即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

サッカーと将棋で怒涛の9月

2011年08月29日 21時02分56秒 | 将棋
日経ビジネスオンラインに武田斉紀さんのコラム、サッカー週間に、これからのビジネスのヒントを学ぶ【2週間で7回もの代表戦を10倍?楽しむ方法】、面白いです。
ということで、9月はサッカーで忙しいです。
そして、観る将棋ファンとしては、絶対に見逃せない勝負が満載の9月でもあります。

そんなことで整理してみると、

1日(木) 女子五輪予選:vsタイ
2日(金) 男子WC予選:vs北朝鮮
3日(土) 女子五輪予選:vs韓国
5日(月) 女子五輪予選:vsオーストラリア
6日(火) 男子WC予選:vsウズベキスタン
7日(水)王座戦第一局 羽生王座vs渡辺挑戦者
8日(木) 女子五輪予選:vs北朝鮮
11日(日) 女子五輪予選:vs中国
12日(月)竜王戦挑決第三局 久保二冠vs丸山九段
12日(月)・13日(火)王位戦第七局 広瀬王位vs羽生挑戦者
20日(火)王座戦第二局 羽生王座vs渡辺挑戦者
21日(水)男子五輪予選:vsマレーシア
27日(火)王座戦第三局 羽生王座vs渡辺挑戦者

なんですか、これ。
詰め込みすぎじゃない。
もうちょっとばらかしてくれればよかったのに。
忙しすぎるよ、これじゃ。
仕事に身が入らないでしょ、どうしてくれる?
責任とってくれ、責任者出て来い!

WCで(意外にも)優勝しちゃったものだから、そして国民栄誉賞なんてことになっちゃったものだから、急激にもてはやされたりちやほやされたことが心に隙を生んでないのか、なでしこジャパン。

清武や原口の若い力も生かして順当に最初の2戦を乗り切れるか、ザックジャパン。

五輪ではなかなか結果を残せないでいるこの世代が、A代表に劣らないような注目を浴びることができるか、U-22日本代表。

20連覇、20連勝というとてつもない記録がかかる王座戦に、久々に登場した若き挑戦者はどこまでその牙城を崩すことができるのか。
(第一局の解説会@日経ホール、行きますか?たいがーさんssayさん?)

同じ世代の中では圧倒的な強さを見せる羽生二冠の強さが、違う世代相手にもどこまで通用するのか注目の最終局。(今日が第六局一日目。ぜひ最終局が見られることを祈ってます。)

渡辺竜王の8連覇がかかる10月からの竜王戦の挑戦者は、はたして久保二冠か丸山八段か。毎年興奮させてくれる竜王戦に向けてさらに期待が高まる9月。

そして、こんなあわただしいさなか、このブログを始めて5周年の記念日が9月19日。

最近facebookのせいもあり、サボり気味のブログも懸案のネタが山積み。
書きたいことありすぎて追い付いていかない。
今の自分の考え、状況、立ち位置を記録しておくためにも、頭を整理して多少いい加減でもいいので書きとめておきたい。

とりあえず猛暑と節電と政治不信増殖の夏が終わり、芸術の、スポーツの、読書の、食欲の秋の始まりです。

目一杯上記スケジュールを楽しめるように、夏の疲れをすっかり取り去りたいと思っています。
そして、元気に充実した9月を迎えたいと思っています。
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電車遅延は時代と共に

2011年08月28日 14時16分21秒 | 「線路内人立ち入り」研究
また久々の線路内人立ち入り研究ネタです。

先日の記事、“線路内人立ち入り”が教えてくれることにGuten Tagさんから下記のコメントいただきました。
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最近気になったのは (Guten Tag)
2011-08-24 21:50:18
「急病のお客様の介護を行っております」
それにしては長い(電車から出して発車させればいいだけのこと)。
あれって本当に病人が出たのでしょうか?
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これだけ毎日のようにあっちでもこっちでも「線路内に人が立ち入る」っていうのはおかしい。
これは何か内部の符牒なんじゃないのか。
そうだ、あれは、隠語で痴漢のことなんだ、ということで、

「線路内人立ち入りは痴漢の隠語」都市伝説

ということになったようです。

それと同じように、「車内に急病人が出たため」、というのも
何でこんなに多いんだろうか、
何でこんなに長くかかるんだろうか、
とGuten Tagさんだけでなく、多分皆訝しがっているようです。

こういうことが噂やデマや都市伝説になる。

この話、うわさを科学するという記事に書きましたが、社会情報学の松田先生の研究領域です。

「必ずしも意図をもって流されるわけではなく、事態を解釈したいという気持ちが自然発生的に“うわさ”になる。その奥底には隠された我々自身の恐怖や願望がある。」

皆、電車遅延のイライラの中で、多分普段とは違う精神状態になっているのでちょっとオーバーで極端な結論を安易に志向してしまうのでしょう。

下記、いろんなサイトで話題になってますね。

yahooトラベル旅の知恵袋
アナウンスしている電車の遅れ理由は本当ですか?
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
アナウンスしている電車の遅れ理由は本当ですか? たまに電車内の放送では「車両点検」や「降雪の為」電車が遅れていると言いつつも、
駅のアナウンスでは「運転手体調不良」や「電車故障の為」など、食い違ったことを言っているのを聞きます。

鉄道会社側の不具合で電車が遅れる場合は、本当の理由を黙っているのでしょうか?
まあ乗っているほうからすれば、理由はどっちでも良いから早く復旧してほしいだけなんですど。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「車内にて急病の方がいたため…」って

