即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

半沢直樹

2013年07月18日 14時39分26秒 | 

昨日の棋聖戦第四局。

ここで負けてフルセットになるようであれば、結構やばいかも、とハラハラしていましたが、羽生さん強かったです。見事な防衛、安心しました。

この勢いで王位戦、王座戦を乗り切って、竜王戦挑戦者になって、再びの三冠対決をぜひとも見たいです。

そして、悲願の永世竜王、永世七冠を勝ち得ることができるのかどうか?

それも3連敗4連勝で四冠になるという絵にかいたような妄想。

現実になるのを密かに期待しつつ応援する真夏の将棋ロードです。 

将棋ネタはきりがないので、今日はテレビの話。

そもそも僕は英さんみたいにテレビドラマって全然見ないのですよ。

大体テレビ見るのはサッカー中心としたスポーツと将棋とあとはニュースくらい。

たまに映画など観たいのがあれば、録画してってくらい。

それが、そんな僕が、半沢直樹、2回も観たんです。(第1回は19・4%、第2回も21・8%!)

面白かったんです。妻と一緒に見て、かなり興奮しました。

連続ドラマ観るのって、ロンバケとか、武田鉄也のとか、あの頃以来のような気がする。

いや、会社ってすごい。組織って怖い。

全責任を取ります。土下座しろ。責任は現場にある。片道切符の出向。やられたら倍返しだ。

4年前までそれほど大きな会社ではないけど一応サラリーマンを長年やってました。

ネクタイに通勤電車に会議にボーナスに愚痴飲み。

異動とか派閥とかパワハラとか上司に楯突くとか降格とか、ドラマに近いようなシチュエーションもいろいろありました。 

会社という閉ざされた社会。 

 最近読んだ佐々木俊尚さんのこの本を連想しました。

レイヤー化する世界―テクノロジーとの共犯関係が始まる (NHK出版新書 410)
クリエーター情報なし
NHK出版

ドラマに出てくる銀行のように、すべてが会社という切り口、基準で回っている人生。

社宅で家族までが会社という「単一の固定的な存在」に準拠している。

会社以外のアイデンティティはない。

大会社であってもいつどうなるかわからない昨今。

いい大学入って、いい会社入って、終身雇用で一生安泰というのは昔の幻想で、もはやそんな人生設計は意味がない。

「単一の固定的な存在」から「多層的・流動的な存在」への転換。

サラリーマン、会社人間というひとつのレイヤーではなく、複数のいろいろなレイヤーを持っている人が強い世の中になりつつあるという話。

ポートフォリオを組んで多層的に流動的に動いて行った方がはるかに失敗しにくい、確実な道を進んでいける。

幸い、自分のことで言えば、サラリーマンではなくなって、文字通りフリーランスになっている。

会社員ではなくなった時、初めて個人に代わって会社が何でもかんでもやってくれていたことを痛感した。

今は、不安定だし、守ってくれる丈夫な箱もない。不安だし、心細いことこの上ない。

しかし、明日どうなるかもわからないのは大会社でも同じ。

そうであれば、せちがらいこの世の中を一人で自由にしなやかにいろんな人と絡み合って生き延びていった方がいい。

いくつもの顔を持つ男。

怪人二十面相ですね。(古っ!!)

佐々木さんのこの本からの刺激を受け、半沢直樹の言動からも影響を受け、ますます楽しく、ますます充実した生活をするために、週末の選挙も含め、真剣に考えていきたいと思う今日この頃です。(なんかマジメ!)

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報道の価値

2011年02月09日 00時28分54秒 | 
報道再生 グーグルとメディア崩壊 (角川oneテーマ21)
河内 孝,金平 茂紀
角川書店(角川グループパブリッシング)


テレビや新聞などのマス(増す)メディアが、減るメディアになっている。

なーんてつまらない駄洒落で始まりましたが、この本、面白かったです。

河内さんは、新聞社の行方という記事で前にも取り上げたけど、新聞社ー破綻したビジネスモデルという本を書かれています。
そしてTBSの金平さんは、筑紫哲也さんのニュース23で、NYレポートなどの折に登場してましたね。

ということで報道とは?報道の本質的な価値は何なのか?という内容。

印象的な部分をいくつかご紹介します。
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コラムニストのエリック・オルターマンの言葉。

