即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

悠久の時を旅する

2013年10月28日 01時21分52秒 | 音楽と美術
家の近くのニッケコルトンプラザで行われている星野道夫写真展に行ってきました。

 
 

相変わらずの人気、狭い会場には人がいっぱいでした。
カムチャッカで取材中にヒグマの事故で突然亡くなってからもう17年にもなります。
同じ市川で家も近く、10代の頃から家族ぐるみで交流していた星野道夫のこと、何度も前にも書きましたが、毎年8月8日の彼の命日には必ずお墓参りに行き、帰りにお母さまのところに寄ってくる習慣がずっと続いています。
 

この写真展はニッケコルトンプラザの開業25周年特別企画とのことです。
子供の頃からずっと家のそばにあった日本毛織の工場が取り壊されて長い間広大な空き地だった。
何ができるんだろう?と近所は皆興味津々だったけど、できたのは巨大なショッピングセンター。
プランタンがメインのテナントで、ファッション、雑貨、本屋、スポーツクラブなど地域住民としては画期的な出来事であった。
 

1988年11月25日に開業ということなので、あれからもう25年なんですね。
出来てからちょっとしてこの中にあるスポーツクラブに通い始めたので、それももうすぐ25年ということになる。

歩いて5、6分。
自転車で3、4分。
車だと15分。(いつも結構混んでる)

それくらいの近くに、こんな便利で楽しい場所ができるって、生活が一変する。
前は、何の買い物するのでももっと遠くまで行かなきゃいけなかった。
シネコンもレストランもあるし、季節に応じていろんなイベントもある。

市川でどうぶつしょうぎ♪

工房からの風

夏には恒例の盆踊りと縁日。
 
 

夕方帰る時はいつも振り返ってみる空。


25年の時を振り返ってみる。
テナントも時代とともにかなり入れ替わった。
気に入った店は大体すぐに潰れた。
レストランも最初からずっとあるのはアスターとアジオくらいかもしれない。

思い出すのは当初あったダスキンのカーニバルプラザ。
大阪の江坂にあって大成功を収めその2号店がここにできた。

外観はイルミネーションでキラキラしていて、ワクワク感を醸し出す。
入ってみると広大な面積に全部で900席もある巨大な3つのレストラン。

ピエロのショータイムが一日に何度もある。
突然電気が消えて行われるバースデータイムも大盛り上がりだった。
お祭り、屋台、雑貨屋、似顔絵書き。
雨が降ってきたり、星が煌いたり、雷が鳴ったりなど、大げさな照明効果や効果音で子供たちを大興奮させたコーナーも印象深い。
 

テーマパークとレストランが合体したかのような、それはそれは究極のファミリーエンターテインメント。異様なまでのお祭り騒ぎがあちこちで繰り広げられているエキサイティングな場所だった。
週末は1時間2時間待ちは当たり前。
バブリーな日本の中流家庭のパラダイスとも言えるあのカーニバルプラザはずいぶん前に閉店になった。

失われた20年というけど、その間我々は何を失ってきたのだろうか?
25年前からこのショッピングセンターのお蔭ですっかり便利になった僕の生活も、その見返りとして何かを失ってきているはず。

近くにできたこのショッピングセンターのテナントの変遷とともに、自分のこの25年間を振り返っていろいろ考えた秋の日曜日でした。
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情報技術とともに加速度的に発展する将棋を観る楽しみ

2013年10月20日 18時53分22秒 | 将棋
先日、日経ビジネスイノベーションフォーラム 「ビジョナリーであるために」
~誰にもみえない未来をつくる~ 将棋から学ぶ次の一手
に行ってきました。

このような3部構成のメニューです。

1.講演 「情報技術の進化と企業経営」
梅田 望夫氏 ( リコー社外取締役)

2.対談 「次の一手を決断するための思考プロセス」
渡辺明竜王・棋王・王将× 矢内理絵子女流四段

3.特選対局
加藤桃子女流王座VS 矢内理絵子女流四段
  《 解説:渡辺明竜王・棋王・王将 》
  《 聞き手:上田初美女流三段 》

ちょっと遅れて行って案内され、一番後ろの席に座ったら、偶然すぐ隣が遠山編集長okadaicさんでした。

ということで今日は第一部の梅田望夫さんの話を簡単にまとめてみようと思います。

まず梅田さんが最初に象徴的に紹介してくれた、一般将棋ファンのこのtweet。
“リアルタイムで将棋が見られるようになって本当によかった。
棋譜を並べただけでは伝わらない感動が、棋力に関係なく多くの人たちと共有できるようになった。”


