しばらく将棋のこと、ご無沙汰でした。
特に女流独立の件、ずっと気になっていて、やきもきしてはいましたが、いろいろなことがあったようで、変化に付いていけず、不明な情報もいろいろあり、何も書けませんでした。
踏み絵、分裂、切り崩し工作、報復、などの言葉も聞こえてきて、きな臭いドロドロした展開にも見えましたが、ここに来て、なんとなく落ち着いたようです。
独立派は、記者会見して、今後の活動方針を発表しました。
米長会長HP、女流棋士新法人設立準備委員会ブログ 、松本博文ブログ
、石橋女流四段ブログ、などのサイトから、削除されたデータもありました。
週刊将棋や、週刊新潮の記事も見ました。
いろいろ推測もできるけど、邪推みたいなことにもなります。
こういう時、やはり、勝手に将棋トピックス は、頼りになりますね。
4.10の記事、女流棋士独立問題 週刊将棋上でコメント ほか、と「仲間だけなら全てはうまくいく」のか、読みました。ほんと、よくまとまっていて、ポイント、整理されています。
そして、それを読んで書こうと思ったことが、遠山四段ブログの記事に先に書かれてしまいました。
理事会も、連盟も、将棋界全体も、このmozuさんの指摘した件、
つまり、
将棋界の仲間内の論理が外の世界で通用するかどうか、
どう考えるんでしょうか?
今日のテーマはこれです。
「勝手に将棋トピックス」に取り上げられた、米長会長の発言、西村専務理事のコメント、そして、二宮清純・田中寅彦常務理事会談の全文を読んで、なんか、恐ろしいような、寂しいような、気分に襲われました。
一般的なビジネス社会の常識やルールからすると、ここに書かれている連盟の体質、あるいは、棋士の常識、というものが、かなりかけ離れていると思わざるを得ません。
不況、デフレ、外圧などで、生き残りをかけ、どんどんシビアになっていくビジネス社会。
費用対効果、を試行錯誤し、限られた予算を何にどう投下するのかの判断は、企業にとって、最重要課題になっている。
そんな経済環境の中だというのに、
(連盟は、新聞社などの外の世界に対して)
将棋という伝統文化を受け継いでいるのだから、当然、面倒見てくれるはず、
当然協力してくれるはず、
昨年よりも予算を増やしてくれるのが当然、
という根強い考え方が読み取れます。
ずっと先生と呼ばれ、尊敬もされてきたし、ご馳走されたり、チヤホヤされていたりもしたからか、経済観念をはじめとする感覚が、一般私企業の感覚とはまるで違って、楽観的、他人まかせ的、あるいは、思い上がりとも言える、浮世離れ的な勘違いが見えます。
それと、もう一つ。
良かれと思ってやっていることが、いろいろな批判を浴びることになり、言われなき中傷の対象になってしまう、という被害妄想的意識。(西村専務理事コメントなど)
ちゃんと広報の手段も持っているのに、きちんとオフィシャルにコメント出せばすむのに、わかってもらえない、いじめられている、誤解されてしまう、という子供みたいな感覚。
スポンサーもマスコミもファンに対しても、真摯に対応し、理解してもらい、味方になってもらうような地道で基本的な姿勢に欠けているのでは、と思ってしまいます。
これらのことは、「勝手に将棋トピックス」の記事に具体的に出てくる、米長会長をはじめとした理事会メンバーだけでなく、広く将棋界全般に、浸透してしまっているのではないだろうかと危惧してしまいます。
二宮・田中会談において、僕が特に違和感を感じた田中発言。
**************************************
※ある程度発行部数と契約金はマッチする必要があると思います。それに、名人戦の契約金を他紙は基準にして考えますから…。
※じつは、名人戦の契約金はこの6年間で150万円しか上がっていません。アップ率は、毎年0.1%にもならない。名人戦が上がらないので、将棋界の財政は苦しくなってくる。これは理の当然です。
※私たちの使命は、より多くの人に将棋を楽しんでもらうこと。一生懸命つくり上げた棋譜も、より多くの人の目に留まらなければ意味がない。そういう正しい姿に持っていくためにも「毎日=名人戦+王将戦」というねじれ現象を解消しなければいけなかった。
※毎日が将棋連盟の経営を批判するなら、自社の経営状態や発行部数のことも 書いてほしい。何にも書かないじゃないですか。毎日の部数が少なくなったことが問題の発端にあることにはほっかむりしている。
※いずれにしても、王将戦の契約金は安すぎます。碁だと、毎日が掲載している本因坊戦、2億円以上なんですから。それと同額を要求するのが自然でしょう。
*************************************
去年の名人戦問題の時からの僕の疑問なんだけど、下記のこと、当たり前と思ってませんか?