「ニュースを救え。ニュースペーパーを救うな。」

新聞社の経営危機論議と新聞の危機論議は別次元のもの。
問題なのは、確かな知識に基づく民主主義の言説にとって最も不可欠な新聞記事の欄が消滅の危機に瀕していることなのだ。

新聞社の経営が悪化して本当に危機に瀕するのは「記事内容そのもの」なのだ。
新聞社が生き残っても、その新聞が生きているに値しない内容に劣化したならば意味がない。
これはジャーナリズム論の本質。

報道のタブロイド化。ニュースのワイドショー化。
外国にいたからこそ見える日本の姿。
SMAPの草なぎ事件然り。酒井法子事件も然り。
日本では連日のように、NHKのニュースも含め、テレビも新聞もトップニュースに。
どのメディアも横並び一色になって取り上げるこの不可思議な状況。
ゴシップを扱うタブロイド紙ならともかく、欧米では信じられない報道姿勢。
日本は公共財としてのニュースの価値判断がどこかで狂っているのではないか。

報道がなすべき仕事とは?
視聴率・部数を至上価値とする刹那主義が底流にあるのかもしれない。
メディアの立ち位置が重要。

死語となりつつある「社会の木鐸」という言葉。
「木鐸」とは、世人を覚醒させ、教え導く人。

マスメディアの仕事を始めるとき先輩から教え諭されたこと。
「市民の知る権利に奉仕するために、さまざまな特権を市民から受託され、いわば知る権利の行使の代行者として働くものだ。」

マスメディアはなんのためにあるのだろう。
私たちはなんのために報道しているのか。
公共財としての情報は、水や空気と同じように、社会的存在である人間が生きていくために必要不可欠なものだと認識している。
メディアによって営まれるコミュニケーションはビジネスモデルのみに還元されてはならない。
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とても共感できることが溢れています。

日本がうまく行ってないのは、政治のせいもあるけど、マスメディアの姿勢、自覚というのも大きい要因だと思う。
そんないい加減な報道をまる飲みして、右往左往してしまう国民もいかがなものかという議論はあるけれど、やはり世界の中でもかなり遅れているとしか思えないこの現状。

タブロイド化、ワイドショー化という問題がまずひとつ。
どこのチャンネルを回しても(古いか!)同じ映像、同じ内容。
どの新聞を見ても、ほぼ変わらない記事、主張。
政治も経済もすべてがワイドショー。
そして、そのレベルが偉そうに言えば幼稚。
なんで、どこのチャンネルも、八百長と、沢尻エリカと、KARAと、長友なわけ?
差別化ということは考えないのかな?
同質化、相互浸透、呉越同舟の嵐。

コンテンツの価値とは何?
それこそ、記事でも映像でも、課金してもお金が取れるものを目指さないといけないのでは?
課金できないコモディティではなく、価値のあるスペシャリティ。
その辺に溢れている情報ではなく、貴重な、お金を出しても欲しいようなニュース、情報。
評論、分析、解説と言えるような感心、共感、納得するようなコンテンツ。
単なる情報でなく、専門的なノウハウ、スキル、センス、スピリット、パーソナリティが滲んでいるようなニュース。

そして、もうひとつ。
記者やレポーターが、あたかも自分が警察や裁判官や大岡越前になったが如くの傍若無人な振る舞い、取り上げ方。
批判の対象がだめなのはわかるけど、お前が偉そうに弾劾できるわけ?
鬼の首を取ったように叫んでるあんたは何なの?
おかしいよね。
それを不思議とも思わない風土ができつつあるのも怖い。
みんな、がんばってるんだと思うけど、なんかおかしくないか、これでいいのか、って、立ち止まって振り返ってみようよ。
これは、自分に向かっても言ってるわけだけど、自分だけでもいいし、浮いててもいいから、独自の主張をしようよ。
同じようなことを取り上げてれば安心、っていう意識を変えていかないと、この国はどんどん廃れていく。出口がなくなる。

しっかり現状を見据えて、ビジョンを描いて、その中で情報を位置づけていく意識。
そのまま伝えるのでなく、自分の感性や直感や判断の中で、色づけていくことの重要性。

この国の報道、ジャーナリズムはどうあるべきなのか。
日本ならではの伝え方、メディアの立ち位置とはどういうものなのか。

いろいろ考えてしまう一冊でした。
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ポジティブ DE GO!