そうですね、ほんと、すっかりそういう時代になりましたね。
梅田さんの提唱した『将棋を観る楽しみ』というものが我々将棋ファンの間ですっかり定着して当たり前のようにリアルタイムに、カジュアルに、楽しめる状況になったわけです。
将棋連盟の方、棋士の方、遠山編集長を筆頭とする関係者の方々、数年前まではなかったこの幸せすぎる環境、本当に感謝しています。ありがとうございます。

そもそも、すべての始まりはここからでした。

シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代
クリエーター情報なし
中央公論新社


梅田さんやokadaicさんと初めてお目にかかったあの時。思い出します。
『シリコンバレーから将棋を観る』サイン会

これ、2009年春のことなんですね。
まだ4年半前ですか。
なんだか隔世の感があります。

 


この本があまりにもインパクト大きかったのでずいぶんブログにも取り上げました。

本屋の売り場に関する話を1話から7話まで書いたりとか、僕の中でのこの本の影響力についてもいろいろ書かせてもらいました。

梅田さん、okadaicさんからも直接コメントをいただいた記事。
シリコンバレーと本屋の売り場・その2

書評のような記事。
シリコンバレーから将棋を観る
将棋を観る楽しみ

もうかなり忘れてましたけど、感慨深いです。
すっかり新しい時代になりましたね。
今ではタイトル戦などはニコ生も当たり前のようになり、皆、リアルタイムで将棋を観戦し、twitterであれこれ言い合ったり、その臨場感を共有しつつ楽しんでいます。

今までは将棋の強い人、上級者たちだけの場だった。
ほんの一部のマニアの人たちだけのニッチなコンテンツ、エンターテインメントだった。
それが、ここ数年で、イメージも含めすっかり将棋の見え方、位置づけが変貌した。
棋士たちの真剣勝負の醍醐味、それにまつわる興味深い情報などが広く世の中に伝えられるようになり、楽しみ方もいろいろ幅ができ、それとともに裾野も一気に拡大した。
若い人、そして女性、子供などがどんどん新たなファンとして流入してきて、もともとずっといて幅を利かせていたタバコ臭いオヤジたちはすっかり肩身が狭くなった。

プロの将棋を味わうのは、ずっと、何十年も、新聞の観戦記、そして、将棋世界と週刊将棋を中心にして歴史が刻まれてきた。
あと、NHK杯や名人戦竜王戦のBS放送のテレビ中継を加えたらそれが将棋を楽しむすべてのチャネルだった。
そこに登場したインターネット。
インターネットの発展のおかげで、将棋やスポーツなど、観戦する側の楽しみ方の深さ、充実度は急速に変化してきた。
しかし、その中でも将棋を観る楽しみは、インターネットの恩恵を受けてるものの最右翼かもしれないとマジに思えてくる。
楽しみ方が100倍返しになっていると言えるくらい、大きな影響を受けているのではないかと思う。

こんなイベントもありましたね。
羽生さんイベント@アップルストア
電王戦も含め、数々広いジャンルの将棋イベントも全国各地で頻繁に行われています。
タイトル戦の大盤解説会なども現地、ニコ生、連盟、主催者、など、ファンが自分の好みや利便性に応じて選べる選択肢もどんどん増えています。

インターネットがある程度普及しても、将棋コンテンツは大スポンサーの新聞の利権であり収益源たる独占情報だから、そう簡単にはネット上にOPENにしていくことは長い間困難であった。

それがある時から堰を切ったように、誰でも気軽に(それほどお金もかからず)享受できるような時代になった。

昔は情報を制限することで価値が生まれたけど、今は情報は公開することで全体としての価値が高まる。情報をOPENにしてしまうことが誰にも見えない未来を作ることになる、と梅田さんは言う。

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
クリエーター情報なし
筑摩書房

この2006年に上梓したウェブ進化論でも書かれているが、
オープンソースということに注目している。

ネット上で公開することにより、金銭の授受も、指示や強制のメカニズムもなく、自発的に知恵が集まり自然に成長していく。

プロ棋士の世界、将棋の研究や進化はそんなオープンソースの世界と似ている。

将棋は「オープンソース的な営み」「オープンソース現象」と言えるのではないか。

異質な個性が思考を共有しそれぞれの持ち味を発揮し、自主的に全体として大きな達成を成し遂げる場。
足りない部分を補い、アイデアの連鎖反応を起こすこと大きなインパクトを与えること。
労働に見合った報酬とか関係なく、その対象が好きという一点で結ばれている。
こういうことが誰にも見えないこれからの世界を考える大きな指針になっていく。

