即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

玲瓏な散歩と「直観力」

2012年10月28日 18時56分33秒 | 将棋
先日、《玲瓏な散歩》という記事を書きました。
王座戦第二局の対局前日、偶然羽生さんとばったり会った時の話です。
この写真、かなりの反響でした。

神々しいイメージ、と言っていただいた方が多かったです。
モデルがいいのか、カメラマンがいいのか?(笑)

さて、久々に羽生さんの新著「直感力」が出たので早速読みました。

直感力 (PHP新書)
クリエーター情報なし
PHP研究所

この本を読むと、上のあの写真からより多くのものを感じることができました。
より深いものを受け取ることができました。

一部引用させてもらいます。
-----------------------------------------------
地方に行ったときも、歩く。ちょっと時間があれば、できるだけ歩いてみる。どこをどれだけ、と最初から決めているわけではなく、せっかく行った場所なのだから、どんなところなのか少しは見て回りたいと行った程度のことだ。対局場の周りを二、三十分くらいだろうか。

   <中略>

気分転換にもなるし、そうした時間を持つことによって考えがまとまったりすることもある。何も考えていないことも多いが・・・・。

   <中略>
 
日常の生活では努めて空白の時間をつくる。散歩も、深い集中に備えたウォーミングアップのときであるようにする。

   <中略>

気が向いたら歩く。歩くことや気分転換のときを、義務だと考えてしまうと、逆にそこに囚われてしまう。それでは意味がないのだ。その時間はあくまでも頭の中に解放された部分としての空間をつくるための時間であり、行動でなければならない。
-------------------------------------------(引用ここまで。)

今回だけでなく、羽生さん、どこに対局に行っても、時間があればこうやって散歩されるんですね。
そして、そのことが羽生さんにとっては貴重なひとときだ、ということです。

気分転換、頭の整理、これからの集中のためのウォーミングアップ。

そんな大事な意味を持つ重要な時間を邪魔したことになってなかったのか、いささか不安になりました。

さらに別の部分を引用させてもらいます。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
自分が想定した、その通りでは面白くない。自分自身、思うとおりにならないのが理想だ。
計画通りだとか、自分の構想通りだとか、ビジョン通りだとかいうことよりも、それを超えた意外性だとか偶然性、アクシデント、そういうあれこれの混濁したものを、併せ呑みながらてくてく歩んでいくのが一番いいかたちなのではないかと思っている。
変わっていく、変化し続ける自分を、納得しながら楽しむ。
そうした自分から、その時々に浮かび上がってくるものを楽しみながら進んでいくことをできる限り続けたいと思っている。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++(引用ここまで)

「計画通りに行くよりも、意外性、偶然性を併せ呑みながらてくてく歩んでいくのが一番いい形だ。」と言っている。
偶然僕と会ってしばしおしゃべりさせていただいたことも、結果的にはよかった、と言ってくれています。そう解釈できます。

僕の中では、対局までの大事な時間を邪魔しちゃったかな、話しかけたりして悪かったかな、という不安もあったのだけど、羽生さんはこうやって考える人なんですね。
その時々の偶然起きたことも楽しんでいるし、そのことをプラスにし、自分の力にしていくということなのでしょう。よかったです。

さて、この羽生さんの本。
今まで羽生さんの書かれた本については技術本以外はほとんど読んでいるし、大部分は記事にしてきたのだけど、今回の印象は、ますます本音で、自然体で書かれている、ということです。
企業秘密的なこととか、あまりいろんなことを気にせず、素の自分をむきだしにして、さらけ出している感があります。
自分はこんな人間で、こんな弱い部分もあり、こんなダメなところもある。
だけど、こういうことに留意して、こういう風に考えてやっている、と、謙虚に、素直に、自然な語り口で自分を表現しているように思います。