なんで新聞社が億単位の金を出すのか、
出す必要があるのか、
出さなければいけないのか、
出したらどんな費用対効果があるのか。
「将棋」というものに対して、莫大な予算を出す価値があるのか。
それはどんな価値なのか。
日本の伝統文化だから、価値があるのか。
そして、部数が多ければ、余計に金を出す必然性はどこにあるのか。
新聞社だから、三大紙だから、といって、
何で「将棋」に金を出さなければいけないのか。
もちろん新聞社は、出す価値があると思えば出せばいいし、
価値を認めなければ、出さなければいい。
新聞社だろうが、TV局だろうが、ネットだろうが、一般スポンサーだろうが、
その価値をきちんと認めてくれるところが、出してくれるべきだし、
これが世の中の当然のメカニズムだと思う。
新聞社だって、「将棋」には興味がない、
というところがあったって、何の不思議もない。
何で新聞社だけが、日本の伝統文化を支えていかなければいけないのか?
大手新聞社は、当然のこと出してくれるべき、出すのが当たり前、と思ってしまっているところが、非常に大きな違和感を感じます。
これはB2Bの話だけど、もしB2Cであったなら、
類似商品がこの値段で売れているのだから、当然この商品もこの値段で売れるはず。
当社はこれで売れないと財政的に困るから、この値段で買ってくれないと困る、と言う主張。
いわゆるメーカーオリエンテッドで、ユーザーオリエンテッドな発想は感じられない。
この商品を市場に出したら、本当にこの値段で消費者は買ってくれるんだろうか?
どういう消費者なら買ってくれるんだろうか?
って考えますよね。
当然この値段で買ってくれるはず、って言い放ってる場合でなく、
今の消費者は、何を求めていて、どういう商品なら、どれくらいの金を出してもらえるか、って、マーケティングしないと。
いみじくも二宮さんが指摘しているように、そして、僕も前に書いたように、トヨタカップ名人戦、とかってなった方が自然だと思うし、そういう発想に変えていくべきだと思う。
新聞社やスポンサーが、認めてくれる可能性のある、「将棋」の価値とは何なのか?
何億ものお金をもらって、新聞社に棋譜を売る、っていうのは、どういうことなんだろうか?
どの新聞社も、サイズも内容もあまり変わらないような、観戦記を掲載することで、あれだけの予算を投下するメリットはあるのか?
あの観戦記を載せることで、どれだけの将棋ファンが、進んで読者になってくれるのか?
これはもちろん名人戦だけの問題でなく、何かの棋戦を主催し、観戦記を載せることで、どれだけの部数増につながるんだろうか?
ちゃんと費用対効果は成り立っているんだろうか?
単なる観戦記だけでのことでなく、大きな棋戦を主催することで、●○新聞は、伝統文化に理解があり、サポートしている姿勢が素晴らしいので、購読する、ということで、大きな意味でのイメージアップになっている、ということもあるだろうが、果たしてそういう評価は、どのように分析して、把握しているんだろうか?
CSRとか、メセナとか、文化支援が企業にとって大切な時代になってきている。
それならそれで、何故○●新聞は「将棋」なのか?
「将棋」に価値を認める必然性は何か?
音楽だって、スポーツだって、環境だって、福祉だって、取り組むべき活動はいくらでもあるはず。
その中で、何故「将棋」を選ぶのか?