JRにおける急病人の扱い

電車遅延の理由というのは、「線路内人立ち入り」、そして「急病人の発生」、以外にも本当にたくさんありますね。

車両故障
大雨・強風・台風
地震
他の線が遅れたための連絡
信号機故障
車両点検
人身事故
不審物
混雑の影響
前に列車が詰まっている
(まだまだありますね、多分。)

そして、お客様同士のトラブル
というのもあったけど、こんなにもありました。

山手線は、渋谷駅での乗務員トラブルの影響で、内回り電車に遅れがでています。(2010年9月19日16時55分現在)

運転手と車掌が喧嘩でもしたのかい?(笑)

「線路内になぜ人は立ち入るのか」、ということをライフワークの研究テーマとして日夜研究を重ねているわけですけど、電車遅延の理由の変化、というのも興味深いです。

時代と共にどう原因が変化しているのか。
皆イライラしてるので、「お客様同士のトラブル」は増えているのではないか。
自殺が増えているので、「人身事故」も増えているのではないか。
以前より目の色変えてひっちゃきになって先を急いで働く気力は落ちたのではないかと思われるので「混雑の影響」という原因は減ったのではないか。

などなど、いろいろ推測できます。
時代の変化とともに、電車遅延の理由も変化していく。

過去のデータを時系列で見てみたいです。
その時代背景と照らし合わせて、検証、分析、してみたいです。
卒論にしたり研究してる人っていないのでしょうかね?
はい、手挙げて。。。

あらっ、いない。。。
いなけりゃオレがやっちゃおうか。やっちまうぜ。

ほんと、好奇心だけはいくつになっても旺盛な私です。
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3.11からもうすぐ半年

2011年08月26日 10時57分49秒 | 3.11
あれからもうすでに5か月が経ち、もうすぐ半年を迎えようとしています。
そしてまだまだ進んでないこと、手がついてないこと、先がまるで見えないことが山ほどあります。

何がどう進んでいるのか、このサイト、とってもわかりやすいです。
震災から5ヶ月、被災地の復興はどれだけ進んだのかが分かる写真

もちろんまだ全然手がつけられてないところもたくさんあるのだと思うけど、こういうビフォー、アフターを目の当たりにすると、皆、大変だけど、がんばってるなあ、前に向かって進んでるなあ、と、自分は何もできてないけどうれしい気持ちになります。

さて、自分自身、できることは少しずつでもしてるつもりではいるけど、まだまだ足りない。
ボランティアのバスツアーにも誘われたけど、結局まだ現地には行けてない。
あの光景を生で見て、五感で感じることが大事と言われているけど、できていない。

しかし、今まで考えてこなかったこと、身近な生活をどう見直していくのかということなど、いろいろ考えさせられた。
慣れすぎてしまって見えなくなっていたこと、思考停止していたことが身の回りにたくさんあった。
エネルギーのこと、原発のこと、それにまつわる毎日の生活の仕方について。
当たり前のように、今まで通りに、深く考えないままにやってきてしまったこと。
本当にそれでいいのか。
ちゃんと考えたのか。
そのことの本質は何なのか。
ただただ面倒くさい、忙しい、とほったらかしてきたことが多すぎた。

ひとつひとつ問いただして、自分なりにしっかり考え、結論を出す。
再定義する。
心の底から納得する。
今、無政府状態に近い状況の中で、我々一人一人がしっかりと目を見開いて状況を判断し、復興を、日本をどうしていくかを自ら問い詰めていかないといけない。
そして、我々一人一人が復興に対しても、日本の将来に対してもしっかりしたビジョンを持つことが本当に大切なのだと思う。

先日のカンブリア宮殿でやっていた七夕などのお祭りのこともそう。

この日本の伝統的なお祭りも、地元商店では手に負えなくなってきていて、全体の7割の七夕飾りを業者にまかせきりにしてきていた。
そして、すっかり観光用のものになり、市民が参画して作り出すものではなくなってきていた。
それが、今年は一変した。
次々と「今年は自分たちの手で七夕飾りを作ってみたい」という市民の声が集まり本来の市民の祭りの姿に立ち返った。
震災が、仙台市民から離れていた七夕祭りを“復活”させ、“原点回帰”をさせた、という話。

こういうことも含めて、地震がなかったらおかしいまんまずっと行っていたことがたくさんあったと思うけど、かなり本来の姿に戻ってきていることもある。

皆の意識や考え方が変わったことで、新しい日本の姿や方向というのが少しずつ見えてきている感がする。

今まで自分なりに考えてきたこと、曖昧ながら感じていたことを、この東浩紀さんの記事がとてもうまく言ってくれているので紹介します。

「ショッピングモール的、インターネット的復興の仕方」:日経ビジネスオンライン
3箇所、引用させてもらいます。
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地震も津波も、いまの人間には制御できる規模の災害ではない。まさに天災です。そして複数のプレートが衝突する位置にある日本は、どうしようもなく、地震や火山噴火が頻繁に起きて、ときには津波もあるという条件を抱えている。日本人はそんな場所で文明を営んでいる。――まずはこの条件に対する「あきらめ」が必要だと思います。

戦後のほんの60年間、偶然のおかげでその運命を忘れていた。しかしそれを思い出すべきです。この島に暮らし、この島で文明を営むというのは、地震や津波といった天災と常にセットなんです。
************************************************
改めてそう思いました。
我々はいかに危うさの中で生きているのか。
ここから下(海側)には家を建ててはいけない、など、チリ地震などの経験を踏まえた先人たちの警告もあったわけだし、この都会の直下型地震も含め、どれだけ偶然の積み重ねの中で生きているのか。
それを考えたら、日々もっと緊張感を持って生きてなきゃいけないはず。
全体のしくみとしての事前準備と個々の研ぎ澄ました意識。
いつ何があっても動じないように、想像力を働かせしっかり準備をしておかないといけないです。