参考:昨年の著作についての記事
羽生さんの新著「大局観」
40歳からの名人戦

共感した部分、印象に残った部分はいくつもありました。
見切ることの大切さ。
自分自身の価値観を持つこと。
成り行きを受け入れ、自然の流れに乗ること。
転機とは天気のようなもの。
インプットと同様、アウトプットを意識的に増やすこと。
自分の得意な形に逃げないこと。
蓄積したものをいったんゼロにした方が何かが生まれやすい。
答えがわからない場面が一番面白い。

この「直観力」というテーマについては、以前たいがーさんと一緒に行った羽生さんの講演会のことを思い出しました。

その記事はこちらです。
羽生名人講演会
その2
その3

羽生さんは、この本でこう書かれています。

「今までになかった新しい試み、それを試して、より美しい将棋を目指したい。」

既存のものに頼ることはせず、新しい可能性を信じ、常に何かを求めていく姿勢が他の人と大きく違う。
光があたってなかったところに光を当てる。
今までに多くの人が踏み固めてきた安全で歩きやすい道でなく、誰も足を踏み入れたことのない道に、果敢に、勇気を持って足を踏み入れる。
偶然を楽しみつつ、また変化し続ける自分を受け入れつつ、自然体で歩んでいく。
升田九段のように新たなアイディアを常に追い求め、必死で追いかけ続けているのだけど、どこかにあの散歩の写真のイメージの羽生さんがいる。

けものみちにどんどん踏み込んでいくことは困難に立ち向かっていくこと。
困難や逆境や修羅場を経験することは、結果的に自分の可能性を引き出してくれるすばらしい機会。
どれだけ経験しているかが人間をより大きくし、より深いものにする。
それが直感力を育てる元になる。

40歳を過ぎても、羽生さんはどんどん進んでいく。
羽生さんならではの歩き方で、光を浴び、淡々とゆったりと進んでいく。
ますます充実し、輝いていく羽生さんのこれからの道を、一ファンとして心から楽しみにしています。
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スポーツクラブでのできごと

2012年10月23日 19時48分33秒 | 健康
スポーツクラブでの話。
酒ばかり飲んで乱れた生活してると思われてる節もあるとは思うけど、その実、週に2,3回はスポーツクラブに通って汗流している。
病気はいやだし、メタボは避けたいし、デブな自分は想像したくない。

ということでどれだけ効果があるかは別にして、結構がんばってるつもりです。

いつも大体エアロバイクとトレッドミルは必ずやるんだけど、最初にマシーンに性別、年齢、体重を入力しないといけない。
ま、全然適当でいいんだけどね。

先日、年齢を50って入れたつもりだったけど、もしかして500って二度押ししちゃったかなと思ったけど、そんなのどうでもいいやと思って始めた。
次第に汗をかいてきて、バーを握って脈拍を確認しようと思ったら、
前の画面に大きく、
『危険!!!脈拍数が高すぎます。すぐに中止してください。』
と真っ赤な表示で出た。
緊急な感じのサイレンみたいな音も出てる。

あっ、オレやばいかも、と一瞬思ったけど、よく考えたら脈拍100くらいだし、なんてことない。

そこではたと気づいた。
500歳の人だったら、そうだよな、確かに危険だ、と。
機械はちゃんと年齢や体重で判断するってことなんだ、と事態の成り行きを悟った。
まわりに気づかれてないかと思い、ちょっと恥ずかしかった。

そんなことがあったわけだけど、そんなことがありました、なんてことでは終わりにはしない。
好奇心、探究心が売りの自分としてはいろいろ検証してみた次第です。

年齢と体重は三桁の入力ができます。
つまり、999歳、999kgまで入力可能なわけです。

1)まずは体重を検証。
とりあえず年齢60歳、体重900kgと入れてやってみた。
これは脈拍が高くなっても全然反応しなかった。
体重を300kgに落としてみた。
変化なし。
100kgでもやった。
結局その度に脈拍上げて行ったけどお咎めなし。

