風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「水のなかの蛍」

2012-02-23 | 読書
命の物語。
そして青年の成長=旅立ちの物語。
誰もいなくなったところから
彼はひとりで新しい1歩を踏み出す。
命について考え、体験しての旅立ち。

古いアパート風見館に住む奇妙な人達と、
喫茶店「前奏曲(プレリュード)」に集まる
それぞれ何かしら背負った人々が登場する物語は
語り口は軽妙なのに内容はとても重い。
(いや、軽妙だからこそ哀しさが増す)
主人公は様々な体験をし、話を聞きながら
命について考えていく。
人々が背負ったものはとても辛く哀しい。
でも不思議なのは、重く暗い内容にも関わらず
読み終えた後はとても優しい気持ちになれるのだ。
これはこの作家の作品すべてに言える気がする。

この人の作品を読んだのは
「アンクルトムズ・ケビンの幽霊(改題:国境のハーモニカ)」
「でいごの花の下に」「花淫れ」に続き、4作目。
登場人物は必ずと言っていいほど重い過去を背負っている。
そしてその記憶にこだわり、それでも人生を歩んでいく。
その哀しさに共感し、ある意味勇気をもらいつつ
それらの本を選んできた。
最近では「池永陽」という名を書店の棚に探すほどになった。
まだまだ未読の作品があるようだ。
楽しみ。

「水のなかの蛍」池永陽:著 集英社文庫

「どうぞこのまま」

2012-02-22 | 音楽
この確かな時間だけが  
今の二人に 与えられた  
唯一の証しなのです  

ふれあう事の喜びを  
あなたのぬくもりに感じて  
そうして 生きているのです  
くもりガラスを伝わる 雨のしずくのように  
ただひとすじに ただ ひとすじに  
ただ ひたむきに....  

それは ばかげたあこがれか  
気まぐれな恋だとしても
雨はきっと 降り続く    
くもりガラスをたたく 雨の音数えながら    
どうぞ このまま どうぞ このまま    
どうぞ やまないで  

さよならは涙とうらはら  
さめたコーヒーのようなもの  
だから いつまでもこのまま

どうぞ このまま どうぞ このまま    
どうぞ やまないで  
どうぞ このまま どうぞ このまま    
どうぞ やまないで
     (丸山圭子 作詞・作曲・唄)



ついこの前まで大橋純子の歌と勘違いしていた。
昭和51年に流行ったボサノバ系の切ない歌。
同じ年に流行った「あの日に帰りたい」同様
ガットギター1本で歌うといい雰囲気になりそう。
そのうちちょいと弾いて歌ってみようか。

椿

2012-02-21 | 生活の風景
こんな色彩を
都心の真ん中で見つけた。
意外に東京という街は面白い。

春の日差し

2012-02-20 | 生活の風景
昨日
中野サンプラザ8階にて。

花巻駅

2012-02-19 | 生活の風景
昨夜から
朝までの積雪5cm。
今朝の最低気温は-9.8度。
これから帰京。


今朝のサンデーモーニングを見て思ったこと。
福島第一原発の事故調査委員会の発言は
まるでかつての日米開戦責任論。
誰も責任を取ろうとせず
すべて責任を押し付けやすい東電へ。
「東電からの安全対策について深く検討せず
 何となくOKを出してしまった。
 東電はそれにより『国からお墨付きをもらった』と」
「私は事務方ですので技術的なことはわからず・・・」
一番の問題は国会でも与党でも東電でもなく
行政なのではないか?

「田村はまだか」

2012-02-18 | 読書
面白い。
軽妙な会話と表現豊かな人物描写。
表向きは普通の日常の中の一場面、
ごく当たり前にいる人々が表面的に見えているが、
実はその一人ひとりにそれぞれの人生があり
それぞれの思いや立場や言葉がある。
小説の中で主人公は次々に変わるけれど
考えてみれば人は皆自分の人生の主人公だもんね。

そして何より面白いのは
作者によるそれぞれの思いの描写と
その中で発せられる印象深い言葉。
この作品は吉川英治文学新人賞を取っているが
その選者のひとり大沢在昌氏の
「心の内側のヒダを爪で引っかいて来るような感触があり
 それが不快ではない。作者独特の才能といえるだろう」
とか
伊集院静氏の
「どこにでもあるようなちいさな存在である人の集まりに
 誰でもが経験し、大切にしてきた記憶があり、
 その時間に奇妙な輝きがある。
 それが人間、群像であるということを
 作者は心得ている」
という選評がよく言い表している。
語り口は軽妙だが中身は重い。