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今回の震災と原発事故で、さまざまな意味でインターネットの存在感が圧倒的に増したのは紛れもない事実です。それまでネットとは一線を画していた大手メディアがツイッター上で情報発信をしたり、また個々人が連絡網や意見交換の場として、ツイッターやミクシイやブログを活用するのが常態化しました。

 では、ネットはこれから私たちの社会を新しいところに連れて行ってくれるのか。ポイントは、「集合知」がどこで機能し、どこで機能しないかを見極めることかと思います。

 今回の震災でインターネットがどう役だったのか、それを検証するためには、地震対策のフェーズと原発事故のフェーズを区別するべきです。

 ウェブの集合知が生かされたのは、個々人の持っている情報が集合することで適切な判断を生む局面です。震災直後にはかなりの成果がありました。交通情報、物資や救援情報、被災地の現地情報などなど、被災者がじかに情報を交換しあうことで、いままでにない救援が可能になった。もちろん途中でノイズは入りますが、時間がたつにつれて情報の精度が上がっていく。南相馬市長が有名ですが、メディアを持たない被災地から中央への情報発信にもウェブは役に立ちました。つまり、個人それぞれが自分の判断でも扱える情報を積み上げていくのには、ウェブの集合知は非常に役に立つのですね。

 でも、たとえば原発のような、そもそもあまり情報がないうえに、判断に高度な専門知識を必要とする事例に関する情報共有には、ソーシャルメディアはあまり向いていなかった。それが原発事故のケースです。こちらでは、極端な情報ばかりがウェブ上やツイッターのタイムラインを行き交い、有意義な集合知として結実することはほとんどなかった。なぜか。個人単位で適切か適切でないか取捨選択できないタイプの情報は、積み上げても、結局のところだれもなにも判断できないからです。むしろデマが拡がるだけです。

 ウェブの集合知は震災で役に立ち、原発事故で役に立たなかった。この教訓は大きいと思います。集合知は結局のところ「常識の積み上げ」でしかない。常識を越えた事態には対応できないのです。
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ネットがあったのでずいぶんと救われた。政府の発表などをあてにしなくてもずいぶんと役に立つ情報が得られた。
しかし、自分の判断で扱える常識的な部分では集合知が機能するけど、我々がわかってない専門的な部分では集合知にはならないし、機能しない。
そう、だから原発のことは悩ましいです。
何が本当だか、何がどうなってるんだか、誰の言うことを信じればいいのか、いまだに皆目見当もつかない。
やばいかもしれない、とか、やばそうだけど大丈夫だろう、とか、それくらいのいい加減な判断しかできない。その根拠は?と聞かれるともうギブアップ。
しかし、今後のエネルギーをどうしたらいいか、今後の我々の生活をどう改めるのか、というのは集合知の部分としてソーシャルメディアを使ってどんどん積み上げていけたらと思います。

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 これは日本全体の話でもあります。家族がなければ次の世代はない。こういうことを言うと、生殖や性と家族は別問題だし、実際家族がない子どももいるし、子どもがいない家族もあるじゃないかという反論が来そうですが、現状の日本で、「家族をもつこと」と「子どもをもつこと」が深く繋がっていることは確かです。そして子どもがいないと、社会が維持できないこともまた明らかです。かといって、子どもを作れ作れといって作らせるわけにもいきませんし、母性愛とかいう抽象的なものに期待するのも限界がある。したがって、これからの日本を維持していくうえで、「家族で生活すること」が「個人で生活すること」よりも楽である、そういう社会を作ることは致命的に重要だと思います。それは子ども手当だけでは実現しません。お金だけでなく、社会のいろいろなところを官民協力して変えていかないと。
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今回の地震で改めて思いました。
皆で助け合わないとね。
特に家族というユニットをもう一度見直すべき。
すでに単身世帯の家庭が一番多い日本。
家族で生活することが個人で生活することよりも楽な社会が作れたらいい。
皆で支え合えるコミュニティ。
いろんな意味でのセーフティネットにもなれるような血の通った村社会。
こんな危うい基盤の上で共に暮らしていかなきゃいけない同士が手を携えないと。

すべて自己責任です。
自分たちがどこまで考え抜き、何を実行できるか。
どこまで本気でやるのかやらないのか。
ポスト菅に誰がなってもほとんど変わらないだろうし、そこはしっかり見張りつつも、我々がどういう暮らしを望むのかを明確にし、そのためにモノを言い、変えられるものから変えていく姿勢、決意。

せっかくこういう考えたり見直したりできるチャンスを与えてくれたのだから、感謝してそれを十二分に活かさないとつくづく思っている今日この頃です。
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カフェ in 中毒

2011年08月21日 20時16分26秒 | 仕事
昨日、前に何度か行ったのでメルマガ登録してあった居酒屋からのメルマガが来た。
残念ながら来月をもって閉店とのこと。長い間のご支援をありがとうございました、と。

もうひとつ別のメールは、小さな会社をやっているかなり古い友人から。
業績が振るわないし、一生懸命やっててもなかなか先が見えないので、そろそろ会社たたもうかと思ってると。