検証結果:
デブは激しい運動してもかまわない。

2)次は年齢。
2-1)100歳でやってみた。
脈拍100を超えたところですぐに危険!となりおしまい。
2-2)では、90歳は?
脈拍110でアウト。
2-3)80歳でやったら120でアウト。
2-4)70歳では125。
2-5)65歳では130。
65歳だと脈拍130になると危険信号になるわけですね。
そこまで脈拍上げたら危険ですよ、ということ。

ちゃんと年齢高くなるにしたがって、危険レベルがスライドしてるということです。
年齢に応じて脈拍が一定レベルまで高くならないよう注意しましょう。

大手スポーツクラブの最新鋭のマシーンがこう物語ってます。

それにしてもオレ、何やってんだか。
だって検証のためになかなかならない脈拍130まで必死でやったんだから。
そこまで必死に何度も脈拍上げて、何回危険画面+サイレンを体験したことか。
その度に周りの視線を気にしつつ、冷や冷やもの。
スタッフが走り寄って来て、「何やってんですか!?」って注意されないかずっと心配だった。

ま、結局は汗もたくさんかいてトレーニングできたし、いろいろわかったので心からすっきりしました。(わかったからなんだつーの!?)
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玲瓏な散歩

2012年10月17日 19時19分48秒 | 将棋
もう竜王戦も始まってしまって機を逸した感はありますが、つい先日終わった王座戦の話です。

昨年の悔しいリベンジを果たすべく、羽生二冠が挑戦者に名乗りを上げました。
そして行われた第60期王座戦五番勝負。
つい先日の第四局、千日手指し直しの末、深夜二時までの激闘を制し、羽生二冠が3勝1敗でタイトルを奪取しました。
これで三冠、そして通算20期目の王座獲得となり、同一タイトル獲得記録で歴代1位の大山十五世名人に並んだということです。
羽生さん、本当におめでとうございました

先日、羽生世代の時代という記事を書きましたが、これで羽生世代のタイトルは6冠になり、さらに強力な世代力、アラフォーパワーを発揮しそうな展開になりました。

この王座戦、棋界を代表するこの二人の対戦、今後の棋界勢力図を占う重要な一戦ということで僕も含めて全国の将棋ファンはかなりの盛り上がりを見せました。

関連ブログを紹介させてもらいます。

棋界ブログの巨匠、shogitygooさんはこの王座戦についても毎局相変わらず素晴らしい記事を連発しています。
(王座戦だけでもたくさんありすぎて載せきれないです。)

羽生ファンの英さんは、やったぁ!王座復位、王座戦第4局の二つの記事。

渡辺ファンのssayさんの記事は第60期王座戦五番勝負第4局千日手指し直し局は羽生二冠が勝ち、王座に復位

このssayさんの記事を一部紹介させてもらいます。
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今回の五番勝負、ターニングポイントは第2局だったような気がする。
あそこでもし、あきら竜王が勝っていたら、羽生三冠に苦手意識が刷り込まれていた可能性はあったと思う。
苦手意識と言っても、そんなに意識的なものではなく、無意識のうちに何となく嫌に感じる程度のものであろうが。
だって、「将棋力」では、羽生三冠の方が明らかに上だもの。

あの勝負、外野が言うほど、あきら竜王が勝ちやすい将棋だったとは思えない。
(控え室の検討の先生方、偉そうに申し訳ございません。)
と言いますか、究極のオールラウンダーですよね、しかし。
模様として、居飛車穴熊の方が勝ちやすいというのは定説だし、そりゃそうだろう。
しかし、イビ穴の急所を知り尽くしているというような攻略法。
イビ穴に対して、あれだけ見事な指し回しの出来る振り飛車党の人もいないでしょう。
それが、珍しくというか久しぶりに飛車を振ったと思ったら、あの指し回しですもの。
あれ、将棋連盟のどの棋士が居飛車側を持っても、負けますよ。
更にショックだったのが、序盤作戦に角交換振り飛車を持ってきたこと。
ぼくが述べるまでもなく、おそらく藤井九段との王位戦で、手応えというか可能性を感じたのでしょう。
なんという、なんというお方でしょう。