ずっと昔から、つながりもあったし、支援してきたから、とか、
△▲社長か、××部長が、好きだから、とか、理由はあるんだろうけど、
インターネットの隆盛で、マスコミ自体が、その存在価値を問われている今、そんなあいまいなことでいいんだろうか?
逆に言うと、「将棋」そのものが、その存在意義を、もう一度これからの時代に対応する形で見直しをし、改めて問いかけ直さないといけない。
その新しい価値を、スポンサーやファンや一般社会に認めてもらう努力をしないといけない。
この世間とのギャップをどう縮めるのか。
これができれば、名人戦問題も、女流独立問題も、将棋界のすべての問題が、一般ファンにもっとわかりやすく写るだろうし、ファンがもっと全ての意味で応援してくれると思う。そして、一番の課題である底辺拡大にもつながると思う。
それからもう一つ。
mozuさんが下記のように指摘されているように、連盟の広報の大切さ。
++++++++++++++++++++++++++++++
日本将棋連盟の情報公開が非常に不十分であることは何度か指摘してきましたが、広報については名人戦問題の過程で多少の改善が見られたと思っていました。それまでに比べてプレスリリースらしき文書を出す頻度は高まりましたし、詳細は不明ですが広報部という名前の部署が文書の署名に登場したので存在がわかったということもありました。
女流棋士独立問題においては、日本将棋連盟理事会は事実上広報を放棄するような態度に出ています。女流棋士独立の記事が最初に出た2006年11月末から現在までの間、日本将棋連盟公式サイトでの関連文書の発表は4回だけです。これは女流棋士新法人設立準備委員会がブログを使って広報に努める姿勢を見せているのとは対照的です。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
上記関連で思うのは、米長会長HPの発言は、どう捉えるべきなんでしょうか?
靖国参拝ではないけれど、公人か私人か、どういう位置づけで書いているんでしょう?
これは、何の件に関しても、もっと連盟HPでのオフィシャルなリリースをメインにするべきだと思います。
あるべきところでほとんど何も語られずに、会長HPで裏か表かわからないように語られていることが、誤解を生み、マスコミやファンまで巻き込んで、より混乱を招くことになってしまったのではないか、って思えてしまいます。
もしこれが、一般企業だとしたら、社長の個人ブログに書き込む内容は、会社としての責任にもなるので、秘書室その他、十分に事前チェックされているでしょうし、当然そうするべきと思います。それだけの重要な立場にあるということを会長だけでなく、連盟としても認識するべきと思います。
米長会長HP発言は、ファンに向かって言っている、というニュアンスももちろんありますが、連盟関係者、棋士仲間に向かっての発言という部分もかなり見受けられるように思います。
ちょっと一言っておきたい、チクリと釘を刺したい、
いろいろ大変なんだ、とか、うまく行ってるから安心するように、さあ、一丸となってがんばろう、とか、皆に伝えておきたい、
のような。
単純な日記ではないし、公式発言と受け取れる内容もかなりあります。
mozuさんが、指摘しているさわやか日記の発言。
*******************************************
午後は棋士会。50名近くが集まりました。
主として女流の独立についてです。約2時間余。正直に理事会は実情を話し、疑問に お答えする。当然意見は対立することもあります。しかし、男女問わず棋士仲間だけなら全てはうまくいくと全員感じたことでしょう。
理事会がどんなに困っているかも少し理解されたかもしれません。
意見が違っても、棋士仲間の心はつながっていることが皆分かりあえたような氣がしています。
*******************************************
以下、mozuさんの意見。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今回の問題における広報の欠如の背景には「仲間だけなら全てはうまくいく」という考え方があるのかと思いました。「仲間」以外を排除すればうまくいくと。仮にそう思っているとしても、それをこうしてそのまま書いてしまう不用意さはどうにかならないかと思わずにはいられません。
