうか。

今回の竜王戦全体について、また羽生名人のこと、敗因などについてはまた後日書く予定です。

とりあえずしばらくはあまり他のことを考えず、熱戦を満喫した余韻に浸っていたいと思っています。

関係者の皆様、お疲れさまでした。
そして素晴らしい将棋を楽しませていただきありがとうございました。
(後半切れてしまっててすみませんでした。
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