この第2局以降、一気に流れは羽生二冠へ。
そしてたった1期で王座に復位。
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内容的に第2局がターニングポイントだったというssayさんの主張、完全同意します。
第一局の展開を見ていて、羽生さんにとっては、どうもこれは厳しいかな、やはり他の棋士はともかく、渡辺竜王だけは一筋縄ではいかないのかな、という印象でした。

実は王座戦第二局の対局前日、たまたま横浜に行っていました。



対局のあった横浜ロイヤルパークホテルのすぐそば、横浜美術館です。
ご覧の通り、多少暑かったものの最高の天気です。




妻が前から行きたいと言っていたので、奈良美智展を二人で見に行きました。
 
そして見終わって美術館からランドマークの方に向かってぶらぶら戻ろうとした時、向こうから見たことある人が歩いてきました。


目を疑いましたが、そういえばここに現れても不思議ではない、ということはこれは真実であり夢ではない、と思い返しました。

羽生さんが一人でこちらに向かって歩いてきていたのです。
半袖白ワイシャツにノーネクタイ、そして、手ぶらです。

えっ。マジ?
とっさに、さあ、次の一手は?と自分に問いかけましたが、これはもうノータイムでこの一手。

『あっ、羽生さん。』と話しかけてしまいました。

就位式その他で一度ならずお話させてもらったことはあると言えばある。
が、覚えてくれていようがいまいがこの際どっちでもいい。

しばしお話させてもらいました。
ちょうど検分前の空き時間だったらしく、横浜は久しぶりだったのでちょっと散歩に、ということで。

なんという偶然。
タイトル戦対局前日、ホテルにチェックインした後、緊張感が高まる環境で直接サシでお話しできるとは・・・。
こんな夢のようなことってあるんでしょうか。

明日、がんばってください!と力強く目をしっかり見つつ伝えて別れた後、歩き始めてから、あっ、写真撮ればよかった、と思ったけど今さらまた戻るわけにもいかない。
ってことで、振り返って撮った写真がこれ。

ゆったりと、ゆうゆうと、淡々と、明るい日差しを浴びながら、ほんのひとときの自由を楽しんでいる羽生さんです。



明るい日差しを、海からの風を、周りを歩いている人たちや風景を眺めながらゆったり自然体で楽しんでいる。

みなとみらいの澄んだ空気感をゆっくり味わっている。

ほんの短時間の充実したひとときなのだけど、それを気持ちの中にしっかり取り込んで、自分のエネルギーにしている。
そんな感じがしました。

“玲瓏”という言葉がぴったりの姿。

神々しい感じさえしました。

実はその時妻も一緒にいたのですけど、僕よりほんのちょっと前を歩いていました。
興奮しつつ、『つい、今、羽生さんと会っちゃったよ。』と言ったら、『えー、ずるい、私も会いたかったのに!何で呼んでくれなかったの?あなたが離れて歩いてるからいけないんでしょ!こんなチャンスはもう一生ないじゃない!』と責められる責められる。

ま、家庭内のことはともかく、僕にとって一生忘れられない写真、そして思い出になりました。

そして、このロイヤルパークホテルで行われた王座戦第二局。
翌日の対局ではどれだけ必死で応援したことか。
渡辺王座がしっかり穴熊に囲って態勢を整えつつあるのに一人千日手を繰り返している羽生さんを見て、これで大丈夫なのかな、とわからないながらも心配し、こんな応援したことないくらい祈るように精一杯の念を送り続けました。

対局前に気持ちを落ち着けるために散歩に出たら、能天気なオヤジファンに話しかけられて、そのために対局も調子が狂った、なんてことになったら大変ですもの。(そんなことないか?!)