棋士だけでやっていればうまくいくということは、日本将棋連盟がファンとの関わりで成立している以上はありえないことですし、仲間だけでやっていればよいと本気で思っている棋士はほとんどいないだろうと信じますが、将棋界の中と外との溝をできるだけ埋める努力は常に怠らないでほしいと願います。そのためにも、溝の深さがどの程度あるのかはしっかりと認識しておく必要があるでしょう。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
本当に肯ける意見です。
スポーツの協会なども、昔の選手だけでなく、外からの血を入れているところも増えてきているようです。
「将棋」という文化が、今後ますます発展するように、また、連盟も、女流新団体も、スポンサーも、ファンも、すべてがwin×winの関係になれるように、皆で、意見だけでなく、知恵や汗も出し合って、いければな、と思います。
そのためには、棋界内部の方と、いろいろな立場の外の方との、情報交流、交換、共有ということを積極的に進めていって、内と外のギャップをなくしていってほしいと願っています。
特に女流独立の件、ずっと気になっていて、やきもきしてはいましたが、いろいろなことがあったようで、変化に付いていけず、不明な情報もいろいろあり、何も書けませんでした。
踏み絵、分裂、切り崩し工作、報復、などの言葉も聞こえてきて、きな臭いドロドロした展開にも見えましたが、ここに来て、なんとなく落ち着いたようです。
独立派は、記者会見して、今後の活動方針を発表しました。
米長会長HP、女流棋士新法人設立準備委員会ブログ 、松本博文ブログ
、石橋女流四段ブログ、などのサイトから、削除されたデータもありました。
週刊将棋や、週刊新潮の記事も見ました。
いろいろ推測もできるけど、邪推みたいなことにもなります。
こういう時、やはり、勝手に将棋トピックス は、頼りになりますね。
4.10の記事、女流棋士独立問題 週刊将棋上でコメント ほか、と「仲間だけなら全てはうまくいく」のか、読みました。ほんと、よくまとまっていて、ポイント、整理されています。
そして、それを読んで書こうと思ったことが、遠山四段ブログの記事に先に書かれてしまいました。
理事会も、連盟も、将棋界全体も、このmozuさんの指摘した件、
つまり、
将棋界の仲間内の論理が外の世界で通用するかどうか、
どう考えるんでしょうか?
今日のテーマはこれです。
「勝手に将棋トピックス」に取り上げられた、米長会長の発言、西村専務理事のコメント、そして、二宮清純・田中寅彦常務理事会談の全文を読んで、なんか、恐ろしいような、寂しいような、気分に襲われました。
一般的なビジネス社会の常識やルールからすると、ここに書かれている連盟の体質、あるいは、棋士の常識、というものが、かなりかけ離れていると思わざるを得ません。
不況、デフレ、外圧などで、生き残りをかけ、どんどんシビアになっていくビジネス社会。
費用対効果、を試行錯誤し、限られた予算を何にどう投下するのかの判断は、企業にとって、最重要課題になっている。
そんな経済環境の中だというのに、
(連盟は、新聞社などの外の世界に対して)
将棋という伝統文化を受け継いでいるのだから、当然、面倒見てくれるはず、
当然協力してくれるはず、
昨年よりも予算を増やしてくれるのが当然、
という根強い考え方が読み取れます。
ずっと先生と呼ばれ、尊敬もされてきたし、ご馳走されたり、チヤホヤされていたりもしたからか、経済観念をはじめとする感覚が、一般私企業の感覚とはまるで違って、楽観的、他人まかせ的、あるいは、思い上がりとも言える、浮世離れ的な勘違いが見えます。
それと、もう一つ。
良かれと思ってやっていることが、いろいろな批判を浴びることになり、言われなき中傷の対象になってしまう、という被害妄想的意識。(西村専務理事コメントなど)
ちゃんと広報の手段も持っているのに、きちんとオフィシャルにコメント出せばすむのに、わかってもらえない、いじめられている、誤解されてしまう、という子供みたいな感覚。
スポンサーもマスコミもファンに対しても、真摯に対応し、理解してもらい、味方になってもらうような地道で基本的な姿勢に欠けているのでは、と思ってしまいます。