2010年12月22日 13時24分10秒 | 
怒らない技術 (フォレスト2545新書)
嶋津良智
フォレスト出版


ベストセラーになったこの本。
シンプルでクリアでとっても説得力ありました。
そうそう、そうだよ、その通り、と思わせる内容。

怒っても結果は同じ。
思ったとおりにいかないのは楽しいこと。
出来事よりも受け取り方の方が肝心。
悔しさは胸にしまったおく。口には出さない。
価値観の違いを受け入れてしまおう。
怒りはしょせん後悔で終わる。
イライラする環境に身を置かない。
迷ったら決断しない。
怒らないと決めてしまう。
落ち込まないと決めてしまう。
何でも人のせいには決してしない。
大事なことはどんどん忘れる。
背伸びせずに分相応に。
理想主義や完璧主義はやめる。

僕も基本的にはこういう考え方なのだけど、人間は感情があるから、なかなかすんなりと思うようにはいかない。反省することも多々ある。

でも、
できるだけ人にせいにはせず、
怒らないで事実として受け止めよう、
だって結局は自分が損するだけだもん、
怒ったって仕方ない、
落ち込んだって何にもならない、
そんなのやめていつもポジティブに楽観的に、
という考え方を実践しようとしている。

つまんないことで限られた自分の貴重な時間をつまんなくしたくないから。
一度きりの人生、楽しい方がいいじゃん。

いつも愚痴ばかり言ってる人、
誰かの文句ばかり言ってる人、
暗いことばかり言ってる人、
自分が一番悲劇の主人公だと思ってる人、

にはなりたくない。
そうしないように努めてる。

もちろん身近な人に悩みを聞いてもらったり、たまには甘えたりということは必要なのだろうけど、極力自分でコントロールできるようにする。

これに関連して、川島さんの最新記事、ポジティブな言葉で。
引用させてもらいます。
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仕事でお付き合いのあるITベンチャーの専務さんが、
ご自身のブログで、こんなことを書いています。

◆Hiroshi Yamano「国境を越えた働き方を目指す道」
2010/12/10「口癖」

(一部 引用)
> 普段出会う方がよく発する言葉、いわゆる口癖。
> 結構その方の人間性を表している様な気がします。
> 「忙しい」とか、「疲れた」
> など、ネガティブな表現をよく口にする人は、
> 何かしらマイナスな要因を引き寄せてしまう
> 傾向があるような気がします。」

わ、私のことではないですよねー!?

なんでもかんでも「ポジティブな言葉を使う」のは、
宗教がかっていますが(自分の大ミスで、関係各所に
迷惑をかけた場合でも「きっとこの経験は今後に生きる。
このミスも必然!」とかね。)
気持ちを「前向き」に持って行くことは重要です。

アンチ、忙しい。
ひとつひとつの言葉と行動を大切にしたい!と、改めて思いました。
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ネガティブな表現をよく口にする人は、何かしらマイナスな要因を引き寄せてしまう傾向があるような気がします。

自戒を込めて言うわけだけど、悔しいこと、辛いこと、イラつくことなど、ネガティブ系のことは、安易に周りにすぐ言ったりせず、できるだけ自分で受け止めて、胸にしまっておかなければと思った次第。

だって言ったって仕方ないもん、いいことないもんねえ。
周りにネガティブ因子を撒き散らすだけだから。

でも、ついつい言っちゃうんですよねえ。
脇が甘い。
甘えの構造。

だめだめ。まいった。ひどくてさあ。やってらんねえよ。
こんなのありかよ。ちょっとひどくねえ?
これまずいよね。打つ手がないよ。
調子悪い。しんどいし、眠いし、やる気ない。
あ~あ。ふ~。

過去記事でそんな風情一点張りのもあるような気がしてきた。
だめじゃん、オレ。

はい、些細な日常のことも、
川島さんのおっしゃるとおりに、

「ひとつひとつの言葉と行動を大切にしたい!」
に尽きますね。
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「アート」と「サイエンス」

2010年05月06日 02時39分44秒 | 
混沌のときという記事の中で、羽生名人の下記の言葉のことを書きました。

常識や定跡からはずれたところからどうするのかが問われる。
“混沌”となった時が本当の勝負。

星野リゾートの教科書 サービスと利益 両立の法則
中沢 康彦
日経BP出版センター

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星野さんのことは以前、共感の重要性という記事でも書いたけど、とてもスマートでクールでロジカルなイメージです。