作者は自分と同い歳の女性。
描写に優れているということは
観察にも優れているということだろう。
50年浮世で曇った自分の目を恥ずかしく思った。
「田村」が言った言葉が余韻となって残る。
「(人は)どうせ死ぬから、
 今、生きてるんじゃないのか」


「田村はまだか」朝倉かすみ:著 光文社文庫

福山城

2012-02-17 | 
風は冷たかったけど
空気や雲の形や太陽の光は
東京とも、もちろん岩手とも違い、
間違いなく春だった。

「吉原花魁日記」

2012-02-16 | 読書
選んだ本が
期待ほどじゃなかった時の落胆は大きい。
残念ながらこの本の前に読んだものがそうだった。
そしてこの本・・・別の意味で落胆が大きい。
この装丁はいったい何なんだ。
中身の深刻さと深さ、重さを全く感じさせない
少女マンガのような軽い表紙イラストは何?
本はあくまで中身と装丁と体裁が三位一体でないといけない。

明治40年前橋生まれの19歳の少女が
(森光子さんというらしい。女優さんと同姓同名)
吉原がどんなところかすら知らずに周旋屋に騙されて
貧しい家計を助けるため身を売って入った大正13年から
命からがら逃げ出すまでの2年余の本物の日記。
吉原の中の辛い生活、膨らむ仕組みになっている借金、
同世代の女性たちだけ集まっている共同生活の狭苦しさ、
体を壊しての入院、軽んじられる命、存在・・・
それらを筆者は、過酷な仕事の合間に
自分を保っていられるよう日記を書き続けた。
その観察眼、筆力には圧倒される。

個人的には、現代とはかなり違う
大正末期頃の会話口調も大変興味深かった。
当時の本を読んでも文語調だったりしていて
実際の会話口調はこれで案外わからないもの。
この日記の中には遊女同士や店の使用人との会話、
そして遊女と客の会話が毎日のように出てくる。
その口調がとても興味深いのだ。
筆者が吉原を逃げ出し、
ひたすら外の世界を逃げている時の警官との会話、
市電(後の都電)の車掌との会話など
焦る気持ち、恐怖、疑心暗鬼などの気持ちが
生々しく描写されている。

この本は長らく研究用として読まれ、
一般書としてはほとんど人の目に触れていなかったらしい。
これだけの書き手が市井(というより苦界)に埋もれ、
しかもその後の消息も分からないというのが
返す返すも残念だ。
後半生が幸せであれかしと心から願う。

「吉原花魁日記」森光子:著 朝日文庫

ウクレレ

2012-02-15 | 音楽
買っちゃった。
今までは借りてたけど
自分のものとして安いヤツを手に入れた。
ARIAの4,950円。
これで練習したい曲が今2曲ある。
なかなか弾くヒマないけどね(^^;

「雨」

2012-02-14 | 生活の風景
雨は土をうるおしてゆく
雨というもののそばにしゃがんで
雨のすることをみていたい
         (八木重吉)

バルコニー

2012-02-13 | 生活の風景
駒込の
旧古河庭園にある洋館。
こういう古い建物が大好きなので
意図して見に行ったりもするのだが、
ここの造り、殊にも玄関先のバルコニーの形状が
高校1年の時に1年間だけ通った
古い校舎に似ていて懐かしい思いすら抱いた。
昔の建物は現代建築と比べると無駄が多いかも知れないが
趣があり、思い出の中でも生きている。
こんな造りの校舎で学んだ
古の人達もみなそうだったんだろうな。