現在のイノベーションにおける二つの流れ。
A.基盤事業やしくみ、カルチャーを破壊しない範囲で、ITを導入してイノベーションを起こす。
B.新しいITを前提に、何も拘らずに破壊型イノベーションを起こす。新しい可能性を追求していく、見定めていこうとする方向。

今回の電王戦は、明らかにB。
故米長会長の考えで、いいことか悪いことかわからないけど、時代の流れなのだから逃げずに取り組んでいこうと主張し始まったイノベーション。

梅田さんの締めの言葉は、
『ITの本質を見据えたイノベーションをしていくことが人間の役割。
それはまだ緒についたばかりなので、一緒に誰にも見えない未来を作っていきましょう。』
とのこと。

ITの力。
梅田さんの指摘するオープンソース的な営みは未来の可能性を大きく広げていくことができそうな気がする。
とりあえず現代に生きる人間として、“将棋を楽しむ”ということを通してであれば、人間とITがどうリンクしていくのがいいのかを見守ったり考えたりすることはとても興味深い。

そういう意味で以前何度も書いた電王戦に関しては、現状ではかなり批判的な見方になっているのだけど、人間の英知や見識を信じて、まだ誰にも見えない未来を積極的に創造して行こうとすることは恐れてはいけない、という勇気をもらいました。
梅田さん、ありがとうございました。
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健康と幸せのバランス

2013年10月16日 15時48分30秒 | 日記とニュース
体力向上への道という記事を書きました。

年寄りほどスポーツクラブにも行ってるし、体力も向上している中で、若い人、特に女性はスポーツクラブにも行ってないし体力が年々落ちている、という体育の日のニュースについてです。

この事態を鑑みて、文部科学省としては、「若い世代の女性を中心にスポーツクラブへの所属を促進させる取り組みが必要」と言ってます。

NHKのニュースでもこのことを取り上げていましたが、今回初めて調べたスポーツクラブへの年齢別所属率のデータで、70代が4割と一番多い、20代、30代が一番少ないという結果が出ています。

昔のイメージからすると真逆なんでしょうけど、少子高齢化+不況の今の時代はさもありなんです。当たり前です。
時間もお金の余裕もある年寄り。
なおかつ健康意識も高い。
カラダ弱って周りに迷惑かけたくないし、病気するといろいろお金もかかるから、いつまでも健康でいなきゃ。
それにはウォーキングやゴルフや山登りもいいけど、スポーツクラブにでも入って地道に体力作りしないと。
スポーツクラブには同年代の仲間もたくさんいるので刺激にもなるし、情報交換もできる。

一方、時間もお金も生活の余裕もない若い人。
仕事がない。あっても忙しい。
非正規雇用も多い。
給料は前よりも下がってる。
「部下の手柄は上司のもの、上司の失敗は部下の責任」なんてほざく上司はいっぱいいる。
おまけに子供を預ける保育施設はない。
将来は不安ばかり。悩みは募る。

そんな状況の中で運動したくてもいろいろな理由でそんな余裕はない。

何かいい解決策はあるのでしょうか?

若い人の体力が落ちている。
そして、体力の落ちているのはスポーツクラブに行ってないからだ。
じゃあ、若い人をもっとスポーツクラブに入れれば、落ちた体力も向上するはず。

こんな単純極まりない三段論法で進んでいかないだろうな。
状況の把握が短絡的というか、薄っぺらい感じで、現象だけでものごとを捉えようとしてませんか?

さて、文科省としては、果たして具体的にこれからどのような取り組みをしていくのでしょうか?