この本の中の下記の部分、上記の羽生名人の話にリンクします。
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囲碁や将棋の世界に定石があるのと同じように、教科書に書かれている理論は、「経営の定石」である。
何も知らないで経営するのと、定石を知っていて経営するのでは、おのずと正しい判断の確率に差が出る。それは会社の長期的な業績に直結するはずだ。

企業経営は、経営者個人の「アート」の部分と、論理に基づく「サイエンス」の部分がある。
私は経営職に就いた当初から、自分にアーティスティックな経営判断を行う資質があるとは思っていない。
どんな時にも自分の直感を信じることができず、それはあまりにもリスクが大きいと感じてしまう。私は自分の経営手法の中でサイエンスを取り入れる必要性を感じ、教科書を根拠とする経営を始めた。

教科書にある定石を理解していることの利点は、思い切った経営判断に勇気を持って踏み切るきっかけを与えてくれる点だ。
何も変えられないことが実は最も大きなリスクであることが多い。
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経営にもいろんな局面がある。
それぞれの局面に合わせて、それに合った教科書の理論を用いることが、経営のリスクを減らしてくれるし、自信や勇気を与えてくれる。

教科書として紹介されているのは、
マイケル・E・ポーターの古典『競争の戦略』をはじめ、『コトラーのマーケティング・マネジメント基本編』、デービッド・A・アーカーの『ブランド・エクイティ戦略』などの古典ばかり。
最近流行のビジネス書はありません。
理論をつまみ食いしないで、100%教科書通りにやってみること。

ここに出てくる「1分間顧客サービス」という教科書にある言葉が印象的でした。

「顧客をつかむには、満足させるのでは不十分で、
熱狂的なファンを作る必要がある。」

業種やサービス、商品によって違うのでしょうけど、
このポイント、とても重要だと思います。
できるだけ多くの人に支持されることも大切だけど、
熱狂的なファンを持つ企業、商品は強いです。

戦略も大切だけど、それに沿って一貫性を持って愚直にやりきることが、
この変化の大きい社会においていかに難しいことか。

「アート」と「サイエンス」をいかにバランス良く組み合わせて融合させることができるか。
経営だけにとどまらず、このこと、とても大事だと思います。
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子どもサッカー

2009年05月31日 19時22分27秒 | 
断る力 (文春新書)
勝間 和代
文藝春秋

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初めての勝間本。かなり売れてるみたいですね。

いっぱい共感できる部分、参考になった部分ありました。

流されずに、再度ものごとの本質を考えてみる事。
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「単に頼まれたことを断らずに唯々諾々と行うということは、自分の人生の進路を行き当たりばったり、他人に委ねてしまっていると言い換えることもできる。」
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断ることができるようになれること、それは実力がないとできないと言う事。
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「断るから実力をつけられること、実力があるから断れること、の好循環を自ら作り出していかなければならない。」
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今の時代、自分自身が、コモディティでなく、スペシャリティにならないといけない、と言う話。
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「「コモディティ」はコスト勘定で処理をされるが、「スペシャリティ」は投資勘定として処理される。」
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「子どもサッカー」という概念がとっても印象に残ったので、紹介します。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
子どもサッカーとは、
戦略性もなにもないまま、
ひたすらボールを追いかけて、
ゴールを目指すような、
子どもたちが行うサッカーのこと。

幼稚園や小学生くらいの男の子たちが野原でやっているようなサッカー。

チームワークも何もなく、とにかくひとつのボールをみんなで追いかけている。
ひたすら単に目の前のボールを追いかける。
ボールを追いかけるという流れに疑問を持たない。

多くの潜在的に優秀な人たちが、
ひたすら人の評価を気にして努力を重ね、
Aさんに言われたらここを改善し、
Bさんに言われたらこの仕事を引き受け、
Cさんに怒られたらまずはそれに対処する。
そんな事を繰り返し、社会や職場でひたすら「子どもサッカー」を繰り広げている。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
とってもよくわかりますよね。「子どもサッカー」という表現、事象。
世の中、いろんなところで行われてます。
皆でひとつのボールを追い掛け回して、大騒ぎしてる。