そして、また別の大手企業の友人から。
会社の業績が酷くて、早期退職を勧められたり、いつまでいられるかわからない、とのこと。

リーマンショックからの流れを地震がさらに加速してます。
大変な時代です。
まだまだこういう知らせは続くことなんだと思います。

もちろんうまく行ってるところもあるし、元気に事業拡大してるところもあるけれど、苦労の割りにお金にはなかなか結びつきにくい時代になっています。

佐々木俊尚さんが言ってました。
大企業だから安心と言える時代ではないし、会社に寄りかからず個人がしっかりしたブランドを持ち、フリーランスで仕事をするのに適した時代になってる、と。
そして、ジョブごとにいろんなネットワークの中からプロジェクトチームを作り、それで仕事をして利益が出たらシェアする。
安定に身を任せるのでなく、皆がフリーランスで生きていけるように個人の力をつけていく時代なのだと。

そんなのは向かないという人ももちろんいるのだろうけど、こういう先が見えない時代、そしてOPENでIT化した時代だと、とてもよくわかる。

この本も読んだけど、最近はノマドワークスタイルなのだと言う。
事務所を持たず、ノートPCとスマートデバイスがあれば、遊牧民として仕事ができてしまう。

仕事するのにオフィスはいらない (光文社新書)
クリエーター情報なし
光文社


で、かくいう僕もレベルは違うけど、会社に属さずフリーランスで仕事しているので、本拠地は都内のカフェになっている。

最近、川島さんもそうだけど、カフェで仕事や考え事してる人って、ほんと多いように思います。
もちろん打ち合わせとか、プライベートも含め、皆いろんな用途で使ってる。

で、どこのカフェも結構混んでいる。

適度なざわめき感もあり、本も集中して読めるし、頭を整理するにはもってこい。
ちょっとでも仕事の隙間時間ができるとすぐにカフェに入るのが習慣化してる。

1日に、3回とかもある。

カフェでの時間が好きで、すぐにカフェに入りたくなるこの体質。

“カフェ in 中毒”です。

やばいです。カフェなしでは暮らしていけないカラダです。

自由に遊牧しつつ、カフェでしっかりと自分を見つめて頭を整理しつつ、さらに楽しく充実した仕事をしたいと思っています。
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「工事中の幸せ」のその後

2011年08月15日 10時06分23秒 | 日記とニュース
つい先日、工事中の幸せという記事を書きました。

家から駅までの道の途中で工事をしてて、そこに立ってるガードマンのオジサンがいつも笑顔でさわやかに挨拶をしてくれて、そんなことが僕の毎日を結構幸せな気分にさせてくれているという話です。

それがですね。そのオジサンが今週から別のオジサンに変わってしまったんです。
そしたら、新しい小太りのオジサンはまるで違う。
いかにも暑くてたまんなそうに、明らかにやってらんねえや​、という風情でずっとウロウロしてる。
この暑さの中、あの格好で一日中立ってないといけないのは、当然だけどわかります。
誰だってやってられない。たまったもんじゃないです。
熱中症にならない方がおかしい。

当然ながら、僕を含めた通行人に笑顔で挨拶なんて気持ちの余裕がないのは当然です。
こっちを見ないから目も合わないし、通行人なんて全く気にもしてない。

ということは、会社のマニュアルで、通行人に笑顔で挨拶しなさい、ということは多分ないんですね。
ちゃんと挨拶すると評価が高くなる、なんてことも多分ないでしょう。誰も見てないし。
つまり、本人まかせ。自主性、なのでしょうね。
自分がやりたいから、そうやった方がいいと思うし、自分も気持ちいいから、ということ。

となると、このオジサンガードマン二人の違いは何か。

田坂広志さんがよく引用されるこの話を思い出しました。
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<二人の石切り職人>

旅人がある町を通りかかりました。
その町では新しい教会が建設されているところであり
建設現場では二人の石切り職人が働いていました。

その仕事に興味を持った旅人は一人の石切り職人に聞きました。
あなたは何をしているのですか。

その問いに対して石切り職人は不愉快そうな表情を浮かべ
ぶっきらぼうに答えました。
“このいまいましい石を切るために悪戦苦闘しているのさ”

そこで旅人はもう一人の石切り職人に同じことを聞きました。
するとその石切り職人は表情を輝かせ生き生きとした声でこう答えたのです。
“ええいま私は多くの人々の心の安らぎの場となる素晴らしい教会を造っているのです”
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田坂さんはこの例えを用いていつもこう言っています。

《どのような仕事をしているか。
それが我々の「仕事の価値」を定めるのではありません。
その仕事の彼方に何を見つめているか。
それが我々の「仕事の価値」を定めるのです。》

先週と今週の僕の毎朝の気分の違い。
先週は、
今日もまたあのオジサンがいるな。
また、あの笑顔で気持ちいい挨拶をしてくるな。
こっちだって負けてはいられない。
さらに大きな声で、さらに明るくさわやかな笑顔で、挨拶を返してやろう。

なんて知らず知らずにそんな思いが習慣化してた。

今週は、
あのオジサン、またいやそうに、つまんなそうに立ってるんだろうな。
このまま夕方まで立ってるのは大変だよな。

なんて遠目に見えたときからそう思ってしまう。

そして、自分のことで精一杯で通行人には一切目もくれないし全く感知する気配もない。

この二人のオジサンの違い。

もし僕があのオジサンの立場になったとしたら、どうするのか、どうできるのか。

しかし、あれだけ幸せ感を与えてもらった立場としては、絶対に先週のオジサンのようにしようと心に誓う。
いつも明るく笑顔でいて、元気に挨拶を交わすこと。

仕事ができるとか、偉いとか、年齢とか、職業とか、そんなこと関係なく、人間ってこういうことが基本だなあ、とつくづく思った出来事でした。

そして、そうできるかできないかで、どれだけ周りに影響を与えることになるのか、身をもって体験しました。

田坂さんの言うように、仕事をどう捉えるか、仕事の彼方に何を見つめているか、ということももちろんあるのだけど、笑顔の威力、効果、影響、ってことが本当に大きいなあと思いました。