で、これが効いたんですね。間違いないです。
この第二局勝利がターニングポイントになり見事王座復位を果たした。
めでたくも間違いなく僕が勝利の女神なわけです。

はい、言い過ぎかつ勘違いなことは重々承知なのですが、そう思いたいんです。
そう思ったら自分がハッピーです。
誰も人に迷惑かけてないし。
自分さえよければいいんです。(笑)

ということでこの光の中に天から舞い降りたかのような写真。
すごく気に入ってます。

最近知ったのだけど、《神瞰》って言葉があります。
大局的な観点の《鳥瞰》と小局的な観点の《虫瞰》だけでなく、同じ平面上では解決がつかない虚空の彼方から見下ろしてみる視点のことで、要は状況によって視点を自由に動かして見られることです。

ここにきてまた強くなった感のある羽生さんの大局観は、単に上空から全体を見渡せるという領域を超えて、神瞰的になっているのではないかと思えます。

見事王座復位で三冠になった羽生さん。
王将戦、棋王戦、名人戦と続くこれからの道も、この散歩のような雰囲気で、自由に、ゆったりと、澄み切った気持ちで、楽しみながら淡々と勝ち抜いていくのではないかと期待しています。
コメント (7)
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座って見たい権利・その2

2012年10月14日 22時29分35秒 | 日記とニュース
座って見たい権利という記事を書きました。
下記のように5人の方から貴重なご意見や体験談をいただきました。ありがとうございました。
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ええと fromぐーちゃん

自分の行くコンサートは20年以上前の洋楽なので、立ち上がる人多数で(疲れるから座ってたいけど)、郷に入っては郷に従えです。

わかります fromしらかばさん

「座って見たい権利」すごくわかります。
スタンディングの会場じゃない限り、座ってゆっくり見たい場合が多いです。
でも周囲が立ち上がるのは仕方無いと思うし、ミュージシャンもその方が嬉しいと思うので、座ってる自分が悪いとも思っています。
しかし目の前の空いている空間に来られて視界を遮られたら、後はコンサートを楽しむ気持ちではいられないですよね…

微妙な問題 from英さん

微妙な問題ですね。

 映画館やクラッシック音楽の場合、視聴態度がほぼ全員一致するので分かりやすいのですが、コンサートの場合は微妙ですね。「座って観たい(聴きたい)」「ノリノリで楽しみたい」という両方の気持ち、どちらも否定できません。

 私は両方の立場に立ったことがあります。郷ひろみのコンサートです。(詳しくはここここ
 妻がファンなので、何度も観にいっています。
 で、最初の時は、「座って観たい派」だったので、終始座っていましたが、ハードな局の時は、妻も含めて周りが立つのでステージは全く観えません。やはり、もちろん声はよく聞こえるので、音楽鑑賞という点では支障はありませんが、やはり歌う姿が見えないと、乗れません。
 でも、それより、周囲がすべて立っているのに、自分だけが座っているのは、周囲の者にとっては興ざめなのではないかと思い、それがプレッシャーとなって非常に居心地が悪かったです。

 そんな経験をしたので、その後は、場の雰囲気に合わせて立って観ることにしています。実感は、その方がステージも見えるし楽しめますね。座っている人もチラホラ見かけますが、興ざめとは感じませんでした。

 で、今年も観にいったのですが、この時、妻の後ろの席の人が、立っていた妻に「座ってくれ」と言いました。もっともな権利でそれは否定できないので、我々は座ってみました。ただ、妻は大きく気分が削がれたようです。 その後、悪いと思ったのか「立ってもいいですよ」と言ってくれたそうですが、妻も意地になって座っていましたが、ラスト間近では会場全体が盛り上がっていたので、立って観ても許されるであろうとノリノリになっていました。

 一般的にはどうなんでしょうね。郷ひろみのコンサートに行く場合、楽曲を聞くというの大きな目的なのですが、楽曲を聴いて盛り上がることが一番の目的(価値)なので、それを踏まえてチケットを購入するのが自明の常識(ルール)だと思うべきではないでしょうか。
 これをチケットやパンフレットに明記するのは、野暮で興ざめです。