これらのことは、「勝手に将棋トピックス」の記事に具体的に出てくる、米長会長をはじめとした理事会メンバーだけでなく、広く将棋界全般に、浸透してしまっているのではないだろうかと危惧してしまいます。
二宮・田中会談において、僕が特に違和感を感じた田中発言。
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※ある程度発行部数と契約金はマッチする必要があると思います。それに、名人戦の契約金を他紙は基準にして考えますから…。
※じつは、名人戦の契約金はこの6年間で150万円しか上がっていません。アップ率は、毎年0.1%にもならない。名人戦が上がらないので、将棋界の財政は苦しくなってくる。これは理の当然です。
※私たちの使命は、より多くの人に将棋を楽しんでもらうこと。一生懸命つくり上げた棋譜も、より多くの人の目に留まらなければ意味がない。そういう正しい姿に持っていくためにも「毎日=名人戦+王将戦」というねじれ現象を解消しなければいけなかった。
※毎日が将棋連盟の経営を批判するなら、自社の経営状態や発行部数のことも 書いてほしい。何にも書かないじゃないですか。毎日の部数が少なくなったことが問題の発端にあることにはほっかむりしている。
※いずれにしても、王将戦の契約金は安すぎます。碁だと、毎日が掲載している本因坊戦、2億円以上なんですから。それと同額を要求するのが自然でしょう。
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去年の名人戦問題の時からの僕の疑問なんだけど、下記のこと、当たり前と思ってませんか?
なんで新聞社が億単位の金を出すのか、
出す必要があるのか、
出さなければいけないのか、
出したらどんな費用対効果があるのか。
「将棋」というものに対して、莫大な予算を出す価値があるのか。
それはどんな価値なのか。
日本の伝統文化だから、価値があるのか。
そして、部数が多ければ、余計に金を出す必然性はどこにあるのか。
新聞社だから、三大紙だから、といって、
何で「将棋」に金を出さなければいけないのか。
もちろん新聞社は、出す価値があると思えば出せばいいし、
価値を認めなければ、出さなければいい。
新聞社だろうが、TV局だろうが、ネットだろうが、一般スポンサーだろうが、
その価値をきちんと認めてくれるところが、出してくれるべきだし、
これが世の中の当然のメカニズムだと思う。
新聞社だって、「将棋」には興味がない、
というところがあったって、何の不思議もない。
何で新聞社だけが、日本の伝統文化を支えていかなければいけないのか?
大手新聞社は、当然のこと出してくれるべき、出すのが当たり前、と思ってしまっているところが、非常に大きな違和感を感じます。
これはB2Bの話だけど、もしB2Cであったなら、
類似商品がこの値段で売れているのだから、当然この商品もこの値段で売れるはず。
当社はこれで売れないと財政的に困るから、この値段で買ってくれないと困る、と言う主張。
いわゆるメーカーオリエンテッドで、ユーザーオリエンテッドな発想は感じられない。
この商品を市場に出したら、本当にこの値段で消費者は買ってくれるんだろうか?
どういう消費者なら買ってくれるんだろうか?
って考えますよね。
当然この値段で買ってくれるはず、って言い放ってる場合でなく、
今の消費者は、何を求めていて、どういう商品なら、どれくらいの金を出してもらえるか、って、マーケティングしないと。
いみじくも二宮さんが指摘しているように、そして、僕も前に書いたように、トヨタカップ名人戦、とかってなった方が自然だと思うし、そういう発想に変えていくべきだと思う。
新聞社やスポンサーが、認めてくれる可能性のある、「将棋」の価値とは何なのか?
何億ものお金をもらって、新聞社に棋譜を売る、っていうのは、どういうことなんだろうか?
どの新聞社も、サイズも内容もあまり変わらないような、観戦記を掲載することで、あれだけの予算を投下するメリットはあるのか?
あの観戦記を載せることで、どれだけの将棋ファンが、進んで読者になってくれるのか?
これはもちろん名人戦だけの問題でなく、何かの棋戦を主催し、観戦記を載せることで、どれだけの部数増につながるんだろうか?