いつもニコニコしてる人。
あの人がいると周りが明るくなるって人って、いいなあ。
相手の目をしっかり見て笑う人、
子供のような、無邪気でさわやかな笑顔がステキな人、
その人の笑顔に出会いたいと思えるような笑顔の持ち主、
好きだなあ。

そして、そんな人になりたいなあ、なれたらいいなあ、と思う今日この頃です。
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時短に思う

2011年08月12日 19時55分17秒 | 雑感
行っているスポーツクラブが営業時間短縮になりました。
平日は夜12時までだったのが、11時まで。
土曜も10時までだったのが9時まで。

土曜はともかく、平日の12時までというのは便利でした。
酒飲んで帰ってきても、家のすぐ近くなので、11時に行けば、ゆっくりサウナに入ってすっきりできる。
おまけに家の風呂沸かし代が節約できる。

12時までだと、早めに帰って夕食軽く食べて行くのであれば、ゆったりトレーニングしてゆっくり風呂に入ってかなりリラックスできる。
それが11時になると、たった1時間ではあるけど、かなりタイトになる。
必然的に、今日はあわただしいから止めにしよう、となる。

かなり文句言ってる会員がまわりにはいるけれど、今のご時世、スポーツクラブ業界も皆大変だから仕方がない。

だって、昔は深夜の12時までなんてどこもやってなかったはず。

どんどん会員が便利に使えるように、そして競合との差別化要因のために、徐々に遅くまでやるようになったいきさつがある。

元はと言えば、コンビニもファミレスもスーパーも何もかも、どんどん便利さを追求していって24時間営業に近づいて行った。

それを言えば、テレビだってそうだ。

昔は夜中なんかやってなかった。

この節電が正義、慎ましやかな生活を望む今の風潮。
after311の新たな暮らし方のスタンダードに基づいていけば、皆、too muchなわけ。
ほんとに要るわけ?なくても済むじゃん!ってこと。
贅沢は敵。わがままはパパだけ。なすがママ、きゅうりがパパ。

いつの頃からか当たり前のように、便利さを追求し続けてきた。
調子に乗ってどんどん加速してこんな世の中になってしまった。

大阪まで6時間かかっていたのが、3時間になり、2時間半になった。
もっと早くできないのか。
どれくらいが適正なのか。
どれくらいで行ければ気が済むのか。

限りがない。
欲望は無限大。

ちょっと待ってよ。そこまでせんかてええんやない?

スポーツクラブの営業時間が1時間短縮されたことでいろいろ思う。

僕らの生活はどれくらいが一番幸せなのか。
幸せ感も、人によるし、時代と共に変遷する。
どれくらいが適正で心地よいバランスなのか。
ビジネスや経済ということももちろんあるのだけど、その根っこの我々の幸せ感を問い詰めなおし、そこからすべてをリセットして創り直すという時期なのかもしれないですね。
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マスメディアの役割

2011年08月08日 22時01分28秒 | メディア
松本元大臣の暴言、恫喝について、先日書いた記事二つ。
マウンティング体質
ジャーナリズムの本質

大臣のことよりも、書いたら終わりだよ、という言葉をそのままほっておくマスメディアの姿勢について、問題視しました。

『この国は当たり前のように言論統制がまかり通っている国なんでしょうか?』

この記事について、コメントいただいたこてくんさんは、
『オフレコは容認できないし、それ以前に書かない会社が終わっているのに・・・・・。』
と同意してくれています。
多分、大多数の方はそう思っているのではないかと思います。

もうひとつコメントをいただきました。

じいさん(?)という方からです。遅くなりましたが、ありがとうございます。
初めての方でしょうか?ずっと見ていただいてる方でしょうか?

いろいろ考えさせられたので再度ここに紹介させてもらいます。
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 オフレコ発言の真意は、あそこに同席していた普通の感覚をもっている取材陣なら、悪意あってのことではないと理解できていたはずです。だから報道しなかったと見る方が常識的な見方です。東北放送は子供じみたミステイクをしたと思っています。彼らが編集した切り貼りの映像ではなく、あの席で交わされた全てのコトバ。また震災以降に開かれている松本大臣の記者会見や知事側が進めている特区の問題点を理解していれば、騒ぐべき性質のものではない「蛇足」だと判断する方が常識的なスタンスです。第一、オフレコ発言よりだいぶ前に、ここからはマスコミは退室してください、という場面にさしかかったにもかかわらず、いやいやこのまま取材してもいいよ、とオッケーを出して取材を続行させてくれたのは、大臣その人なんです。

 あのオフレコうんぬんは村井知事が叱責されている様子を映してしまうと知事のイメージが悪くなるからという、ただそれだけのことから出たコトバでした。脅迫的表現も、ある種の「お遊び」です。この後の騒動の中、したり顔のテレビコメンテーターや司会者などは、知事が遅れて入って来たのはマナー違反ではないというもっともらしい意見を言っていましたが、あれは間違いです。通常とおりの正しい姿勢より、重大事における自分の気持ちを見せる方が、あの場面では大切だったんです。ケースバイケース、何を優先させるのか。それが外交センスなんです。知事も痛い思いをして勉強をしたのでしょう。後任の平野大臣が1週間後に、それも遅刻して来た時は、カタチ通りの「マナー」などを重視せず、自ら出迎えていました。恩師にいわれたか、親父さんに叱られたか。忘れていた大切なことに気付いたのではないでしょうか。