いっぱいいっぱいな生活をしている若い人たちに、あなた方は体力が落ちているので、スポーツクラブに通って体力アップさせてください。
なーんて勝手に上から目線でつべこべ言ってみたところで、
「そんな金も時間もないよー。」と一蹴されるに決まってる。
そんなことよりも、と言われて、経済や雇用の問題、子育ての問題、将来への不安などなど、いろんなこと言われちゃうに決まってる。
そうなると得意のバラマキですか?
子供手当ならぬ、体力向上手当、健康手当。
一律出すのか、セーフティネットで極端に体力のない人だけに出すのか。
スポーツクラブへの補助をして、若い人の入会金、月会費をいくらか国が持つ、とか言うのもある。
単にスポーツクラブに対して、若い人の費用は他の年代よりも下げてください、と要請するだけとかもある。
単純に表面的に、「スポーツクラブに入会しましょう!スポーツしましょう!体力作りが肝心」なんていうポスターを作ってあちこちにベタベタ貼るだけだったりして。
まあ、そこまでひどくはないでしょうね。

つまりは本気でやろうとするのかどうか。
体力向上などと言っても、いろんな社会問題や課題が絡んでくる。
そこの部分を一括して、セットで解決できないと、どうにもならない。
大した効果は見込めない。

体力だけのミクロ的な問題にしないで、若い人たちの幸せ度アップとか、不安解消とかにつながるような施策、取組み。
多少体力は下がったとしても、結局は幸せ度がアップすればいいわけだから、そこまで深く理解してから手を打たないと誰のためにもならない税金の無駄使いになってしまう。

本気で国民の健康や幸せを考えた上でのことならいいのだけど、どうも今までにもよくあった典型的なお役所仕事が想像できてしまう。
縦割り行政がさらに足を引っ張る。
文科省だけでは大したソリューションにならないのであれば、他の省庁も連携してやってほしいのだけど、そう簡単にはいかないですよね。

結局は、(文科省だけの中で)(国民のために)いろいろやってます、手を打ってます、ということを示しておしまい。
精一杯仕事してます。皆さんのために動いてます。

表面的表層的な対応。いかにもの形作り。

本質的な解決に向けての対策ということになると、お役所任せではなく、我々も知恵や汗を出していかないといけないこともわかっている。

そんなことで、知り合いの若い女性に、僕の行ってるスポーツクラブに入会しないか?って声掛けするところから始めよう!
若いうちからの体力作りは重要だよ、ってことで。
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体力向上への道

2013年10月14日 17時32分14秒 | 日記とニュース
体育の日の関連ニュースです。
70代の体力が過去最高、20~30代女性は低下

要は年寄りほどスポーツクラブにも行ってるし、体力も向上している。
それに反して若い人、特に女性はスポーツクラブにも行ってないし体力が年々落ちている。
という話。

従って文部科学省の結論としては、「若い世代の女性を中心にスポーツクラブへの所属を促進させる取り組みが必要」とのこと。

そうそう、本当に必要です。
昨日も行ったし、ちゃんと週に2回はスポーツクラブに行ってるのだけど、昨今のスポーツクラブはほんと元気な年寄りの集会場と化しています。
老人ホーム内健康施設の様相。
ジムに行こうがプールに行こうが、サウナに入ろうが、ほんと年寄りばかりの世界。
スタジオは多少違う部分もあるけど、どうにもスポーツクラブのイメージが以前と違ってきている。

文科省の言うように、若い女性がたくさんいる場所にしてほしい、戻してほしい。

でも、若い女性にとっては、本当は行きたい気持ちもあるけど、どうも年寄りばかりであまりにも年寄り臭い雰囲気だというのが大きなネックになってるのかもしれない。

もうひとつあるのは、前に悪魔の要塞という記事でも書いたし、折に触れて嘆いているスポーツクラブのオバサンたちのあの我が物顔の傍若無人たる態度。

いつもうちの奥さんから聞かされてます。
今日もサウナでこんなことあったのよ。
こんなひどい人がいて、頭来て言ってやったのだけど、知らん顔、みたいな話。
スポーツクラブに行く度毎に何かしらモラルのないオバサンがらみの嫌なことがあるようです。
そんなひどいオバサンほど、仲間とつるんでる。団体で周りに迷惑かけまくってる。
阪急電車のオバサンたちを思い出す、どうにも恐ろしい、おぞましい光景です。

サウナ、洗い場で、タオルなどを置いて場所取りする。
サウナだろうが、ロッカールームだろうが、大声で下品な話をする。
混んでるサウナで太ったカラダを投げ出して平気で寝転んで悠然としてる。
サウナで汗びっしょりになったまま流さずに水風呂に入る。
仲間とつるんで気に入らない人のひそひそ話をする。いびる。村八分にする。
さながら牢名主、大奥。

こういうオバサンたちのモラルのなさ、公共意識の低さが蔓延しているスポーツクラブには若い女性は寄りつかないでしょうし、入ってもすぐに止めちゃうでしょう。
文科省が若い世代の女性を中心にスポーツクラブへの所属を促進させる取り組みを本気でやるのであればこういうオバサンたちを一掃しないとだめだと思います。
これは難しい問題です。教育のところとか、根本的なところから変えていかないと、単に取り締まったり、チェック強化したりというだけでは軌道修正は難しいでしょう。