ちゃんと費用対効果は成り立っているんだろうか?
単なる観戦記だけでのことでなく、大きな棋戦を主催することで、●○新聞は、伝統文化に理解があり、サポートしている姿勢が素晴らしいので、購読する、ということで、大きな意味でのイメージアップになっている、ということもあるだろうが、果たしてそういう評価は、どのように分析して、把握しているんだろうか?
CSRとか、メセナとか、文化支援が企業にとって大切な時代になってきている。
それならそれで、何故○●新聞は「将棋」なのか?
「将棋」に価値を認める必然性は何か?
音楽だって、スポーツだって、環境だって、福祉だって、取り組むべき活動はいくらでもあるはず。
その中で、何故「将棋」を選ぶのか?
ずっと昔から、つながりもあったし、支援してきたから、とか、
△▲社長か、××部長が、好きだから、とか、理由はあるんだろうけど、
インターネットの隆盛で、マスコミ自体が、その存在価値を問われている今、そんなあいまいなことでいいんだろうか?
逆に言うと、「将棋」そのものが、その存在意義を、もう一度これからの時代に対応する形で見直しをし、改めて問いかけ直さないといけない。
その新しい価値を、スポンサーやファンや一般社会に認めてもらう努力をしないといけない。
この世間とのギャップをどう縮めるのか。
これができれば、名人戦問題も、女流独立問題も、将棋界のすべての問題が、一般ファンにもっとわかりやすく写るだろうし、ファンがもっと全ての意味で応援してくれると思う。そして、一番の課題である底辺拡大にもつながると思う。
それからもう一つ。
mozuさんが下記のように指摘されているように、連盟の広報の大切さ。
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日本将棋連盟の情報公開が非常に不十分であることは何度か指摘してきましたが、広報については名人戦問題の過程で多少の改善が見られたと思っていました。それまでに比べてプレスリリースらしき文書を出す頻度は高まりましたし、詳細は不明ですが広報部という名前の部署が文書の署名に登場したので存在がわかったということもありました。
女流棋士独立問題においては、日本将棋連盟理事会は事実上広報を放棄するような態度に出ています。女流棋士独立の記事が最初に出た2006年11月末から現在までの間、日本将棋連盟公式サイトでの関連文書の発表は4回だけです。これは女流棋士新法人設立準備委員会がブログを使って広報に努める姿勢を見せているのとは対照的です。
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上記関連で思うのは、米長会長HPの発言は、どう捉えるべきなんでしょうか?
靖国参拝ではないけれど、公人か私人か、どういう位置づけで書いているんでしょう?
これは、何の件に関しても、もっと連盟HPでのオフィシャルなリリースをメインにするべきだと思います。
あるべきところでほとんど何も語られずに、会長HPで裏か表かわからないように語られていることが、誤解を生み、マスコミやファンまで巻き込んで、より混乱を招くことになってしまったのではないか、って思えてしまいます。
もしこれが、一般企業だとしたら、社長の個人ブログに書き込む内容は、会社としての責任にもなるので、秘書室その他、十分に事前チェックされているでしょうし、当然そうするべきと思います。それだけの重要な立場にあるということを会長だけでなく、連盟としても認識するべきと思います。
米長会長HP発言は、ファンに向かって言っている、というニュアンスももちろんありますが、連盟関係者、棋士仲間に向かっての発言という部分もかなり見受けられるように思います。
ちょっと一言っておきたい、チクリと釘を刺したい、
いろいろ大変なんだ、とか、うまく行ってるから安心するように、さあ、一丸となってがんばろう、とか、皆に伝えておきたい、
のような。
単純な日記ではないし、公式発言と受け取れる内容もかなりあります。
mozuさんが、指摘しているさわやか日記の発言。
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午後は棋士会。50名近くが集まりました。
主として女流の独立についてです。約2時間余。正直に理事会は実情を話し、疑問に お答えする。当然意見は対立することもあります。しかし、男女問わず棋士仲間だけなら全てはうまくいくと全員感じたことでしょう。
理事会がどんなに困っているかも少し理解されたかもしれません。