大局的に見て、とか、きちんと戦略立てて、とか、なかなかいかない。
そこの小さい部分に皆の目が行ってしまう。
政治もそうだし、経済もそうだし、
ドッグイヤーの現代社会では、時間がない、短期間で結果出さないといけないから、皆でボールに群がって取り合っている。
取った後、どうするとかというよりも、とりあえずボールに触る。取りに行く。
触れもしないで、でかいこと言ってる場合じゃないだろって。
落ち着いて、ゆっくり考えて、直線的にボールに行くのでなく、チームワークで、とか、連携プレーで、とかの余裕はない。
個人の成果主義も影響してるし。
ボールのところに向かっていかないと、なんとか1秒でも早く、ボールを取らないと、生き残れない。
強い強迫観念やプレッシャーの中で、先を争う。乗り遅れたら大変。焦る。

「子どもサッカー」のひとつの事例。
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最近、バラエティ番組が多すぎて、視聴者に飽きが来て視聴率が落ちていたり、あるいは視聴率が取れても購買につながらないため、テレビの広告が集まりにくくなっている。これも子どもサッカーと同じ。

広告費の伸びが鈍化してきたことを受けて、番組制作費の大号令。
インターネットの影響を受け、マスメディアからだんだんと視聴者が離れていく中、ドラマやドキュメンタリーのような大型コンテンツに高い制作費を使ってもなかなか回収できなくなってきた。10億円出して作っても視聴率が7%になるか、20%になるかワカラナイドラマを作るのでなく、1億円の制作費で確実に10%の視聴率が取れるバラエティ、特にお笑い系の番組をテレビ局が一斉に、比較的安い人件費と制作費でひたすら作ってきた。
株主や経営陣からのプレッシャーも大きな原因。

テレビ企画の多くがバラエティに突進し、子どもサッカーをプレイした結果、2008年に何が起きたかは、皆さんご存知の通りです。
東京のキー5局、大阪の準キー5局が発表した中間決算は、赤字と減益ばかりでした。
芸能人のトークやバラエティに頼った番組作りが、視聴者と広告主の双方の離反を招いてしまいました。
その民放離れの受け皿になったのは、受信料の不払いで危機感が先に生じていて、視聴者向けのサービスに特化を始めたNHKであり、北京オリンピックや大河ドラマ「篤姫」などのNHKの番組が、民放を押さえてトップ視聴率になったというのは皮肉な事です。

断る力がないと、「子どもサッカー」をプレイしてしまう。
人と違う事をしたり、相手にNOと言ったりするためには、常に自分の頭で考えるという作業が必要になる。
********************************************
またもやたくさん書いてきた最近のテレビの話につながりました。

ここで浮上するのが、この本のタイトルである「断る力」の大切さ。

「断ること」をしないことが、いかに私たちの生産性向上を阻害し、成長を阻害し、ストレスをためることになるのか。

上司から言われた事、会長から指示された事、世間の目、護送船団、互助会。

異分子は排除されがちな日本社会の中で、
断る事をすること、できることのパワーが新たな流れを作るベースになる。

自分もいろんなところで、子どもサッカーに加わってないかと、

冷静に綿密に、棚卸ししないとね。
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心理バリア

2009年05月06日 15時39分31秒 | 
どんな時代もサバイバルする会社の「社長力」養成講座 (ディスカヴァー携書)
小宮 一慶
ディスカヴァー・トゥエンティワン

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この本、やたら売れているようだし、パラパラめくってたら、キーワードの立て方がシンプルでわかりやすいので読んでみました。

いろいろ共感ポイントあったのだけど、そのひとつは、

心理バリアの話。

意味を伝えるには、その前提としての意識の共有が必要。

意識共有していれば、簡単なコミュニケーションですぐ伝わるけど、
それができてないと、コミュニケーションの難易度がグンと上がる、という話。

何度も言わないと伝わらない。
いろいろな角度から長い説明や背景情報などが必要になる。

心理バリアが低い相手からの要請であれば、無理なことでも聞き入れる。
高い相手に対しては、内容が良いことでも聞き入れない。

ほんと、こういうことですよね、なんでもかんでも。

政治がひどい、首相は信じられない、と思ってたら、
いかにいい政策を実行しても、なんだかなあ、としか感じない。

この会社はひどい、経営者が悪い、上司は自分勝手と、思って仕事していたら、
的確な指示でもそっぽ向きたくなる。適当にしかやらない。

連盟の体質は古い、会長は無理筋ばかり通そうとする、などと思っていたら、
どんなにいいイベントでも、参加しない。

あの店は、おいしくないし、サービス悪いし、二度といきたくない、と思っていたら、
いくら、値下げしました、とか、おいしくなりました、と宣伝したところで、
そんなもん信じないし、店には行かない。