 あの時の本当のミステイク。実は村井知事がしてしまったのであり、情況を冷静に判断できなかった東北放送だったのだと感じています。もちろん、あれはジャーナリズムでもなんでもなく、ただの週刊誌的ゴシップをお茶の間に提供しただけです。あのフライデーのような市民ウケする安直な映像により特区構想の不備というジャーナリズムが伝えるべき本質が隠されてしまいました。
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このコメント、このように論理的に説明されてしまうと、とてもわかりやすいし、ああ、そうなのか、実はそういうことだったのか、と納得してしまいます。

大臣は親分肌だけど、本当は優しい人で、知事のことを思っての言動だ、そういう空気も読めない知事の方が問題だ、などという話もネット上ではいくつか目にしていました。

しかし、(統計を取ったわけではないからよくわからないけど)大部分の人には上記のようなことが伝わってはおらず、僕が上記2つの記事で書いたような理解しかしてないと思われます。

もし、じいさんのご指摘が事実であるなら、取材したメディアはなぜそのように伝えてくれなかったのでしょうか。
東北放送が安直な報道の仕方をしたのであれば、他のメディアは、そうではなく、事実はこういうことだ、となぜ言わないのでしょうか?
誰が悪いということではなく、大人だから冷静に騒がず、ということでなく、うまく誤解を与えないようにうまく説明してほしかったです。

我々の捉え方が、いわゆる子供じみていて馬鹿げたものであるのなら、なおさらメディアはことの本質や大人の判断を伝えてくれてもいいのではと思ってしまいます。
そこにメディアの価値があるでしょうし、そういう報道をすることこそメディアの役割ではないかと思うのです。

《震災以降に開かれている松本大臣の記者会見や知事側が進めている特区の問題点を理解していれば、騒ぐべき性質のものではない「蛇足」だと判断する方が常識的なスタンスです。》

大人のメディアの常識としてはそうなのかもしれませんが、我々は(僕だけかな?)騒ぐべき性質かどうかも何もわかりません。
想定外とはいえ、あれだけ騒ぎになったのだから、ことの本質はこうでした、だから騒ぎませんでした、と言ってほしかったです。

じいさん、すみません。
ここで反論しようなどというつもりは毛頭なく、あの事件(?)に対する僕の理解は前回の記事に書いたことなので、そうではない事実があればぜひ知りたいなあ、というのが本音です。
そして、そういう知りたい(裏の)(本質の)事実がもしあるのであれば、ぜひ伝えてほしかったと思うわけです。

そんなこと、たいした問題じゃないのでバリューがない、伝える意味はない、テレビ局としてメリットがない、ということになると、これは、テレビの公共性の問題になってきます。

このことについて書かれているブログをご紹介します。
テレビ局は営利企業か、それとも公共性があるのか

難しいですね。公共性ということ。
いろんな人がいていろんな意見があるので、今回の原発保障問題とか、義捐金の分け方とか、公共性に基づき、できる限り公平に、というのは簡単だけど、実際にやるとなるととてつもなく難しいので、何かしらの考え方、指標を設定してそれに沿ってやるしかない。

この問題を知りたがってる人が何%いるか、バラエティを見たがってる人が何%いるか、すべてがデータや多数決で決めればいいというわけでもないし、そんなこともいちいちできやしない。

松本元大臣は今頃どうしていて、あのことをどう思っているのでしょうか?

もし今、このことを白日の下に晒すことがいろいろまずいことがあるのであれば、少し時間経ってからでもいいので、あの時の言動の真意や事実を知りたいと思っています。
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工事中の幸せ

2011年08月06日 01時04分48秒 | 日記とニュース
ここ数日、なんとなく機嫌がいい。

その理由はこんなこと。

最近、家から駅までの道の途中で工事をしてる。

そこに気のよさそうなメガネの​おじさんのガードマンがいつも立っている。

この炎天下、長袖長ズボンにヘルメットの重装備。

暑いだろうなあ、ずっとここで立っているのって大変だろうなあといつも思う。

近づいていくにつれて、目線がこっちに向いてくる。

そして、毎日必ずこぼれるような笑顔で、大きな声で、挨拶してくれる。

『おはようございます。』
『おはようございます。』
『いってらっしゃい。』
『ありがとうございます。』

これだけのコミュニケーション。

でもすごくさわやかなひととき。

なんてうれしそうな笑顔で、心のこもった挨拶をするんだ。

こっちもあまりにも気持ちよくて、満面の笑顔で挨拶やお礼を返す。

ここのところそんな朝から始まる生活はなんだか一日中心地いい。

心があったかいまんまで一日が過ぎる。

こんなとっても幸せな日々。

人生なんてそんなもんだよなあ。

おじさん、ありがと。
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羽生さんイベント@アップルストア

2011年08月03日 22時43分57秒 | 将棋
すみません、ずいぶん経ってしまいました。
たいがーさんにまで先を越された・・・。

先日のアップルストア銀座で羽生二冠出演イベントに行ってきました。

早めに行き、最前列に陣取り、最初からしっかり細かくメモ+写真撮影に励んでいたのだけど、途中でtwitterを覗いたらびっくり。
okadaicさんのあまりに的確で詳しい内容のtweet、そして雨続さんの素晴らしい写真の数々を見て、これは投了、と悟って作業中止しました。

隣では我らがtwitter支部長のおさまこさん
完璧取材モードに入ってます。

下記、ご覧ください。
恐れ入谷の鬼子母神。(古っ!)
万全。完璧。寸分の漏れもなく完全試合です。
行ってなくても、行った人よりもその場の状況や会話が逐一わかる支部長入魂の記事をご覧あれ。(もうとっくのとうに見てるって?そうか。そうでしょうね。すみません。
教えて、羽生先生!iPhone/iPadで楽しむ将棋の色々part1
part2
part3
part4
part5
part6
part7
part8<完>