 体験としては、郷ひろみの場合、バラードもあるのでその時は皆さん静かに聴き入っています。で、ハードナンバーの時は、一緒に立って観たほうが乗れますし楽しいです。

『死角席』ですね・・・・(とほほっ) fromこてくんさん

う~ん・・・・同じ値段なのが致命的ですねぇ~~~。
『AKB』さんとこでいう『死角席』(普通より安いです)の
ような気が・・・・・。

PS・『甲子園』(高校野球)でも、主要通路後ろの座席で観戦してるとこんな羽目に陥ります。みんないっしょですねっ。(苦笑)

個人的な経験 from沢田樹里さん

私の数少ないコンサートを観た経験から申し上げます。歌い手や曲により異なると思いますが、数年前に日本生命が主催するアリーナでのコンサートで米米クラブ、渡辺美里、コブクロを観た時、確か米米クラブの歌で踊って歌うのがあり、前の席の何名かが立って踊り出し、邪魔だなと感じた経験があります。幸い、コブクロを観たくて行ったので、まあしょうがないかで済みました。曲によってあるコンサートでファンならではのパフォーマンスですね。
手拍子したり、一緒に歌ったりといろんなパターンがあります。
いろいろな歌い手が出るコンサートでは、このような現象が起こりうると思います。
-------------------------------------------------------
で、今まで何も状況わからなかったわけですが、皆さんの体験を聞いてわかったのは、結局ビミョーなんだということですね。
つまり、何の取り決めもなく、アーティストの意向を汲みつつではあるけど、すべて観客に任せっぱなしでほったらかしってことですよね?
うまくまわりと強調して楽しんでくださいね、と。
皆、気を遣ったり、嫌な思いをしたりもするだろうけど、場の雰囲気をうかがいながら大人としてやりくりしてほしいというわけですね。

いや、それはそれで仕方ないのでしょうけど、僕はなんかちょっとすっきりしません。

でもこれでよく問題やもめごとが起きないですね。
起こってるけど水面下で皆が我慢したりして知られてないってことでしょうか?
そのアーティストのファンという前提で、ファンだからアーティストに迷惑かけたくないという気持ちが共有されてるからもめごとにならないで済んでるってことでしょうか?

英さんは野暮だとおっしゃるけど、僕ははっきりしてほしいと思います。

というよりも、最近コンサートに行かない理由のひとつはそのこともあります。
行きたいと思ってるけど、最初から最後まで皆が立ってるんだったらやだなあ、つらいよなあ、じゃ、いっか、という気持ち。
このコンサートはずっと立って見てることが許容されるコンサートであるのかないのかが事前にわかっていた方が、行きたいかどうかの大きな判断材料になる。

この前ブログに書いた神宮の花火大会のコンサートみたいに、見えないからわざわざ係の人を呼びに行って座るように言ってもらう→一度は座るけどまた立つ→また言いに行く、なんてことしたくないですし、それよりも係の人でさえ座ってくれ、と言っても、言うこと聞かない場合は退場してもらう、ってことが強制的にレギュレーション的にできるかが疑問です。
つまり他の観客に迷惑だから座ってほしいと言うのは、お願いなのか、強制力がある指示なのか、どちらなのか。

何でもかんでも法令とかルールとか事前了解事項に従うべき、というのは前にもアンリトゥンルールという記事でも書いたように、基本的には避けたいこと。
観客同士でうまくトラブルが起きないように協力し合うことがベストではあると思う。

しかしながら、足が痛い場合とかも含め、高い金出して買ったチケット握りしめてせっかく行ったコンサートで、ずっと歌手の姿が見えないまま終わりまで座ってることのストレスややるせなさったらない。
分煙じゃないけど、立ってもいい席と座って見られる席を分けるという方法もあるのではと思うし(1階席は立ち見、二階は座って、とか)、立ってもいいという前提のコンサートであれば、一部の席をハンディキャップの人や高齢の人のために設定するのもいいと思う。