意見が違っても、棋士仲間の心はつながっていることが皆分かりあえたような氣がしています。
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以下、mozuさんの意見。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今回の問題における広報の欠如の背景には「仲間だけなら全てはうまくいく」という考え方があるのかと思いました。「仲間」以外を排除すればうまくいくと。仮にそう思っているとしても、それをこうしてそのまま書いてしまう不用意さはどうにかならないかと思わずにはいられません。
棋士だけでやっていればうまくいくということは、日本将棋連盟がファンとの関わりで成立している以上はありえないことですし、仲間だけでやっていればよいと本気で思っている棋士はほとんどいないだろうと信じますが、将棋界の中と外との溝をできるだけ埋める努力は常に怠らないでほしいと願います。そのためにも、溝の深さがどの程度あるのかはしっかりと認識しておく必要があるでしょう。
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本当に肯ける意見です。
スポーツの協会なども、昔の選手だけでなく、外からの血を入れているところも増えてきているようです。
「将棋」という文化が、今後ますます発展するように、また、連盟も、女流新団体も、スポンサーも、ファンも、すべてがwin×winの関係になれるように、皆で、意見だけでなく、知恵や汗も出し合って、いければな、と思います。
そのためには、棋界内部の方と、いろいろな立場の外の方との、情報交流、交換、共有ということを積極的に進めていって、内と外のギャップをなくしていってほしいと願っています。
それに、名人戦の契約金を他紙は基準にして考えますから…。
正直こんな発言があったのかと、びっくり
しました。
「発行部数が多ければ、契約金を上げないと
いけない」という論理があるのなら、
「まず『将棋』のおかげで、これだけ
実売部数が増えましたよぉ~~~~」と、
日本将棋連盟はちゃんと調べて
データを出してアピールしないと
・・・・・・。
う~む・・・・・・。極端な話。
日本の伝統文化を守るために
自社の社員をリストラしてまでも、
契約金を上げる新聞社はさすがに
無いような気がします。
将棋のプロ棋士の考え方が、
(一部だと信じていますが・・・・・)
すでにバブルっぽいの
でしょうか(汗っ)
ちなみに我が家の場合は偶然「読売新聞」だった
わけでして、引っ越す前は
「朝日」でしたが、
最近は新聞をあんまり読んでませんねぇ~~~。
・・・・・・。
ではではっ。
まして順位戦はネットでも雑誌でも週将でも見られるので、共催になりさらにかぶると面白くないです。
というわけで私は地方紙と読売を購読しています。私のようにいろいろな棋譜を見たいと思うファンは、むしろ朝日と毎日を避けるのではないでしょうか。
>「発行部数が多ければ、契約金を上げないと
いけない」という論理があるのなら、「まず『将棋』のおかげで、これだけ実売部数が増えましたよぉ~~~~」と、日本将棋連盟はちゃんと調べてデータを出してアピールしないと・・・・・・。
そうですよね。別に批判しているのでなく、当たり前のようにそう思って、そう言ってしまってることが、一般ビジネス社会の理屈では、大きな違和感を感じてしまうというのが、本音です。
>日本の伝統文化を守るために自社の社員をリストラしてまでも、契約金を上げる新聞社はさすがに無いような気がします。
新聞社の考え、聞いてみたいですよね。
つきあいでしょうがなくやっているのか、価値を認めて、満足してやっているのか。
★Kさん、こんばんは。
>私も以前からなぜ新聞社が高額の契約金を支払うのか不思議でなりません。情報はネットで入手する時代になり新聞社自体衰退しているのですから、契約金は下がるのが 自然だと思います。
普通、そう考えると思うのですが、なんか、こちらの方が、特殊みたいに思えてしまって。。。(笑)
>まして順位戦はネットでも雑誌でも週将でも見られるので、共催になりさらにかぶると面白くないです。
同感です。
このあたり、よーく考えて、再度ゼロベースで再構築した方が、お互い無理のない長続きするやり方が導き出せると思うのですが。。。
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