さて、もしも文科省がいろいろな問題をクリアして、頑張って若い女性がどんどんスポーツクラブに入会するようになったらどうなるのか。
当然のことながらオジサンたち、ジイサンたちは益々元気が出ちゃうに違いありません。
70代、60代男性の体力向上はさらに進んで過去最高記録をどんどん更新していくこと間違いなしです。
いい歳したオジサン、ジイサンたちが、嬉々として毎日のようにスポーツクラブに出かける。
それを聞きつけて、他のオジサンたちもどんどんスポーツクラブに入会する。
派手なウェア着てスタジオで若い女性たちに囲まれて飛んだり跳ねたりするオジサンたち。
この世の春だし、病気も治っちゃうし、体力もどんどん向上します。
しかし、この勘違いして派手なウェアを身にまとったオジサンたちの光景もまた恐ろしい、おぞましい、見たくない光景です。

さあ、「若い世代の女性を中心にスポーツクラブへの所属を促進させる取り組みが必要」と言っている文科省はこれからどういう手を打って実現させていくのでしょうか?
楽しみです。
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価格競争不参加表明

2013年10月12日 16時13分15秒 | 仕事
価格と価値のつばぜり合いという記事をはじめとして、安売り、価格競争についての意見や疑問について何度も取り上げてきました。

結局は自分の首を絞めることにもなるし、価格よりも自分(自社なり商品なり)の価値を高めないといけないんじゃないの、って話。(まあ、それが難しいんだけど)

川島さんはしょっちゅうこのネタ関連記事を書かれてますし、時々川島さんを弄っているssayさん価格と価値という記事の中で川島さんの安売りの採算。という記事について書かれています。

実は昨日、ほとんどまだ知らない印刷会社の営業の人と会いました。
今関わってる仕事の話をしている中で、nanaponさんは顔が広いからいろいろ紹介してくださいよ、という話になったので、その人の会社の強みとか、特徴とか、その辺について聞きました。

『まずうちはそんな安くないんですよ。』

おー、そこから来るか。

最初のポイントが、安くはないですよ、と。

『うちは結構凝ったものとか、面倒なもの、難しそうなものが得意なんです。』

へー、やるなあ。

『色にうるさいものとか、加工が大変なものとか、この予算ではどこまでのことができるのか、みたいな条件の中での提案とか。

 もちろん普通のものだってやりますよ、そりゃ。でも、値段のこといろいろ言われて、うちは予算が少なくて、とか、他社はこれくらい(の低価格)でやるところがある、とかなると、じゃあ、そちらでどうぞ、ってなってしまう。』

どの業界もそうだろうけど、デザイン代にしろ印刷費にしろ、全体的にはもう10年以上前からどんどん全体的な価格が急降下している。(二極分化してるってこともある)
不況になり、各社生き残りをかけて、構造改革や新技術導入なども含め、必死で値段を下げて仕事を増やす努力をしている。

大手は大手で、ここまで下げたら競合は付いてこられないだろ、という驚くべき価格破壊値段で仕掛けてくる。
そこにどんどん追随して、こっちはもっと安いよ、と、利益度外視の作戦に出る。
価格という一つの尺度が全体を席巻してしまう。
そんなことの繰り返しで、完全に足の引っ張り合い。
消費者がそこまで求めてないのに無駄な競争をしてお互い疲弊しちゃってる。
不況になり消費者の財布のひもが固くなったのは確かだけど、そこで価格のところばかりに目が行っちゃって、もっと安く、うちの方が安く、って戦いにはどこかで終止符を打ちたい気がする。打たなければいけない。
そっちばかりにのめりこまず、価値の部分をしっかり構築してもっとちゃんと利益が出るビジネスモデルを作っていこう。
画一的でなく、呉越同舟ではなく、もっとそれぞれの個性を出して、多様性を極めて、価値争いが勝ち争いになるような展開が望ましい。

商品、サービスによって一概には言えない部分もあるし、価格と価値どちらか一方ではなく、そのバランスだということもある。

当社は、価格コースと価値コースの中で、価格コースの方にエントリーしてます(だから安いでっせ)、とか旗幟鮮明にしちゃった方がわかりやすいかもしれない。

どちらにしても姑息に安い値段を提示して抜け駆け的に仕事をかっさらっていく、そしてやってるいうちにずるずる上げていって利益を確保してしまう、的なことには騙されないようにして、一部は除いてできるだけ多くの会社が百花繚乱の価値争いをしてくれた方が買う方にとっては楽しいし選びやすい。