さて、皆様、いかがなもんでしょうか?
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座って見たい権利

2012年10月11日 16時20分00秒 | 日記とニュース
神宮外苑花火大会でのことという記事をずいぶん前に書きました。

コンサートを座って見ていたら空いていた前列にこんな一団がどっかからなだれ込んできて、全員立ったまま声を張り上げていたわけですね。


さて、ここで問題提起。
こういうのいいの?
座って見たいのに見えないじゃん。
どうしてくれるわけ?
こっちだって同じ金払って来てるわけさ。(この日のチケットはもらいものだったけど。)
この権利はどうなっちゃうの?
コンサートをちゃんと見たいよ。
歌は聞こえるけど、歌手の顔も踊りも何も見えないってば。

最近、クラシックとジャズくらいしかコンサートには行ってないのでよくわからないのだけど、最近は結構終始立ちっぱなしのコンサートもあるみたいだ。
歌手も観客もノリノリになっちゃって、最後の2,3曲だけ立って盛り上がるってことであればまあ許容範囲なんだけど、最初の一曲目から全員自主的に立ち上がる、立ち上がって叫ばないやつはファンじゃない、こいつわかってない、素人だぜ、みたいなあの雰囲気。

チケットにそういうレギュレーションとか注意事項とか書いてあるの?
事前に何か了解するというワンステップがあるのだろうか。
前が立ってて座ってると全然見えなくても文句は言いません、みたいな。
文句言わない人に限ってご来場ください、みたいな。

いくらアップテンポの曲でもずっと立ちっぱなしのってどうも苦手だし、体力持たないと思うので行ったことないのだけど、これってマジにどうなってるんだろ?
皆が勝手に立ってしまった時、座ってゆっくり見たい人は正当に権利を主張することはできるんだろうか?
歌手が、さあ、みんな立って!と言った場合は?
足がいたいとか、ハンディキャップとか、そういう人はどうすんの?

損害賠償とか、モンスタークレーマーに暴れられても困るから、ちゃんといろいろ法的にはプロテクトしてるんだろうけど、実際どうなってるのかよくわからない。
立って然るべきコンサートとそうではなく文句が言えるコンサートの2種類があるの?
ファンならではの暗黙の了解?というかファン心理?

途中で係員を呼びに行って、前の人が立ってて見えないんだけど座るように言ってくれ、と言ったらどうなるんだろ?
今までにそのことでトラブルになったり、訴訟になったりってことあったんだろうか?
どなたか詳しい人教えてください。

あと、いい悪いとか、権利の問題とは別に、僕がこの世で一番と言っていいほど怖い、というか馴染めない光景はこれ。


全員が立って、同じペンライト持って、曲に合わせて全員が一糸乱れず同じ振りしてエクスタシー状態。完全に行っちゃってるぜ、みんな。
何とも北朝鮮のような感じがする。
寒気がしちゃうし、逃げ出したい。

いくら好きな歌手とか曲でも、こういう状況になったらそれは勘弁。

ということで、業界内ではわかりきったことなのかもしれないけど、この前感じた素朴な疑問について今日は素直に書いてみました。
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沖縄写真集

2012年10月09日 10時15分49秒 | 
前回の沖縄の記事に続いて、台風17号が通り過ぎた後の写真集です。

本場の台風はまるで迫力が違いました。マジでやばいと思った本格派、生まれて初めての大型台風体験でした。
プールもズタズタ。一から掃除です。

大きなガジュマルの木も投了です。

被害は大変だったようだけど、とりあえず耐えて凌いで通り過ぎました。
あとは台風一過。いい天気になりました。









ゆったりしているうちに飛来してきてしまいました。

お影さま、三部作。



結構長いことゆったりさせてもらいました。

ビーチで奥さんが拾ったこんな大きな貝。
すっかり喜んで持って帰ってきたら、なんと生きてました。食えるの、これ?