意味を伝えるには、その前提としての意識の共有が必要ということです。

心理バリアの差。

同じ事を言われても、Aさんから言われた事ならやるけど、Bさんからならやりたくない。

普段からのコミュニケーションとか、イメージ作りとか、心理バリアを如何に下げておけるかどうか、がいかに重要なことか。

心理バリアが高い事をあまり意識しすぎても仕方ない。
無理やりにこっちを向かせる事はできないわけだし。

着実に、地道に、いいと思うことを実践し、小さくてもいいので結果を積み重ねていく。そして、それが、徐々に口コミも含めて、伝わっていく。

最近、なんかいいみたいだよ。
前よりもちゃんとやってるようだよね。
結構変わったかもしれない。
一生懸命がんばっているねえ。

そういうことの積み重ねが、意識共有の元になっていくのだろう。

ただし、ひとつバッドイメージを作ってしまったら、それを回復するには、その3倍のグッドイメージ作りのパワーが必要。

自分から見たまわりのものの心理バリア。
まわりから見た自分に対する心理バリア。

一度、客観的に、心理バリアチェックをしてみたらいいのかもしれませんね。
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不幸を呼ぶ数字

2009年04月21日 23時50分18秒 | 
日曜のテレビ東京、ソロモン流という番組に登場してましたね。

いまや「おくりびと」の脚本ですっかり有名になった感もある、小山薫堂さん

以前も「考えないヒント―アイデアはこうして生まれる」
という本のこと書いたけど、『カノッサの屈辱』、『料理の鉄人』なども含め、この人の発想はほんと面白いです。

もったいない主義―不景気だからアイデアが湧いてくる! (幻冬舎新書)
小山 薫堂
幻冬舎

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いろいろ共感したポイントは多いのだけど、例えばこの話。

「前年比プラスの発想は必ず行き詰る。」
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メディアはオーバーに伝えすぎ。あまり不況だ不況だと伝えない方がいい。

株価そもそも日経平均は、東京証券取引所に上場している約1700社のうちの225社の平均に過ぎない。
なぜ1700社にしないのか。

そんな数字一つで皆オロオロしている。

特に、前年比という言い方。
例えば、大企業の営業利益が対前年比で何%減とニュースに出る。
例え、前年比減でも赤字でなければいいのではないか。
前年が儲かりすぎていたんじゃないのか。
前年比はマイナスだけど、赤字にならない線を目指して経営努力をする会社があってもいいじゃないか。
すべての会社が大きくすることだけを目的にしなければいけないなんてことはないはず。
それなのに、前年比を下回っちゃいけない、というような考え方を吹き込まれているうちに、どこもかしこもいつの間にか拡大路線をとってしまっている。

前年比プラマイゼロくらいの、自分のできる範囲の中だけでやっていけばいいのに、だんだん工場を作って大きくするとか、売り上げを増やそうなどとしていく。それを続ければいつかは前年比マイナスになるのはわかりきっている。
成長拡大していないというだけで衰退と見なされるシステムをやめない限り、いつまでたっても不況は定期的に訪れる。
前年の業績と比べることの意味のなさや危うさから自由になるだけで、僕たちはかなり幸せになれるのではないでしょうか。
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と、小山さんは言っています。

ほんと、その通りですよね。

前年比の呪縛です。
前年比という化け物から追いかけられて、必死で逃げ回っているような悪夢。

現実、今のビジネス社会では、かなりの局面で、対前年比という数字で語られている。
多分僕の周りだけではないはず。

こんなご時世だから、98%というのは、大健闘だよ。
うちは、95だけど、他社は皆90切ってるって話だからね。
この商品だけは、ここ何年も100を切った事ない、まだまだ行けそう。
このスキームで行けば、少なくても103%は狙えるよ。

なーんてね。

もう一度、その指標の意味を考え直した方がいいのかもしれない。

一度ご破算にして、別の取り組み方、考え方でスタートできないものか。

いや、もっと売れるはず。もっと儲かるはず。
去年並み以上にやらないと、給料は上がらないよ。

いわゆる、「スケベ根性」ってやつなんだよね。

「欲をつのらせると人は不幸になる。」

ですよ・・・。
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鈍であれ

2009年01月20日 21時46分53秒 | 
きみはなぜ働くか。―渡邉美樹が贈る88の言葉
渡邉 美樹
日本経済新聞社

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以前、《愚者である事》という記事、書きました。

どろ亀先生の話です。

倉本聰さんの言葉。
『今、賢者ばかりの世の中。
そんな中で、どろ亀先生は、我々に愚者である事の大切さを教えてくれた。
愚者とは何か。
1.ものごとを利害で判断しない
2.何事も情熱を持って突き進む
今の時代だからこそ、愚者である、あり続けることがいかに大事かと思う。』