「盛岡の
 中学校のバルコンの手摺りに
 も一度我を寄らしめ」
         石川啄木

紅梅

2012-02-12 | 生活の風景
東京は
そろそろ春の気配。

高校2年の頃のこと

2012-02-09 | 風屋日記
特筆すべきことは何もしなかった1年間。
憧れの先輩のためにひと肌脱ぎ、
人数を集めて再興した声楽部も、
元々やりたかったことではなかったので
大人数で方向性が決まり軌道に乗ると同時に醒め
先輩の卒業と同時に顔を出さなくなった。
夏休みまでの前期は
前年後期に続いて生徒会執行部も務めたが
自分達が中心となるべき後期は選挙にも出なかった。
応援団幹部選挙は天邪鬼を起こし直前で出るのを止めた。
とは言え、当然ながら勉強に精を出すわけでもなく、
大学生活への憧れは持ちながらも
受験勉強に対しては斜に構えていた。
皆が部活や生徒会や応援団活動に青春を賭けていた頃
ワタシは毎日学校帰りにいつもの本屋へ寄り
200〜300円だった文庫本を買っては
これまたいつものJAZZ喫茶で250円の珈琲を啜りながら
本を読み、マスターからJAZZの講義を受けていた。

あの頃一番ハマっていたのは
ちょっとクールでアンニュイな哲学ながら
どこか切ない雰囲気のアルベール・カミュだったが、
その他ドーデ、サルトルなどの仏文ものをよく読んでいた。
トマス・マンやヘッセなどのドイツものも読んだし、
日本のものでは堀辰雄や立原道造、中原中也など
詩歌に近いものが多かったが
いずれ19世紀末から20世紀前半のものが多かったと思う。
ニーチェやカントなど、あえて哲学書のページを、
わけが分からないながら繰っていたのもこの頃のこと。

JAZZ喫茶「エル・グレコ」のマスターに教わったのは
バド・パウエルやキース・ジャレット、チック・コリアなど
あの頃メジャーだったピアノものが多かったけれど
スタッフやクルセダーズ、ラリー・カールトン・・・
これまた当時流行の
クロスオーバー界をリードした人達のこともよく聞いた。
(クロスオーバー→その後フュージョンと言われた)
夜23時15分からのNHK-FM「クロスオーバー11」を
毎晩聴いては予習・復習を怠らなかった(笑)
マスターからは珈琲のこともいろいろ教わったな。

あまり友人達とつるむこともなく
夕方になると家に帰って夕飯後にはまた本を開く毎日。
夜中、FMから流れてくるクールな音楽を聴きながら
イヤホンをしていないもう片方の耳には
東京行き夜行出発を知らせる花巻駅のアナウンスが
夜気に乗って遠くかすかに聞こえ、
これからの自分の将来への期待と不安の中、
やたらセンチメンタルな気持ちを抱いていた日々だった。

特筆すべきことが何もなかった1年だけれど
様々インプットすることができ、
その後の自己形成のため必要な1年だったのかもしれないと
今になって思ったりもしている。

2012-02-08 | 生活の風景
花巻の隣町
北上市で痛ましい事故が起きた。
屋根から落ちる雪は怖い。
我が家でも玄関を出る時は気を使う。
景色で見るだけなら雪はきれいなんだけど。

写真は2月6日の朝。
我が家の前にて。

印刷物

2012-02-07 | 生活の風景
ちょっと必要があって、自宅の書棚の奥から
高校時代の生徒会誌(文集)を引っ張り出した。
その隣に見つけた大学1年次の学生名簿も。

手にすると、つい見入ってしまう。
書き手の今も知っているけれど、
署名を見て思い浮かぶのはヤツらの高校時代の姿。
約35年前の10代の生き生きした姿がそこにはあった。
同じことの繰り返しに飽き飽きし、
違う世界を求めて手当たり次第本を読んでいた頃だが
今振り返ると、なんと輝いていた日々よ。

ひとしきり生徒会誌を眺めたあとは大学の名簿。
現代では個人情報保護法の関係でこんなものはないのだろうが
クラス毎に名前と実家の住所、電話番号、出身校もある。
当時のワタシは知人や同郷者に印をつけていた。
今も付き合いのある人達ももちろんいるが、
名前だけうろ覚えの人達や
全く名前すら覚えていないのに印がついている人達もいる。
同郷者も結構いたんだな。
ひとり故郷をあとにして
知らない世界に飛び込んだ当時を思い出し
なんか無性にセンチメンタルな気持ちになった。

これらの感情が湧いてきたは紙の印刷物があったからこそ。
電子メディアじゃこうはいかない。
第一35年後も見ることのできる電子メディアなんてないだろう。
印刷メディアの大切さを改めて感じる。

ちょっと端が茶色く日に焼けたページを繰りながら
書いてある文字が映し出す鮮やかなシーンのひとつひとつを
噛み締めるように眺めた。