沖縄はもう何度目かなのだけど、またしても気に入ったこともあり、何とか頑張ってDual Lifeを目指そうとこれから画策していく予定です。
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線路内人立ち入りの質問

2012年10月08日 11時35分23秒 | 「線路内人立ち入り」研究
もうずいぶん経ってしまったけど、恐怖の線路内人立ち入りという記事を書きました。

あれは8月末。
まだ夏も真っ盛りの頃。
線路内に人が立ち入ったことに端を発し、酔っぱらって乗った電車が止まり、電気が消え、エアコンが切れるという事態に陥りました。
これにはさすがの僕もビックリ仰天、暗くて暑くてもうちょっとでこれはやばいというパニック寸前、投了直前の状況に追い込まれました。

線路内人立ち入りについては日々研究を怠らないようにしているので、早速JRにメールで下記のような質問をしました。
-----------------------------------------------------
8月30日夜11時半頃総武線下りに乗っていた時、平井駅近くで線路内人立ち 入りとのことで電車が止まりました。そしてしばらくして、停まってる位置が河川とどうのとかで、電気が消えました。同時に空調も切れました。電気だけでも 不安なのに、もわーっと熱気が立ち込めて、こういう経験はなかったので満員の車内はかなり動揺していました。このまましばらく停まってたら気持ち悪くなっ たりトイレの心配もあり周りの人もかなりの恐怖を感じてたようでした。混んでいたし暗くて暑くてほんとに不安な時間でした。20分ほどで動き出したので事 なきを得ましたが、これはどういう原因だったのでしょうか?お知らせいただければ幸いです。
-----------------------------------------------------

いつもはわりと早めに返信が来るのだけど、なぜか半月あまり後に下記のような返事がきました。
そのまま紹介させていただきます。

******************************
いつもJR東日本ならびにJR東日本ホームページをご利用いただきましてありがとうございます。
このたびのご意見につきまして、以下のとおり回答させていただきます。

このたびは列車の運行につきまして、清田様に大変なご心配をお掛けいたしましたことを深くお詫び申し上げます。
 当日の総武緩行線の運転状況は、平井駅23時22分発の千葉行き(2338B)の電車が発車直後、線路内に人が立入るのを発見し停車したところ、電気を送電する架線の繋ぎ目に停車しました。このまま電車を動かしてしまうと車両が故障してしまうため、電車のパンタグラフを交互に上下させ移動を行いました。この間一時的に一部の車両に電気が流れなくなるため、電気と空調が一時的に止まりました。当日担当した車掌には、異常時にはよりわかりやすい放送を行うよう指導を行いました。ご利用のお客さまには大変ご迷惑をおかけいたしました。
弊社としましても、毎日の列車運行が安定していて、お客さまに安心してご乗車いただけることが、最も重要なサービスであると認識し、日々列車の運行管理には細心の注意を払っているところではございますが、今回ご指摘いただいたご意見を真摯に受け止め、更なる安全安定輸送並びにサービスの向上に取り組んでまいりますので、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

このたびは、貴重なご意見ありがとうございました。
今後も、みなさまに愛され、親しまれるJR東日本をめざしてまいりますので、引き続きご愛顧賜りますようよろしくお願い申し上げます。東日本旅客鉄道株式会社
*****************************

“架線”の繋ぎ目に停まったということなんですね。
結構何度も車内放送で状況を伝えてくれてはいたのだけど、ちょうど荒川、中川などを通過するあたりだったこともあり、“河川”からのつなぎ目?って取ってしまっていて、ちょうど川の上に停まったのか、それにしては橋の上ではないな、などと、酔っぱらった頭で????と考えていました。

まあちゃんと回答いただいて原因がわかってよかったです。
鉄道オタクの方々には当たり前のことなんだろうけど、架線の繋ぎ目に停まると、こういうことになるということを勉強しました。

それはわかったのだけど、そもそもその原因となった『線路内人立ち入り』については、どんな人がどういう目的で立ち入ったのかは相変わらず何もわからないままです。
ちょっと本線からずれてしまった研究活動でした。                     
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