そしてこちらが関連tweetのまとめ。
2011/07/16 羽生先生がアップルストアに登場 #将棋 #shogi

その他の方々もそれぞれ個性溢れるレポートをアップされてますのでこちらもお楽しみください。
北アルプスの少女の将棋漬け
まるじんクラブ
不器用な・・・ブログ・・・にゃんっ(将棋編)
男44才経営コンサルティング会社社長の感動備忘録/有限会社キャタリスト軟式HP
アイデス山口 将棋を学ぶ”成長力”ブログ「下手の中飛車→風見鶏β」

ということでイベント内容のレポートはあきらめて、個人的な感想とか印象を書くことにします。

この日撮った写真は(いつものカメラが壊れて修理中ということで)、昔の小さく低機能のものだから、全然だめ。
いや、ぼけてるけどおわかりのように、この日の羽生さんはよく笑いました。

本当に楽しそうに、無邪気で、屈託のない笑顔の連発。

数々のイベントに参加されてるので、イベント慣れしている羽生さん。
会場の雰囲気ということもあったのでしょう、そしてテーマということもあったのだとは思うけど、この日はとってもリラックスしていたように思います。
どっしり構えて、さあ、自分を好きなように料理してください、と身を預ける。
司会の遠山編集長の質問や構成の流れに乗りつつ、ちゃんと会場の雰囲気を読み取りつつ、自分からうまーくおいしく料理されるようにしてくれてる。
司会に突っ込みを入れるなど、素の羽生さんっぽい、場内爆笑の一手も指す。

相手の手に乗って、自然の流れの中で、自分のペースを作る。
これぞ、羽生さんの将棋ですね。

で、当然羽生さんは皆の期待通り、主役をしっかりと演じ切るわけだけど、このイベント全体を通して僕が強く感じたのは、遠山五段の企画構成力、プロデュース力、プレゼン力です。
さすが編集長。
その力量に感心、感嘆しました。

将棋の置かれてる現状分析。
指す将棋ファンと観る将棋ファン、それぞれの課題。
今回のipadやiphoneアプリでの楽しみ方。
わかりやすくロジカルな展開。

羽生さんという棋界だけでなく、広く一般社会にも通用する生の素材を、「ipad」、「iphone」、「i羽生将棋」と絡ませてどう料理していくのか?
その縦糸と横糸をどう編み上げていくのか?

スティーブ・ジョブズが言いました。
「イノベーションとは組み合わせる力。」

遠山編集長のフォロー記事、「アップルストアイベント来場御礼」でこう書かれてます。
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最初はいつもと全然違う環境で、下見をしていたとはいえ、かなり緊張しました。
それでも途中からは普段通りに出来、皆さんに楽しんでいただけるものになっていたのではと自負しています。
関係各位の事前の準備が素晴らしかったのがその要因だと思います。

今回は外部の方々と一緒にイベントを作り上げていきました。
いつもと全然勝手が違いましたが、なんとかイベントを成功させたい一心で頑張ってきました。
皆さんの様々な知識をいただき、刺激になることがたくさんあり、準備期間は忙しくも楽しい時間に。これからも一緒に仕事が出来たら嬉しいです。
打ち上げも楽しみにしています、と私信を書いておきます笑
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準備もかなり大変だったことと思います。
いろいろ悩みつつ、試行錯誤で構成を練り、パワポの資料を作り、外部の方々とディスカッションしつつ、完成させていったのだと思うけど、こういう経験や水面下の苦労は本当に貴重だと思います。

モバイル編集長が、見事に将棋のイベントを編集しました。
そして、「将棋」というコンテンツをわかりやすい切り口で編集しました。

喉が渇いてペットボトルの水を飲みたかったけど、自分でキャップを取る暇もないほど、企画構成、ナビゲーター、コーディネーター、オペレーター、と、八面六臂の大活躍の遠山編集長、本当にお疲れ様でした。

最高に充実した時間だったでしょうし、イベントも大成功だったので、企画運営に携わったメンバーとの打ち上げはどれだけ密度が濃かったことか、想像に難くありません。

遠山五段は、モバイル編集長就任、そして結婚、と、ほぼ時を同じくして、王位戦リーグ入りをはじめ最近はかなり目立った活躍をしています。

今までのこのブログでの遠山五段関連記事です。
親愛なるファニースペース様
遠山四段の名人戦解説
遠山雄亮論
遠山四段観戦記

遠山五段の才能や魅力についてはこれまでもいろいろ書いたのだけど、今回改めて「逞しさ」「一皮剥けた感」を感じた次第です。

さて、このイベントを通して感じたことをもうひとつ。

ますます将棋の広がり、可能性というのを感じました。

梅田望夫さん岡田育子さんのお陰で確立された「観る将棋ファン」のポジション。
シリコンバレーから将棋を観る
将棋を観る楽しみ
動画も含むネット中継、モバイル中継、そして関係者のいろいろな努力やtwitterなどソーシャルメディアの進化も手伝ってあれからずいぶん観る楽しみが定着し、充実してきています。

将棋の奥深さや、伝統文化の重み、勝負の醍醐味、棋士の人間的魅力も含め、さらにカジュアルに楽しめる環境になってきています。
ipadなど、将棋を楽しむデバイスもどんどん増え、将棋の魅力がより伝わりやすくなってきています。