この本。
倉本さんの言葉と同じことが書いてあります。

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「鋭にして鈍なれ。」

30年ぶりに出た同窓会で、いろんな人生を送っている友人に会い、このように思った。

世の中には4つのタイプの人種がいる。

鋭にして鈍。
鈍にして鈍。
鋭にして鋭。
鈍にして鋭。

鋭とは鋭い事。才能があること。
鈍とは鈍い事。頭が悪くて表現もうまくない。


しかし、リストラにも無縁で、社会的に影響力を持ち、それなりにうまくやっているのは、
鋭にして鈍、あるいは、鈍にして鈍な人。

頭はよくなくても一つのことをきちんとできる人だからこそ人生がうまくいく。

いけないのは、鋭にして鋭。
いろいろキョロキョロして一つのことに我慢できない。鋭であるがゆえに楽してうまく行く方法を身につけてしまい結局長続きしない。

最もいけないのが、鈍にして鋭の人。

才能がないのに、あっちこっちに目が届く。気が散って何一つ出来ない。
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著者は、『人生、鈍であれ。』と強く訴えています。

サブプライムローン、そして、アメリカ市場経済。
弱肉強食、格差社会。
誰もが異常と思えるような拝金主義がどんどん増長している。

賢者ばかりが賢者の論理、ルールで世の中を席巻している。支配している。

愚者は、鈍なるものは、そんな世の中でどうしていくのか。

消費者のことだけを、愚直に考える。
自分の夢の実現に向かって、愚直に進む。
損得が第一義にはならない。
自分の愛するものを変わらずに大切にする。
淡々と、地道に自分の目指す方向に向かって歩き続ける。

ちょっとことがうまく行くと、
儲かり始めてくると、
出世して、肩書きができると、
政治家になって先生と呼ばれると、

人はどうしても、鋭になりがちで、さらに図に乗ろうとする。
周りをキョロキョロするようになる。
もっといいことがあるはずだろうと。
原点を忘れていく。
感謝の気持ちや、謙虚な心を失っていく。

うーん、ほんとに、そうだなあ。
自戒の日々。

今日も鈍であるように、
浮かれずに、地に足つけて、
淡々と一歩一歩進んでいこう。

なんとなくのイメージだけど、多分ノーベル賞を取るような人たちもそうなんだろうし、
棋士をはじめとした勝負師とか、スポーツ選手にもここでいう鈍な人が多いのかもしれない。

無心で、日々努力して、自分の技を極めていく。

あまり小細工とか、駆け引きとか、流行とか、まわりの雑音なんかにはとらわれない。

クレバーではない才のきかせ方、頭の使い方。

こういう「鈍」の状態、

茂木さんの脳科学的にも、なんかしら検証できることがあるんじゃないでしょうか。
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とりあえずアウトプットすること

2008年11月13日 00時17分38秒 | 
脳を活かす仕事術
茂木 健一郎
PHP研究所

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いろいろ勉強になったこの本のこと、
《タイガー・ジェット・シン」仕事術》《素の自分》、と書きました。

『脳の「出力」を高めるためには脳に「入力」された感動した言葉、役立ちそうな情報を、友人などに話して、「出力」することが大切です。
その結果、その言葉や情報が自分の血となり肉となって整理されるのです。それが仕事の極意、「脳の入力と出力のサイクルを回す」ということです。』

『感覚系=インプット』と『運動系=アウトプット』の回路。

現代人は感覚系が発達している。
小さな出力の積み重ねが、能力向上につながる。
脳を分析・整理するには、情報を言葉として出荷する。

とりあえずアイディアでも、考えでも、情報でも、言葉や文章にしてみることが大事。

身近な誰かに話してみる。
あるいは、ブログにでも、書いてみる。
なるべく早めに形にしてみる。
リリースする。

実際に出力してみないと、どこがずれているのか、わからないままになってしまう。
他人の意見を聞くというよりも、とりあえず出力してみる努力。
それをしないで、あれこれ悩んで考えたり、頭の中で整理しようと思っても、なかなかうまくできない。
誰しもいきなり完璧な出力などできるはずもない。
始めの一歩の踏み出しの大切さ。