ということで、自分の価値は何?うちの会社の強みは何?絶対負けない部分を作っていこうよ、という流れが主流の業界、世の中になっていかないと、皆儲からないし疲れちゃうし楽しくないじゃん、というお話。

僕だってどこかに印刷会社を紹介するにあたっては、
安い印刷会社ありますよ、というよりも、安くはないけどいろいろ面白い印刷会社知ってます、という方が楽しいです。
はい、興味のある方、ご紹介しますよ。

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気になるあいつ・その2

2013年10月06日 16時28分16秒 | あいつ

気になるあいつという記事を書きました。

結構気になっているのだけど、なかなか会うことができない。

毎日通る道でその曲がり角を曲がる前から、今日はいるかな??とワクワクドキドキしてしまう。

こんなの久しぶりだ。

大昔の、いつも乗る通学電車のあの車両のところに、あの子が今日もいるのかどうかって頃以来だ。

4、5日も会えないと、元気でいるのかな、と心配で気になってしまう自分がいる。

そう、ツバメの子供たちを思い出す。

そして、数日後、ついにいたあぁぁ。。。

塀の上ではなく屋根の上の猫だ。

元気でいたんだな、よかったよかった、と胸をなでおろす。

  

朝や昼は、ほとんどあいつを見かけることはない。

夜は僕の帰りが遅いので、その時間帯にはあいつはいない。

ということで会えることは少ないのだけど、

たまたまこの前の帰り道、もう暗くなっていたのにあいつがいた。

初めてフラッシュをたいて撮影した。

     

過去の統計では、夕方、薄暮の頃、6時とか7時頃にはかなりの確率で塀の上にいる。

今日の夕飯どうしようか、塀の上から世間の動向を見つつ、何かいいネタはないか、あれこれ考える時間なのだろうか。

今日はいつもよりも遅くて8時くらいだったのに、ちゃんとあいつはいた。

となると、2、3時間はずっと同じ姿勢でいるじっとしてるってことなのか。

かなり近づいてフラッシュもたいたり、話しかけてもみたけど、びくともしない。

ひるむ様子も全然ない。

あいつは大物に違いない。

さて、場面は変わって↓ここはうちの庭。

知らない猫が来てこっちの様子をうかがってる。

ひょっとしたらあいつの手下かもしれない。

最近あのオヤジどうしてるか気になるのでちょっと様子見て来い、って指令。

こいつも堂々としてる。

上司も部下も動じないタイプだ。

そういう社風なのか。

 

また別の日の夜のこと。(写真なしのシーン)

帰り道、いつもの空き家の前の道をあいつが歩いていた。

雨だし、道は暗いし、良く見えないのだけど、白いあいつはとても目立つ。

雨の中を早足で、道の真ん中をずっと歩いてきて、さっと路地に入った。

塀の上か屋根の上で“ねこ”ろんでるあいつしか見てないので、ちょっと動揺。

証拠写真を撮る間もなく素早くいなくなった。

いつも優雅にのんびりしてるわけじゃなく、あいつだっていろいろ生活があるわけだ。

人には言えない苦労もあるに違いない。

あいつの人生。じゃない、猫生。

わざわざ雨の中を早足で歩いてるなんていうことは、なんか辛いことでもあったんじゃないのか?

困った時にはオジサンに言えよ。

何でも気軽に相談するんだよ。

また別の日。

あいつの家の屋根にあいつ以外の猫がいた。

枝でよく見えないのだけど、葉っぱを食おうとしてるのか、どっちにしてもじぶんちのように寛いでる。

どうなってるんだい?あいつとはどういう関係なのか?

単なる侵入者なのか、はたまたあいつと密接な関係なやつなのか?

また気になることが増えた。

そして、今日。
珍しく朝の時間なのにあいつがいた。
うちの庭に手下を行かせて僕が出かけるのをあらかじめ計っていたかのように僕が通るのを待っていた。
   

かなり近づいて、時間もあったし、何十カットも写真を撮り続けた。

それでもあいつは微動だにしない。

いつもカメラ目線で、決して視線を外したりしない。

警戒してるのか、監視してるのか、はたまた愛情なのか。

今日もあいつのことを考える時間が増えている。

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