羽生さんは、学者や作家や科学者やいろんな外の世界の人たちと交流しています。
いろんな異文化体験を経て、ものの見方や捉え方がどんどん進化する。
そして、より客観的俯瞰的な見方ができるようになり、それが恐らく将棋にも反映しているはず。
また、将棋をいろんな角度から見つめることができることが、よりファンの目線にも立てることにもつながる。
羽生さんの偉大さを見れば、どれだけ外部世界との交流が価値あることなのかが推測される。

今回の遠山編集長のように、外部の方々と一緒にイベントを企画運営したことで、得たものはかなり大きいのではないかと思いますし、他の棋士や関係者の方々ももっともっと外部との接点を広げていってほしいと思います。

庶民の娯楽として、子供の集中力を養うツールとして、また、スポーツ観戦と同じような楽しみとして、将棋はもっともっと自然に我々の生活の中に溶け込んでいけるはず、染み込んでいけるはずだと思います。
ipadやiphoneがどんどん広がっていってるように、将棋が広く一般社会に根付いていける可能性を強く感じたイベントでした。

羽生さん、遠山さん、関係者の皆様、本当にありがとうございました。
また企画してくださいね。
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“線路内人立ち入り”が教えてくれること

2011年08月01日 14時04分52秒 | 「線路内人立ち入り」研究
久々の線路内人立ち入り研究ネタです。

季節が変わろうと、地震があろうと、菅さんが辞めなかろうと、毎日本当によくあります。
線路内に人が立ち入り続けるわが国、日本。

googleアラートを設定してるので、線路内に人が立ち入った報告がある度にメールが来るのだけど、毎日いろんなところでいろんな状況でいろんな人が立ち入ってるようです。

『山手線を利用しておりますが、週に二度三度は「線路内に 人が立ち入った為…」と言う理由で電車が遅れます。人が立ち入るって…具体的にどの様な 事なのでしょうか?実際に人が立ち入る場面なんてみた事ありません。』

『通勤中毎日のようにある 線路内に人立ち入り ってなにをどうすれば立ち入っているのですか?毎日毎日。。。。 』

『今週、やたら線路内人立ち入りが多いのですが。あれですか、誰かの陰謀ですか。
日本線路立ち入り連盟とかあって、線路に立ち入り、電車を遅らせる活動でも行っているんですか?おかげで今日も帰りが遅くなったぞ、バカヤロー。』

『新宿駅で痴漢発生で逃亡! 線路内人立ち入りで運転見合わせ。車掌のアナウンス 「 線路内に人が立ち入り、池袋方面に逃走しております!捕まえるまで運転できません!」その後「線路内捜索しましたが見つけることができなかったので出・発・し・ま・す! ...』

『新宿駅なうw 線路内人立ち入りで運転見合わせ( ;´Д`) 車掌さんのアナウンス 線路内に人が立ち入り、池袋方面に逃走しております!捕まえるまで運転できません! 乗客みんな爆笑なうwww』

そして、ユーチューブでもたくさんの動画が。

線路内に人が立ち入ったため・・・

電車を停めた男

線路内は憂さ晴らしの場ではありません

電車を停めた男

線路内立入 DQNに注意する運転士

こんなに急いでいるのに、大切な仕事があるのに、
こんな時に限って、何なんだよ。
何、立ち入ってんだよ。
なんだ?痴漢かよ!
ふざけんじゃねえ。

なぜ、こんなに線路内に人が立ち入るのでしょうか。
それによって電車が遅れて、そういうアナウンス聞いて、またかよ、なんだよ、それ!って皆がイライラし続ける現状。

果たしてこのことは何なのか。
このことが我々に教えてくれていること、示してくれていることは何なのか?

それは、 文明信仰への疑念。

こんなに便利な生活って、当たり前なんだろうか。
我々は本当に幸せなのだろうか?

ちゃんといつでも2、3分おきに、間違いなく来る電車。
電車は時間通りに来るなんて、これは世界でも日本だけのイレギュラーな、異常なこと。

そもそもこの国は、地震もあり、津波もあり、火山もあり、台風も来るし、集中豪雨もある。
これだけ自然の猛威にさらされて、昔から定期的に大災害もあり、いつどうなっても不思議ではない基盤の上に生活している我々。
脆い、危うい、儚い、幻想の上の生活だ。

いつの頃からか、この暮らしが、安全、安泰、と信じて疑ってない我々。
いかに危ういことなのか、をすっかり忘れている。

線路内人立ち入り現象は、そのことを我々に教えてくれている。

我々小さな人間の力ではどうしようもない地震や台風と、同じように、線路内人立ち入りも防ぎきれない。

地震は起こるもの。台風は来るもの。線路内に人は立ち入るもの。電車は遅れるもの。

311が我々に教えてくれたことは大きい。

イザヤ・ベンダサンの名言にこういうのがあった。
「日本人は安全と水は無料だと思っている。」

我々はそういう日本に暮らしている。

電車なんてそういつも正確に運行するなんて思っちゃいけないよ。
常に遅れることを想定して行動しないと。
一分一秒を争ってギリギリであくせく先を争うような生活はもう止めたほうがいい。

“線路内人立ち入り”が我々現代人にもたらしてくれているものは計り知れないほど大きい。
単にあれは痴漢の隠語だなどと、容易に納得して済ませてしまうのではなく、あの現象が現代社会に於いて持つ意味合いを皆でもっと深く考えないといけない。
そして、日々の暮らし、価値観、生き方について、反省したり、見直したりしないといけない。

一極集中の是非。
都会の大きさの是非。
東北の復興について、脱原発について、日本の未来について。
高度成長の幻影をこのままいつまでも引きずって行くのか。

我々に絶えず危険信号を発し続け、警鐘を鳴らし続けている“線路内人立ち入り”現象。

ますますこの研究の意義は大きい。
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