そこから、いいサイクルが生まれる。
感覚系と運動系がつながってくる。

本を読んだり、セミナーに行ったり、いろんな人と話したり、仕事で経験したり、いろいろ考えていることは、頭の中で整理がついてないことがいっぱい。
きちんとした形で定着できてない。

当面インプットは少し控えて、できるだけアウトプットに時間をかけるようにしよう。

まとまらなくてもいいから、とりあえずでいいから、抱え込まずに、考え込まずに、書いてみよう。人にしゃべってみよう。

回りの反応を見たり、アウトプットした後で気づいたり、とか、
あとで修正したり、ブラッシュアップしていけばいい。

何はともあれ、どんどんアウトプットをしていくことが大事。
不安定な形で感覚系の情報が溜まっていくと、バランスが崩れてしまう。

ということで、気を楽にして、(いい加減でもいいから)(なんでもかんでもどんどん)アウトプットして行こう。

本当はじっくり咀嚼したり、熟成したり、定着させたりしたいこといろいろあるんだけど、いつかやろうと思っていてもなかなかできないのだから、どんどんリリースすることを心がけよう。

ということで、うまくまとまってないこともどんどん果敢に書いていきますので、あまり突っ込まないでくださいね。
(もともとそうじゃんって?
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「タイガー・ジェット・シン」仕事術

2008年10月17日 21時05分08秒 | 
50歳以上が選ぶ、好きだった往年の外国人レスラーランキング
こんな懐かしい選手ばかりが出てたのでご紹介します。

第1位 「白覆面の魔王」ザ・デストロイヤー 22.6%

第2位 「鉄人」ルー・テーズ 19.8%

第3位 「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリック 3.0%

第4位 「黒い魔神」ボボ・ブラジル 2.8%

第4位 「不沈艦」スタン・ハンセン 2.8%

第6位 「神様」カール・ゴッチ 2.5%

第6位 「仮面貴族」ミル・マスカラス 2.5%

第8位 「超人」ハルク・ホーガン 2.3%

第9位 「インドの狂える虎」タイガー・ジェット・シン 1.9%

第10位 「黒い呪術師」アブドーラ・ザ・ブッチャー

うーん、多少異論のあるところもあるけど、まあこんな感じなんでしょうね。

この前亡くなったキラー・コワルスキーは、残念ながら10位までに選ばれてないです。

脳を活かす仕事術
茂木 健一郎
PHP研究所

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最近読んだ本。
この本で紹介されていたのが、「タイガー・ジェット・シン仕事術」。

いきなり核心を突いた仕事をすること。
前置きなしに本題の仕事に取り掛かること。

会場に現れるなりサーベルを振り回し、観客を襲い始める。
そのままレフリーの紹介も待たずに、相手選手に攻撃を仕掛ける。
パイプ椅子で殴りかかったり、噛み付いたりする。

会場は瞬く間に興奮の坩堝。

程よいところでゴングが鳴る。
あっ、ただいま試合が始まりました。

この絶妙な間合いのゴングとアナウンサーの一言によって、
場外乱闘や狂気攻撃が追認される。

これが、普通の展開であれば、
レフリーの選手紹介、ルール説明、花束贈呈、などなどお決まりの流れを経ないと試合は始まらない。

こんなのはまどろっこしい。

天気の話、前提の話、など時間を経てから、さあ、そろそろ本題に行きましょうか、と。

段取りや前提を省いて、いきなりアクセル全開でビジネスの核心の話をする。

スティーブ・ジョブズもビル・ゲイツもできる人ほどこういう仕事のやり方をする。

そうでないと、会話に生命力が宿らない。
集中力が途切れる。

このスピード感、緊張感。

確かに、自分が話を聞く立場であれば、
早く本題を言って欲しいのに、とイライラすることよくあります。
お互い忙しい立場であれば、当然ながら、
肝の部分の話に終始したい。
そのためには、グダグダつまらない導入の話は不要。

それでは味も素っ気もないじゃん、というのもあるけど、
すべて予定調和の段取りの時間は、やはり飽きる。

タイガー・ジェット・シンが登場する時の緊張感、思い出しました。

客席で逃げ惑った時のことを思い出しました。
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